あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~   作:あるすとろめりあ改

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これにてアベンジャーズ編は完結です。
次回からはIS学園編、ご期待ください。


其の六 ただいま

「折角だ、試作兵装の実戦テストをしてしまおうか」

 

 

 ニューヨークの街並みを一望できる高度まで上昇してから、Mark.Xを空中に静止させた。

 ISコアによって稼働しているMark.XはISの機能も使用する事が可能であり、スラスターを使用せずともPICによって浮遊する事が出来る。

 ジーッと顔と視界を横に動かしながら、マスクのモニターに表示されるHUDのUIでチタウリをロックオンしていく。

 

 

「よしアリス、五月雨・零式を展開してくれ」

【おっけー!】

 

 

 コールと共に、Mark.Xの背後には自身よりも一回り以上は大きい卵型をした巨大な機械が量子展開された。

 それが三つ、並ぶように空中で静止すると、中間辺りに設けられた開口部が展開し、中から拳大ほどの大きさの小さな機械がワラワラと這い出していく。

 その小さな浮遊物体の正体はビット兵器。

 

 通常のビット兵器では、コントロールの為に繊細な操作と集中力を必要とし、稼働中は搭乗者自身が動けなくなるという弱点があった。

 その弱点を克服する為に、端末たるチルド・ビットの他に母艦の役目をするマザー・ビットを用意した。

 マザー・ビットにはエネルギー補給機能と簡易型の制御AIが搭載されており、IS搭乗者が思考操作をする必要も無くチルド・ビットを動かし攻撃させる事ができる。

 もちろんイメージ・インターフェースは常に接続されているので、ある程度の標的をマザー・ビットを介して指示する事も可能だ。

 

 

「散らばれっ!」

 

 

 一つのマザー・ビットにつき48基、計144基のチルド・ビットが縦横無尽にニューヨークの街を駆け巡る。

 チルド・ビットの砲門からはリパルサー技術を応用したレーザーが発射され、チタウリや彼らが搭乗する機体を焼いていく。

 小回りの利くチルド・ビットはちょこまかとネズミの様に動き回り、チタウリ達も迎撃しようと必死に反撃するが寧ろフレンドリーファイアで味方を減らしてしまう始末だった。

 問題点は小型であるが故にエネルギーの蓄積量が少なく、十数発を発射する度にマザー・ビットへ帰還してエネルギー補給をする必要があることだろうか。

 

 

「いいね、思ったよりも使い勝手が良さそうだ」

【ねえねえ、見てるだけじゃ退屈だよぉ!】

「そっか。じゃあ突っ込もうか!」

【うん! 突っ込め突っ込めえっ!!】

 

 

 Mark.Xは急降下して、文字通りチタウリの群衆へと突っ込んでいく。

 勿論、無闇矢鱈に特攻する訳ではない。

 各部の装甲を展開して、マイクロミサイルを発射する。

 それだけであればMark.9のやっている事と変わらないが、しかしMark.Xから発射されるミサイルの数は尋常ではなかった。

 数百というミサイルが正確にチタウリを狙って着弾し、それでもまだミサイルが尽きる気配はない。

 ISの量子変換技術によってミサイルだけでなくキャノン砲などの弾薬をコアのバススロットに保存しており、発射される都度に補給をしているのだ。

 そうして、アイアンマンが通過した進路の跡でチタウリが次々と連鎖する様に堕ちていくという異様な光景が生まれていたりする。

 

 

「ぃ……やっほおおおっ!!!」

 

 

 視界に入る敵を全て、視界に入らなくてもアリスが勝手に、ロックオンしてミサイルが飛んでいくので非常に快適なフライトを楽しむ事が出来ている。

 さて、小物はそれで充分だが巨大なリヴァイアサンには些か効果が薄い。

 であれば、強力な一撃をお見舞いして差し上げるべきだろう。

 

 

「よしアリス一気に蹴散らすぞ。プロトンキャノンを出してくれ!」

【了解!】

 

 

 Mark.Xの右手には、身長が2m近くあるアイアンマンよりも更に巨大で重厚な大砲が出現し、そのトリガーが握られた。

 その名はプロトンキャノン。重イオンレーザー収束型六連装荷電粒子砲と大層な別名を名付けてはいるが、簡単に言えばビーム砲だ。

 ありとあらゆる物質を粉砕する荷電粒子(ビーム)と純粋であるが故に高威力を誇るレーザーが複合されたこの武器は、“砲”という括りに於いてはどちらの世界を基準にしてもナンバー1の火力と貫通力を持っている。

 

 

「出力は、そうだな……」

【あの程度なら5%もあれば充分かな?】

「それじゃあ、念の為にマージンを取って7%で」

【おっけー!】

 

 

 かつて、このプロトンキャノンを使用した時にはその尋常ではない電費の悪さによってアークリアクターに搭載されていたバッテリーが枯渇寸前にまで追い込まれ、死に掛けてしまった。

 しかしアイアンマンは只の機械ではない。その強さは常に進化を重ねているのだ。

 当時は自我が覚醒したばかりという事もあって未熟だったアリスも経験と成長によって考慮をする事が出来るようになり、またプロトンキャノン自体のエネルギー変換効率についても見直され改善されている。

 今回のターゲットは、何かしらのバリアを張っている訳でもなく、やや堅めの装甲と無駄に巨大な質量を持っているだけ。

 出力を調整すればユニビームでも問題ないが、安定性と射程を考慮すればプロトンキャノンの方にやや利があった。

 

 

【ターゲットロックオン、誤差修正、チャージ……完了!】

「プロトンキャノン……いっけえええっ!!」

 

 

 銃口から、桃色の閃光が音も立てずに飛び出した。

 レーザーに包まれた荷電粒子は正面からリヴァイアサンへと寸分の狂いもなく降り注がれ、弾けた。

 堅い装甲の様な外殻は高温のレーザーに溶かされ、多量の肉体も荷電粒子に押し潰されていく。

 時間にして、照射されていたのは僅か数秒のこと。

 しかし晴れてみれば……リヴァイアサンは残骸一つ残さずに消滅していた。

 

 

「いいね、いいね。結構順調なんじゃない?」

 

 

 プロトンキャノンを肩に抱えながら、辺りを見渡してみる。

 ハルクは奔放に蹂躙し、ソーは雷撃で砕き、ホークアイは的確に狙い撃ち、アイアンマンは飛び回り、Mark.9は援護を、キャプテン・アメリカは市民を守りながら戦っていた。

 彼等の手が届かない場所には、五月雨・零式のチルド・ビットが駆け付けて撃墜していく。

 少なくとも見える限りでは、現状において防衛に成功している様に見える。

 

 

「後は、ゲートを塞げば……」

《皆、聞こえてる?! 通路を塞げそうよ!!》

「ほらビンゴ」

 

 

 まるで示し合わせた様に、ブラック・ウィドウことナターシャ=ロマノフから通信が入る。

 

 

《よし、塞げっ!》

《いや……まだだ》

《だが塞がないとキリがないぞ?!》

 

 

 直ぐにキャプテンが閉鎖を命じるが、トニーがそれを拒絶する。

 理由は知っている。ミサイルが来るからだ。

 しかし、これだけ優勢な状況であれば態々ミサイルを使う必要は無さそうだが……

 

 

(いや……どちらかと言えばアベンジャーズが邪魔なのか)

 

 

 制御できない超人集団。

 それが人類やアメリカの為に戦ってくれるのならば良いが、もし仮に反旗を翻されてしまえばひとたまりも無い。

 だから、一緒くたに排除出来るのならばそうしたいのだろう。

 

 

《核ミサイルが来るんだ。もう何分も無いが、棄てるには丁度良い穴があるだろ?》

 

 

 ハイパーセンサーはマーク7が進路を転換して南へ突き進んでいくのを捉えていた。

 その通知を確認しながら、僕はこの先のシナリオを少し思案する。

 本当に今更ではあるが、大幅にあらすじに反する様な事をするのは控えるべきなのではないだろうか?

 例えば自分がミサイルをゲートの向こうまで運搬してしまっても、難なく帰還出来るだろう。

 しかしそうしてしまった場合、トニー=スタークの未来に小さくない影響を与える。

 彼がこれから約1年に亘って造る予定である35のアイアンマン、それらが誕生しない可能性だってあるのだから。

 そうなってAIMと対峙した場合……どの様に事態が変貌するのか、分かる筈もない。

 

 

「まあ、だけど……」

 

 

 多少の手助け程度であれば、問題は無いだろう。

 思考を巡らせている内にトニーはミサイルをキャッチし、マーク7は遥か遠くの宇宙と繋がるゲートの中へと飛び込んでいった。

 それを呆然と見送ってしまってから、僕は追い掛ける様にMark.Xを全速力で飛ばす。

 

 

「アリス、間に合うかな?」

【全然問題ないよ!】

 

 

 その言葉通り、速度は優にマッハを超えてしまう。

 ニューヨークの上空から、ゲート越しに外宇宙をハイパーセンサーで覗く。

 さほど苦労する事もなく、トニーのアイアンマンの姿を捉える事が出来た。

 

 

《倉持? 何をする気だ!》

「迎えに行ってくるだけです!」

 

 

 そして、上昇。

 何か抵抗などがある訳でも無く、すんなりとワープは成功してMark.Xは外宇宙へとやって来た。

 

 

「へぇ……」

 

 

 太陽系からも遠く離れた宇宙。

 恒星も遥か彼方で発光していて、まるで夜空の中に飛び込んでしまったかの様な感覚に陥る。

 そして、視界先に映るのは巨大な宇宙船。

 一目見ただけで地球のテクノロジーなんて比較にならない程の技術で製造されたと分かるそれが宇宙の真ん中で漂っているのは、まるでSFだ。

 

 そんな光景を冷静に眺める事ができるのも、僕が纏っているアイアンマンMark.Xが根本的にはISであるからだろう。

 ああ、そう言えば……今のこの状況はかなり貴重なサンプルになるな。

 しっかりログを取っておこう。このデータは将来、人類がISを纏って外宇宙へ旅立つ時には存分に役立つだろう。

 

 

「さて、でものんびりもしてられないし……」

 

 

 本来の目的は、ミサイルのお届けが完了したが機能停止してしまっているマーク7の回収。

 リパルサー・ジェットの噴射を止め、推進をPICに切り替えてゆっくりと近づく。

 アークリアクターとアイレンズの光は消灯し、動かしても反応の無い様子はまるで亡骸みたいに思えてしまう。

 しっかりと抱え、進路を元来た方向へと戻す。

 本来であれば、ゲートを通る度に大気や重力の有無に戸惑うのだろうが、PICを装備したMark.Xではお構い無しで、普通に扉を通る様な感覚で素通りしてしまう。

 

 そして──ニューヨークに再び舞い戻ってから僅か数秒後、背後にあったゲートは閉ざされた。

 それを見守りながらPICだけで着陸し、マーク7を静かに地面へと降ろす。

 

 

「ふぅ……」

【お疲れ様。バッテリー残量は17%、戦闘は終了したみたいだけど念の為に省電力モードにしておくね】

「ああ、ありがとうアリス」

 

 

 

 そこまでエネルギーを消費したつもりはなかったが、プロトンキャノンは些か過剰だったかもしれない。

 しかし、そうなるとMark.Xの運用に現状の内蔵バッテリーだけではやはり心許なかった。

 であれば人工心臓ごと交換してバッテリーを大容量化するか、若しくは…………

 

 

「倉持!」

 

 

 考えに耽って呆けていると、背後の方からキャプテン達が駆け寄って来る。

 皆、傷つき表情には疲労の色がありありと浮かんでいた。

 

 

「よくやったな倉持…………スタークは?」

「ああ、すみません、ちょっと待ってください。アリス開けるか?」

【問題ないよ】

 

 

 Mark.Xの手の平をマーク7の胸に収められたアークリアクターの辺りに置いて、スーツのシステムをハッキングして無理矢理に展開させる。

 これもコア・ネットワークのちょっとした応用だ。 

 コア・ネットワークのプロトコルは束が構築しただけあって兎に角デタラメで滅茶苦茶な仕様で、既存のネットワークで設けられたファイアウォールやセキュリティソフト、パスワードなどお構い無しに接続してしまう。

 だから通常仕様のISではリミッターが設定されているのだが……Mark.Xに関してはそもそも制限なんて物が存在しない。

 そんな訳で、アイアンマンとはいえジャーヴィスの停止しているシステムへの干渉など、アリスに掛かればドアノブを捻るよりも容易な事だった。

 

 

「それで……AEDの真似事をしたいんだけど」

【ん。弱めに電流をリパルサーから放出すれば良いかな?】

「うん、頼んだ」

 

 

 手の平にあるリパルサー・レイの照射口から微弱な電流が迸っているのを確認してから、アークリアクターを避けてトニーの胸に押し付ける。

 電流が身体を巡った反動でビクンと跳ねた。

 触れたままバイタルを確認すると停まっていた拍動と呼吸が再開し、トニーは静かに目を開けていく。

 

 

「なっ、何があった!?」

 

 

 気付けばマーク7のシステムも何時の間にか再起動していて、ビデオの逆回しみたいに再びトニーの身体へ装着されていく。

 酷く動揺していた様だが、スーツの再装着が完了すると落ち着きを取り戻していた。

 

 

「勝ったぞ…………」

「……やった」

 

 

 キャプテンが静かに勝利を告げると、トニーもホッとして溜め息をつく。

 

 

「やった……皆ご苦労さん! ああ、明日は休みにしようか、もうクタクタだ! ところでシャワルマって知ってる? 近くにシャワルマの美味い店があるらしいんだけど一度食べてみたくてね」

 

 

 突然、堰を切ったようにトニーは流暢に語り出す。

 カラ元気というか、喋っていないと落ち着かないのかもしれない。

 事故や事件に見舞われて、そこから解放された時に消沈して落ち込む人もいれば酔っ払ったみたいに陽気になる人もいると言うが、トニーは後者なのだろう。

 

 

「いや……まだ終わってない」

 

 

 しかし、そんなトニーを諌める様にソーが一言を告げた。

 

 

「……じゃ、終わったらシャワルマを食べよう」

 

 

 まあその後は……大体が想像出来るんじゃないだろうか。

 そうつまり、首謀者を追い詰めて、引っ捕らえて、終わったら祝賀会だ。

 とは言っても、誰もが疲労困憊だったからパーっと飲み明かす……なんて訳にはいかなかったんだけどね。

 でも念の為に言っておくと、シャワルマは想像していたよりも美味しかったよ。

 

 

 

 

 

 

 後日、改めて。

 

 キューブを取り返したが、ニック=フューリーは四次元キューブことテッセラクトをアスガルドに返還する事を決断した。

 そして、セントラルパークの一角でS.H.I.E.L.D.の工作員達が規制線を張って隔離される中でソーはロキを連れてアスガルドへと帰還する。

 

 

「セルヴィグ、ジェーンにも宜しく頼む」

「ああ、ソー……お前も達者でな」

「また会おう」

 

 

 別れの言葉を交わし、ガッチリと手を握り合う二人。

 ソーとセルヴィグが再び出会うのはウルトロンの時だったけ。

 エイジ・オブ・ウルトロン……その時、僕はどこにいるのだろうか。

 

 

「コタロー」

「ソー……?」

 

 

 まるで癖みたいに考えに耽っていた僕に、意外にもソーが話しかけてきた。

 

 

「素晴らしい戦いだった。アスガルドにもお前の様な勇者はそういない」

「そんな、僕は……」

「再び共に戦う事があれば、宜しく頼む」

 

 

 突然の賞賛に戸惑いながらも、差し出された手を取って握り返す。

 正直、悪い気はしなかった。

 

 

「ありがとうソー。僕も、また貴方と会える日を楽しみにしています」

「うむ」

 

 

 そしてソーはキューブの収められた筒状の器を手に取り、猿轡を嵌めさせられたロキにも反対側の取っ手を持たせる。

 ロキは不貞腐れた様に終始不機嫌そうな顔で睨んでいた。あまりいい気がする物でも無いだろう。

 キューブの青い光に包まれたソーとロキは、アスガルドへと帰還していった。

 その光景を見守りながら、僕はそっと息を吐く。

 

 

「それでコタロー、君はこれからどうするんだ?」

「そうなんですよね……」

 

 

 トニーの懸念は尤もだ。

 四次元キューブ、テッセラクトはそんなに使い勝手の良い物では無かった。

 少なくとも、座標も分からない別のアースへと移動するなんて器用な事は出来ない。

 ではどうして僕がこの世界に来られたのか……それは、偶然だったと言うことか。

 

 

「長官は、倉持が望むのならばS.H.I.E.L.D.のエージェントとして戸籍を用意する事も出来ると言っていた」

「えっ、ニック=フューリーが?」

「ああ。優秀なメカニックの勧誘を任された」

 

 

 キャプテンの言葉は俄かに信じ難い様で、でも何処かで想像する事も出来た。

 あれだけ暴れたのだから、自分の手の届く距離に置いておきたいのだろう。

 もしかしたら、(てい)の良いトニーの代わりとして使われるかも知れないけど。いや、絶対にそうだ。

 

 

「その、コタロー」

「はい。何ですかスタークさん」

「もしも良ければ、ウチに来ないか?」

「………………えっ!?」

 

 

 更なるトニーの誘いには、尚更のこと驚いた。

 まさか、トニー=スタークからそんな事を言われるなんて妄想もしてなかったのだから。

 

 

「多分、僕が君にとって一番適した環境を用意出来る筈だ。戸籍が必要ならば養子になれば良い。なに、アメリカじゃ良くある事だ」

「──────」

 

 

 あまりの事に、開いた口が塞がりそうにも無い。

 何だって? 養子? 僕が、トニー=スタークの?

 そうなると僕はコタロー=スタークか。何だか締まりのない名前だな。いや、そうじゃなくて。

 

 

「どうだろう、悪い話じゃないと思うが?」

 

 

 僕が口をパクパクさせている間、他のアベンジャーズのメンバーは口を押さえて俯きながら笑っていた。

 まるで世にも稀な喜劇でも鑑賞しているみたいに。

 そんなに面白いだろうか、今の僕の顔は。

 

 

「えっと、あの────」

 

 

 返事をしようとした時。

 

 つい先程、ソー達が旅立った場所。

 そこに再び青い光球が出現した。

 四次元キューブから発せられる反応に良く似た靄も帯びている。

 それに一瞬で反応したアベンジャーズ達は、すぐさま警戒して距離を取っていた。

 

 そして……光の止んだその先に現れたのは────

 

 

「みーつけた♪」

 

 

 軽いロリータファッションと言えば良いのだろうか、今日のコンセプトは『一人で白雪姫』の様だ。

 いや、飽くまでも憶測だけど。

 青と赤、黄色の三色で彩られたドレスに魔女みたいに真っ黒な帽子と外套、所々に散りばめられた7つの表情の意匠はそう言う事だろう。

 

 

「束……?」

「そうだよ、どこからどう見ても私でしょ?」

 

 

 その正体は、まさかの束だった。

 いや、まさかでも無いか。束ならばこれくらい平然とやってのけると容易に想像出来る。

 あまりにもタイミングが良すぎたので余分に驚いただけだ。

 

 

「ああっ、束……会いたかった!」

「なにさー、それはコッチのセリフだよ。勝手に世界からいなくなっちゃってさ」

「不可抗力だったんだよ! 僕も知らない内にこの世界に飛ばされて……」

 

 

 突然現れた女性。そして唐突に抱き合う僕達。

 その一連の流れに『もうお前の事で何が起きてもも驚かないぞ』と口を揃えて言っていたアベンジャーズ達も流石に言葉を失ってしまった様だ。

 そうだよな、説明してないんだから。

 

 

「あっ……紹介します。彼女は倉持束、僕の奥さんです」

「はろはろー」

「は? 今、なんて?」

「へ? 何が起きてるんだ?」

「え? 奥さんだって……?」

 

 

 それぞれ、思い思いに驚愕と衝撃の感情を顔と口から露わにしているが、どうにも理解が追いついていない様子だった。

 

 

「コタロー、そんな話は初耳なんだけど……?」

「すみません、聞かれなかったので話す機会がなくて」

「まあ、そりゃあそうだよな……」

 

 

 その中でも一番冷静だったのはホークアイことバートンだった。

 流石は妻子持ちのパパ。根本的な耐性が違うね。

 

 

「最後に追えたアイアンマンのログから異世界に飛んだのは何となく推測出来たから、次元跳躍マシンの白ウサギくん二号を作って飛んできたんだよ」

「えっ、一号はどうなったの?」

「科学の発展に犠牲はつき物だよね」

「あぁ……」

「まあ、でも大変だったよ。次元潮流は空間移動の多用のせいかグチャグチャに乱れてたし、辿ろうにも痕跡は微弱だったし……結局、ここに辿り着くのに3日も掛かっちゃった」

「いやあ、本当に助かったよ。ここからじゃ元の場所の世界線軸波数なんて計測出来ないし束だけが頼りだったんだ……!」

 

「なあ、スターク……あの二人が何を言っているのか全く理解出来ないんだが」

「奇遇だなキャプテン。僕もだよ」

 

 

 まあ、兎に角これで元の世界に帰れる訳だ。

 束の持ってきた白ウサギくん二号の計測機によれば、元の世界の波数は134262。

 思ったよりも、ここアース199999は近い線軸にあったのがわかる。

 

 

「それじゃあ、帰ろっか」

「うん、そうだね。皆さん、本当にお世話になりました!」

「あ、ああ……こちらこそ……?」

 

 

 戸惑いが治らない様子であったが、一人一人に別れの挨拶を告げていく。

 そうしている内に、状況の整理は何とか追いついてきた様だった。

 

 

「コタロー、君のお陰で自分についてもう少し見直してみようと思える様になった。ありがとう」

「いえ……僕も改めて考えさせられました」

 

 

 思えば、今回はブルース=バナーと過ごす時間が一番長かったかもしれない。

 知っていた通り、とても良い人だった。

 

 

「気軽に来てくれ、とは流石に言えないが。まあS.H.I.E.L.D.でも寝泊まりする場所ぐらいは用意出来るだろう」

「そうね。また何かあったら手伝って貰いたいけど」

「ははは……そうですね、機会がありましたら」

 

 

 対して、バートンとロマノフとは殆ど接点が無かった。

 バートンに至っては洗脳されていたし、ロマノフはそもそも僕の事が苦手だったみたいだ。

 それでも、険悪にはならなかったと思うけど。

 

 

「倉持、今回の一番の功労者は君だった」

「そんな……僕は殆ど何も」

「謙遜するなよ、日本人の悪い癖だな」

 

 

 キャプテンとも、固い握手を交わす。

 何というか、態度の柔らかい千冬と接している様な気分だった。

 …………別に、そこに他意はない。本当に。

 

 

「コタロー」

「はい、スタークさん」

「さっき言ったのは冗談じゃないからな。いつでも来てくれ」

 

 

 そう言われると、逆に冗談みたいに聞こえてしまうが…………

 でも、本当に嬉しかった。

 まさか、養子を打診されるなんて思ってもみなくて、驚いた。

 

 

「また会いましょう」

「ああ、その時は君のMark.Xについて教えてくれ」

「…………考えておきます」

 

 

 そして、僕は……束と共に、帰宅した。

 

 

 

 

 

 

「って言うのが、この数日間の出来事って訳」

「ふーん」

 

 

 僕は娘の瑞依(たまえ)を膝の上で抱えながら、束に事のあらましを伝える。

 その間も瑞依は大人しく耳を傾けてるみたいだった。もしかして話を理解してたりして。まさかね。

 

 

「パパ、おちゃ、のむー」

「はーい、お茶だねー」

 

 

 一歳半になった瑞依は良く喋るようになった。

 結構滑舌もしっかりとしてきて、物の名前だってきちんと認識している。

 父さんと母さんの話ではこんなに早く三語文が話せる様になるなんて事は普通だったらありえないという話だったけど……早い分には問題無いだろう。多分。

 

 

「幸太郎さま、お茶をお持ちしました」

「ありがとう黎恵。ああ、待って」

「なんでしょうか……?」

「その“幸太郎さま”っていうの、やめて欲しいなあ」

「え……?」

「もう僕達は家族で、黎恵も僕達の娘なんだ。出来ればパパとかお父さんって呼んで貰いたいなって」

「うん、そうだね。私もクーちゃんにはママって言って欲しいな!」

 

 

 僕の言葉に、束も同調する。

 しかし言われた方の黎恵は動揺したのか、何と言っていいのかも分からずに困惑した顔で佇んでしまう。

 

 

「しかし……」

「ねっ、瑞依もそう思うよね?」

「んー……おねー、ちゃん?」

「えっ!? いや、そんな、私は……!」

 

 

 瑞依の言葉に黎恵は最早戸惑いを隠せないでいた。

 頭が良いというか、瑞依は時折ドキリとさせる一言を投げかけてくる事がある。

 中々、将来が有望だ。

 

 

「まあまあ、ちょっとずつ慣れていこうね」

「…………はい」

「よし、じゃあご飯にしよう。皆には心配掛けたしね、何でもリクエストに応じるよ!」

 

 

 文字通り、映画の中みたいな世界も楽しかったけど…………

 

 やっぱり僕は、この世界の方が好きみたいだ。断然に。

 

 




名前ね、子供の名前。
良い名前が思いつかなかったのでキラキラな方向に逃げました。

瑞依と書いて「たまえ」と呼びます。

瑞→吉兆を意味する言葉で、つまり幸福とかそういうニュアンス。
依→助けるとか寄り掛かかるという意味もあるが、依存の依でもあり、転じて束縛するという意味もある。

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