…ようやく私に注意を向け始めたか。
だが、それでも尚、ブリテンの滅びを――アルトリアの努力の結晶の滅びを、私の滅びより優先するか。
―――その時が来たら覚悟をするがよい。世界からしたら矮小な私達だが、
だからこそ世界に見せられるものが在る。世界程度希望を胸に信じる事で変えられることを証明してやろう。
それが、希望を、感情を私に教えてくれた『彼女』への恩義だ。
「カリバーン…カリバーン、聞いていますか?」
余計な考え事をしていた。アルトリアの声を聞き逃すとは。
今、私達はちゃんと穴を塞いだ浴場で身体を洗っている。
アルトリアの肌は鉱物を分解する事も侵食する事も出来ない唯の不老でしかない肉体だが、
私はその肌を価値あるものだと認識している。
故に、私と同じ匂いを纏う事を許すのだ。他でもないアルトリアだからこそ。
因みに例の羽虫は、同じ匂いの洗体材を使った私とアルトリアの匂いを嗅ぎ分けられるというのだから恐ろしい。
そもそも、昆虫と言うのは大抵が餌を寄り好むものだから想像が出来ないわけではないが、恐ろしいものだと思う。
「…考え事をしていました」
「…もしかしてマーリンの事だったりしますか?」
「……」
「…ふふ。少々複雑ですが」
間違いでは無い所が腹立たしい。だが、何かしらの誤解をされているのなら解かなければならない。
「……今、周囲の壁を探知したところ穴が無い所も薄くなったところも無いことを確認していました。
例の3人…いや4人はガウェインの自室に向かっているようです。
千里眼もこの浴場には使わせないという契約で縛っているので安心しなさい。」
「そうですか。……あれ、確かヴォーティガーンの城から遠見の鏡の類を発見したとガウェインが言っていたような」
………。
懲りない雄性どもめ。
「愛しきわが仔よ、浴場の石材から成分を抽出させて濁り湯に変えました。
貴方は直ぐに其処に浸かりなさい。私は真紅の風呂に入る必要がありそうです」
「……はい。」
アルトリアを濁り湯につからせて、私は取り敢えず獅子の絵で彩られた布を簡易的に身に包み、
砂漠にでもありそうな、邪な欲望を映し出す暗黒の鏡を砕きに行くことにした。
〇ま●ー○り●ん○
奇妙な形の鏡がある。
ガウェインがヴォーティガーンの城から持ち帰ったそうだ。
なんと、離れた場所を覗き見る事が出来る代物だった。
しかも高解像度で修正の入らないかんっぺきな仕様だった。
僕は友人たるトリスタンとランスロットと共に、ガウェインを訪ね、
その鏡を人目に付きにくいガウェインの部屋で堪能する事にした。
「…説明書きがあるね。どうやら呪文が必要なようだ。
マーリン、やってみてくれ」
ガウェインが無駄に爽やかに言うが、この鏡は音声認識で起動する物で、魔術師がその呪文を唱える必要はない。
まあ、敢えてそれを言わない事で、この鏡を使う時には漏れなく呼んで貰えるという事になるので黙っておくけど。
「…鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいものはなあに?」
「それは私、マジカルトラペジウムちゃんです」
僕が話しかけると鏡が、喋った。起動音声だろうか?
驚きが無い訳ではないが、僕たちはこの先に重大な目的を控えている。
小さなことでビビッてはいられない。
「要件を言おう。僕達は理想郷を…いや、正直に言おう。
今、王ときゃっきゃうふふしているであろうカリバーンの居る浴場を覗きたいっ!!」
「…君は男らしい」
ランスロットがそう褒め称えてくれるが、肝心の鏡は、
「…トラペちゃんどんびきです」
完全に引いているのが解った。
だが、それに配慮してばかりもいられない。
「覗きは、ロマンだ。願うなら直視できる関係を築きたいが、こっそり見るのもまた、ロマンなんだ!!」
「友が頼もしくて私は嬉しい…」
「男っていうやつは…」
トリスタンが持ち上げてくれるが、鏡はやはりこの熱意に動いてくれそうでは無い。
「ガウェイン、君からも持ち主として一言言ってくれないか?」
「…おっぱい」
持ち主が一番アレだという事でショックを受けたのか、それ以降無言になった鏡は素直に浴場を映し出した。
其処には濁って中が見えない湯に浸かったアルトリアが1人。
ん、あれ?
「カリバーンは?」
「呼びましたか?」
その声は僕達の背後からした。
開け放たれたドアの向こうにいるのは少し着崩れした
理想郷は此処に在ったのか。
僕は鼻血を吹き出して視界を真紅に染めながら全身を殴られる感覚と、
何かが力任せに割られる音を聞きながら夢の世界に旅立った。
…夢魔だけに。