【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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会議だけで1万文字超えちゃったよ!と゛う゛な゛っ゛て゛ん゛た゛よ゛ぉ!!
まあ5千くらいで済んじゃうと前話との全体文字数の落差がすごいのでいいかな、とも思いつつ。そしてラストはあのお方再登場、PROJECT-G4の登場シーンをイメージしました、最後の台詞はまんまです。


EPISODE 26. ネクストステージ 2/3

――警視庁 未確認生命体関連事件合同捜査本部

 

 捜査本部の設置された会議室に入った緑谷出久と轟焦凍は、屈強な警察官とヒーローたちに取り囲まれていた。

 涼しい表情の焦凍に対し、出久はというと、

 

「ええええっとみみみ緑谷出久ですッ、よよよよろしくおねがいしまひゅっ」

(……また噛んだ)

 

 数日前――自分の誕生日会で元雄英A組のヒーローたちに囲まれたときから何も成長していない。まあそう簡単に泰然としていられるようになったら大したものだが。

 皆からも自己紹介が返ってきて、暫し話し込んでいると、本部のトップ2が入室してきた。出久たちの姿を認めて歩み寄ってくる。

 

「きみが緑谷出久くんか。この捜査本部の本部長、面構犬嗣です。いままでの協力、本当に感謝している。今後ともよろしく頼むワン」

「い、いえそんな……。よろしく、お願いします」

 

 ワン?語尾に疑問はあったが、犬のような異形型であるためなのだろうと早々に自分を納得させ、出久はこの犬型警察官僚の手をとった。手は人間そのままなんだな、などと内心考えつつ。

 そして、

 

「塚内直正、管理官をしています。まあ早い話がNo.2だな……よろしく」

 

 こちらとも握手をする。ここまでとは違う意味での緊張を強いられつつ。彼が数少ないワン・フォー・オールの秘密を知る者であり、オールマイトの友人であったがためだ。オールマイトと友だちだったなんて、羨ましい!出久は自分の年齢も忘れてそう思った。

 そんな出久の内心を見透かしたのか、塚内が密かに耳打ちしてきた。

 

「きみ、オールマイトの大ファンなんだって?今度色々話そうか、あいつのプライベートの様子とか。一応同年代の友人なもんで、ショートやグラントリノも知らないこととかたくさん教えられると思うよ」

「!、ほ、本当ですかッ!?ぜひッ、是非お願いします!!」

「ハハ……まあ当人の名誉にかかわらない範囲でだけどね」苦笑しつつ、「――さて、爆心地が睨んでるし立ち話はこの辺にしとくか」

「!」

 

 そのことばに慌てて振り向けば、椅子にふんぞり返っている爆心地こと爆豪勝己と目が合った。睨んでいる、と言ってもしかめ面程度――彼にとっては平常――なのだが、彼のことだから早く本題に入らせたいのもまた事実なのだろう。No.2だというこの男、少なくとも鈍くはないようだった。

 

 

「――では、臨時会議を始めます」

 

 もはや決まりごととなっている塚内のひと声に、空気がぴりっと引き締まる。

 

「まず、未確認生命体について。――第35号によって奴らの犯行の目的がゲームだと判明したことについては、緑谷くんとショートも既に聞いているだろう」

「………」並んで、うなずく。

 

 殺人ゲーム――ゲゲル。当初は信じがたいものがあった。しかしそうと仮定してこれまでの未確認生命体の行動を振り返れば、謎となっていた事柄の多くに説明がついてしまう。……ゆえに、それを認めるしかない。心情とは隔離してでも。

 

「具体的には、定めた制限時間以内に規定人数を殺害するゲーム……ということだな?」

「それで間違いないかと。――付け加えさせていただくなら、少なくとも第35号はさらに条件を絞っていたようです」

 

 鷹野警部補の言うとおり――第35号ことメ・ガルメ・レは、高見沢小学校の児童のみを標的としていた。それ以外の殺人に消極的だったこと……何より当のガルメの口から語られたことだ。

 

「……語られた、か。以前柴崎巡査……いや警部補を殺害した時点からそうだったが……当然のように日本語を話しているんだな」

「あいつに限った話じゃないですよ。ここ最近の連中は、個体差はあるにせよみんな日本語使ってますし」森塚の言。

「そうだな……。――きみが二度遭遇したB1号もそうだったな、爆心地?」

「……ッス」うなずきつつ、「二度目のアジト捜索で現れたときには、35号と同等に話してました」

 

 その事実はもちろんのこと――勝己の頭には、ことばの中身そのものがこびりついて剥がれずにいる。

 

「我々人間が、奴らと遜色なきものになろうとしている、か……。確かに、一笑には付せないことばだな」

 

 ヒーローとして、ヴィランの存在を念頭に置いたかのようなエンデヴァーのつぶやき。以前の彼なら本当にそれだけだっただろうが……いまは違う。もっとも、そこまで深読みできる者はこの捜査本部においても数少ないのだが。

 

「……その是非はともかくとして、奴らのほうが我々に近づいていることは明白ではないでしょうか。日本語にせよ、振る舞いにせよ……やはり個体差はあれ、当初の獣じみたそれとは様相を異にしているように感じます」

「そうだな……。――その点について爆心地、きみにひとつ見解があるんだったな」

 

 指名を受けた勝己がすくっと立ち上がり、資料のとあるページを開くよう指示する。

 

「"未確認生命体ことグロンギの記数法について"……?」

 

 出久が思わずタイトルを読み上げてしまったのは、まるで大学のレポートのような雰囲気と作成者が幼なじみであるという事実が自分の中で乖離していたためだ。――よくよく考えれば小中学校のとき、総合学習の発表に際してなど案外丁寧にやっていたから、そんな意外なことでもないのだが。

 

「記数法って……数の数え方ってこと?」森塚が訊く。

「そうっす。詳しくは資料のとおりですが……結論から言えば、連中は我々とは異なる位取りを行っていると考えられる。具体的には……"九進法"」

「九進法……?」

 

 位取り記数法――いわゆる"n進法"の考え方そのものを知らない人間はこの場にはいなかったが、ピンときている者に絞ると少数派になってしまう。常用している十進法、デジタルの礎ともいえる二進法、時分秒を司る十二進法や六〇進法などと異なり、実生活において九進法を利用する機会は皆無と言っていいのだから。

 そこにたどり着いたのは、ひとえに勝己の頭の回転の速さの賜物というべきか。

 

「気づくきっかけは、35号のひと言でした」

 

 高見沢小学校での戦闘において、勝己の猛攻に怯んだガルメが放った台詞――

 

『チックショ……いったんセーブしたいけどキリ悪いんだよ。あとひとり殺ればちょうどなのにィ……』

 

 

「――奴の殺害人数は98人。我々なら、あとふたり……100人をもってちょうどとするのが常識的な感覚です。だが奴は、99人をちょうどと断言した」

 

 数え間違い……ということはありえない。その直前、ガルメは98人の児童を殺したことを自慢げに語っていたのだから。

 ただ、

 

「単純に、ゾロ目だから……ってこともあるんじゃないの?」

 

 多くが思ったことを遠慮なく指摘する森塚。爆心地相手に勇気ある行動ともいえるが、彼もそこまで勝己を甘く見てはいない。

 実際、それは入口にすぎなかった。

 

「ヤツの目標人数が何人だったか、アンタ覚えてるか?」

「えっ!?い、いくつだったかなぁ……えーと……ア、ハハハ……僕も歳ですかねえ?」

 

 この場にいる警察官の中では最年少の森塚のぼやきに散発的な失笑が漏れる。勝己は溜息をひとつ吐き出し、

 

「ま、答えは次のページに書いてあるけどな」

「!?、先言ってよそれをよォ……。どれどれ……あぁ162人ね、うん思い出した」

 

 確かに中途半端な数字だ――人間からすれば。

 

「連中からすれば、かなりキリのいい数字です。計算方法は省略するとして……九進法に直せば、200」

「!、確かに……奴らにとってはゲロキリのいい数字になるね」

「っス。それ以外にも、連中が殺害人数をカウントするために使っていた腕輪……アレも9人をワンセットとするつくりになってます」

「……なるほどな」

 

 勝己の見解に、限りない説得力が生まれ出ずる。張り詰める空気。それをさらに促すかのように、出久が遠慮がちに手を挙げた。

 

「あの……ひとついいですか?」

「ああ。遠慮せず発言してくれ、むしろきみの意見が一番聞きたい」

「あ、ありがとうございます……といっても、意見ってほどではないんですけど……。――奴らは霊石の力で変身能力を得た古代の狩猟民族らしいので、僕らと変わらない価値観をもってる部分はあると思うんです。キリよく数字を揃えたいとか……趣味や嗜好を追求したりとか」

 

 そしてそれが、殺人ゲームにも反映されている――苦々しい表情を浮かべる出久。自分たちとそう変わらない思考回路をもっているのに、なぜ命の尊さを理解できないのだろうか。彼らには他人を思いやり、その幸せを願う心が欠片もないというのだろうか。

 やはり、許せない。――何よりそんな奴らに、人間引っくるめて同じものになろうとしているだなどと言われるのは、これ以上ない侮辱だと思った。

 

「緑谷くん、訊いておきたいんだけれど」

「!」

 

 そんな出久の内心を見透かしたかのように、鷹野が厳しい表情を浮かべて尋ねてくる。

 

「あなたはその35号を滅多打ちにしたうえ、私たちにまで襲いかかろうとしたわね。――それは、奴に対して抱いた憎しみが引き起こした暴走ということなの?」

 

 彼女をはじめ捜査本部の面々は、勝己越しに桜子による解読結果を聞かされている。"凄まじき戦士"について、既に知っているのだ。

 それゆえ、確かめないわけにはいかなかった。未確認生命体に対する憎悪が暴走の原因だとするなら……それが再び閾値を超えたとき、今度こそクウガは恐るべき脅威となるかもしれないのだから。

 

 そして誤魔化すこともできず、出久はうなずくほかなかった。

 

「もちろん最初からずっと、奴らのやってることは許せないって思ってました。でも、それがゲームだなんてわかって……そのせいで、なんの罪もない子供たちの命が奪われて、生き残った子供たちも、心に消えない傷を負うことになって……」

「………」

「なのに奴は……35号は、僕に言ったんです」

 

 

『こっちはテメェらなんの価値もないゴミクズどもを点数稼ぎに使ってやってんだぞッ、ありがたく殺されろよ!!』

 

「奴が……そんなことを」

 

 そんなつぶやきが漏れる以外、一同絶句している。そんな彼らの表情ににじむのもまた、憎悪に限りなく近い怒りだった。それを直接聞かされた出久の気持ちがその比でなくなることも、容易に想像がついて。

 

「その瞬間、身体と頭がぐわって熱くなって……奴を殺してやりたい、そればかりで埋め尽くされて……。あいつを痛めつけ、苦しませるのが楽しくて仕方がない……あのときは、そんなふうにすら思ってたんです」

「………」

 

 見るからに穏和そうな出久から飛び出した過激な吐露は、しかしそう思わせるのも無理はない。仮にこの場にいる他の誰かがクウガだったとて、同じ思いを抱き、同じように暴走していたとしか考えられない。

 

「……きみは間違っていない。それは人間として、正しい感情だと私も思う」

 

 椿と同じ、塚内のことば。だが警察官として、それだけで終わるわけにはいかなかった。

 

「だがきみの人間性と、ともに戦う仲間として信頼できるかは……残念ながら、別の話だ。――爆心地、」

「……っス」

 

 予感があったのか、勝己は突然の指名にも動じることなく小さくうなずいた。

 

「きみは以前、本部長と私の前で断言したよな。――"彼が人間に危害を加えるようなことがあれば、自分が抹殺する"と」

「!」

 

 それはあの場にいた三名を除いて、皆初めて知る事実だった。会議室内がざわめきに包まれる。

 

「ま、マジでンなこと考えてたの?」

 

 森塚の問いに、寸分の躊躇いもなくうなずく勝己。その微塵も揺らぎを見せないルビーのような瞳に射すくめられ、森塚は鼻白むほかなかった。

 

「本気か爆豪くん!?緑谷くんはきみの幼なじみだろうッ!!」

 

 憤然と立ち上がり、抗議する飯田。

 無論幼なじみといっても、親しくなどなかった。ずっと出久をいじめてきた。――だから、尚更だ。

 

「じゃあテメェにできんのか?」

「そ、れは……――ッ、きみに、やらせるくらいなら……!」

「無理だな」断言する。「テメェは優しすぎる。――轟、テメェもな」

「……!」

 

 飯田に続いて声をあげようとした焦凍は、そのひと言に制されてしまった。

 

「テメェはテメェで、デクに恩を感じすぎてる。テメェにもデクは殺せねえ」

「……ッ、」

 

 反論の余地はなかった。それでも焦凍は、歯噛みし、拳を握り掌に爪を立てる。――彼にとっては、出久だけでなく勝己だって恩人には違いなかった。体育祭の試合で最初のきっかけを与えてくれたのは、この男なのだ。彼が傷つく姿も、同じくらい見たくないと思う。

 

「飯田くん、轟くん」

 

 不意に当人――出久が、声をあげる。

 

「万が一のときはかっちゃんに全部任せたいって、僕も思ってる」

「……!」

「緑谷くん、それは――」

「――わかってる。本当はこんなこと、誰にも頼んじゃいけないんだ」

 

「でもだからこそ、幼なじみの……僕のことをずっと見ていてくれたかっちゃんになら、僕は我が侭を言える。全部、託せるんだ」

「………」

「ごめんね、かっちゃん」

 

 あえてへらりと笑みを浮かべて、謝罪のことばを放つ。対して勝己は一瞬眉根を寄せたあと、ひとつ舌打ちをこぼした。その尾を引かない音には、あらゆる思いが乗せられていて。

 

「ンなクソみてぇな我が侭、俺に押しつけやがって。テメェはホントクソだわ」

「………」

 

「……クソはクソなりに、俺に泥かぶらせねえようにせいぜい努力しろや。……そのためなら、ちったぁ手ェ貸してやってもいい」

「!、かっちゃん………」

 

 手を貸す――尽くす。出久の心が、二度と憎悪に囚われないように。

 他ならない勝己がそう言ってくれた。その事実を噛みしめるように、出久はしっかりとうなずいた。

 

 あらゆる相剋を乗り越え、いまこの瞬間にまでたどり着いたふたり。その全貌を知ることはなくとも、皆、そこに確かな絆を見た。

 捜査本部のトップ2も顔を見合わせ、互いに小さく笑いあった。――彼らが互いの心に寄り添いあおうとしている限り、大丈夫。どんな物事にも根拠を求めずにはいられない大人になってしまったけれど、これだけは無条件に信じたいと思える。

 

「なら、この話はここまでにしよう」

「!、いいんですか?」

「爆心地もきみも、嘘はつかない。そう信じているだけだワン」

 

 それ以上のことばは必要ないとばかりに、面構はグルル、と小さく唸った。本物の犬じみた声音に苦笑しつつ、塚内が話題を切り替えにかかる。

 

「では、次――"G-PROJECT"について。インゲニウム、頼む」

「はっ!」

 

 威勢よく立ち上がるインゲニウムこと飯田天哉。その後の「何ページをご覧ください!」という指示の声まで室内じゅうに反響している。

 

「えー、"G-PROJECT"について……既に完成している第2世代型、通称"G2"が人体に与える負担が顕著であることから、科警研では現在第3世代型の開発を進めております。こちらも既にスーツ自体は完成に至っており、現在OSの最終調整を行っているところです」

「第3世代型……"G3"というわけだな。これの性能は?」

「G2が第4号に迫る性能と引き替えに運用が困難となってしまったことから、その半分程度となっております。性能低下を補うためサブマシンガンやグレネードランチャー、高周波ブレード等の武装が追加されるとのことです」

「ほほう。この写真見てもそうだけど、なんかよりポリス仕様になった感じだね」

 

 森塚のつぶやきは、一同同意するところだった。ほとんどクウガそのままだったG2と異なり、G3はより洗練されたデザインがなされ、カラーリングも青と銀を基調としたものに変えられている。

 

「しかし、いくら武器があるといっても……G2からさらに低下した性能で、奴らとまともにやりあえるの?ただでさえ奴らは強くなっているのよ」

 

 そこらのヴィランくらいならともかく、グロンギを鎮圧するには心許ない――鷹野の指摘はもっともだったが。

 

「G3については、 単独行動にこだわらず、第4号……緑谷くんや轟くんの支援をコンセプトとする旨、指示があったそうです」

「確かに、僕らの上位互換と考えりゃ……。でもそうなるとインゲニウム、きみの戦闘スタイルとはだいぶ変わってきちゃうんじゃない?」

「………」

 

 不意に黙り込んだ飯田。怪訝に思った森塚が「インゲニウム?」と呼びかけると……口を開いたのは、彼ではなく塚内だった。

 

「――インゲニウムは、正式の装着員を辞退したそうだ」

「!?」

 

 なぜ――そんな空気が、全員に伝播する。彼はG2のテスト装着員に自ら志願し、まだ安全性の担保されないそれを纏って実戦にまで出たのだ。一体どんな心変わりがあったというのか、疑問に思うのは当然というもの。

 

――彼にとっては、その実戦こそが問題だった。

 

「……僕はG2を装着して実戦に出ました、危険があるとわかっていながら。実際、チャージズマやイヤホン=ジャック、そして駆けつけてくださった皆さんの援護がなければ、僕は第32号に殺されていたかもしれない。もしも、そんなことになっていたら――」

 

 出動を許した発目らプロジェクトチームが糾弾されることは免れない。実際がどうであるかに関係なく、将来有望なヒーローを自分たちのマッドな欲望で潰した者たちとして、永遠に日の当たる場所で生きられなくなるかもしれないところだったのだ。そして当然、世論の非難を囂々と浴びたG-PROJECTは白紙に戻される――

 

「G-PROJECTを完遂させることは僕の責任だと思っています、だからすぐには降りなかった。……しかし、どこかでけじめはつけなければならない。無論、未確認生命体から市民を守る使命まで放棄するつもりはありませんが……何食わぬ顔で装着員を続けることも、僕にはできません」

 

 きっぱりと言いきったうえで、

 

「……なお正式な装着員については近日中に選考が行われ決定する予定、方法については検討中とのことです」

 

 打って変わって事務的な口調でまくし立て、飯田はひとり着席した。それ以上は何もない、と言わんばかりに。

 

「飯田くん……」

 

 そんな彼に、かけることばの見つからない出久。ただその横顔を見つめていると、

 

「――潔癖すぎると思うか、緑谷くん?」

「!」

 

 捜査本部トップの犬男による問いに、出久は思わず目を泳がせていた。その問いはまさしく出久の率直な思いを嗅ぎ分けたものだったからだ。

 「そうだろうな」と理解を示しつつ、

 

「……だがそれは、本来あらゆる力ある者には必要な考え方だ。行使できる力が大きければ大きいほど、自らを律し、法や規則……あらゆるルールで雁字搦めにしなければならない。それに反するのなら、罰も甘んじて受け入れなければならないんだ――爆心地のように」

「………」

 

 飯田とは異なる状況・立場でG2を持ち出した勝己に対するそれは、自罰では済まなかった。――懲戒処分。それまでの功績も鑑みて減給で済んだが、ヒーローとしての彼の経歴に傷がついたことに変わりはない。

 そしてそんな面構のことばは、出久に自分の立場がいかに危ういものか思い出させた。

 

(もしも奴らが法的に人間と認められるようなことがあれば……僕が戦うことは許されなくなるんだ)

 

 いまグロンギたちは野生動物と同様に扱われているから、出久はクウガとして大手を振って戦うことができる。――しかし人間……ヴィランを相手にそれはできない。それでも戦うというなら、何ひとつ支援を受けることもなく孤独に戦うことを……人として多くのものを失い続けることを、覚悟しなければならなくなる。

 

「……肝に、銘じておきます」

 

 ようやく絞り出したことばだったが、込められた想いの丈は伝わったらしい。面構が小さくうなずいた。

 

「よろしい。……無論、究極の選択を迫られるような状況にみすみすきみを追い込ませるつもりはない。全力で後ろ盾になるから、安心してほしいワン」

 

 

「――というわけで管理官、そろそろ彼に例のものを」

「おぉ、もう渡しますか。――ま、そうですね」

 

 笑いを噛み殺しながら立ち上がる塚内。いままで気がつかなかったが、その手には封筒が握られている。なんだろう?首を傾げながらも出久は立ち上がった。

 

「緑谷くん、これを。中身を確認してみてくれ」

「?、はい……」

 

 言われたとおりに封筒を開く。と、そこから出てきたのは――

 

「"ヒーロー活動 特別許可証"……?」

 

 そこに躍る願ってもない文言に、出久は目を見開いていた。

 

「ヒーロー活動といっても、そこにあるとおり対未確認生命体に限定されたものだけどね。でもこれで、きみの戦いは脱法的なものから合法的なものへとランクアップした。――ま、後ろ盾としては一番わかりやすいかな」

「僕のために、こんな……大変だったんじゃ………」

「ハハ、きみのためだけじゃないさ。我々としても、きみが公式なライセンスを持ち歩いていてくれたほうが色々とやりやすくなる。既に通達は出ているとはいえ、やはり有形のものの効き目は違う。黄門様の印籠のようなものさ」

 

 「それに」と、耳打ちしてくる。

 

上層部(うえ)にきみにゾッコンな人がいるからね。俺たちは大して苦労してないよ」

「ぞ、ゾッコン……?」

 

 おやっさんが使用しそうな……つまりは死語だなどと内心思っているうちに、塚内は自分の席に戻っていった。

 入れ替わるように、面構がマズルを開く。

 

「それはきみへのこれまでの感謝、そしてこれからへの期待を表している。――これからもどうか、力を貸してくれ。皆の笑顔を、守るためにな」

「皆の笑顔を、守るために……」

 

 それこそは出久が、最も望んでいたこと。――彼らの道はいま、完全に重なった。

 

「はいッ、――がんばりまひゅっ」

 

 一番大事なところを噛んでしまい、赤面する出久。そんな彼を見て、くすりと笑う一同。

 和やかになった空気の中心で、出久ははにかみながら頭を掻いたのだった。

 

 

 

 

「いや一時はどうなることかと思ったが、良い雰囲気で終了することができて本当によかった!」

 

 会議が終わり解散したあと、廊下を歩く飯田天哉は嬉々としてそう話した。

 

「これも緑谷くん、きみの人徳の賜物だな!」

 

 隣を歩く出久は、思わず「へぁっ!?」と声をあげた。

 

「ちちち違うよっ、皆さんすごくいい人だから……」

「クソ親父以外はな」ぼそりと、焦凍。

「いやきみのお父さんも含めてだよ……」

 

 まあ会議の終わったあと父子もそれなりにことばをかわしていたようだから、照れ隠しの色合いが強いのだろうが。

 

「そうだ緑谷くん、轟くん、これから何か予定はあるかい?」

「え?いや僕は特にだけど……。強いて言うなら試験勉強とか……大学の」

「俺も。強いて言うなら腹減った」

「それだ!」いきなり大声。「良ければ一緒に昼食をどうかと思ってな!あの喫茶のカレーをまた食べたいんだ」

「!、いいね!おやっさんもきっと喜ぶよ」

「俺も食いてぇ」

 

 三人で盛り上がりながらも、出久は前方を見遣った。そこには、あえて輪に交わらずに歩く幼なじみの背中があって。

 

「かっちゃんも、一緒にどう?」

「………」

 

 振り向きじっと見つめてくる紅を、逸らすことなく見つめ返す。互いの秘めたる意志の強さは、もうぶつかりあうばかりではないのだと、彼らは知っている――

 

「……テメェの奢りなら」

「!、う、うん、もちろん!そういう約束だもんねっ」

 

 まだ百食にはほど遠い。だから少しずつ、積み重ねてゆける。出久にはそれが嬉しかった。

 けれども、事情を知らない彼らは当然別の捉え方をしてしまうわけで。

 

「奢りだなどと……爆豪くん、きみは学生にたかるのか?」

「減給になったからっておまえ……みみっちいだけじゃなくてケチなんだな」

「ア゛ァ!!?」

 

 当然勝己はブチギレモード。なんてことしてくれるんだ、と出久は率直に思った。

 

「ちょっ、もうッ、なぜそうきみたちは煽るのかな!?」

「事実なんだからしょうがねえだろ」

「うむ、それに良くないことは良くないときっちり言わなければ!」

 

 いやそれはそうなんだけど――出久が困り果てていると、不意に前方から複数のいかめしい足音が響いてきた。

 現れたのは、警察官の夏服を纏った壮年の男たち。彼らを率いているがっちりした男性は、思わず道を空けてしまいたくなる威容があった。

 そして彼は、その威容にふさわしいだけの肩書きも持ち合わせていて。

 

「……あの方は、本郷警視総監だ」

「けッ、警視総監……!?」

 

 東京の警察官五万人を統べる、警視庁の主――警察組織について詳しくは知らない出久でも、その程度の知識はもっていた。

 恐縮しつつ壁際にぴったり背をくっつけ、出久は友人たちとともに雲の上の面々が通り過ぎるのを待っていたのだが、

 

「おぉ、きみたちか。頑張っているようじゃないか!」

「!?」

 

 威厳に満ちた顔立ちが、青年たちを目の前にして朗らかに崩れる。そのギャップに、また出久は驚かされた。

 

「爆心地にインゲニウム。一番若いにもかかわらず多大な貢献をしてくれていると聞いている、いや本当に頭が下がる思いだよ」

「……っス」

「あっ、ありがとうございますっ!!」

 

 いつも以上に肩に力が入っている飯田に、表向きいつもどおりながらよく見ればやや緊張した面持ちの勝己。彼らにそうさせるだけのものが、この警視総監にはあった。

 

「ハッハッハ、そう畏まらんでくれ。肩書きばかり立派なものだが、実態はただのコーヒー好きな年寄りだ。引退したら喫茶店でもやりたいと思っていてねハッハッハ」

「………」

「まあそれはともかく。――ショート、きみも大変な苦労をしてきたようだが……無事に戻ってきてくれてまずはほっとしている。あぁ、グラントリノにもよろしく言っておいてくれ」

「……どうも」

 

 

「そして――緑谷、出久くん」

「!」

 

 打って変わって静謐な表情で、じっと見据えてくる本郷。出久はごくりと唾を呑み込みながら、それに応えるほかなかった。全身が……体内の霊石までもが、何かを訴えかけてくる。

 そして、

 

「――きみこそ、俺の理想を継いでくれる人間かもしれないな」

「!、え……」

 

 その詳細が語られることはなかった。側近のひとりが「総監、お時間が」と耳打ちしたのだ。

 

「やれやれ……本当は是非コーヒーをご馳走したいところなんだがね、これから人と会う約束があるんだ。今日のところは失礼させてもらうよ」

「………」

 

 歩き出しかけ……「あ」と立ち止まる。

 

「そうそう、最後にひとつだけ」

 

 

「――いまの俺にできないことを、きみたちがやってくれ」

「!」

 

 

 「頼んだぞ」――若者たちに"何か"を託して、警視総監・本郷猛は颯爽と去っていくのだった。


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