【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
この調子だと多分1万文字超えるのでここまででアップしました。引き伸ばしとも言う。
最重要エピだからゆるして()
『本部から全車。第36号が再び行動を開始した!』
捜査本部の塚内管理官からの入電に、捜査員らの表情に緊張が走る。
『現在犯行を続けながら新日本橋駅付近を逃走中、確認されているだけでも百名以上が被害に遭っている模様だ。――止めてくれ、なんとしても!』
「――了解!!」
厳しい戦いになることはわかっている。だがそれでも戦い守ることが、自分たちに課せられた使命。
飯田が、森塚が、鷹野が――すべての捜査員たちが、決然と死地へ赴いていく。
無論、爆豪勝己もそのひとりだ。
*
一方、関東医大病院。
事件発生を知るよしもない緑谷出久は、焦凍のいる病室の前、沢渡桜子とともに浅い眠りに落ちていた。心身ともに積み重なった疲労がそうさせたと言うほかなかったが、それが災いしてまた悪夢を見た。黒いクウガが脳裏にちらつき、それが強制的に意識を覚醒させる。
「……ッ!」
翠眼を見開いた出久は、そのまま大きく胸を上下させた。玉のような汗がじわりと額に滲んでいる。廊下が蒸し暑いのも理由のひとつではあるが……当然、それだけではない。
「………」
隣に腰掛け、静かな寝息を立てている桜子。こんな自分の歪んだ気持ちを肯定してくれた――"いなくなってほしくない"と言ってくれた。同時に"戦ってほしくない"とも吐露する姿は、どこか母に通ずるものを感じさせた。この
でも結局、すべてあの幻影の漆黒が塗りつぶしていくのだ。まるで体内に宿った霊石が、「おまえにそんな資格はない」と嘲っているかのように。
(僕は……どうすれば……)
どうすれば自分は、クウガで――ヒーローでいられる?それが自分の存在理由なのに――頭の中でこねくり回した結論は、それしかなかった。
と、消灯されていた廊下に、不意に明かりが灯った。それに伴い、桜子も眩しそうに眉根を寄せながら目を開ける。
「ん……いずく、くん……これ……」
「……うん」
どうしたんだろう。ふたりで訝しんでいると、複数の足音と、キャスターが床を擦る音がともに近づいてくる。
そうして現れたのは――再び、椿秀一。ただし今度はひとりではなく、看護師たち、そしてストレッチャーを率いている。出久たちの疑念はますます深まる。
「椿先生!これって……」
「!、ああ」
不安を押し隠せない出久と桜子に対し、意外にも椿の表情には光明が差していた。
「良いニュースだ、一応だけどな」
「良い……ニュース?」
「ああ。――轟の手術ができることになった」
「!」
椿曰く――伝手で高熱を発する墨を摘出する手術を引き受けてくれる執刀医を捜して回り、そして見つけたのだという。
「俺の古い友人の兄貴でな、神がかった腕の持ち主だ。……おまえのときの二の轍は踏まずに済んだよ、なんとかな」
「………」
二の轍……自分がメ・ギノガ・デの胞子を吸って倒れたときのことを言っているとすぐにわかった。あのとき椿が行ってくれた同様の努力は、それが成る直前に出久の心臓が停止してしまったことで水泡に帰した。それが霊石アマダムのはたらきによるものであったがゆえに、出久の命自体は守られたとはいえ――
今度は間に合った。椿は前回の雪辱を果たしたのだ。――かっこいい、出久はただただ純粋にそう思った。これこそ理想的な大人の姿だとも。
対して、自分はどうだろうか。ひと回り年下とはいえ成人しているのは同じなのに、こうしてぐるぐると惑い、迷うことしかできない。子供のときと……それも無個性と診断され、ただ打ちのめされることしかできなかった幼児のときと、何ひとつ変わっていない。出久の心は再び鬱ぎ込む。本当は何より焦凍が助かるかもしれないことを喜ぶべきなのにと、さらに自己嫌悪が募る。
そんなぐちゃぐちゃの表情を見せるわけにはいかないと、出久は頭を下げて謝意を表することで誤魔化した。
それに気づいているのかいないのか、椿の手が出久の肩に置かれる。
「とにかく、お前たちは少し帰って休め。戦うにしても、そんな状態じゃ――」
――そのとき、いずこからか轟音が響き渡った。
「ッ!?」
「なっなんだ!?爆発か?」
椿の何気ないひと言に、出久ははっとした。爆発!まさか――
「みっ、未確認生命体だぁ!!」
「!!」
にわかに騒がしくなった院内の中、鮮明に響いた声に、ほとんど反射的に走り出す出久。「出久くん!」と呼び止める桜子の声は耳に入らない。
病室に飛び込んで叫び声の主とともに窓の外を見遣ると、すぐ目の前の夜空がまるで夕暮れのように赤く染まっているのがわかった。地上から燃え上がる炎が、それをもたらしていることも。
こうして見ている間にも、現在進行形で爆発は起こる。――どんどん、近づいてくる。
「……ッ!」
出久は病室を飛び出し、再び走り出した。階段を駆け下り、一階……エントランスから、外へ。響く爆発音が、もはや地響きとなって身体を痺れさせる。
「出久くんっ!」
駐輪したトライチェイサーのもとにたどり着いたところで、桜子が追いついてきた。体力の差もあってか、肩で息をしている。
「ッ、出てきちゃ駄目だ!!」声を荒げる出久。「奴がすぐそこまで来てるんだ……早く逃げて!!」
「わかってるけど……!でも出久くん、本当に大丈夫なの?いま、ちゃんと戦えるの?」
「ッ、………」
「大丈夫」――本当は躊躇うことなく、即座にそう答えなければならないのだろう。心からそうできないなら、変身したところで自分はまた、あの中途半端な姿にしかなれない。
それでも、
「行かなきゃいけないんだ、僕は……守らなきゃ、救けなきゃいけないんだ……ッ」
「出久、くん……」
その瞳は揺れていた。それでも行くんだと彼は言う。誰よりもヒーローであろうとする――そんな姿はやはり健気で愛おしかったけれど……それ以上に、痛々しかった。
「僕には、それしか……ないんだ……ッ」
「ッ、」
それは違う、と、口を突いて出そうになる。でも桜子は躊躇ってしまった。自分は「誰よりもヒーローであろうとする出久にいなくなってほしくない」と言った。そういう彼だから力になりたいと――愛したいと思ってしまったのだ。それを否定してしまえば、いまの出久はアイデンティティそのものを否定されたと感じてしまうのではないか。そんな気がして、二の句が継げなくなってしまう。
そんなときだった。――出久の愛馬のそれに酷似した、嘶きが耳に飛び込んできたのは。
「!」
ふたりがはっとそちらを見遣るのと、嘶きの主が姿を現すのがほぼ同時。
「!?、クウガ……?」
桜子が思わずそう呟いてしまうのも無理はなかった。暗がりの中では、その姿はクウガのマイティフォームそのものに見えてしまったからだ。だがよく見ればディテールはかなり異なっている。赤い鎧は金属的な光沢を放っているし、何より――
いずれにせよ、出久はその正体を知っていた。――G2。クウガとその戦闘データをもとに科警研が製作した、パワードスーツ。
それがなぜここに?先日の渋谷での戦いで人体に与える負担の大きさが明るみに出、封印されたと聞いていた。自分もアギト……轟焦凍も使い物にならない状況下、それが覆されたのだろうか?
考え込む出久。そのために彼は、重要な箇所を見落としてしまっている。――気づいたのは、桜子だった。
「出久くん、あれって……」
「え……?」
桜子が指差したのは、G2の肘から先。そこに装着されているのは本来のユニットではなく、手榴弾を模した形状の漆黒の籠手だった。
「……!」
まさか――出久が目を見開くのと同時に、量産型トライチェイサー"α"から降り立つG2。その頭部ユニットが開放音をたて、外される。
露わになったのは、
「かっ……ちゃん……」
「………」
仮面の複眼よりさらに濃い血の色そのままの紅が、出久を鋭く射抜く。普段のような威圧ではない。それなのに出久の身体は、蛇に睨まれた蛙のように微動だにできなくなるのだ。
「デク、」
「!」
ひどく静謐な声で、名を呼ばれる。――彼からトライチェイサーを譲り受けたときのことを思い出して、頬を汗が伝った。
「どこに行く気だ?」
「え……?」
一瞬ことばの意味そのものが理解できなくなるくらい、わかりきった問いをぶつけられたと思った。
「き……決まってるだろ……!?敵がそこまで来てるんだッ、戦わなきゃ――」
「なんで?」
「は……?」
「なんでテメェが、戦わなきゃならねえ?」
「……!」
首から上を除いてクウガに酷似した姿となった勝己が、一歩を踏み出す。どうにかして遠ざかりたいのに、身体が動かない。そうこうしているうちに、どんどんふたりの距離が埋まっていく。
「だ、って……」一瞬の躊躇のあと、「僕は、僕はクウガなんだ……!なら、やるしかないじゃないかっ!」
「………」
「僕がみんなを……みんなの笑顔を守らなきゃいけないんだ!そのためなら、僕は――」
「"僕はどうなってもいい"ってか?……大した綺麗事だな、反吐が出るわ」
「ッ、もういいッ、きみに関係ないだろ!?僕を捨てたきみが、今さらごちゃごちゃ言うな!!」
「デク、」
「呼ぶなよ!!僕をデクなんて呼ぶな……!きみがそんなふうに呼ぶから、僕は……ッ」
強がりも虚勢も、全部水泡に帰してしまう。迫りくる敵に……救けを求める人々に背を向けて、逃げ出したくなってしまう。――あの日のように。
「何度だって呼んでやる。――テメェは、"デク"だ」
遂に出久を追い詰めて、勝己は静かに宣告した。
「クウガだろうが凄まじき戦士になろうがッ、テメェは"デク"なんだ!無個性で何もできねークセして、"僕もヒーローになりたい"なんてぬかして泣いてる、どうしようもねぇクソナードなんだよ!」
「うるさい……うるさいうるさいうるさいッ!そんなの、きみに言われなくたってわかってるよ!!だから僕は戦わなきゃいけないんだ!!"デク"を捨てられるくらい、強くならなきゃ――」
「ふざけるな!!」
「ッ!?」
その激しい一喝は、しかしいつもの彼が露わにしている憤懣とはまったく異なる響きをもっていた。
「それは捨てちゃいけねえんだよ!ヒーローになりたいって気持ちと同じくらい、テメェが持ってなきゃいけないモンなんだ!!」
「……!」
「……テメェ前に言ったよな、"自分を救けたいと思って何が悪いんだ"って」
「――悪くねえよ、なんも悪くねえ!どんなに強くなろうが、テメェの中には"デク"がいるんだ!!そいつの笑顔を守れもしねえで、自分を救けられるわけねえだろうがっ!!」
勝己のことばが、鏃のように鋭く出久の胸を射貫く。走る痛みはしかし、どこか懐かしく切ないいろを帯びていた。
「かっ……ちゃん………ッ」
潤んでルビーのような輝きをもった目の前の瞳に、出久の心は揺り動かされる。長い時間をかけて創りあげた殻を、"何もできない無個性のデク"がいまにも突き破ろうとしているように思われた。
でも、でも――出久は躊躇う。その躊躇いを見透かすかのように、勝己は続けた。
「ウジウジ迷ってんならそれでもいい」
「え……」
「好きなだけ迷えや。その間にテメェの守りてぇモン全部ッ、俺が……俺が守ってやる!テメェのちっぽけなクソ自尊心粉々にブチ砕くくらい、完璧に守り殺したるわ!!」
「……!」
もはやことばもない出久を最後にひと睨みして、勝己はG2の仮面を被り直した。そのままαに跨がり、
「……テメェがどんなに強くなろうが変わらねえ。テメェは下で、俺が上だ」
「――ヒーローは、俺だ!」
気づけば勝己は、その場から走り去っていた。――戦場へ、向かった。
(かっちゃん………)
へたり込んだ出久は、立ち上がることすらできぬまま、ただ勝己のことばを反芻していた。
"何もできない無個性のデク"を捨ててはいけないと、彼は言った。持ち続けなければ……そいつも引っくるめて、救けてやらなければならないと。
――その声にあるのは、侮蔑ではなかった。
本当はずっと、そうだったのだ。幼いときから……彼が出久に"デク"の名を与えたそのときから。
だって――
出久が再び思い出したのは、小学五年生、自然学校の記憶。
緊張からおねしょをしてしまった出久に手を差し伸べてくれたのは、当時既にいじめという形でしかコミュニケーションをとってくれなくなっていた勝己だった。散々嘲った挙げ句、同じ部屋のクラスメイトたちに大声で言いふらす――そんな出久の予想に反して、他の誰も起こさないよう器用に濡れたシーツを取り去り、そこにペットボトルのお茶をかけて担任に飲み物をこぼしたと報告、新しいシーツをもらうという、彼らしい手際の良さを見せつけてくれた。
出久はただ、その一部始終を呆然と見つめていることしかできなかった。あの勝己がこんなことをしてくれるわけがない、彼は何かの個性にかかっているか、偽者なのではないか?さもなくば、これは夢か――
――かっ、ちゃん……。
何もできず、ただ最後にその名を呼んだ出久を、勝己は振り返った。その表情には、いつもの侮蔑も憤懣もなかったのだ。
『……おまえはほんと、"デク"だな』
(そうだ、)
封印していた記憶が甦ってくる。勝己が別人のようだったのは、そのときばかりではなかった。その優しさはただの気まぐれだと思っていた――思い込もうとしていた。でも、違ったのだ。
彼が自分に優しさを与えるのは、決まって出久の心が悲鳴をあげているとき……救けを求めているときだった。彼はいつだって自分を見ていた、そして手を差し伸べようとしてくれていた。
(それなのに、僕は)
いつもいじめているくせになんだと、勝己の差し伸べる手を見ないふりした。拒んだ。――怖かったのだ、本当は。自分の中にいる"デク"を肯定されるのが。"デク"を消さなければ。独りで立たなければ。誰にも頼ってはいけない。泣いている姿を見せてはいけない。救けを求めては、いけない。でなければ、
そんな自分の思い込みは、きっと勝己のプライドを……いや、心そのものを傷つけていた。傍目からそう見えるように、勝己が一方的に加害者なのではなかった。僕らはお互いに傷つけあって、それでも互いを捨てられなくて、また傷つけあう。互いの想いを理解りあうには、僕らはあまりに子供だった。
『――ヒーローは、俺だ!』
最後に、勝己はそう言った。都合の良い解釈かもしれない。でも。もしも。傲慢を捨て去った勝己の想いのすべてが、そのひと言に詰まっているのだとしたら。
――抑えつけてきた感情が、決壊する。
「うぁ、あ……ああ、あぁぁぁぁぁぁ………ッ!!」
恥も外聞もなく、出久は泣きわめくしかなかった。後悔と、理解と。自分はいま、初めて、勝己がどんな想いでヒーローになったかを知ったのだ。
なら……ならば自分は、どうすればいい?
泣き虫のちいさな子供に戻ってしまった青年の中にはもう、その答えがあるはずだった。