【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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サブタイは『ジードアイデンティティー』から。「英雄」は「ヒーロー」とお読みください。


デクもかっちゃんもウジウジしてる割と鬱陶しい回になるとだけ予言しておきまする。


EPISODE 24. 英雄アイデンティティー 1/3

 憎悪の鎖が仲間の手によって解かれた直後、緑谷出久の見た光景は地獄だった。

 

 座り込んだままの自分を見下ろす、無数の目、目、目。そのほぼすべてに困惑と、失望とが滲んでいる。そして荒い息を吐きながら、地に伏せっている幼なじみ。

 そして――血塗れになった、手。

 

(ぜん、ぶ……ぼくが………)

 

 暴走していようとも、記憶は鮮明に残されていた。いまこの瞬間はすべて、他ならぬ自分自身でつくり出したものだったのだ。

 

「あ……ぁあ……」

 

 鼓動が加速し、全身がひとりでにぶるぶると震える。口の中がひどく乾いて、ことばが紡げない。

 

「……緑谷、」

 

 押し殺したような呼びかけとともに、焦凍が一歩を踏み出そうとする。そのとき――出久の背後に横たわる血まみれの少年が、わずかに身じろぎするのが見えた。

 

(あいつ……まだ生きてたのか)

 

 リミッターの外れたマイティフォームの拳を何度も振り下ろされてなお息があるとは、腐ってもグロンギということか。もっともよく回る舌は根元から引きちぎられ、満身創痍の状態であることに変わりはないが。

 そのガルメが突然、腹を掻きむしるようにしてもがきはじめた。

 

「がッ、ぐぇッ、げぶごふぇあァッ!?」

「ッ!?」

「おいッ、どうした!?」

 

 当然、ガルメは答えられる状況にはない。ただ、シャツがまくり上げられ、露わになった腹部。そこが発熱して、真っ赤に染まっていた。――その光景が思い出させるのは……グロンギが、爆死する瞬間。

 

「!、緑谷っ!!」

 

 焦凍が咄嗟に出久を庇いに走り出す……それより寸分早く、ガルメの身体が爆ぜた。

 

「―――ッ」

 

 まったく身構えていなかった出久は、爆風のままに吹き飛ばされる。地面に倒れ込んだ出久の眼前に、何か球体のようなものが転がってきた。

 

 それは……爆発の衝撃にちぎれたガルメの頸だった。元々は美少年だったと言っていい顔は、ひしゃげ血まみれになってまったく原形を留めていない。

 

(あ……)

 

 こんなものをつくり出したのが自分なのだと認識した瞬間、出久の意識は闇に閉ざされていた。

 

 

 

 

 

 ガルメが爆死する瞬間を、付近のビルの屋上から見つめる複数の影があった。

 

「ガルメ……斃れたか。時間切れではないようだが?」

 

 仮面の男――ドルドのつぶやきに、隣に立つ白いドレスのバラのタトゥの女――バルバは嫋やかな笑みを浮かべてみせた。その瞳は極めて冷淡ないろを表していたが。

 

「もはや奴に勝ち目はなかった、生かしておいたところで時間切れまでリントに辱められるだけ。――グロンギの誇りを守るのも、我らの務めだろう?」

「……ふむ」

 

 指輪を撫でるバルバを横目で眺めつつ、ドルドは悟った。彼女は自らの権限によって、バックルに内蔵された"爆弾"の爆発を早めたのだ。結果、ガルメは命を散らしたが……いずれにせよそういう運命だったのだ。なんの感慨もない。

 そして、

 

「"メ"で残ったのも、おまえだけになったな……――"ギイガ"」

「………」

 

 一歩引いたところに立つ、中肉中背の男。顔立ちはそれなりに整ってはいるが美形というほどではなく、服装も無地のワイシャツにチノパンというふつうすぎるもの。――街ですれ違うどころか、何かのきっかけでひと言二言ことばをかわしたとてその日のうちに忘れてしまうような、まったく特徴がないのが特徴とでも言うべき男だった。

 

 そんな彼こそがメ集団最後のプレイヤー……つまりは、それ相応の実力者であるということで。

 

「……ガルメのおかげで、面白いゲゲルを思いついた」

「ほう」

 

 

「ザゼバザバヂゾ、ガゲデジャス……」

 

 しずかな、しかし間違いなく狂気を孕んだ声音とともに、メ・ギイガ・ギは嗤った。

 

 

 

 

 

 関東医大病院の監察医である椿秀一は、ふたりのプロヒーロー、そしてひとりの大学院生と向き合う形で椅子に座っていた。傍らには人体のレントゲン写真が貼り出されている。その下腹部のあたりにはベルト状の物体が浮かび上がり……そこから、いくつもの神経が伸びていた。

 

「筋肉の活動電流の増加、アマダムから脳に及んだ神経系の増殖……」

 

「――ここに来て、緑谷の身体は急激に変化しつつある」

 

 忸怩たる表情で、しかしきっぱりと断言する椿。向き合う三人の表情が、一様に強張っていく。

 

「……じゃあ、緑谷が暴走しちまったのも、それが原因なんですか?」

 

 押し殺したような声でそう訊いたのは……この中では最も出久と付き合いの短い、轟焦凍。しかしその想いの深さは、誰にも負けてはいない。

 

「………」一瞬沈黙しつつ、「……わからん。無論、その可能性も否定はできない」

「ッ、……そう、ですか」

 

 唇を噛む焦凍。それにもうひとり……出久の友人であり、彼女自身はそれ以上の想いを抱いているのだろう沢渡桜子。ふたりにこれ以上の不安を与えることを躊躇いながらも……結局、椿は言い放った。

 

「――"戦うためだけの、生物兵器"」

「……!」

 

 案の定、目を見開くふたり。ただその背後にいる紅い瞳の男だけは、わずかに眉を顰めただけだった。

 

「おまえは覚えてるよな、――爆豪?」

「………」うなずく。

 

 霊石アマダムは定着から時間をかけて、しかし確実に宿主の肉体を人ならざるものへと変えていく。戦うための変化――それが脳にまで及んだとしたら。

 

「!、じゃあ、緑谷はまた……」

「それもわからない……だが、やっぱり否定はできない。沢渡さんの発見した碑文について聞く限り……」

「……"聖なる泉、枯れ果てしとき"、」

 

――凄まじき戦士、雷のごとく出で、

 

――太陽は、闇に葬られん。

 

「雷の、ごとく……」

 

「緑谷の奴に、ここ最近よく相談されてました。戦ってる最中、時々電流が奔ったみたいになる……何か強くなる前触れのような気がする、と。――本当は、それで済むようなモンじゃなかったのかもしれない」

 

 出久自身もそうだったのだが、さほど深刻に捉えていなかった。――もっと気を配らねばならなかったのだ、出久の主治医を自認している以上は。

 

(何やってんだ、俺は……)

 

 内心の悔恨を堪えつつ、椿は改めて三人に向き直った。

 

「それで……緑谷に、このことを伝えるかどうか……」

「………」

 

 それは……どちらにせよ、出久を恐怖の中に置くことになることに変わりはない。ただ目の前の敵を殲滅し、返り血にまみれて嗤う血染めの生物兵器――いつそうなるのかわからない、そんな恐怖の中に。ただそれが具体的なものになるか、漠然としたままか……それだけ。

 焦凍も桜子も、口を噤んでしまった。簡単には答えを出せそうもなかったのだ。

 

「――爆豪、おまえはどう思う?」

 

 こうしてこの場にいる以上、勝己にだってそれを決める権利はある。まして彼は出久の幼なじみで……出久がクウガとなってから、ずっと隣で戦い続けてきた男なのだから。

 

 それなのに、

 

「……知るかよ」

「は……?」

「!」

 

 予想だにしない勝己の冷淡な応答は、椿をして呆気にとられさせるに十分だった。

 

「仕事あるんで……戻ります」

「あ、おい、爆豪――!」

 

 制止の声にも耳を貸すことなく、退室していく勝己。唖然としたままそれを見送るほかない椿と桜子とは異なり、その行動の理由に心当たりのある焦凍は、すぐさま立ち上がってそのあとを追った。

 

「ッ、待てよ、爆豪!」

 

 人気のない薄暗い廊下に、焦凍のわずかに上擦った声が反響する。聞こえていないはずがないだろうに、勝己は立ち止まろうとしない。しかし追いかける焦凍との距離は次第に縮まり、

 

――そして、左手が肩に届いた。

 

「……触んなや、半分野郎が」

 

 拒絶にはいつもの烈しすぎる覇気がなかった。淡々としているとも、弱々しいともとれる……ちょうどその、境目のような声。

 幼なじみ……クウガに殴られた傷が疼くから――それだけではあるまい。

 

「おまえ、なんでそんな……緑谷が一番つらいときに、突き放すような真似すんだ」

「……突き放す?――ハッ」

 

 ひどく捨て鉢な笑い方だった。

 

「何勘違いしてやがるのか知らねぇが……突き放すもクソも、最初(ハナ)ッからあいつに手ぇ差し伸べてやるつもりは微塵も無ェわ」

「爆豪……ッ」

「大体、テメェももうどうせあのおしゃべりクソナードから聞いてんだろ。俺が昔、あいつに何してたか」

 

 確かに聞いている――具体的にではないが。

 無個性の烙印を押され、それでもヒーローの夢を棄てられなかった幼い出久を、頼りになる幼なじみだったはずの勝己はいじめるようになった。"いじめる"なんてことばは生易しい――彼を心身ともに傷つけ、その人格までもを否定し続けた。出久の何もかもを、十年にわたって、勝己は踏みにじってきたのだ。

 

「知ってンならわかんだろ。俺らはンな甘っちょろい関係じゃねえんだよ。……そーいうのは、テメェがやりゃいい」

「ッ、何、言ってんだ……」

 

 違う、それは違う。だって出久は、そんなこと……勝己と離れていくなんてこと、望んじゃいない。彼は仄暗い過去に囚われるのではなく、空白の五年間で変わった勝己と再び繋がることを望んでいる。それなのに――

 

「あとであいつの様子だけ伝えろ。こっちも上に報告しなきゃなんねえからな」

「……逃げんのか」

 

 これ以上なく嫌うであろう挑発のことばにすら、勝己は何も応えることをしなかった。「じゃあな」とだけ吐き捨てて、足早に去っていく。もはや彼を止める手だてのない焦凍は何もできず、その背中を見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 それはこの世の終わりと見まごう地獄絵図だった。

 降りしきる大雨は、まるでノアの方舟の神話を想起させるもので。しかしそれすら生易しく思われるほどに、目の前の光景は凄惨だった。

 

 燃えているのだ、すべてが。建物も車も植物も――人も。雨に濡れてなお消えることない炎が、この世に在る何もかもを燃やし尽くし、消し去っていく。

 

 その中心に、緑谷出久はいた。

 

(なんで、こんな)

 

 なぜこんなことが起きているのか。不意に生ける気配を感じて出久が振り返れば……そこには、

 

(クウ、ガ……?)

 

 視界に映るそれは確かにクウガに酷似していたけれども、見たことのない姿だった。全身が……その瞳まで、黒く染まっている。ただ電流のような黄金が全身に浮かび上がり、余計にその闇を際立たせている。

 よく見ればそこには、亀裂が走っていた。……割れている。そこにあるのは空間ではない……鏡像だ。

 

 つまりこれは――まぎれもない、いまの自分の姿なのだ。

 

(じゃあ、)

 

(これも、ぼくが)

 

 二度目だ。でも、一度目とはまったく違う。

 辺り一面に転がる、さっきまで命だったものたち。彼らはグロンギでも、ヴィランですらなく、無辜の民だったもの。守るべきだった、はずのものだ。

 

(ぼくが、)

 

 半ば焼け焦げた屍の群れ。その中には少年だったものもあった。出久にはわかった――それがあの、「なぜ自分たちが殺されなければならないのか」……そう訴えかけてきた彼だと。

 

(ぼくが、ころした)

 

 その事実に愕然とし、慟哭したいはずなのに。なぜか漏れ出てくるのは乾いた笑い声。燃えさかる炎の中、目の前の漆黒の闇が、緑谷出久という存在を完全に呑み込もうとしていた――

 

 

「―――ッ!!」

 

 身体の自由がきくようになった途端、出久はベッドから跳ね起きていた。

 

「はっ……は、は、はぁー……ッ」

 

 呼吸がまるで犬のように浅い。入院着に包まれた身体には汗をびっしょりとかいている。先ほどまでとは違う、ずいぶんとリアルな感触。

 恐る恐る自分の手を見下ろして……それが右手が骨から歪んでしまっている以外、至って綺麗なものに戻っていることに気づいた。ここが病室であるらしいことも。

 

(夢、だったんだ)

 

 でも、ただの夢だなどとはとても思えなかった。鏡に映った漆黒のクウガ。その暗い瞳の色は、出久の脳裏にはっきり刻み込まれていた。……きっとあれが、あと一歩で自分がなってしまったであろうもの。

 

(轟くんが止めてくれなかったら、今頃は……)

 

 その可能性を思うだけで、寒くもないのに身震いがする。出久はもう一度ベッドに身を沈めて、布団をかぶった。いまは何も見たくない、聞きたくもなかった。

 直後、病室の引き戸ががらがらと音をたてて開かれる音がした。複数人の気配が布越しにも伝わってくる。

 

「緑谷……まだ眠ってるみたいだな。起こしましょうか?」

「……いえ。出久くんもゆっくり休みたいでしょうから……今日はもう帰ります」

「じゃあ……俺でよければ送ります、もう遅いし」

 

 椿、桜子、焦凍――その三人。信頼のおける、間違いなく自分を大切に思ってくれている人たちだけれども……だからこそいまは、彼らと顔を合わせたくなかった。合わせる顔が、ないと思った。

 

 やがて、ふたりぶんの足音が遠ざかっていくのが否が応にも耳に入ってくる。だが扉はまだ開いたまま――まだひとり、そこにいるのだ。

 それが椿医師であることはなんとなく予想がついたし、事実そのとおりだった。

 

「……おまえは優しいな、緑谷」

 

 独りごちるような声は、間違いなく出久に向けられたものだった。

 

「奴らがゲーム感覚で人殺しをしてるって話は爆豪たちから聞いた。……許せねえよな。必死に生きてる人たちの命を、そんな理由で」

 

「おまえが我を忘れちまうくらい憎しみに囚われちまったことは、人として何も間違っちゃいない。あとはそういう自分とどう向き合って、どうこれからに活かしていくか……ゆっくり、考えればいいさ」

 

 そこまで言いきって、椿はふう、と息をついた。

 

「……我ながらずいぶんとデカイ独り言だな。歳とるとこれだからいかん」

 

 独り言――あくまでそういうことにして、出久に何も押しつけることなく、颯爽と去っていく椿。その気遣いはやはり嬉しかったけれども、いまはとても彼の言うとおりにはできそうもなかった。

 

 

(僕は……ヒーローでいたいんだ)

 

 ただその思いだけが、どろどろと滞留を続けているのだった。

 

 


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