あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
「なんだよ、あれ……?!」
襲撃者は、メカのケンタウロスとでも言うべき存在だった。
大きさは5,6m程とまるで住宅が動き出しているかの様な重圧感を与え、下半身には戦車のソレを巨大化させたようなキャタピラを履き、上半身はSFや特撮ドラマに出てくるロボットの如く人を模した形状になっている。
両腕にはガトリングガンが添え木の様に装備され、背中から肩にかけては戦車の主砲と思わしき砲身の二門が片方ずつに、そして胸部や腰部にはミサイルの発射台が計6基が供えられている。
戦車にしても矢鱈と過剰な……陸上から
と言うか、普通の銃器を握れそうには到底思えない巨大なマニピュレーターが存在する意義とは何なんだろうか?
『あー、やっぱりアジア人は顔の区別がつかねえなぁ…………』
内部からマイクを通してだろうか、ロボット戦車からはアクターがヴィラン役を意識して演じたかの様な声色の低い底冷えしそうな男の声が発せられ、大通りに響いた。
『まっ、だったら全員仕留めちまえば同じかっ!』
「そんな馬鹿な…………!」
こちらの文句なんてまさか聞いている筈もなく、ロボット戦車は肩のキャノン砲を僕たちが乗っていたバスへと銃口向けて、ロックオンしてしまう。
「や、ば──」
バスの周辺には、まだ逃げ遅れた生徒がいた。
このままでは確実に、ミサイルはバスに着弾して破片が彼ら彼女らの命を奪うだろう。
しかも、先ほどの爆発を見るに徹甲弾では無く炸薬弾の可能性がある。
もしもそうだったら、破片だけでなく気化したガソリンに引火、大爆発を起こしかねない。
「仕方がない……悪く思うなよ!」
「────えっ?」
「死ぬよりはマシだろう、痛みは一瞬だ!」
意を決した様に織斑さんは戸惑う生徒の言葉を余所に、クラスメイトの制服を掴むと歩道に設置されていたオープンカフェに向けて投げ込んでしまった。
まさか人間を投げたとは思えない程、綺麗な軌道を描きながらパラソルのある所へと落下していく。
そんな調子で何人も次々と投げてしまうが、コントロールに狂いは無さそうだ。
柔らかめに投げた事が幸いしてか、パラソルがクッションになって衝撃を殺した後に目下のテーブルへ落ち、大きな怪我も見られない。
「えっ、ちょ…………ちーちゃん、もしや私もぉ?」
「当たり前だっ!」
「あーれー」
少し投げやりな言葉で、織斑さんは彼女も放り投げてしまう。
ただ、彼女の人並み外れた身体能力のお陰だろうか、他のクラスメイト達とは異なり空中で一回転すると綺麗にバランスを取って着地していた。
さあ、次は僕の番だと言わんばかりに此方を睨みつけるが────
「いかん、間に合わん」
「え、嘘っ」
既に時間切れのご様子で、ロボット戦車の砲門からは弾丸が発射されてしまう。
僕は咄嗟に抱えていたスーツケーツを盾みたいに前に転がし、身体は崩れる様にしゃがんでその物陰に隠れた。
瞬間、バスは爆発、大炎上する。
「うああああっ!?」
破片や爆発自体はスーツケースが防いでくれたが、衝撃波までは避けられず僕は吹き飛ばされる。
そのまま投げ飛ばされる様に歩道に落下するが、剣術の鍛練を行なっていたお陰か受け身を取り、負傷する事は無かった。
余所見してみると織斑さんは跳躍していて、車の上を八艘飛びの要領で爆発から逃れた様だ。
「あっ……!」
爆発の衝撃で、僕は思わずスーツケースを手放してしまう。
幸い、変な所に転がったりはしていないが、少しばかり距離がある。
飛び付いて回収するには車という防護壁の無い場所を駆け抜けなければならない……!
「あーっ、もう!世話の焼ける!」
しかしそんな僕の思いを知った事かと言わんばかりに彼女は飛び出した。
直ぐにスーツケースの落下点まで辿り着くと、そのまま拾い上げて此方に投げて寄越してくる。
「ナイススロー!」
スーツケースは上手い具合にキャスターの部分から接地し、車輪が転がりながら僕のいる場所まで滑り込んできた。
それをキャッチし、取っ手の部分に設けられた認証センサーに指を押し付け、待機状態を解除する。
起動が開始するとケースの一部が展開して、脚を差込めそうな空間が生じていく。
そう、つまりコレは
勿論このスーツのモデルはかのマーク5。
但し、問題としてあのアタッシュケース型の待機状態を再現できず、高さは80cm、横幅は50cmにまで大型化してしまった。
つまり、長期旅行に使われる一番大型の物とほぼ同等のサイズである。
「メーティス、アークリアクターを同期してくれ」
『イエス。出力サイクルの同期を開始します』
スーツケースの下っ腹を蹴り上げて右脚を突っ込むとケースは開いて内部に収納されていた装甲が露わになる。
中にある筒状のパーツに手を差し入れると手錠を嵌められた様に腕は固定され、その先にあるハンドルを握った。
そのまま腕を足から腰にかけて滑らせる様に持ち上げると下半身の装甲が装着され、次いでシャツを着る要領で上半身の装甲を被る。
後はハンドルを手放して両腕を左右に広げ、つまり大の字を作れば後はメーティスが補正してくれてスーツは自動で装着されていく。
「え……嘘っ?!」
「わあっ──アイアンマンだーっ!」
「うおおっ、社長マジかよ!?」
装甲は蛇腹の様に結合し形成され、最後に背中からアームの様に伸びたメットが装着されマスクを形成する。
同時にインターフェースがマスクのディスプレイに表示され、ぶっつけ本番の装着だったが問題は無さそうだ。
『Mark.5の起動を確認。システムオールグリーン』
「よし……!」
そう、Mark.5だ。
Mark.4の称号なんて量産型にくれてやる。
これはMark.5……誰がなんと言おうとⅤである。
「WHOOO! ironman!!」
「marvelous!」
「just go for it!」
クラスメイト達だけでなく、周りの市民達も歓声を送ってくる。
……いや、嬉しいけど危ないから逃げて貰いたいんだけどなぁ?
「何を見とれている!今すぐここから避難するんだ!束、お前は警察なり軍なりに連絡を入れろ!先生は生徒の誘導を!Hey guys! escape! scram! run for it!!」
僕の気持ちを察してくれてか、織斑さんは避難誘導を買って出てくれた。
周りにいたクラスメイトや野次馬達は織斑さんの剣幕におののいて蜘蛛の子を散らすみたいに逃げ出していく。
『おいおい、まさか本当にアイアンマンがお出ましになるとは思ってもみなかったぜ!』
「もしかして初めから僕が狙いだったのかい?」
『おうともさ!テメェには落とし前付けて貰らわねぇとな!』
残念ながら覚えが無い。
外国人に知り合いなんていないし、そもそも日本人でも知り合いなんて少ない方だ。
まあ……アイアンマンなんて代物を造ってしまったので見えない所で恨みの一つや二つくらい買ってるかもしれないけど。
「……メーティス、あのモンスターを解析してくれ」
『イエス。暫くお待ちください』
「さて……それじゃ、お仕置きを始めようじゃないか!」
Mark.5は携帯性を重視した都合上、装甲が既存のスーツよりも薄く、飛行機能も搭載されていない。
しかし、アタッシュケースのサイズにまで縮小出来なかったのを逆手に、映画のマーク5に比べて優れた点が幾つか存在する。
例えば足裏には熱核ジェットの代わりにリパルサーレイ・ユニットを搭載し、飛行は出来ないがジャンプするくらいは可能になっている。
だから、これを使えば5m位の高さだったら頭をぶん殴る事も出来る訳だ。
「ぅおりゃあっ!」
『おっ……?』
脚部のリパルサーレイでジャンプダッシュし、メカ戦車の頭の位置まで跳躍してから渾身の力でパンチを繰り出す。
ガキン!という弾ける音が響くが、メカ戦車は僅かに後退し頭部に拳の形をしたへこみを作ったのみで転倒もせず大きな損傷も見られない。
流石にキャタピラを履いてるだけあってバランス感覚が良く、更に鉄の塊とも言うべき重量のせいでダメージはあまり入らなかった様だ。
「…………効いてないか」
『ハハハ!パワーが違げぇんだよっ!!』
お返しとばかりにメカ戦車は両腕のガトリングを此方に向け、乱射してきた。
直ぐに回避行動を取るが、空に逃げることも出来ないので幾らか弾幕を喰らってしまう。
「おっ、おお…………っと!」
もう一つ、Mark.5の特徴として防弾性の上昇が挙げられる。
表面にある薄い金属の装甲の下にはヴィブラニウムを再現しようとして失敗して出来た炭素で金属分子を包み込んだ構造の特殊カーボンナノチューブで編み込んだ繊維装甲が張り巡らされていて、複合装甲の如く構造になっていた。
金属の装甲で受け止めて、例え貫通したとしてもカーボンの装甲が衝撃や熱を完全にシャットアウトする訳だ。
その防弾性は威力の高いガトリングや重機関銃の射撃も止めてしまう。
結果、Mark.5の装甲の表面には痛々しい弾痕が刻まれるが、中身の僕へのダメージは0だ。
『ちっ、弾切れか』
どうやら今のでガトリングを撃ち尽くした様で、メカ戦車の背中からアームが伸びるとマガジンの交換に掛かった。
「おっと、させないよ」
そんな隙を逃すまいと、リパルサーレイを補助アームに向かって発射する。
見事、アームに直撃してマガジンの給弾ユニットは詰まって使い物にならなくなった。
『こんのっ……!』
メカ戦車はガトリングを廃棄し、6基全ての発射管からミサイルを発射してきた。
「おおっと!」
それなりの至近距離から6発、一々狙いを定めていたら間に合わないので範囲の広いユニビームで一気に焼いてしまう。
携行出来る様なミサイルで徹甲弾なんて無い筈だから、衝撃を与えてしまえば被弾前に爆発する筈だ。
案の定、ミサイルは此方へ満足に接近する前にユニビームで一気に撃墜される。
『だったらコレはどうだよおっ!!』
「なっ…………ぅあああっ!?」
ミサイルの爆風の向こうから、メカ戦車は全速力で突進してきた。
思わず受け止めてしまったが、推定数百トンの重量が真っ正面からぶつかって来られては、軽量型のMark.5には些か荷が重い。
突き飛ばされこそしなかったものの、メカ戦車の動きを止める事は適わずに道路のアスファルトを砕きながらジリジリと押されていく。
「ぐっ、う、おおぉぉぉ…………っ!」
『マスター。危険です、このままでは確実に押しつぶされます』
「だろう、ねぇ…………!」
マスクにもパワーアシストに過度な負荷が強いられている事を告げる警告で真っ赤に染まっている。
ここは、取り敢えず脚のリパルサーレイで離脱を……!
『逃がすかよっ!』
「うわあっ!?」
しかし、ジャンプをした瞬間にメカ戦車の長い腕でガッチリと掴まれてしまった。
マニピュレーターの力は想像以上に強く、振り解こうともがくが一向に逃げられそうに無い。
そしてそのまま、握り潰さんと更に力を込めてくる!
「ぅぐああああああっ!!」
『ひゃははは!潰れろ潰れろおっ!!』
Mark.5の薄い装甲が半端ない圧力によってひしゃげていくのがディスプレイのステータスを見ずとも解る。
このままでは、そう遠くない将来にMark.5どころか僕の骨や内臓も潰れてしまうだろう。
何か手段を講じなければと考えるが、激痛で思考がノイズが走るみたいに麻痺してしまっていた。
「…………せいっ!」
その時、織斑さんの声が短く聞こえた様な気がした。
『何じゃこりゃあっ!?』
霞む視界の中で見えたのは、メカ戦車の右腕に円形の何かが突き刺さっている光景。
良く見れば、マンホールの蓋の様だ。
…………まさか、投げたと言うのか?フリスビーみたいに?
何はともあれ、そのお陰で拘束力が弱まり、幾らか隙が生まれた。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「メーティス!取っておきのだ!」
『しかし、一度しか使えませんよ?』
「エリクサーじゃないんだから使ってなんぼだろ!早くしろ!」
使用に確認を取るのは良いが『宜しいですか?』とか短く聞けば良いのに、緊急事態に限ってこのAIはふざけてくる。
それでも反応の即応性は高くて、一瞬で肩の装甲の一部をパージするとそこからパーツが迫り出す。
出て来たのはレーザー。
それも只のレーザーでは無く、戦車だろうが軍艦だろうが容易く切断してしまうようなペタワットの出力を持つ、言わば必殺技だ。
見るからに重装甲であるメカ戦車にも効果があったようで、両腕の接合部は一瞬で融解し、拘束も解かれた。
しかしこのペタワットレーザー、惜しむらくは……一回しか使えない使い切りタイプであること。
そこまで再現しなくて良い?いや、後付けだからアークリアクターとの配線を通し忘れていただけである。
「ぐううっ……メーティス!弱点になりそうなのは何処だ!」
『腰部にコクピットがあります。胸部のこの部分を破壊すればハッチの開閉機能が誤作動する筈です』
言われたとおり、胸部を目指して再び脚部のリパルサーレイでジャンプし、メカ戦車に取り付く。
亀裂が入って視界の悪いディスプレイに表示されたポイントの部分を全力で殴り、僅かに開いた穴の部分に手の平を押し付ける。
そしてそのままリパルサーレイをお見舞いすれば…………メーティスの見立て通り、腰部のハッチが勝手に開いた。
「げえっ!嘘だろっ!?」
「ところがぎっちょん!本当なんだよっ!!」
座っていた白人のおっさんの服を掴み、地面に投げ飛ばしてやる。
メカ戦車は操縦士を失った事で沈黙し、おっさんは「ぐえっ」なんて力の無い声を出して道路に落ちた。落としてやった。
「はあっ、はあっ、はあっ…………ああっ」
事が片づいた事に安堵し、メカ戦車に体重を預けながら力無く崩していく。
疲れたし、痛いし、熱いし…………もう、最悪だった。
「よう、大丈夫か?」
「…………マスクを叩くな、響くから」
機を見計らった様に彼女は近付いてきて、ドアでもノックするみたいにマスクを叩いてくる。
…………ここ、メカ戦車の中腹だから3mぐらいあるのに軽くジャンプしてこなかった?
ああ、いや、何時もの事か。
「全く、無茶しちゃってさ…………」
「必要な無茶だったろ?」
壊れて使い物にならなくなったマスクだけでもと思って、無理やり外す。
中を覗いてみると……クッションの部分が赤くなっていた。
やっぱり出血しているようだ。
「あーあ……結構パックリいってるよ?」
「痛……っ、触るなよ。……だからって舐めるな、しみるっ!」
何だか、少しホッとした。
こうしてると終わったんだな、という実感が湧いてきて…………何だか落ち着く。
溜め息をついてると、漸く聞き慣れないサイレンの音が近づいてきた。
「おいおい今頃かよ……しかも市警って、ナメ過ぎじゃない?」
「これでも早く来たんだろ……多分」
そう言えば、本当に今更だがこんな巨体、どっから来たんだろうか?
巨体過ぎて道路を三車線くらい占領してるし、空から降下させたらこの重量だから地震でも起きている筈だ。
近くが幅の広いイースト川だと言ったって橋が邪魔で通れる訳が無い。
だったら…………どうやって?
「…………量子変換?」
ふと、そんなワードが浮かんだ。
メカ戦車がISだとは言わないが、もしも運び役をISが務めていたとして、現地で開けて組み立てをしたとすれば?
確か最近、先進国の幾つかでは遂にISの試作機が完成したとかニュースでも報道していたし…………
「まさか、ね」
「あん?何がだよ」
「いいや、何でも無いさ…………」
そんな恐ろしい事は無いと、信じたい。
「……疲れた?」
「ああ、もう眠りたいくらいだね」
「
「そうだね……じゃあ、お言葉に甘えて」
考えるのも疲れちゃって、彼女の膝を枕に僕は昼寝をする事にした。
アイアンマンって実は判定勝ちの方が多いよね。
人間は普通、人を数十m先まで投げ飛ばすなんて出来ません。
生身だったら主人公や束さんにだってそんなの無理。
次回、実に5年間頑張ってくれた○がリストラされます。