少女はナルガクルガ解体作業が終わると、そそくさと帰ろうとしたチルノを捕まえて自分の家に招待した。もちろん建前はランポス狩りに向かわせないためではあるが、久しぶりの帰郷と再会なのだ。もとより少女には下心があるに決まっている。
チルノだって本当はそのつもりであった。今でこそさっさと帰りたい理由が出来てしまっているが、それさえなければわざわざ少女のほうから誘うまでもないことだ。少し悩んだものの、少女の寂しげな顔を見ると断るのははばかられる。「素直じゃないなぁ」と笑い、チルノは少女の誘いを受けることにした。
夕食はナルガクルガの肉が入ったスープ。肉食龍特有の臭みは森で採れた香草である程度ごまかしてはいるものの、それでも独特の味が出る。人間に扮して集落で暮らしているチルノにとって、それは初体験の味だった。
「う、獣臭い・・・」
「文句言うな。妖精の森じゃなかなか肉なんて食べられないんだから。まずくても貴重な食料よ」
「こんなの別に食べなくたってブルファンゴとかいるんじゃないの?」
チルノの言葉に「こんな複雑に入り組んだ森の中に猪突猛進するような単細胞が忍び込めると思う?」と返事する。チルノは納得したようになるほど、と頷いた。「それに、あいつだって雑食なんだから獣臭さは大して変わらないわよ」とルチアが言うと「ポポの肉はおいしいのになぁ」とかぼやいていた。あれは草食動物じゃないか。もとよりジャンルが違う。それも言いかけたが、少女はあえて口にするのはやめておいた。おいしくない食事を前にして、おいしい食材の話をしても虚しいだけだ。
食事も終わり、チルノはぼんやりと夜の外を眺めていた。精霊の木のすぐそばにある少女の家の窓からはどこを眺めていても精霊の木しか見えない。こんな風景をずっと見て、よく飽きないものだと思う。見上げてみても、月も夜空も葉と枝に遮られている。まるで精霊の木という名の、大きな屋根の下にいるかのよう。
「ねえ、ルチア」
ふと、チルノは少女の名前を呼んだ。ルチアと呼ばれた少女は読んでいる本から目は離さずに何かしらと返事する。「もうあれから十年も経つんだよ」とチルノは思い出深そうに呟いた。
忘れもしない十年前のあの日。―――姿無き龍が妖精の森を襲った日。大妖精であったルチアが死に、チルノが大妖精の名を継いだ日。精霊の木の導きによってルチアが森の精霊となった日。
そして、チルノが戦うことをやめてしまったあの日。
「そうね」と淡々とした返事を返すルチアに、ふと「私のこと恨んでる?」と問いかける。
「大妖精の責任も仕事もみんな捨てて、人間のふりをして生きている私のこと」
「嫌われ者の氷精が、大妖精なんて出来るはずない」そう言ってチルノは妖精の森を飛び出したっきり今日まで森には近付かなかった。そしてその間、チルノは人間に化けて集落で自由に暮らしていた。たまたま人里にやってきたルチアが、そんなチルノを見つけたのはつい一週間前のこと。それまで便りのひとつも出さずに大妖精という役目から逃げ続け、ルチアに押し付けてきたのだ。ルチアにだって恨み辛みはあるだろう。怒られるのは覚悟していた。
しかし、ルチアの表情は変わらない。それどころか、本から視線を外すことなく答えた。
「十年程度で恨み言が出るようなバカな選択はしたつもりは無いわよ」
「大妖精になる準備も心構えも無いままに名前だけ引き継いだだけのあなたに過度な期待なんてしていないもの」要は気にするなと言いたいのだろうが、ルチアの言葉は皮肉にも聞こえる。「そうだよね」とあからさまに落ち込んだ返事をするチルノを見て気持ちを察したのか、ルチアは途端に焦りだした。
「あなたにだって分かっているでしょう、チルノ」
あなたにはまだ時間が必要なのよ。
「でも、私は・・・今すぐに力がほしい。―――博麗の巫女の娘だって、もう立派にハンターやってるんだよ」
「人間と一緒にするんじゃないの。あんたは妖精なんだから」
「妖精はあまり深く考えちゃダメよ」とルチアはチルノの頭を撫でた。でも、チルノの表情は変わらない。チルノの焦りと不安はルチアもよく分かっていた、分かっていたつもりだった。だからこそ今あえて彼女を妖精の森に招いたのだ。でもそれもまだ早かったのかもしれないとルチアは心の中でため息をつく。「今日はもう寝ましょう」とチルノを客間のベッドまで案内した。
「おやすみ、チルノ」
「うん・・・」
―――時間が必要なのよ、とルチアは言う。でも、私は今すぐに力がほしい。力さえあれば、立派な大妖精になれるから。
チルノは結局、一睡も出来なかった。
ルチア(大妖精)は大人になってクールになりました。
チルノはおとなしくなりました。
そして、今更だがチルノの武器を何にしようか。
片手? 太刀? 大剣?
例のあれならどれでもいけそうな気がするが・・・。