あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~   作:あるすとろめりあ改

29 / 42
アイアンマン1……旧リアクターの出力不足でアイアンモンガー戦では停止寸前に
アベンジャーズ……遠い宇宙という環境のせいか、アークリアクターが一時的に停止してしまう
アイアンマン3……マーク42の調整不足、襲撃に伴う故障でバッテリーや様々な機能に支障があり悩まされる


つまり、アイアンマンの天敵は実はエネルギー不足じゃないか説を提唱します。


029 心臓が止まりそうになった

 自分自身を、見える範囲で見渡してみる。

 紅と金の色を持つその装甲は、紛れも無くアイアンマンのそれだ。

 先程まで装着していたMark.7との違いを挙げるとすれば、見た目上では装甲が些か薄く、シャープな形状になっている事か。

 

 

『システム・スキャンを実行します』

「あ、メーティス?」

 

 

 Mark.7がパージされた際にマスクも弾け飛んでしまったのでメーティスのメッセージも途絶えていたが、新たなスーツを纏った事でスピーカーも復活していた。

 そのお陰でメーティスの声も再び耳へと届いている。

 

 

『Mark.Xの起動を確認。エネルギーソースが変更されています。システムの再起動を──』

【ちょっと、邪魔だから黙っててよ】

『あっ』

【M.E.T.I.S.オフライン。シャットダウンしました、なんてね】

「ちょ、ちょっと!?」

【大丈夫、大丈夫。少し眠って貰っただけだからさ】

 

 

 随分と強引な事をするAI、で良いのだろうか?

 突如として耳に届いた謎の声は、どうやらMark.Xのシステムを掌握してしまった様だ。

 しかし、僕はこんなAIを組み込んだつもりは無い。湧いてきた、という表現はおかしいが何にせよ予期せぬイレギュラーだった。

 

 

「君はAI、なの?」

【まあ、概念的にはAIで良いのかなあ?】

「なんでそこが曖昧なのさ……」

【兎に角、私はMark.XでMark.Xは私も同然。ナビゲートは任せてよ!】

 

 

 アイアンマンMark.X。それは、僕の胸に埋め込まれたアークリアクターの動力源として使用しているISコアの機能を利用してスーツを構成する全く新しいアイアンマンである。

 装甲や武装は量子変換されている為、外部からスーツを装着する必要も無く特撮ヒーロー宜しく“変身”する事が可能で、如何なる状況でもアイアンマンになれるという寸法だ。

 しかし、先月に完成した筈のMark.Xだったのだが、どういう訳か再三の試験でも装着する事が出来ず、何か欠陥があるのかと頭を悩ませていた。

 結局は解決出来なかったのだが、どういう訳か今はこの通り装着出来てしまっている。

 

 

「任せてとは言われても、いきなり信用なんて出来ないよ」

【じゃあ、これからの活躍で信頼してくれれば良いから!】

「強引だなぁ……まるで誰かさんみたいだ」

 

 

 それにしては随分と人間味溢れるというか、“我”の強い上に幼い印象を受ける意識である。

 確かに何が何だか分からない。だが、この場でアレコレと考えたとしても結論は出ないだろう。

 まずは現状の解決、然るべくしてからドップリと考察と検証に耽ようじゃないか。

 

 

「だったら、信頼して貰いたいならまずはメーティスを再起動してくれ」

【えー? やだ】

「なんで?!」

【だって何時もちょっかい出してきて五月蝿いし。それにMark.Xのサポートは私の方が絶対に上手だよ】

「でも僕は君の性能も知らないし、保険は必要だよ」

【むぅー……しょうがないな。あ、それよりも来るよ】

「え、わっ!」

 

 

 話に夢中になっている内にルーシィヒ・アイゼンシュロット……が泥を被った様なナニかは立ち上がり、此方へ迫っていた。

 その大きな拳を振り上げ、僕を叩き潰さんとハンマーの如く降ろしてくる。

 咄嗟に両手をクロスにして掲げ、その暴力を受け止めようと防御を試みた。

 

 

「うお、お……お? あれ、軽い?」

 

 

 想像していたよりも黒いISのパワーは弱く、片手でも楽々と受け止める事が出来た。

 いや、向こうが弱いのでは無く此方のパワーが想定よりも強かったのだ。

 ならば試しに、と渾身の力を込めた拳を隙だらけな鳩尾に向かって全力で突き出す。

 

 

「────っ!?」

「ぅお……飛ん、だあ!」

 

 

 黒いISは、まるでキャプテンに殴り飛ばされたサンドバッグみたいに宙を飛んで行き、やがては落下してから頭や背中を地面に打ちつけ、廃棄された資材を押し潰しながらゴロンゴロンと転がっていく。

 そして巨大な工業機械に衝突して、漸くその動きは止まった。

 

 

「なんだこれ、凄いパワーだ……」

『平均値ではMark.7の三倍のパワーが推定されます』

「メーティス、戻ってきたか。 って……三倍?」

 

 

 しかし、矢張り何か異常(おか)しい。そもそも、Mark.Xの考案・設計時の際にそんな性能では構築していない。

 前提として通常のスーツの延長線上に考えていたので、精々Mark.7の1.2倍程度か、その辺りを想定していた。

 しかし、実際にはこの有り様だ。

 

 

「でもこんなパワーリソース、何処から……」

『マスター、この形態は不可解です。Mark.8が間も無く到着しますのでそちらに着替えてください』

【ちょっと! そんなの駄目だからね!】

『こんな得体の知れない物をマスターに使わせる訳にはいきません』

【得体の知れなく無いよ! 私の身体はこの人が作ったんだからね!】

「いや、まあそうだけど……」

 

 

 そうは言うものの、自分で造っておきながら自分の物では無い様な、妙な感覚だ。

 性能が高いのは喜ばしい。だが、果たしてメリットだけなのだろうか?

 

 

『マスター、再びEMP攻撃が来ます。警戒してください』

【大丈夫だって、あのくらい】

 

 

 二者から対照的な指摘がなされる。

 警戒するに越した事は無いだろう……しかし、今の僕はアイアンマンにしてISでもあるのだ。

 結論を出して、僕は仁王立ちで電磁パルスの光を眺めた。

 

 

「っ……!」

【電磁パルスによる干渉や影響は無し。電磁波は完全に遮断できてるよ】

『……確かに、その通りです』

 

 

 予想通り、今の僕にEMPは無害だった。

 宇宙開発を目的としたISは、基本性能の段階で宇宙空間で見舞われるであろう様々な事象への対策が当然ながら施されていた。

 例えば、太陽フレアや超新星爆発によって生じる様な強力な磁場の直撃を受けてもビクともしないポテンシャルを持っている。

 つまり、その数百分の一の規模でしかないこの程度の電磁パルスでは、日向ぼっこも同然だ。

 

 

「いい加減、人に向かって無断でフラッシュを焚くのは止めてくれないかなっ!」

 

 

 EMPの発生源であるレールガンのなり損ない。キャノン型の発射装置にリパルサー・レイを撃ち込む。

 右手から弾ける様な衝撃が轟き、一度窺うようにリパルサー・レイの砲門を見てから再び前方に視線を戻すと、EMPキャノンだけで無く肩部周囲のスライムみたいな黒い軟体装甲幾らかも消し飛んでいた。

 明らかにリパルサー・レイの威力も上がっている。これではユニビーム並みだ。

 

 

「うっわ、何これ……」

【ねー、凄いでしょー?】

『バッテリーの残量は74%です』

「えーっと……一応、僕が設計した仕様はそのまま使えるんだよね?」

【うん、勿論だよ!】

「よし、じゃあ一気に決めちゃおうか!」

【合点承知!!】

 

 

 僕がMark.Xを造った理由の一つ。それは、必殺技が欲しいというもの。

 ある意味ユニビームが必殺技ではあるが、飽くまでもアークリアクターはエネルギー炉であり、ユニビームはオマケとも言うべき副産物であって必殺技としては造っていない。

 大技で勝負を決めるのはマーベルのヒーローと言うよりも日本の特撮ヒーローの特徴と言えたが、僕は日本人なのだ。それに日本人ならではのアイアンマンのイメージという物がある。

 

 

「プロトンキャノン!!」

『あっ、それは』

 

 

 ISコアのストレージに保存されたデータを逆量子化し、右手に顕現されたのはアイアンマンの体躯をも越える全長3m以上にも及ぶ巨大な大砲だった。

 別の世界の、更に一部の人達にとってアイアンマンと言えば?と問われて挙げられる武器と言えばコレだろう。

 それがプロトンキャノン。正確に言えば、造ったのは重イオンレーザー収束型六連装荷電粒子砲だが。

 威力に関しても申し分なく、ヴィブラニウムやアダマンチウムは兎も角としてゴールドチタニウム合金を一瞬で融解してしまう程の火力を誇る。

 

 

【ねえねえ、出力はどーするの?】

『マスター。プロトンキャノンはエネルギー変換効率を考慮した運用を推奨します』

「えっと……絶対防御ってどれくらいまで耐えられるのかな?」

【別に100%で撃っても絶対防御は貫かないよ】

『理論上ではツァーリ・ボンバの直撃にも耐える筈です』

「そっか、でも100%は必要無いよな……50%で撃ってみようか」

 

 

 悠長にプロトンキャノンを構えていれば隙だらけで黒いISの報復攻撃を浴びてしまうので、その間にも肩部のキャノン砲を展開して牽制を行う。

 通常のアイアンマン・スーツであれば装弾数は数十発程度なので直ぐに弾切れを起こすが、Mark.Xに至ってはその都度量子変換された弾薬を解凍して給弾するのでその心配は殆ど無い。

 マイクロミサイルでは200発程度、キャノン砲の弾薬に至っては一万発程度の準備がある。

 後はプロトンキャノンのチャージを待つだけだが……しかし、メーティスからの警告が入った。

 

 

『50%でも威力が過剰です。そもそもこの兵装はゼタワット級のエネルギーを消費するので綿密なシミュレーションを行ってからでないと……』

【大丈夫だって、それにもうとっくに27%までチャージ完了してるよ!】

『おやめなさい! アナタの思考は短絡的過ぎます!』

【メーティスはうるさすぎっ!】

「ふ、二人とも落ち着いて……」

 

 

 突如としてAI達が喧嘩を始めた。

 しかしこの戦い、メーティスが圧倒的に不利だ。相手も普通のならばメーティスが制御を奪えるだろうに今回は真逆。

 Mark.Xのコントロール権においては謎のAIの方が優位なのは先程メーティスをシャットダウンさせてしまったのを見ても明らかだ。

 普段ならメーティスの方がやりかね無いのに……因果応報、とは違うけど。

 

 

【まあ、メーティスが騒いだところでもう止められ無いんだけどね!】

『チャージは途中で止められるでしょう! ああっ、バッテリーの残量が40%を下ま──』

【もう、いい加減にしてよ。M.E.T.I.S.をオフラインに】

『バッテリー残量に、じゅうに、ぱあs……』

 

 

 メーティスの声が低くなってくぐもったかと思えば、スピーカーから音が途絶してしまった。

 マスクのHMDによるインターフェースで呼び出しを行うがアクセスを拒否されてしまう。十中八九、このAIのせいだろう。

 

 

「こら、また勝手に!」

【ふんだっ! Mark.XのサポートAIは私なの! だから私の話だけ聞いていれば良いのっ!】

「いや、そういう訳には……」

『その通りです、そういう訳にはいきません』

 

 

 どうした物かと困り果てていると、メーティスの声が聞こえた。

 慌ててディスプレイを見るが、しかしMark.Xのシステムでは未だにオフラインのままだ。

 

 

「メーティス、どこから?!」

『Mark.8が到着しました。今はオープンチャンネル経由で交信しています』

 

 

 振り返れば、上空から飛来したアイアンマンがMark.Xの背後に着陸していた。

 どうやら、メーティスがコントロールしてここまで持って来てくれた様だ。

 

 

【ちょっと! 邪魔する気!?】

『いいえ。しかし、直ぐにMark.8と私が必要になるでしょう』

【なに言ってんのさ、そんなの有り得ないもんね! あんなのプロトンキャノンで一撃だもん!】

 

 

 何だかんだと言い争いをしている内に、いつの間にかプロトンキャノンのチャージは50%まで完了していた。

 

 

【ほらチャージ完了したよ! もう撃つからね!】

「いや、ちょっと! メーティスの話をもう少しちゃんと聞いた方が……」

【問答無用! ロックオン……プロトンキャノン、発射!!】

 

 

 僕がトリガーを躊躇う間も無く、電子制御でプロトンキャノンが発射されてしまった。

 光の咆哮。エネルギーの奔流が滝の様になって溢れ出す。

 忽ち黒いISはレーザーと荷電粒子の青い渦に飲み込まれ、光の中に消えてしまう。

 

 自分で造ったとは言え、試射もしていない初めての実践。正直、侮っていた。

 精々ハイメガぐらいかと思っていたらサテライトだったとでも言えば良いのか、プロトンキャノンの光線は止まる事を知らず、目標を超えて後方の工業機械や廃棄された自動車まで巻き込んで破壊していく。

 永遠に続くのかと錯覚してしまいそうになったが、やがてプロトンキャノンにチャージしていたエネルギーは枯渇し、ビームも同時に途絶えた。

 エネルギーを撃ち尽くしたのを確認してから、プロトンキャノンを量子変換してバススロットに収納してしまう。それから、プロトンキャノンの射軸を見つめる。

 

 

「これは……おいそれとは、撃てないな」

【あははは、すっごいねー!】

 

 

 散々と苦しめられた黒い軟体装甲は、完全に蒸発していた。

 元々あったルーシィヒ・アイゼンシュロットの燻んだ装甲とフレームの一部は残り、絶対防御によってパイロットの少女は無傷のまま、地面に倒れ伏している。

 

 そして……その後ろは、削られていた。

 地面はビームの軌跡が抉られ、着弾した壁や天井は熱で溶かされ赤くドロドロした液体が滴り落ちている。

 これが人の密集する街で解き放たれていたらと考えると……ぞっとしてしまう。

 

 

『生命反応を感知。パイロットのバイタルも安定しています』

「よし、じゃあまずはパイロットを保護して……」

 

 

 近付こうとして。

 ガクッと、脚が崩れて膝を突いてしまった。

 

 

「あれ……?」

 

 

 それから遅れる様にして、ディスプレイが真っ赤に染まってしまっている。レッドアラートだ。

 急いでステータスを開いた。その原因はエネルギー不足の為、Mark.Xの維持が困難であるというものだった。

 シールドエネルギー残量は96%、アークリアクターからのエネルギー供給は……供給が、無い? 

 いや、そもそもアークリアクター自体が動いていない。

 ログを参照。エネルギーラインは……アークリアクターでは無く、人工心臓のバッテリーから流れていた様だ。

 何かの不具合だろうか? しかし、EMP攻撃を喰らった時でもアークリアクターは問題なく稼働していた。それは間違いない。

 

 

「どういう、事だ?」

【あれ、言ってなかったけ? Mark.Xが起動してからアークリアクターが止まっちゃってさ】

「は…………?」

『どうやらMark.Xが起動した事でISコアはI()S()()()()としてだけ機能し、アークリアクターはコアを欠き停止してしまった様です』

「なんでそれを教えてくれなかったんだよ……」

『私は忠告しようとしましたが、その子に阻まれまして』

【敵は倒したし、バッテリーも使い切らなかったんだから別に良いじゃん!】

『しかし、既にバッテリーの残量は4%です。このままではマスターの生命活動に支障をきたします』

 

 

 4%。

 質の悪いバッテリーだったら、今すぐにでも0%になってもおかしくは無い数値だ。

 いや、そもそもこのバッテリーはアイアンマンのエネルギー源として想定された物では無いので、4%なんてそれこそ一瞬で弾け飛んでしまうかもしれない。

 バッテリーの枯渇は、即ち人工心臓の停止を意味する。

 

 

「め、メーティス! どどどうすればいいんだ?!」

『今すぐMark.Xを解除してください。Mark.8のアークリアクターと人工心臓を接続して給電を行います』

「ぅえ、っと! 君! 早くMark.Xを脱がせてくれっ!!」

【はいはーい、分かりましたよー】

 

 

 意外にも素直で、直ぐに僕の身体からMark.Xが消える。

 まるで癒着していた皮脂でも剥がれたみたいだ。脱いだとか、そんな感触は無い。

 急いで後ろに振り返れば、もうメーティスがMark.8の装甲を展開して僕を受け入れる準備を済ませてくれていた。

 しがみつくみたいに飛び込んで、Mark.8を装着する。

 

 

「はあっ、はあっ!!」

『人工心臓への給電を開始。……矢張り懸念していた通り、胸のアークリアクターは暫く稼働しなさそうですね』

「あっ、え? 本当?」

『イエス。Mark.8がこの場に無ければ82%の確率で心停止していた筈です』

 

 

 命が繋がって、少し冷静になって考えればMark.Xを解除すれば再びアークリアクターが動き出すかとも思った。

 しかし、メーティスが曰くISコアは現在、水素の吸着が行えない状態にあるという。

 つまり……Mark.8が来てくれなければ、僕は死んでいたかもしれない。

 

 

「えーと……名前が無いと不便だな。もしもーし?」

『ISコアは現在スリープ状態です。先程のAIと思しき何かも応答は無さそうですね』

「……そっか、じゃあその辺りは帰ってからにしようか」

 

 

 自分の問題が解決してから、今度こそルーシィヒ・アイゼンシュロットのパイロットに近づく。

 あんなに僕が騒いでいたのに依然として倒れたままだ。どうやら気絶している様だ。

 

 

「……スイスに引き渡しても亡国機業の情報は得られないだろうしなあ、やっぱり轡木さんに引き渡した方が良いかな」

 

 

 忘れずにMark.7の残骸を完全に破壊してから、パイロットの少女を抱える。

 完全に誘拐だが……仕方ない。日本に連れていくには両親のプライベートジェットに乗せる必要があるだろうし、攫っていくしかない。

 それよりもこんな大騒ぎを起こしたのだから警察や軍隊がいつ出張ってきてもおかしく無い。さっさと離脱するべきだろう。

 

 

「なんだかなぁ……釈然としない」

『法律的に問題無いでしょう。どうやらこのパイロットはドイツの軍籍、病歴を含むあらゆるDNAデータベースに登録されていません』

「え、どういう事?」

『分かりません。調べてみる必要がありますね』

「…………」

 

 

 尚更、頭にモヤモヤした痼りが蓄積していくのを感じながら……僕は飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 スタジアムに戻って来た頃には当然ながら既に決勝戦は終わっていた。

 襲撃犯であるルーシィヒ・アイゼンシュロットのパイロットは、ひとまず僕らの護衛及び監視の為に在ジュネーヴ大使館にいた轡木さんの部下、つまりS.H.I.E.L.D.の工作員に身柄を預けている。

 あらゆる問題を先送りにした形ではあるが、疲れ切っていた僕は何よりも休む事を優先した。

 両親が貸し切ったペンションの一室にあるベッドにダイブして、暫くしたら意識が途絶える様に眠ってしまったが。

 

 

「いやー、試合をリアルタイムで観られなくて残念だったな……改めて千冬、優勝おめでとう!」

「ああ、ありがとう幸太郎」

 

 

 そして翌日、遅ればせながら僕は千冬の健闘を労う。

 分かりきっていた事ではあるが、千冬は見事に第一回モンドグロッソ大会で総合優勝を果たし、ブリュンヒルデの称号も手にしていた。

 これで名実と共に千冬は世界一のISパイロットになった訳だ。

 

 

「何かお祝いをしないとね。千冬は欲しい物とかある?」

「ふむ……しかし優勝賞金だけでなく日本政府からも少なくない報奨金が出るからな」

「別にお金や買えるものに限定しなくても、やりたい事とかでも良いんだよ」

「そうだな、だったら一夏と家族旅行なんて良いかもしれないな。考えてみれば二人でゆっくり過ごす事もままならなかったし、静かな温泉地に行ってくつろぐのも乙な物だな……」

 

 

 流石はブラコン。目を瞑りながらその光景を夢想している。

 ヘタしたら涎でも垂れてくるんじゃないかな。そんなことを言った日には僕の目から火花が飛び散る程に殴られるだろうけど。

 

 

「温泉かあ……この時期なら草津とか良いかもね、あそこはスキー場もあるし」

「うむ……」

「よしメーティス、現在営業中で比較的新しい草津でM&A可能なホテルか旅館って無いかな?」

「…………は?」

『検索を開始します』

 

 

 ポカンと呆ける千冬を尻目にメーティスに探らせる。

 旅館の相場なんて知らないけど……従業員の雇用や温泉の使用権を引き継いでも数億円程度で買えるんじゃ無いだろうか?

 

 

『見つけました。客室300以上、温泉やジャグジーにワイン風呂など20種類の湯船があり、大型プール、ゲームセンター等を完備した大規模ホテルが後継者不在でM&Aが検討されています』

「おお、また凄いのを探してきたな……」

『提示金額は20億ですが、如何なさいますか?』

「そっか、じゃあ買収しよう」

「待て待て待てえっ!!」

 

 

 気持ち良くお買い物をしていると、千冬が目を見開いて騒ぎ出した。

 何事かと見やれば、今度は肩を掴んでグワングワンと揺らしてくる。疲れてる時にこれをやられると……正直、かなり効く。

 

 

「なに、を、するん、だよっ」

「それは私のセリフだ! いま貴様は何をした!!」

「ホテルを買ったんだよ」

「そんな一室を予約する感覚で気軽にホテルを買う奴があるか!」

「いるんだな、ここに」

「このっ、常識外れ共が……」

 

 

 自分を指差しながら説明してあげると、千冬は頭を抱えて溜息をついた。

 

 

「千冬、常識って言うのは個人や限られた範囲での感覚の事を言うんだよ。日本での常識が海外で通用しない様に、僕には僕の常識がある」

「尤もな事を言ってるつもりだろうが、規格外にも程があるぞ……」

 

 

 良いじゃないか、自分の稼いだお金で温泉ぐらい買ったって。

 300室もあるならかなり儲けも出る筈だし、数年で元が取れるだろう。

 この際、アイアンマン以外にも色々と売り物を考え始めても良いかもしれない。

 電気自動車とか航空機とか、アイアンマンを広告にしたら新規参入でも売れるんじゃ無いかな?

 

 

「あれ、そう言えば束はどうしたの?」

「束? ああ、お前と束の母親が何処かへ連れ出していたな」

「買い物か何か?」

「知らんが、そうなんじゃないのか」

 

 

 母さんも、というのがちょっと腑に落ちないけど、そういう事もあるのかもしれない。

 まあ、どう過ごそうと個人の自由だし……女同士の買い物とか、色々あるのだろう。

 

 

「あれ、でもそれなら千冬は行かなかったの?」

「私は誘われなかったからな」

「…………」

「なんだその目は?」

「いいや? なんでも無いよ?」

 

 

 まさか、ハブられ────

 

 

「ただいまー!」

「おろ?」

 

 

 噂をすれば何とやら、母さんの声が聞こえた。

 まだ昼前だが、もう帰ってきたのだろうか。随分と買い物は早く終わったらしい。

 

 

「ああ、幸太郎。やっと起きたのね」

「お帰り母さん、何処に行ってたの?」

「ちょっと、ね……」

 

 

 母さんは何故かはぐらかす様に言い淀んでしまう。

 何かやましい事でもあるのだろうか。まさか、母さんに限ってそれは無いだろう。

 でも何かを隠しているのは確かだ。しかし、何を?

 

 

「ほら、束」

「……」

 

 

 遅れる様に、束達もペンションの中に入ってきた。

 しかし束は無言のまま俯いている。

 

 

「千冬ちゃん、ちょっと二人だけにしてあげて頂戴?」

「はい? ええ、わかりました」

 

 

 何を思ったか、母さんは千冬も連れて別の部屋に移ってしまい、言う通り束と二人きりにされてしまう。

 

 いったい、何だと言うのだろうか?

 

 

「あ、あのさ……!」

「うん」

「…………」

「…………」

 

 

 しばし、そうして沈黙が続く。

 妙に束は動揺していて、明らかに普通ではない状態に心配になってしまう。

 

 

「む、うぅ……その、ね?」

「どうかしたの?」

「いや、だから…………」

 

 

 束は突然、深呼吸を始めた。

 大きく、肺の中の空気を全て取り替えようとせんばかりに。

 それで少しは落ち着いたのだろうか、胸を撫で下ろしてから、近づいてくる。

 一歩、一歩、確かめる様に。

 

 

「ふぅ……」

「……?」

「はっ、ふっ、ほうっ…………あ、のねっ!」

「う、うん」

「できちゃった、みたい、なんだ……」

「出来たって、何が?」

 

 

 また再び、束は俯いて沈黙してしまう。

 それにしても妙に恥ずかしそうにソワソワとして横向きにフルフルと揺れている。どうした、何だか不思議と可愛いぞ。

 

 

「その、つまり…………赤ちゃんが」

「…………ん? 今、なんて?」

 

 

 いま、聞き捨てならない言葉が

 

 

「赤ちゃんが、いるの」

 

 

 お腹に触れながら、ポツリと呟いた。

 

 

「えへへ……幸太郎の子供、だよ?」

 

 

 恥ずかしそうに頰を赤く染めて、そんなに嬉しそうに笑うのは……ずるいと思う。

 




悶え苦しむが良い(無慈悲)

タイトルはダブルミーニングでしたとさ。




エンディングが見えた…………!(わたぬきじゃないのに)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。