あれは嘘だ
いや、嘘ではないです。
でもよくよく自分の考えた設定に立ち返ってみたらどう考えても魔法剣士的なポジションでした。
魔法メインだから魔法使い、ってのはほんとに安直でした。
慎んで訂正致します。
「むむむむむむむむむ」
昨日ステータスの更新をした時点では確かにベル君にはスキルは無かった。だというのにどうしたことか、彼の背中にははっきりと
一つ目のスキルは
効果は
・早熟する。懸想が続く限り効果持続
・懸想の丈により効果向上。
ふむ。つまるところ。
(ベル君が誰かに恋をした!!?)
これは由々しき事態だ。
僕がベル君とめくるめく禁断の愛を育もうという矢先にこのスキルはまずい。いや、勿論ベル君の成長の為には素晴らしいスキルなんだけどもね。
とにかくこのスキルをベル君に伝えてしまうのは色々な意味でまずいだろう。まず敵に塩を送ることになるし、ベル君はいまいち自己評価が低いから、自分の成長が憧れに比例するなんて分かってしまえば、成長するために憧れているのか、憧れた結果成長したのかがあやふやになってしまい、自分に打算があるのではないかと疑ってしまうだろう。
そうなってしまえば後は坂道を転げ落ちていくかのようにベル君の成長は止まる。それだけは避けなければいけない。
そもそもこのスキルは一切聞いた事が無いレアスキルだ。他の暇をもて余した神々にバレたら一体ベル君にどんな悪戯を仕掛けてくるか分かったもんじゃない。
(二つ目のスキルは…)
(どれどれ?)
スキルの効果は
・生命力と精神力の向上。懸想が続く限り効果持続。
・懸想の対象に想われる程効果向上
(最悪だ)
ボクにはベル君が何に恋をしたのか分かってしまった。
ベル君はどこぞの神か、或いは長命のエルフに恋をしている。最悪というのはこれが神だった場合、既にベル君はその神に魅了を掛けられてしまっている可能性があるからだ。
勿論ボクら
そもそも美の女神に誘惑されるとろくな事が起きない。色々な英雄、色々な神がそのせいで破滅していった。ベル君にはどうあってもそうなってもらっては困るのだ。
(ただまぁ…)
『憧憬一途』があるところを見ると女神の可能性は低い筈だ。憧れると成長するなんて言うからにはきっとエルフの冒険者なのだろう。
高レベルのエルフの冒険者、となるともう一人しか候補が思い付かない。九魔姫リヴェリア。そいつがボクの恋敵の女狐でほぼ確定だろう。
(でもこの『命の秘薬』がある以上、スキルについて完全に黙っているのはまずいかな…)
魔法も使えないベル君が魔力のステータスの上がりを見たら必ず不審がる筈だ。黙っていたボクにもベル君の疑いの目は向くことだろう。最悪その不和はファミリアの絆にとって致命的な傷になりかねない。
「ねーぇベル君?」
「なんです?神様?」
ベル君はとてもニコやかに、爽やかに僕に返事をする。
「今日は命の危機だったって言ってたじゃないか。君の主神たるこのボクは、唯一のメンバーたる君の危機の詳細を知るべきなんじゃなかろうか」
ともかく詳細を聞き出さないことにはどうにもならない。さぁさぁキリキリ吐くんだよ?ベル君。
◇◇◇
「それでですね、神さま。なんと!詠唱文を一度も聞くことなく、呪文を聞いた次の時にはミノタウロスの上半身が爆ぜてたんですよ!あれが並行詠唱って奴なんですね!いやぁーー!凄いなぁ…かっこよかったなぁ…」
今でもあの碧眼を思い出すと顔が火照ってくる。嗚呼、麗しのエルフの姫君。僕は早くその隣に…、その頂に。
「ふーん、そうかい」
あれ、反応が薄いなぁ。
「でもね、ベル君。リヴェリア嬢はロキのやつのとこの幹部だしエルフなんだ。結婚なんてまず出来ないよ?」
「うぐ」
そうなのだ。エイナさんにも言われたが、それは茨の道という奴なのだ。
九魔姫の隣に他のファミリアの、それもヒューマンの僕が立つなんていうのは並大抵の事ではない。そんな事は百も承知なのだ。
「神さま」
「なんだい、ベル君?」
「それでも僕は、僕の目指す英雄は姫君の隣に立つ者なんです」
これは誓いだ。僕は目指さなければいけないのだ。そんな格好良い頼れる
「そうかい…そうかい!精々頑張るんだね!ふん!」
神様はご立腹みたいだ。確かに、あまりにも険しい道。神様からしてみたら素直に応援できない事だろう。でも心配してくれるのは嬉しい。ヘスティア様は、出会って半月程の僕に対していつも真剣に向き合ってくれる。
「はい。ベル君、ステータスの写し終わったよ」
「ありがとうございます。神様」
さて、ステータスはどれくらい上がったのだろうか。
ベル・クラネル
Lv1
力 :I 82→99
耐久:l 15
器用:I 93→99
敏捷:H 149→189
魔力:I 0
スキル
※※※※※※
※※※※※※
えっと、17+6+40で…ステータスアップトータル63!
「神さま!僕結構成長してますね!特に敏捷!」
「うん。ミノタウロスに追いかけられたからだろうね」
魔力は0。
「神さま、僕、魔法使えるようになりますかねぇ」
「これはボクの勘だけど、ベル君、君はきっと魔法使えるようになると思うよ?」
意外な答えだ。僕の魔力は0なのに、ヘスティア様は何だか確信めいた物を持ってるように感じた。
「ほんとですか!?」
「きっとね、ボクはそう思う」
ここまで保証してもらえると僕も気持ちが軽くなる。
「そっかー!楽しみだなぁ!あ、神さま、このスキルの欄は!?」
そこには空白ではなく掠れた文字らしき物が浮かんでいた。もしかして、僕にもスキルが?
「そ、御想像通り君はスキルに目覚めたのさ。ただし、訳あってスキルの事は教えられないよ」
「そんなぁ…」
「別にボクだって意地悪したい訳じゃないよ?ただ、このスキルは自覚しない方がいいかも知れないんだ。ただ、一つ言えるのは君の成長を促すものと、ボクが魔法を使えるようになると言った根拠だよ」
そう言えば確かにスキル欄には二つの読めない文が入っている。僕は一気に二つのスキルを手に入れたのだ!
「そうなんですね!よぉーしやる気湧いて来たぞー!」
神様が言うからにはきっと知らない方がいいんだろう。気にならないと言うと嘘だが、神様は何時だって僕に対して真剣に向き合ってくれる人だ。
「…自分で言っておいてなんだけど、気にならないのかい?」
「そりゃ、勿論気になりますけどぉ…、でも神さまの事は信じてますから!」
そう、ヘスティア様は信頼できる神様なのだ。
彼女が知らない方が良いと言うならきっと自覚すると効果が薄れたり、不都合が起きてしまうスキルなんだろう。
「ふふふ、ありがとうベル君。ボクは君に信頼してもらえてるみたいで嬉しいよ」
「勿論ですよ神さま!僕は誰よりも神さまの事を信じてますから!」
「嘘…じゃないみたいだね!ふふふボクは幸せ者だ!さて、そんなベル君にご褒美だ!じゃが丸くんをバイト先から貰ってきたから、たーんと食べるといいさ」
「うわぁー!ありがとうございます神さま!」
ほくほくの芋の揚げ物じゃが丸くん、塩を振って食べると、甘じょっぱい芋の美味しさが染み渡る。ダンジョンで疲れた僕には最高の食べ物だ。
「神さま!早速一緒に食べましょう!」
「んー、ボクはちょっと考えなきゃいけないことがあるから後で貰うよ。あ、ご褒美とは言ったけど全部食べたら承知しないんだからね!」
「そんな意地汚いことしませんよぉ…」
思わず苦笑い。
ともかく、僕はありがたくじゃが丸くんを頂くことにした。
◇◇◇
「おめでとうベル君…ついに君にもスキルが現れたんだね…それも二つも」
美味しそうにじゃが丸くんを頬張るベル君を横目にそう呟く。
「ほんと、下界の子達は
ただ
「でも悔しいよ!
チラリともう一回ベル君を眺める。姿勢を正してちょこんと座り美味しそうにじゃが丸くんを齧っている。まるでウサギみたいだ。
「でもこのスキル…」
考えようによっては、憧憬一途も、命の秘薬もボクの役に立つ。ベル君が強くなればこのファミリアも立派に出来るし、アムリタは神であるこのボクとベル君の、無限の命と有限の命の差を少しだけ縮めてくれる素晴らしいスキルだ。
それにこのスキルたちは食い合わせが悪い。命の秘薬が最大限に効果を発揮するときは、憧憬一途の効果が終わりを告げるときだろう。
(ずっと黙っていれば…)
そう、ずっと黙って途中でこの
「ふっふっふ、結局、最後に笑うのはこのボクさ!」
一瞬、リヴェリア嬢にも同じ事をいえるんじゃね?とか思ったけど、そんなのは気のせい。そう、気のせいなのさ!
◇◇◇
「それじゃ、行ってきます。神様」
神様が起きてしまわないようにコソコソっと告げる。
早朝、まだ日が出てからそう経っていない時間に僕は
道を歩いているとそこら中のお店が掃除や仕入れ、料理の仕込みなど忙しなく賑やかに動いている。この風景はなんとなく心が暖かくなるから好きだ。
でも早朝、ご飯も食べずに出てきた僕のお腹には料理の仕込みはちょっと辛いものがある。そこら中から甘い匂いやしょっぱい匂い、肉や魚を焼く香ばしい匂いが広がっている。
「じゃが丸くん一個残しとけばよかったなぁ…」
何処のお店も仕込みの真っ最中だし、残念ながら食べ物を買える場所はない。
お腹が減って力が出ず、モンスターのお腹を満たすことになるなんて笑い話にもならない。今度からは食糧や飲料についてもよく考えてダンジョン探索に出掛けよう。
一先ず今日は早く切り上げるとして、明日は確りとお弁当を準備しよう。
「!」
寒気がして慌てて辺りを見回す。
今、確かに嫌な視線を感じたような気がした。実際鳥肌が立っていた。
「あのぉ…」
その声の元に思わず鋭い視線を向ける。
「ひ!」
そこには給士服を着た灰色の髪をした可愛らしい女の子が居た。
どうやら怯えさせてしまったようだ。
「あ、す、すみません!なんだか今嫌な視線を何処かから感じた気がして…」
「い、いえ、そういうことならいきなり話し掛けられたらそういう対応しちゃいますよね」
そう言って彼女は苦笑いする。
よかった。不躾な視線を女の子に向けてしまうなんて冒険者失格だ。お祖父ちゃんにも叱られてしまうだろう。
「この魔石を落としましたよ?」
「あれ?全部換金したはずなんだけど…」
まぁバックパックの底にでも残ってたんだろう。
とりあえず受け取ってポケットに突っ込む。
「すみません。ありがとうございます!親切で声をかけてくれたのにあんな失礼な態度をとってしまって改めてすみませんでした」
「そんなに気にしないでいいんですよ、うふふ。ところで、冒険者の方ですよね?こんな朝早くからダンジョンに行かれるんですか?」
「ええ、まぁ」
そう答えるなり、僕のお腹が大きな音を立てた。
恥ずかしさで顔が熱くなる。
「あらあら、うふふ。お腹、空いてるんですね。それならちょっと待ってて下さいね。」
「へ?」
そう言うと、彼女は小走りで後ろのお店へと入っていった。おやつでもくれるのだろうか。だとしたら今の僕にはとてもありがたい。
「冒険者さん、はいこれ」
そう言うと彼女は両手の大きさと丁度同じくらいの包みのお弁当を僕に渡してきた。
「大した物ではありませんが」
「そんな!悪いですよ!初対面なのにこんな…。それにこれ、あなたの朝ごはんじゃぁ…」
ちょっとしたおやつならご厚意に預かろうかと思っていたが、こんな立派なお弁当は受け取れない。
「気にしないで下さい。私の方はお店が始まったらまかないがありますから。」
そう言って彼女は微笑んだ。
「でもぉ…」
「その代わり、今夜の夕食は是非当店で!約束ですよぉ?」
そう言って前屈みになり人差し指をスッと伸ばして僕の目を真っ直ぐ見る。
「ダメ…ですか?」
上目遣いに僕を見る瞳はうるうるしている。
そのあまりにも可愛らしい仕草に僕は内心戦慄していた。きっとこの人の頼みを断れるひとはそう居ないだろう。
「わ、分かりましたぁ」
苦笑しながら、これって営業なのかなぁなんて考える。
「うふふふふ、ありがとうございます!」
にっこりと目を閉じてお礼を告げる彼女。
なんとなく、全て彼女の思う通りになってるんじゃないかなぁ、なんてことを考えた。
◇◇◇
「はぁ!」
ステータスの恩恵は凄まじい。
昨日までの僕では少しモタついていたコボルトとの打ち合いも今日は終始僕が優勢だった。これは昨日ミノタウロスから命からがら逃げてきたという情けない結果の副産物だ。
決して生き足掻くことは無駄じゃない。僕はそう確信した。
「グルァ!」
コボルトが前のめりになりながら腕を振り上げて僕に突っ込んで来る。その腕には鋭利な爪が光っている。
僕の初心者装備セットとステータスでは守りの薄い部分、例えば肘や膝の裏、首もと、顔などに爪が当たれば致命傷になりうる。だから僕は一撃も貰わず倒すことに努める。
「ふっ」
袈裟懸けに振り下ろされたコボルトの爪に合わせて短剣を振り上げて刃を当て、そして少しだけ刃を動かして90度から75度ほどの角度に傾ける。
コボルトは腕を振り下ろした勢いを殺せず、僕の身体の方へ全身を突っ込ませてしまい、無防備な首もとが晒される。
「やぁ!」
僕はそこに気合い一閃、ぶつかる爪の圧力が無くなった短剣を水平に薙いで首を刈る。深くは刃を入れない。血管を断ち失血を狙ったのだ。
「キャイン!」
コボルトは痛みと自らの血飛沫に思わず両腕で顔と首を覆ってしまう。そうなれば後は簡単だ。
僕は魔石に傷をつけないよう細心の注意を払って胸元を一突きした。
「よし!」
コボルトは霞となり魔石だけがそこに落ちる。不思議なことに死ねばモンスター達は消えてしまうのに血痕は残る。これがなかなか厄介で、冒険者達の服は買ってからあっという間にダメになってしまうことが多いそうだ。
実際僕も黒色の無地の安いシャツと、丈夫で汚れの目立ちにくいズボンを何着かセットで使い回している。
「よいしょっと!」
コボルト達が落とした魔石を拾い集めていく。
「お!ラッキー!ドロップアイテムだ!」
コボルトの鋭い爪が落ちている。稀にダンジョンのモンスターは身体の一部が消えずに残ることがある。
所謂レアアイテムって奴で、物によっては魔石よりも遥かに価値があったりするらしい。
「えっ?」
背後から岩が砕ける音がする。
振り返るとダンジョンの岩肌からコボルトが10匹程も産み出されているのが見える。
ダンジョンのモンスターの繁殖について、詳しいことが分かっているのは昔ダンジョンを抜け出し野生化した一部の上層モンスターだけだ。ひっきりなしに冒険者が訪れ、討伐を繰り返すこのオラリオのダンジョンでモンスターが絶滅しないのはこの光景に答えがある。
通常のモンスターはそのサイクルが分からないほど短期間に産み出され、階層主などの特別なモンスターは一週間だとか二週間だとか、一ヶ月だとか、そんなサイクルでまた産み落とされる。
「どうしようか…」
今、逃げればまだコボルトは撒けるだろう。
「でも!」
これは乗り越えられる困難だ。
ミノタウロスの時とは違う。
(それに)
僕は夢想する。強くなってリヴェリアさんに誉められる姿を。
『ふ、今度は私が助けられるとはな。ありがとうベル』
そう言って微笑むリヴェリアさん。
「よおし!」
ぐんぐんとやる気が湧いて来た。
コボルトなんかに僕は負けない!
「やってやりますよおおおおおおぉぉぉ!」
叫び、僕は駆け出した。
◇◇◇
「ホワァーーーッ!」
僕はステータスの書かれた紙を見て思わず叫んだ。
「か、神様、トータルアップ200越えってこれ!」
200越えの上昇量。つまりは平均40もの値が一気に上がったということだ。勿論上がりに偏りはある。もともと上がりやすかった敏捷が一番上がり、次に耐久、次に力、次に器用、そしてなんと魔力が15も上昇していた。
Lv1
力 :I→H 99→149
耐久:l 15→70
器用:I→H 99→129
敏捷:H→G 189→249
魔力:I 0→15
スキル
※※※※※※
※※※※※※
「これが神さまの言っていたスキルの効果なんですね!」
物凄い上がり幅だ。昨日までとはとても比べられない。
(この分なら、レベルアップだってきっとそう遠くなく出来る筈だ)
それになにより、
「あーそうさ!スキルの効果なんだよ!ふん!」
何故か、神さまはとっても不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「あのー、神さま?」
「ベル君、ボクはバイト先の打ち上げに行ってくる。君は一人寂しく豪華な食事でお祝いするといいさ!」
神様は怒り肩で小走りに出ていってしまう。
「か、神さまぁー!?」
何だろう。僕は何かしてしまったんだろうか。
そう言えば今朝お弁当を頂いた店員さんはお店に来て下さいと言っていた。
とりあえず、お弁当のお礼もあるし、一人で食べに行くとしよう。
◇◇◇
「冒険者さん!来てくれたんですね!」
「ええ、まぁ、お弁当ありがとうございました。とっても美味しかったです」
「いいんですよー。こうして来てくれたんですから。」
豊穣の女主人。今朝の店員さんの働いているお店にはそんな立て札が立っていた。
お店の前に居ても賑やかな様子と美味しい匂いがよく分かる。きっと繁盛しているのだろう。
「自己紹介がまだでしたね!私シル・フローヴァです。」
「あはは、僕はベル・クラネルです。それじゃ席まで案内お願いしますねシルさん」
「はーい!一名様ごあんなーい」
「ニャニャ、手前のカウンター席にどうぞー」
「それでよ!サラマンダーウールがカビちまってよぉ!」
「ギャハハハハ!手入れしねーからだよ!」
「それちゃんと火防いでくれんのか?」
「それが不思議でよ。却って燃えにくいんだわ、これが!」
「「「ギャハハハハッ!」」」
冒険者達がお酒を飲みながら楽しそうに話している。
店の料理は確かにとても美味しそうだ。甘辛い匂いや沢山の香辛料の匂いやジューシーな肉汁の香りなど、普段はなかなか味わえない物の匂いがする。
「ミア母さん!今朝の人連れてきたよー!」
「わかったよ!シル!たーんと食べさせてやるからね!」
鍋を振るう大柄な女主人、ミアさんと呼ばれた人が答える。
(な、なるほど。豊穣の女主人ね)
何だかとても納得してしまった。
「で、ベルさん、何頼みますか?」
「えーっと」
パスタ300ヴァリス、ドリンク200ヴァリス。
(た、高い!)
この値段でこれだけ賑わうということはさぞ美味しいのだろうけど、僕のおサイフには少し高級過ぎる。
とはいえ、今朝のお礼もあるし、幸いドロップアイテムのおかげで少しだけ余裕もある。サイドメニューだけというのも失礼だろう。
「そ、それじゃあ、ミートパスタとサイダーで…」
「はい!ミア母さんミートスパとサイダーお願いします!」
「あいよ!」
注文を受けるとミアさんは流れるような手付きで料理を作っていく。
(ちょっと圧倒されちゃったけど、本当に美味しそうだし、せっかくだから楽しんでいこう)
そう思いながら僕は喧騒を眺めて料理の到着を待った。
「ベルさん」
「はい?」
「今日は本当に来てくれてありがとうございます。どうですか?賑やかで、色んな人が色んな話をしていて面白いでしょう?」
「ええ、まぁちょっと人酔いしちゃいそうですけど」
「あはは!私、こうして色んな人の色んなところを見ているのが楽しくてこうして働いてるんです。人間観察が趣味って感じです!」
「あはは、結構凄いこと言いますね…」
なんだか、僕よりも何枚も上手な気がする。やっぱり今朝からシルさんの思い通りに事が運んでいるんじゃないだろうか。
「ほら!ミートスパとサイダーだ!」
「へっ!?」
そこには山のようなパスタがどでんと載っていた。確かにとても美味しそうな匂いがするが、物凄い量だ。
「なんだいあんた、冒険者だってのにえらい可愛らしい顔してるねぇ」
「ほっといてください…」
地味に気にしていることを言われて少し凹みながらパスタを口に放り込む。
すると、肉の豊かな香りの後にトマト、ハーブ、玉ねぎ、ニンニクの風味が広がり、更にそれらの旨味を溶かしこんだようなオリーブオイルと、芯が通っていてかつモチモチなパスタが口の中で一気に弾ける。
比喩とかではなく、今まで生きてきて一番美味しいパスタだった。
「うわぁ!美味しいですね!」
思わず値段や今までのやり取りを忘れて笑顔になってしまった。確かにこれはこの量でも多分食べきれてしまう美味しさだ。
「ふふふ!ミア母さんの料理はすごいんですよ?色んなファミリアが宴会で使うんですから!」
「この味なら納得ですねー」
うん、これは本当に美味しい。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか!コイツも食べな!」
「へ?」
ドンっと目の前に置かれたのは大振りな魚を揚げて、何かのソース?餡?をかけた料理だった。
「ちょ!頼んでませんけど!」
「なーに言ってんだい!若いのに遠慮しなさんな!嬉しいこと言ってくれたし100ヴァリスまけてやるよ!」
「これ、今日のオススメなんです」
シルさんはにこやかにそう付け足す。
今日のオススメ、今日のオススメ。…850ヴァリス!
(えっと、さっき100ヴァリスまけてくれるって言ってたから…)
300+200+750で…1250ヴァリス!
(つい最近までの1日の稼ぎじゃないか…)
せめてこの料理で終わりにしてもらえるようにしよう。
「ふふ、ベルさん、楽しんでますか?」
「いえ、どっちかというと圧倒されてます」
「うふふ、私の今日のお給金も期待できそうです」
やはり僕よりもシルさんの方が何枚も上手なようである。
「ご予約の団体様ご来店にゃー!」
店が急に静かになった。
僕は気になって思わず振り向いた。
「あっ!」
碧のたなびく長い髪、間違いない、リヴェリアさんだ。
ダンジョンでは薄暗い中でしか見えなかったけど、こうしてお店の明かりに浮き上がる彼女はより美しく見えた。
「えれぇベッピンなエルフだなぁ」
「バカ!ありゃ九魔姫だ!」
「あぁ、やっぱりか!いかにもな雰囲気あるもんなぁ」
やっぱり周りからしてもいかにも強そうな人と感じるらしい。僕も一目でそう感じた。
「…」
「ベルさん?ベルさーん?」
リヴェリアさん、見れば見るほど綺麗だ…。
横顔というのは初めて見たけど、まるで白磁の骨董品みたいだ。
「さて!みんなダンジョン遠征お疲れさん!今夜は宴や!思う存分飲めぇっ!」
主神らしき人が音頭を取り、一斉に杯をぶつける音が響く。
直後乾杯の歓声が轟いた。
「驚きました?ロキ・ファミリアさんはうちのお得意さんなんです」
「ええ、驚きましたよ」
「彼等の主神、ロキ様がいたく気に入られたみたいで」
そのロキ様はというと、金髪の綺麗な人、恐らくアイズさんに頭をどつかれていた。
リヴェリアさんは呆れ顔でなにやらロキ様に注意をしている。
(じゃあ、ここに来れば…)
リヴェリアさんに会える。
そう思うとなんだか、食欲も湧いてきて、僕は目の前のパスタと魚をどんどん食べ進めていくのだった。
◇◇◇
「よっしゃー!」
料理も食べ終えて、あとはドリンクだけというところでロキ・ファミリアの席から大きな声が聞こえてきた。
「そろそろとっておきの笑える話を披露してやるぜ!」
「ベート!」
リヴェリアさんはベートと呼ばれた
とても嫌な予感がする。
「帰る途中で何匹かのミノタウロスを逃しちまっただろ?
最後の一匹、5階層でリヴェリアが始末したんだけどよ、そんで俺、見たんだよ!その時居た、如何にもひょろくせぇ駆け出しのガキがよ、逃げたミノタウロスに追い詰められてよぉ!リヴェリアの魔法で焼けたミノタウロスの灰と煤と、ダンジョンの砂ぼこりで泥遊びした三歳児のガキみてぇに顔中ドロドロのダっせぇ顔になってるのをよ!」
(僕の…ことだ)
ロキ・ファミリアの面々の多くが笑っている。リヴェリアさんと何人かは、渋い顔をしている。
動悸が止まらない。指先が震える。悔しさが情けなさが、恥ずかしさが、溢れて溢れて。
「それでだぜぇ!?その灰かぶりのガキ、リヴェリアを見るなり叫びながらどっかに逃げちまったんだよ!リヴェリアの顔が怖かったんだろうなぁ!ハイエルフのお姫様、
悔しい。悔しい。悔しい。
僕の情けなさが悔しい。弱さが悔しい。僕の弱さでバカにされたリヴェリアさんの事が悔しい。
「なっさけねぇったらねぇぜ!」
「いい加減にしろ、ベート。そもそも17階層でミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。恥を知れ。」
「アァン!?ゴミをゴミと言って何が悪い!?…あぁそうか!リヴェリアみてぇにこえぇー女じゃなくて、アイズとかティオナだったら灰かぶりも逃げ出さなかったかもなぁ!」
「貴様、喧嘩を売っているのか?」
僕をバカにされるのはいい。弱いし情けないし、ゴミと詰られようとも彼等からすれば仕方無い。でも、リヴェリアさんをバカにするのは違う筈だ。
「待ってください!」
「ベルさん!?」
「アァン!?」
思わず声を出してしまった。頭が真っ白になる。
「ぼ、僕がそのときの灰かぶりです!」
「ん?ブハハハハハッ!!あの時のガキか!テメェほんとはそんな生っ白い顔してたのか!あんときゃ真っ黒だったから分かんなかったぜ!」
周りからまたクスクスと笑い声が聞こえる。
もう恥ずかしさで失神しそうだ。
「僕の事はいくら笑っても構いませんから、リヴェリアさんをバカにしないで下さい!命の恩人なんです!」
「だったらよぉ!逃げ出さないでちゃんと礼を言えば良かったろうがよぉ!アァン!?」
「それは…」
「やっぱり顔が怖くて逃げちまったんじゃねーのかぁ?ギャハハハハ!」
もう、我慢できない。
「て!い!せ!い!してください!」
ずんずんベートさんに向かって歩いていく。彼はレベル5の冒険者だと思い出していたが、足は止まらなかった。
「テメェ、俺をレベル5だとわかってやってんのか?」
「知ってますよ!ベートさんは有名でしょう!?でもレベルとかそんなことどうでもいいんです!リヴェリアさんに謝ってください!」
ベートさんは何か考えるような素振りを見せた後、口を開いた。
「レベル5だと分かっててタンカ切ってきたご褒美だ。テメェが俺の攻撃を避けるか防ぐか出来たら考えてやるよ!」
そう言ってベートさんは指を鳴らした。
「お、男に二言はないですね!?」
「テメェこそいいのか?骨の一本や二本覚悟しろよ?」
僕はなにも言わず構える。
「来い!」
「…ウラァっ!」
瞬間ベートさんの腕が消えた。
速い、速すぎる。
反射的に僕は右腕を胸元に差し込む。
「ぐえっ!」
直後、凄まじい衝撃と共に僕の身体が宙を舞った。
こんなにも簡単に人間は吹っ飛んでいくのかという他人事の感想を抱きながら、僕の意識は真っ黒に染まっていき、視界が無くなり、そしてもう何も分からなくなった。
◇◇◇
「ちっ、酔ってたみてーだ。まさか腕を間に差し込まれるなんてよぉ…」
などと抜かしてベートは自分の頭をかいた。
「ベート貴様!」
「チッ、俺だって駆け出しを本気で殴るほどバカじゃねーよ」
見てみれば確かに吹っ飛ばされた少年は腕が痛むのか顔は歪めているが、気絶しているだけだった。
「クソが、気絶しちまったが、腕で防がれたのは事実だ、男に二言はねぇ。…リヴェリア、悪かった」
バツが悪かったのか、ベートはそっぽを向いてしまった。
しかし、まさか本当にベートを謝らせてしまうとはな。
案外この少年大物かもしれない。
「ケッ、酔いが醒めちまった。ちょっと外出るわ」
と、ベートは振り返りもせずに外に向かう。
「ふむ、フィン」
「了解だリヴェリア」
フィンに声をかけると、ベートの足を払い転倒させてあっという間に簀巻きにしてしまう。
あまりの早業に声を掛けた自分の方が驚いてしまった。
「さて、ベート。悪酔いしてリヴェリアをバカにした挙げ句、駆け出し冒険者に手を挙げ気絶させ、店の食器も割ったんだ。このまま落とし前もつけずに外に出れると思っているのかい?」
「クソ、放しやがれ!」
「さて、まずはリヴェリア、どうしたらいいと思う?」
「吊るせ」
「へ?リヴェリア、冗談だろ?」
「ふむ、次、ガレスは?」
「リヴェリアに賛成じゃな」
「次、ティオネ」
「逆さ吊りね、団長に迷惑かけて…」
「ティオナは?」
「あの子、ミノタウロスからは逃げ出しちゃったけど、反省したんだろうね!ベートに立ち向かうなんて勇気あるよね!ちょっとカッコよかったよね!という事でベートには逆さ吊りを提案しまーす」
「な、てめぇら一緒になって笑ってたろ!」
「はいはいベート、次はアイズだ」
「…磔つけ、一時間?」
「はは、とぼけた顔で一番重いこと言うよね」
「おい、フィン、まさかやらねーよな?」
「さて、それはどうだろう。ここはロキに聞いてみようじゃないか」
「んー、せやなぁ、ベートを吊るしながらウチらは飯と酒を楽しむ、なんてどや?」
「テメェラァァア!」
「自業自得だ。反省しろ」
情状酌量の余地なしというものだ。
「しかし、ふふ」
白髪の少年を見る。
腕が痛むのか顔を歪め、額には汗が浮いている。
「先の失態はこれで帳消しにしてやろう。…少し嬉しかったぞ」
そうしてハンカチで汗を拭ってやり、回復魔法を唱えてやる。
苦しそうな顔は穏やかに変わり、荒かった息も落ち着いたものとなる。
「ふむ、かわいい寝顔だな」
駆け出しでレベル5に立ち向かったのだ。
正に決死の覚悟と言えるだろう。実力差も考えずというのは短絡的でよろしくないが、恩人がバカにされて許せないという義理堅さは好ましい。
…まぁ、単純に自分のために誰かが身体を張ってくれたというのはそれだけで嬉しいということもある。
「さて、シル」
一連の流れをポカーンと眺めていた彼女を呼ぶ。
この少年はシルの呼んだ客なのだろう。初めからシルが横についていた。
「この少年の勘定なんだが、なんせこの状態だ。詫びを兼ねて私が払おう」
「え?ああ!はい!って、ベートさんに払わせないでいいんですか?」
「なに、私のために意地を張ってくれたのだ。ご褒美みたいなものだ。ところで、この少年の名前は?」
「ああ、自分のために頑張ってくれてちょっと嬉しかったんですね!名前はベル・クラネルさんですよ」
「む、シルはどうにも人の機微に鋭すぎるきらいがあるな。わざわざ言うのは悪趣味だぞ。まぁいい、ベル・クラネルか、覚えておく」
酔っていたとはいえベートの拳に防御を間に合わせたのだ。なかなか見所のある少年だと思う。
いずれは高レベルまで届くかもしれない。
「ベートのバカはこちらでよく躾ておくから、まぁ勘弁してやってくれ。」
後ろの方から「チクショウ!おろせー!おろせー!」などと聞こえるが勿論下ろすつもりはない。解散まではあの状態で居て貰おう。私とて割りと本気で怒っているのだ。
「女性に失礼ですよね、ベートさん」
ポツリとシルが漏らす。
「あぁ、全く」
呆れてものが言えない。これからはデリカシーというものを学んで貰いたい。
◇◇◇
「ん…」
「あ、起きたんですね!」
「あれ…?シルさん…?」
僕はどうしたのだろうか、ベートさんに無謀にも突っ掛かって、ぶっ飛ばされた。
そこから全く記憶が無い。どうなったのだろうか。
…というか、シルさんの顔が近い。それに、頭に柔らかい感触が…。
「う、うわぁ!し、し、し、し、シルさん?」
「はい、シルですよ」
にこやかにシルさんは答える。
僕は慌てて身体を起こす。
「す、す、す、す、すみません!膝お借りしちゃって、足、痺れてないですか?大丈夫ですか?」
耳まで熱い。
恥ずかしい姿を見せた上に介抱されるだなんてとんだ話だ。
「…僕、情けないです。力が無いってこんなにも悔しい」
自分への怒りで拳が震える。
弱い自分が、弱いままに期待を膨らませていた自分が、許せない。
「すみません、シルさん、ありがとうございました!」
ダンジョンだ。ダンジョンに行かなきゃ。
弱い自分が弱いままで居るなんて許せない。強く、強くならないと。
「あ、ベルさんっ!」
呼び止めるシルさんの声にも振り返れない。
脚が、腕が、頭が、ダンジョンを求めている。
僕の弱さが5階層に僕の心を置き去りにして、僕はそこから進めていない。火に飲まれる蛾のように、僕はあの摩天楼の地下へと吸い込まれていく。
涙が止まらない。この涙もまた弱さの証。僕は僕の弱さが憎い。
「強く、強くなりたいっ!」
銀色の月の下、白兎は駆けていく。
白い光が滴に射し込んでいた。
2話終わりです。
アムリタとはインド神話の不老不死の秘薬で、乳海と呼ばれる海に様々な薬草などをぶちこみ1000年の間撹拌し続けた先に作られた物だそうです。
ダンまちSSを書くにあたって色々な神話を調べましたが、インドがダントツでやばかったです。
数字の桁がともかく多いこと多いこと…インド人が数学に強いと言われるその理由が少し分かった気がします。