【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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げんとくんの謎文字Tシャツを見て出久を思い起こしたのは自分だけじゃないはず。

「親しみやすさ」Tシャツは是非ほしい。


EPISODE 25. デク 2/4

 人気のない沼地に、ひとりの男の姿があった。左手首に装着した腕輪をじゃらじゃらと鳴らしながら、シンプルなワイシャツを滝のような汗で濡らしている。

 

「グ、ウゥ……ウアァ……ッ」

 

 苦しげなうめき声をあげながら、歩き続ける――その身から白煙をあげながら。

 やがて足を動かすことすらままならなくなり、バランスを崩してそのまま沼に落下する。ばしゃんと、水飛沫が上がる。

 

「グ、フ……ウゥゥゥ……ッ」

 

 最初は浮かんでいた身体が、ゆっくりと深淵に沈んでいく。それでもなお、ギイガの滾りは収まることはない――その証拠に、やがて水面から湯気が立ちはじめるのだった。

 

 

 その光景を、じっと見下ろす者たちがあった。

 

「ゲゲルパギダギ……ジャグリバ」

 

 算盤――"バグンダダ"を手に、淡々とつぶやくドルド。その隣で微笑を浮かべるバルバ。

 もうひとり、漆黒のバイクを侍らせるゴ・バダー・バは、不思議そうに首を傾げていて。

 

「一体どうしたんだ、ヤツは?あんな爆破、大したダメージだったとは思えないんだが」

 

 実際、爆破によって焦げた表皮は即座に再生していた。そのダメージが残っているとも考えにくい。

 

「あの墨を生成する際、ギイガの体内では凄まじい熱が発生する」バルバが解説する。

「なら、なおのこと熱には強いんじゃないのか?」

「強くとも限界はある。ギイガは常に耐えうるぎりぎりの体温で活動しているのだ、そこに外的要因でさらに熱が加われば……」

「……なんだそりゃ、拍子抜けだな」

 

 肩をすくめるバダーだったが……ギイガがメの中でもトップクラスの実力の持ち主であることを忘れたわけではない。バルバの「本当の恐ろしさ」ということばも。

 

「だが、まだ何かあるんだろ?」

「流石はバダー、よくわかっているな」

 

「そう……限界を超えてからが、ギイガの真髄だ」

 

 そんなギイガこそ、ガリマに続く成功者となりうる。クウガもアギトも戦える状態ではない以上は――

 

(あとは……リントたち次第か)

 

 バルバの脳裏に一瞬血のいろそのままの瞳のヒーローが浮かび……消えた。

 

「………」

 

 そして独り蚊帳の外に置かれたズ・ゴオマ・グ――彼は蝙蝠傘越しに、そんなバルバの表情をじっと窺っていたのだった。

 

 

 

 

――文京区 ポレポレ

 

 ディナータイムを目前に控え、かの喫茶店では特製ポレポレカレーの仕込みの真っ最中だった。

 

「………」

 

――のだが、それを行っているのは主にアルバイトの女性店員であって。本来それを主導すべき店主は、何やら別の作業に熱中していた。

 

「♪~」

「……マスター」

 

 女性店員ことヒーロー"ウラビティ"こと麗日お茶子がジトリと睨みつけると、ここポレポレのマスターは新聞にハサミを入れたまま肩をすくめた。

 

「そんな目しないでヨお茶子ちゃんよ~。これだって立派な仕事よ?これ楽しみにしてるお客さんだっていっぱいいるんだ唐沢寿明ワンモア!」

「それは知ってますけど~……」

 

 "4号、活躍の歴史!"――そう銘打たれた新聞記事のスクラップ。なんだかんだ今どきの若者であるお茶子からするとずいぶんアナログだと思うのだが、実際見ているとこれを手にとる客はそれなりに多い。驚くことに心操人使もそのひとりで、店に来る度に熱心に読み込んでいるようだった。

 だから"これだって立派な仕事"という言い分は理解できるのだが……端的に言って、逆だと思うのだ。そういう雑用めいた仕事こそ自分に任せて、マスターは店の看板であるカレーのほうに注力すべきではないかと思うのだが。

 

「そりゃそうなんだけどねぇ、お茶子ちゃん意外と手際良いし。何より男性客が喜ぶの!」

「意外とって……なんか下世話やし」

「へへへへ、ま、出久にならこっちやらせるんだけどさ。あいつこういうの大得意だし」

「!」

 

 出久――その名前が出て、お茶子の表情は少しだけ曇った。

 

「デクくん……最近、まともに話せてないなぁ………」

 

 最後に会ったのは二日前――彼が焦凍を連れてきたときだが、そのときはふたりがすぐに飛び出していってしまったため、腰を据えた話はできなかった。それ以前ともなると、数週間はラインで少しやりとりするくらいが精々だった。何せお茶子は成長途上のルーキーヒーローなのだ、とかく忙しい。

 

「出久なぁ……」記事を貼りつけつつ、「朝、今日は休むって電話があったんだけど……なんか声に元気がなかったんだよなぁ」

「……風邪、とかじゃなくてですか?」

「うん。アレはどっちかってーと気持ちが沈んでる感じだったな」

「………」

 

 気持ちが……こう見えておやっさんがなかなか鋭いというのもあるかもしれないが、いずれにせよ出久がそれを露わにするのは珍しい――そう思いかけて、お茶子は"珍しい"などと断定できるほど自分は出久について詳しく知らないのだと気がついた。

 無個性で、でもまっすぐで心優しい大学生の青年――しかし何か重大な秘密を抱えているであろうことは、流石のお茶子も気づきつつあった。

 

 

 

 

 

 日没を迎える頃になっても、緑谷出久は独り関東医大の病室棟の片隅にいた。焦凍のいる病室には万一に備えて個性で結界が張られており、中に入ることはおろか外から様子を窺うことすらかなわない。

 焦凍に、謝罪のことばを届けることもできず。出久はただ、神頼みをするかのように両手を組み、祈り続けるしかなかった。

 

「――出久くん?」

「!」

 

 聞き慣れた呼び声に顔を上げれば、そこには自分などと親しいことが未だに信じられないような活気ある美貌の女性の姿があって。

 

「沢渡、さん……」

 

 どこか悲しげないろを滲ませながら、それでも微笑みを浮かべる桜子。出久も努めて笑い返そうとするけれども、わずかに口角を上げたところで表情筋が硬直してしまった。

 

 

「――ごめんね」

 

 待合椅子に腰掛け暫しの沈黙ののち、まず桜子が紡いだのは謝罪のことばだった。

 

「なんで、沢渡さんが謝るの?」

「碑文のこと……黙ってたから」

「……そっか」

 

 そのことに対する怒りや不満など、感じているゆとりすらなかった。桜子や焦凍が自分の心を思って口を噤んでいたことは想像がつくから、平常心であったとしてもそういう気持ちは薄かっただろうが。

 

「あのときの僕は確かに、あの碑文のとおり……"凄まじき戦士"になりかけてたんだと思う」

「……うん」

 

 何もかもが――その瞳までもやみいろに染まっている、凄まじき戦士。誰に聞かずともわかる。あのときの自分の瞳も、黒に覆われようとしていた。

 

「"聖なる泉、枯れ果てしとき"……だったよね」

「うん」

「……まったく、そのとおりだったよ」

 

「あのときの僕は、あいつが……35号が憎くて仕方がなかった。この手で殺してやりたいって、そう思った」

「それは……」

 

 何も間違ってはいない、桜子はそう思った。35号はまだ幼い子供たちを虐殺した、ゲームなどと称して。35号だけではない、これまでに現れた未確認生命体――そのすべてが恐らくはゲーム感覚で大勢の人間の命を、未来を、笑顔を奪った。誰だってそれを許せないと思うし、怒りを覚える――当たり前だ。

 でも出久は、自分がそうした"人として当たり前"のボーダーラインを踏み越えてしまったと感じていた。

 

「……笑ってたんだ、僕は」

 

「顔を殴り潰されたあいつが命乞いをするさまを見て、ざまあみろと思った。楽しん、でたんだ……っ」

「出久くん……」

 

 誰かを殴ることを……暴力を振るうことを愉しいと思ってしまうならもう、それはヒーローではない。――グロンギと、同じだ。

 

「インゲニウムの言うとおりだ……僕はきっともう戦っちゃいけない……クウガでいちゃいけないんだ……。――それ、なのに……」

 

――あれだけ言われても、勝己に突き放されても……それでもなお、出久は執着を棄てきれない。

 

「沢渡さん……僕、昔と何ひとつ変わってないみたいだ。こんな、あきらめばっかり悪くてさ……」

 

 勝己を自ら傷つけ、焦凍を死の淵に追いやっておきながら――そんな自分に……反吐が出る。

 

「……いいじゃない」

 

 ぽつりと、桜子がつぶやく。

 

「あきらめ悪くたっていいじゃない、昔と変わってなくたっていいじゃない!ヒーローになれなくたって、それでも出久くんは皆の笑顔を守りたいって気持ちを抱えて生きてきた、だからクウガになれたんじゃない!――本音を言うなら私、出久くんにはもう戦ってほしくない。でもそれ以上に、そういう出久くんに……誰よりもヒーローでありたい気持ちを捨てられない出久くんに、いなくなってほしくない……!」

「沢渡、さん………」

 

 こちらをじっと見据える桜子の薄茶色の瞳が潤んでいることに、出久は気づいた。

 

「沢渡さん、僕は――」

 

――そのとき、廊下の向こうから不意に、足早に迫る靴音が響いてきた。

 

「あ……」

「椿、先生?」

 

 こちらを見遣った椿は、桜子の姿を認めて少しばかり目を丸くした。

 

「!、沢渡さん……いらしてたんですか」

「ええ、まあ……」

「あの……どうしたんですか?」

 

 出久が尋ねると、椿は一瞬躊躇うようなそぶりを見せた。だが、

 

「ナースコールがあったんだ、――轟から」

「!」

 

 焦凍の意識が回復した?メ・ギイガ・ギの魔手から逃れられたということか、それとも――

 

「詳細はわからんが、どこかに電話をかけたいらしい。何か伝えておきたいことはあるか、緑谷?」

「あ………」

 

 心臓が嫌な跳ね方をするのを自覚した出久は、わずかに目を伏せた。

 

「"ごめんなさい"……それだけ、お願いします」

「出久くん……」

「……わかった、一応伝えとく。直接言わせてやれなくてすまないな」

「いえ……」

 

 入室している間に万一のことがあったら――そういうことなのだろう。椿が室内に足を踏み入れる一瞬だけ消え去った結界は、数秒と経たないうちに再び現れ、部屋を覆ってしまった。

 自分はもう、二度と焦凍に会えないかもしれない――そんな最悪の想像が未だ身を竦ませる。その恐怖を抑えつけながら、出久はことばを紡いだ。

 

「……ありがとう、沢渡さん。僕はまた、ちゃんと考えなきゃいけない気がする。僕がここにいる……ここにいても、いい理由を」

 

 また――ヒーローをあきらめ、生きる意味を見失ったあのときのように。母がほっと胸を撫でおろしてくれる、あのときはたったそれだけで十分だったけれども。

 

 でもいま、その答えを見つけ出すには、ひとつピースが欠けていて。その事実に出久は気づいていない。……いや、気づかないふりをしている。

 

 

――轟焦凍は、気づいていた。

 

「電話って、どこにしたいんだ?……家族に最期の挨拶とか、言わないよな?」

 

 押し殺したような椿の問いが、個室に響く。汗と氷結の融け出した水滴とで布団どころか床まで濡らした焦凍は、衰弱した身体を半ば無理矢理起こして、答えた。

 

「……違い、ます」

「じゃあ、誰に?」

「雄英の……なか、ま……」

 

 

「烈怒、頼雄斗――切島、鋭児郎……です」

 

 

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