あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~   作:あるすとろめりあ改

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2章 school of infinite stratos
001 新たな始まりは唐突にやってきた


「これが、白騎士……」

 

 

 眼前で、それこそ忠義の士の如く憮然と構えるISの姿に俺は思わず息を飲んだ。

 白騎士と呼ばれるそれは、ISの祖であり存在自体が伝説であった。

 対面で直立不動を崩さないアイアンマンMark.3の姿とも相まって、白と赤のコントラストは心の奥から静かに興奮を焚き付けてくる。

 

 

「ああ、しかも本物だ。普通の人は近づく事も出来ない、特別だぜ?」

 

 

 まだ若い、二十代前半ぐらいと推測される青年は、まるで自分の手柄であるみたいに得意げな様子で一夏を手招きする。

 胸ポケットの辺りに「倉持技研」と社名が刺繍された作業服を着た彼は、IDカードを取り出すと赤外線センサーなどのセキュリティを容易く解除してしまう。

 

 

「…………」

 

 

 一夏は、実は白騎士に対してちょっとだけ特別な思い入れがあった。

 というのも、推測ではあるが……白騎士のパイロットが実の姉である織斑千冬ではないかと考えていたからだ。

 その事について姉に問うた事はない。

 聞いてもはぐらかされるだろうし、例え肯定されたからといって何がある訳でもないのだから。

 しかし、あの姉の性格から鑑みるに、否定はされないだろう。

 

 

「あの社長もとことん本物に拘ったらしくてさ、どっちも動力源が搭載されたままなんだ」

 

 

 そう言って、青年は白騎士とMark.3を見比べる。

 白騎士については外観からは把握できないが、確かにMark.3の胸元ではアークリアクターが青白い光を放っていた。

 

 

「そんな状態で触れたら、登録も抹消されてるから自由に装着出来ちゃうんだけど……まあ、俺達には関係ない話だな!」

 

 

 そう……ISには最大の特徴にして最大の欠点とも言うべき仕様があった。

 それは女性にしかコアが反応せず、男性には使用出来ないというもの。

 理由はあの束さんをもって詳細は不明だと言う。

 そうなっているから、それが常識で、とにかくその認識で扱うのが普通であるという、現代科学では良くある暗黙の了解だ。

 

 だから、俺がこうして触れても何の意味もない。

 そう思って、容易く手を伸ばした。

 

 

「っ────!?」

 

 

 キィンと、金属が擦り合わされた様な感覚が頭の中で響く。

 そして同時に、おびただしい程の情報量が腕を介して直接脳へと津波になって襲ってきた。

 基本動作、操縦方法、性能、特性、装備、予測活動限界時間、行動範囲、ハイパーセンサーの精度、範囲、感知された機影、その詳細なスペック、シールドエネルギー残量、損傷箇所、同調率…………まだまだ、終わらない。

 

 

「うっ、ぐ……!」

 

 

 これはマズい……なんて、今更になって気付いた時には手遅れだった。

 離れようにも、手の平は白騎士の装甲に張り付いてしまったみたいで、剥がれない。

 頭がパンクしそうになるが、それでも白騎士は逃げるのは許さないと言わんばかりに離してくれなかった。

 

 そして、異変が起きる。

 目の前に、触れていた筈の白騎士が姿を消したのだ。

 

 

「いや……っ」

 

 

 違う。それさえも、理解出来た。

 白騎士は消えたのではなく量子変換されて目に見えない大きさに変化しただけだ。

 そして光となって、全身に、皮膚に張り付いていく。

 感触を確かめる様に侵食していき、光は装甲に変化して展開される。

 頭への負荷が取り除かれた時には────一夏は、白騎士になっていた。

 

 

「た……た、大変だあっ!!」

 

 

 慌ててどこかに連絡してるみたいだけど……もうとっくに、手遅れだと思う。

 

 

 

 

 

 

 意外な事に、メーティスよりもその電話の方が一報は早かった。

 後になって思った事だが、メーティスでもスピードで敵わない事があるんだな、とこっそり嬉しくなったのは秘密である。

 

 

《ああ、やっと出た! もしもし社長?!》

「はいはい、聞こえてるから落ち着いて。何があったのかな篝火(かがりび)さん?」

 

 

 電話の主は、僕の部下でありIS第二研究所の所長を任せている篝火ヒカルノさんだった。

 僕の見ていない所で時々奇行に走ったりするけど……まあ、基本的には非常に優秀なソフトウェア・エンジニアである。

 実は小学生から高校に至るまで同じ学校で同級生だったのだけれど、正直なところ印象は薄い。

 それは兎も角。

 

 

《あー、えっと、どこから話したら良いのか……!》

「順序だてて事の成り行きを。まず初めに、どこで何が起きたの?」

《その……今日、ウチが共催として関わってるISのイベントがありまして》

「ああ、白騎士とMark.3を貸し出したやつね」

 

 

 倉持技研が資金だけでなく資料提供などの面でも協力しているそのイベントは「ISをもっと身近に感じられる様に」と、ISのこれまでの経緯や未来への展望についての展示が行われている。

 しかし、本当の目玉というか客寄せのダシはISを実際に手で触れられるという物。

 そして倉持技研は、というよりも僕個人の独断であるが、甲鉄と打鉄、打鉄弐式だけでなくISの原型(アーキタイプ)である白騎士と、その白騎士とは切っても切れない縁があるアイアンマンMark.3の実機を提供していた。

 もちろんレプリカでは無い。どちらもあの隕石騒動、ラグナロック・ショックの際に使用した本物だ。

 

 

《そのイベントに、織斑一夏くんが来ていたんですが……》

「えっ、一夏くんが?」

 

 

 その名前に、僕は敏感に反応してしまう。

 何度か倉持技研を案内している一夏くんの事は、篝火さんも認知していた様だ。

 だから、こうやって連絡役を買って出たのかもしれない。

 

 

「よく一夏くんが来ていただなんてわかったね」

《例のVIPカードを使用して優先入場したので、私の部下が案内していたんです》

「ああ、成る程」

 

 

 一夏くんや箒ちゃんには、とあるカードを渡している。

 それは、工業分野に飽き足らずショッピングモールやホテル等の宿泊施設、最近では交通機関にも手を出した倉持技研の更に傘下にあるグループ企業で様々な特別優待サービスを享受できる証明書だ。

 正直、使う人が数人しかいないからってショッピングモールでは全品半額以上の割引、ホテル・旅館での無料宿泊だとか、我ながらやり過ぎた気がしないでもないけど。

 

 

《それで……白騎士の場所まで案内した時、部下が触れる様に促したので一夏くんが白騎士に触れてしまったんです》

「あれ、白騎士とMark.3の展示場は接触禁止にしてなかったけ?」

《そうなんですが、調子に乗った部下が職権濫用で案内してしまったみたいで……」

「あらら……うん、それで?」

《白騎士を、一夏くんが装着してしまったんです》

「は────?」

 

 

 それがどれだけ異常な事か、分かってはいても理解が追いつかなかった。

 男にはISを使えない……それは絶対ではない事は己が一番知っていたが、しかし常識ではそうなのだ。

 まさか身内に、その常識を破ってしまう存在がいたとは驚きだが。

 

 

「それで、一夏くんは今どうしてる?」

《ひとまず、我々で保護しています。しかし会場にはテレビカメラが入っていて、運悪く映像に収められてしまったみたいで……》

「…………わかった、今からそっちに行く」

 

 

 言いながら、幸太郎は立ち上がった。

 その反動で浮き上がり、飛んでいってしまいそうな浮遊感に抗いながら……何とか踏み留まる。

 やはり慣れない環境は慎重にならなければ、と一人でこっそり反省しながらズボンに付いた埃を払う。

 

 

《社長……今、どこにいるんですか?》

「ん? 家の軒先だよ。それじゃあ着いてからまた連絡するから」

 

 

 一方的に、通話を切った。

 しかし……その手には通話に使用する筈の端末は握られていない。

 ましてや耳にbluetoothがある訳でもなく、周囲から見ればまるで独り言を呟いていた様にしか見えなかっただろう。

 …………周囲に人がいれば、の話だが。

 

 

「さて……メーティス、Mark.23を寄越してくれ」

『イエス、マスター』

 

 

 呼び寄せたアイアンマンを装着すると……そのまま、幸太郎は()()を目指した。

 

 

 

 

 

 

「2,3日、ここにいてください。食事はルームサービスを、必要があればフロントのコンシェルジュに電話してください」

 

 

 そう言われて、攫われる様に連れてこられたホテルの一室に閉じ込められて五日が経過していた。

 別に、ここでの暮らしに不満がある訳ではない。

 幸兄さんが所有するホテルだけあってサービスは行き届いていたし、己の安全の為にここへ匿われているのも理解できる。

 強いて言えば、外の空気を吸えないのは若干辟易していたが。

 

 

「一夏くん、いるかな?」

「! うん、いるよ」

 

 

 気晴らしにホテルから借りたノートパソコンでニュースサイトを梯子していた所に、ドアからノックと在室を問う声が聞こえた。

 その音の主を、一夏は直ぐに察する。

 案の定、部屋を訪れたのは一夏も良く見知った人物だった。

 

 

「幸兄さん……!」

「やあ、一夏くん」

 

 

 倉持幸太郎。倉持技研の社長であり、一夏は彼が社長やアイアンマンと呼ばれる前から知り合いだった。

 何かと周囲に女性の多かった一夏は幸太郎を兄の様に慕い、また逆に弟の様に可愛がられていた。

 かれこれ10年近くに及んで培われた思い出と信頼から、その姿を見ただけで一夏にのし掛かっていた緊張が解れていく。

 

 

「なんだか、随分と災難だったみたいだね」

「うーん、あんまり……実感が湧かないんだけどね」

 

 

 今回の事態は目まぐるしく経過していったので、どこか他人事の様にも感じてしまっていた。

 男がISを動かしてしまう……その異常さは認識していたが、すぐ側に倉持技研の職員が控えていた事もあって大事に至る事もなく、一夏自身への実害が無かったからだ。

 

 

「まあ、少し話を整理してみようか……」

 

 

 一夏に向かい合う様に幸太郎は備え付けられた椅子を引き寄せ、そこに座った。

 よく見ればその表情は、どこか辟易してる様にも受け取れる。

 どうやら、何かあったようだ。

 

 

「一夏くんが白騎士を起動させたあの時、偶々イベントの取材にテレビ局が来ていたんだ」

「まさか……」

「うん。バッチリ、撮られてたみたいだね」

 

 

 思わず顔を覆ってしまった。

 後悔先に立たずとは当にこの事だ。調子に乗って軽々しく手を出すからこんな事になる。

 

 

「まあ、マスコミは箝口令を敷いてなんとか報道は差し止めたし、ネットもメーティスが動画や書き込みを監視して拡散は防いでいるから何とかなってるけど……」

「けど?」

「人の記憶や会話までは流石にどうしようも無いからね、徐々にだけど一夏くんの話が偉い人達の耳元に広まりつつある」

「あー……」

「何とか話が大きくならない様に尽力したつもりなんだけど、水面下で動かしてる連中もいるみたいで、正直……あまり上手くいってない」

 

 

 随分と、幸兄さんの手を煩わせてしまっている様だ。

 元はと言えば己の軽率さが招いた事ではあるが……あまり、幸兄さんの負担にはなりたくなかった。

 

 

「…………あのさ、幸兄さん」

「ん?」

「俺から、何か出来る事があるなら率先してやるよ。流石に何もしないでじっとしてるのは……性に合わないや」

 

 

 対して、幸兄さんの反応は……少しだけ、困った様な表情を浮かべていた。

 

 

「うーん……じゃあ、少しだけ甘えても良いかな」

「ああ、勿論だよ!」

「えーっとね、一夏くん────IS学園の生徒になって貰えるかな?」

 

 

 …………え?

 


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