マル・アデッタへ   作:アレグレット

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第十話 ビューフォート艦隊壊滅

協議を続けていたビュコック元帥とチュン・ウー・チェン大将の元に急報が入った。

 

「ビューフォート准将からの通信です。」

 

スーン・スール少佐があわただしく協議の場に入ってきた。それを聞いた瞬間、二人は来るべきものが来たと悟ったが、表面上は何も言わずに彼を促した。

 

「それが・・・正確には通信内容を暗号で記したカプセルのようです。放出されたものをヴァーミリオン付近を哨戒中の同盟の巡航艦が偶然に回収して届けてきました。」

「ヴァーミリオン?」

「はい、ですが、相当の距離を流れてきたと思われます。」

 

スーン・スール少佐はそれを再生装置にセットし、スクリーンに映し出した。そこには憔悴した40代の准将の姿が写っている。准将は負傷した我が身を無理にスクリーンに立たせていた。

 

「これを・・・ビュ・・・ック・・・元帥・・・・・チュン・・・・チェン・・・大将に届けてほしい。」

 

時折音声と映像が乱れるのはよほど緊迫した状況か、あるいは、撃沈寸前の最後の抵抗だったのか。映像の老元帥とパン屋の二代目はじっとその映像に見入っている。が、映像ははっきりとクリアになった。

 

「残念ながら・・・2000余隻あった我が艦隊は、帝国軍ビッテンフェルト艦隊により壊滅・・・・わずか三十四隻を残すのみとなり、艦体としての行動は不可能・・・・・。もはや再起不能になりました・・・・申し訳ありません。」

 

衝撃がビュコック元帥とチュン・ウー・チェン大将を襲った。2000余隻を擁したビューフォート艦隊が壊滅したという事は、敵は障害物を撃破し、もはや同盟首都に進撃するのみとなったという事だ。

 

「ですが、本隊到着寸前の敵の補給船団の撃破には成功しました。今までの帝国軍のデータから見て、まず3週間は新たな補給船団は帝国軍本隊に到着しません。動き出すまでそれだけの猶予はあると思っていただいてよいでしょう。それと・・・・。」

 

ビューフォート准将は一息ついた。

 

「ローエングラム陣営のほぼ正確な陣容が判明しました。先鋒はビッテンフェルト艦隊、そして次鋒はミッターマイヤー艦隊、そして――。」

 

ビューフォート准将は艦隊に存在している旗艦を特定し、将官を割り出したのである。度重なる交戦で同盟軍にも少なからず帝国軍の艦船のデータは存在した。

 

「この陣容で帝国軍は一路ハイネセンを目指して進撃していますが、どことなくその動きは奇妙です。恐らくは我々が一度は組織的な抵抗を仕掛けるものと看破していると思われます。私が再起できれば帝国軍の艦隊をかいくぐってそちらに赴きたいのですが、残念ながら既にこちらの宙域はほぼ帝国の手中にあります。無念です・・・・。」

 

ビューフォートの顔色が沈痛な色に変わった。通信が途絶したのは彼が崩れ落ちて幕僚に支えられた直後だった。幕僚が准将は死亡したのではなく、気を失っただけだと伝え、また、今後の身の振り方についてはどうか詮索なきように願うという彼の言葉を伝え、通信は終わった。

 

「構わんよ。ビューフォート准将、貴官はよくやってくれた。」

 

ビュコック元帥は立ち上がり、敬礼を施した。チュン・ウー・チェン大将もそれに倣った。

スーン・スール少佐に退出するように促した後も、二人はしばらく沈黙していた。

 

「バウンスゴール中将もそうだったが、彼らは我々の為に時間を稼ぎ、準備を整えさせてくれた。その期待と彼らの死を無駄にすることはできないじゃろうて。」

 

ビュコック元帥がつぶやく。

 

「閣下、既に帝国はルンビニ星域に達しつつあるという報告が入っております。このままではランテマリオ、タッシリ、そしてヴァーミリオンを経由してハイネセンに到達される恐れがありますが・・・・。」

「保留付きかね?」

 

老提督はパン屋の二代目を見つめた。

 

「先ほどのビューフォート准将の言葉を考えていました。彼は帝国軍がこちらの抵抗を看破しているといっていましたが、私は帝国軍は敢えて決戦を望んでいると思っています。」

「何故そう思うのかね?いや、これは聞くも愚かな事じゃな。あのローエングラム公の気質を考えれば、むしろ当然というべき事じゃろう。」

「ええ。」

「それはこちらとしても望むところじゃ。カイザー・ラインハルトの進撃を止めるには、戦場で彼を倒すしかないことははっきりしておる。他に選択肢はないじゃろうて。問題は・・・・・。」

 

老元帥は自身の広いデスクの上に宙域図を出現させた。

 

「どこで戦うか、じゃな。」

「と言いましても、戦場は限定されることになるでしょう。」

 

帝国に負けず劣らず広大な同盟領であるが、意外に戦場として設定される個所はそう多くはない。それは長年の戦乱において絶えず回廊付近の星域で戦ってきたことが大きいが、コルネリアス1世の大親征、そしてラグナロック作戦の場合には、同盟軍としての天王山はランテマリオだった。ヴァーミリオンはいわば最終防衛戦であり、崖っぷちであった。

 その理由としては、ランテマリオ星域から先に踏み込まれると、同盟政府が恐慌をきたすということがあった。政府が恐慌をきたせば、その影響は数兆倍にもなって市民に襲い掛かる。

そのために帝国軍をできうる限り首都星に近づけさせないという指令が徹底されてきた。曲がりなりにも政府のコントロールを受ける同盟軍だからこその制約である。だからこそ戦場は限定されていたのである。ヴァーミリオンはいわば政府の全幅の信頼の元に、一時的にシビリアンコントロールを逸脱できたヤン艦隊だからこそ設定できた戦場であるのだ。

 

「それに関しては、儂にいささかの腹案があるのじゃがね。」

 

 老元帥はチュン・ウー・チェン大将に片目をつぶった。

 

「と、言いますと?」

「我々は過去のことばかりではなく、将来のことを考えねばならないという事じゃよ。既に5560隻という投資をしてしまったのじゃからな。普通の人間ならそれを無駄にすることは考えんじゃろうて。」

「なるほど・・・・。」

「加えて、帝国軍が我々と決戦をしたいと望んでおる。ならば少しくらいは我々に融通をきかせてくれてもよかろうと、こう思うのじゃ。帝国軍の、正確に言えばローエングラム公の善意に付け入るようで忍びないが、あえてここは彼の『寛容』に甘えようではないか。」

 

老元帥はそう言ったが、ローエングラム公が「寛容」だと言ったわけではない。彼は公明正大であるが、それ以上に闘士であった。故にこそこちらが投げた手袋を無下にすることはないと踏んだのである。加えて、既に進発させた5,560隻の艦艇については、帝国の眼から逃さなくてはならない。ましてや戦場に巻き込むことも、である。

 

 故にこそ、こちらが最大限スポットライトを浴びるように動かなくてはならない。ビューフォート准将の部隊の派手な動きも、実を言えばこの布石でもあったのだ。

 

「現在ムライ中将たちはどのコースを進んでおるのかね?」

「おおよそは。帝国軍が銀河基準面南方を経由してくる以上は、艦隊は北方を通ることになるでしょうからな。今頃はバーラト星域を離脱したかしないかというところでしょうか。」

「ならばこちらも相応に耳目を引き付けねばならんて。」

 

ビュコック元帥は唸った。

「我々は三つの課題を強いられている。一つは自由惑星同盟の意地を見せつけ、帝国にこちらをないがしろにする態度を取らせない事。そして二つ目は戦場においてカイザー・ラインハルトを斃すこと。三つ目は、まぁ、二つ目が成功すればほぼ意味のない事なのじゃが、ヤン・ウェンリーの元に荷物を無事に配達すること。これらの要件を満たす戦場はどこか、じゃが・・・。」

 

老元帥の眼と指が地図をさまよっていた。その動きの中に数十年にわたって同盟の戦場に立ってきた老練な軍人のすべてが注ぎ込まれているのをチュン・ウー・チェン大将は見て取った。

 

さまよっていた指が、止まる。そして、再び動き出し、やがて一点に人差し指が打ち込まれた。

 

「ここじゃな。」

 

 チュン・ウー・チェン大将は眼を見開いた。それは思ってもみなかった場所である。難所中の難所で有り、普通の人間ならば敢えて近づくのをためらう場所である。

 

「今日は12月5日じゃったな。」

「はい。」

「既に艦隊は進発準備は整っておるかな?」

「何時でも出航可能です。」

「ならば、明後日をもって出立し、所定の場所に赴く。行程をできうる限り短縮させ、15日で到着できるようにする。そこで約1か月・・・いや、2週間訓練し、帝国軍を迎え撃つ。問題はそれまで帝国軍が止まってくれるか、じゃがな。」

「閣下、それに関してはいささか腹案があります。もっとも、これも第二のビューフォート准将を必要とするものではありますが。」

 

チュン・ウー・チェン大将が途中から憂い顔になる。ビュコック元帥の尋ねる眼を確認した彼は言葉を続ける。

 

「各地域のガーズや巡航艦隊にゲリラ戦術を展開させ、帝国軍を足止めさせるのです。既に指令書は発せられております。後は閣下のご決断次第、ですが。」

「相変わらず手回しが良いのう。」

「実は私もそれにかかりきりになれれば良かったのですが、いささか手不足の点があります。お許しください。一人心当たりがあったのですが、あいにくと断られてしまいました。」

 

 老元帥は笑ったが、やがて顔を引き締めると、うなずいた。

 

「良いじゃろう。もはや手段を選んではおれん。ただちに艦隊の出航を指令し、同時に所定の艦隊にゲリラ戦術をすぐに実行するように指令を――。」

 

 その時、ドアがノックされた。チュン・ウー・チェン大将の返事を聞いた副官が飛び込んできた。スーン・スール少佐が旅立った後、一時期ビュコック元帥の副官を務めた、ファイフェル少佐が復帰して務めている。

 

「申し訳ありません。チュン・ウー・チェン大将閣下に至急お目にかかりたいと申す人間がおりまして。」

「誰かね?」

 

穏やかな質問の声にファイフェル少佐は声を張った。声を出そうとしたのだが、その努力は徒労に終わった。既にすぐ後ろに訪問者が来ていたらしい。

 

「構わんよ、入ってくれていい。」

 

ビュコック元帥がそう言ったので、スーン・スール少佐はその人間を通した。

 

「閣下。」

「君は――。」

 

チュン・ウー・チェン大将は言葉を失った。ミーナハルト・フォン・クロイツェル少佐が決意を秘めた眼をして、ファイフェル少佐の前に立っていた。

 


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