【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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(拙作における)メ集団の知能ヒエラルキー

ビラン<バヂス<ギャリド<ギノガ<=ギイガ<<ガルメ<=ガリマ<ガドラ


ギイガ☆ザ・平均!


EPISODE 24. 英雄アイデンティティー 3/3

 サイレンを鳴らして走り抜けるパトカーの群れ。当然何事かとそれらを見やる通行人たち……ひとりだけ、例外があった。特徴のない容貌に服装。それでいて右手に描かれた烏賊を模したと思われるタトゥーと、左手首で音をたてる大量の珠玉のついた腕輪だけが明らかに不釣り合いだ。

 

 だが彼――メ・ギイガ・ギにとっては、そのふたつこそが何より重大なアイデンティティーなのだった。

 

「一度に16人か……流石だな」

 

 背後の路地裏から、白いドレスを纏ったバラのタトゥの女が現れる。称賛のことばを吐きつつ、

 

「だが、それでも容易くはない。――二日で324人、"メ"の中でも最も厳しい条件だ……数字だけならな」

「……ガルメのこと、言ってるのか?」

 

 フン、と鼻を鳴らす。

 

「奴は調子に乗りすぎた、むやみにクウガやリントを挑発するからああなる。……俺はただ、派手な花火を上げ続けるだけだ」

 

 じゃら、と殺した人間を数える腕輪を鳴らしながら、ギイガは去っていく。真夏の歩道。通行人とすれ違う一瞬、その姿が烏賊に似た白銀の異形に変わり、首筋に触手を突き刺していた。相手が怪訝な表情とともに振り向いたときにはもう、その姿は人間体の地味なそれに戻っていたが。

 

「………」

 

 バルバが踵を返そうとすると、ギイガが去ったのとは反対方向からバイクのエンジン音が響いてきた。それは彼女のすぐ傍らで停止し、

 

「見せてもらった。なかなか筋は良さそうだな、あいつ」

「……バダーか」

 

 ヘルメットを脱ぎ捨て、そのハンサムな顔が露わになる。フッと浮かべられた笑みは、悪辣さとはかけ離れていた。

 

「しかしまあ、地味な奴だな……だから派手にやってるんだろうが」

「フッ……」妖艶に笑う。

「何がおかしい?」

 

「おまえは知らないようだな……ギイガの本当の恐ろしさを」

「?」

 

 首を傾げるバダー。――そう、彼ら"ゴ"は知らないのだ。そもそも下位の者たちのことなど知る必要もないとばかりに。

 傲慢なようだが、それが彼らグロンギという存在だ。彼らはただ強さのみを信奉する。自分より下の者たちの足掻きなど、ただ面白い見世物にすぎないのだった。

 

 

 

 

「――じゃあ、今日はここまでにします。試験範囲については来週発表しますが、出ないところも多少は齧っといてね。以上、お疲れさまでした」

 

 講義終了を告げる教授のひと声とともに、教室内がにわかに騒がしくなる。

 そんなざわめきの前方でノートと教科書をリュックにしまい込みながら、緑谷出久は鬱屈とした表情を浮かべていた。いつもはびっちり、講義内で言及されていない学説なども書き記しておくくらい熱心に臨んでいる彼だが、今日はろくに集中できていなかった。集中しようと思っても、ジャン・ミッシェル・ソレルから聞き出したかの碑文がぐるぐると頭を廻る。

 

(太陽が、闇に………)

 

 自分がやってしまったことは、リントが警告として碑文に残すほど重大なことだったのだ。あのまま暴走を続けていれば本当にあの黒いクウガ……"凄まじき戦士"になってしまい、碑文を現実のものとしてしまっていたかもしれない。

 

――それに、"雷のごとく"。自分の身体には、以前から電撃の奔るような感覚が現れている。それも、どんどん強くなっていく一方。

 

(このまま、戦い続けたら……)

 

 憎悪を抑える抑えないにかかわらず、今度こそ"凄まじき戦士"になってしまうかもしれない。そうなってしまったとき、果たして誰が自分を止められる?轟焦凍ならそれができるだろうか。でもそれは、彼が傷つかずに済むこととイコールではない。身体だけでない、心も。自分が過大評価だと思っていようが、彼にとって自分は恩人。その恩人を、殺めさせなければならない残酷さ。それ以前に、彼は躊躇ってしまうかもしれない。そうしたら――

 

「……ッ」

 

 出久の手が力なく机に落ちる。――と、

 

「緑谷?」

「!」

 

 隣から声がかかって、出久はようやく心操人使とともに講義を受けていたことを思い出した。

 

「どうかしたのか?」

「あ……う、ううんなんでもない、ちょっとボーッとしちゃって……ごめんね」

「別にいいけど。それより今日、昼飯は?午後バイトじゃ、店で食べるのか?」

「いや……今日はちょっと、休みにしてもらってるから……。午後はジムにでも行こうかと思ってて」

「そうなのか、俺も午後入れてなきゃ一緒に行きたかったけど。それなら購買でなんか買って、どっかでささっと食べないか?」

「あ、うん……心操くんがそれでよければ」

 

 本当は食欲なんてなかったのだが、正直にそう言ってしまえば友人に心配をかけることになる。相手はただでさえ鋭い心操なのだから。

 

 

 結局心操の言うとおりに購買で適当にパンを購入して、ベンチに腰掛ける。そこは建物の影になっているうえ木陰でもあって、真夏の昼でも十全に涼しい。場所柄ゆえ先客がいることがほとんどなのだが、今日は一番乗りすることができた。

 

「来てみるもんだな、駄目もとで」

「そう、だね……」

 

 首肯しつつ、出久はどこか上の空のままだった。せっかく買ったパンにも手をつけようとしない。

 自分はありつきながらも、それに気づかない心操ではなかった。

 

「食べないのか?」

「!、あ、えっと……食べるよ、うん」

 

 言われてから、包みを開く。その緩慢な所作を横目で見つつ、

 

「そういえば、緑谷はインターンシップ行かないのか?そろそろ就活のことも考える時期だし」

「あぁ……そういえば、そうだよね」

 

 目の前にあるものがあまりに大きく険しすぎて、そういう"ふつうの学生"として考えなければならないことなどすっかり見えなくなっていた。……心操に言われても、その存在を認識するのが精一杯だ。

 

「心操くんはどうするの?」

「俺はやっぱり警察関係に行くつもり。行くとこないなら緑谷もどうだ?まだ申込み受けつけてたと思うし」

「え、っと……考えておくよ……」

 

 締め切りが近いと暗に示されているのにこの返答では、実質的に断ったも同然なのだが……出久にことばを選んでいる精神的余裕はなく。心操もまた、特に何も言わなかった。

 

「あの、さ……ちょっとヤなこと、訊いていいかな?」

「……モノによるけど。何?」

 

「……心操くんは、どうしてヒーローをあきらめたの?」

 

 友人になっておよそ二年、自分たちがいまここにいる核心……であるからこそ、いままで訊けなかったこと。

 心操は一瞬目を丸くしたあと、小さく溜息をついた。

 

「確かに……あまりよろしくない質問だな。採用面接の対策にはなりそうだけど」

「……ご、めん」

「別にいいよ。……そうだな、」少し考えたあと、「……決定的な出来事とか、きっかけがあったわけじゃない。ただ、なんて言うか……疲れちまったんだよな」

「疲れ、た?」

「ああ。ずっと夢を追ってきて、努力して……でも届かなくて。そうこうしてるうちにヒーロー科の奴らはどんどん高いとこに登ってく――当然だよな、あいつらは本物の悪意と何度もぶつかって、勝ってきた奴らなんだから」

 

 追いつくどころか、距離はどんどん開いていく……いつしか少年は、追いかけ続けることに疲れていた。遥か遠くに在る夢は霞み、ただ目の前の"ヒーロー科編入"という目標しか見えなくなりつつあった。……嫉妬と、羨望と。

 だから心操は、走ることをやめた。立ち止まったのだ。そして再び走り出したときには、目的地を変えていた――

 

「……そっ、か。やっぱりすごいな、心操くんは」

 

 まず夢に向かって努力をして、それが叶わなくなっても腐らず新たな夢のために努力を続ける……クウガになる前の自分には、できなかったこと。

 

「別に……俺だって最初からそれができたわけじゃない、身体鍛えはじめたのだって雄英入ってしばらくしてからだし。俺の個性とか人間性とか……全部ひっくるめて偏見なく評価して、目をかけてくれた人がいたから、俺はがんばれた」

「それって……相澤先生って人?」

「よく知ってるな……爆豪から聞いたのか?」

「うん、まあ。確か抹消系ヒーロー"イレイザーヘッド"だよね」

 

 そう――そのイレイザーヘッドが直々に、自分をヒーローとして育てようとしてくれた。……結果的には、その期待を裏切ることになってしまったが。

 

「とにかく、だから俺なんてそんなにすごくない。大体、おまえだっていまはがんばってるだろ」

「………」

「緑谷?」

 

「……わからないんだ」

 

 滑り出した昏いことばに、心操は怪訝な表情を浮かべた。

 

「わからない……って、何が?」

「自分が、どう生きていけばいいか……」

「緑谷……」

 

「僕、最近やっと自分にできることが見つかったと思ったんだ。みんなの笑顔を守るんだって、自分にならそれができると思って、やってきた……でも………」

「………」

 

 沈黙している心操。その表情を目の当たりにして、出久は少しだけ我に返った。――自分はこの友人に、何も話していない。

 

「ごめん、いきなり何言ってんだって感じだよね、こんな……。僕はまだ、きみに何も話せてないのに」

「……そうだな」肯きつつ、「でも……いくら友だちでも言えないこととか、そんなの誰にだってあるもんだろ。もちろん信頼して話してくれるに越したことはないけど……そんな簡単に全部さらけ出せるもんじゃないってのは、ちゃんとわかってるから」

「心操くん……」

 

 桜子のことばが、ふと思い出される。友だちだからこそ――彼は、自分の心を尊重してくれている。

 

「緑谷はさ……いままでずっと、こんなふうに弱音を吐ける相手、いなかったんじゃないか?」

「!、……うん」

「だろうな、だから独りで抱え込んで、ぐるぐる考え込んじまう。それなのに屈折してないおまえこそ俺はすごいと思うけど……」そこで一旦はことばを切り、「……おまえがそういう話してくれて、俺は嬉しかった。そんなふうに思うヤツもいるんだってこと、忘れないでくれよ」

「……うん。ありがとう……心操くん」

「どういたしまして」

 

 自分も、心操がそういう気持ちでいてくれることを嬉しいと思っている。彼や桜子のような友人を大切にしたいという気持ちも、いままでとなんら変わりない。

 でも……だからこそ、恐怖もまたさらに募るのだ。凄まじき戦士になってしまえばきっと、こうして自分を想ってくれる人たちまで手にかけてしまうかもしれない。目の前の友人が血だまりに沈む姿がひとりでに思い浮かんで、出久はわずかに手を震わせた。結局、食欲は湧かないままだった。

 

 

 

 

 

 それからほどなくした頃、轟焦凍もまた城南大学を訪れていた。

 駐輪場にバイクを置き、銀のヘルメットを脱いで小さく息をつく。そのオッドアイに歴史の重みある校舎を映すのは、これで二度目。

 

(緑谷……)

 

 出久のことを慮りながらも……彼自身に会いに来たわけではなかった。目的地は考古学研究室。昨日彼女を送っていった際に、沢渡桜子と今日改めて会う約束をしていたのだ。今後のことを、話しあうために。

 

 いままでならきっと、爆豪勝己がしていたであろうこと。これからだってそうすべきだと、焦凍は考えている。……けれど託されてしまった以上、いまは自分がやるしかないのだ。

 

「………」

 

 ふと、左手を見下ろす。自分はこの手で、彼を傷つけた。勝己の言ったとおり、その事実は永遠に消えることなく残るのだ。――そんな自分に、出久を救ける資格があるか。

 それでも、

 

「俺が、やるしか……」

 

 俺まで、あいつから目を背けるわけにはいかない。そう心して、焦凍は一歩を踏み出そうとした――刹那、

 

「……!」

 

 全身がぞわりと粟立つような錯覚とともに、脳内にイメージが流れ込んでくる。「熱い、熱い」とわめきながら苦悶の表情で全身を掻き毟る男性。その身体がブクブクと膨れあがり……突き破るように、体内から爆炎が噴き上がる。その光景を最後に、視界が一瞬ブラックアウトした。

 

(いまの、は………)

 

 悪夢というべき、白昼夢。でもそれが現実の光景を受け取ったものなのだと、焦凍には確信があった。いまの自分には、そういう能力(ちから)があるから。

 

「ッ!」

 

 本能に突き動かされるようにして、焦凍は愛馬のもとに駆け戻った。ヘルメットを被り直し、エンジンを噴かす。

 そうして再び走り出した直後……揺れる翠が、駐輪場に姿を現す。――その瞳は、走り去っていく背中を捉えていて。

 

「轟、くん……?」

 

 その背姿に、出久はただならぬものを感じとっていた。焦凍がそんな姿を見せる理由……それはひとつしか思い当たらない。

 

(未確認、生命体……!)

 

 ならば自分もと踏み出しかけて……あの黒いクウガが、陽炎のように目の前に現れた。

 

「……!」

 

 それは一瞬の出来事、あるいは幻想か。いずれにせよ、出久の心を覆った翳をさらに色濃いものとするには十分すぎた。

 

(僕、は……)

 

 奴らがまた、なんの罪もない人たちの命を奪う。これからも続いていくはずだった人生とともに。当人だけでない、家族や友人、そうした周囲の人々にまで悲しみを振りまいて。

 それを許せるはずがない。怒りを抱かないはずがない。――でも、その怒りが自分を奴らの同類……それ以上の悪魔に変えてしまうかもしれないのだ。

 それでも、

 

「僕は……ッ」

 

 

「僕は……それでも、クウガなんだ……!」

 

 それだけが、自分のレゾンデートルなのだと思った。

 

 

 

 

 

 合同捜査本部の面々は各々都内で警邏を行っていた。20人以上が死傷した最初の事件、だが奴らの"ゲーム"の制限人数がそんなに少ないわけがない。きっとまた次がある。それをなんとか止めたいと願って、皆が懸命に捜索を行っている。

 

――それをあざ笑うかのように、無線が飛び込んできた。

 

『至急至急、本部から全車。台東区浅草一丁目、東京メトロ浅草駅付近にて警ら中の所轄署員が不審者を発見、尋問したところ第36号と思われる未確認生命体に変身。現在警官隊と交戦中だ!』

「!」

 

 ついに。戦意高揚する捜査員らは、続く情報に戦慄する羽目になった。

 

『……なおその数分前、浅草駅構内にて中央区と同様の人体爆発事件が発生。100人近い死傷者が出ている模様だ』

「ッ!」

「なんて、ことだ………」

 

 恐れていた最悪の事態が、現実となってしまった。はじめ呆然とし、次いで削れそうなほどに歯を食いしばる。だが、憤懣に溺れている暇はない。

 

「――爆心地、現場へ急行します」

 

 表向き落ち着いた声でそう応じた爆豪勝己。そんな彼に対し、

 

『頼む。……わかってると思うが、4号には』

「……わかってます。轟にだけ連絡しときます」

『そうしてくれ』

 

 塚内とのやりとりを反故にするつもりは、微塵もなかった。「もう彼を戦わせるべきではない」――飯田天哉のそのことばが、五年の付き合いのなかでもこれ以上ないくらいすとんと胸に落ちたからだ。

 勝己はいったん車両を路肩に駐め、焦凍の携帯に連絡を入れた。いくらかのコールのあと、いきなり、

 

『もしもし。事件だろ、もう向かってる』

「……チッ、クソ便利な超能力だな。――デクに余計なこと言ってねえだろうな?」

『言ってねえ。とにかく、急ぐ』

「ッ、ああそうしろや!」

 

 ぶっきらぼうなやりとりを終え、再び発進する。勝己も焦凍も。……彼らふたりとも、出久も既に動き出してしまったことなど予想だにしないのだった。

 

 

 

 

 

――台東区 浅草駅付近

 

 メ・ギイガ・ギは辟易していた。

 目の前にはオモチャのような武器を携え、それをもって攻撃を仕掛けてくる無数の戦うリントたち。

 彼らが行く手を阻んでいるために、ゲゲルを再開することができない。せっかく先ほど一気に点数を稼げたというのに、これでは帳消しだ。

 無論、目の前のリントたちに反撃してはいけない理由はない。実際そうしているのだが……それは彼のルール上、点数にはならないのである。

 

(……こいつら、本当に邪魔)

 

 だが――それもあと少しで。

 

 烏賊に似たギイガの口がかっと開かれ、そこから黒い塊が放たれる。それはパトカーの一台に付着した瞬間……大爆発を起こし、警官たちもろともすべて吹き飛ばした。

 

「ジャドドバ……ダズギダバ」

 

 燃え盛る炎に背を向け立ち去ろうとするギイガ。しかし今度はそちらから彼の体色と同じ白銀のオンロードマシンが駆けてきて、その歩みを阻んだ。

 

「!」

 

 ヘルメットを脱ぎ捨て露わになる、短く切り揃えられた紅白の頭髪。――そしてオッドアイ。火傷痕のある端正な顔立ちが自分を鋭く睨みつける姿はギイガの平凡な美的センスを刺激するに余りあるもので――彼は一瞬ゲゲルも忘れ、魅入ってしまった。

 その隙を突いて、焦凍は流麗な構えをとった。その動作に合わせ、腹部から"賢者の石"が、次いでそれを包み込むベルト"オルタリング"が顕現する。

 

 右手をやおら前方に突き出し、

 

「変――」

 

 左手をその上に重ね合わせ、

 

「――身ッ!!」

 

 オルタリングの両側部に掌を叩きつけることで賢者の石が光り輝き……轟焦凍を、アギトへと変身させるのだ。

 

「!、ビガラ……アギトバ」

 

 ショート改め、アギトは答えない。日本語ならともかく、グロンギ語で話しかけている時点でギイガも意思疎通など期待してはいない。

 それでも、先んじたのはアギトだった。彼が右腕を振りかぶれば、その右足からギイガ目がけて巨大な氷柱が襲いかかる。もはや氷山とでも呼ぶべき規格外のそれに、ギイガは咄嗟に口から黒い塊を吐き出し、ぶつけた。爆発が起き、融けた氷が熱湯の雨となって周囲に降り注ぐ。

 

「グゴギバ」

 

 率直に称賛のことばを吐くギイガに対し、

 

(なるほどな……墨か)

 

 やや烏賊に似た――ずいぶんシャープにはなっているが――外見に違わず、目の前の敵は墨を武器とするらしい。それも爆発性の。これを利用して殺人を行ったことまでは、瞬時に察した焦凍だった。

 しかしいつまでも冷静な分析を続けられるほど余裕のある戦闘ではない。今度は相殺ではなく抹殺を企図して、ギイガは墨の塊を放ってくる。我に返ったアギトもまた、今度は防御壁として氷を展開した。それが爆発で弾け飛ぶと同時に勢いよく跳躍、ギイガの脳天目がけて降下する。

 

「――はッ!」

 

 振り下ろされる蹴撃。しかしギイガは身体を後ろに逸らし、その一撃をかわしてしまった。その場に着地したアギトがなおも仕掛け続けるが、軟体特有のぬるりとした動きを捉えきることができない。

 

「ちっ、――なら!」

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

 全身、とりわけ右腕に力が漲っていく。そして、

 

「――McKINLEY SMASH!!」

 

 右手を叩きつけることで、衝撃波が広がっていく。ワン・フォー・オールだけではない、彼が生まれながらにもつ"右"の力が掛け合わさったそれは、周囲に極低温の冷気を拡散させた。たちまちギイガの身体が凍りついていく。

 

「グゥ……ボセ、パ……」

「………」

 

 勝った――そう思った。あかつき村では、この一撃で大量のグロンギを殲滅することに成功している。完全に凍りついてしまえば、目の前の敵もまた同じ運命を辿るはず。

 しかし彼らより上位の"メ"であるだけあって、ギイガはもっと強かだった。凍結する寸前の口が開き、墨を発射する。それはアギトからは大きく狙いを外したが……意図は叶えられていた。

 

 ギイガの身体がかっと赤熱し、彼を包み込んでいた氷がたちまち融けていくのだ。

 

「何……!?」

「……クククッ」

 

 嘲るような声を漏らすギイガ。苛立ちを覚えながらも、焦凍は敵の能力について思いを寄せざるをえない。あの墨が放つ高温で熱せられてなお平然としていられる屈強な身体――こいつは、強い。

 

「なら……!」

 

 右が駄目なら、左で。それを迷わず選びとることが、いまの彼にならできる。

 しかし……クリムゾンレッドの腕が炎を纏うのを見て、ギイガが思わぬことを口走った。

 

「やめておけ。俺を滾らせるつもりか?」

「ッ!」

 

 一体、どういう意味だ?

 

――その問いが口にされることは、なかった。刹那、この場で聞きたくはなかったマシンの嘶きが、焦凍の背後から迫ってきたのだ。

 

「!、まさ、か………」

「……ビダバ」

 

 漆黒に、その真なる黄金を覆い隠したマシン。停車したそれから降り立った男は、同じく漆黒のメットをその場に投げ棄てた。シャープなマシンに不似合いな童顔が露わになる。

 

「緑谷、なんで……おまえ………」

 

 半ば呆然とつぶやくアギトに、出久は翠眼を向けた。ひどく歪んだそれは、そのまま彼の心のうちを示していて。

 

「……戦わなきゃいけないんだ、僕が」

「!、何言ってんだ!?おまえ、自分がどういう状態かわかって――」

「――わかってるよッ!!でも僕はッ!僕は……クウガなんだ……!僕が守らなきゃいけないんだ、みんなの笑顔を……だから……!」

 

 怯えてなどいられない。僕は戦う。戦わなければならない。そのために自分は、あのとき生きながらえたのだ。

 

「変、………」

「よせッ、緑谷!!」

 

 戦友の叫びは、

 

「……身――!」

 

――届かない。

 

 出久の姿が、陽炎に歪む。そうして刹那、現れた異形の姿に……アギトは、息を呑んでいた。

 

「緑、谷……おまえ、その姿………」

「え……」

 

 そのことばに自分の身体を見下ろして……出久もまた、愕然とした。

 恐れていた黒いクウガになってしまったわけではない。だが、いつもの赤や青、紫や緑でもなかった。

 

 白い鎧。通常の半分ほどの長さしかない二本角。――不完全で未熟な姿である、グローイングフォーム。

 

「なん、で………」

 

 緑谷出久そのままの声には、ただ焦燥と困惑ばかりがにじんでいた。

 

 

つづく

 

 






デク「ヒーローになりたかった。誰かを、救けたいと思った」

デク「だから、誰にも救けられちゃいけないと思った」

デク「僕はずっと、独りで立ち続けなきゃいけないんだって」

デク「でも、本当は………」


EPISODE 25. デク




デク「やっとわかったんだ。きみがくれた名前の、本当の意味が」


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