あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
タイトルは私の心情でもあったり。
この7000文字弱を紡ぎ出すのに一週間くらい掛けて10000文字を捨てた。
大した事ないって?書ける時は7000文字とかあっという間なんだけどね。
やっと、ゴール。
スイスから日本に戻ってから数日が経過した頃。
本当ならゲートブリッジへ直ぐにでも戻っても良かったのだが、今回の功労者でもある千冬の為に暫くこちらに留まる事にした。
と言うのも、モンドグロッソ総合優勝という輝かしい功績を成し遂げてしまった千冬は現在マスコミが甘味に
故に、僕が先日に買収した草津の温泉旅館でゆっくりして貰おうと計画。勿論、千冬と一夏くんだけでなく僕達も一緒に行こうという話になったが……まあそれはそれとして。
「…………束」
「ん、幸太郎? どうかした?」
あの日から、実は束とちゃんと話す事が出来ていなかった。
まさか、拒んでいるからではない。そもそも、そういう事態になったのは僕も合意して常日頃からそうなる事を心の何処かで期待していたからで……いや、兎も角。
つまり、気恥ずかしさと言うか、心の整理が追い付いていなかったのだ。
何だかんだで僕は小心者で、ストレートに「はい」と頷く事も出来ない程までに臆病だったというだけの話。
それなのに束は穏やかな表情で「ゆっくりで、いいから」なんて励ましてくれて────本当に、我ながら情けない。
「ちょっと、話があってさ」
「ああ、明後日の旅行の事? 準備ならもう出来てるよ」
それはそうだろう、殆ど僕がやったんだから。
「そうじゃなくて……」
「じゃあ、もしかしてMark.Xの話?」
「違────」
「私からも話そうかなって思ってたんだよねー、アークリアクターをそのまま貸してくれたからちゃんと調べられたよ」
僕の話を遮る様に、束は懐からアークリアクターを取り出して話題をそちらへ持って行こうとする。
その話も実は聞いておきたいという思いがあったからだろうか、言い淀んでしまい、その隙に会話の流れを修正する間も無く主導権をアッサリと束に取られてしまった。
「幸太郎の言う通り、コアに人格が芽生えてた」
「……うん」
「理論上、いずれは人と会話出来るレベルまで自我が成長するとは思ってたけど、まさかこんなに早くなるとはね……やっぱり環境が良かったからなのかな?」
「関係あるの? アークリアクターのコアであった事とかは」
「再現実験が出来ないから飽くまでも仮説レベルだけど、アークリアクターっていう高エネルギー環境に長時間に亘って晒されている状態や、日常的に高性能AIと交信している様な状況が人格の成長を促したのは、多分間違いない」
「ふぅん……」
「それと、心臓の隣に寄り添っていた事も」
「え…………それは?」
「ISは、コアはね、人の心と触れ合う事が出来るの。
胎児。
その言葉に僕が動揺した様に、束も言葉尻が若干上擦っていた様に思える。
「……」
「……」
失言、とは違う何だか言葉の気まずさ。
それが暫しの沈黙と静寂を作り出してしまっていた。
意味も無くお互いの視線だけが右往左往して、それが更に妙な雰囲気を作り出してしまう。
「それで、ねっ! 折角だから、名前を付けてあげようかと思って」
「名前……コア、の?」
「そう。 ある意味、新しい命だから…………それで、私は“アリス”が良いかなーって思うんだけど」
「アリスか。束って好きだよね、不思議な国のアリス」
「うん、まあね」
またしても露骨に話題を無理矢理に変えられてしまう。
それよりも、アリス、という名前に何か不思議な感覚を覚えた。
昔から束はアリスを模した様な青いエプロンドレスを好んで着ていたり、ラボの名称にワンダーランドと名付けてみたり、ルイス=キャロルのアリスシリーズへの強い拘りを見せていて、それが印象に残っている。
「でも最初はね、あんまり好きじゃ無かったんだ」
「え、そうなの?」
「うん、小さい時にアリスのアニメを観てさ、明るくてカラフルだけど毒々しくて、目紛しく場面が転換していって音楽も何処か不気味で……外に生えてるパンジーとか、枕の花柄が顔に見えて本当に怖くて、目を瞑ってもそれが目蓋に浮かんできて眠れない時もあって、軽くトラウマだったかも」
何となく、意外だった。
言われてみれば、アリスはホラー系の映画やゲームの題材やモチーフとして使われる事もあるぐらいで、曖昧にはファンシーでメルヘンなイメージだが、原作小説の挿絵なんかを見てみると確かに不気味だったりする。
だけどそれより、束に怖い物があったという事実の方が驚きだ。
それに何故、そんなトラウマと言わしめる物を好む様になったのか?
「だけど何時からかなぁ、私の居場所もソッチ側なんじゃ無いかなって、考える様になったんだ」
「そっち側って……どっち側?」
「幼い時から周りの子と話しても会話にならなくて、
「…………」
「チェシャ猫とか帽子屋ってさ、妙ちきりんな格好してて、性格や言動も明らかに異常なのにあの世界では普通じゃん? だからあの怖くて不気味な世界に行ければ、私も普通になれるのかなって、そう思った……んだと思う。ちっちゃな時の話だから、なんて言うかもう曖昧な感覚としてしか覚えてないんだけどね」
「だから、アリスの格好をしたり……?」
「多分ね。絶対に戻れない何処か凄く遠い所まで行ってみたいって、だけど死ぬのはもっと怖いから絶対に嫌だとか、矛盾した事を考えてたりして」
「へぇ……」
「だけど、そんなに遠くまで行かなくても良いんだって、幸太郎に出会えて気付けたんだ」
「え────?」
まさか、そこで自分の名前が出てくるとは、露ほどにも思ってもみなかった。
「私さ、自分で言うのも何だけど昔から頭が良くて何でも出来ちゃって、そんなんだから周りの人達が皆んな馬鹿に見えちゃって……だけどそれが、寂しかったんだ」
「…………」
「本当はお話がしたかったんだ。でもその話題が漫画とかドラマについてじゃなくて、ローレンツ力とかガウスの法則とか、スピン角運動量とかで……子供には絶対に、通じない話」
「そうだね、外国語にしか聞こえなかったんじゃないのかな」
「でもね、いたんだよ。そんな私の無理難題に応えてくれる人がさ」
「つまりそれが……」
「うん、幸太郎だよ」
僕の場合は、元々知っている事だからズルしてる様な物だったんだけど。
でも確かに、僕だって出来る事なら物理学や電気工学について語り合っていたかったし、実際にそれが出来たのは束とだけだった。
束みたいに口に出しては言わないけど、僕も周りにいた同級生が凄く幼稚に感じられたし……一歩間違えていたら、束みたいに卑屈で皮肉屋な毒舌家になっていたかもしれない。
どうしてか喧嘩腰ではあったけれど、束と議論を交わしている時間は至福でさえあった。当時は絶対に認めなかっただろうけどね。
「素直じゃないから、つっけんどんした態度を取ってたけど、本当は嬉しかったんだ……」
「僕もだよ」
「え?」
「僕だってそうだった。 束がいたから僕は僕でいられて……何だろう、上手く言えないな」
思わず、苦笑してしまう。
随分と素直になったつもりなのに、どこか未だ気恥ずかしさが残っていて、上手く言葉を紡ぎだせない。
しかしこれでは埒があかない気がした。
でもこの辺りで、更に先へ踏み込まなければならないとも。
「それでさ、話を戻すけど」
「え、あれ……何の話だったっけ?」
「まだしてなかったよ。今夜から明日にかけて、何か用事とかあったりした?」
「用事? ううん、特に何も無いけど……」
「それじゃあ、ちょっと夕飯に付き合ってよ」
◯
車を走らせて一時間と少し、僕達は高層数十階を誇る高級ホテルの玄関口に来ていた。
目的は、束に言っていた通りディナーを食べる為。
助手席を見れば、どこか戸惑っている束が落ち着かない様子で辺りをキョロキョロを見回している。
流石にホテルのレストランとなればドレスコードがあり、普段着では流石に似つかわしく無いので来る途中にドレスショップに寄って、今は青いカシュクールドレスを纏っていた。
ちなみに、僕は無難にジャケットを着てスマートカジュアルに纏めている。
「え、なに? 何なのここ?!」
「まあまあ、ご飯を食べに来ただけなんだからリラックスしてよ」
珍しく狼狽えている様子に
「倉持様ですね。お待ちしておりました」
「はい、では車をお願いします」
「畏まりました」
日本では些かマイナーだが、ホテルの玄関口まで車を着けるとバレット(ボーイの事)が鍵と車を預かって駐車場に停めてくれるサービスがある。
僕の車はアウディのR8なので……恐らくは、駐車場に行く事は無くそのままホテルの玄関口の外周に駐車させられるだろうけど。
高級外車は見栄えが良いからね。高級ホテルの前に高級車がズラっと並んでいる光景は、そういった演出がホテルの格を上げるからだ。
「あの……誠に失礼極まりないのですが」
「ん?」
「その、サインを頂けないでしょうか?」
「ああ勿論、構いませんよ」
何とも準備の良いことに、バレットの男性は色紙とサインペンまで用意していた。
自惚れではあるが僕もそれなりの有名人であるつもりで……そんな僕が来るという話が周知されていて、もしかしたらこの人は対応する権利を何とか勝ち取った勝者なのかもしれない。そう邪推してみると、なんだか面白い気がしてくる。
「そうだ、束も書いてあげなよ。あ、大丈夫ですか?」
「それは勿論! お二人のサインを一緒に頂けるなんて光栄至極です!!」
「だってさ」
「あ、うん……」
英語の筆記体で書いた僕に対して束はサラサラと達筆に漢字のサインを色紙に記した。
それも流れる様な草書体で、とても格好いい。
やっぱり神職の家の生まれだから習わされたのだろうか、それとも門前の小僧習わぬ経を読むというやつか?
「ああっ……本当にありがとうございます!」
「大事にしてくださいね、もしかしたらそのサインはもう手に入らないかもしれませんから」
「え?」
「それでは、失礼します」
バレットと別れを告げ、未だに戸惑いから抜け出せない束の手を引きながらホテルの中へ。
クロークに荷物とコートを預けてからエレベーターで地上40階、高さおよそ200mの高層に位置するレストランまで一気に上る。
開け放たれた扉の向こうには、都心の夜景が想像した以上の煌めきで彩られていた。
夜景をメインに据えている為か、レストランの明かりは優しく穏やかなオレンジ色で、テーブルの真ん中にキャンドルが置かれていて料理と手元を灯してくれている様だ。
「予約していた倉持です」
「お待ちしておりました。どうぞ、お席へご案内します」
ウェイターに導かれるままに窓際の席へ。
ガラスの向こうには、大小様々な大きさと色で彩られた光の大パノラマが広がり、途方もない迫力が向こうから迫ってくる様な錯覚さえ覚えた。
まるで銀河系を見下ろしている様な、壮大な光景。
そんな初めて見る景色に、圧倒されてしまいそうになる。
「うわぁ……すごい、綺麗……」
「何だろ……テレビとかでさ、こんなの何回も見てる筈なのに実際に生で見てみるとさ」
「うん、上手く言えないけどさ……何か違うよね」
感性の問題なのか、それともボキャブラリーの不足の問題だろうか。二人とも、稚拙な言葉しか紡ぎ出せずに景色の美しさを辿々しく讃える事しか出来ない。
でもそのお陰だろうか、束の緊張が少しだけ解れた気がした。
暫くは二人とも無言のまま外を眺め続けていて、少し会話を交わしたりしていると殆ど時間を掛けずに前菜を持ってウェイターがやって来る。
「倉持様、オードブルをお持ち致しました」
「あ、はい」
「オマール海老とウニのコンソメジュレとカリフラワーのブルーテソースで御座います」
何だろう、名前を聞いただけで美味しそうだ。
口の広いカクテルグラスの器には、下段に白いソースが広がっていて、その中に輝かしいオレンジ色をしたウニの柔らかいジュレが島の様に浮かんでおり、更にオマール海老の身が入り混じったムースで彩られている。
見た目も美しく麗しい。味にも期待できるだろう。
「それじゃ、いただきます」
「いただき、ます」
見事。一口目からその美味しさは海の波になって身体中に染み込んだ。
カリフラワーのブルーテソースのクリーミーな味に、旨味をこれでもかと凝縮したウニのジュレ、トドメはオマール海老の甘味と引き締まったコクがそれぞれの特長を刺激しあい、一つの作品を作り上げている。
そしてこれがまた、先程のシャンパンとベストマッチしている。
マリュアージュと言うんだったけ、マリュアージュ……。
「どう、美味しい?」
「もう何だか……これだけで満足しちゃいそう」
「ええー? でもまだ前菜だけでももう一品あるし、魚と肉料理、それにデザートもあるんだよ」
「…………私、生きて帰れるかな?」
「あははは、大袈裟だなぁ」
さて、どのタイミングで切り出そうか……?
◯
「洋梨のコンポートのフランベ……美味しかったね」
「うん、苦味と甘味のバランスが良くて──」
アルコール分を飛ばした赤ワインと砂糖に漬けられた洋梨は、綺麗な紅色に染まっていた。
態とらしいグルメリポート風に言えば宝石の様だと比喩して良いかもしれない。
そんなコンポートの上には冷たいバニラアイスが添えられていて……洋梨と絡み合う事で二層の味と香りが豊かなハーモニーを演出している。
濃厚なミルクの味と香りが口で広がるアイスも、仄かな甘みと洋梨の爽やかな風味がワインで引き立てられたコンポートも、それぞれ単体でも美味であると手放しで褒められるだろう。
しかし、このデザートは二つが合わさる事で一つの作品が完成しているのだ。
そうやって、単体でも輝く物が一つになる事で更なる極みに…………なんて考えてしまって勝手に独りで恥ずかしくなる。
もしかしてワインにアルコールが残ってたんじゃ無いよね、酔ってなければ良いんだけど。
──これ以上余計な事を思い付く前に、踏み込んでしまうべきか。
「…………さて、そろそろ良いかな」
「ん、何が?」
再三に亘って躊躇し続けていたがそろそろ決心をするべきだろう。
というよりも、これ以上後回しにしていると躊躇ってしまいそうで……この先、いつまでも踏ん切りが付けられずにタイミングがもう訪れなくなってしまうかもと考えると、怖くなってしまったと言うのが本音だった。
それに、考える時間は充分以上に作る事が出来た筈だ。
「まずは、ごめんね。まるで逃げてるみたいで」
「えっ……あ、いやっ、私も何だか突然だったからさ……」
「でも、僕は逃げちゃ駄目だったのに。昔からそうだった、臆病で優柔不断で、なのに碌に考えずに行動して失敗ばかりして──」
いや、違う。何を卑屈に自虐しているのか。
今するべきなのは、そんなことでは無い。
「だから、今日こそは逃げない事にした。自分に素直にならなきゃって、漸く気付けたから」
「そうかな、幸太郎は結構、素直だと思うけど」
「そんなこと無いよ、肝心な事は何も言えなくて…………本当はさ、凄く嬉しかったんだ」
「え?」
「赤ちゃんが出来たこと」
「あ、うん……」
「何かに認められた様な気がして、本当に嬉しかったのに驚いちゃって伝えられなくて……多分、束を不安にさせちゃったと思う」
「それは、その……うん。そうかな」
「何よりもその事をまず謝りたかったのと、あの時に言えなかった事を今、きちんと伝えておきたいと思って」
ジャケットの左ポケットの外側に手を沿えて、中身を確認する。
大丈夫だ。何度も、確認したじゃないか。
「僕は、倉持幸太郎っていう人間は篠ノ之束っていう人間がいないと成立しない。それは今までも、そしてこれからも」
「ふぅん?」
「だから、つまり……君のことは感謝してもしきれなくて、何とかその恩を返したいとか思ったりして、ぁあー……」
こんな言葉で伝わるのだろうかと、今更になって不安になってしまう。
あんなに台詞とか言い回しを考えて来たのに、いざとなったらこんなにも緊張してしまって、頭が真っ白になって言葉が何も出てこない。
参った。だったらもう、結論にいってしまった方が良いだろうか。
「その、要するにさ。君に受け取って欲しい物があるんだ。それで、それをどうするかを聞きたくて……」
「なにそれ、プレゼントってこと?」
「まあ概ね、そういう事だね」
ジャケットの左ポケットから取り出したのは、燃えるような色をした深紅の指輪ケース。
勿論、その中に入っているのは大粒のブルーダイヤモンドをあしらった指輪。つまり、婚約指輪だ。
給料三ヶ月分……では無いが、それ以上の気持ちを込めたつもりでこの指輪を用意していた。
「僕とこれからもずっと一緒にいて欲しい。だから、僕と────結婚してください」
「ぅえ、あっ────ええっ!?」
何時もトロンと力の抜けた瞳をしている束が、珍しく眼を見開いて驚愕の表情を見せていた。
オマケに口まで手で押さえて。暫くそのまま、言葉が交わされる事もなく沈黙が続いてしまう。
だけど、何故だか怖くは無かった。
その沈黙も今だけは、どうしても心地の良いものに感じられたから。
そして────
「こちらこそ、よろしくお願いします」
特に言うことはないです。
やっと、漸くここまで来たかっていう感じ。フルマラソンで言えば38km地点くらい。
まだゴールしてないじゃんって?ゴールはこれからですよ。
そしてまた、次のレースがあるんです。