甲龍歴410年
「ふう…、飛ぶのに大分魔力を使ったけどやっとアスラ王国か。疲れたな…」
何事もなかったかのように空から地上へと軽やかに着地した彼は独り言を呟いた。
彼の肌は浅黒く、ぱっと見て人族のようにしか見えないが何よりも異様なのは頭に生えた二本の短い角。
「さて、原作なんてほぼ覚えてないが、ロキシーの足跡から考えればそろそろのハズ…。
俺が顔を合わせることで流れが変わるかもしれんが、特異点を一目でも見とかないとな。
んー、『探査:ロキシー・ミグルディア』」
尋ねるように虚空へと呟く彼は、一見危ない人のように思えるが数秒の後に納得したかのように頷いた。
「うーん、まだ結構遠いな。
速度からして歩きだろうが、村に着く前に合流しときたい。
今日は飛んでばかりだな――『飛翔』」
そして彼はまた、大空へと翔けるのだった。
私の名前はロキシー・ミグルディア。
子供のような姿をしているが、これはミグルド族の種族的な特徴である。
自慢ではないが、私はA級冒険者で水聖級の魔術師でもある。
そんな私は今、下級貴族の一人息子の家庭教師となるべく歩を進めている。
ギルドの依頼としては難易度の割りに破格の依頼だったが、こんな辺境となるならば受けなけれよかったかなとちょっと後悔もしている。
「………―――ぃ…」
ん?
今…何か聞こえたような?
幻聴かな?
「――――い…」
幻聴じゃない。
人の声だ。
遭難者か冒険者?
結構遠くから聞こえるけど、一体どこから?
「――――ぉーーーい――」
周りを見渡してみても何も見つからない。
森の中にいるのだとしたら私には手の打ちようがないかもしれないと考えていると、目の前に何かが降り立った。
「よっとっと……どこか見覚えのある奴かと思ったらロキシーじゃないか。
久しぶり」
「き」
「ん?」
「きゃぁぁぁああああああああああああああああ!!!」
彼の余りにも突然すぎる登場に絶叫して、少し出かけたのはしょうがないと思う。
―――――
「な、ななな、なんでこんなとこにいるんですか!?
キコエル・キカセル様!」
「いかにも!俺が不死魔王キコエル・キカセルであるっ!
フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
様付けやめろよ、小さいころからの知り合いなんだから」
「いや…それはちょっと…って、笑ってないで答えてください!」
「いやな?
暇つぶしに空飛んでたら見覚えのある髪色の奴がいたから見に来たらロキシーじゃん。
びっくりしたから声かけたんだよ」
「こっちがびっくりしましたよ!
あっちこっち放浪してる貴方がこんなとこにいるなんて普通思いませんから!!!」
「それでどこ行くんだ?
あと漏らしたなら着替えた方がいいぞ」
「ちょっ……!
漏らしてません! 漏らしてませんから!
…この先にあるブエナ村って所に住んでる貴族の一人息子に魔術を教えに行くんですよ。
私、仮にも聖級魔術師ですから。
まぁ貴族の息子自慢が大半でしょうから無駄になりそうだと思いますがね…」
「ふーん、じゃあついてくわ。
ロキシーの仕事してるとこ見てロイン達に安否伝えたいし」
「えぇーーー、ついてくるんですか…まぁ言っても無駄でしょうからいいですけど。
でも食い扶持とかは自分で稼いでくださいよ。
あと報告は…まぁいいでしょう。
ほら、村までもうすぐでしょうから行きましょう」
「了解。
なんか適当に魔物狩っておけばいいだろ。
よろしくな」
そうして雑談を交わしながら、やっと私達はブエナ村へ到着するのだった。
―――――
俺は今、文字通り口をぽっかりと開けて唖然としている。
事が起こったのは数分前の事だ。
俺はいわゆる転生者というやつで、前世の記憶を持ったまま今の身体…ルーデウス・グレイラットという少年になった。
赤ん坊の頃から意識のはっきりしていた俺は数々の羞恥プレイを潜り抜けながらもこの世界の情報を集めた。
そんなある日母親のゼニスが、俺の怪我を治すために使った魔術により、俺の怪我を治したのだ。
この世界が剣と魔法のファンタジー世界だとわかった俺は、ある程度自由が利くようなってからは魔術の特訓にのめり込んだのだが、ある日練習中の水の中級魔術の制御失敗により親に魔術が使える事が露見したのだった。
危うく異常者扱いでもされるのかと思ったが、そんなことはなかった。
パウロは結構怪しんでいたが、幼児スマイルを駆使して切り抜けた。
二人とも親馬鹿で助かったぜ。
それでも幼い子供が中級の魔術を使うということに不安を覚えたのか、ゼニスが家庭教師を雇うことにしたのだった。
その家庭教師がただいま家の玄関にいるのだが…
「はじめまして。
家庭教師の依頼を受けてやってきました。
ロキシーです。よろしくおねがいします。
それで…あの、こちらが…」
中学生ぐらいの魔術師っぽい茶色のローブに身を包み、水色の髪を三つ編みにして、ちんまりというのが正しい感じの佇まいで、手にしているのは鞄一つと、いかにも魔術師が持っていそうな杖を持つ少女が遠慮がちに隣にいる少年に言葉を促した。
「フハハハハハ!!!
俺の名は不死魔王! 或いは言霊の魔王、キコエル・キカセルである!
よろしく頼むぞ人間共!」
なんか家の玄関に魔王が降臨していた。