「え、実家帰っていいの!?」
「はい。先輩もボキューズ大森海で行方不明扱いになってご家族も心配しているでしょうし、いまは銀鳳騎士団も動くに動けないですから」
「ヒヤッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇ!!」
そういうことになった。
大森伐遠征軍の先遣隊としてボキューズ大森海に挑み、その奥地で撃墜され、助けに来てくれたみんなと合流してフレメヴィーラ王国に戻って来た俺たち、銀鳳騎士団一行。
帰ってきてみたら、それはもうフレメヴィーラでは大変な騒ぎになった。
なにせ国の最重要人物であるエルくんが魔の森から生還したわけだから、お披露目に式典に情報の報告と整理にその他諸々やることが山盛りで、珍しいことに銀鳳騎士団の新型幻晶騎士開発が停滞気味だった。
まあ、そうもなる。現地で作った間に合わせの新型であるカササギに、かの地で生きていた第一次大森伐遠征軍の生き残り、人が操っていた魔獣、そして少数ながらついてきた巨人族の人たち。どれだけ話しても終わるまい。
それでもエルくんは決して止まらないから、寝る間を惜しんで図面を引いてるらしいけど。そして三日にあげず俺に見せに来て意見を聞こうとするんだけど。
まさに今が、そうであるように。
「エルくん、人のベッド占領するのやめてくれる?」
「えー、ダメ……ですか?」
人のベッドに図面を広げて、足をぱたぱたさせながらこっちを振り返って来る姿はきっとアディちゃんなら垂涎モノだろう。あの足の裏をぺろぺろしたい衝動に駆られるに違いない。あるいは我慢できずに飛び掛かっているかも。
「ダメです。第一、エルくんもう眠そうじゃないか。自室に帰るか、エルくん用の布団で寝なさい」
「ぁふ……。言われてみれば、たしかに大分遅い時間ですね。……たまには先輩も一緒に寝ません?」
「寝ません。そういうことはアディちゃんに言いなさい」
しかも、いい加減本気で寝ようというのか、いつの間にか杖のホルスターやらなにやら外した部屋着姿でおいでおいでしている。
やめてくれないか! そういう、銀鳳騎士団に生息する腐海の住人を刺激するようなことをするのは!
あとアディちゃんに知られたらまた決闘挑まれそうなことをするのも!
ともあれ、そんなわけで銀鳳騎士団は比較的落ち着いている。
そのうち人員の再編成や、国機研との人材交流も始まるという噂は聞こえてくるけど、すぐにどうこうなるわけではない。
そんな状況だからだろう。俺に帰省の許可が下りたのは。
嬉しいなー。
ボキューズ大森海で遭難したのは奥も奥、飛空船を使ってさえ片道3ヶ月かかる距離だったわけで、行って帰って迎えが来て帰って来るまでにまるまる1年以上かかった。
一応村の両親たちには俺の行方不明も情報が行ってはいたらしいし、帰って来たことも伝わっているはずだ。だからこそ、そろそろ顔を見たいし顔を見せたい。
そして村の土に触れたい(超重要)。よし、さっそく荷物まとめて帰るぜ!
なあに、エルくんの言う通りちょっとした里帰りさ! うちの実家は田舎だから、うっかり雪の降る季節までいたら道が閉ざされて幻晶騎士でもロクに出歩けなくなってそのままなし崩しに……なんて考えてもいないぜ!
「さて、それじゃあみんなにも声かけておきますね。先輩の故郷の村見学ツアー、楽しみです。そしておやすみなさい」
「………………………………………………………………なんて?」
……だって、あのエルくんがそんなこと許すわけないからね!
◇◆◇
「うーん、いい天気。こりゃあ帰省日和だな」
「……ただの帰省というには過剰に過ぎる戦力だがな」
そんなわけで、銀鳳騎士団有志による俺の帰省。
参加メンバーはエルくんと、エルくんがいるなら当然ついてくるアディちゃん。それに面白そうだとついてきたヘルヴィを筆頭に3人の中隊長。
なんだかんだでユシッダ村へはオルヴェシウス砦からは距離もあるので、道中の足にはカルディヘッドとヘルヴィのツェンドリンブル。そしてこの2機が引く幻晶騎士用荷車にアルディラッドカンバー、グゥエラリンデ、エルくんが再建中のイカルガ代わりに使っているカルディトーレ。普通にちょっとした規模の魔獣の群れくらいなら殲滅できる戦力です。
「まあ、俺の故郷は辺境だからな。下手すると王都の近くじゃ見ないくらいの魔獣も出るから」
「ここで私たちを襲うような魔獣がいたら、そちらこそ災難だな……」
てなわけで、カルディヘッドの車輪とツェンドリンブルの4脚がぎゃりぎゃりどこどこと道を行く。街道は魔獣対策のためにある程度切り拓かれているが、逆に残っている森は切り拓くことさえ難しい魔獣の生息地ということになるわけで、その緑と闇が濃い。
商人でさえ幻晶騎士による武装が必須なフレメヴィーラ王国内で、そんな商人もあまり寄り付かない俺の故郷は伊達じゃない。
「ところでアグリ、気になったのだが……今回の帰省はあまりに急だが、故郷に連絡はしてあるのか?」
「連絡? してないよー」
「ちょっと待ちなさいよ。大丈夫なの、それ?」
「大丈夫も何も、直接行くより早い連絡手段がないんだよ。今回は急に決まったことだから、特に」
そう、具体的にどのくらい辺鄙なところかというと、まともな連絡手段もないくらい、だ。
フレメヴィーラ王国は魔獣と人間の生存圏がぶつかるというか混じり合っている最前線。街道上の行き来でさえたまに命がけになるせいもあって、郵便制度など夢のまた夢。
遠方に連絡したい、となったら手紙をしたため、連絡先の方へ行きそうな商人に預けて、下手するとさらにその商人も別の商人に中継して、というリレー形式くらいしか手がない。
しかも俺の故郷、ユシッダ村はド辺境なうえに自立精神旺盛な村。商人が寄り付く機会も少ないとなれば、直接足を運ぶのが唯一の方法と言っていい。ガルダウィングで一足先にって手もなくはなかったんだけど、空を飛ぶ幻晶騎士をあまり見たことないだろう村の人たちには魔獣の襲撃と勘違いされる可能性がある。そうなったら割と真剣に俺の命がヤバい。
だから、こうして直接行くことにした。俺の故郷だけあって村の人たちはその辺気にしないし別にいいんじゃないかな。
……それに。
「お土産、また増えそうだしね」
「街道沿いの森が騒がしい……魔獣だな。私達も出るか?」
「いや、俺とヘルヴィで平気だろ。数も大きさも大したことなさそうだし。荷車の方の護衛よろしく」
ざわりと、街道側面の森から異質な気配が漂ってきた。それが魔獣によるものだと察知できないようではこの国で騎操士をやってはいけない。俺とヘルヴィは一旦荷車との接続を解除し、森へと向き直る。
森までの距離はそこそこ。バックウェポンもある。決闘級が2体くらいであれば近づかれる前に対処することも十分可能だが……と、ガサリ。
――ゴアアアアアアアアア!?
「決闘級には少し足りないくらいの魔獣が1体、ね。来るわよ!」
「ああ、後続がいないならどうってことない……が、様子がおかしいな?」
森の木々をなぎ倒して現れたのは、逞しい脚を持った獣型の魔獣。勢いよく飛び出してきたわけだし、ここは近づかれる前に仕留めておいた方が無難だ。
……無難なんだけど、なんか妙だな。魔獣が飛び出して来たはいいものの、その進路がこっちとは微妙にズレている。その割に、走り方は超必死。
まるで、何かから逃げているような……。
バックウェポンの狙いを定め、すぐにも撃てるようにしながらも少しだけ様子見をさせたそんな疑問。
『待てや獲物おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!』
「あ、アレうちの領主さまだ」
「……噂に聞くあんたの故郷の領主、すごいわね」
魔獣を追って森から飛び出てくる幻晶騎士とその叫びが、すぐに氷解させてくれました。
機体自体は、特に珍妙なところのないカルディトーレベースのカスタムタイプ。
が、背中にたなびく
『ッシャア! 手間取らせるとはいい度胸! なかなかイキのいいヤツだった! ……って、あれー? なにそこの幻晶騎士の集団。商人? 道案内いる?』
「……いえ、大丈夫です。というか商人じゃないです。お久しぶりです、領主さま」
『久しぶり? ……その声、それにここらじゃ珍しい幻晶騎士だらけってことは……アグリ・ボトル!? ユシッダ村の!?』
うーむ、まさかの領主様に名前を憶えてもらっていたとは驚きだ。
どかどかとカルディトーレが駆け寄ってきて、そして俺たちの前でずさーと地面を削りながらブレーキかけて止まり、コックピットハッチが、開いて。
「ひっさしぶりねー! 大森海の奥で行方不明になって無事帰ってきてたとは聞いてたけど、村にも顔見せに来たのか。そりゃあ喜ぶわよー!」
俺たちが着ているのと大差ない、実用一点張りの軽鎧姿で出てきたのは、やっぱり領主さまでした。
相変わらずポニーテールに結った髪が長いですね。
「はい、突然の来訪ですみません」
「いいっていいって。よーし、それじゃあさっき仕留めた魔獣はユシッダ村にプレゼントしましょ。餞別よ餞別。私も行くぞー! 歓迎の宴会じゃー!」
うちの領主さまは本当に話が早い。俺を一目見たその日のうちにライヒアラへぶち込むことを決めただけはあるぜ!
こうして道中で会うことになったのはさすがに予想外だったけど、一応この旅程の中ではそもそも領主さま、あるいはその不在の間に本拠を守っているだろう代官さまに挨拶することも予定に入っていた。だからまあ、ちょうどよかったのだろう。手間が省けた。
「……ねえ、ちょっと」
「どうした、ヘルヴィ。そんなめっちゃ驚いた顔をして。エルくんまで同じ顔してるのって珍しいけど」
と、思っていたらなんかヘルヴィたちが目を丸くしていた。一体どうしたんだろう。バックウェポンも剣も持ってるくせに蹴りで魔獣を仕留めた領主さまに驚いてるんだろうか。気持ちは痛いほどよくわかるが。うちの領主さまは足癖悪いぜ?
「あんたの村の領主さまって……女の人だったの!?」
「そうだよ? あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いていないぞ。隙あらば領内を徘徊して魔獣を狩る趣味と実益が両立した人物であるとしか」
「私もだ。だが、鉄腕という異名にものすごく納得がいったな、うん」
そんな感じのハプニングもありつつの帰省旅行。
いやはや、また一悶着の匂いがするね?
◇◆◇
「というわけで、ここが俺の故郷です」
「こう言っては何だが、すさまじい辺境、いや『最前線』だな。ボキューズ大森海の外縁部が目と鼻の先ではないか」
「村の周囲を守る柵が恐ろしく堅牢で、しかも何度となく修復した形跡がある。どうしてこんなところで生活できるんだ……?」
「畑、広いわねー。それに、アグリが作る畑に雰囲気似てるわ」
「ヘルヴィさん、最近どんどん畑を見る目が肥えてきてません?」
領主様に先導され、帰ってきましたフレメヴィーラ王国最東端、ユシッダ村。
背後にはすぐボキューズ大森海の外縁部が鬱蒼と生い茂る、人類と魔獣の境界線。それがこの村だ。
とはいえ、雰囲気はまさしく帰ってくるまでの道中でも見た農村と変わらないのどかな物。家が点在する集落と、そこを囲むように畑が広がる見慣れた景色だ。
……まあ、俺がこの村を出たときと比べて大分畑が広がってるけどね! 見てるそばからモートリフトががりがり畑を広げてるけど!
「うっ、あれは!? まさか……結晶動軸を使った脱穀機!? くそう、さすがに銀鳳騎士団では戦闘用と言い張れないレベルの農機具は作れないから見送ったのに、うちの村の人たちと来たら自分らで作ってやがる!」
「いやあ、さすが先輩の故郷ですねえ。どうやらモートリフトも独自の改造が加えられているようですし、僕としても興味深いです」
そんな風に、様子が見えてきた村についてワイワイと語りながら進み、村のみんながちらほらと近づいてくる幻晶騎士の集団に気付いたのか手を止めて。
『ユシッダ村の者ー! 私が来たぞー! アグリ・ボトルとそこで会ったから連れて来た!』
「領主さまってば相変わらず軽い」
「……まあ、これほどの場所で魔獣と戦いながら生きていくのであれば、領民との距離も近くなるだろうからな」
ぶんぶんカルディトーレの手を振って呼びかける領主さまのフレンドリーさにちょっと驚くエドガー達だけど、うちの領地では大体こんな感じです。
そして、村のみんなも領主さまの言葉で状況を察してくれた。
「アグリ……ボトルさんちの!?」
「帰って来たのか……! どれに乗ってるのかわからないけど!」
「ボキューズ大森海の中で半年以上生き抜いてたって話だ! まるでご先祖様たちみたいだよなあ!」
ああ、懐かしい顔が一杯だ。ここ数年ロクに帰ってこられなかっただけに、みんなの声と顔が身に染みる。
それに、なにより。
「兄さん! 兄さーん!」
「ああ、ファム。ただいまー!」
とてててて、と駆け寄って来る一人の少女。
農民らしく短めの髪はふわふわ、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねてアピールする様は愛らしい。最後に会った時からするとずいぶん大きくなって大人びて、それでも小柄な俺の妹。ファム・ボトルとも再会できたんだから。
「改めてただいま、ファム。大きくなったなあ。元気だったか?」
「兄さんこそ、すっごくたくましくなったのね! それに、こちらの方たちは兄さんが入ったっていう騎士団の方たち? すごいわ!」
カルディヘッドから降りた俺に飛びついてくるファムをがっしりと受け取める。ついでに駆け寄って来た他の村の人たちにももみくちゃにされて挨拶を返したりしながら、しがみついて離れない妹の温もりを久々に感じる。あー、やっぱ実家いいわ。
「初めまして、先輩の妹さんですね。僕はエルネスティ・エチェバルリア。銀鳳騎士団の騎士団長を拝命しています」
「私たちはライヒアラ騎操士学園でのアグリの同期です。よろしく」
「はい! いつも兄がお世話になってます! ユシッダ村へようこそ!」
そしてさっそくご挨拶のエルくんたち。ファムも都会の貴族様がたほどではないがしっかりとあいさつ出来るいい子だ(兄のひいき目)。
……でも。
「……すごいわ、兄さん! お嫁さんを3人も連れてくるなんて!」
「違うから。そういうのじゃないから。上司と同僚だから。あと女の子は二人しかいないし二人とも先約あるから」
「なるほど、つまり残る一人が本命ね!」
「おい待て妹。さっきの話の流れからその一人は男ってわかってるよね?」
「可愛ければ大丈夫よ。私の服も貸してあげられそうだし」
……この、何もかも受け入れすぎるブラックホールみたいな懐が人間離れしてるところさえなければ完璧なんだけどなあ。
でもそこが可愛いから許す!
「……すさまじいな、この村は」
「見ろ、エドガー。すでに歓迎の宴の準備が始まっているぞ。……あ、ステージができた」
そして、当然のように歓迎の宴が、始まった。
◇◆◇
「よう、アグリ元気そうじゃねえか! どうだ、森の奥ではいい作物見つかったかよ?」
「兄貴! いやー、向こうではドタバタしてたんでそっちはさっぱり。……あ、でも現地の農作業手伝ってきたよ!」
「素晴らしい。きっと素朴で純粋、男女のアレコレなどない平和な村だったのでしょう……!」
「いや、普通に立派な街とかあったよ?」
「久しいな。まさか生きているとは思わなかった」
「もー、兄さんてば相変わらず一言足りないんだから。『でも生きていてくれて嬉しい』まで言わないと、村の外の人には通じないよ?」
「見ないうちに逞しくなったな。これならいつ村に帰ってきても立派にボトル家を継げるだろう」
「ですよね! ですよねおじさん! 俺も早くそうしたいのはやまやまなんだけど……!」
「そう言わず、がんばりなさい。幻晶騎士開発も立派な仕事でしょう」
「そうだけどさ姉さん……村の畑が恋しい……!」
夜の帳が下りた。
しかしユシッダ村では各所に焚かれた篝火が照らし、ゆらゆらとオレンジ色の明かりと村のみんなの楽しい笑い声が吹きあがる、祭りの夜となっていた。
俺が帰るなり、挨拶もそこそこに祭りの準備を整えて料理を作って領主様に音頭をお願いしての乾杯まで、実に1時間と掛からなかった。
エルくんたちがうちの実家に挨拶して、村の主要な家にも挨拶して、軽く話をして山ほど持ってきたお土産を下ろしていたら、あれよあれよと作りたてのステージの主賓席に銀鳳騎士団一行と共に座らせられて、今に至る。
かわるがわる声をかけに来てくれる村の人たち。
いま来たのは俺たちより一世代上の面々で、頼りがいのある兄貴分、やたら顔が良くて昔都会に出向いたらちょっと女難に会ったというイケメン、農民とは思えない白い肌と一言足りないポジティブシンキングが得意な兄さん、貫禄あるおじさん、そして拳骨が痛いことで有名な紅一点の姉さんたちだった。いやあ懐かしい。兄貴たちにいろいろ教わって、小型魔獣を狩ったりしたっけなあ。
「うおおおおおおおおーーーーー!」
『うわなにこの村の人たち!? 超力強いんだけど!』
あっちでは宴の余興にとユシッダ村名物の挑戦企画が繰り広げられている。
今日の演目は、せっかく幻晶騎士がたくさんあるからということでカルディトーレと村の有志による綱引き大会。なかなかいい勝負をしているあたり、さすがだ。
あと、宴会場をぐるっと囲うように超遠距離流しそうめん的なナニカ。昔俺がぽろっと発案したら、なんか定番になりました。
「……さっきから耳に入って来る音楽がとても農村のそれとは思えないほど洗練されているのだが、どういうことだアグリ」
「ああ、ユシッダ村の元になった5家の人達はもともと楽士だったらしいから。いまもその技は伝えてるんだってさ」
「楽士がなぜ農村開拓に……?」
「あと、パインさんちの当主になるには料理人修行で国を回って来る必要があるんだよ。だから料理も美味いだろ?」
「農村とは一体」
いつの間にか広場中央で焚かれたキャンプファイヤーからの火の粉が夜空の星と並んで灯る。
薪が燃える煙の匂いを運んでくる風に混じる土の匂いが、どうしようもなく懐かしい。
ジョッキを呷る。酒もしこたま出てるけど、これは水。
特別冷たくもない、子供のころから親しんだその水の味が、今は何より愛おしい。
ああ、帰って来たんだなあ。
◇◆◇
「ふぅ、楽しい……」
酔いが回って来た。
辺境の村の宴というものに理性などないに等しく、楽しければいいやというノリと勢いが客と村人の垣根を押し流す。
車座で肩を組んで歌う、調子外れの歌がズレにズレまくっているディートリヒ。
上半身裸になって幻晶騎士綱引きに混じっているエドガー。
ヘルヴィとアディちゃんはファムたち村の若い女の子たちとおしゃべりをしながら無限に菓子を平らげていく。
そんな光景を少し離れたところから一望する。幸せな時間だ。
「よっ、アグリ。やっぱりあんたは元気にやってるのねえ」
「領主さま」
そんな俺の隣に腰を下ろしたのは領主様だった。
仮にも貴族なのに当たり前のように地べたに座り、ジョッキをごつんとぶつけてごっごっと中身を飲み干すその様、貴族である以前に騎操士であれという領主さまも家の家訓に忠実だ。
「ぷっはー! この村のエールはいいわねマジで! 麦から全部自作ってんだからすごいわ。……どう、久々に村に帰ってきた感想は」
「正直もうライヒアラに戻りたくないです」
「あっはっは! アグリ、そもそも行きたくないってダダこねたらしいもんねえ!」
ばっしんばっしん、と俺の背中を叩いて面白がる赤い顔の領主さま。
こう見えて俺とは10歳と離れていない妙齢の女性、それも独身なのだから驚きである。嫁の貰い手、あるいは婿を貰う目処は立っているのだろうか。村を含む周辺一帯の将来がちょっと心配。
「……まあでも、楽しくやってはいるんでしょ? エルネスティだっけ。あの子がお前のことを話すときは、すっごく楽しそうだったし。慕われてるみたいね?」
「ええ、まあ。うん。そうみたいですね……」
だから今日もついてきたし、次に村へ帰ってこれる日がわからないんですけどね!!
「うぅ、こんなんじゃ銀鳳騎士団で勤め上げて村に帰ってから嫁さんもらえるか不安ですよぅ……」
「その辺気にすることないと思うけど。さっきから村の娘たちにもさんざ囲まれてたじゃない」
「そのうちの何人かは俺より年下なのにお腹大きくなってましたよね!? めっちゃいいことだしその子らの家にはお土産奮発しましたけど、すごく取り残されてる感が!」
しかも、村で俺らの世代はいままさに結婚適齢期。
俺が村を出てから生まれた子もいるし、そこそこ大きい村の子に元気な声で「はじめまして!」とか言われる気持ちがわかりますか領主様! 本来ならそういう子らのことも産まれたころから知っててお兄さんかおじさんと呼ばれる予定だったんですよ!
「……ま、大丈夫よ。どうあっても結婚はできるから」
「何を根拠に!」
気安い領主様だし酒も入ってるしついついツッコミ入れてしまったが、領主さまの目は真剣で、しかし優しかった。
「んふふ。辺境の村からライヒアラに行って、優秀な成績で卒業。国王陛下直属の新設騎士団で新型幻晶騎士の開発に尽力。……地方領主の婿に収まるくらい、行けそうな箔がついてると思わない?」
「…………………………………………………………」
抱えた膝に頬を寄せ、横向きになった顔に浮かぶ笑み。
俺を映す瞳には遠くで揺れる篝火の色。
そういえば、初めて会ったころと比べて髪が伸びたなあ領主さま。
この時の俺は、酒のせいで体温上がったはずなのにやたら冷たい汗で背中を濡らしつつちょっと思考停止気味にそんなことを考えて。
「せんぱーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!! この料理すっごくおいしいですよ!!!」
「兄さーん! 昔兄さんに教わったほっとけーきっていうお菓子を作ったわ! 食べて!!」
皿を抱え、なんかすごい勢いで駆け寄って来るエルくんとファムの声に正気を取り戻した。
「……いい妹と、いい嫁さんね」
「いやいやいや、ファムがいい妹なのは認めますけどエルくん嫁じゃないですから。会う人会う人初見で勘違いする気持ちはわかりますけど」
駆け寄って来る二人に気付いた領主さまはすくっと立ち上がり、ジョッキが空になっていることに気付いておかわりを求めに宴の中へと戻って行った。
エルくんとファムがニコニコと俺に料理とお菓子を薦めてくるのはそれまでと変わらない。いい加減腹も膨れてきたが、それでもなお食おうと思えば食えるのは騎操士に必須の資質。ありがとうと一言述べてぱくぱくといただく。
故郷の風の匂いは懐かしく身に馴染み、幼いころから食べ慣れた味が今日は特別豪華にもてなしてくれる。
ありがたい故郷。また帰ってきたい故郷。
「……あとで父さん母さんとじいちゃんに相談しておくかぁ」
でも、次帰って来るときは嫁の算段つけておかないと大変なことになりそうだぜ!!
ライヒアラでもクシェペルカでもボキューズ大森海でも見上げたのと同じ今生の星空を見上げながら、人生設計について考える。
料理の味付けがちょっとだけしょっぱく感じるのは、きっと都会の味とか異国の味とか森の味に慣れたせいだ。そうに違いない。
◇◆◇
「さて、それでは帰りましょうか。みなさん、お世話になりました」
「いえいえ、騎士団のみなさんには兄さんがとてもお世話になってますから、またいつでも遊びに来てください」
「……ところで、アグリがいないのだが?」
「ああ、そこで村の人たちに紛れてフード被ってるのがアグリよ。忘れずに連れて帰らなきゃね」
「バカな!? 完璧な変装だったのになぜわかったヘルヴィ!?」
またこの村へ必ず帰ってくるために、騎士団活動をもうちょっとだけ頑張ります。