第1話
1、夕焼ケト海ヲ眺ム坂道
その日の授業を終え、いつも通りに帰宅する。
バスを待って乗る。窓際の席から海と夕焼けを見るのが平凡で変わり映えしない僕の人生のささやかな楽しみである。
いつもと同じ一番後ろの席に座ろうとすると兎のぬいぐるみがぽつり。誰かの忘れ物だろうか?
よくある兎のぬいぐるみ、という他はピンク色をしているという以外特筆すべき点のない普通のぬいぐるみだ。
まるで僕みたいだ、と思うが兎の表情からは『お前と一緒にするな』
と嘲笑っているように見える。帰り際に運転手さんに渡せばいいだろう。
ひとまず気にせず退かして座り、夕焼けの海を眺める。
沈み掛けで半円を描くはずの太陽が海に反射し丸に見える。歪んだ下半分は眩しくもゆらゆらと揺れ、飽きることのない美しさを僕に映し出す。
毎日のささやかな楽しみは終わりを告げ、今日も家路につく。
母親の作った食事を食べ、テレビを見て父親と雑談し、お風呂に入って歯磨きをして寝る。
(明日テスト…まあなんとかなるかな)
テンプレートのように、平凡でつまらないがそれ故に得難い日常に何も思わず過ごしてゆく。
2、我ハ此処ニ在ラズ、シカシ此処ニ在リ
退屈なテストはどうせ帰ってきても3桁満点といつも通りの結果だろう。
…まぁ105点とか付けられても対応に困るけど。
こんな物、普段の授業を聞いているだけで事足りるのに他の生徒は結果を比べて一喜一憂する。神童と呼ばれた俺にすら理解が出来ない。
テストの日は時間が短く終わるので寄り道をして帰るのが毎回である。
(そうは言っても特に見るもの無いんだよな…バスでも乗って適当にぶらつくか。)
思い立ったが即行動、俺は近くのバス停で音楽を聴きながら待つことにした。1曲目が終わるタイミングでバスが来たので少し物足りなさを感じつつも乗り込み、一番後ろに座る。
どこに行くか宛もないのでぼんやりと外を見ながらバスに揺られていたがしばらくすると睡魔に負け眠っていた。
(……ん…寝てたか)
驚くことも無く起きて次のバス停で降りようとしたが外は既にオレンジ色。そろそろ帰らねば心配性の母を困らせてしまう。
ちょうど都合のいいことに次のバス停が家に最寄りの駅だ。
俺しか乗ってなかったのかよと心の中でツッコミつつもバスを降り帰宅する。
家の前につくとドアの横にある手すりから何かがぶら下がっているのに気づいた。
(……紐……?)
ぶら下がった紐を引っ張り上げると、右耳と左足を失った兎のぬいぐるみが吊られていた。
家の前のライトが切れかけていて色の識別が難しいが恐らく灰色と思われる兎のぬいぐるみ。紐を外そうとぬいぐるみに触れた瞬間
『君は求めているんでしょう?ならばわたしが与えましょう。精々頑張りなさい?』
読み取れない様々な情報と不思議な感覚、そして少年のような声。一気に訳の分からないことが起こって俺は膝をつきかけたがなんとか耐えた。
とりあえず胡散臭い兎のぬいぐるみを部屋に置くことにした。
立ちくらみを起こしたことは当然母親には内緒だ。