あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~   作:あるすとろめりあ改

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005 ウサギの巣穴にすってんころりん……何処かで聞いたことある話だな

 時は7月──小学生としては最後の夏がやって来た。

 そう、つまり夏休みだ。

 茹だる様な暑さの中で直射日光を浴びて汗ばむ服に苛立ちながら登校する必要も、授業中にUMPCも弄れず悶々とすることも、隣の席の女子にちょっかいを出されて対処に苦慮する必要も無い夢のような一時が……始まった!

 

 世間では夏だ海だ何だと大はしゃぎで遊びの計画立案に心を躍らせている小学生も多いことだろう。

 実は、かく言う僕も心を踊らせていたりする。

 とは言っても、海水浴みたいなイベントを楽しみにしている訳では、もちろん無い。

 

 その理由は、今日になって漸く僕の部屋に届けられたこの直径60cm近い箱にあった。

 

 

「ねんがんのワークステーションをてにいれたぞ!…………なーんてね」

 

 

 ……思わずテンションが上がってしまっていたみたいだ。

 さてワークステーションとは、ごく簡単に掻い摘まんで言えば高性能で高級なPCのことだ。

 最近ではPCの性能が向上して両者の垣根は殆ど無いに等しいが…………それでも、やっぱり値段は張るし家電量販店に並んでいるPCでは逆立ちしても敵いっこ無いぐらいには高性能なマシンに違いはない。

 

 今回、倉持重工で3DCADなど設計図作成に両親が使っていた物が新調されると言うことでお古をせがんで譲って貰った。

 さて……型落ちとは言え未だに第一線で活躍できるパフォーマンスを持ったこんなマシンを手に入れた理由……それは勿論、AIを動作させる環境を構築する為だ。

 

 本当は、携帯端末とかせめてノートパソコンで持ち運べる様にしたかったんだけど……

 でも考えてみればね、スーツに導入する前ならモバイルネットワークを介して本体と交信出来るし、スーツが出来る前にAIを学習させておくべきだって思い返したんだよね。

 

 

「と言う訳で……インストールしてみますか」

 

 

 AIの原型とも言うべきプログラムはこの6年間の間にコツコツと組み上げていた。

 とは言え、現状では知識の無い赤ん坊の様な状態で……それ故に、インターネットと接続して常時情報収集させる様にプログラミングもしてある。

 勿論そんな事をしたら唯でさえ消費電量の多いワークステーション、電気代がとんでも無い事になるが…………安心してください、アークリアクターがありますよ。

 

 そんなこんな、AIに想いを馳せている内にインストールは無事に終了した。

 

 

「システム領域をSSDに入れ換えておいて良かった……」

 

 

 こだわりの静電容量無接点式キーボードをコスコスと打ち出して微調整を行う。

 程なくして、AIのインターフェースがウィンドウに表示される。

 

 

「では…………ハロー、メーティス」

 

 

 なお、音声認識開始のキーワードは『ハロー』に設定した。

 『ヘイ』や『オーケー』じゃ被るしね…………

 

 

『はいマスター。初めまして。私はメーティスです』

 

 

 若い女性の声が、まだ言葉の紡ぎに拙さを感じさせながらも応えてくれる。

 

 因みにAIのコードネームはM.E.T.I.S.にした。

 名称がJ.A.R.V.I.S.のままというのは、何となくトニー=スタークに申し訳ない様な気がしてしまい、リスペクトしながらも異なる呼称にした方が良いのではないかと考えたからだ。

 

 メーティスとは、ギリシア神話に登場する知恵の女神の名前である。

 神話によればメーティスはゼウスに飲み込まれてしまった事でゼウスと同化し、彼は知恵の神としての側面を持つようになり、時には頭の中でゼウスに予言を伝えたという。

 補足すればあの日本人にも聞き覚えがあるであろう戦女神のアテナの母親でもあり……何とも、掘り下げるほどにアイアンマンの補佐をするAIの名前にピッタリでは無いだろうか?

 

 

「じゃあメーティス、早速インターネットを巡回して知識を集めてくれ」

『了解しました』

 

 

 尚、インターネットには悪意によって敢えて事実と異なる知識も砂漠の砂の如くあるので、情報には優先度を儲けて収集するように設定した。

 例えば論文やニュース記事などは“正確性の比較的高い情報”であり、SNSや掲示板サイトの書き込みは“参考程度の情報”と分類できる。

 

 兎も角、今は情報を集めた上でそれを取捨選択させたり、物理法則に基づいた計算をさせる事で経験値を積ませたい。

 そしていずれはアイアンマンに搭載して…………

 

 

「おーい、幸太郎ー!」

「ん…………はーい?」

 

 

 妄想に耽っていると、一階のリビングの方から父さんの声が聞こえた。

 珍しい、どうやら今日は家にいるようだ。

 …………土日祝を問わずに仕事に没頭している父を見ていると、ちゃんと血を引いてしまっているんだなぁ……なんて、少しホッとしていたりする。

 

 

 

 

 

 

「どうしたの、父さん?」

「いや、今ちょっと春香さんと話をしていたんだ」

「幸太郎が今年の夏休みも部屋に篭もってる事について、ね」

 

 

 こうやって直接顔を見合わせるのは一か月振りだろうか、僕の父親にして倉持重工のCEOである倉持哲雄は穏やかな声と表情で語りかけてくる。

 

 ところで、父さんも母さんも、お互いの事を何故か下の名前にさんを付けて呼び合う。

 仲が良さそうなので大変結構なのだが、ちょっと珍しいような気もする。

 

 

「篭もってるって……でも、それを父さんと母さんに言われたくないなぁ」

 

 

 月月火水木金金を地でやってしまう月も在るような両親は、ある意味引き篭もりのスペシャリストとも言える(仕事なんだけどね)。

 いや、不満は無いんだけど自分の身体も少しは顧みてほしいな、ってね?

 

 

「それは仕事だからよ。それに、子供がずっと外に出ないで屋内で過ごすのは流石に健康に良くないと思わない?」

 

 

 大人もそれは同じ、若しくは子供以上に深刻だと思われます。マム。

 反論しても口で勝てないから言わないけどね。

 

 

「だから、今更だけど何か習い事でもやった方が良いんじゃないかと思って…………幸太郎、武術なら興味あったよね?」

「え゛」

 

 

 そりゃあ、僕も男の子だし、叶わぬとは解りながらも生身でキャプテン・アメリカみたいなアクションをしてみたいなぁと思うことはあるけど…………

 あれぇ…………これは、この流れはマズいんじゃないかな?

 

 

「近くの神社で剣術道場をやってるそうなんだ」

「ちょうど夏休みで無料体験教室をやってるから、明日から行きなさい?」

「えー…………」

「言っておくけどもう申し込んじゃったから、断れないわよ?」

 

 

 やっぱり、強制だったよ…………

 

 いや、ここはポジティブに考えよう。

 最近は飛行ユニットにも手を出し始めたんだけど上手く行ってなかったから、これは気分転換になるかもしれない。

 汗を流すこと自体は、嫌いじゃないし。

 

 …………でも、本音はあんまり乗り気じゃないです。

 

 

「まあ、ほら……ワークステーションの条件くらいに思って、さ?」

「うん……わかったよ」

 

 

 それを引き合いに出されてしまうと、僕は強く言えなかった。

 まあ元々そんなに反抗するつもりも無かったけど。

 

 

「剣道なんてやった事ないけど、大丈夫かなぁ」

「剣道じゃなくて剣術だから、初心者の方が多いと思うわよ?」

「ん……剣術?」

「そっ、竹刀じゃなくて木刀を使うみたい」

 

 

 …………余計、不安になってきた。

 

 

 

 

 

 

 さて、僕が真面目に木刀を見せられた通りの型に従って延々と素振りをする……なんて事を、僕がするだろうか?

 答えはNOだ。

 いや……それでも初日は真面目に参加したんだよ。初日は。

 でも僕は木刀を振りながら何とか抜け出すことは出来ないだろうか……なんて事を考えていた。

 それが功を奏して、抜け出すタイミングを見つけ出すことに成功する。

 

 まず始まる前に点呼があって、万が一にも不在を心配して家に電話されたら(そういう時に限って間が悪いことに家に親がいたりするんだ)困るので、これには参加しよう。

 しかしその後……特に何か参加を確認する様なことも無く、終わるときも「解散」の一言だけ。

 だから僕は、二日目にして剣術教室のサボタージュを決行した。

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 

 このまま家に直行するのは、低い確率ではあるが親とバッタリ遭遇する可能性があった。

 そうなれば剣術教室はどうなったんだと問い詰められるのは確実で、それは避けたい。

 となれば、本来の終了予定時刻である12時半までは何処かで暇を潰すしか無いのだが……

 

 

「あー……そこから先を考えてなかったぞ…………」

 

 

 例えばファミレスで時間を潰す、映画館で映画を観る……なんて手段があるにはあるが、それらの行為には当然ながらお金がかかる。

 お金が無いわけではなく、お小遣いはそれなりの額を貰っている。

 だけれども、そんな事で千円を消費するくらいならネジの一つでも買うほうが有意義だ、なんて思ってしまう訳で……

 

 もちろん、マーベルの映画だったら幾らでも出す所存だが、残念なことにこの世界にはアイアンマンを初めとして原作コミックからして存在しない。

 非常に、残念で、遺憾である。本当に。

 

 

「仕方ない、少しブラブラするか」

 

 

 そもそもは気分転換でこんな所まで来ていたので、だったら別の手段で気分転換をすれば良い。

 幸いにも、この神社はそれなりに境内が広く、中心の本殿や道場から少し歩くと青々とした木々が広がっている。

 松だか杉だかがの木が無計画に植えられていて、さながら森の如く鬱蒼としていた。

 

 神社そのものが初めて訪れる場所なので、気分はまるで冒険だ。

 

 

「これは良いや……思ったよりもリフレッシュになるかも」

 

 

 木漏れ日は目に優しく、生い茂った葉が太陽の熱を遮ってくれるお陰で気温も涼しい。

 余談だがマイナスイオンというのは科学的根拠のない迷信だ。

 森林浴が身体に良いと言われるのはマイナスイオンなんかでは無く木々が騒音を遮断するとかフィトンチッドなどの物質がコルチゾール濃度を低下させるから……らしい。

 

 

「まあいいや、気分が良いんだからそれで、さ……」

 

 

 気分が乗って来たし、どうせならと更に歩みを進めてみる。

 

 ザクザクと足元で草を踏みしめる音が鳴るのも、なんだか楽しくなってきた。

 これなら、また機会があったら来ても良いな、なんて思ってしまったり。

 

 

「ん……?」

 

 

 暫く歩いていると、妙に拓けた場所が視界の奥に見えてきた。

 もう一周してしまっただろうかとも思ったが、どうも違うらしい。

 そこにあったのは本殿や道場の様な立派な建物では無く……朽ちた小屋だった。

 

 

「ふぅーん?」

 

 

 その小屋はやたらと年季が入っていて、崩れ落ちていないのが不思議なくらいだ。

 茅葺き屋根は他の植物の種子が紛れ込んだのか緑色が混じっていたし、煤けた外壁は所々に穴が空いている。

 全部が全部、木か若しくは草で作られた小屋は少しでも強い風が吹いたら途端に吹き飛ばされてしまいそうな程に弱々しく儚げな印象を受ける。

 

 

「…………」

 

 

 だからと言って、それが何という訳でもないのに。

 僕は何故だか無視できなくて、その壊れてしまいそうな小屋へ慎重に入ってみる事にする。

 戸があったと思われる場所には今は何も無くて、何人たりとも拒むまいと言わんばかりにポッカリと開け晒しだった。

 

 

「お邪魔しまーす……」

 

 

 誰もいない。

 当たり前だ、こんな所に人が住んでたら直ぐに退去することを全力で勧めたいものだ。

 

 床は元々無かったのか、それとも剥がされたのかは定かで無いが土と雑草で埋め尽くされている。

 内部もやはり何の変哲もない、寧ろ外から見るよりも光が無いからか脆そうに見えた。

 

 

「なんで取り壊さないんだろうなぁ……」

 

 

 結局、何の収穫も得られなかった。

 諦めて引き返す為にクルっと一回転。

 で、小屋から出る為に前へ一歩差し出すとズボっと地面に足が靴ごと踝の辺りまで吸い込まれた。

 

 

「……へぇ?」

 

 

 余りにも予想外な事態に、呆けた声が口から漏れ出してしまう。

 引き抜こうとしてもまるで土の腕に掴まれたみたいに持ち上がる気配がない。

 座り込んで、足を持ち上げようとしてもウンともスンともいわないのだから、お手上げだ。

 

 これには、流石に参った。

 

 

「おいおい……“大変だ、大変だ、遅刻しちゃうよ”」

 

 

 なんて、何か遅刻を憂うような約束があるわけではない。

 ほとほと困ってる筈なのに、何故かそんな冗談みたいな言葉がなんとなく出てきたのだ。

 そんな事を言ったって足が抜ける訳でも無いのに。

 

 代わりに、地面には大穴がポッカリと空いたが。

 

 

「…………?」

 

 

 さて、自由落下の法則を知っているだろうか?

 物体の下に地面や床が無くて、かつ空気抵抗の生まれる様な高度でも無ければ物体は重力だけの影響で落下するという物理現象だ。

 あ。いや、大気の中でも自由落下と言うんだったけ。

 

 それはともかく、この地面には穴がある。

 むしろ地面が無いと言っても言葉に不都合はない。

 

 と、言う事は?

 

 

 

 僕は、落ちる。

 

 

 

「うわ、っあああぁぁぁぁぁ────」

 

 

 あ、なんか今の悲鳴って雰囲気がロバート=ダウニーJr.みたいだったぞ、なんて余計な事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

「────ぁぁぁぁぁあああっ」

 

 

 腕をブンブンと振り回してみても落下速度は落ちやしない。

 いや、もしかしたら多少は影響があるのかもしれないけど、体感速度は変わらなかったんだ。

 

 これはどこまで落ちれば気が済むんだろ……なんて、考えながらちょっとだけ神様にお祈りしてみる。

 

 助けてください。

 

 

「ふぎゅっ?!」

 

 

 ……ニーチェの嘘つきめ。

 神は生きてたぞ、だって、何故か落下点に大量のクッションが敷き詰められてたんだから。

 

 しかし、なんで地下の底にそんな物があるんだろ?

 

 

「一体、なんだってのさ……」

 

 

 ぼやく様に、呟いてみる。

 誰か事情を知っている人がいるんだったら、是非とも説明して貰いたいものだ。

 

 いや、その前に脱出手段を考えなければいけないか?

 

 

「…………お前、何やってんの?」

「おろ?」

 

 

 少女と思しき声に突然話し掛けられたので変な声が出てしまった。

 顔を声が聞こえた左側に向けてみれば、何とも不機嫌そうで目つきの悪い女子が僕を見下ろす様に眺めている。

 

 あっれれー?どっかで覚えのあるシチュエーションだぞー?

 

 

「えっと……篠ノ乃野之さん?」

「だから“の”が多い…………今のは絶対に態とだろ、おい」

 

 

 青と白のワンピースを着た篠ノ之束の姿がそこにあった。




おむすびも白ウサギも追いかけてないのに……どうしてこうなった

沢山の感想と、更には評価までありがとうございました!
まさか自分の作品が赤評価を頂けるとは思ってもみませんでした。日刊にも一瞬だけランクインしてたし。
そんなご厚意を糧に、頑張りたいと思います!


ところで、藤原さんの吹き替えも大好きだけど字幕版のロバート=ダウニーJr.の生声も良いよね。
特に悲鳴は吹き替えよりも字幕版の方が断然良いと思うんだ。
序段の襲撃でミサイルが目前に来て焦った時とか、マーク2の飛行テスト中に凍結して落下する時とか、さ…………

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