Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

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今回、えらい文字数になりました・・・・・・文章量が安定しない
前回の誤字修正に、またもronjinさんがご協力くださいました。
度々ありがとうございます。
というか推敲不足ですみません(><)


13.下村との交流と工場制手工業 

「ソーマ様。本当にありがとうございます。村全体を代表してお礼申し上げます」

「いえいえ、欲しい物を望んだ形で手に入れるために、然るべき投資をしただけです」

 村長の感謝の言葉に、可憐な少女のような姿をした少年は、「あくまでビジネスに必要な事だったから」と言う。

 だが、ソーマ・ソリフガエの齎した物が村人の生活を改善したことは紛れもない事実だ。故に村長は形式だけでなく心からの感謝をした。

 ソーマが狩ってきた2頭の決闘級魔獣は丁寧に解体され、村人とソリフガエ家・ミコーのご飯となり、余った肉は干し肉に加工され、村の食料庫に保存された。

 おかげで村人達の健康は大分改善され、どこかくたびれた雰囲気だった村にも活気が出てきたように感じる。村長は顔を綻ばせた。

「お母上から話は伺っております。ミコー様の着る服をご用意するということでしたね?」

「この八番村においては“御納め”。つまり、租税の一環として上街を経由して、ルーベル氏族に供する巨人用鎧の製作を担っていると聞きました。故にここに足を運んだというわけなのです。鎧を造っているなら服も造れるかもしれないと・・・・・・村長、やってみてはいただけませんか?」

「お母上とも相談いたしましたが、我々としても未経験の仕事ではありますが、食料の供給までしてくださったのに、お受けしない訳には参りません。人事を尽くすとお約束いたします」

 カミラとの事前交渉もあって、村長は快く応じてくれた。

「さぁ、そうと決まれば早速どんな服を作るかを相談しないといけないわよね?ミコーちゃん、どんな服が着たい?あなたが暮らしていたアドゥーストス氏族ではどんな服を着るのかしら?」

「ど、どんな服って言われても・・・・・・そんなにたくさんの種類があるの?」

「母上。彼女が以前着ていた服ならサンプルとして持って来てますよ。破かれたままですが」

 そう言って、元々ミコーが着ていた服の破片を取り出して、パズルのように地面に並べたソーマ。

「こ、これは・・・・・・今着ている服と大差ないわね」

 そこにあったのは、引き裂かれてはいたが、魔獣の毛皮や樹皮そのままを組み合わせて作られたとても原始的な服だった。どれぐらい原始的かというと、地球の日本で言う所の縄文時代のような衣装。下村や上街の貴族の服でも、もう少し文明的なつくりをしている。

 巨人族(アストラガリ)の文明はだいたいどの氏族も石器時代レベルからまだ抜け切れていない。ルーベル氏族のみが小鬼族由来の突出した製鉄技術を持っているのだ。

 人類に比べて体も大きく、それを支える魔力も潤沢な巨人族は、“生きるための工夫”というものの必要性が人類に比べて薄い。故に技術開発に関する意欲が低い傾向がある。

(つまり、青銅器時代や鉄器時代にシフトする前に、文明が停滞していたわけだ。そこに強化魔法を使っているとは言え、幻晶騎士(シルエット・ナイト)なんて巨大ロボットが作れるような高い冶金技術をもった人類がやってきて、ルーベル氏族だけが鉄器時代を迎えちゃったわけだから・・・・・・これは彼らの一強になるのも無理ないな)

 地球でも、紀元前1400年頃に現れたヒッタイトの鋼を主力とした鉄器文明が、当時のメソポタミアをはじめとする青銅器を主力としていた周辺の国家を荒らしまわったという。

 幻晶騎士由来の超技術(オーバーテクノロジー)じみた製鉄技術で作り出された鉄鋼製品は、縄文時代レベルの巨人族社会ではもはや反則(チート)兵器であっただろう。彼らの繁栄も頷ける話だ。石と鉄の間に跨る壁は大きい。

 ミコーの服からは、そんな巨人族社会の現状を読み取ることが出来る。

「でも、私の眼の黒い内は美少女にそんな貧相な服なんて着せないわよ!ミコーちゃん、あなたを必ず素敵なレディーにコーディネートしてあげるわ。安心して!」

「え、え~と、お願いします?」

「母上、燃えてますねぇ」

 カミラは自宅からもってきた衣装や、知り合いの貴族や針子職人と共に描き出した画稿を見本として、ミコーや下村の職人達とデザインの相談をするべく工場に向かおうとした。

 しかし、ここでソーマは大事なことを忘れていたのを思い出した。

「ああ!母上、村長。危うく忘れる所でした。作ってもらいたいのは服だけじゃないんですよ」

 ソーマは愛機に乗り込んで、馬体兎(ラバック)に積んでいた増幅靴(ブースト・ブーツ)を持ってきた。

「この靴をちゃんとした物に作り変えて欲しいんです。服を作ってもらった後に、この作業も行っていただいてかまいませんか?」

「靴ですか?」「なにこれ?魔獣の甲殻で作ってるじゃない。履きにくそうねぇ」

 昆虫型魔獣の外骨格で組み立てられたやけに刺々しい長靴だ。履き心地など考えられてはいない。

「中に組み込まれている物の機能を維持出来るように、これの設計には俺も口を出す事になりますが、どうかお願いできませんか村長?」

「・・・・・・わかりました。元々、あなた様が提示なさった報酬は、食料も供給してくださったことを考えれば、いただきすぎなものでした。この靴の製作もお受けしましょう」

「ありがとうございます。村長」

 こうして、カミラによる、ミコーを可愛らしく飾り立てる計画は着々と進行していく。

・・・・・・同時に増幅靴の改修という形で、彼女の強化計画も進められているとは、ソーマ以外には知る由もない。

 

 

 

 八番村に訪れた貴族達と巨人の少女によって齎された仕事。これに応えるために慌しく働く村人達。

 その中で、仕事以外の事に意識を向けている者がいた。

「あ、あれが・・・・・・幻獣騎士(ミスティック・ナイト)・・・・・・?」

 一人の少年が、村に駐機してある2体の巨人型兵器を見上げていた。

「あれがあれば・・・・・・あれが村にあったなら・・・・・・」

 少年はその瞳に怪しい輝きを宿して、それらに近づいていく。

 そして、開いている操縦席への入り口を覗き込み、中の様子を確認していた。

「僕がこれに乗れたなら・・・・・・」

 彼は片方の機体、幻獣騎士オプリオネスの操縦席に座り、手探りで座席周辺を調べていく。そして、遂に操縦桿を引っ張って機体を動かし始めた。

 魔導演算機(マギウス・エンジン)が登録された魔法術式(スクリプト)に従い、魔力転換炉(エーテルリアクター)を起動する。吸排機構が大気を吸入し、そこに含まれるエーテルを励起させ、魔法現象を顕現させるための魔力を生み出す。

 幻獣騎士の吸排気は騒音を伴う。故に機体が動いていることはすぐに解った。

「だ、誰が動かしているんだ?」

 オプリオネスの本来の騎操士(ナイト・ランナー)ウブイルも、もう一人の騎操士ソーマも機体を降りていたので、別の人間が操縦していることは火を見るよりも明らかだった。

 ソーマは操縦席のハッチが開けっ放しになっていたのを見ると、ロシナンテに跨る。身体強化魔法(フィジカル・ブースト)を行使したこの馬の力なら、機体に取り付くことも出来るだろうから。

「あ、あぁ!?」

 少年は慌てて機体を動かそうとするが、そもそも彼の体格では鐙に足が届かない。脚を動かすことはままならず、腕だけをブンブン振り回す形になった。

 この考えなしの操作の結果、その慣性で機体は姿勢を保てなくなり、前向きに転倒する破目になった。

「うわぁぁぁ!?」

 この時オプリオネスは受身をとる形になったため衝撃が緩和され、機体は傷付く事は無かった。

 新米騎操士が慌てて機体を転倒させてしまう事故は、上街でもよくある事だ。故に大抵の幻獣騎士には、追加の入力がない場合機体側で自動的に受身を取る機能が実装されてる。オプリオネスはその機能に救われた。

 しかし、少年自身はベルトを付けず、体を座席に固定させていなかったため、その慣性により操縦席内部から放り出される羽目になったのだ。

「いけない!」

 ソーマはロシナンテと共に駆け出すと、放り出された彼の身体を、大気緩衝(エアクッション)の魔法で受け止めて、そのまま強化魔法の掛かった自分の腕で抱きとめた。

 こうして幻獣騎士を動かした幼く小さな村人は、貴族の少年の手であえなく御用となったのだった。

 

 少年を一頻り叱った後、村長は貴族の父子に深く謝罪した。

「申し訳ありません!貴族様の幻獣騎士に孫が勝手に乗り込み、事故を起こすなどと。なんとお詫びをしていいか・・・・・・」

 少年の頭を押さえ付けて共に謝らせようとしている彼を、ソーマは宥める。

「まあまあ村長、男の子が幻獣騎士に憧れるのは到って普通の事。いや・・・・・・この世の摂理とすら言える事でしょう。男と生まれて、目の前に開け放たれた幻獣騎士の操縦席があったなら?そりゃ乗りますよ!少なくとも俺なら乗る。だから、これは仕方ない事なんです!」

「お前のその理屈は流石にどうかと思うがね。・・・・・・だが、何にせよ怪我が無くてよかった」

 少年の暴挙を、むしろ笑顔で賞賛するかのような物言いをするソーマに、思わず父はつっこみを入れた。

 だがウブイルも、子供に叱責や懲罰を与えることよりも、怪我が無くて安堵する気持ちの方が強い。

 彼に外傷も骨折も無かったのは、ソーマがうまく受け止めたおかげであろう。村長はそれに関しても礼を言う。

「いや、気にしないでください。しかし、紛いなりにも幻獣騎士を動かすことが出来たという事は、魔力を扱えたということですよ。これは面白い人材を見つけたかも・・・・・・」

 上街で製造されている幻獣騎士は、その起動に操縦者からの魔力を必要とする。魔力増幅器(マナ・アンプリファー)搭載機においてはそれが顕著だが、魔力転換炉においても起動魔力源(スターター)となる最初のそれは、騎操士自身の魔力なのだ。

 村長にも確認を取ったが、下村において魔法に関する勉強は愚か、魔力を意識するための教育や訓練の類も一切行われていない。下村の人間にそんな余裕はないし、上街の貴族達もそこまで関心を払っていないから。

 だからこの少年は、行程を教えられたわけでもないのに、自力でそれを見つけ出して実行したということになる。そこにソーマは優れた魔法使い・・・・・・ひいては騎操士としての才能を感じた。 

 故にソーマは、この少年について興味が湧いてきた。「巨大人型兵器(ロボット)を勝手に動かす少年」などという存在に、強い親近感を覚えたからでもあるだろう。

「ねぇ、君。名前はなんていうの?」

 だからソーマは少年に話しかけた。彼はおっかなびっくりといった様子で自分の事を話し始めた。

 少年は先程述べたとおり村長の孫で、名前はベーラ。背格好から察するにソーマとそこまで大きな年齢差は無いだろう。

「ベーラ君。幻獣騎士を動かせたって言うことは、魔力の流し込み方を“土壇場で習得しちゃった”って事だよ?これって、すごい事だよ。才能が無ければできない事だ」

 ベーラは目の前の美少女・・・・・・にしか見えない貴族の少年に、褒められたことで思わず頬を染めてしまった。女の子に賞賛の言葉を浴びせられる経験などそうはなかったから。

 しかし、ソーマはここまでの能力を彼に発揮させるには、才能もそうだが、それ相応の動機が必要だとも思っていた。自分のように“ロボット”に憧れたからなのか?それとも強い“力”を求めたからなのか?

「ねぇ、ベーラ君。君は幻獣騎士に乗って、何がしたかったの?」

 この質問を聞いて、ベーラの表情に深い悲しみが浮かんできた。つらい記憶を呼び起こしてしまったらしい。

「僕のお父さんは森に入っていって・・・・・・帰ってこなかった。僕のために死んだんだ!・・・・・・幻獣騎士に乗れたら、皆を守れるのになって、そう思って・・・・・・」

 泣き出してしまったベーラに代わって、村長が説明をしてくれた。彼を助けるために、帰ってこなかった村長の息子の事を。

 

 1年ほど前に、ベーラは高熱を出して寝込んでしまった。

 祖父である村長も父親も、ベーラの病を治療するための薬や栄養となる食料を捜し求めたが、食料は日々の糧としてはともかく病床の人間の闘病生活を支える物としては不足だった。薬に関しても、無いよりマシな民間療法レベル。

 あまり、他の村人に迷惑をかけるわけにも行かず、かといって愛する息子のために出来る限りの事をしたいと、そう考えた父親は・・・・・・森に入る事を選択した。

 魔獣が犇いている森の中に、魔法も使わずに単身・生身で踏み込む。それは自殺行為だと考えられていた。

 当然、周りの者が何度も止めたのだが、彼は森に入り、弓や罠を使って小型の獣を狩ってはその肉をベーラに食べさせた。彼は見る見る内に元気になっていった。

 それを見て、より一層の奮起をして父親は、狩りに出かけた。今にして思えば、彼は調子に乗ってしまったのだろう。

 父親が帰ってこなくなったとベーラが聞かされたのは、彼が快癒した頃だったと言う。

 それ以来、ベーラは父が死んだのは自分の所為だと、己を責めるようになったそうだ。

 

 ここまでの話を聞いて、ソーマはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。

「そういえば、この村ではどうやって魔獣から身を守っているんです?」

 それを聞いた村長は、袋に入った大量の薬剤を倉庫から出してきて見せてくれた。

「御納めの対価として、貴族様方が置いて行ってくださるお薬でございます。これを村の周りに撒いて、魔獣除けとしています」

(複数種の魔獣の忌避物質を調合した獣除剤(リペレント)か・・・・・・だが、これは興奮している魔獣には効かないはずだぞ)

 案の定、森の魔獣同士の戦闘の結果、獲物を追いかけてきたり、逆に追いかけられて恐慌状態になった魔獣が、村に侵入してくることはたまにあるそうだ。

 過去にそういった個体に畑を踏み荒らされた事もあった・・・・・・場合によっては家屋を破壊されて死傷者を出すことも。

 この話を聞いて、ウブイルはショックを受けた。

 自分達上街の人間が、巨大な防壁と幻獣騎士によるぶ厚い防衛線に守られてぬくぬくと暮らしている内に、彼ら下村の人間がここまで酷な生活をしていたとは・・・・・・想像が及んでいなかった。

(貧しいと話には聞いていたが、ここまで過酷だったとは・・・・・・しかし、下村の防衛はルーベル氏族も担ってくれているはず・・・・・・いや、そうだな。連中が律儀に我々との約定を、守ってくれるはずが無いよな)

 虫けら同然と看做している小鬼族(ゴブリン)が何人死のうとも、連中は頓着するまい。まじめに防衛などしてくれるはずが無い。

 そして、彼らの暮らしに無関心であったのは、自分達貴族とて同じなのだ。

 幻獣騎士の数が少なく、下村の防衛に当たらせられるほどの数がないにしても、ここまでの無関心と放置が、過酷な状況に彼らを追いやってしまったのだ。

 ソーマは村長の話から、この村の現状と、ベーラの今回の行動が単なる好奇心による物では無いことを知った。

 彼は現状を変えるための“力”が欲しかったのだろう。その“力”として幻獣騎士を選んだ。発想は安直で幼稚かもしれないが、その思いは切実だ。

「ねぇ、ベーラ君。君は今でも幻獣騎士に乗ってみたいって思ってる?」

 ソーマは、尋ねた。一度事故を起こしているが、それでも彼が乗ってみたいと今でも思っているのなら・・・・・・

「・・・・・・はい」

 彼に力を与えてみようと。

「そっか。じゃあ、騎操士目指してみる?やる気があるなら、俺が魔法も教えるよ」

 しばしの沈黙の後、

「「ハァァ!?」」

 村長とウブイルの奇声が唱和する。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい、ソーマ。騎操士は貴族の仕事で・・・・・・」

「わ、わ、我々下村の民が許されるものでは・・・・・・」

「二人とも、驚くのも仕方ないかもしれませんが、落ち着いてください」

 流石にいきなりこんな話をするのは、早すぎたかもしれないなと、ソーマは少し反省する。

 ベーラもまさか貴族から、騎操士になることに肯定的な発言を聞けるとは思っていなかったのだろう。驚愕に眼を見開いている。

 彼は順当に説明をしていくことにした。

「まず、ベーラ君はさっきも言ったように、ろくな教育も受けていないのに、いきなり操縦席に座って、幻獣騎士の魔導演算機と魔力転換炉を起動させました。これは相当な先天的魔法の才能がなければ、不可能な芸当といえます。こんな稀有な才を腐らせるのは、小鬼族にとって損失でしょう。せめて魔法を教えるぐらいは、しておきたいと思いました」

 だが、だからといって、貴族の特権と言われている騎操士になる事を、下村の住民に勧める発言は軽率であると、ウブイルは言いたげだ。村長も似たような気持ちだろう。

 幻獣騎士の生産台数は限られている。この操縦席に座る資格を、貴族達は虎視眈々と狙ってきたのだ。そこに下村の住民が参入する余地など無いはずなのだ。

 もし、仮にそれが認められても、上街と下村の間に深刻な対立が起こりかねない。いくらなんでもそんな事が認められるはずが無い。

 みんなのその認識は正しかった。“幻獣騎士開発にソーマが介入するまでは”

「詳しくは機密ゆえに申し上げられませんが、今後幻獣騎士の生産台数は加速度的に増えていくことになるでしょう。機体の数が増えれば、当然その乗り手を探す必要に駆られる訳ですから、今の内に人材を育てておく事は大事なことですよね?」

「ま、待ちなさい。どれだけ数が増えるのか知らんが、上街の騎操士候補生の数だって相当なものだぞ?椅子が余ることなんてあるはずが・・・・・・」

「それが従来の10倍近い生産効率で動力炉が増産できるとしても、ですか?」

 トンデモ無い数字を聞いて、口角泡を飛ばすウブイル。

「じゅ、じゅ、じゅ、10倍!?あ、ありえない、何かの間違いではないのか!?」

「まあ、あくまで上がったのは、“動力炉の生産効率”ですので、それを納める機体側の生産能が追いつかないでしょう。資源の量も相当必要になるから、今後は幻獣騎士の生産台数はそちらで決まることになるでしょうねぇ。まあ何にせよ、ボトルネックになっていた技術のブレイクスルーが果たされそうなので、今までの常識で考えちゃダメですよ」

 この言葉にウブイルは、今までの人生の中で、同僚から奪うようにして騎士の座を勝ち得た競争の日々は、何だったのだろう?という脱力感に支配され、白眼を剥いた。

 父親が度重なる常識ブレイクにグロッキー状態になっている間に、ソーマはベーラに更に問いかける。

「ベーラ君、年は幾つ?」

「こ、今年で10歳になります」

「俺の1つ下か・・・・・・じゃあ、魔法の習得にはまだ十分間に合うよ。四則演算や読み書きは出来る?」

「お、お祖父ちゃんに少し教えてもらってます」

「さすが村長のお孫さんだね。じゃあ、勉強をする下地は整ってるわけだ。君さえよければ、魔法の勉強を暇なときに教えてあげるよ。どうする?」

「・・・・・・お願い、してもいいですか?」

「よし、じゃあ、決まりだね!早速、今日から始めてしまおう!」

 村長が止める暇もなく話がトントン拍子で決まってしまい、これで良いのかとウブイルの方を伺っても、彼は心ここにあらずといった様子で。

 仕方が無いので、村長は楽しげに孫と戯れている貴族の少年に、ベーラの魔法教育を委ねることにした。

 

 

 

 

 

 ソーマ・ソリフガエが下村の住民と交流を行っている頃のことである。

「作業員の諸君。始めてくれたまえ」

 拡声器(スピーカー)から響く王の声に従って、幾人もの職人達が、ここ上街の秘密地下工場において“とある技術試験”を行っていた。

「すごい。あんなに硬かったのに、“これ”を使ったらこんなに自由自在に捏ね回す事ができるなんて!」

「これが今まで秘伝とされてきた精霊銀(ミスリル)なのか・・・・・・不思議な金属だ」

「これが魔力転換炉や魔力増幅器の製造に関わる特殊金属・・・・・・これなら確かに今まで王族方にしか生産できなかったというのも頷ける話だ」

 思い思いに感想を述べながら、自分達に開示された金属をまるで子供が粘土遊びをするように捏ね繰り回す作業員達。

 彼らは全員、徒人とドワーフの技術者だ。精霊銀を扱えるはずの無い人種なのだ。

 であるにも関わらず、いとも容易く精霊銀を加工して、様々な形に成型していく職人達の姿は、本来ならありえるはずの無い光景。

 そんな光景を、天井に設置された眼球水晶から届く映像を通して、確認したオベロン。

 彼は幾つもの機械に囲まれたまるで幻獣騎士の操縦席のような部屋で、新技術に関する思いに耽っていた。

(あぁ、本当にできてしまった・・・・・・“徒人にも精霊銀加工を可能にするシステム”が。これで私も重責の一つから解放される・・・・・・)

 その顔には安堵の表情が浮かんでおり、今まで背負わされていた重荷の一つを肩代わりしてくれるパートナーが現れたかのようだった。

 

 事の起こりは2年前にさかのぼる。

 

「めんどくさくありませんか?精霊銀加工って」

 ある日、ソーマが洩らした言葉に、オベロンは情けない思いを抱いた。

「なんだね?もう疲れたのかい?君が魔力の供給元にしている、そのお馬さんはまだ元気そうじゃないか。魔術演算領域(マギウス・サーキット)の演算能力は使えば使うほど上がっていくよ。もっと頑張りなさい」

 この魔法を使いながら、精霊銀に圧力を与えると、そこからこの金属は可塑性を高めていき、まるで粘土のように自由に加工が出来る様になる。

 加工魔法は体内に触媒結晶を持っている生物でなければ、使用しても意味がない。人間やドワーフのように、杖がないと魔法が使えない種族では“手に纏わせるように”この魔法を使うことは出来ないから。

 だからこそ、同じことの出来る夢魔族(インキュバス)である自分が工員として重用されているのだ。それはソーマにも解る。

「しかし、いくらなんでもこれを何十回と繰り返すのは、肉体的・精神的な疲労が凄まじいですよ。オベロンも先王陛下や先王妃様も、よく耐えられましたね」

「父も母も、2、300年ほど前からこの作業には関われなくなってね。それ以後はずっと私一人で作業してきたよ」

「ひ、1人でですか!?2、300年もの間!?政務の傍らに!?」

「そうだとも。いや~、君が魔力増幅器を創ってくれて助かった。魔力転換炉に比べて作りが簡単だから、大分負担が軽くなったよ」

 事も無げにそう語るオベロンだが、自動車のエンジンのような複雑な機械である魔力転換炉だ。

 これをたった一人の王族が、街にある幻獣騎士に使われている分を、百年以上の長い時の間、造り続けて来たというのだ。元々森伐遠征軍で運用されていた幻晶騎士の炉も流用されているとは言えども。

 いくら周りに補佐する人間がいるとは言えども、政務をこなしながらであることを考えれば、その負担はソーマの前世、地球の日本に多く存在したブラック企業に匹敵する・・・・・・時には凌駕するほどの激務だったに違いない。それを数百年間だ。

 その労苦を思って、ソーマは絶句した。普通に考えれば精神がおかしくなる。

(なんて事だ。幻獣騎士の中枢部が、“家内制手工業”で生産されていたなんて。それもオベロンたった一人の手でとは・・・・・・ブラックってレベルじゃねぇぞ!)

「何だい?ソーマ君。今更怖気づいたのかい?言っておくが、逃がしはしないからね?やっと作業を手伝ってくれる人材にめぐり合えたんだ・・・・・・街の貴族達にせっつかれて、達成しなくちゃいけないノルマに喘いでいた私に、やっと差し込んできた希望の光なんだよ?君は」

 その疲れた笑みの中に宿る“凄み”にやや気圧されるソーマ。それは地球において、納期に追われて馬車馬の如き働きを強いられてきた、技術職(エンジニア)の眼。亡者のような怖ろしさを宿した瞳であった。

 ここに来てようやくソーマはとんでもない“沼”に引き擦り込まれた事に気付いた。

 冗談ではない。せっかく自分専用の幻獣騎士を造れたのだ。

 それを自由に乗り回すだけの訓練も終えて、やっと騎操士になれたのに、こんなブラックな職場に引き擦り込まれるなんて。

 これから楽しいロボット操縦ライフが始まると思ってたのに、これでは操縦する時間など確保できそうにないではないか。あんまりだ!

 ソーマは内心そう思っていた。

 魔力転換炉・魔力増幅器の構造を仔細に渡って検証する良い機会ではあったので、その場は素直に従った。

 だが、その心の内は“いかにしてこの面倒な作業から逃れるか”という思考に費やされていたのだ。

 ついでに言えば、“世話になったオベロンの負担を軽くしてあげたいな”という気持ちもちょっぴり混ざっていたりする。

 

 それから数ヶ月の後、

 

「オベロン!ちょっとご覧いただきたいものがあるんですけど!」

 その日、彼の執務室にソーマが入ってきた。その顔は上気しており、まるで素敵な宝物でも見つけた子供のようであった。

 彼がこういう顔をしているときは、大抵ろくでもない展開が待っている、と思っていたオベロンは最大限の警戒を払う。

「何だね?いきなり。今は書類作業中なんだが・・・・・・」

 憮然とした表情でこう返す。

「では書類作業が終わりましたら、是非とも作業部屋にお越しください。陛下に見ていただきたい、驚きの発見があったんです!」

 オベロンは話だけでも聞いてあげようと思った。

 だが、もしくだらない事だったらお仕置きをくれてやろう。そうだな、数ヶ月ぐらい愛機への搭乗を禁じれば、反省して大人しくしてくれるかもしれない。

 そう考えてほくそ笑む彼だったが、城の地下にある作業部屋に入った瞬間、その顔は怪訝なものに変わった。

「な、なぁ、ここどこなんだ?なんでこんな所に俺なんかを・・・・・・へ、陛下!?何故こんな所に!?な、なぁどういうことなんだよ桃姫ぇ!?」

 作業部屋にソーマが引き連れてきたのは、幻獣騎士カマドウマを手がけたドワーフの職人の一人、ダンクル・チャトグターだった。

 あれからも、彼はソーマの行う様々な実験的技術開発に付き合わされていた。犠牲者の一人である。

 ダンクルは知らない部屋に連れ込まれて、なおかつオベロンの御前に引き連れられて、大いに当惑していた。これが一般的なこの街の住人の反応である。ソーマが色々とおかしいのだ。

「説明は後!主任。これ握ってくれる?」

「お、おぅ・・・・・・」

 ソーマが渡した物を、訳もわからずにダンクルは力一杯握り締める。

 その物体は、さしたる抵抗もなくグニャグニャと変形した。然もありなん、ドワーフは魔法能力は人間に劣る傾向にあるが、その分筋力は人間やアールヴと比較して高い傾向にある。こんな“粘土のような物質”は握りつぶせないほうがおかしいのだ。

「なぁ、これがどうしたって言うんだ?俺達ドワーフの力なんて、陛下は良くご存知だろうに・・・・・・陛下、一体どうなされたんです?」

 オベロンの顔は、驚愕で固まっていた。

 その視線の先には、ダンクルの掌で力無く握りつぶされた“精霊銀の塊”があった。

 彼のこの時の胸中には「ありえない」という思いのみが支配していた。

「主任。ありがとう。おかげでオベロンに素敵なサプライズを披露できたよ」

 呆けているオベロンを尻目に、ソーマはダンクルの背中を部屋の扉に向けて押す。

「な、なぁ、真剣(マジ)にどういうことだってばよ!?」

「まあまあ、機密に関わるから、今日の所は一旦帰って。ね? 許可が下りたら何時か教えてあげるからさ」

 ソーマはダンクルを部屋から追い出して、懐から“手間賃 兼 口止め料”を渡して彼を帰した。

 クルリと素晴らしい笑顔で振り返ったソーマは、オベロンに対してこの手品の“種明かし”を始める。

 彼の手には、先程のダンクルが嵌めていた白い手袋があった。

「さて、説明させていただきますね。これこそが今回オベロンに見ていただきたかった新発明、触媒作業手(マニシング・グローブ)です!」

 ソーマが明かした手品の種はこうだ。

 魔絹(マギシルク)を用意し、そこに細かく加工した触媒結晶を編みこみ、手袋の形に縫製する。言わば“手袋の形をした杖”とするわけだ。

 これをダンクルが嵌めた状態で、ソーマが手袋から伸びた糸を握って、精霊銀の加工用の魔法術式を流し込めば、手袋は魔法を纏った状態になり、擬似的にアールヴや夢魔族と同じ能力を装着者に再現させる事ができる。

 これだけなら、ただ単に作業者と演算担当が別たれるだけになるが、どうやらこの手袋、複数人に装着させて同時に魔法を流し込んでも、機能を発揮するらしい。

「つまり、今まで家内制手工業でしかなかった精霊銀加工を、工場制手工業(マニュファクチュア)にしてしまえるという事です」

 魔力転換炉や魔力増幅器にはこれに加えて、生命の詩(ライフソング)拡大術式(アンプリファー)の魔法術式を精霊銀製の筐体に“鋳込む”作業が必要なのだが、これもやり方次第では、この手法で大幅な効率化が可能であろう。

 大人数の触媒作業手に魔法を流し込むのには、膨大な魔力と演算能力が必要になるため、魔力増幅器と魔導演算機によるブーストを駆ける必要があるが、その先にあるのは・・・・・・。

「これまででは考えられないほどの高効率化が図れますよ、陛下!」

 ハイテンションに捲くし立てるソーマの語る内容に、オベロンは天に昇るような気持ちになった。

 魔法演算の手間は残るが、単位時間当たりに可能な作業が大幅に増える事になるので、ソーマやオベロンに掛かる負担が劇的に減る。手作業については徒人やドワーフの職人に手順を教えて任せれば、完全に解放される。

 それだけではない。生産数も増やせる。まさにそれは革命であった。

 これまでの激務による負担から解放される。その喜びで、オベロンはただただ静かに涙した。

 

 更に1年と数ヶ月の時が流れて、やっと触媒作業手による工場制手工業は、試験的な稼動に漕ぎ付ける事ができた。

 

「これで私の負担も大幅に軽減されるはず。本当に感謝しきりだよ、彼には」

 しみじみと呟くオベロンの見つめる先には、幻像投影機(ホロモニター)に映った、ズラリと並んだ大量の魔力増幅器の筐体。

 まだ術式を鋳込んでいない形だけの筐体だが、いずれは作業員達と共同でこれらを機能する製品に仕立てる予定だ。

 このシステムが完成すれば、もうソーマの手を借りずとも、魔力増幅器の大量生産が行える。

 この所、彼を自由に行動させていたのは、こういった背景もあったわけだ。 

「これで私の生活にも、大分余裕が出来る!今まで時間が無くて出来なかったけれど、趣味でも始めてみようかな?」

 オベロンはとても朗らかな表情でこれからの事を考えるのであった。

 

 だが、喜びに満ちている彼に再び胃痛を齎すような事態が進行していたことを、オベロンは知る由も無い。




原作のエル君のやってる幻晶甲冑による魔力転換炉の製造法って、工夫すればこういうことも出来そうですよね。
でもやらないのは、多分森都への配慮からなんだろうなぁw 悪くすると森都に大量の求職者が発生するほどのリストラの嵐が・・・・・・収拾付かなくなるw オベロンたちしかいないからこそ取れる選択ですよこれw

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