あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~   作:あるすとろめりあ改

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この小説において前もって宣言しておきたいのは

全年齢対象です。ご安心を。




011 窮鼠猫を噛むって言うけど、僕がネズミだったら食べられて終わってしまうかもしれない

「それで、その……彼女にチャンスを与えてあげたいと思って…………」

 

 

 僕は珍しく両親が揃った食卓で説得にかかった。

 つまり、彼女が学会で発表できる機会を設けて欲しいというお願いだ。

 学会はそこに所属する学会員で無ければ発表の場は無く、基本的に学会員や参加企業からの推薦状が無ければ新たに学会員になる事も出来ない。

 なので宇宙工学系の学会員である両親に彼女を推薦して貰えたらな、と思ったのだが……

 

 

「…………」

「…………」

「な、何?二人して笑って……?」

 

 

 話した途端、両親はこんな風にお互いを見合って、最初は驚いた顔をしていたと思ったらニヤニヤと怪しく笑いだした。

 何事だろうと窺うが、相変わらず笑みを崩そうとしない。

 

 

「だって、ねえ、春香さん?」

「ねえ、哲雄さん?」

 

「まさか、幸太郎が女の子の話をするなんて!」

 

 

 …………何だって?

 

 

「だって幸太郎、今まで学校の事だって碌に話さなかったじゃない!」

「そうそう、友達の話も殆ど聞いたこと無いしね」

 

 

 だって友達いないんだもん……

 それに、そもそも二人と会うのだって週に一度あるかないかだから学校の事を話す機会が無いだけ……の、筈。

 だから別に、何か特別な話では無いのだけれども。

 

 

「ねえねえ!その子、篠ノ之さんってどんな子なの?」

「どんなって……ちょっと変わり者で、人付き合いが苦手で、あと頭が凄く良くて……」

「へー、まるで幸太郎を女の子にしたみたいだね」

 

 

 失礼な、僕の方がもう少しだけマシだと思う。

 いや、でも……客観的な立場から見られたらどうなんだ?

 やっぱり大差無く見えるのかな?うーん……

 

 

「それで……その子とは付き合ってるの?」

「…………はあ?」

 

 

 付き合ってる?

 誰が、誰と?

 まさか彼女と、篠ノ之束と僕とが?

 そんな、何を、どうして、ありえない!

 

 

「無い無い!絶対にありえない、そんなの!」

「ほほぅ……」

「な、何さ父さん……?」

 

 

 まさか、父さんまで母さんの悪ノリに乗っかると言うのだろうか?

 なんて事を、そんな不毛な……幾ら問い詰めても何も収穫の無い話なのに?!

 

 

「そこまでムキになるのは、少なくとも脈アリって事だね?」

「あらあら……詳しく教えて欲しいわね?」

「…………はぁ」

 

 

 どうしてこうなった?

 僕は、ただ彼女が学会に参加出来ないかと頼んだだけだったなに、何がどうして僕が彼女を好きか否かって話になってしまうんだ?

 

 

「まあ安心してよ、学会の方は何とかしよう」

「でも、それとこれとは話が別よ」

「えぇ……」

「さあ、キリキリ話しなさい!」

 

 

 結局、僕は両親が納得するまで小一時間、その事で問い詰められる事になった。

 心も身体も疲れきった僕はその日、部屋に戻るとベッドにダイブしてそのまま眠ってしまった。

 おのれ、何で僕がこんな目に……なんて呪詛を心に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

「漸く、明日か……」

 

 

 両親に頼み込んでから暫く時が経ち、参加出来る学会の日程も決まり、それも明日に控えている。

 僕は彼女の論文の手直しをしたり、発表用の原稿作りを手伝ったりと、本業(アイアンマン)の方に集中できない状況になっていたので、合間を縫う形で今日もMark.2の調整を行なっていた。

 

 

「結局、空冷式で落ち着いちゃったな……」

『熱交換器を導入した事で熱暴走を防ぎ、安定性を高める事に成功しました』

「大気圏内ではこれをスタンダードにした方が良いかな」

 

 

 今回は、高高度にある冷たい空気をインテークから取り込んでエンジンを冷却する手法を選択したが、水冷式を諦めた訳では無い。

 例えば大気の無い宇宙では、推進剤も兼ねて液化気体を使いたいものだ。

 以前に思案した液体水素も、酸素が殆ど無い宇宙空間なら爆発の危険性も少ないし……いずれ、その時に検討する事としよう。

 

 

「マイクロミサイル、肩部小型キャノン、フレア……メーティス、動作に異常は?」

『チェック……異常なし、全ての機能が正常に稼働しています』

「よし、一先ずはこれでMark.2が完成だな……」

 

 

 Mark.1ではリパルサー・レイ以外に武装が無く、不覚を取ってしまった経験を糧に幾つか見直しも行った。

 基本的な見た目は映画のマーク2とほぼ同じだが、武装はマーク3を参考にして豊富にしてある。

 非殺傷用の武器も相変わらず装備していて、肩部小型キャノンには麻酔弾も装填する事が可能で、当たれば屈強な男でも一瞬で眠りについてしまうだろう。

 

 他にも設計を0から白紙に戻して行い、配線や構造の見直しで小型化と軽量化にも成功。

 装甲材は変わらずSNCM(ニッケルクロムモリブデン合金)を使用している為に銀色のままだが、実は軍事衛星にも使われるゴールドチタン合金が少量だが手に入ったので、重要部分から置換を始める予定だ。

 

 

「…………」

 

 

 さて、ISの学会発表を後押ししてしまってから僕はある事に関して考えざるを得なくなってきていた。

 それはつまり、アイアンマンの公表と技術公開である。

 

 アークリアクターによる半永久的なエネルギー供給、鋼鉄の装甲を物ともしない高出力レーザー砲、圧倒的な小型化かつ戦闘機を超える速さを導き出す高性能ジェットエンジン、戦車をも破壊するマイクロミサイル…………

 アイアンマンの公開は、戦争の火種になりかねない。

 だから、今まではアイアンマンスーツを公開する気なんてさらさら無かった。

 

 だが……

 

 

「メーティス、計測してくれ」

『計測……血中の毒素は34%です』

「おっと……危ないな」

 

 

 僕は机の引き出しにしまった箱から中に入った注射器を取り出す。

 それをすっかりと慣れた手付きで左腕の静脈に、打ち込んだ。

 

 

『濃度は18%に下降しました』

「…………ふうっ」

 

 

 確実に死の足音は近づいている。

 対症療法は行なっているが、根治しなければいずれは本当に、死ぬ。

 何せこの世界にヴィブラニウムが存在する可能性は極めて0に近いのだから…………考えながら特製クロロフィルジュースを飲んで、あまりの不味さに泣きそうになった。

 

 更に、彼女の造ったISの性能を間近で見たから、というのもある。

 彼女はISを世間に公開したいと言うのだから、その意思を尊重するつもりだ。

 しかし……ISもまた、本来の目的と異なり兵器転用される物も少なからず出て来るかもしれない。

 その時、もしもコアの量産が困難であるISを、一部の先進国が占有してしまったら?

 良くて第二次冷戦、最悪の場合は核よりも明確な脅威として管理社会的ディストピアが構築される可能性だって…………

 

 

『二酸化リチウムは根本的治療に成り得ません』

「わかってる」

『それに、二酸化リチウムは本来人体に有害です。現在は少量ですが、いずれ耐性が出来て量が増えればマスターは二重の毒で苦しむことに……』

「わかってる!」

 

 

 だからこそ、世界に対症療法(アイアンマン)を遺していかなければならないのではないか?

 そう、頻りに考えるようになってしまっていた。

 

 既にその為の対策は考えている。

 公開するアークリアクターに、特定の周波数から定められたデータが送信されるとその核融合活動のいっさいを停止する機構を開発中だ。

 これはコミック版のトニーもアイアンマンの技術が悪用されない様に似たような事をやっていて、それを参考にした。

 つまり、安全装置。

 

 

「ハッ……あはははははは!!」

『マスター……?どうなさいましたか?』

「これが笑わずにいられるか!」

 

 

 映画トニー=スタークは自身の死期を悟り、友人のローディにマーク2を渡した。

 それも、下手な芝居をうってまで。

 僕がやろうとしているのは、つまりはそれと同じことだ。

 まさか、アイアンマンの模倣に飽き足らずにそんな処まで真似する事になるとは……

 

 

「はぁ……もっと器用にやれていればなぁ」

『笑い出したかと思えば、落ち込んで、マスターは情緒不安定なようです』

「情緒不安定にもなるさ、そりゃ……」

『今日は明日に備えて寝ることを提案します』

「……そうだね」

 

 

 結局、問題を先送りにしてしまった様な気分だったが、眼を瞑ればあっという間に睡魔に敗北してしまった。

 

 

 

 

 

 

「なあ、大丈夫だよな……どこも可笑しく無いよな?」

「ああ問題無いよ、僕も原稿を書くのを手伝ったけど、コア以外の事なら理解出来たからね」

「それ、アイアンマンを造れる人に言われても気休めにもならないんだけど?」

 

 

 そして夜が明けて翌日、僕たちは最寄りの国立大学のキャンパスにまで来ていた。

 つまり此処が学会の開かれる場所で、彼女にとっての正念場だ。

 

 

「ほら、見てみてよ哲雄さん……」

「うーん、これは間違いないね……」

 

 

 ちょっと、父さんも母さんもまだその話題を引きずってたの……?

 ただアドバイスと、応援をしているだけじゃないか、僕は。

 

 と、気がつけばそれなりの時間が経過していた。

 

 

「束ちゃんは関係者入り口から入って裏の待機室で呼び出しがあるまで待っていてね?」

「はい…………」

「私たちは企業枠で取った最前列で拝聴するとしよう」

 

 

 次に会うのは彼女の出番を迎えて壇上に登る時だ。

 彼女なら大丈夫だと思うが、その緊張の気持ちも痛く理解できた。

 と言うか、僕の方が緊張しているかもしれない。

 

 

「えっと、その……頑張って!」

 

 

 だからだろうか、月並みで気休めみたいな言葉しか出てこない。

 何か気の利いた言葉を伝えようとして、逆に空回りしてしまっている感じだ。

 何とももどかしくて、どうしたものかと口ごもんでいると

 

 

「終わったらさ……」

「ん?」

「この前のアレで、何かご褒美を貰おうかな」

「アレって……アレか」

 

 

 ちょっとした諍いの中で言い訳するみたいに「何でもするから」と言ってしまったこと。

 もう数ヶ月前の事なのに、めざとく覚えていたらしい。

 

 

「わかったよ、何でもドンと来い」

「フフン、じゃあ何が来るか楽しみにしてるんだね!」

「その言い方……怖いじゃないか……」

 

 

 そして彼女は、舞台の袖へ悠々と歩みだして行った。

 

 

 

 

 

 

 宇宙工学でもそれなりに幅を利かせている倉持重工も参加する学会と言うだけあって、そこに名前を連ねるのは錚々たるその分野の第一人者と言われる者たちだった。

 しかし、最前列という特等席でその発表を聞いていたが、何処かで聞いた事のある物ばかりで、少し眠くなってしまう。

 それもその筈で、僕の頭の中にある知識は文字通り未来に生きていて、似た様な内容は既に見たり聞いたりしているようだ。

 

 それでも何とか耐え切って、休憩もはさんで4時間、漸くその時が訪れた。

 

 

「続きまして篠ノ之束さん、本日は倉持重工さんからの推薦で参加します。テーマは“次世代の宇宙開発・開拓を目的としたマルチプラットフォームな汎用パワードスーツ“です、壇上へどうぞ」

 

 

 弱冠14歳の少女が壇上に登ると、比較的静かだった会場は一気に

(ざわ)めいた。

 まさかこんな幼い少女が現れるとは露とも思っていなかった様で、皆が一様に面喰らった顔をしている。

 

 

「それでは、私の開発致しましたInfinite Stratosについて説明させて頂きます──」

 

 

 そして、始まった。

 

 まずはISの目的や機能の説明から始まり、実際どの様な動きをするのかを図と映像を駆使して解説する。

 慣性制御機構や荷電粒子砲など、それだけで一つのテーマになってしまいそうな物は別紙に纏めてあるのでスルー。

 まあ、大事な所はISコアに依存した部分をどの様に使える機能として発現させたのかという部分なので、そこが発表の主軸になった。

 

 まさに世界の常識をぶち壊すような新事実のオンパレードに、聴衆たちは付いていけていない様子だ。

 無理もないかもしれない、教授やら博士号を持つ者の発表よりも十歩も二十歩も先を行く内容なのだから。

 

 長かったような、短かったような彼女の発表も終わり、質疑応答の時間を迎えた。

 

 

「それでは質疑応答に入らせて頂きます……はい、加藤教授どうぞ」

「うむ……篠ノ之束くん、と言ったかな?」

「……はい」

「私から一つ忠告させて貰うとすれば……学会とは、子供が妄想を披露する場所では無い」

 

「は?」

 

 

 あの白髪な爺は、今なんて言っただろうか?

 自分の耳が信じられなくて、素っ頓狂な声が出て漏れてしまう。

 

 

「君の語る、パワードスーツは確かに夢がある……だがしかし、とても科学的とは呼べない、まるでお伽話なようであった」

 

 

 何とか某という教授の言葉に、周囲も大きく同調するように頷いている。

 今の発表を、まさかまともに聞いていなかったのだろうか?

 

 

「しかし面白い発想ではあった。慣性を止めたり物質を量子に変換しよう等とは誰もが思いつかないだろうしね。これからはきちんと勉強して、将来は科学の道を志して欲しい。私達は未来の科学者の夢に拍手を贈ろうではないか」

 

 

 途端に巻き起こる、盛大な拍手。

 

 何だ、何が、どうなってそうなった?

 慣性が制御されていた事は、映像を観るだけでも解るし詳細なデータも纏めてあるだろう?

 量子変換だって、既存の量子コンピュータの技術の謂わば応用に過ぎない。

 

 それが、否定された。

 まるで今まで話した事が妄想だと言わんばかりに。

 

 意味が解らない。

 何故、精査せず、考えもしないで嘘だと断じる事が出来る?

 子供だからか?理解が及ばないからか?最初から聴く気なんてなかったからか?

 

 

「次は、槌浜テックさん」

「いや、素晴らしい発表だと思いました。特にCGの出来に関しては、私も同様のソフトを使って再現出来るか解らない程にまで描写されていたのには素直に脱帽しました」

 

 

 CG?

 いま、CGとか抜かしたか?おい?

 

 

「ふっざ──」

「幸太郎!」

「駄目!気持ちは解るけど抑えて!」

 

 

 今にも殴りかかりそうな様子の僕を、父さんと母さんは必死に抑えた。

 それで、僅かにだけ冷静になったが心の中は気持ち悪い感情で渦巻いたままだ。

 

 理解出来ないからと言って、お化けやUFOみたいに扱われるのは、ISを近くで見てきた僕にも度し難い物だった。

 それが、開発者で生みの親である彼女にしてみれば、それ以上のショックを受けているに違いない。

 

 怒りが湧いた。

 こんなに感情が揺らぐのは生まれて初めてかもしれない。

 

 何よりも、この場で発言権の無い自分に、憤りを。

 

 

「女の子しか変身出来ないというのも可愛らしい。まるで魔法少女みたいで、良いと思いますよ?」

 

 

 こんなに煽られても彼女は無表情で。

 

 僕は何も出来なくて。

 

 

「ぐっ……ぅ」

 

 

 僕の口唇からは、血が滴り落ちていた。

 

 

 

 

 

 家に着くまで、両親の運転する車の中での彼女は終始無言だった。

 その表情は死んでいて、何を考えているのかも判らず。

 僕も怒りに震えていて何も言うことが出来なくて。

 

 そのまま、神社の前で降りて家へと入っていった。

 

 何か言えれば良いのにと思っても、励ましてはいけない気がして……

 僕もまた、家に帰った。

 

 

「正直に言おう……父さんにも、束ちゃんの言った事が殆ど解らなかった」

「……!」

「良く出来てるロボットアニメの設定を聞いている様な……そんな気分だったよ」

「私も、未知の単語が溢れる程に出てきて、殆ど解らなかった……」

「そう……」

 

 

 解らないからって、何だと言うのか。

 あんな決めつけた言い方で、まるで大義はコッチにあると言わんばかりの言い掛かりだった。

 解らないのならば、解らないと言えばいいのに……

 

 

「大人はね……プライドが高いだけで自分の理解が及ばない物を受け入れることが出来ないの」

「うん、だから解らないものを恐怖に感じて……拒絶するんだ」

「…………うん」

 

 

 それが解るから何も言えなくて。

 怖くて、悲しくて、苦しくて、結局グチャグチャしてて……

 俯いたまま瞳に溜まった涙を床に溢す事しか出来なかった。

 

 

「……父さんが親バカって言うのもあるかも知れないけど、客観的にみて幸太郎は天才だと思う。だから、束ちゃんの言葉も幸太郎には解ったんだろ?」

「……うん」

「きっと、今の束ちゃんを解ってあげられるのも幸太郎だけだと思う……」

「そうかな……」

 

 

 そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。

 だけど明日になったら、会いに行こうと思う。

 

 今、どんな顔をしているかもわからない篠ノ之束に…………

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝になってから飛び出す様に家を出て篠ノ之神社に爆走した。

 全力全開、いつだか彼女に測って貰った時には時速50kmを叩き出していたというスピードで。

 文字通り風の如く駆けて、やっぱり直ぐに辿り着い。

 

 

「朝早くからすみません!」

 

 

 一瞬だけ躊躇ったが、意を決してインターホンを鳴らす。

 暫くして出て来たのは女性……彼女の母親だった。

 

 

「あら……幸太郎くん」

「おはようございます。あの……」

「…………束は、また何時もの場所に、逃げるみたいに行ってしまって……」

「…………」

 

 

 何かしら思う所があって、家族と顔を合わせられなかったのだろうか。

 でも何となく、予想通りではあった。

 

 

「……あのね、ちょっと良いかしら?」

「?はい、大丈夫です」

「あの子……束とはね、ちょっと事情があって幼い頃から私達はちゃんと向き合う事が出来なくて……だから、今も面と向かって話す事が上手く出来ないの」

「…………」

「そのせいかしら、コミュニケーションも苦手で友達も出来なくて……でもあの子、幸太郎くんのことは私達に話してくれたの」

「え…………?」

「怒ったり、笑ったり……私達に表情や感情を見せてくれたのも幸太郎くんについて話している時だけだった……今は少し、他の事も話してくれる様になったんだけどね?」

「そ、そうなんですか」

 

 

 いや、だから……何なんだろう、その期待の篭った様な眼は。

 (うち)の両親といい、彼女の母親といい…………見当違いに妙な勘繰りが過ぎるような気がするのだけれども。

 

 

「…………今のあの子が何かに悩んでいて、打ち明けてくれるのは私達じゃなくて、きっと幸太郎くんだけだと思うの」

「…………」

「だから、お願い……束の事を宜しく頼むわ」

「え……あっ!頭を下げないでください!」

 

 

 そう言って、頭まで下げられてしまう。

 僕はそんな大それた事をしたつもりは無い。

 ただ……自分の感情の赴くままに、素直に接しただけに過ぎないのに。

 

 

「兎に角……会ってみます」

「ええ、お願いね……」

 

 

 見送られて、そのまま例の小屋へ目掛けて再び駆け出す。

 幸いな事に合言葉は以前に教えられた物と変わらず、唱えるとエレベーターが起動した。

 降りること数分、地下のラボに辿り着く。

 

 

「おーい……?」

 

 

 ラボは電灯が点いておらず、暗闇と静寂で支配されていた。

 遠くに漏れる空中浮遊型タッチパネルの光だけを頼りに、ラボの奥へと目指す。

 床は相変わらず散らかっていて、視界が闇で制限された中でお菓子の食べ残しや棄てられた廃材を何度か踏みつけてしまう。

 それでも進んで、漸く見つけた。

 

 奥のベッドで、枕に顔を押し付けてうつ伏せに寝ている。

 そっと近づいて、声を掛けた。

 

 

「起きてるか……?」

「…………」

「もう、朝だぞ……」

「来たんだ……、お前」

 

 

 枕に呟かれくぐもった声がしんとした部屋に不思議と響いた。

 何故かドキっとして、少しだけたじろいでしまう。

 

 

「そりゃあ、来るさ……」

「何?慰めに来たの?」

「…………」

 

 

 本当に、何て言えば良いのだろうか。

 月並みに残念だったとか、気にするなとか、そんな言葉を言っても神経を逆撫でするだけな気がして、さてどうしたものかと。

 

 少し考えて、様子を伺う様な言葉遣いで語り掛ける事にした。

 

 

「様子を見に来た、って言うのが実際の所かな……」

「私が落ち込んでるだろうから、って?」

「さあ……どうしてるのか気になったんだ。なんて言うかな、危うかったからさ」

 

 

 逃げる様に、かと言って遠ざけようともしない微妙な距離感。

 近づく事も離れる事もなく、曖昧な言葉が宙に浮かんでは消えて行く。

 

 

「危うい……ハンっ、危ういね……」

「顔が死んでた。何も感情が篭もってなくて、何時もよりも何を考えてるのかサッパリだったよ」

「…………じゃあ、私が今、なに考えてるか解る?」

 

 

 ゆっくりと、焦らす様に彼女は起き上がる。

 灯りの無い曖昧な視界の中で、着崩された白いパジャマが見えた。

 ボタンも上の方は殆どしめられて無くて……臆病なぼくは視線を上にズラす。

 

 彼女の顔は、幾分か今まで通りに近づいていた。

 それでも……違う。

 何かが確実に、抜け落ちている。

 

 

「……悔しい?」

「それもある」

「…………悲しい」

「うん、それも」

「腹立たしい、憤り」

「そうだね」

「殺意……」

「おおいにある」

「…………」

「他は?」

「寂しい」

「そう、…………それだ」

 

 

 首だけ項垂れ、膝に抱えていた枕に顔を埋めた。

 その姿には独りだけ世界に取り残された様な、そんな悲壮感が漂っている様に見える。

 

 思わず、その肩に手を置いてしまう。

 それを彼女は、冷たい手で握り返してきた。

 

 

「なんでだろうなぁ……」

「…………」

「何がいけなかったんだろうなぁ……?」

「君じゃないさ、聴いていた……聴けなかった周りが……」

 

 

 結局、自然と慰めの言葉が出てしまう。

 気づいた時には遅かった。

 もう飛び出していて、戻す事は出来ない。

 

 

「…………ねぇ」

「なんだい……?」

「約束さ、違っちゃったけど……良い?」

 

 

 約束。

 あの、「何でも」の事だろう。

 断る気にもなれなくて

 

 やっぱり軽はずみに、言ってしまう。

 

 

「……じゃあ、今回はカウントなしだ」

「へぇ……?」

「次回に持ち越しだ……次の、時に……約束を守れよ」

 

 

 何の、とは言わない。

 言ってから少し後悔する。

 カウントのことじゃなくて、言葉の選び方に。

 

 

「そっかぁ、じゃあ……お願いしよっかなぁ」

「ああ……何でも」

「何でも…………何でも、ねぇ」

 

 

 顔を枕から離して、漸く笑ってみせた。

 

 その声は、その笑顔は、妙に妖艶で。

 僕は恐怖さえ感じた。

 

 

「じゃあさ……キスしてよ」

「は────?」

 

 

 何か、言葉を返す間も無かった。

 呆けたままの僕の両肩を掴むと、そのままグイっと引っ張って。

 そのまま、僕を抱き込むみたいな形のまま、ぐるっと回転に巻き込まれてしまう。

 

 気がつけば僕の背にはベッドがあって、僕の前には顔があった。

 

 つまり、彼女は僕を押し倒している。ベッドに。

 

 

「何でもって、言ったよね?」

「あ、いや……そうだけど……?!」

「うーん……キスだけじゃ、勿体ないか」

 

 

 考える様に顔は虚空を見上げて……でもすぐに思いついたみたいで僕の顔を再びジッと見つめる。

 

 

「今から暫く、私の言う事を聞いて?」

 

 

 とても甘ったるい声で

 

 僕はもう、何がなんだか解らなくなってきて

 

 

「何でもするって、言ったよね?」




圧倒的なまでに全年齢対象。
どうあがいても全年齢対象。
やったぜこれは全年齢対象。
誰がどう見ても全年齢対象。
これは心が躍る全年齢対象。

次回もこのまま全年齢対象。
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