ベル君が賢者に憧れるのは間違っているだろうか?   作:もさま

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大変に…大変に申し訳御座いません…。
仕事とプライベートと余裕を無くしている内に再開する気力とタイミングを完全に失っていました。
テキストが吹っ飛び、プロット設定その他諸々電子の彼方へ旅立ったのでかなり時間は掛かりそうですがまた折を見て更新出来たらと思います…。











肥溜の花(リリルカ)

「リリにとって、魔法は逃げ道です。生き残る為の知恵です」

 

「道具、きっと道具です。でも…」

 

許されるならば

 

「恩を返せるような…強さが欲しいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた私はリヴェリア様とベル様の話を聞き血の気が引くのを感じていた。

動悸は止まらず、冷や汗が流れ落ちる。

 

「ベ、ベ、ベル様!なんてものを読ませるんですか!」

 

「ゴメン!ゴメンよリリ!全部僕の責任だから!」

 

ベル様は蒼白な顔面のまま頭を下げる。

その肩も手も、足も可哀想な位に震えている。

 

「何かあったとしても僕が必ず責任を取るから!」

 

震えながらも強い眼差しで私を確りと見据えるベル様に私は何も言えなくなる。

それはそうだ。ベル様にとっても貰っただけの本。こんなことになるとは分かっていた筈もない。

 

「…もういいです。ベル様が悪いわけでは無いですから。それより状況を整理しましょう。まず、ベル様は馴染みのお店で捨てられる所だった本を貰ったんでしたね」

 

「うん」

 

ということは持ち主が取りに来た様子もないということだ。

これ程高価な代物をそもそも飲食店の机に出すだろうか?いつ汚れるとも分からないのに。

まして置き去りにして帰るなんて事もあるだろうか。

 

「それが魔導書(グリモア)だとは店員さんもベルさんもご存知無かった、ですよね?」

 

「そうだね」

 

「ということはお店で持ち主が誰かに自慢していた、ということも無さそうですね。飲食店に魔導書(グリモア)を持ち込む理由なんて仲間や友達に自慢する以外には考え難いですし、もし自慢していたなら店員さんの耳にも必ず入る筈です」

 

言ってしまえばこの本を持ち歩くというのは、金塊を持ち歩くような物だ。

誰かに自慢したいのでなければ普通そんな危ない事はしないだろう。

実際私も財産の殆どを貸金庫に預けている。

 

「なるほど。そんな考え僕には浮かばなかったよ」

 

「本来有り得ない出来事なんですから、それなりに理由はある物ですよ。ベル様はその辺り鈍そうですけど」

 

「あ、あははは…自覚あります…」

 

そうしてションボリと項垂れるベル様。

少し可哀想だけども、こんなに心臓に悪い目に合ったのだから少しくらい意地悪をしても許されるだろう。

 

「となると、落とし物という線は薄そうですね…。何者かが意図的に置いていったか、或いは処分したかったのか…」

 

「そんなことってあるの?こんな価値のあるものを」

 

「何かしらの曰く付きだとか、盗品だとか、誰かに使わせて脅すつもりだったとか、まぁ理由は色々思い付きますけど、恐らくそういった理由ではないかと。リヴェリア様はどう思いますか?」

 

黙って考え込んでいた様子のリヴェリア様に意見を求める。恐らく同じような事を考えていたのではないだろうか。

 

「丁度私もそんなところだろうと考えていた。しかし、脅すつもりで置いていくというのは無いだろうな。魔導書(グリモア)と対価に誰かを脅すのであれば、より確実な方法を取るだろう。これを手に入れられる冒険者であればベル相手にこんな迂遠な手段を取る筈もない」

 

それは確かにその通りだ。

第一このやり方ではベル様以外の誰が魔導書(グリモア)を受けとることになるか分かったものではない。

ベル様が魔導書(グリモア)を手に入れることになったのはたまたま朝その店に寄ったからだ。

そんな不確実な方法でベル様を脅す理由も、失礼ながら価値も無いだろう。

 

「確かにその通りですね。となると事件は迷宮入りとなりますね」

 

「そうなるな。まぁ、本当にただ魔導書(グリモア)を忘れていった粗忽者の可能性も僅かにあるが」

 

「えーっとつまりどう言うことなんでしょうか?」

 

「それはですね」

 

「当分心配する必要は無いって事だ」

 

それを聞きベル様は半泣きになりながらほっとした様子を浮かべている。

強張っていた肩はすっかり力が抜けて震えも治まっている。

本当に感情豊かというか、表情豊かな人だ。

 

「まぁ切り替えていきましょう。とってもラッキーだった、と言うことにしておきませんか?」

 

「うん、そうだね。はぁ…、よかったぁ…。」

 

まるで演劇の役者のように胸に手を当てて安堵する様子に思わず吹き出してしまう。

 

「でも、そしたらリリはすぐにステイタス更新して貰った方がいいんじゃない?」

 

「そう…ですね」

 

すっかり忘れていた。魔導書(グリモア)で魔法を覚えても、リリのファミリアではそれを手にするハードルが非常に高い。

団長ザニスの許可が無ければソーマ様に伺いを立てることすら困難なのだ。

ステイタスを更新するならば間違いなく何万、それどころか二桁以上の対価を要求されるかもしれない。

 

「リリ?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

とはいえ、次探索に行くときにリリが魔法を覚えていなければベル様は不審がるだろう。

それをなんて説明する?時間が取れなかった、別の用事があった?

次回だけならいい。その次は?その次の次は?

 

(もう、隠すのも辛いです。面倒です。この際話してしまいましょうか)

 

ベル様とリヴェリア様から離れてしまえばそれも悩む必要は無いのかもしれない。ただ、それは僅かに残った希望を今度こそ粉々に砕いてしまうように思えてならなかった。

ここで縁を切ってこの先自分はこの泥濘から足を動かせるようには思えないのだ。

たった二日間だけの付き合い。言ってしまえばそれだけのこと。だけど、たったそれだけの時間が、市壁に囲まれた牢獄のようなこの(オラリオ)で燦然と輝いて見えた。

ベル様一人だったならば打ち明けるのも躊躇われたが、ここにはリヴェリア様も居る。

強者に縋り付く打算的な弱者の行い、我ながら情けなくなる。

それでも、もう嘘で身を固めるのは限界だとずっと感じていた。

自分が壊れてしまうと、ずっとそう思っていた。

 

「…ベル様、リヴェリア様、無関係のお二人にこのようなお話をすることをお許し下さい。リリはもう疲れてしまいました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、これまで如何に野良犬の如く、いや溝鼠のように生きてきたのか、そしてこれからもそれが続いていくであろう事を吐き出していく。

次から次へ、取り繕うことも出来ずに濁流のように自分の口から流れていく言葉を他人事のように俯瞰する自分がいる。

 

(そうか、こんなにも、こんなにもリリは言葉を溜め込んでたんですね…。自分のことなのに、それすら分からなかったんですね…)

 

神酒(ソーマ)に呑まれた両親の腐った腹から生まれたのが私、そして私もまたそんな両親を使い捨てた掃き溜めのようなソーマファミリアでしか生きられないこの(オラリオ)の業を煮詰めたような存在だ。

所詮蛙の子は蛙と言うことなのか。

きっと、自分はずっと誰かに聞いて欲しかったんだ。

 

「リリ…」

 

「…」

 

ベル様は心配そうに私の名前を呟き、いかにも悲しみでいっぱいと分かるような顔をする。

なぜ2日ばかり一緒に居ただけの人間にここまで情を向けられるのか、それが私には不思議で仕方なかった。

 

「とまぁ、リリの身の上はそんな感じなんです。…話したら少しすっきりしました」

 

「すっきりなんて、そんな…リリ、気付いてないの?」

 

「?」

 

「そうやって自分を騙しているうちに、本当の事が分からなくなってしまったのだな」

 

そう言ってリヴェリア様はなにやら浅葱色の布らしきものを取り出した。

よく見るとそれは高級そうなハンカチで、何やら透明がかって光沢を帯びた浅葱色の布地に金糸で小さな刺繍が施され、端は清潔そうな白色のレースで縁取られていた。

上品ながらフリルのようなレースがどこか可愛らしい印象を与える一品だ。

お姫様のような可愛らしさというのがリヴェリア様とあまり結びつかず、少し意外だったが、髪や服と似た色味のそれはとてもよく似合っていた。

 

(して、このリヴェリア様らしいような、らしくないようなハンカチはなぜ取り出されたのでしょうか?)

 

「リリルカ、話がある」

 

「話…ですか?」

 

それとその手に持ったハンカチはどのような繋がりがあるのだろうか?

私には想像が出来なかった。

 

「まぁ、老婆心みたいなものだよ」

 

「はぁ…?」

 

「他人は自分の鏡という言葉があるだろう」

 

「はい…そうですね」

 

「だがな、これは真っ赤な嘘なんだよ」

 

そう言ってリヴェリア様は私の目許をそっとハンカチで拭った。

浅葱色の布地にしっとりと濃紺の水玉が表れる。

拭われて初めて気が付いた、自分は泣いていたんだ。

 

「どうしたって悪人はいる。恩に仇を返す不届き者も世には多い。一方でこの坩堝のなか、肥溜めから芽生える美しい草花を私は知っている。環境は一要因ではあるがそれが全てではないし、周囲の環境が必ずしも自身の不徳を起因とするわけでもない」

 

「…」

 

「リリルカ、爛れた土にあってもなお花は咲くんだ。お前は強かだ、まだ根腐れはしていないよ」

 

リヴェリア様が目許を拭った手をそのまま上に持ち上げる。

反射的に目を伏せる。頭の近くに手が上げられるのは殴られる合図だからだ。

勿論そんなことをこの人はしない、分かっていても身が竦むのを止められない。そんな身体が憎かった。

 

「あっ…」

 

ふわりと髪を撫で付ける風のような、そんな初めての感触、今私はきっと頭を撫でられたのだ。

恐る恐る目を開けるとリヴェリア様の切れ長の目を縁取った若草色の睫毛が優しげに伏せっていた。

あの鋭い眦との差に頭が混乱する。

 

「リリルカ、お前が望むならば私は南瓜の馬車を拵えよう。舞台(パーティー)までは連れて行ってやろう」

 

「リヴェリア様…?」

 

「ただ、その先でガラスの靴を得られるかはお前の勇気次第だ」

 

伏せられた睫毛が上がるとそこにはやや悪戯めいた光を宿した碧玉が現れた。上げられた口角からは「出来るのか?」と。いやむしろ「出来るだろう?」と問い掛けているようにも見えた。

そうして淡々とした口調で続けた。

 

「望むならばフィンと交渉する場を設けてやろう。如何に話すか、全てはリリルカ、お前次第だ」

 

「はい!?」

 

涙も全て引っ込んだ。

突飛な出来事を晴天の霹靂とよく言うけれど、それどころではなく雨粒が逆流するレベルだ。

 

「リヴェリア様!そのようなこと!?」

 

「なに、魔導書(グリモア)を読んだのだ。スキルも持っているし、魔法も二種目の発現は確定している。贔屓目無しでもそう悪くない人員だよ」

 

「えっと…、つまり、どういうこと?」

 

ベル様は話を掴めず頭一杯にはてなを浮かべているようだ。

その姿にリヴェリア様と顔を見合わせて吹き出してしまった。

 

自分は、リリルカ・アーデは生涯この時を忘れないだろう。

お人好しの白兎と、深緑の貴人のその姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はかなり内容が短くてすみません…。
これから頑張ります。

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