もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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7/18『Medjed』

 しばらくの間コンビニの前で休憩をし、今度こそ本当に花火を見に行った。

 次々と打ちあがる花火を見て、『うおぉ! すげー、波状攻撃じゃん!』とは双葉。

 夜空が光で埋め尽くされたフィナーレも終え、引き潮のように元来た道へ歩き出す見物客とともに、歩を進める。

 

「すごかったなー! あれ、花火職人の本気を見た。褒めてつかわす」

 

 ちょっと前のグロッキーはどこへいったのか、謎に上から目線で俺に語り掛けてくる双葉。

 というか、もう人混みには慣れたのかな。頬も花火の興奮からか朱色に染まっているように見える。

 

「おお!? ホントだ! 全然気にならない。じゃあ、もうコミケの行列はヨユーだな。…なんつって」

 

 それから、花火の感想を言い合う周りの人たちに釣られて、俺達も他愛の無い話をした。マスターも連れて行きたかったなー、とか、花火なんて見たの何年ぶり、とか、そういう類の。

 そうしている内に、始めは空間に所狭しと敷き詰められていた人も次第に少なくなっていき、四茶に着くころにはまばら、と言って良いほどにいなくなる。

 すると、喧噪から離れた途端に、互いの沈黙を自ずから意識するようになってしまう。

 

「………あ、うう、う……ん」

 

 何かを言いかけたのだろうか、大げさに身振り手振りを交えながら双葉は何か話題を繋ごうとしている模様。

 さっき無理やり話をするのはやめるって言ったはずだが……。

 けど、それは別に悪いことじゃないのだと思う。むしろ良い事だ、とも。

 双葉と出会った初めの頃なんて、俺が話掛けなければ双葉はお菓子を食べる手を止めようとしてくれなかったわけだし。

 それはつまり、双葉は人にある程度合わせられることができるようになった、ともとれる。

 彼女はそれを疲れたなんて言っているから、やはりそれに慣れるのはかなり時間が掛かりそうだけれども。

 

「…………」

 

 それにしても……。

 なんだか俺まで気になってきた。

 花火大会の時とのギャップもあると思うし、何より、隣には互いの気持ちを明かしあった、()()がいる訳で。

 ……。

 たまらずスマホを開けた。

 ……そういえば、双葉はあの時よく分からないことを言っていた気が。

 ヤフーのニュース欄を流し読みして、その記事の見出しの中に怪盗団と書かれたものを発見する。

 なんだ……? ……メジエド?

 そのニュース記事にのってあったURLを指で押す。

 すると、英語の長文問題でも見たことがないような長い英語の文章が、俺のスマホの画面に映し出された。

 ……やばい全然分からん。いや、でも高校までの知識を総動員すれば……!

 

「日本を騒がせている怪盗団に次ぐ、偽りの正義を語るのは止めろ」

 

 うんうんと見た事もない単語に悪戦苦闘していると、何でもないように双葉が最初の文章を諳んじた。

 

「偽りの正義が蔓延することを我々は望まぬ。我々こそが本当の正義の執行者だ。だが、我々は寛大だ。怪盗団に改心の機会を与えることにした」

 

 びっくりして双葉の方を見ると、その記事を見るまでもなくメジエドの声明文? とやらを読み上げていっている。

 すごいな……。いやいや、感心している場合じゃないか。

 

「心を入れ替えるのであれば、我々の傘下に入る事を認めよう」

「拒否する場合は、正義の裁きが下るだろう」

「我々はメジエド、不可視な存在。姿なき姿を以て悪を打ち倒す」

 

 最後までそれを読んで、その後実に自慢げなそれでどや顔を決めた双葉。

 しかし全然ムカつかない。

 

「……一応だけど、メジエドってのは世界中にそのメンバーがいるハッカー集団な。ってことはまあ、日本にもそれがいるんだけど、多分この声明文はソイツからのっぽいな」

 

 ふうん……世界中の、ハッカー集団。

 その彼らが……怪盗団を、狙っている?

 

「だと思う。メジエドは義憤に駆られてんよみたいな事を抜かしてるけど、九割九分怪盗団がチヤホヤされている事に対する妬みだな。あとの残りは……売名じゃね?」

 

 手厳しい自己分析だな。しかし……ネットのニュースとはいえ、ヤフーの記事にのるくらいなのだから、恐らく無名の集まりという訳ではないのだろう。

 それにしても……メジエドに関してやたらと詳しいな。双葉自身パソコンが得意なようだから、当然知ってはいるはずだけれど……。

 

「ああ……まあ、わたしがメジエドの開祖的な? 部分もあるし。…けどまあ、面倒なものに目を付けられたもんだな」

 

 今とても聞き捨てならない事を聞いたような気がするが……とりあえず置いておこう。

 LINEがどうやら騒がしいので、グループラインのアイコンを押す。すると、怪盗団の面々がてんやわんやメジエドについて議論を交わしているチャットが一気に流れてきた。

 真によると、確かに結構ヤバい連中らしい。大企業の情報をリークしたり、他にも義賊という範疇ではとても収まらないようなお茶目もしでかしているのだとか。

 双葉を見る。

 

「……………」

 

 めっちゃ見てくる。まるで自分を使ってくれとでも言っているような、それはとても熱いまなざしだった。

 が、しかし、やはり……。

 

「おい!」

 

 あまり聞かない、少し乱暴に声を荒げて、双葉は立ち止まった。

 横で歩いていた俺も、それに合わせて足を止める。

 もう一度双葉をしっかりと見る――と、険しい目をして俺を睨みつけていた。

 どうやら、かなり本気で怒って……いらっしゃる?

 

「私は、この春から数えきれないくらい、……助けてもらった。けど何だ、自分が窮地に陥ったらわたしの事なんて知らんぷりか? セコイぞ! まるで、まるで……蛇の、生焼けだ!」

 

 生……焼け?

 

「ああ、ミスった生殺し。……この際だから言わせてもらうけど、カ、カレ、カ…シ、カカ……」

 

 今度は尋常じゃない速さで『カ』を刻んでいる。

 ……何が言いたいのか全然見えてこない。

 

「と・に・か・く! 助けてくれたことは嬉しいけど、自分だけ助けて良い気になってるのは、ぶっちゃけ気に食わないぞ! わたしも助けたいのに。だ……大好きな、キミを」

 

 だからそれは、ズルいぞ。と。

 消え入りそうな声で言いつつ、視線をどこかに彷徨わせながら、絞り出した自分の言葉に恥ずかしがる双葉――に俺まで何か胸にくるものがあったけれど、それと同時に、その言葉から気付かされたものがあった。

 その、ズルいという言葉に……俺は、自分が認識していなかった事実を知った。

 俺が、双葉を怪盗団に関わらせたくなかったという理由。

 それはもちろん、双葉が危険に晒されたくなかったからというのもある。

 しかし――双葉から助けられるというのは何か違うと、考えている自分がいた。

 だから、俺はその申し入れを断った――それを双葉は、ズルいと形容した。

 双葉に手を差し伸べて、酔っていた自分の一つの人格……それを俺は認識していなかった、のだと思う。

 人は、助け助けられる関係である……というのは、あまりにも使い古された表現だけれど。

 それに……()()()()()()になったのだから、尚更だ。

 

「ど……どうした?」

 

 呆けている俺を心配したのか、アワアワしている彼女に向って。

 俺は謝って、それからお願いをした。

 俺達を助けてください、と。

 

「……ふむふむ。それでよーし。まかせろ、我がパソコンという刀の錆にしてくれる……」

 

 ……ほどほどにお願いしたい。

 

「ダーメ。カレシをイジメる輩には正義の鉄槌が必要だ! ……あ、もう着いた」

 

 気づいたらルブランの目の前にいた。ガラスの向こうから見るに、マスターがまだカウンターの前に立っているようだ。

 ドアを開ける――すると、聞きなれない女性の声が、ルブランから漏れ出てきた。

 

「本当に教えてくれないんですね」

「ひっ!」

 

 少し語気が強めなその声に、双葉は肩を震わせる。

 透かさず俺も、双葉を背中に隠すように移動して……あ、あれ?

 そのまま佐倉宅へと帰って行ってしまった。

 そんなにビックリしたのか。……またねと言いそびれてしまった。

 

「そうですか。でしたら、こっちにも考えがあります」

「あ? それはどういう……」

 

 外で突っ立っててもしょうがないので、中に入る。

 

「ごちそうさま」

「オイ! 話は終わってねえぞ!」

 

 マスターに怒鳴られるその女の人は、カウンターの席に置いてあった荷物を持って、俺と入れ違いにルブランから出ていった。

 マスターの大きなため息が漏れ出る。

 ひょっとして……いや、それにしては言葉がよそよそしすぎるか。じゃあ、一体何の話をしていたのだろう。

 

「なんでもねえ……。あぁ、悪い。お帰り、双葉はもう帰したのか?」

 

 その言い方だと、やはり双葉に夏休みの誘いをけしかけたのはマスターだったのか……という事は、口に出さずに。

 なにがあった? と簡潔に問う。

 

「……」

 

 はあ、とまたマスターは溜息を一つついて。

 

「ずっと隠したまんまってのも、アレだしな……。分かった、教えてやる。けど……今でてった女と……あと、双葉には絶対言うんじゃねえぞ」

 

 これは絶対だ。と言って、マスターは俺を見る。

 マスターは今から、何を話そうとしているのかは全く分からない。

 けどそれは、どうやらあまり面白い話ではないという事は、マスターの溜息から読む事ができた。

 


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