あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
「…………」
昼間の陽光では白く照らされていた氷山が闇夜の中では黒く沈んでいた。
対照的に上空は、清純な空気が織りなす透明なキャンバスに彩られた星空のミルキーウェイが幻想的に広がっている。
もしもその光景を空から見渡せるのならば、思わず溜息が漏れてしまうだろう。
しかし……そんな特等席にいながらも無感情に暗闇に潜む様にして突き進む者がいた。
光と闇のコントラストで染められた空に溶け込む様な燻んだ色のIS、パイロットは唯、黙々と前を見据えるだけ。
だけれどそれは、仕方のない事なのかもしれない。
彼女の眼は…………光が喪われていたのだから。
「目標地点、確認」
ISにはハイパーセンサーと呼ばれる機能が搭載されている。
操縦者の視界を360度まで拡げ、リミッターを解除してしまえば遥か遠く隣の惑星の微細物さえも捉えるISの眼とも言うべき代物。
それを、技術転用してISを身につけていない生身の人間でも擬似的に能力を再現しようというプロジェクトが嘗てのドイツではあった。
しかし、そう言った最新技術には臨床試験という物が必要となる。
その白羽の矢が立ったのが、生まれながらにして実験を宿命とされてきた彼女だったのだ。
結果は──不適合。彼女の視界は暴走した。
科学の発展に犠牲は付き物です。等と数々の人生を壊したマッドサイエンティストもまたドイツの人間だったか。
成功の為の布石、彼女の両眼の犠牲を糧にして
「敵機確認されず。フェイズ2へ移行」
そんな彼女の眼の代わりを務めたのは、皮肉にもISのハイパーセンサーだった。
黒く塗りつぶされた世界の代わりに光を捉え、擬似神経パイパスを介して脳へ直接視界を届けている。
だからこそ彼女は、こうして“任務”をこなす事が出来るのだ。
「…………?」
仮初めの眼が、ハイパーセンサーが何かを捉えた。
高速で飛翔する飛行物体、目標地点の方角から音速を超えて接近してくる。
その正体を確かめようと視覚を動かして────
《────ぇぇえぃああっ!!》
「が、あっ──!?」
赤い流星が、装甲の比較的薄い腹部へストレートに突撃してきた。
認識が追いつかぬまま、黒いISは抱きつかれる様にして運び込まれていく。
◯
黒いISを抱える様にして目指した場所は、メーティスの見つけた廃工場。その屋根を突き破って、内部へ吶喊する。
かつて数多くの車を生産していたであろうその場所は、現在では破棄されていて周囲には住宅も人の気配も無かった。
戦闘による余波を考慮すれば、上出来なコロシアムと言えるだろう。
「グーテンターク、ボンソワール、ボナセーラ。スイスへようこそお嬢さん、パスポートはお持ちですか?」
瞬間、背中から大型機械に衝突して停止していたISが小銃を召喚すると、間髪入れずに発砲してきた。
反射的に腕のリパルサー・ユニットからジェットを噴射して後退しながら回避。
この程度の威力で直撃をもらった所で何ていう事は無かったが、当たらないに越したことは無い。
「君はトリガーが挨拶の国から来たのかい?! 随分と物騒だね!」
郷に入って来たのは向こうだが、ならば此方もその流儀に従う事にしよう。
手の平をISに向けて掲げ、リパルサー・レイで返答する。
しかし、折角の返答だったのに僕の挨拶はISのエネルギーバリアに阻まれてしまった。
「……」
「この挨拶はお気に召さない? だったら、こんなのは如何でしょうか、ね!」
今度は左手だけを前方に真っ直ぐ構え、HUDのシステムでしっかりと照準する。
肘の辺りに設けられたユニットが展開して、そこからマイクロミサイルの発射機構が曝け出された。
片腕に3発ずつ。その初弾を早速プレゼントしてあげる事にした。
リパルサー・システムによって推進するマイクロミサイル。
しかし、いざ着弾というタイミングの直前にISがまるで拒絶する様に手の平を差し出し、ミサイルを止めてしまう。
ミサイルが、静止した。何かのエネルギーに阻まれて空中で留められてしまっている。
「おいおい、挨拶はノーサンキューってこと? ……メーティス、あれは何だ?」
『該当する装備を検索します…………ヒットしました。類似する物としてドイツのAICが挙げられます』
「AIC?」
『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、停止結界とも称されます。PICの応用装置で能動的に運動エネルギーの慣性を停止する事が出来る様です』
「なるほど、だからミサイルの動きが止められたって訳か」
『イエス』
「だけど……可笑しくない? 何でドイツが開発したのに名称が英語なのかな、アクティブ・トレークハイト・シュトルニーレンじゃ駄目だったの?」
『……細かい事は気にしてはいけません。日本人だって横文字が大好きじゃないですか』
「全然違うと思うけど。まあ、いいか」
しかし、物体の慣性を停止するという性質である為、レーザーであるリパルサー・レイを止めるのは不可能な様子である。
確かに、先程もAICでは無くエネルギーバリアによって防がれていた。
「ところでメーティス、機体かパイロットの事は分からないのか?」
『データは意図的に抹消されています。パイロットの名前は不明。プロパティの残滓を参照した結果から、機体呼称はルーシィヒ・アイゼンシュロットと判明』
「えーと……アイゼンしか分からないな」
『訳するとすれば、“煤色の鉄くず”でしょうか』
「誰だよ、そんな愛の無い名前を付けたのは」
愛称でそんな名前が付けられるのならまだ分からないでも無かったが、正式名称?にそんな名前を与える神経には正気を疑ってしまう。
これは憶測でしか無いが、試作機の類であり、更に目論見通りにいかなかった失敗機なのではないだろうか?
「兎に角……拘束して話を聞けたらな」
『戦力は未知数です。警戒してください』
「分かってる、さ!」
少なくとも効果の見込まれるリパルサー・レイを今度は両手から発射する。
回避行動。幾らか着弾するが、エネルギーバリアのせいで痛手を与えられていない様だ。
そして遂に、敵も攻勢に打って出て来た。
「排除を優先…………っ!」
「おっ、とお!」
ルーシィヒ・アイゼンシュロットの両手に現れたのは、刃渡り数十cmの剣。
両刃と思われる西洋系のショートソードと分類される物に似た形状のソレを構えたかと思えば、その刃が熱を帯び赤く染まった。
ジェット推進によって一気に加速し、勢い良く振るってきた双剣を跳躍して回避する。
見れば、僕の背後にあった朽ちた工業機械は真っ二つに切断されてしまっていた。
「あれは……」
『プラズマブレードです。即座にMark.7の装甲が切断される事はありませんが、攻撃を受け続ければやがて融解します』
「それは、喜ばしくないね」
ISのエネルギーバリアに相当する防御機構の無いアイアンマンでは装甲で攻撃を受け止めるしか無い。
通常兵器であれば問題無いのだが、暮桜の超高周波振動ブレードや、眼前で構えられるプラズマブレードの様に切断に特化した武器とは相性が悪いのだ。
本来ならば距離を開けてミサイル等で攻撃するのが定石だろうがルーシィヒ・アイゼンシュロットのAICの前には無力。高威力レーザーであるユニビームも隙が大きすぎるので避けられて背後を突かれかねない。
そもそも広さが限定される廃工場を戦場にしてしまったので遠距離攻撃自体が不向きになっている。
「だったら、アプローチを変えるだけだ」
此方から近づくか、それとも相手の接近に対処するか。一瞬だけ熟考して、直ぐに後者を選択する事に決めた。
僕を、Mark.7を叩き切らんと再び高速で接近してくるルーシィヒ・アイゼンシュロット。
赤熱するプラズマの刃を──僕は受け止める。
「────!?」
「あ……やば、爪のままにしてたっけ?」
『新素材で遊ぶからです』
Mark.7の手首の辺りから武骨な金属色の爪が三対、両腕から伸びていた。
その爪の素材はヴィブラニウムを量産しようと実験を繰り返した過程で偶然に生まれたアダマンチウム。
装甲材として使うには些か重量が嵩んで実用に耐えなかったそれだが、試験的にMark.7では部分的に採用していたのだ。
…………いや、本来の仕様ではシルバーセンチュリオンことマーク33みたいに普通のブレードとして採用する予定だったんだよ?だけどさ、自分で名付けておいて何だけどアダマンチウムだよ?拳を握ったらシャキーン!って出てくる感じ、やってみたいじゃない。
はい、そうです。メーティスの言う通り遊びで作っておいて元のブレードに戻すのを忘れていました。
「だけど、まあ……このまま!」
爪と爪の間にプラズマブレードを引っ掛け、その刃を絡みとって固定してしまう。念の為にそのまま細い両腕もガッチリ掴んでしまった。
向こうも何とか引き抜こうとするが、アダマンチウムの強度とアイアンマンのパワーアシストの前では為す術もない。
動きを封じてそのまま……ユニビームをご馳走してあげる。
「ぐあ……っ!」
「まだまだ行くよ!」
「お、うっ……!?」
一発だけであれば、ユニビームと言えどもエネルギーバリアによって防がれて直撃を与える事は出来ない。
だけど、それが連発すれば?
二発、三発と相手を拘束してしまっているのを良いことに、ユニビームを連射してお見舞いする。
四発目、漸くシールド・エネルギーが尽きたのだろうか、エネルギーバリアに阻まれる様子も無く高圧縮レーザーはルーシィヒ・アイゼンシュロットに直撃した。
「あ…………あ、ああっ」
「おっと」
絶対防御が発動した筈ではあるが、パイロットにも手痛い一撃を与える事ができた様だ。
至近距離のユニビームが堪えたのかプラズマブレードを手放してしまい、膝を崩して倒れこんでしまう。
結局、少し驚かされたが苦戦らしい苦戦もなくアッサリと鎮めることが出来た。
「さて、どうしよっかな……こういうのってスイス当局に突き出した方が良いのかな?」
しかし、この下手人が亡国機業と関わっているとしたら、その情報を此方が得ることは出来なくなってしまう。
もしもインターネットに接続された機器に詳細な捜査情報や調書が保存されればメーティスが搾り上げてしまう事も出来るが……スイスの捜査機関の手法も知らないし、電子化されているかも定かではない。
だったら轡木さん達、S.H.I.E.L.D.に差し出してしまうのはどうだろうか。襲撃してきたISを退ける事は出来たがパイロットはステルス・モードで撤退してしまって……なんて言い訳の供述をすればスイス当局にバレる事は無さそうだが?
「とりあえず、ISが展開したままなのは不味いな……メーティス、解除って出来るか─────」
その時、異変が起きた。
沈黙をしていたとばかり思っていたパイロットが、ルーシィヒ・アイゼンシュロットが突如として坐したままビクン!と跳ねる様に動きだしたのだ。
警戒して、僕は一先ず後退。
まるでゾンビ映画みたいに、首や腕を下に垂らしがらユラリと不気味に立ち上がる。
「なんだ……?」
異変はそれで留まらない。
ルーシィヒ・アイゼンシュロットの全身から、黒い膿の様な物がスライムみたいに蠢いて全身を覆いつくした。
それは装甲を上塗りする様に敷き詰められ、尚もブヨブヨと揺れている。正直に言って、気持ち悪い。
ヘドロみたいに巻き付いたせいで、ルーシィヒ・アイゼンシュロットの大きさは一回り以上も巨体になっているようだ。
「お、おいおい……今度は何が起こった!?」
『これはもしや、流動性指向誘導型グリッド装甲では?』
「出た、IS独自の謎物質の装甲……それで、それはどんな物なんだ?」
『流動性指向誘導型グリッド装甲は衝撃吸収作用のある軟質装甲で、電気信号によって急速に形状を変質させる事が出来ます。理論上ではそのスピードは人の反射神経を凌駕するので、通常はコンピューターがアシストします』
「つまり…………?」
『恐らくですが、現状はコンピューターとソフトウェアがあのISを操作していると思われます』
「操り人形って事か!」
最早、それではロボットでは無いだろうか?
装甲自体が動くと言うことは、例えISを纏っているパイロットが死亡してしまったとしても戦い続けるのが可能ということだ。
マスクを脱いで、もういいだろ!とか言いたくなってしまう。
誰だ、こんな物を造ったのは。
「あ────」
「速い……っ!?」
爆発的な加速で、形状が大きく変質したルーシィヒ・アイゼンシュロットが接近してきた。
咄嗟に腕をクロスして防御姿勢を作ると、そこに目掛けて巨大な拳を振り下ろしてくる。
想像していたよりも強いパワー。完全に受け止める事が出来なくて、後方へ少し突き飛ばされてしまう。
「パワーも、上がっている……? うっ……ぐ!」
それで留まらず、追撃が襲ってくる。
連続で振り回される拳のパワーは、明らかにMark.7のそれを超えていた。
このまま攻撃を受け続けているだけでは、いずれ装甲が耐え切れずに破損してしまうだろう。反撃が必要だ。
「これなら、どうだっ!!」
ユニビームを照射しながら、腕からはリパルサー・レイとマイクロミサイルを同時に撃ち出す。
アークリアクターに負担を強いる使い方だったが、ここで加減していられない。
どうやらAICを発動させた様子も無く、ユニビームとリパルサー・レイだけでなくマイクロミサイルも直撃した様だ。
尚、マイクロミサイルに関しては現状で隕石を砕く必要は無いので核兵器レベルの過剰な威力は有していない。それでも対艦ミサイル並の火力はあるのだが。
「やったか……?」
炸薬によって生じた煙に視界を阻まれながらも様子を伺う。
直撃したのだけは間違いない。これだけの威力であれば流石に無傷という事はあるまいが…………
『警告。ロックオンされています、速やかに回避してください』
「な、っに!?」
メーティスの声が鼓膜に届くのと同時に動き出す。
どんな攻撃がやって来るのか未知数なので出来るだけ距離を取ることに専念しながらも、様子を伺う。
弾丸か、それともレーザー兵器の類か。強い衝撃に備えて身構える。
そして────閃光が迸った。
「う、ああっ…………!?」
マスクのスピーカーから激しいノイズが流れ出し、ディスプレイも砂嵐を巻き起こしながらブラックアウトしてしまう。
膝を突き、システムの復旧を待つ。
暫くしてから、ディスプレイの表示が戻ってきた。しかし、妙にチラついて安定しない。
スピーカーからも相変わらずザーとホワイトノイズの様な雑音が燻り、とても不快だ。
「メーティス、何があった?」
『……ザ、ガッ……復旧を…………試行、します』
「メーティス……?」
確かにメーティスの声だったが、妙にノイズが混じっていて聞き取れない。
明らかに何かしらの不具合が生じている。十中八九、さっきの光のせいだろう。
『音声再……生機能……に不具合が……ガガ』
「よく聞こえない、ディスプレイに字幕で表示してくれ」
{all right,my master}
「何か違わないか……?」
と言うか、どうして唐突に英語なのさ。いつもは日本語でしゃべってるのに。
「それで今のは、いったい何なんだ?」
{レールガンを応用したEMP兵器だと思われます}
「つまり、電磁パルス? そんな馬鹿な、アイアンマンは金属で覆われているのに」
{瞬間的に非常に強力な電磁波が検知されました。メインコンピューターは無事ですが、一部の配線や基盤がショートしています}
「…………それで、具体的な障害は?」
{ディスプレイに反映します}
アイアンマンの全身図で表されたステータスには、各所に深刻な問題によって動作不良になった事を示すレッドアラートで殆どが塗り潰されていた。
パワーアシストの出力が減少、マイクロミサイル発射不能、リパルサー・レイへのエネルギー供給ラインは切断、通信機能はコアネットワークを除いて途絶、肩部キャノン砲とそこに併設されていたペタワットレーザーも使用できなくなっている。
残っているのはユニビームとアダマンチウム・クロー、脚部の核熱ジェットは無事な様だ。
「マジかよ……」
{幸い、マスターへの悪影響は無さそうです。しかし、連続で発射されればどの様な影響が生じるかは不明です}
「だったら、速攻で片付けないとな……っ!」
敢えて接近し、アダマンチウム・クローを展開しながら腕を振り回す。
爪は容易くISの装甲を切り裂いた。
しかし、まるでアメーバか何かみたいに黒い装甲が蠢くと損傷部分が埋められて、傷が修復されてしまう。
そのスピードはかなり速く、ダメージを与えられている様にはとても見えない。
「くそっ!」
悪態をつきたくもなる。ここまで機能が制限されてしまえばにっちもさっちもいかない。
今更ながらEMP対策が不十分であった事が悔やまれた。
しかしEMP兵器とは、宇宙線や様々な電磁波への対策が施されたISでは無くアイアンマンやその他既存の戦闘機や戦車への対抗手段として装備されていた可能性が高い。
性能云々の話ではなく準備の段階で負けているのだ、此方が。
{警告、第二射が来ます}
「何っ──!?」
こっちが攻めあぐねている内に向こうは追撃の用意が完了してしまっていた。
しかも近接戦でケリを付けようと思っていたので、至近距離まで接近してしまっている。
これでは、避けられない。
「うああああああっ!!」
再び、視界が光に包み込まれた。
何かが弾ける音と共に、皮膚にも静電気が生じたようなピリピリとした痛みが走り抜ける。
至近距離での電磁パルスの直撃はMark.7に深刻な負荷を与え、パワーアシストも脱力してしまう。
片膝をついて何とか姿勢を落ち着けようとするが、不安定にガクガクと揺れてしまっていて安定しない。バランサーもイカれた様だ。
{アークリアクターの稼働率は90%を維持。しかしパワーアシストの出力は37%まで低下しました}
「数字で出されても、な……」
{大変危険な状態です。速やかにこの場を離脱してください}
出来ることなら、僕だってそうしたい。
しかし行動に移す前に、嘗てルーシィヒ・アイゼンシュロットだったナニかに巨大な足で踏みつけられてしまう。
コンクリートとのサンドイッチ、電磁波と関係なく装甲の隙間から火花が溢れ出した。
「ぐうううっ…………ぁぁああっ!!」
万事休す。打開策がもう何も無い。
それに圧痛で意識が定まらなくて、思考もままならなかった。
敢えて残された手立てで何かをするとすれば……それこそ、アークリアクターを暴走させて自爆するぐらいだろうか。
つまり、どのみち…………
「僕は…………死ぬ、か」
死を受け入れなければならないだろう。
ああ、でもその前に束に何か伝えなければ…………謝罪が良いかな、それとも今までの感謝?
どうせだったら、最期くらいは直接会って話したかったが────
【大丈夫だよ】
何か、声が聞こえた気がした。
「メーティスか、今の……?」
{何を言っているんですか? それよりもマスター。Mark.8を強制起動させました。到着まで何とか持ち堪えてください}
そんな文字がディスプレイの下部に表示される。どうやらメーティスの声では無かった様だ。
ちょっと考えてみれば当然で、Mark.7の音声再生機能が壊れている為に、未だにノイズが耳元で燻っているのだから。
だったら、僕の幻聴だったのか。
【さっきので完全に目覚めたよ。だけど、もうちょっとだけ待ってね】
…………おかしい、やっぱり何か聞こえる。
誰だか分からないけど、誰も彼も待てとか持ち堪えてとか無茶を言う。
正直、もう限界だ。痛くて痛くてしょうがない、あと十秒もしない内に背骨と肋骨が折れる自信だってあるぞ……
【わかった。先に部分展開するね、それだったら直ぐだから】
「え……?」
急に、痛みが引いた。
ちょっと腕に力を籠めれば踏み付ける脚の力に抵抗できる。パワーも戻った感じだ。
何が何だか分からなかったけど、自分にとってプラスの状況である事に変わりは無い。さっさとこの邪魔な脚を退けてしまおう。
「ぉぉおっ……りゃあっ!!」
一気に立ち上がると、その反動で僕を押さえつけていた脚も吹き飛んでしまい、バランスを失ったISは背中から転倒してしまう。
そうやって隙が出来た瞬間に離脱して、距離を開ける。
ステータスをチェックするが、踏みつけられた事が影響してかパワーアシストの出力は19%にまで低下していた。
全然パワーが戻っていない。少なくとも、今やってのけたみたいに押し返すなんて不可能な筈なのに。
{マスター。いったい何を?}
「それは僕の方が聞きたいよ!」
謎の現象に戸惑いを隠しきれない。
そもそも変じゃないか、二度に渡るEMPと高圧プレスでアイアンマンのパワーアシストは死んでいるも同然だ。
バランサーも壊れていたみたいだし、通常なら起立している事だって不可能だろう。
だけれど、それが出来ている。まるで僕自身がアイアンマンと同等のパワーを持っているみたいだった。
{マスター、大変です}
「今度は何が大変になった?」
{アイアンマンのシステムに何かが侵入。不正に操作が行われています。警告、強制パージされます}
「え?」
その言葉を理解する前に、本当にMark.7の装甲が弾け飛んだ。
綺麗に吹き飛んだ。
こうして見てみると損傷も酷い、内部も外部もボロボロに焦げついてしまっている。
「なに、えっ、どうして?」
【ごめんね、邪魔だったから剥いじゃった】
「ああ、それなら…………って、誰?!」
マスクもパージされたのでメーティスの言葉も聞こえないし見えない。
代わりに聞こえたのは、聞き慣れないメーティスと比べても高い子供の様な声。
しかし何処から聞こえているのかも分からない。骨伝導でも無く、まるで頭に直接響いてくるような、そんな奇妙な感覚。
【誰って聞かれても、名前が無いからなぁ……私は私だよ】
「はぁ……」
【それよりも、フィッティングが終わったから展開するね!】
「え、何を?」
【そんなの、決まってるでしょ?】
そして、僕は光に包まれた。
EMPの激しい光ではなく、アークリアクターと似た穏やかで優しい青い光だった。
それが全身に滞留して……妙にチカラが湧き起こる。
不思議な感触に苛まれながら、やがて光が止むと僕は────
「これって……」
【ジャーン! アイアンマーン!】
アイアンマンになっていた。
(特定のキャラの)テンションが高過ぎた。ネタもちらし寿司に。
【アダマンチウムの爪】
やっぱりミュータントじゃないか(呆れ)
【ルーシィヒ・アイゼンシュロット】
適当に考えたお名前。煤色の鉄くず。
ドイツ語がおかしい?ドイツ語ってカタカナにし辛いんだよね。
【メーティスはどうなったの?】
ネタバレすると、普通に次回で口を挟んできます