マル・アデッタへ   作:アレグレット

20 / 20
最終話 遺志を継ぐ者へ――。

22時45分――。

 

 アレクサンドル・ビュコック元帥は、総旗艦リオ・グランデ艦橋でじっとブリュンヒルトに眼を向け続けていた。レヴィ・アタンの命懸けの特攻も失敗に終わった。敵の総旗艦は健在である。同盟軍の勢いは尽きようとしていた。すなわちそれは敵の攻勢が始まることを意味していたのである。

 

 攻守が逆転した。

 

「砲撃、来ます!!」

 

 既に満身創痍の同盟軍は四方八方から砲火を受けることとなった。颶風がリオ・グランデを揺さぶり、前後左右の護衛艦をなぎ倒し、四散させていく。同盟軍先頭集団は壊滅し、砲火の中に消え去っていった。

 ミーナハルトは司令長官の横顔を見つめた。事ここに至って敗北が決定的となったこの瞬間も、歴戦の老将は毛筋一つ表情を変えていない。

 

 ただ――。

 

 レヴィ・アタンの喪失を聞いたとき、一瞬何とも言えない顔つきになったことをミーナハルトは知っていた。

 

「閣下、もはや全軍の8割が失われ、組織的な抵抗は出来なくなりました。」

 

 チュン・ウー・チェン大将が決定的な一言を静かに告げる。

 

「そうか。レヴィ・アタンをもってしてもカイザー・ラインハルトを討つことはできなんだな。」

 

 最後の言葉はミーナハルトに向けられたものだった。

 

「はい。」

「しかし、あと一息じゃった。カイザー・ラインハルトがどう思ったか知らんが、帝国軍はさぞかし肝をつぶしたじゃろう。それがせめてもの慰めというわけか。」

「・・・・・・・・。」

「参謀長、大佐。全軍に撤退指令を下す。カールセン艦隊と連携し、一点集中砲撃を行い、敵陣を突破するのじゃ。」

「提督!!」

 

 オペレーターの声がビュコック元帥の声を遮った。

 

「未確認の一個艦隊が急速に接近中!!首都星ハイネセン方面からです!!」

「援軍!?」

 

 思わず声を上げたミーナハルトをチュン・ウー・チェン大将とビュコック元帥は無言で制した。わずかな希望はすぐに打ち砕かれた。オペレーターの声は180度反転して暗い悲痛な調子に変わったのだ。曰く、シュワルツランツェンレイターが到来した、と。

 ミーナハルトたちが初戦で引きずり回し、引き離すことに成功したビッテンフェルト艦隊が到着したのだ。勝機は去った。

 

「カールセン提督から、通信が入っています。」

 

 ビュコック元帥が顔を上げると、老提督の姿が映しだされた。あれだけの激戦のさ中、傷一つ負っていない。

 

『閣下。』

「カールセンか。」

『ここは小官が殿を務めます。閣下は首都星ハイネセンに撤退し、再起をうかがってくだされ。』

「残念ながら、それはできんよ。勝機は去った。そして引くべき時を儂は既に見過ごしている。儂にできることは味方を一隻でも多く逃がすことだ。」

 

 カールセンの表情はディスプレイ越しに不思議に穏やかに見えた。やるべきことをやりつくした、そんな表情だった。

 

『わかりました。では、小官も及ばずながらお力添えを致します。我が艦隊の残兵統率はザーニアル少将に一任します。』

「頼む。そうしてくれるかね。」

『閣下・・・・最後まで御供できて光栄です。』

「うむ。・・・・ありがとう。」

 

 ビュコック元帥はうなずき、今度はマリネッティ少将を呼び出した。残兵統率の指揮権を委ねると、彼はマリネッティ少将に重ねてこう言った。

 

「速やかにザーニアル少将と共に戦場を離脱し、ヤン提督の下に赴け。ヤン・ウェンリーの居場所が知れなんだのは返す返すも残念じゃがな。」

『閣下・・・・・!!』

「貴官には世話になったな。・・・・ありがとう。」

 

 マリネッティ少将は悲痛な顔になったが、涙をこらえ、うなずき、敬礼を施した。

 

「さて・・・・・。」

 

 老元帥の視線が自分に向けられたのをミーナハルトは感じた。彼女はかたくなに椅子に座り、レーダー搭載機器を見ながら、最適な脱出路を各艦に知らせる作業に取り掛かっていた。

 

「・・・・・・!!」

 

 ミーナハルトは顔を上げた。老元帥が自分の細い肩に手を置いていたのだ。

 

「貴官はよくやってくれた。じゃが、ここで死ぬのは年寄りだけで充分じゃ。」

「いいえ・・・いいえ・・・!!今回の作戦の失敗は私に責任があります。死ぬのであれば、死ぬべきは私です!!」

 

 ミーナハルトは必死に訴えようと眼を見開いた。こんな自分を拾ってくれたビュコック元帥、そしてチュン・ウー・チェン大将に恩返しがしたい。その思いで全身全霊を込めてカイザー・ラインハルトに挑んだが、作戦は失敗に終わってしまい、多くの将兵を戦死させてしまった。その責任を負わなくてはならない。どうして独り生きていられるだろう。

 

「貴官は何か勘違いをしているようじゃの。」

 

 ビュコック元帥は穏やかに言った。

 

「貴官は何一つ失策などおかしておらん。勝てる見込みがほとんどないと思っておったこの戦いをあそこまで互角に持って行けたのは、ほかならぬ貴官の功績じゃ。」

「負けているんですよ!それを・・・・功績だなんて・・・・私は恥ずかしくて・・・・!!」

「・・・・・・・・。」

「どれだけの人々を犠牲にしたか・・・・!!それでもカイザー・ラインハルトを斃すことができなかったんです・・・・・!!死にたい、いっそ死んでしまいたい!!」

「君は本当によくやった。誰も君を責めたりなどしないさ。」

 

 チュン・ウー・チェン大将は穏やかに言った。

 

「責めようと責めまいと問題ではありません。私自身の感じ方の問題です。私は・・・・!!私は・・・・!!」

 

 大粒の涙がミーナハルトの頬を伝った。

 

「役立たずです!どうしてお二人の力になれないのか・・・・悔しくて・・・・仕方ありません・・・・!!」

 

 ミーナハルトのこらえきれない嗚咽が艦橋を悲哀の色で染めた。絶対零度の懐刀とかつて呼ばれた女性は人目をはばからず号泣していたのである。

 ビュコック元帥は孫をなだめるようにそっと彼女の頭に手を当てた。涙でぬれた顔をミーナハルトは上げた。

 

「そうか。悔しいか。」

「はい。」

「そして責任を感じておるのじゃな?」

「はい!」

「であれば、貴官には責任を取ってもらわねばならんな。」

「はい!どこまでも・・・御供致します。」

「では、ミーナハルト・フォン・クロイツェル大佐。」

 

 ミーナハルトは老元帥の言葉を待った。彼女を見つめる老元帥、そしてチュン・ウー・チェン大将の表情は優しかった。どこまでも、どこまでも続く青い春の空のように――。

 

「貴官には――。」

 

* * * * *

23時――。

 

 同盟軍の残余の兵力の過半はザーニアル少将とマリネッティ少将に率いられ、戦線離脱を開始した。ビュコック元帥とカールセン中将は互いに連携を保ちつつ、自発的に志願した数百隻の手勢と共に奮闘して味方を逃がすべく努力した。

 

23時10分――。

 

 ラルフ・カールセン提督が戦死。アレクサンドル・ビュコック元帥は少数の艦と共になおも抵抗を続ける。

 

23時30分――。

 

 帝国軍の砲撃が一時停止。ミッターマイヤー元帥からの降伏勧告が届く。

 

23時40分――。

 

 アレクサンドル・ビュコック元帥は降伏勧告を拒否。チュン・ウー・チェン大将、リオ・グランデ艦長エマーソン中佐と共に戦死。

 

23時42分――。

 

 帝国軍はマル・アデッタ星域会戦における戦闘終結を宣言。

 

 

 

* * * * *

 

「・・・・・・・・。」

 

 ミーナハルトは顔を上げた。自分は今、狭い部屋のベッドに横たわっている。そのことだけはわかった。いったいどうしてこうなったのか、ミーナハルトはぼんやりとする頭で考え込んでいた。

 ドアがノックされ、横たわったまま顔を向けると、一人の女性が入ってくるのが見えた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 帝国公用語だったが、同盟軍において帝国公用語を学んでいたミーナハルトはすぐに理解できた。かすかにうなずくと、女性は柔らかく微笑んだ。

 

「脱出用シャトルを回収した際、意識不明のあなたを見つけたと聞いたときは驚きました。たった一人で乗船されていたとのことですが。」

「・・・・・・・・。」

「ここは帝国軍総旗艦ブリュンヒルトの医療室です。大丈夫、あなたの怪我はそれほどひどくありません。脱出の際に打撲傷を負った程度だとのことですよ。」

「・・・・・・・・。」

「どうして生き残ってしまったのか、という顔をしていらっしゃいますね。」

 

 ミーナハルトはため息を吐いた。長い長い吐息の中に、どうしようもない悲哀がにじんでいた。思い出したのだ。リオ・グランデの艦橋の中で何が起こったのかを。

 

* * * * *

 アレクサンドル・ビュコック元帥はミーナハルトを見下ろしていた。床に倒れ、束ねた赤い長い髪が広がり、手足を投げ出している彼女は泣き疲れた幼児のように眼を閉じていた。

 チュン・ウー・チェン大将が、スタンガンをミーナハルトの座っていた席の上に置いた。

 

「貴官には、まだやってもらわねばならぬことがある。少々痛い思いをさせたが――。」

 

 チュン・ウー・チェン大将の合図で、クルーたちが駆け寄ってきた。

 

「皆、よく働いてくれた。クロイツェル大佐をシャトルに運んでほしい。それから先はとどまるも行くも貴官らの自由じゃ。」

「提督の御供をしたくないという連中はここにはいませんよ。残念ながら、クロイツェル大佐には我々には荷が重すぎて尻込みする特務をやってもらわなくちゃなりませんがね。」

 

 皆は笑った。ビュコック元帥もそれに和して笑い、チュン・ウー・チェン大将に助けられて、ミーナハルトをシャトルに運ぶクルーたちの後に続いた。持ち上げられるとき、そしてシャトルに乗せられた時、ミーナハルトはかすかな声を上げたが、目を覚まさなかった。

 

「閣下、クロイツェル大佐は目を覚ました時、どう思うでしょうか。」

「怒るじゃろうな。勝手に一人シャトルに乗せられたのじゃから。じゃが、儂は彼女の意志を無視し、踏みにじっても、生き延びてほしいと思う。」

 

 ミーナハルトは眼を閉じたままシャトルの椅子に横たわっている。涙の跡が頬に残り、彼女の頬を湿らせていた。

 

「自由惑星同盟は終焉を迎える。今度こそは帝国領の一部になるじゃろう。じゃが、そこに生きる人々がいる限り、民主主義の意志は彼らの中で生き続けることになる。政体に縛られない本当の自由を守り、尊重する意思がな。」

「その願いの種の一つを、彼女に託すのですな。」

「もう一つ、自由惑星同盟軍の戦い様、自由惑星同盟の最後の生き様をカイザー・ラインハルトに伝えることもな。不思議なことじゃがね、儂はカイザー・ラインハルトならばきっとわかってくれると思っているのじゃよ。自由惑星同盟のお偉方の誰よりも、我々の伝えたい思いを、な。」

 

 ビュコック元帥は横たわっているミーナハルトに敬礼した。チュン・ウー・チェン大将もクルーたちもそれに倣う。この瞬間にもリオ・グランデは敵の砲撃にさらされており、次々と被弾しているのだが、不思議なことに脱出用シャトルの一角だけは奇妙な静寂に包まれていた。

 

「閣下、敵の砲撃が・・・・止んでいきます!!」

 

 驚くべき情報が一同の耳に飛び込んできた。息せき切って走ってきたのは、艦橋に残っていたクルーの一人だった。さらに、もう一人――。

 

「閣下、ミッターマイヤー元帥から、降伏勧告の通信が入っています。」

 

 エマーソン艦長がビュコック元帥に報告した。チュン・ウー・チェン大将がビュコック元帥を見る。老元帥はうなずいた。

 

「砲撃が停止次第、シャトルを発艦させる。その手はずを準備しておいてくれ。」

 

 ビュコック元帥はクルーたちにそう言うと、チュン・ウー・チェン大将とエマーソン艦長を伴って、艦橋に戻っていった。

 

 

* * * * *

 ミーナハルトの脳裏にはビュコック元帥の最後の言葉が焼き付いている。

 

『最後まで生き、たとえ捕虜となったとしてもカイザー・ラインハルトに会いまみえ、伝えてほしい。自由惑星同盟軍の最後の戦い様を、自由惑星同盟の最後の生き様を、生き証人として伝えてほしいのじゃ。』

 

 ビュコック元帥はミーナハルトにそう言ったのである。もちろんミーナハルトは抵抗した。それから先のことはよく覚えていない。気を失ってシャトルに乗せられたのだろう。

 

「私は・・・・・。」

 

 ぎこちない声が口から出た。

 

「私はカイザー・ラインハルトに伝えにやってきました。それが司令長官からの最後の御命令だったのです。」

「御命令?何をですか?」

「自由惑星同盟軍の最後の戦い様、自由惑星同盟の最後の生き様を後世に伝えるために、です。」

「・・・・・・・・。」

 

 ローエングラム首席秘書官である女性は絶句した。自由惑星同盟は反乱軍として帝国においては憎悪の対象にしかなっていない。それを、その活躍ぶりを後世に残すために生き延びたと諸提督が知れば、カイザー・ラインハルトが知れば、どう思うだろう。

 

 違う、と女性は思った。違和感を覚えたのだ。今までのゴールデンバウム王朝であればそうだっただろう。だが、カイザー・ラインハルトは敵であろうと正々堂々と戦う良き敵には常に礼節を尽くしてきた。自由惑星同盟軍のこれまでの戦いぶり全てが彼の礼節に値するものだとは女性は思わなかったが、この最後の戦いに関してはカイザー・ラインハルトは目の前の自由惑星同盟軍軍属女性の言葉を聞くだけのことはするのではないか、と思ったのである。

 

「あなたの名前は?」

「私は自由惑星同盟軍所属、ミーナハルト・フォン・クロイツェル大佐です。」

「ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフです。カイザー・ラインハルトの命により、あなたの世話をするように仰せつかっています。何しろここには女性の人手があまりありませんから。」

「・・・・・・・・。」

 

 ミーナハルトは顔を赤らめた。そう言えば自分は自由惑星同盟軍の軍服から柔らかな絹のガウンに着替えさせられていたが、それはこの女性がやってくれたのだろうか。

 

「フォン、という事はあなたも亡命者なのですか?」

「はい。父母がそうでした。ですが、私は自由惑星同盟に来たことをもう恥じません。この戦いに身を投じるまでの私は半ば死んだつもりでした。事実そうだったのです。でも、最後の最後で私はかけがえのない人たちに巡り合うことができました。そして・・・・。」

「そして?」

「足を引っ張るばかりでしたけれど、その人たちの生き様、戦い様を見ることができた時思ったのです。自由惑星同盟に生まれてよかった、と。」

「・・・・・・・。」

「本当はあの人たちと一緒に死ぬべきだったのかもしれません。ですが私は命令を下された身です。たとえカイザー・ラインハルトに処刑されても、伝えるべきことは伝えねばならないと思っています。」

「・・・・・・・。」

「どうか、カイザー・ラインハルトに取り次いでいただけませんでしょうか。」

 

 ヒルダは目の前の女性に不思議な感銘を受けていた。目の前の女性は華奢で繊細だったが、その女性をしてこれほどまでの言葉を言わしめる原動力とは何なのかと考えざるを得なかったのである。

 その原動力こそが、カイザー・ラインハルトの降伏勧告をはねつけたアレクサンドル・ビュコック元帥であることは明白だった。カイザー・ラインハルトには、降伏勧告を受け付けなかったことは敗者であるビュコック元帥の狭量であると述べたヒルダだったが、この女性の言葉を聞くにつれ、本当に狭量であったのかとヒルダ自身疑問を拭いきれないでいるのであった。

 

「わかりました。陛下にお取次ぎをしてまいりますから、しばらくお待ちになっていてください。」

 

* * * * *

 ラインハルト・フォン・ローエングラムはじっと漆黒の宇宙を見つめながら、自室の窓辺に座っていた。大会戦の後の終息点上にいる彼の周りには先ほどまで纏っていた列気と覇気が欠けているようにヒルダには思えた。

 

「先ほどの女性はどうか?」

 

 ラインハルトはヒルダに尋ねた。

 

「回復いたしました。会話ができましたので、おおよその事情を聞いてまいりました。」

 

 ヒルダは彼女の人となりを語り、彼女が語った言葉を正確にラインハルトに伝えた。

 

「余に自由惑星同盟軍の戦い様、自由惑星同盟の生き様を伝えるようにとあの老人に言われた、か。」

 

 ラインハルトは考え込んでいた。

 

「フロイラインは先ほど余にこう言ったな。『受け入れられなければそれは敗者の狭量なのだ。』と。」

「はい、陛下。」

「余はフロイラインの言葉を聞いてそう思っていた。先ほどまではな。だが、あの老人は敗者ではない。」

「・・・・・・・・。」

「今もこの瞬間も余に対し挑戦状を投げつけている。余があの女性をどう遇するかをヴァルハラにおいて見届けてやろうというのであろう。これはなかなか難しい問題だな。」

「・・・・・・・・。」

「敗者を必要以上に貶めることは勝者の驕慢であるが、敗者を必要以上にいたわることは勝者のすべきところではない。勝利の帰結の当然の結果がそこにあるだけだ。」

「・・・・・・・・。」

「余はかの者の話を聞こうと思う。その者の話がどれほどのものか、そして、あの老人がかの者にどのような影響を与えたのか、それを見届けてみたい。」

 

 ヒルダはうなずいた。ラインハルト・フォン・ローエングラムであればそう言うであろうと思ったことを目の前の皇帝は述べている。ラインハルトは、ミーナハルトの容体を改めるようにヒルダに命じた。

 

「フロイライン・マリーンドルフ。」

 

 ラインハルトは退出しようとするヒルダを呼び止めた。

 

「どのような政体であろうとも、結局のところその国の運命を左右するのは人なのだな。」

 

 ヒルダがはっとした時、既にラインハルトの姿はドアに遮られていた。

 

 

* * * * *

 総旗艦リオ・グランデ艦橋は静寂に包まれていた。

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラムの顔が消えた後、アレクサンドル・ビュコック元帥はチュン・ウー・チェン大将とエマーソン艦長を振り返った。

 

「さて、どう思うかね、今後の同盟は。」

 

 まるでこれから始まる試合の予想をするかのような気軽さだった。

 

「私は占師ではないですが、一つ確実な事はあります。それは我々は閣下が御示しになった通りやるべきことをやったという事です。同盟軍の底力を帝国軍に示すことができた。結果、帝国軍にとって同盟は脅威的な存在であり続けるでしょう。カイザー・ラインハルトにとってはさほどの物ではないのかもしれませんが、その部下たちにとってはそのような存在に映ったはずです。」

「では、参謀長、成功したと見ていいかね?」

「後は、ヤン・ウェンリーの引継ぎになるでしょう。彼は、迷惑するでしょうが。」

 

 元帥は微笑んだ。ヤン・ウェンリーには悪いが、自分はやるべきことをやり、後は数瞬後に訪れるであろう死を迎えるだけだった。チュン・ウー・チェン大将と元帥の紙コップにエマーソン艦長が酒を注ぐ。上物のブランデーだった。階下のクルーたちもまた、互いの盃にブランデーを注ぎあっている。

 

「では、これで宴会も終わりじゃな。乾杯で締めくくるとしようか。」

「何に向けて乾杯しますか?先ほどは『民主主義に』でしたが。」

「そうじゃの・・・・。」

 

 老元帥が考え込んだとき、帝国軍の砲撃が再開された。無数の砲撃がリオ・グランデを貫く。あちこちで爆発がおき、アラームが鳴り響くが、皆は意に介しなかった。

 

「自由惑星同盟の・・・いや、自由の永久の未来の為に、かね。」

 

 チュン・ウー・チェン大将は微笑んだ。エマーソン艦長は応ずるように紙コップを高く掲げ、老元帥もコップを掲げ、チュン・ウー・チェン大将も階下のクルーたちもそれに和した。その時、ビュコック元帥は一人胸の内でつぶやいていた。

 

(ありがとう。大佐。ありがとう。老船長。ありがとう。自由惑星同盟軍の諸君――。)

 

 ビュコック元帥はそう心に呟きながら盃を干し、光の中に消えていった。

 




 まずは完結できたこと、ほっとしております。展開としてはそれほど飛翔することはできませんでしたが、ビュコック元帥とチュン・ウー・チェン大将、そしてそれに連なる無名の人々がどう思い、どう行動したかを書いてみたいと思い、筆をとった次第です。
 結果を変えることは無論できませんでしたが、そこに至る過程をどう彩るか、それは人によって全く異なるものであり、運命を左右するものはまさしく人そのものではないでしょうかと思いました。
 ミーナハルトがその後どうなったか、自由惑星同盟に残された人々がその後どうなったかは、皆様の御想像にお任せしながら、筆をおきたいと思います。

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。


 追:ご感想ありがとうございます。時間が取れました後、ご感想にはまとめてお応えしたいと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。