ベル君が賢者に憧れるのは間違っているだろうか?   作:もさま

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正直反省しています…
30000字を越える所でした…。


四大元素(フォースエレメンツ)

『自力でここに至るなんて、君はよっぽど強さに拘りがあるんだねぇ』

 

まるで英雄譚の余白、空白の一頁。そんな空間が僕を包んでいる。

どこまでも澄み渡る蒼穹、真下には水の流れ。朝焼けが萌えて僕を照す。空を飛んでいるみたいだ。

 

『まぁいいさ。君にとって、魔法とはなんだい?』

 

「弱い僕を奮い立たせる、剣とは別のもう一つの剣」

 

あの窮地での爆音が、碧の瞳が、僕を奮わせる。

それこそが僕の心象、僕の目指す英雄の原点。

 

『君にとって魔法とはどんなもの?』

 

「冷たく、熱く、速く、氷、風、炎、雷、力の象徴、弱い僕と正反対のもの。」

 

僕にとっての魔法とは、九魔。全てを司る力の証。

 

『君は魔法に何を求めるんだい?』

 

「あの人の隣に立つために、早く、そしてあの人に振り掛かる火の粉を払えるような、そんな力が欲しいんだ」

 

そう、あの人が唱える魔を何者にも邪魔させないような、そんな力が欲しい。

 

『君は欲張りだね』

 

「うん。でもこれが僕だから」

 

これぐらい欲張らないと、僕の目指す英雄にはたどり着かない。あの人の隣にはとても立てない。

だから…。

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

『神様、僕、強くなりたいです』

 

そう言ってベル君が血塗れで帰ってきたのは深夜のこと。

敵とも自分のものともつかない血が夥しい量付いていて、はっきり言ってもはや服は使い物にならない。これだけ汚れてしまえばいくら洗っても血生臭さは当分落ちないだろう。

ボクは役得と思いつつ気を失った彼のシャツをハサミで切って手当てをした。あれだけ血塗れで憔悴していたのにベル君の身体には既に瘡蓋が出来ていて、血が止まっていた。これが命の秘薬(アムリタ)の力だろうか。

ステイタスを更新する度に感じる意外にも逞しい少年の背中はいつもよりも更に大きく感じた。

 

「ベル君…」

 

ボクはこの子に何をしてあげられただろうか。何をしてあげられるだろうか。

こんなに頑張り屋の君にボクは神の恩恵(ファルナ)しかあげられていない。ボクはダメな神様だ。ダ女神だ。

ミノタウロスに追い立てられた時からベル君は本当の意味で英雄の道を歩み始めた。少年の憧れはスキルに昇華され、夢見るものから目指すものへと進化を遂げた。

この幼い寝顔の為ならボクはなんでもしてあげたい。けれどその一方でベル君の道を助ける事はベル君から遠ざかる事になるんじゃないかと恐れてしまう。

男の子から男へ。男から英雄(おのこ)へ。

その成長は(ボク)からの独り立ちを意味するんじゃないかと。

 

「ベル君、今日だけはいいよね」

 

痛みも引いたのか穏やかな寝顔を浮かべる君の隣。今日だけはボクがそこを独り占めしてしまってもいい筈だ。誰も咎めないだろう。

ベッドに横たわる君の温もりを今日だけは感じたいんだ。

 

「おやすみベル君」

 

険しい道を脇目も振らず走ろうとする君。そんな君だからこそボクは君が好きだ。

願わくばこの温もりがずっと続けばいい。

ボクの無限の命を、無限の(いとま)を、一瞬の閃光のように輝かせてくれる君の為にボクはボクの出来る事をしたい。

 

「うっ…ぐすっ。ベルくーん!」

 

それでも、その情熱がボクに向かっていないことが悔しくてたまらない。

初心(おぼこ)なボクは、ここに来て漸く分かった。これが恋をするということなのだと。

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「「うえええぇぇぇぇっ!?」」

 

神様と声がぴったり揃う。

 

「ま、魔法ですか!?ほんとですか!?」

 

「待て待て待ってベル君!ボクもビックリしてるんだよぅ!」

 

「なんて魔法ですか!?効果は!?詠唱は!?」

 

「落ち着けベル君!いま!今紙に写すから!!」

 

そわそわそわそわ。

意味もなく身体をくねくねとしてしまう。

 

「もう!落ち着けよベル君!一皮剥けて男らしくなったかなとか思ったボクの目が節穴だったよ!まだまだベル君はこどもだね!」

 

神様はどこか嬉しそうにそんな事を言う。

 

「だって魔法ですよ?落ち着けとか言われても落ち着けませんよ!」

 

「はいはい!後少しで終わるからもうちょっと待ってておくれよ」

 

「はい!神さま!」

 

魔法と聞くだけで身体中に力が漲る。

昨晩あれだけ痛め付けた身体になのに殆ど不調を感じない。

 

(病は気からって言うけど、元気になるのも気の持ちようなのかな)

 

待ち遠しくて拳を握ったり開いたりする。

…うん。やっぱり身体は絶好調だ。

 

「さて!出来たよベル君!コイツが更新されたベル君のステイタスだ!」

 

ベル・クラネル

 

Lv1

 力 :H→G 149→205

 耐久:I→H 70 →150

 器用:H 129→195

 敏捷:G→F 249→305

 魔力:I→H 15 →120

 

《魔法》

四大元素(フォースエレメンツ)

・対象に四属性の何れかの性質を任意で付与

・アイス、ファイア、サンダー、ウィンドの四種

・速攻魔法 《エレメントーーー》※属性名

 

《スキル》

※※※※※※

※※※※※※

 

「これが…僕の魔法…」

 

「あぁ、そうさ、おめでとうベル君」

 

「ついに、僕も魔法を…」

 

胸にその事実がじんわりと響く。

 

「ところで神様。これどんな魔法なんでしょうか?」

 

「うーん、あまりボクも魔法に詳しくはないんだけど…。そうだね、多分武器に火を纏わせたり、氷を纏わせたりとかするんじゃないかい?」

 

燃え盛る剣とか、雷の剣とか、そう言うことが出来るんだろうか。

…だとしたらカッコいい!カッコよ過ぎる!

 

「よーし!エレメント…」

 

「わぁーっ!ベル君のバカ!こんなところで魔法使って部屋が燃えたりしたらどうするんだい!?」

 

「あっ!ご、ご、ごめんなさい神さま!」

 

あまりにも迂闊だった。

使ったこともない魔法を屋内で使うだなんて。それこそまた灰かぶりになってもおかしくない。

 

「…すみません神様。僕、浮かれてました」

 

「…分かったならいいんだよ。でもいいかいベル君?冒険者を続ければ、これからも何かしらスキルなり、魔法なりが発現する筈だ。その度にこれじゃあ困るよ!」

 

「…そうですよね。うん!もっと気合いを入れないと!」

 

そう思い自分の両頬を思い切り張る。

 

バチンッ!

 

視界が一瞬真っ白になる。

 

「い、いひゃい…」

 

「そ、そりゃあ、力がGになってるからね…」

 

「ほうでした…」

 

「…ベル君、言いたくないけど君はアホなのかい?」

 

「…めんほくないでひゅ」

 

ステイタス更新したては感覚がまるで違う。この感覚のズレは危険だ。間抜けな方法で僕はそれを実感した。

 

「…あー!?そういやベル君、君リヴェリア嬢と昨晩何かあっただろ!?」

 

「へ?あ、いや神様なんでそんなことを…」

 

「それは君のまりょ…ゲフンゲフンッ!君がいきなり傷だらけで帰ってきたからだよ!」

 

「アハハ、やっぱり何かあったんだろうって思っちゃいますよね…」

 

あれを一部始終話すのは恥ずかしすぎる。

特に灰かぶりのお姫様(シンデレラ)なんて自分で口に出したならば僕は自分の首を締め上げたくなってしまう。

 

「言いたく無いなら聞かないけどさ、あんまり心配掛けないでおくれよ?」

 

「…ありがとうございます」

 

こればっかりは僕にだって男の子の意地がある。

出来れば墓穴まで持ち込みたい話だ。

 

「あー!」

 

「なんなんだいベル君!さっきからやかましいよ!」

 

「神さま!僕大事な事忘れてました!行ってきますぅー!」

 

シルさんにも、お店の人にも謝らないと!乱闘騒ぎを起こすなんて僕もすっかり不良の仲間入りだ。慌てて外套を羽織ってドアを開ける。

 

「ちょっ!ベルくーーーん!?」

 

神さまの声が遠ざかっていく。

すみません神様。このご迷惑はいつか必ず埋め合わせします。

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「すみませんでした!」

 

「あ、あのベルさん?そんなに謝らないでも…お金ならロキ・ファミリアの方から頂いてますから」

 

豊穣の女主人に着くなり僕はシルさんに土下座せんばかりの勢いで謝罪をした。ちなみに土下座というのは神様曰く、タケミカヅチ様の出身地での最大限の謝罪のポーズらしい。

 

「そうなんですか?それならロキ・ファミリアの方にも後日謝りに行かないと…。まあお金の事はともかく、お店が終わってもシルさんは僕の介抱をしてくれたのに…僕は起きるなりマトモに礼をしないで飛び出しちゃいましたから…」

 

そう、僕がダンジョンに入った時には相当遅い時間だった。当然店の明かりは落ちていた。

そんな中気絶する僕を介抱してくれたシルさんを振り切って僕は駆け出したのだ。

 

「凄く思い詰めてたから心配したけど、いいんです。こうして元気な顔を朝から見せてくれたんですから…」

 

そう言って優しげに微笑むシルさんの目許にはうっすらと隈が見える。

 

「シルさん…」

 

「きちんと顔を出すなんて感心じゃないか!」

 

店の奥からミアさんが顔を出す。

 

「尤も、こんだけシルを心配させて…顔を出さなかったらこっちからけじめを取らせに行くつもり立ったけどね…」

 

「ひぃっ!本当にすみませんでした!」

 

今のは完全に殺気だった。ウォーシャドウに囲まれたその時よりもおっかなかった。

本当にすぐ謝りに来てよかった。

 

「まっすぐ謝りに来てくれたんだからもういいですよ。でも、本当に心配したんですよ?あの後どこに行っちゃったんですか?」

 

「えっと、その、ダンジョンに…」

 

ミアさんもシルさんも面食らったような顔をする。

やっぱり無謀だったろうか。

 

「あっはっは!あんた顔に似合わず男の子してるねぇ!意地を張って向こう見ずに頑張るのは嫌いじゃないよ!」

 

そう言っていつの間にやら僕の隣に来ていたミアさんが背中をバシバシと叩く。

い、痛い。洒落にならない強さだ。

 

「ベルさん!そんな危ないことしないで下さい!あれが最後のお別れになってたら私、本気でベルさんの事恨んでましたからね!」

 

ますます申し訳なくなってくる。口酸っぱく女の子には優しくしろとお祖父ちゃんに言われていたのに、ここのところ悲しませたり迷惑かけたりしてばかりな気がする。

 

「シルの事泣かせたら、あの世に行っても落とし前付けさせるからね…」

 

そのあまりの迫力に僕は全力でかぶりを振る。

 

「もうそんな無茶、しないで下さいね?」

 

上目遣いにシルさんがお願いしてくる。

これを断れる男の子は殆ど居ないと思う。

 

「あの、心配掛けないように頑張ります!」

 

落ちていた肩を張って、胸を張って、足にも力を入れて、そう宣言する。

 

「そういうところが心配なんだけどなぁ…」

 

「はっはっは!真っ直ぐで良いじゃないさシル!」

 

「あ、あはは」

 

豊穣の女主人の女性達は逞しい。僕は心からそう思った。

 

「ところでベルさん?お腹は空きませんか?」

 

「あ、そういえばご飯も食べずに出てきちゃいました。ははは」

 

「そんなベルさんには、はいこれ」

 

シルさんの両手には以前と同じ包みが乗っていた。

 

「そ、そんな悪いです!また貰うなんて!僕何もお返しできてませんから!」

 

「ふふ、それならこのお店をご贔屓してください!私はそれで満足ですから!」

 

「でも」

 

「お腹減ってんだろう?遠慮せずもらっちまいな!ここまでさせて断る方が野暮ってもんだよ」

 

確かにあまりに好意を固辞するのもそれはそれで失礼かもしれない。

 

「…そうですね!それならありがたく!」

 

「はい!貰ってください!」

 

「今日もダンジョン潜るんだろう?さぁ頑張ってきな!」

 

「はい!行ってきます!」

ミアさんに背中を押され、僕は勢いよく店を駆け出した。

身体が軽い。あっという間にお店が遠ざかっていく。

 

「えへへ、行ってきますなんてつい言っちゃったよ」

 

豊穣の女主人。そこにいる女性達は皆、逞しく、温かい。

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「エレメント・ウィンド!」

 

僕はダンジョンで早速自分の魔法を試していた。

勿論今回はマジックポーションを持っていないので四層での実験だけども。

聞くところにによると、魔法を使いすぎると精神疲弊(マインドダウン)という状態になり、戦闘の続行はまず不可能に、最悪の場合失神したり、酷使による後遺症が現れたりするらしい。

 

「はぁ!」

 

コボルトの鳩尾に風を纏った刃を突き刺す。

普段の短剣であればコボルトの身体をギリギリ突き抜けるかといったところの刃が、風の刃によって余裕を持って貫通していく。

目視では風の刃先が分かりにくいが、どうやら30セルチ程度はリーチが伸びているようだ。

 

「がふっ!」

 

コボルトが血反吐を吐いて息絶える。

 

「げっ!」

 

しかし霞と消えたコボルトの亡骸から魔石が落ちる様子は無い。

これで6度目。今までよりも遥かに高火力でリーチのある一撃は繊細に操作しないと弱いモンスターの魔石を砕いてしまうのだ。

「うーん…これは思わぬ誤算だなぁ…」

 

ダンジョンに潜って稼ぐのであれば、四大元素の一撃は些か余分な物となってしまう。

 

「でも派手な魔法を使える人は普通に稼いでいるし…」

 

高火力の魔法を唱えられる人であっても、魔石は普通に稼げている。ということは必ず魔石を傷付けない方法がある筈だ。

 

「今まで魔法を纏わせた剣の扱いばかり気を使ってたけど、魔法自体を調整することは出来るのかな?」

 

試しに風を纏わせたままの短剣に、念じてみる。

 

(風よ、伸びろ!)

 

すると、相変わらず刃先は見にくいままだけれども、明らかにさっきまでよりも渦巻く風の量が増えていた。

 

「おっ!これは凄いや!」

 

試しに剣を振り回してみたところ、今度は50セルチ程も刃渡りが伸びているようだ。

明らかに手前で振った刃が岩を削っている。

 

「よし!もうひとつの実験だ!」

 

四大元素の効果は《《対象》》に性質を付与するというものだった。

手許に無い物でもそれは有効なのか。これは今後の戦略を立てる上で重要な事だ。

 

「この剣をそこに刺して…エレメント・ファイア!」

 

すると、刃先が勢いよく燃え上がった。

どうやら手許に無いものでも僕が対象を指定して魔法を唱えれば四大元素は発動するようだ。

 

「これ、凄く便利だなぁ」

 

例えばなんでもないダンジョンの石でも風を纏わせて投げればちょっとしたボウガンの代わりになる。

エレメント・アイスをモンスターの足元で使えば即席の虎ばさみのような効果も期待できる。

 

「それに」

 

少し気だるい気もするけど、感覚的に精神力に余裕を感じる。駆け出しでさしたる魔力もない僕がこれだけ色々試してもこれなんだから、多分この魔法はとても燃費がいい。

 

「でも…」

 

僕の消耗は少なくても、魔法を掛ける対象の消耗は大きい。エレメント・ウィンドを使った剣の表面には今までついていなかった細かい傷が結構な量増えている。

 

「やっぱりちゃんとした武器じゃないとすぐにダメにしちゃうだろうなぁ…」

 

短時間でこれなんだから長期間使用すればどうなるのか分かったものではない。

 

不壊属性(デュランダル)なんて贅沢は言わないから、せめてもう少し質のいい武器があれば…」

 

ゴブニュ・ファミリア作のあらゆる破損を防ぐ特性、不壊属性(デュランダル)。噂によればこれを持つ武器は何億ヴァリスもするそうだ。

勿論そんな額は恐ろしくて値札を見るだけでも卒倒してしまうだろうが、少しはいい武器を持ちたいと改めて思っていた。

こうして魔法を唱えて、初めて僕は装備の重要性と自分の装備の貧弱さを実感したのだ。やはり初心者装備は初心者向けのそれでしかない。

 

「そろそろ装備の更新を考えないと…」

 

痛みの目立つ短剣を眺め、鍔迫り合いの最中に剣が折れる姿を想像し背筋が粟立つ。

僕はやや早めにダンジョンを切り上げることにした。

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「あれ?早かったじゃないかベル君」

 

「ただいま神さま。今日は魔法の実験みたいなもんだったので、危なくならないうちに切り上げてきたんですよ」

 

「ほーう?感心だねベル君!魔法に慣れない内は精神疲弊(マインドダウン)しやすいって言うし、あまり無茶はよくないからね」

 

シルさんとの約束もあったし、僕なりにあの無茶は反省している。周りに、特に女性に心配させるのはよくないことだ。

 

「ところで神さま?その格好これからお出かけですか?」

 

「あ、そうそう!朝ベル君が慌てて出てっちゃったから伝えられなかったんだけど、今日から二、三日留守にするからね?」

 

「はい?」

 

「まあまあ、果報は寝て待てだよベル君!ボクが帰ってくる日を楽しみに待っていたまえよ!」

 

そう言って神さまは机の上に立ち、僕に指を指して腰に手を当てた。

シュビッと音が鳴りそうな程切れのよい動きだった。

 

「はあ、よく分からないですけど分かりました。神様が帰ってくるの楽しみにしておきますね」

 

「ぬっふっふっふ。一日千秋の思いで待ってておくれよベル君?」

 

そう言って神様はこれ以上無いくらいのドヤ顔を決めた。

 

(神さまは面白いなぁ…)

 

結局よく分からなかったので、僕はとりあえず思考停止することにした。

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ほっと、ほっと」

 

ボクの好きな中華まんをタッパーにこそこそと、さりとて迅速に詰め込んでいく。

行儀が悪い?貧乏臭い?知るもんか。ボクの懐事情は恥に優るのだ。

 

「もぐもぐ」

 

うん、美味しい。

こんな神々(暇人ども)のパーティー、美味しいものでも食べてないとやってられないのだ。ガネーシャはうるさいし。

 

「こんばんはヘスティア」

 

「うひぃ!」

 

「お邪魔だったかしら?」

 

「…ボク君のこと苦手なんだぁ…」

 

この美の女神フレイヤはとかく底が読めない。腹に一物を抱えているというか、なんというか。

それに長身でグラマラスなせいでボクがより子どもっぽく見られるからそれも気に入らない。

 

「あなたのそういうところ私は好きよ?」

 

「ま、君はまだマシな方だけどね…」

 

フレイヤは腹黒だけど話は分かる方だし、嫌がらせをしたり、バカにしてくることもない。ただただ男癖が悪いのだ。

神々(暇人ども)は話も分からなければ、男癖か女癖が悪い、或いは《《両方》》悪い奴らがゴロゴロいる。

 

「おーーーーーーい!フレイヤ~~~!とドチビ!」

 

「あら、ロキ」

 

そしてコイツが最悪の神ロキだ。

何かと突っ掛かってくるし、チビチビしつこいし、ああ言えばこう言う口の減らない奴なのだ。

 

「何しに来たんだよ、君はぁ…」

 

「何や、理由が無いと来たらアカンのか?」

 

「んがっ!」

 

コイツは本当に癇に触る奴だ。

でも今は聞かなきゃいけないことがある。

 

「そだ!ロキ、君に聞きたいことがあったんだ」

 

「ほう?ドチビがうちにぃ?」

 

上から目線で見下ろしてくる。というか背が負けてるから本当に見下ろされてるんだけども。

本っ当に腹の立つ奴だ。

 

「君のファミリアのハイエルフのお姫様、リヴェリア嬢には付き合っている男や伴侶は居ないのかい?」

 

「どアホゥ!リヴェリアはウチのファミリアのママやぞ?リヴェリアが嫁に行ってもうたら誰があの荒くれどもの面倒見んねん!ウチらの保護者に手を出したら《《八つ裂き》》にしたるわ!」

 

「チッ!」

 

これでベル君に穏便に諦めてもらう方法が無くなってしまった。

 

「ぬぬぬぬぬ!」

 

 

「んぎぎぎぎ!」

 

「あらあら、仲良しなのね」

 

「どこがや!」

 

「どこがぁ!」

 

フレイヤのこう言うところが僕は苦手だ。なんなのさ、この板についたお姉さまキャラは。

 

「そういえばロキ、今日はドレスなのね?」

 

「オウ!何処ぞのドレスも買えん貧乏女神を笑ったろう思てな!」

 

「はん!こいつぁ滑稽だ!」

 

ボクには女性として明確にロキより優っている箇所がある。

言いたい放題言ってくれたんだ。反撃してやる。

 

「ボクを笑いに来て、自分が笑われに来たわけだ」

 

さぁ、ロキ、食らえ!ボクからの必殺の一撃!

 

「なんだい?その、さ・び・し・い胸はぁ!恥ずかしくないのかい!?」

 

「あぁーーー!」

 

ふ、決まった。完璧だ。

ペチャパイ通り越して洗濯板かまな板の君が調子に乗るからさ。

 

「はーっはっはっはっはっは!」

 

完全勝利!誰の目から見ても敗者は明白だ。

 

「こうしたるーーー!」

 

「ふみゅーー!」

 

「ドチビのクセにー!」

 

「ふねはなひはらってひつよふほうひはい!?(胸が無いからって実力行使かい!?)」

 

「うっさいうっさい!このどアホゥ!」

 

待って。痛い。痛いよ。

普通に猛烈に痛いよ。

でも負けてやるもんか。

 

「んぎぎぎぎぎ!」

 

「ふにゅーーー!」

 

負けるもんか!これはボクの聖戦だ!

「きょ、今日はこんぐらいにしといたるー!」

 

「くぉんど会うときはそんな貧相な(もの)ボクの視界に入れるんじゃないぞぉ!」

「さいわぁ!ボケぇ!」

 

地団駄踏みながら帰っていくロキの肩は震えている。

ふっ、ボクとしたことが貧乳(よわいもの)いじめをしてしまったな。

 

「相変わらずねぇヘスティアもロキも…」

 

この落ち着いた声は。

 

「ヘファイストス!」

 

ボクの神友ヘファイストス。とても常識的で、面倒見がよく、頼れる(ひと)

 

「君に会いたかったんだ!」

 

「私に?言っておくけど、もう1ヴァリスだって貸さないからね?」

 

ぐ、ボクがファミリアを作るまで散々迷惑を掛けたせいで物凄く警戒されてる。

 

「失敬な!ボクがそんな神友に物乞いするような神に見えるのかい!?」

 

「よく言うわよ。うちのファミリアに散々居候して、追い出した後もやれ仕事がない、やれお金がない。やれお家がないって泣きついてきたじゃない!」

 

「ぐー!痛いところを!」

 

「うふふっ!」

 

事実なだけに反論出来ない。

でも昔は昔。今は今だ。

そこ、フレイヤ!笑わない!

 

「確かに昔はそうさ。でも!今はボクだってファミリアを持っているんだ!」

 

「そうだったわね、ベル?だったかしら白髪の赤目のヒューマンの子。まぁファミリアが出来て変わる神も多いけど…」

 

お、意外と好感触かもしれない。

いや、そうであろうとそうでなかろうと、ボクはベル君の為、覚悟を決めてきたのだ。

 

「ヘファイストス、ヘスティア、悪いけど私そろそろ失礼するわね」

 

「あら、もう?」

 

「ええ、確かめたいことはもう済んだわ。それに、ここの男は皆食べ飽きちゃったものぉ」

 

「うぇー…」

 

「あー…」

 

そう、これが冗談では無いというのがフレイヤの男癖の分かりやすさだ。

見れば周りに居た男衆はさぁーっと波が引くかのようにまばらになってしまった。

ペアになっていた女性達からしたらたまったもんじゃない。

 

「それで?ヘスティアの頼みって何?内容次第では今後一切縁を切ってもいいのだけど?」

 

「う…じ、実は!ベル君の武器を作って欲しいんだ!」

言い終わって直ぐに、ヘファイストスに今ボクが払える最大の誠意を見せる。

すなわち、ジャパニーズ土下座だ。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「うわぁ…たっかいなぁ…」

 

神様が出ていった後、僕は街に武器を見に行っていた。

自分の武器に限界を感じていたところだったが、値段を見てしまうと現実に引き戻される。

 

(やっぱりまだあの短剣で頑張るしかないかなぁ…)

 

正直に言って、あの短剣では魔法を使わなくともキラーアントなどの硬いモンスターや、コボルトの爪との打ち合いなどを繰り返している内に使い物にならなくなってしまうだろう。

そう分かっていても先立つ物が無い以上、僕に術はない。

 

(魔法をもっと研究して、石やダメになりかけの武器でも戦えるようにしよう…)

 

その為には僕も勉強しなければいけない。

こんなに早く魔法を使えるようになるとは思っていなかったから、ろくに魔法の知識を蓄えてなどいない。

 

(でも、誰に師事すればいいんだろう?)

 

まさか一から十まで全て独学と言うわけには行かないだろう。

エイナさんは知識は豊富だけど、冒険者じゃ無いから実戦に即した使用方法や実際に見てもらってどうこうというのは難しいだろうし。

 

(八方塞がりだなぁ…)

 

「難しい顔をしてどうした?ベル」

 

「ミアハ様!」

 

「武器でも見ていたのか?」

 

「はは、そうなんですけど…僕にはとても手が出ない値段で…」

 

 

ミアハ様は僕の知っている神様の中でも一二を争う人格者の立派な(ひと)だ。

ただ、優しすぎるあまりファミリアは潤っていないとのこと。貧乏なのはうちのファミリアも同じだから何だか親近感を覚える。

 

「なに、ベルならばそのうち手が届くようになるだろうさ」

 

「あはは、ありがとうございます。あれ?ミアハ様は神さまの宴に出ないんですか?」

 

「うむ、声は掛けてもらっていたのだが、なにせ弱小ファミリア故、商品の調合に明け暮れていたのだよ」

 

「大変ですねぇ」

 

宴にも参加せず、黙々と調合をしていたらしい。

僕みたいに冒険以外取り柄の無い子ども一人のファミリアと違い、真面目で勤勉で腕も確かな人のいるファミリアなのに、何故ミアハ様は貧乏なのだろうか。

 

「ふむ、そうだな、ベル、これをやろう」

 

そう言って取り出したのは二つの試験管とその中に入ったポーション。

 

「へ?いやいや、頂けませんよ!そんな!」

 

「なぁに、よき隣人へのゴマすりというものだよ。今後も我がファミリアをご贔屓にな」

 

「…そういうことなら、頂きます。ありがとうございます」

 

ミアハ様は変わらずニコニコ人のよさそうな笑みを浮かべている。

 

「また必ずポーション買いに行きますから!」

 

「そうしてくれるとありがたい。ではな」

 

そう言って肩をポンと叩くと手を振って去ろうとする。

 

「あの!」

 

「ん?なんだベル?まだ何かあったか?」

 

「その、ポーションってみんなに配ってるんですか?」

 

「ふむ、いや流石に親交のあるものだけだよ」

 

「その後、買いに来てくれてますか?」

 

「…マチマチといったところか?」

 

「ミアハ様…」

 

「ははは、そう心配そうにするなベル。そんなに心配なら今度店に顔を出しておくれ」

 

「はい…」

 

やっぱりニコニコと人の良さそうな顔で去っていくミアハ様。

勤勉で腕が良くてもお金がない理由がよくわかった。

ミアハ様はやっぱり優しすぎるんだろう。ナァーザさんの苦労が偲ばれる。

せめて僕だけは足繁く通おう。そう決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「あのね、ヘスティア?いつまでそうしてるのよ」

 

あのパーティーから1日経ったというのに、ヘスティアは私の前からまるで動く気配がない。

こういっては何だがヘスティアは堪え性のない性格でここまで粘るような事は今まで無かったように思う。

 

「あなたにそこに居られると仕事の邪魔なの、気が散るの。分かる?」

 

「…」

 

「…はぁっ」

 

もともと性格は頑固な方だったが、それはあくまで性格の話だ。あの姿勢はそれなりキツイ筈だ。そんな苦行を覚悟無しに長々と出来るような子では無い事は分かっている。

 

「そもそも、その姿勢はなんなの?」

 

「土下座。タケから物を頼むときと、謝るときの奥義だって教えてもらった。」

 

「タケ?」

 

「タケミカヅチ…」

 

「あいつ…」

 

また面倒くさいことをよりにもよってこの子に吹き込んだものだ。

おかげでこちらはそろそろ限界だ。

 

「ねぇ、ヘスティア。どうしてあんたがそこまでするの?教えて頂戴。」

 

「…どうしても、あの子の力になりたいんだ。ベル君は今高く険しい道のりを走ろうとしている。何より、新しく手に入れた力。普通の武器じゃ彼の足を引っ張ってしまうんだ。」

 

「ただ盲目的に力になってあげたい…てことではないのね」

 

「あぁ、ベル君の魔法は四大元素(フォースエレメンツ)って言って、四属性のエンチャントなんだ。」

 

「ちょっと!それ本気?あなたの所の、まだレベル1のヒューマンよね?」

 

ヘスティアのファミリアに入るくらいだ。まず間違いなく先天魔法でもない。もしそんな先天魔法を持っていたならトップクラスのファミリアが放っておかないだろう。ということは後天的に魔法を得たということになる。

事実ならそれは確かに大した逸材だろう。

 

 

「ほんとさ!なんならボクの紐に懸けて誓ってもいい!」

 

「そう…というかその紐ってなんなの?確かにいつも大事そうに身に付けてるけど…」

 

何故だかヘスティアの言葉には妙な説得力があった。

詳細は不明だが確かにあの紐はヘスティアを象徴するものだ。

 

「何って、ボクのアイデンティティーさ!」

 

「はぁ…もういいわ」

 

下手をすれば彼女も知らないのかも知れない。

ただまぁ大事なことは確かだろう。

 

「ヘファイストス、ボクは今朝ベル君の装備を見た。彼の短剣は結構刃こぼれしていて、素人目にもかなり痛んでる。普通の使い方ですらそれなんだ。きっと魔法を掛けて剣を振るえばすぐにでも壊れてしまうと思う。最強の装備なんて贅沢は言わない。せめて彼がエンチャントしても問題ない丈夫な物をこさえて欲しいんだよ…」

 

「もう…私の負けよ。いいわ。あんたの眷族(こども)に武器を打って上げる。」

 

「ヘファイストス!本当かい!?」

 

「そうしないと梃子でも動かないでしょ?それで、得物は何にするの?」

 

神友がここまで情熱を傾けるのは初めての事だ。

それに、私も少しだけその子に興味が湧いてきた。

 

「というか君がわざわざ打ってくれるのかい!?」

 

「当たり前でしょ?私たちの個人的な事情で眷族(こども)たちの仕事は邪魔出来ないわ。それに下界では神の力は使えないからあくまで腕のいい一鍛治士でしかないわよ?」

 

「それでもボクは君が打ってくれるのが一番嬉しいんだ!」

 

こういう子だからついつい世話してしまうのだ。

友達甲斐があるというか…お節介してあげたくなるというか。

 

「それで、結局何を打って欲しいのよ」

 

「一応ベル君はナイフとか短剣を使うんだけど…」

 

「ふーん。その子、敏捷寄りのステイタスなの?」

 

「そうだね!身軽さはなかなかのもんだよ?」

 

「なら、長剣は動きの妨げになって良くないわね。エンチャントを主軸に置くならやっぱり短剣かしらね」

 

両刃のオーソドックスな短剣を思い浮かべる。刃渡りや柄の長さなどは使い慣れているであろう初心者の支給品と近い物が良いだろう。 重心はやや手許寄りにして、遠心力と手先の操作で威力と繊細さを両立出来るようにする。

 

「ナイフじゃだめなのかい?」

 

「あんたね、魔法に慣れないうちにナイフにエンチャントなんて掛けたら十中八九自分の手を傷付けるわよ?それに炎を纏わせたりしたときに自分に影響があるかも分からないじゃない」

 

「た、確かに…」

 

「それに、エンチャントの性質上、リーチの無いものよりも、ある程度長さを稼げる武器の方がいいわ。」

 

自分の武器に振り回されて怪我をするなんてのは駆け出し冒険者ではよく聞く話だ。

扱いを間違えれば相手よりも自分を傷付ける。武器とはそういう物なのだ。

 

「あれ?ならなんで長剣はダメなんだい?」

 

「身軽さって長所を殺しかねないし、慣れない武器でエンチャントなんて使ったら膝だとか爪先だとか、接触の可能性がある場所をボロボロにするわよ?」

 

「なるほど!そういうものなのか!」

 

「それに慣れた武器の方がエンチャントの効果も期待できるはずよ。他の魔法と同じように、イメージが明確なら効果の調整も簡単になるもの。」

 

「ヘファイストス、君はボクとベル君の為にそこまで考えてくれたんだね!?やっぱり君はボクの一番の神友さ!」

 

「はいはい、でもこれはツケよ?何十年、何百年掛かっても必ず返して貰うから」

 

贅沢は言わない。と言われたが私だって中途半端な物を作る気はない。

それなりの値段は覚悟してもらいたい。

 

「うっ…いや!ベル君の為だ!必ず返してみせるよ!」

 

「当然よ。さ、これから早速打ち始めるから、あなたにもしっかり働いてもらうわよ?」

 

「任せてくれよ!…と言いたいところなんだけど、ちょっと足の痺れが取れるまで待ってくれるかい?」

 

「ぷっ、はいはい」

 

生まれたての小鹿の様に足をガクガク震わせるヘスティアに思わず吹き出すと愛用の槌を取り出す。

さて、どんな武器を造ったものか。

 

(そうねぇ…あら?)

 

ふとヘスティアを見て思い付く、今回は万人にとって最高の武器を打つのが目的ではない。彼女の眷族(こども)の為のオーダーメイドだ。

あまり楽をさせるのも良いことではないし、身の丈に合わない強い武器は他人から悪い意味での注目を集めてしまうだろう。

 

(鍛治士からしたら邪道なんだけども…まぁ今回だけはヘスティアに免じて打ってあげましょうか)

 

鍛治士の手を離れて成長する武器。駆け出しに持たせる一級品ならこれが一番だろう。

なまくらになるか、業物になるかはその子次第だし、文字通りの専用装備(オーダーメイド)だから他人にとっては価値がない。

構想が立てば後は鉄と向き合うだけだ。金槌を手に私は炉に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ひいっ!」

 

運搬用の大型カーゴがガタゴトと揺れた後、低い唸りが聞こえて、僕は尻餅をついた。

もしかしたら探索ファミリアの貴重な装備が、例えば一級装備が見られるかも知れないと近付いた時の事だった。

カーゴからは中身を覗くまでもなくモンスターの気配が感じられる。

 

(モンスター!?こんなところに何故モンスターが?)

 

カーゴの底面に取り付けられた車輪による轍の跡は、明らかにダンジョンの奥から続いている。

つまりこの籠はモンスターをダンジョンから街へと連れていくためのものということだ。

 

「今年もアレの時期か」

 

怪物祭(モンスターフィリア)か。けったいな祭だぜ。」

 

「俺たち冒険者が居るから市井の奴らは平和ボケしちまってるのさ」

 

神の恩恵(ファルナ)が手に入るまでは世界中荒らされてたってのにほんと呑気なこったな」

 

「危なくなければ危険なモンスターもいい娯楽なんだろうよ」

 

近くを通る冒険者達から話が聞こえてくる。

遥かに遠い昔、ダンジョンから溢れるモンスター達が地上に出ては猛威を振るっていたそうだ。

実際オラリオの外にも地上に適応し繁殖しているモンスターが幾らか居て、故郷でもあまり森深くまで立ち入ることは許されていなかった。

 

(モンスターって一体何なんだろう。)

 

ダンジョンの壁から滲み出るように産まれるモンスターを沢山見てきた。

彼らが普通の動物のようにマトモな繁殖をして増えていく様子を僕にはどうしても想像出来ない。

そもそも、魔石を核にモンスターが産まれるならば、なぜ冒険者がせっせと討伐を繰り返し、魔石を山ほど回収してもモンスター達が絶滅しないのだろうか。

少なくとも地上の動物であれば、これだけの人数で日夜狩りを行われたらあっという間に絶滅してしまう。

ダンジョンには新しく魔石を生成する力があるのだろうか。それとも莫大な魔石を保持していて、それを少しずつ掘削している状態なのだろうか。

 

(今まで何も考えていなかったけど…)

 

今までのことを思い返せばこのダンジョンはあまりにも不思議な空間だ。

或いはそれも、レベルが上がり深い階層を探索していくうちに真相が垣間見えてくるのだろうか。

ふと来た道を振り返る。始まりの道の広い空洞が、底無しの虚になっているかのような錯覚を覚えた。

 

「あれ?」

 

ふと、冒険者らしくない服装の女性が目に入った。

 

「エイナさん?」

 

なにやらバインダーを片手に象の顔を象ったエンブレムを身に付けた冒険者と話している。

確か、あれはガネーシャ・ファミリアの証だった筈だ。

 

「そっか、怪物祭(モンスターフィリア)って調教(テイム)を見世物にする祭なんだ。」

 

ガネーシャ・ファミリアは調教(テイム)で有名な大規模のファミリアだ。

先程のカーゴはその為の物で、エイナさんが出張って来ているということは、ギルド公認のもとモンスターの運搬をしていると言うことだろう。

 

「邪魔しちゃ悪いよね」

 

挨拶をしてから地上に上がろうかとも思ったが、整った顔をキリリと引き締めて職員やガネーシャ・ファミリアの団員と打ち合わせをしているエイナさんを見て思い止まった。

プライベートやバベルのカウンターならともかく、それ以外の時に仕事の話を聞いてしまうのはマナー違反と言うものだろう。

 

「頑張ってね、エイナさん」

 

背筋の伸びた後ろ姿に影ながらエールを送り、僕は地上の明かりへと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

神様を見送ってから三日目の朝、今日も教会(ホーム)には僕一人だけしかいなかった。

二人だとやや手狭だった僕らの部屋が妙に広く感じた。

明るく賑やかな神様が居ないと随分部屋の印象が変わるのだなぁと一人納得する。

ただ、一人であってもやることは変わらない。

ダンジョンに潜るために着替えて、軽装の防具を身に付け、バックパックを背負う。毎朝のルーチンを今まで通りに行うだけだ。

 

「よし!今日も頑張ろう」

 

神様が帰ってきたときに、よく頑張ったと思ってもらえるよう真面目に探索をこなす事が今の僕に出来ることだ。

とはいえ数日ぶりに帰って来て部屋がもぬけの殻ではあまりに寂しいので今日は早めに帰ってこよう。

 

「いってきます!」

 

誰も居ないのだけれど、いつもの習慣通り教会(ホーム)に別れを告げると僕は路地裏に飛び出した。

メインストリートまで差し掛かり、人通りが増える。街はどことなくいつもより忙しない雰囲気に包まれている。

そんな様子を眺めながら走っていると、すっかり馴染みになった豊穣の女主人の立て札が見えてくる。

いつもは窓際で大通りを眺めているシルさんは見当たらなかった。

 

「おーい!ちょっと止まるニャ!そこの白髪頭!」

 

不意に声を掛けられ見上げていた視線を下ろすとそこには何かを手に持った猫人(キャットピープル)の女の子が大きく手を振っていた。

勘違いでなければ僕に声を掛けている?

そう思い自分を指差して立ち止まると女の子は大きく頷いた。

 

「ちょっとこっちに来てくれニャー!」

 

シルさんに貰った包みはもう返している。

呼ばれる理由に心当たりは無いが、言われるがまま女の子のもとに行く。

 

「おはようございます。いきなり呼びつけて悪かったニャ。」

 

「ぁ、おはようございます。いえ、それはいいんですけど、どうかしたんですか?」

 

ペコリと愛らしく頭を下げる店員さんにつられてこちらも頭を下げる。

態度とは裏腹に意外にも洗練された動きのように感じられた。

きっとミアさんに鍛えられたのだろう。

 

「ちょっと頼まれてほしいことがあるんだニャ」

 

そう言って紫色の可愛いらしい袋を渡してくる。

口金のついたその布袋は近頃流行しているらしいがま口財布だ。その名の通り丸々と膨らんだ蛙のような形をしている。

 

「こいつをおっちょこちょいのシルに届けて欲しいんだニャー」

 

なんとなく話が見えてきた。

どうやらシルさんはお財布を忘れて出てきてしまったらしい。

 

「アーニャ、人に物を頼むならきちんと説明しなさい。クラネルさんもそれでは困ってしまう」

 

金髪の綺麗なエルフの店員さんがテラスから歩いてくる。

 

「リューは細かいニャ。白髪頭もなんとなく察しはついてる筈だニャ」

 

「えーと、シルさんがお財布を忘れて出掛けちゃったのかなってくらいしか…」

 

リューと呼ばれた店員さんは感心したように頷いた。

 

「アーニャの乱暴な説明でそれだけ分かるのなら感心です」

 

「リューは一言多いんだニャ。まぁ概ね合ってるニャ。店番サボって祭に行ったシルに財布を届けてあげて欲しいんだニャ」

 

そういえば昨日は怪物祭(モンスターフィリア)のために捕獲されたモンスターのカーゴを見た。

なるほど、あれは今日の話だったのか。

 

「シルさん出店とか結構好きそうですもんね」

 

「白髪頭はなかなか話の分かるやつだニャア。リューも爪の垢を煎じて飲んだ方がいいニャ」

 

そう言われたリューさんは鋭い視線でアーニャさんを射ぬく。

当の本人は口笛を吹きながらそっぽを向いている。背後から伸びている彼女の尻尾もあわせて同じ向きに流れている。

尻尾というのは意識の向いてる方向に動くものなのだろうか。

それにしても、ミアさん程では無いが一瞬身震いしてしまいそうになるほどの目力だった。豊穣の女主人が荒くれものの冒険者相手に女性だけで商売を出来る理由を感じる。

 

「あははは、それで、シルさんは非番ってことですか?」

 

「クラネルさんは本当に察しが良いですね。そうです。私たちと違ってシルは住み込みの店員じゃありませんから、休暇を取ることもあるのです」

 

僕が道を通るときはいつも見掛けるからてっきり毎日居るのかと思っていたが、そんなこともないらしい。

 

「とは言ってもシルは大体店に居るけどニャ。」

 

「あ、やっぱりそうなんですね?」

 

人間観察が趣味と言い切る彼女にとって豊穣の女主人は理想の職場だろう。

冒険者達はただでさえ個性豊かなのに、あの店はロキ・ファミリアのようなトップクラスの人からボクみたいな木っ端まで集まるのだ。

人間観察なんて趣味はないけれど、僕だってついつい周りの声に耳をそばだてて会話を聞いてしまったりもする。

 

「ミャー達だって祭に行きたかったニャ。でもかーちゃんがダメって言うニャ。だからシルがお土産買ってくれるって言ってたのに財布を忘れたままルンルン気分で祭に出掛けちゃったんだニャ。」

 

「あはは…」

 

シルさんは抜け目無い人だと思っていたけども、案外抜けた所もあるらしい。

 

「闘技場へは東のメインストリートから行けます。既に人波が出来ているでしょうからそれに付いていけば迷わず行けるでしょう。」

 

「シルが出てからそう時間は経ってないから急げば追い付ける筈だニャ、ついでに白髪頭もお土産買ってきてくれたらミャーは嬉しいニャ」

 

「…」

 

再びリューさんが咎めるように鋭い視線をアーニャさんに向ける。

陽気なアーニャさんと真面目なシルさん、二人はある意味息が合っている。

 

「…分かりました。この間の事もありますし、探してきますね。そうだ、バックパックを預かってもらってもいいですか?走る時に邪魔ですし。そんなことは絶対しないですけど、仮にも他人のお金を預かるわけですから僕の荷物も預けておけば持ち逃げの心配は無くなりますし」

 

「白髪頭も大概真面目だニャー。心配しニャくてもそこは信じてるニャ。」

 

「でも混雑してるならスリとかも居るかも知れませんし」

 

こうした祭の時ほど盗みは活発になると聞く。

冒険者になってから多少鋭くなったものの、僕は持ち物がいつの間にか無くなっている事を後になって気付くタイプだ。

 

「…クラネルさん、心配しなくてもあなたがスリにあったと言うならば私は信じます。きっとシルも信じます。ですがバックパックが邪魔になるかもしれないのは確かですから、荷物は預かっておきましょう」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいです。それじゃあ僕の荷物をお願いしますね」

 

差し出されたリューさんの右手にバックパックを手渡すと僕は再び駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

東のメインストリートに接する喫茶店の二階。木目調で統一された暖かな室内に朝日が差し込んでいた。

ロキのお気に入りだという待ち合わせ場所のこの店は、なかなか居心地のいい場所だった。

ロキが気に入る理由も分かるというものだ。

予約席が窓際というのもまた悪くない。通行人の獣人やドワーフ、エルフなどを一人一人眺めていれば、中には面白い魂を持つものもいる。

 

「や、もう着いとったんか、待たせたか?」

 

「いいえ、まだ来たばかりよ、ロキ」

 

そう言ってヒラヒラと手を振りながらロキは近付いてくる。

パーティーで黒曜石のような素敵なドレス着ていたときとは打って変わって、くたびれたシャツに黒いパンツというラフな格好だった。

昼間のカフェとはいえ、まるで男性のような格好だ。

 

「あら、あのドレス似合っていたのに、またそんな男の子みたいな格好してるのね」

 

「けっ、巨乳(持てるもの)にはこの気持ちは分からんのや」

 

そう言って彼女は自分の胸元に視線を落とし、次に私のローブで隠れた胸元をまじまじと見つめた。

この間ヘスティアに言われたことがなかなか堪えたらしい。

 

「そう邪険にしないで頂戴。あの真っ黒なドレス、本当に素敵だったわよ?」

 

「そ、そうか?まぁドチビは見る目がないからな!いや、フレイヤはやっぱよう分かっとるわ!ナッハッハッハ!」

 

すっかり上機嫌になったロキはカラカラと小気味良く笑う。

良くも悪くも切り替えが早いのがこの女神の長所だろう。

 

「あ、ウチまだ朝飯食ってないねん。ここで済ませてええか?」

 

「えぇ」

 

「店員はん!いつものサンドイッチ頼むでー!」

 

「かしこまりましたー!」

 

よっぽど通っているのか間髪入れずに奥に居た店員が反応する。

 

「なかなかうまいんやでー?」

 

「私はもう朝餉を頂いたから遠慮しとくわ」

 

そうかそうか、とさして気にするでもなくロキは席につく。

 

「で、何時になったらその子を紹介してくれるのかしら」

 

「なんや、紹介なんているんか?」

 

「ええ、一応初対面だもの」

 

そうして端整な顔立ちの金髪の少女に目を見やる。

見事な細工物のような均整の取れた美しい細面の中でもその金眼は特に際立っている。その一方でその美しい目だけが唯一美しさとは別に、眠たい子どものような愛らしさを貌作っており、どこがアンバランスな印象を与える。

腰に提げられた細身の剣と、その美しい姿は一目見ただけではとても結び付かない。

 

「はじめまして…」

 

小鳥の嘴のような口許が僅かばかり動く。

どことなくたどたどしい印象を与える言葉遣いは美の女神たる私から見てもとても愛らしい。

 

「ロキが惚れ込む理由も良く分かるわ。とっても可愛らしいし、それだけじゃないもの。」

 

女であろうと、私に褒められれば大抵の物は破顔するか、或いは赤面する。

乏しい表情そのままにぺこりと頭を下げる彼女の様子を見れば、ロキが惚れ込む理由も分かろうと言うものだ。

 

「当たり前やろ!ウチらの自慢のお姫様なんやから!」

 

そう言ってロキは満面の笑みを浮かべる。

自分の眷族に対する暖かな眼差しと、天界での破天荒な素振りを比べてその変わりように感心する。

 

「なぜここに剣姫を連れてきたのか聞いてもいいかしら。私の前にお気に入りの子を連れてくるのはあまり気の進むことじゃないでしょう?」

 

「そらぁ、今日は祭やからな!この後のアイズたんとのデートのためや!」

 

鼻息荒くそう宣言する。

 

「…てのもあるけども、まぁ遠征終わったばかりやし、ほっとくとダンジョンにフラフラ行ってまうこの子のブレーキ役を買って出た訳や」

 

そう言ってロキは剣姫の頭をポンポンと叩き、脇腹をつつく。

剣姫はバツが悪そうに視線を下げてされるがままにしている。

本当に変われば変わるものだ。あのロキが子どものお守りを買って出るなど昔では考えられなかった。

 

「んで、今度は何をやらかすつもりや」

 

先程の人の好い笑顔を浮かべていた姿とは一転、天界でのロキを思い起こさせる鋭い視線を向けてくる。

懐かしい姿だ。この底冷えするような気迫こそがロキらしい。とはいえそれもファミリアへの心配から向けて来ているのだろうから、やはり昔のロキとはまた違う。

謂わば子を守る母親の苛烈さみたいなものだ。

 

「あら、人聞きの悪い」

 

「とぼけんなや。興味ない言うてた宴に顔を出してみたり、ちょろちょろ人に話を聞いて回ってるそうやんか。なんぞけったいな事を企んどるやろ」

 

一切の言い訳を許さない。そうロキの目が語っている。

気が付けばその気迫に気圧されたのかカフェのテーブルは空席ばかりになっている。

 

「また諍いの種を撒いて下界の子らを巻き込もうってんならウチにも考えがある」

 

「そんなんじゃないわよ…ただ、ちょっと素敵な子が居たものだからね」

 

月明かりの下、唇を噛み思い詰めてバベルへと駆け抜ける少年の顔を思い出し恍惚とする。

 

「つまり、どこぞのファミリアの子供を気に入った。そう言う事やな」

 

「ええ」

 

「で、どんな奴や。素直に白状しとるっちゅうことはウチのモンではないんやろ?」

 

普段の飄々とした様子からは想像もつかないが、ロキは天界きっての食わせ者(トリックスター)

この手の駆け引きにおける要点は誰よりもよく理解しているのだろう。こちらが一を言えば十を悟ってくる。

 

「そうね。ロキにはあまり関係のない子よ。弱々しくて、私やあなたのファミリアの子ども達とは比べることも出来ない。でも、誰よりも透き通っていて、見たことの無い色をしていたわ」

 

そう、だから目を奪われた。

あの弱々しい少年に見惚れた。

 

「見付けたのは本当に偶然のことよ。たまたま街を眺めていた時に視界に入ったの。ふふ、言葉にしてみるとまるで生娘みたいね」

 

そう、ほんの偶然から起きた幸運だ。

 

「あの時もこんな風に見下ろしていたの。」

 

そう言って陽光に照らされる眩しい大通りを眺める。

そして、そこに件の少年が駆け抜けていく姿が認められた。

不意に息を飲み、呼吸が止まる。

 

「―――」

 

陽の光が彼の髪を照らし、銀色の輝きを見せている。

そう、ほんの偶然の出来事。

 

「…ごめんなさい。急用が出来たわ」

 

「はぁっ?なんやねん一体」

 

怪物祭(モンスターフィリア)というお誂えの舞台に役者(ベル・クラネル)が現れた。

役者()が輝ける舞台を整えるのが裏方()の仕事というもの。その手の演出に関しては私にも一家言があるのだ。

 

「少し迷惑を掛けるかも知れないけど、ごめんなさいね」

 

そう言って私はカフェを後にする。

 

「はぁ?ちょ、待てや!」

 

引き留める声に目もくれず、少年の通った大通りの後を辿る。

どうすれば彼がもっと輝くだろうかとそればかりを私は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「出来たわ。後はあんたがこの剣に神聖文字(ヒエログリフ)を刻むだけよ」

 

「こ、これがボクとベル君の愛の結晶…」

 

ベル君が普段使っている短剣よりも、少しばかり細身な漆黒の刃がうっすらと輝いている。

フレイヤが以前身に付けていた黒真珠のネックレスのような本物の輝き。普段使っている安物とは違って素晴らしい業物のそれに見えた。

 

「その言い方やめなさいよ。あんた生娘でしょうが。」

 

「そ、そんなの分かってらい!」

 

付き合いの長いヘファイストスはボクの男っ気の無さをよく知っている。

天界に居た頃は下界で三大処女神だなんだ言われた事もあるが、当のボクは世界中にボクの恋愛事情が知れていることに赤面したものだ。

 

「嬉しいのは分かるけど、神聖文字(ヒエログリフ)を刻まなければ、ただのなまくらよ?さっさとやっちゃいなさい」

 

「よーし!」

 

僅かに波紋が浮かんでいる刀身に指を当てて横に滑らせていく。刀身はヒンヤリと冷たく、ちょっと前まで赤く煮えたぎっていたミスリルと同じ物だとはとても思えず不思議な感覚だった。

 

「これでこの剣にはステイタスが生まれた。この剣はあんたの眷族(子ども)と同じで生きていると言ってもいいわ。装備者と同じく、経験値(エクセリア)を積んで育っていく。全く、こんなの鍛治士からしたら邪道も良いところだわ」

 

そう言われてボクはなんだか短剣が愛しく思え、そっと撫でた。

相変わらず冷たい金属の感触だったけれども、ボクにはそれがどことなく、温かいものに感じられた。

 

「あんたの神の恩恵(ファルナ)が刻まれているから眷族以外にはガラクタと変わらない。これなら武器を理由に狙われる危険も殆ど無いはずよ」

 

「す、凄いよヘファイストス!そこまで考えていたなんて!君は天才だ!」

 

嬉しさのあまり思わず剣を抱えたまま跳び跳ねる。

これがボクらの新しい力。これ以上無いほどの最高の武器だ。

 

「まぁでも、もうひとつの仕掛けを仕込むのは楽しかったわ。」

 

「もうひとつの仕掛け?」

 

「エンチャントに補正を入れる効果よ。これもステイタスの上昇に伴って補正が強くなるわ。ヘスティアはもともと竈と聖火を司る神だから特に火のエンチャントには格別の効果が出る筈よ」

 

この短剣にはボクの神の血(イコル)と髪の毛が使われている。従ってボク自身の神性に色濃く影響を受けているそうだ。

 

「言っておくけど、その武器の代金は借金(ローン)だからね。びた一文だってまけないんだから。」

 

「分かってる分かってる!」

 

「お金に関しては追々細かく説明するわ。ところであんたその剣の名前はどうするの?」

 

大切な事を忘れていた。

ベル君のことだ、目を輝かせながらコイツの名前を聞いてくるに違いない。

 

「ラブソードとかどうだろうか!?」

 

「仮にも私の銘を入れてるんだからそんなダサい名前やめてちょうだい!そうね、コレはあんただけの剣としか形容しようもないし、『神の懐刀(ヘスティアブレイド)』って所かしら」

 

ボクの名前を冠した剣でベル君が戦う姿を想像する。

…うん!これ以上無い名前だ。ある意味ボクもベル君の隣に立って戦えるのだ。

 

「本当にありがとうヘファイストス!悪いけど早速ベル君に渡しに行っても構わないよね?」

 

「あんた随分無茶したんだから、渡したらしっかり休みなさいよ?」

 

返事の代わりにヘファイストスにひらひらと手を振ると、ヘスティアブレイドを風呂敷に包んで僕は駆け出した。

身体は物凄く疲れているはずなのに心はどこまでも軽い。

今の時間ならベル君はダンジョン行っている筈だが、今日は怪物祭(モンスターフィリア)。オラリオにきて短いベル君のことだ。気になって祭を覗きに行っているだろう。

ウキウキ気分で祭を巡るベル君にこの武器を渡せばきっと更に喜んでボクの事を褒め称えてくれるに違いない。

今からそれが楽しみでならない。

バベルを駆け下りていく。ふもとには常に馬車が控えている筈だから、まずは祭の方に馬を走らせて貰うのがいいだろう。

 

「へーい!タクシー!」

 

「あい!」

 

「東のメインストリートまでお願いしよう!」

 

「へへ、承りました女神様!お目当てはやっぱ怪物祭(モンスターフィリア)ですかい?」

 

「ああ、御者君!悪いけれどなるべく急ぎでお願いするよ!」

 

先回りしておかなければベル君とすれ違ってしまうかもしれない。

会場まで行って会えないというのは避けたい所だ。そこまでしておいて結局ホームで手渡しなんてのは笑い話にもならない。

 

「へい!承知しやした女神様!」

 

闘技場に近付けば近付く程に道の混雑は悪化していく。

それでも御者君が気を使って脇道や小道を通り、なんとか東のメインストリートにあと一歩の所までたどり着く。

所がここでついに道は人で飽和し、馬車の通る余裕が無くなってしまった。

 

「すみませんねぇ女神様。どうやらここまでが限界みたいです」

 

「いやいや!どうもありがとう!なかなかの腕前だったよ!」

 

「へへ!そいつぁどうも!あ、そこの裏道通れば楽にメインストリートに着きますぜ!ちょっと暗いけども」

 

「助かるよ!で、お代は幾らだい?」

 

「90ヴァリスになりまさぁ」

 

財布の巾着をひっくり返す。

ひーふーみーよー…よし、足りてる。

 

「お釣りはいらないよ!残りは君へのチップだ」

 

「え、余りは1ヴァリスだけなんですが…」

 

1ヴァリスでもチップはチップだ。

細かいことを気にしても仕方がないので駆け出す。背後から哀れみの視線を感じた気がするが、それもやはり細かいことなので気にしない。

 

「あら?ヘスティア?」

 

「ん?」

 

目の前に全身黒づくめのローブ女が現れる。

とはいえこの男を惑わす魔性の声は間違えようがない。

 

「フレイヤかい?」

 

こちらを見やったローブの隙間から美しい銀髪と、ふっくらとした艶っぽい赤々とした唇が見える。

 

「えぇ、奇遇ね」

 

「なんだってまたそんな盗人みたいな格好してるんだい?」

 

「ぬ、盗人?違うわよ、失礼しちゃうわ!ほら、私も怪物祭(モンスターフィリア)に用があるんだけども、なんせこの人混みでしょう?私が素顔で出歩いたらどうなることやら」

 

「あー、なるほど…」

 

確かにこの人通りの中でフレイヤが堂々出歩いてしまうと下手したら道行く男達の間で暴動が起きかねない。

そう考えるとフレイヤの奴もなかなか苦労しているのかもしれない。

 

「美の女神ってのも大変だねぇ。あ、所で白髪に赤目のヒューマンの男の子を見なかったかい?こう、兎みたいな子なんだけど!」

 

背格好はこれくらいで、優しい顔をしていて、と身振り手振りで説明をする。

フレイヤは少し考える素振りを見せたあと、思い付いたかのような顔をしてこう告げた。

 

「さっき東の大通りに行くのを見た気がするわ。多分このまま道を行けば会えるんじゃないかしら?」

 

「ほんとかい!?ありがとう!ボクは先を急がせてもらうよ!」

 

そう言って手を振り駆け出す。背に負った風呂敷の中身を出来るだけ早くベル君に見せたかった。

 

「待っててくれよ?ベル君!君の神さまが今行くからね!」

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ベルくーーーーーん!」

 

「神さま!?」

 

ここ数日見掛けなかった神様が大きな風呂敷を背負って手を振りながら駆けてくる。

 

「神さま!?どうしたんですかその風呂敷!まさか夜逃げ!?」

 

今が朝だという事は置いておいて、うちの台所事情を知るだけに本気で心配になる。

まさか、数日居なかったのはよその神様に借金していたからじゃあ…。

 

「ベル君のアホーーー!!!んなわけあるかい!これは君へのプレゼントさ!」

 

神様は僕の発言に綺麗にズッコケた後にツッコミを入れてくる。

よかった…。どうやらそう言う事ではないらしい。

 

「すみません神さま…。あ、そうだ!プレゼントを持ってきてくれたんですか?ありがとうございます!」

 

「ふふん!開けてみてのお楽しみってやつさ!まぁでも開けるのは落ち着いてからにしようか!」

 

そう言って神様は腕を組んでくる。

僕の腕にやわやわとした感触が二つ。

 

「か、か、か、か、か、神さま!?」

 

「ベル君とデート!ベル君とデート!」

 

嬉しそうに小躍りする神様。

いけない、いけない。流される所だった

 

「その!僕お使い頼まれてて…シルさんにお財布届けないと!」

 

「ふーん、じゃあ一緒に探そうじゃないか!」

 

そう言って前にずんずん歩き出した神様の足は、明らかに屋台に向かっている。そして甘い匂いのする屋台の前で止まると、おもむろにピースサインを作っていた。

 

「クレープを二つ!支払いは後ろの男の子がするから」

 

「か、神様!?」

 

神様はちゃんと話を聞いていたのだろうか。

まずまっすぐ向かうべき闘技場ではなく、屋台に向かってしまうとは。僕は財布を取り出して屋台のおじさんに二人分の料金を手渡す。

 

「さ、ベル君!ボクのクレープを受け取りたまえ!」

 

「あはは、払ったの僕ですけどネ…」

 

「細かいことは気にしない気にしない!」

 

受け取り一口。甘さが広がる。

 

「まぁ聞けよベル君。ボクだってなんの考えもなしって訳じゃない。闘技場に入るなら入場料が要るから君の探し人も闘技場に付いたら引き返す筈だ。」

 

「なるほど!そう言うことだったんですね!」

 

「あぁ、だから素直にボクとのんびり行こうじゃないか!」

 

「そう言う事でしたら。」

 

別に僕も神様と出店を回るのが嫌という訳ではない。

むしろ楽しそうだとも思っていたが、それよりもシルさんが気に掛かっていた。

だが神様の言うとおり、シルさんを待つしかないというのならゆっくり道楽に付き合うのもいいだろう。

 

「次はジャガ丸くん食べようぜ!」

 

神様にあーんされかけたりあーんしたりしながらクレープは食べ終わった。

神様は僕にほっぺのクリーム取ってくれと言ってみたり、僕をからかって楽しんでいるご様子だ。

ジャガ丸くんの屋台はもう少し闘技場に近い位置にある。或いは今度こそシルさんも見つかるかもしれない。

 

「ねえベル君、君の探している人って女の子だよね?」

 

「はい、灰色がかった髪と同じような瞳の色をしたヒューマンの女の子です。背は…もしかしたら僕より高いかも…」

 

「…ふーん、するとあれかい?スタイル抜群の美女ってことかい?」

 

「どっちかというと可愛い系なような…」

 

ふとシルさんの上目遣いを思い出す。

…小悪魔系?ふとそんな言葉が思い付いた。

 

「…ベル君って、結構抜け目無い奴だよね…」

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

なんだか盛大に勘違いされているような気がする。

神様はこちらに不機嫌な視線をじーっと送ってきているが、心当たりの無い僕にはどうすることも出来なかった。

 

「…悲鳴?」

 

「ベル君?どうしたんだい?」

 

不意に立ち止まった僕に不審がり、神様が怪訝な目を僕に向ける。

もう一度周囲の音に耳を立てる。それからすぐに大通り中に聞こえる大音声が響き渡った。

 

「モンスターだああああああああああああ!!!!」

 

不意に喧騒が止まり、皆が息を呑む。数瞬後、闘技場に続くメインストリートの奥から咆哮が鳴り響く。

途端、民衆の喧騒は先程までの平和なものから悲鳴と怒号に変わった。

石畳の道を強かに鉄で打ち付ける音がする。

奥からは、純白の体毛を纏った霊長類がその屈強な身体に鎖を巻き付かせて歩いてきていた。石畳を打ち付ける鉄の音はかの獣を繋ぎ止める為の枷だったものだろう。

 

「シルバーバック…!」

 

ミノタウロス程ではないが、その威容は今まで戦ってきたモンスターを遥かに超える。

実際、今の到達階層よりもずっと深いところに居るモンスターで、到底僕に倒せるとは思えない。

 

「ぐるるるるっ…」

 

唸りを上げた獣が視線を上げる。

…こっちを見ている?

 

「ねぇ、ベル君、気のせいかな?アイツ、こっちを見ているような」

 

僕も冒険者だ。この視線には見覚えがある。

明らかに獲物を見付けた時の目だ。この視線を向けてきた後に、決まって彼等は舌なめずりをして襲い掛かってくる。

 

「そのまさかです!神さま走って!」

 

僕はヘスティア様の手を取り全速力で駆け出す。

人通りの多い場所はダメだ。怪我人が出てしまうし、シルバーバックの巨駆から逃れるなら狭い道の方が良いだろう。

 

「路地裏を行きます!」

 

「分かったよベル君!」

 

日中だと言うのに薄暗い道を持てる全力を持って走り抜ける。

途中足場の悪い場所は神様を抱き抱えて、何処へ向かえばいいのか、今どこに居るかも分からずに走る。

方角で言えば南東のメインストリート側の路地裏に入ったので、その間のどこかしらだということだけは分かる。

依然として気配は後ろから迫ってきており、予断は許されない。

 

「しまった!」

 

大通り程ではないが開けた道に出てしまう。

脇道までは少なく見積もって50メドルは距離がある。これでは間違いなくシルバーバックに追い付かれてしまうだろう。

 

 

「神さま!物陰に隠れてください!迎撃します!」

 

そう宣言して腰に提げた短剣を抜く。

 

(あんな奴、僕にやれるのか?いや、やるしかない!)

 

「エレメント・ウィンド!」

 

短剣を構えて魔法を唱える。風が刃を覆い、キィキィと甲高い音を上げる。

 

(来るなら来い!)

 

僕は来た道を振り返り、その奥を睨み付けた。

 

「ベル君ダメだ!後ろだ!」

 

「えっ!?」

 

シルバーバックは建物の影を利用して背後から飛び掛かってきていた。

轡のようなものを咥えた口が大きく開かれ、丸太のような右腕を思い切り引き絞っている。

 

「うわぁぁぁ!」

 

咄嗟に前転を二連続し、その場を離脱する。

途端、背後から爆音と砕けた石畳が飛んでくる。僕は頭を両腕で覆い、飛礫から守ると即座に横転して立ち上がった。

 

「はぁっはぁっ」

 

まだ余裕のあった心肺が一瞬で限界近くまで達する。

動悸が治まらず、自分の心臓の音がうるさい。

改めてシルバーバックと正面から向き合う。体格だけで言えばミノタウロスを凌駕する。身のこなしに至ってはミノタウロスをも上回る。

白銀の毛に覆われた身体には鉄の胸当てが、頭には片眼が隠れたはちがねのような兜が付いている。

 

(死角は左目!)

 

息も心臓も落ち着かぬままにシルバーバックの左回りに駆け出す。僅かな勝機はそこにしかない。

 

「はあああああぁぁぁぁ!」

 

風を纏った刃を勢いそのままに振り抜く。

左足に浅くは無い傷を刻む。

意表を衝かれたシルバーバックは苦悶の声を上げて滅茶苦茶に腕を振り回す。

二歩下がり、腕の射程から逃れて、遅れてやってくる鎖の鞭を大縄跳びの要領で跳び越えてから、もう一度懐に潜り込む。

 

「グルアアアアァァァッ!」

 

鷲掴みにしようとする腕を姿勢を低くしてすり抜け、両手に持ち替えた短剣を突き出す。

腕の勢いに身体を引っ張られたシルバーバックの姿勢が僅かに前に傾く。

 

(まずい!)

 

気が付いた時には既に遅く、僕の腕は勢いよく前に突き出されていた。

シルバーバックの胸当てに短剣が当たる硬い感触と金属を引っ掻く嫌な音が聞こえたと同時に、短剣はその刃を失った。

刃こぼれしていた脆い剣はその衝撃に耐えられなかったのだ。

 

「がぁっ!」

 

一瞬呆然としてしまった僕の隙を見逃すはずも無く、シルバーバックはその豪腕を横凪ぎに振るっていた。

なんとか丸め込んだ膝と肘を通り越してその衝撃が伝わり、僕は家屋の壁まで吹き飛ばされた。

 

「エレメント・アイス!」

 

背骨が軋み、身体がバラバラになりそうな苦痛に耐えると首だけを純白の魔猿に向ける。

追撃を加えようと走り出したシルバーバックの足元に転がる石に息も絶え絶えになんとかエンチャントを掛ける。

逆方向に伸びたつららがシルバーバックの足の裏を貫いた。

 

「グギャァァァアッ!」

 

たまらず足を抱えたシルバーバックを尻目に僕は神様まで駆け出して再び抱え上げると逃走を図る。

神様は事ここに至っても大事に風呂敷を背負っている。

正直邪魔だがここで口論している時間はない。

 

「大丈夫かい!ベル君!?」

 

「なんとか!」

 

再びの逃走劇。

いつの間にかシルバーバックに追いやられ近付いていた脇道に急いで身を滑り込ませる。

どれほど時間を稼げたかは分からないが、もう少し逃げ続ければ他のファミリアの救援が望める筈だ。

死に体の身体に鞭を打って先へ先へと無我夢中に脚を動かす。

 

「…っ!ダメだベル君!こっちは!」

 

細い路地を抜けると、目の前に壁から不自然に迫り出した正方形の家屋とクモの巣のように放射状に伸びる無秩序な階段が現れた。

猥雑に並んだ家屋の上に更に家屋が立ち並び、本来長屋だった筈の家屋がまるでアパートメントのような様相を晒している。

オラリオの貧民街にしてもう一つの迷宮(ダンジョン)

 

「ダイダロス通り…っ!」

 

三次元的に家屋を伝い、追跡を掛けるシルバーバックを相手取るのにこの道を行くのはあまりにも無謀だ。

何時袋小路にぶち当たり追い詰められるかも分からない。

 

「ガアァァァァァァァッ!!」

 

先ほどの反撃に怒り狂ったシルバーバックの咆哮がすぐそこまで迫っている。

もはや退路はこの道の他に残されていない。

抱え上げていた神様を下ろすと手を引き再び目の前のパースの狂った区画へと駆け出した。

背後の咆哮に悲鳴が上がり、それが伝搬すると家屋の扉という扉、窓という窓がバタンバタンと次々に閉じていく。

招かれざる客、という言葉が不意に頭に浮かんで消えた。

 

「神様!そこ曲がります!」

 

くねりにくねった道に神様の手を引き分け入る。

不意にその手が離れ、神様が尻餅をついた。

 

(しまった!)

 

既に神様は限界だったのだ。

立ち上がろうとしても膝が笑い、ももが引きつり、手が震えている。

一般人と殆ど変わらない神様の身体ではこの逃走劇はあまりにも過酷に過ぎた。

 

(どうしよう!どうすれば!)

 

不意に冷たい空気の流れを足許に感じる。

すぐ真横、階段を下ったに鉄門が見える。

 

(しめた!水路だ!)

 

神様をおぶさり、石畳の階段を降り、不用意にも南京錠が外れた錆びだらけの鉄門をこじ開ける。

そうして中に身を滑らせ、水路の脇のヌメヌメとした石に申し訳無く思いながらも神様を座らせ、自分も腰かけた。

 

「神様、僕が囮になります」

 

ずっと考えていたことだ。

或いは僕一人であれば、他の冒険者の応援まで時間を稼げるかも知れない。シルバーバックは神様を狙ってはいるが、降り掛かる火の粉があれば必ず排除しに掛かっている。

 

「ダメだ!ベル君!今の君では無理だよ!」

 

そう、言われなくても分かっている。

万全の状態ならともかく、この状態では間違いなくシルバーバックにやられて息絶える。

それでも、この小さな女神が助かるのであればそれでよかった。

 

(…っ!)

 

不意に悪寒が走る。

シルバーバックに追われる中一つだけ恐怖と哀れみ以外の視線が僕を捉えている事には気付いていた。

水路に入って他の視線が無くなった分、その無遠慮で舐め回すような視線が一際強く感じられるようになったのだ。

これはシルバーバックの物ではない。あれは神様だけを見ている。

 

「…ここでステイタスを更新する。ベル君、君がアイツを退治するんだ。他に道は無い。ボクははっきり言って体力の限界だ。仮にベル君が囮になって時間を稼いでも、ボクは此処から遠くに行くことも出来ない。それに、ダイダロス通りにすぐに救援が来るなんてこともあり得ない。」

 

無情な宣告。

僕の命を使っても神様は助けられないという事実に愕然とする。

 

「顔を上げてくれ!まだ希望はある。ボクの風呂敷を開くんだ!」

 

言われるままに包みを開く。

そこには立派な鞘に納まった短剣が一つ入っていた。

 

「ソイツはヘファイストスに頼み込んで造って貰った君のための一振り。名は神の懐刀(ヘスティアブレイド)。君のステイタスに比例して切れ味が上がっていくんだ。ほんとはもっとちゃんとした所で渡したかったけど、そうも言ってられない」

 

鞘から剣を抜く。黒色の輝きが瞬いた。

 

「さあベル君、背中を出してくれ!」

 

慌てて防具を取り去り、背中を晒すと、すかさず神様が手を添えた。

 

「…よし!このステイタスならきっと奴にも刃は届く!さぁ、反撃の時間だ!」

 

「はい!」

 

ステイタスの恩恵か、身体の痛みや疲れが幾らかマシになる。

腰に提げていた短剣の鞘を神の懐刀(ヘスティアブレイド)に取り替えて駆け出した。

水路の鉄門を開けて、狭い路地に躍り出ると、既にシルバーバックは15メドル程の距離に居た。

 

「グヴゥゥーッ!」

 

シルバーバックはつららの刺さった足を引き摺りながら、こちらを親の敵を見るかのように睨み付ける。

必死にヘスティア様を追い掛けるシルバーバックにとって、僕は目の上のたん瘤のような物なのだろう。

 

「グガアァァァァァッ!」

 

憤怒の形相で右腕を振り回し、辺りの物を鎖でズタズタにしながら、シルバーバックは突進する。

 

(まずは、胸当ての革紐!)

 

二歩踏み込んで、鎖を跳び避け、一歩下がり、シルバーバックの拳を頭をスウェイさせて避ける。再び二歩踏み込んでしゃがみ込み、蛙跳びの要領で跳ね上がる。

 

「ハァッ!」

 

左肩の革紐を断ち切る。

宙に浮いた僕の身体を砕かんと腰を絞りながら魔猿が拳を振り上げる。

両の爪先を揃え、拳の接地面を全て足先に集中させる。

途端、大砲で撃ち出されかの様に僕の身体は宙に高く舞い上がった。

空に押し出される感覚に内臓がグラグラと揺れ動き、吐き気と眩暈を覚えるが、男の意地でそれを堪える。

10メドルは浮き上がったかという所で家屋から伸びる洗濯紐を左手掴み、そのままそれを軸に一回転し地面に向けて自分の身体を撃ち出す。

肩の骨が軋む音が聞こえる。或いは関節が外れてしまったのかもしれない。

それでも構いはしない。折れたっていい。全力で振り抜くのみ。

 

「グギャオオオオォォォォォォッ!!」

 

今までの咆哮じみた苦悶の鳴き声とは違う命を磨り減らされた故の絶叫。

右肩の革紐から膝までを勢いのまま斬り抜ける。

胸当てを失ったシルバーバックの身体から相当な量の血が吹き出す。右腕は辛うじて繋がっているだけの状態で、隆々とした上腕はだらりと垂れて力無い。

瞳には確かな恐怖が窺える。

 

「エレメント・ファイア」

 

呟くように、唱えると、黒剣は煌々と燃え盛る。

今までの赤い炎を通り越して、蒼蒼とした稲光のような輝きが陽炎を造り出す。

そして、踏み込む。

 

瞬間、精神(こころ)が身体に置いてかれるような錯覚を覚えた。

 

気が付けば僕の腕はシルバーバックの胸元から生えたかのように伸びていた。

魔猿が血を吐く。吐き出した血を頭から被る。視界が真っ赤に染まる。

違う。吐血は目にまで掛かっていない。真っ赤に染まっていたのは目の前で燃え上がり灰になっていくシルバーバックの亡骸だった。

 

(勝った?)

 

胸が燃え上がるように熱い。心臓の音がうるさい。

 

(僕が、勝った?)

 

「ウオオオオォォォォォォッ!」

 

僕の喉からは悲鳴とも雄叫びともつかない絶叫が次々に漏れ出てくる。

目頭が熱い。指先が熱い。掌が熱い。爪先が、丹田が身体が精神(こころ)が熱い。

家屋の窓が次々と開いていき、人々が何処からともなく、拍手を始める。

指笛の甲高い音が鳴り響く。僕は勝利したのだ。

 

「神さま!僕は、僕はやりました!」

 

主神のもとへ、勝利を引っ提げて帰ろうと、僕は走り出す。

水路に降りる階段まで差し掛かると、ヘスティア様が鉄門の前でそのか細い身体を石畳に投げ出していた。

 

「神さまっ!!」

 

慌てて駆け寄る。力無く閉じられた両の瞼は何処となく落ち窪んでいるように見える。

泣袋の下は、はっきりと隈によって黒く象られている。

呼吸が弱々しい。

 

「しっかりしてください!」

 

慌てて神さまを抱えあげ、医者を探すために走り出す。

 

「大通りの道はこっちだ!頑張れ坊主!」

 

不意に声が掛かる。頭を上げると、こちらを覗き込む中年の男が片手は道を指差し、片手で親指を立てていた。

 

「ありがとうございます!」

 

窓から覗き込む人達がマスゲームのように次々と僕の行くべき道を指し示してくれる。

不安で塗り潰されそうだった心に力強い言葉が掛けられる。

 

(神さま!みんなが僕たちを助けてくれます!祝福してくれます!)

 

その姿は正に貧民街を駆け抜ける英雄だった。

民衆が皆諸手を叩き、彼を力強く送り出した。




ちなみに最終ステイタスですが

ベル・クラネル

Lv1
 力 :E 450
 耐久:G 290
 器用:F 350
 敏捷:E 480
 魔力:G 220

《魔法》
四大元素(フォースエレメンツ)
・対象に四属性の何れかの性質を任意で付与
・アイス、ファイア、サンダー、ウィンドの四種
・速攻魔法 《エレメントーーー》※属性名

《スキル》
情景一途(リアリスフレーゼ)
・早熟する。懸想が続く限り効果持続
・懸想の丈により効果向上。

命の秘薬(アムリタ)
・生命力と精神力の向上。懸想が続く限り効果持続。
・懸想の対象に想われる程効果向上

となっています。
長々と、本当に長々と本文が続いておりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
流石に今後はもう少し字数を絞っていこうと思います。
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