あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
お待たせしました。
顎を引いて胸の方を見れば、胸の真ん中から黒くて太いコードが伸びているのが見える。
コードの先を視線で追うと、机の上のアークリアクターに繋がっている様だ。
つい先日まで僕の胸に収まっていたそれは……篠ノ之束という少女によって抉り取られてしまっていた……!
いや、病原というかこれ以上体内に留まっていたら本当に死にかねないので当たり前の行為なんだけれどもね。
「それで……これから何が始まるんだい?」
「心臓移植手術だよ」
そう言って、彼女はこれ見よがしに心臓の形とは程遠い随分とメタリックな人工心臓と称する機械を僕に見せ付けてくる。
考えてみればこれだけのサイズで身体中に血流を送るって現代医学にも喧嘩売ってる様な……それこそ今更か。
「待って……アークリアクターを入れ替えるだけじゃないのか?!」
「お前はアークリアクターのパラジウムが……って見立てだけど、人工心臓の方に問題が無いとは言い切れないだろ?」
「え……いや、それは確かに解らないけど……」
「いっそのこと、心臓の方もアップグレードしちゃえば一石二鳥だろ。私も色々と試してみたいし」
「おい、僕は実験台か?」
さらっと凄い事を言ってくるが彼女の眼は真剣そのものだったし、此方も5年間も黙っていたという負債があるので強い事は言えない。
案の定、話してればこんな事にはならなかったじゃ無いかとこっ酷く叱られてしまったし……
「まあ悪い事でもないさ。材質もチタンより安全みたいだし、念の為にバッテリーも搭載したから緊急事態でも丸一日は活動できる様になる」
「へえ、それじゃ万が一があってもこんな風にはならない訳だ」
胸の孔から伸びるコードを少し外側に引っ張りながら呟く。
と言うか、このコードの感触といい太さといい……夢で見た光景と妙にそっくりだ。
「こら、触るな」
「はい……」
「それじゃ、先に心臓を入れ替えるからな」
「あれ、アークリアクターは?折角作ったのに」
「ISコアを人の身体の中に入れるとか想像もした事なかったからな……安全性も解んないしテストが終わるまで待ってろ」
「えー、でも……」
「文句言うな。ISコアは金属じゃないんだから、人体にどう作用するかも未知数だし……2,3日はそのままかな」
ISコアがアークリアクターに適合すると聞いて即行で作ったので、取り換えるだけだと思っていたが……どうやらそう簡単には問屋が卸さない様だ。
部屋に縛られて拘束される訳でもないし……少々遺憾だが、背に腹は変えられない。
3日か……まあ、大丈夫だとは思うが。
「さてと……オペレーション・アーム、起動」
「うわっ」
彼女の呼び掛けに応えてロボットアームが彼女の背中から生えてきた。まるでドクター・オクトパスみたいに…………
もしくはアイアン・スパイダーマン。つまり、自由自在に動く機械の腕が四本ほど伸びている。
どういう仕組みなんだろうか……その機構について尋ねたいが、今はそれどころじゃないか。
「……なんか、ちょっと怖いな」
「安心しろ、私が作った」
なら安心だ。安全…………か?
「それじゃ麻酔するからなー」
「はいよ……」
今度は何処から頂いて来たのか、手術器具が辺り一面に並べられるとロボットアームによって麻酔用のマスクが装着させられた。
中から何か気体が出てきて……目を瞑っていると、やがて眠くなり意識は────
◯
「……今、何時だ?」
「…………ふぴぃ」
「寝てる……?」
声を掛けるが、妙にかわいい声が漏れてくるだけで反応は無かった。
彼女は僕の右腕を枕に、涎を垂れ流しながら中腰になって寝ている様だ。
凄く疲れそうな体勢だが……しかし、それ以上に疲れたのだろう。今は、そっとしておく。
『只今の時刻は午前7時03分です』
「日付け、変わっちゃったか……」
『10時間17分に及ぶ大手術でしたが、無事に成功しました』
「それじゃあ眠くなるのも無理はないな」
以前は完全に意識が無かったので知るよしも無いが、心臓の手術となればやはり長丁場になるのだろう。
それを専門家でもないのに一人でやってのけたのだから……その疲労は想像もつかない。
これは、また貸りが出来てしまった。何らかの形で労わるとしよう。
「…………ふぅん」
気になって胸を見てみれば……やはりアークリアクターは無く、代わりにカバーが孔を塞いでいる。
指で押してみると僅かにカバーが奥へと引っ込んで開き、離せばまた孔が塞がる仕組みの様だ。
まるでゲーム機のカセットスロットみたいだな、なんて考えながら枕元に置かれている眼鏡を取って、掛けた。
「メーティス、心臓のモニタリングは出来てるか?」
『イエス。心拍数70bpm。血圧103/66mmhg。心電図波形正常です』
「……なんだか変な感覚だな、アークリアクターが無いって言うのも」
5年間の日常だった物が無くなると妙な喪失感に襲われる。
まあ、近い将来に再び戻ってくるのだが……
『現在、ISコアを用いたアークリアクターの解析は17%まで完了しています』
「え、メーティスがやっているのか?」
『イエス。束さまに命じられましたので』
「待て……命令権を移すのは僕に何かが起こった時、緊急事態に限るって設定したよな?」
『命令された時にマスターは全身麻酔で仮死状態に陥っていましたので、束さまに命令権は委譲されていました』
「こ、この屁理屈……!」
溜め息をついてみるが、どうしようも無い。
逞しく育ったメーティスに心の中で憤慨しながら、気を取り直して僕の右腕を抱えたまま目を覚ます様子も無い彼女に視線を移す。
何となく、特に考えも無く無意識に頭を撫でてみた。
少し反応があった様にも見えたが……しかし、眼は開かない。
「…………ちょっと、ごめんな」
「んー……っ」
辺りを見渡してみれば、手術に用いられたと思われる薬剤や器具が散らかりっぱなしになっていた。
このまま枕に徹しているのも悪くは無かったが、彼女にはベッドできちんと横になって貰いたかったのと、すっかりと習慣づいてしまった片付け癖が刺激されてしまった。なので、掃除をしようと思う。
絡みついた腕を丁寧に外して、頭を丁寧に支えながら身体を持ち上げてしまう。
結構軽いんだな……なんて感想は秘めながら、入れ替わる形でベッドに寝かせる。
「さて、取り敢えず器具は一箇所に纏めて、薬品はどうしようかな……」
『感染廃棄物になるので白い廃棄ボックスに処分してください。鋭利な物は黄色、固形物は橙、液体物は赤色です』
「ああ、これ……バイオハザードマークだっけ」
メーティスに言われるがままにゴミを分別していく。
5年前にもやった筈だが、生憎と忘れていた。
まあ日常生活で全く役に立たない知識だし……まさか再びやる事になるなんて思っても見なかった。
しかし、本当に様々な道具や薬品が使われていて、良くもまあ医師免許も無いのに完璧にこなしたものだと感心してしまう。
「何これ、牛乳みたい」
『プロポフォールですね。未使用みたいなのでそれは処分しなくても良いでしょう』
「へえ……これが全身麻酔なんだ」
『マイケルジャクソンの死因の一つとも言われ、有名です』
「そうなの!?」
何だかんだやり取りしながらプラスチックケースの蓋を締め切り、掃除を終わらせる。
気付けば、時刻は8時を回っていた。
「ふぁああ……」
「あ、起きた?」
「んー……おはよー……」
如何にも寝惚けた調子で彼女がベッドから起き上がる。
しかし疲労はかなりのものらしく、うつらうつらとしていて歩みも覚束ない。
転ぶんじゃないかと思って、おもわず手を遠目に出しながら見守ってしまう。
「お腹空いたー……」
「そっか、じゃあ家の方に行く?」
「んー、行く……」
「じゃあ、行こうか」
「おんぶ」
「え……?」
「おんぶしろーぃ……」
「…………はいはい」
こちらとしては恩もあるしで、多少の我が儘くらい仕方ないか、と。
身体を屈めて、飛び込んでくる彼女を背中で受け止めた。
「それじゃあ行きますか、お姫様?」
「…………くー」
「あらら」
起きたと思ったら寝てるよ、この人。
◯
「おはようございます」
「あら幸太郎くん、おはよう」
おぶったまま家を訪ねると、彼女の母親が出迎えてくれた。
初めは、こうやって顔を出すのは気が引けると言うか気恥ずかしさがあったのだが、今ではどうにも慣れてきてしまっている。
「ほら、着いたぞ。座れって」
「うーい……」
「そうだ、幸太郎くんもご飯食べていって頂戴?」
「え、いや悪いですよ」
「いいのいいの、
「えっと、でしたら何か手伝わせてください」
「大丈夫よ、もう殆ど出来てるから」
「…………」
にべもない。というのとは、ちょっと違うか。
取り敢えず、やる事も無いので今にも崩れそうなこの寝坊助さんを支えておく。
篠ノ之家は“らしい”と言うか、純和風の床の間だから当たり前なのだが座布団には背もたれがない。放っておくと崩れる。
しかも卓に突っ伏してくれればまだ良いのに頑なに背中側へと倒れようとしてくる。絶対に態とだろ。
「あっ、お兄さんおはようございます」
「ああ箒ちゃん、おはよう」
何とか前方へ傾斜させようと悪戦苦闘してると居間に箒ちゃんがやってきた。
丁度良い、この役目を代わってくれないだろうか。駄目?そう……
「今日はいらしてたんですね」
「うん、ちょっと用があってね……ついつい朝食までご相伴に与ることになっちゃって」
「あ、でしたらお兄さんのお椀とお箸を用意しますね!」
そう言えば、気が付いた頃には箒ちゃんからの呼ばれ方も「こうにーちゃん」から「お兄さん」に変わっていた。
前者では恥ずかしいから、との事だけど気がつけば箒ちゃんと一夏くんも小学四年生なのだから口調に変化が表れても何もおかしい事はない。
しかしアレだな「お兄さん」だと何だか「お姉ちゃん」の対義語というか類義語みたいな感じがする様な……
気が付いたらこの家に僕専用の食器とか布団が備え付けられてる時点で手遅れな気もするけど。
「皆おはよう。おや、幸太郎くんも来ていたのか」
「あ……っ、柳韻さん、お邪魔しています」
最後に柳韻さんも加わって篠ノ之家が一堂に会する事になった。余計なのが一人混じってるけど。
別に悪いことをしている訳でも無いのに言葉が詰まり、臆してしまう。
怖いとも違う、どちらかと言えば気まずい感じの……何だろうか、上手く言葉で言えないが。
「うん……その“柳韻さん”というのも何だかな。もっと他の呼び方は無いか?」
「す、すみません……」
「どうせなら“お義父さん”と呼んでくれないか?」
「え──?」
「貴方、あんまり幸太郎くんを苛めないであげてね」
反応に困っていると、見かねてか助け船が颯爽と出航してきた。
ホッとしてそちらに視線を移すが、しかしその顔はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべていて……
「せめて卒業するまでは待ってあげないと」
「ああ、そうだな」
「式は教会ですか?それとも
駄目だ。もう既に完全に包囲されてしまっている。
無駄な抵抗は止めなさいって?別に抵抗しているつもりは無いんだけどね……押す力の強さに驚いてるだけで。
「束と幸太郎くんは放っておいても大丈夫だろうけど、箒もちゃんと準備するのよ?」
「う、うん!」
「何かあるんですか?」
「ええ、今日は一夏くんとデートするのよね?」
「へー……箒ちゃんが一夏くんとデートかぁ」
「で、デートと言うか遊びに行くと言うか、ですね……!」
二人だけで行くのならどの様な形式でも往々にしてデートと呼ばれるものだと思うが、流石に未だ小学生なだけあってその辺りは初心な様子だ。
これが一夏くんに聞いたら……特に動揺する事もなく笑顔で「デートだよ」と言ってのけそうだが。
でも邪険に扱うことは無いだろう。恋慕かは兎も角、一夏くんも箒ちゃんには好意を抱いているみたいだし。
と言うか、矛先が別の方向へと向かったのでこれ幸いと箒ちゃんに擦り付けたいだけです。
恨むのなら君らの行いの悪さを呪うがいい。君はいい妹分であったが君の家族がいけないのだよ。
「でも、そんなこと言いながらしっかりおめかししちゃうんだよねー、箒ちゃん?」
「お、お姉ちゃんっ!」
「あーはっはっ、嘘は言ってないもーん」
「…………起きてるなら僕を背もたれにしないでちゃんと座ってくれないかな?」
「……ぐー、ぐー」
「こら、絶対に狸寝入りでしょ」
胸にポッカリと物理的に穴が開いてしまってはいるが……何だかんだ、何時も通りを過ごす事が出来ている。
むしろその分の重さが除かれて気持ちも少し楽になったような気さえして────
ああ、生きてるんだなって実感も湧いて。それで、どれだけ追い詰められていたのかも再認識させられてしまう。
「後で話あるから」
「うん、わかってる」
そう、話さなければいけない。
今まで秘めていた分を曝け出して、隠していた物を明かす。
それもまた、感謝の形の一つであると信じて。
〇
「黙って勝手に死にそうになってて、その上に自分が死んだ後の事も全部を私に押し付けようとしていた……そういう事?」
「まあ……そう、だね。うん」
「ふざけんな」
セーターの襟首を掴み取られ、グイっと力強く引き寄せられる。
それに抵抗することなんて出来なくて、為されるがままに彼女の顔を見つめることしか出来ない。
「それが、格好いいとか勘違いしてた?」
「違っ……解らなかったんだよ。どうすれば良いのか、混乱して、でも何とかしなくちゃいけない気がして…………」
「…………それで?」
「色々試して、でも何をしても駄目で……話すことも考えた。だけど、君に迷惑を掛けるかもしれないって考えたら……結局言えなくなったんだ」
「迷惑?今更そんなことぐらいで?」
「…………心臓の事もあったから、君が必要以上に重く受け止めるかもしれないって思っちゃって。それに自分で何とか出来るかもしれないって今にしたら甘い見積もりだったけど、本気でそう考えていたから────」
「だから──ふざけんなよっ!!」
般若みたいな、本気の怒りと剣幕で睨みつけられた。
思わず後ろにたじろいで、背中は壁にぶつかってしまう。
そのまま両肩を掴まえられたかと思ったら、握り潰さんと言わんばかりの力で追い打ち気味に壁に押し付けられる。
「私が、なんでこんなに怒ってるのか解るか?!」
「それは……心配、させたから」
「そうだよ!なんでこんなに私が心配してんのか、それ解ってる!?」
鬼気迫る勢いで、畳み掛けてくる。
質問に対して……僕は臆してしまう。意味が解らないとかではなく、言葉が出て来なかったから。
「良いか、まどろっこしい事は抜きにハッキリ言うぞ!私はな、お前が好きなんだよ!倉持幸太郎がっ、好きだから心配になるんだよ!!」
「っ────」
実は、予想外だった。
今ここで、彼女の口からそんな言葉が出てくるなんて。
僕はどんな顔をしているだろうか?しかし、鏡は手元に無い。
「好きだから、その人が苦しい顔してるのは辛いし、相談せずに隠し事されるのは死ぬほど嫌だ。何より突き離す様な態度を取られたときは心が引き裂かれるかと思った!!」
吐露された言葉を、受け止める。
つまりそれは、色んな意味で告白だった。
彼女の心の中にだけあった言葉が、僕の鼓膜を伝って響いていく。
「もう、止めてよこんなの……死のうなんてしないでよ……私を、独りにしないでよぉ…………っ!!」
「…………ごめん。本当に、ごめん」
ただ、ただ謝る。心から。
本当に自分が不甲斐なくて、どうしようもなかった。
そっと肩を抱いて。俯き、震える彼女を支える。
「ああ、そうだ…………僕が間違ってた」
「…………っ」
「僕は臆病だったんだ。伝えたら君が、束がどうなるか分からなくて……」
「馬鹿……この馬鹿やろうっ、大馬鹿!」
「……うん、本当に馬鹿だった」
僕の胸に顔を押し付けてきて。泣いていた。
全部が、ぶつかってくる。
自分の過ちが言葉で、感情で、行動で、締め付けられてしまう。
「だけど……一つだけ、言い訳をさせて欲しい」
「…………なに?」
「僕が隠してて、伝えられなかったのは嫌いだとかそういう事じゃなくて、君が…………その、つまり……大切だったからで、だから怖かったんだ」
「……」
「だから、えっと…………ああっ、そうだよ。僕は……僕も篠ノ之束が好きだ。大好きだよっ────!」
言ってから、恥ずかしくなって視線を上に逸らす。
後悔はしてない。だけど、顔が火照るのが自分でも分かってしまう。
随分と勢いに任せて…………もしかしたら、穴が空いたからかもしれない。
アレは僕を生かすと共に命を蝕んで、そして心も塞ぎ留めていたのかもしれない。なんて。
「何だよ、それ」
「…………そっちが言ったのに、言わないのはナシだろ……」
「馬鹿……本当に、ばぁーか」
笑顔の癖に。
お腹を、軽く殴られた。
『現在、リアクターの解析は43per…………ミュート。消灯』
何時ものパターンなら、このまま少し年月が飛んで物語が無理矢理にでも進展したりします。
何時もパターンだったら。