俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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エルくんケッコンカッコガチ

 その日、フレメヴィーラ王国は、湧いた。

 

 最大規模の騎操士学園を抱えるライヒアラの空に現れた、常ならぬ飛空船の大船団。

 その船体に描かれたのは、立志伝中の存在にして革新の切っ先、銀鳳騎士団の旗印。

 そして控えめに言って魔獣一歩手前の化け物じみた幻晶騎士が飛空船から飛び出して地上へ降りたち、中から銀鳳騎士団の団長が現れた。

 諸々の事情を知らない民衆であっても察しよう。

 

 銀鳳騎士団、凱旋。

 なお、クシェペルカであれこれやった時以来3年ぶり2度目のことである。

 

「銀鳳騎士団やっぱすげーな」

「やってることはもちろんだけど、毎回新しいモノ持ってくるよな」

「団長の趣味だからな」

 

 フレメヴィーラ王国における銀鳳騎士団の理解度は、高い。

 

 

◇◆◇

 

 

「騎士団の人たち、帰ってきたんだって?」

「らしいわねえ。この畑もようやくお返しできるよ」

 

 オルヴェシウス砦近郊。

 ここには、一面の畑が広がっている。

 銀鳳騎士団に所属するとある騎士が農民出身であり、自身が開発した幻晶騎士の性能テスト! 性能テストだから! と言い張って耕し整備した、中々に広大な畑である。

 植えられた作物も、穀類に始まり野菜も多種多様。

 土質の改良や肥料の配合と量の実験、品種改良などいったいどうやって時間を捻出しているのかわからないほどいろいろなことに手を染めて、それでもなお足りぬと亡者のごとく畑の拡張を続けているという。

 

 これだけの畑を開墾し、維持管理するための労力を幻晶騎士ならぬ幻晶獣機とタンクタイプの幻晶騎士に頼っているため家畜類こそいないが、その辺りをカバーすればそれなり以上の規模の村の食料が賄える。そんな有様になり果てていた。

 とはいえ、この畑を広げた張本人が世話をする機会というのが、実は少ない。

 なにせ銀鳳騎士団の騎士は忙しい。というか物理的にオルヴェシウス砦を離れることがままある。

 畑の主は騎士としての仕事に加えて幻晶騎士開発に携わり、風の噂では団長のお気に入りでもあるという。そのため近隣の村にその騎士当人が頼み込み、留守の間は人手を借りて世話を任せることになっている。

 当然、その結果収穫物の一部は謝礼として受け取れるので、手を貸す村の側としては中々に悪くない取引と言えた。

 

 そんなこの畑の主も、そろそろ帰ってきたのだろうか。

 騎操士ならぬ身ではわからないが、無事の帰還を祈り、今日も今日とて畑の世話に繰り出す初老の夫婦が一組、ゆったりと語り合う。

 のんびりとあぜ道を歩き、自分たちが担当している畑の元にたどり着き。

 

「……ん?」

 

 なんか、あからさまに野菜でも木でも雑草でもないものが畑から生えていることに気付き。

 アレは何かと気を付けながら近づいて。

 

 その形が何なのかを理解し。

 

 

 

 

「……畑から人の手足が生えてるうううううううううううううううう!?」

 

 畑から、人の左手と左足が生えているのを、目撃した。ババーン。

 

 

「な、何事……!?」

「まさか魔獣に食われて……!? 村と砦に知らせに行かないと……!」

 

 夫婦、大混乱。

 当然そうもなる。昨日まで至って平和だった、フレメヴィーラ王国でも最高に強く、最高にとんでもない騎士団のお膝元でのあからさまにヤバイ事件。動転するなというのが無理な話であり。

 

 

「ふう、堪能した」

 

「手足から人が生えたー!?」

「生きてたー!?」

 

 その手足の埋まっていた地面の中から泥だらけの人間が生えてくるに至り、二人揃って腰を抜かした。

 

「あぁ、やっぱりフレメヴィーラの土はいい。ついつい埋もれて堪能しちゃったよあっはっは。……む、いかん。さすがに土を洗い落とさないとヘルヴィに叱られるな。水浴びしてから帰るか」

 

 全身土まみれの怪人は、地面から生えるなり晴れ晴れとした声で意味不明の供述を繰り返している。

 が、恐ろしいことにその声には聞き覚えがある。まっ黒でよくわからないが、顔には見覚えがあるような気も。

 

「……? ああ、畑の世話をお願いしてた村の人たちですか? すみません、驚かせて。フレメヴィーラの土が恋しいあまり、畑と一体化してまして」

「アッハイ」

 

 そう、誰あろうこの畑を作った主、銀鳳騎士団の騎操士の男であることに、気付かざるを得なかった。土に埋もれている間の呼吸はどうしていたのだろうか、と混乱している間に、土から出ていた汚れていない左手を差し出して助け起こしてくる様はまさしくフレメヴィーラ王国において人類の守護者たる騎操士の矜持を感じる振る舞いだ。

 土に埋もれてたけど。自分の作った畑に埋もれてたけど。どうやって埋まったのかがまず疑問なのだが、その辺気にしたら負けな気がした。

 

「さーて、とりあえず体洗って、草むしりでもするかー!」

 

 そして、取り残された夫婦は件の騎操士が元気にオルヴェシウス砦に帰っていく後姿を呆然と見送り。

 

 

「騎操士って、畑から取れるんだっけか」

「かも、しれないわねぇ……」

 

 

 後年、「フレメヴィーラ王国の騎操士は畑から生えてくる」と実しやかに囁かれる冗談の出どころがここにあることを、今はまだ誰も知らない。

 

 

◇◆◇

 

 

 さて、帰ってきました懐かしの故郷。

 森の中から人類の生きる文明の地へ。帰ってきたはいいものの、帰ってきたからこそ大変なこともいろいろある。

 具体的には、帰りの道中にくっついてきた巨人の皆さん。

 国王陛下へ帰還の挨拶をしたエルくんがさっそく報告したらしいけど、そりゃもう国王陛下卒倒モノのインパクトだったらしい。気持ちはわかる。

 

 その後、当面公表は控えることとなった巨人族の人たちの扱いは銀鳳騎士団預かりとなり、さらに銀鳳騎士団そのものの体制も見直されることになった。

 具体的には、エドガー達中隊長を団長とする、新騎士団の創設だ。

 

「なんだかんだで、大森海へ行く前に言われてた話がそのまま形になるんだなあ」

「アグリ……! 他人事だと思って君は!」

「……こんなことなら、無理やりにでもアグリに中隊の一つも押し付けておくべきだったか」

「惜しいわね。確実に幻晶騎士式工兵集団の皮をかぶった農民化させる未来さえなければ、それもできたっていうのに……!」

 

 名誉であると同時に責任その他が迫ってくる立場に、エドガー、ディートリヒ、ヘルヴィは頭を悩ませているようだった。ヘルヴィはどうやら別の考えもあるらしいけど、まあそれはそれ。

 ……ふふふ、さすがに俺も学習したよ。この人事のどさくさ紛れに今度こそ銀鳳騎士団を退団しよう、などと企んだら今度は巨人族の人たちと小人族の人たちが暮らすボキューズ大森海の奥へ単身赴任とかさせられかねないから、今は我慢……! 雌伏のときだ……!

 それはそれでエルくんの手元から離れてのびのび農業できるかもしれないけど、なんかそう上手いこと行かない予感しかしねえ!

 

 

◇◆◇

 

 

 大森海から帰ってきてから起きたことは多いので、ある程度まとめて語ろう。

 まずは、巨人族の人たちについて。

 

 処遇の預かりが銀鳳騎士団になったのは先にも述べた通り。

 巨人族の公表は時期を見てとのことになったので、軟禁とは言わないものの表立ってフレメヴィーラ王国の領内をうろついてもらうわけにはいかなくなった。

 

「というわけで、先輩。いきなりですみませんが巨人族の人たちが寝泊まりするところを作ってください。幻晶騎士の工房くらいの大きさでいいですから」

「あいよー」

 

「……虹の勇者も我らの目の外にあったものだが、あの者もよくわからんな」

「確か、アーテル氏族を投げ飛ばしていたぞ」

「力はあるのだろうが……ああしてすさまじい勢いで家を建てていく様を目にすると……わからぬ」

 

 なので、とりあえずオルヴェシウス砦で姿を隠しつつ寝泊まりしてもらうところを建築しました。

 うーん、やっぱりカルディヘッドはこういうときに便利。巨人族の人たちは事実上決闘級魔獣なので、体が丈夫。多少地面がむき出しでもごつごつしてても雨風が漏れても風邪をひいたりしないレベルらしいので、すぐ建てられた。とりあえず、しばらくはここで生活してもらうことになるだろう。

 

 

 とはいえ、いつまでも砦の中に押し込んでおくわけにもいかない。

 さすがに巨人族の人たちだって気が滅入るだろうし、そもそもが根っからの戦闘民族。狩りをしたい「問い」をしたいとうずうずしている。

 というわけで、外行きのために巨人族の人たちを幻晶騎士っぽく見せるための鎧を作ってもらいました。

 銀鳳騎士団の組織再編に伴って国機研から出向してきた若手の人たちにね!

 

「……私ら、この国の最先端の幻晶騎士を作りに来たはずなんだけど」

「銀鳳騎士団ではよくあることですよデシレアさん。俺も農業全然できないし!」

「おいダーヴィド。これが噂の、頭の中に『農』が詰まってるってヤツかい? 団長のお気に入りで、団長以上に変な幻晶騎士ばかり作ってて、放っておくと国中を畑にしかねないっていう」

「大体合ってるぞ」

 

 その中の代表格、デシレア・ヨーハンソンさん。なんでも国機研のガイスカ・ヨーハンソン前工房長のお孫さんだそうで、オルヴェシウス砦に来たその日のうちに巨人族の人たちの鎧づくりを頼まれて卒倒しかけていた。さもありなん。

 

「こらー! それはあんたら用の兜じゃなくて幻晶騎士の頭! 引っこ抜くな!」

「そうは言うが……勇者の兜は誇りの証。百眼のお目にかけるものである以上、意匠を尽くし、狩った獲物で飾らねば始まらん。なので元々カッコいいこれをな?」

「そういうのはあんたら用のでやれって言ってるの! ていうか、下手に魔獣の素材で飾ったら目立つでしょ!」

「我らは一向に構わんッッ!」

「こっちが困るのよ!!」

 

 と、一瞬で慣れたけど。巨人族を普通に生身のまま叱りつけられるって、すさまじい胆力だ。

 

 

 なお巨人族に対して極めて親しく接する人が、実はもう一人いる。

 

「老戦士よ、貴様の槍の冴えはしかと見た。二眼にしておくのが惜しいほどだ」

「ふふふ、そういうお主も中々のものよ。年甲斐もなく老骨に血がたぎるわい」

「いい加減おとなしくしましょうね先王陛下。国王陛下に言いつけますよ」

 

 それこそ誰あろう、ジルバティーガでオルヴェシウス砦に遊びに来た、先王陛下だってんだから頭が痛い。

 巨人族の人たちを人目につかない森の中に連れて行って羽を伸ばしてもらうときにしれっとついてきて、エルくんが目を離した隙に巨人族に勝負をもちかけて一戦交えやがりましたよマジか。

 

「パールちゃん、あれなんとかならない?」

「なぜだ? 勇者が力を示すのは百眼も見ておられる。誉れであろう」

「さようで」

 

 いきなり喧嘩売ったも同然のこと、問題になるかと思えばさにあらず、むしろ好意的に受け止められてるんだから先王陛下も持って生まれたナニカが違う。そう思わされるね。

 

 

 まあそんな感じで、巨人族の人たちとはそれなりにうまくやっている。

 世間に存在を公表するまでには国の側でいろいろ準備を整える必要があるのでもう少し不自由を我慢してもらう必要はあるけど、今のところそれなりに仲良くできていると思う。

 

 

 ……そして、俺にとっての本題はここから。

 銀鳳騎士団の新体制と、新しい活動だ。

 

 

「さーて、大森海で思う存分幻晶騎士を作れなかった鬱憤と、その間に溜まったアイデアが火を噴きますよー!」

「銀色坊主……カササギなんてとんでもないもの作ってまだ飽き足りねえのか」

 

 故郷へ帰ってきてテンションが上がったのは俺だけではない。

 俺は行き返りの道中で畑仕事ができなくて辛かったけど、小人族の村でお世話になっていたときはまだマシだった。

 が、一方エルくん。ありあわせの素材で幻晶騎士を作ったとはいえ、エルくんが本来秘めたる欲望と情熱がその程度で発散しきれるはずもなく、実は一番溜まっていたのかもしれない。

 

「カササギもイイ機体になってくれましたが、そのまま再建することはできない仕様なので一旦置いておきます。その間にエーテリックレビテータを改良しましょうか。カササギで得られた知見から、より性能を向上させられそうです。……シルフィアーネの側にはもちろんのこと、陸戦機用としても一部応用が可能と見ましたよ!」

「エルくん、落ち着いて。国機研から来た人たちが置いてきぼりになってるから」

「それと! 先輩の機体もやっぱり強化したいです! なのでさっそくプランをください! 明日までに!」

「うん、わかった。何かひねり出すからエルくんはまず深呼吸しようね?」

 

 ぱたぱたと落ち着きなく、あふれるアイデアをまくしたてるエルくん。

 幻晶騎士開発の最先端を行く若き天才の開発に触れられるという期待に輝いていた国機研組の人たちの目が瞬く間に曇っていく。

 がんばれ、ここを乗り越えられれば幻晶騎士開発者として一皮むけると思うから。

 ……二度と元には戻れないだろうけど。

 

 

 ともあれ、なんだかんだで銀鳳騎士団の活動も再び軌道に乗り始めた。

 基本的に幻晶騎士や巨人族用の鎧を作りつつ、たまに魔獣の征伐に呼ばれたり、暇を持て余した巨人族を森へ連れて行ったり、その時に先王陛下が付いてくるときは中隊長以上の誰かが必ず付きっきりでマークしたりなどなど。

 

「そして……! 土に触れる喜び……! 巨人族の人たちと分かち合えないのは残念だけどね」

「仕方があるまい。小人族にとっては糧を得るための欠かせぬ営みだが、我らの命を繋ぐにはより多くの大地がなければ間に合うまい」

「だよなー。でも、これを振るう動きは剣の使い方に似てるって勇者たちも言ってたぜ!」

 

 あと、農業も忘れちゃダメだよね! 最近銀鳳騎士団の資材を流用して作ったおニューの鍬を持って畑に出るのがまた何とも言えない。

 大森海にいたころから思っていた通り、農業の場合は単位面積あたりで得られる作物量がどうしても巨人族の腹を満たすには厳しいものがあるからあまり興味をもってはもらえないみたいだけど、小魔導師ちゃんとナブくんはなぜかたまに手を貸してくれている。

 今も、幻晶騎士サイズより一回り小さい、くらいに作ったナブくんたち用のスコップで土を掘り返して肥料を混ぜ込んでくれてるし。

 

「それも道理だけど、二人はなんで手を貸してくれるんだい? さすがの俺でも、巨人族向けの農業は提案できそうもないよ。今はまだ。今はまだ」

「2回も言うほどの重要ごとなのか。そして最終的には我らにも地を耕す術を教え込むつもりなのか……。なに、我らがこの地に来たのはより多くを見るためのこと。小人族と我らは違う。そして、小人族の持つ力はおそらく我らをも上回るものがある。ならばその違いを、私はより多く見たい」

 

 そう語る小魔導師ちゃん。4つの目のうち半分を閉じて額の汗をぬぐい、空を見上げている。

 そんな彼女をすら俺ははるか見上げるほどに体の大きさに差はあるが、明晰な頭脳と先を見据える思慮深さは、そこらの人間ですらかなわないかもしれない。

 

 俺は農民だから、巨人族に教えられることはきっと多くない。

 だけど、仲良くできたらいい。小魔導師ちゃんの穏やかな横顔を見て、そう思った。

 

 

「おぉ、小魔導師よここにいたか! 虹の勇者が呼んでいるぞ!」

「……でも、畑をないがしろにするなら決闘も辞さない」

「三眼の勇者、止まれ! その先は畑だ! そこにお前が足を踏み入れたら、多分こっちの小人族が穢れの獣より恐ろしいことになる! そんな気がするのだ!」

 

 だが、決闘級魔獣や幻晶騎士並みの体重で畑を一歩でも踏んだ者は許さぬ。

 これは、相手が魔獣であろうが銀鳳騎士団員であろうが巨人族だろうが変わらない、俺にとっての鉄の掟なんで、その辺だけは伝えておこうと思います。

 

 

◇◆◇

 

 

 さてそんな感じの楽しい銀鳳騎士団生活をしている最中、騎士団の外……というか外郭辺りでの動きもあった。

 大森海からの帰還直後あたりから動き出していた、銀鳳騎士団内の中隊を騎士団として独立させるという話の、本格化だ。

 

 

「よくぞ生き残った、我が精鋭たちよ。新たな騎士団に加わる、新たな騎操士たち。諸君らの活躍を、我らは大いに期待する」

 

 王都カンカネンにある、幻晶騎士の訓練場。そこに集うのは数多の若い騎操士たち。

 国王陛下のお言葉を受けて熱い情熱をたぎらせている彼らこそ、新たに創設されるエドガーとディートリヒの騎士団に入団する候補たちだ。

 あ、ちなみにヘルヴィは騎士団創設を断って、第三中隊のみんなは銀鳳騎士団本体なり、エドガーあるいはディートリヒの騎士団に編入されることになりました。

 

 

 ちなみにある日、先王陛下を伴って巨人族を森の中へ連れて行った際のこと。

 先王陛下がまたしても大暴れしないようにガードを固めていたエドガーはそのことで陛下にからかわれてました。

 

「やれやれ、エドガーよ。肩に力が入りすぎじゃぞ。騎士団の副団長として恋人を連れ込む柔軟さはどこへ行った」

「なっ、先王陛下!? ヘルヴィは決してそのような……!」

「最近、旧第一中隊の団員から『新しい騎士団は団長と副団長の愛の巣になるんでしょうか……』と相談を受けることが多々ございます、陛下」

「アグリ!? というかお前たちそんなことを聞いていたのか!?」

 

 初耳だ、と驚くエドガー。

 幻晶騎士の顔を明後日の方向に向けてすっとぼける第一中隊の皆さん。さすがのエドガーも先王陛下の前だと形無しだな。

 

「その問いに、何と答えたのだ?」

「『銀鳳騎士団は元々エルネスティ団長と幻晶騎士の愛の巣である』と答えたところ、みな納得と安心をしておりました」

「エルネスティ……あやつ本当に底が抜けておるのう」

 

 そんな感じ。

 すごいのはエドガーなのかヘルヴィなのかエルくんなのか。まあ、銀鳳騎士団ではこんな感じの頓狂な理屈が飛び交うのはいつものことだけど。

 

 

 ともあれ、第三中隊に集った新しもの好きで好奇心にあふれた隊員たちにぴったりで、なおかつ自分はエドガーの副団長という立場に収まれる選択をするあたり、さすがヘルヴィは強かだ。

 

「オラオラー! ウチの騎士団に入りたいなら、まず俺らを倒していってからにしてもらおうか!」

「幻晶騎士はしこたま用意してもらったから、かかって来いやぁ!」

「お前たち! そういう場じゃないから少しおとなしくしていたまえ!」

 

 一方、ディートリヒの方は第二中隊時代からの団員達がさっそく新入団員候補を煽っていた。

 ディートリヒの制止の声もなんのその、またまた御冗談をと笑われているが、なんやかんやの末に結局ディートリヒが真っ先に入団試験(物理)をしてるんだから救いがない。

 

「おぉ! これぞまさに銀鳳騎士団物語に語られた真紅の第二中隊長殿! このゴンゾース・ウトリオ、感動です!」

 

 ちなみに、旧第二中隊改め紅隼騎士団入団第一号となったのは、がっつりと筋肉を乗せた2メートル級のガタイに禿頭も眩しいゴンゾースくん。なんとあのナリでライヒアラ卒業直後のフレッシュマンなんだそうな。最近国中で話題の「銀鳳騎士団物語」のことをこの場で知らしめたのも彼だ。

 後日エルくんを含む有志でその内容を見に行った時はエラい目にあったけど、まあそれはまた別の話。

 うーん、紅隼騎士団がさっそくイロモノ路線を突き進み始めている。

 

 

「ふむ。面接と試験で大まかな適性は見させてもらった。では、いよいよ幻晶騎士の操縦技能を見させてもらう。全員、搭乗してくれ」

 

 一方、エドガーの方はいつも通り堅実なものだった。

 一人一人との面接や身体能力のテストなどなどで見極め、幻晶騎士での動きも見る。割とよくある光景で安心するね。

 

「オラオラ遠慮してんじゃねえぞ首取りに来いやぁ!」

「気合が足りねぇー! 命知らずに踏み込んで来い!」

「もっと、熱くなれよおおおおお!!!」

 

 背後では、紅隼騎士団がすでに大乱闘のあり様だけど、全く動じない辺りさすがの慣れだ。

 そのギャップに新入団員候補の人たちがドン引きしてるけど。

 

「では、次の試験の内容を説明する。特に難しいことはない。銀鳳騎士団でも主たる任務の一つである、対魔獣戦闘の模擬訓練だ。これから用意する標的を狩ってもらう」

 

 へー、エドガー、魔獣の代役なんて連れてきてたんだ。

 

「魔獣役はそこのアグリだ。気をつけろ、下手をするとエルネスティ並みにやり辛いぞ」

「えっ」

 

 悲報。俺、ライヒアラ時代からの同期に魔獣かエルくんみたいな扱いされてた。

 

「ほら、早く準備しなさい」

「聞いてないぞヘルヴィ!? というかこのためにグランレオン持ってこさせたのかよ! エドガーとディートリヒは用意されたカルディトーレを使うっていうから変だと思ったけど!」

「あの、騎士団長殿? 我ら全員であちらの方を狙うのですか……?」

「うむ。安心しろ、逃げ足は速く、しぶとい男だ。全力でやっていいぞ」

「エドガーってそういうとこあるよね!」

「囲んで棒で叩くのがオススメよ」

「必勝の策授けてるんじゃねえよヘルヴィ!」

 

 しかも待ったなし。

 ヘルヴィに引きずられていってグランレオンのコックピットに放り込まれる頃になると、全方位がカルディトーレに包囲されていました。

 

「……ちくしょおおおおおおお! こんなことならエルくんの手伝いしてればよかったああああああ!!」

 

 なお、この後面白がった紅隼騎士団員とそっちの新入団員候補まで加わり、死にそうな目に会いました。

 

 

◇◆◇

 

 

 後に、白鷺騎士団、紅隼騎士団の設立時加入メンバーは語る。

 

「本物の魔獣より怖かった」

「あの機体は強いと思うけど、使いこなせる気がしない」

「アレよりヒドい銀鳳騎士団の団長って一体……」

 

 などなど。

 銀鳳騎士団を外から見るといかにアレかということを現すエピソードである。

 

 

◇◆◇

 

 

 件の魔獣役をしてのフルボッコは、俺が騎士団長にならないからせめて新しい団員と面通しはさせたかったからだとあとでエドガーに聞かされて、気遣いの方向性のおかしさに頭を抱えたりしてからしばらく。

 巨人族の人たちがエルくんと戦ってみたいと言い出してボコボコにされたり、小魔導師ちゃんが先王陛下と大分政治的な話をしたり、再建というかほぼ新造しているアディちゃんのシルフィアーネが一応の形になってきたりしてきたころ、オルヴェシウス砦にエドガーたちが客人としてやってきた。

 

「おぉ、おおぉ……! これがかの銀鳳騎士団の砦……! まさしく、伝説の渦中!」

「ゴンゾース、少し落ち着け」

「は、はいぃっ! ……おぉ!? あそこに並んでいるのは団長に付き従う獅子と戦車と黒い鳥では!?」

 

「なるほど、新入団員のみなさんの紹介ですか。……ところで、伝説って?」

「ああ!」

「……いや、『ああ!』だけじゃなくて説明しなさいよ、アグリ」

 

 そう、いよいよもって採用枠が固まった、新規団員たちのお披露目兼訓練のためだという。

 エドガーたちに連れられてぞろぞろと入ってきた、若手の騎操士多数。そのほとんどは先日の入団試験で俺のことさんざん追い回してきたこと忘れてねえからな。

 ククク、だがちょうどいい。銀鳳騎士団をただの騎士団などとは思わないことだ。今まで君たちが見たこともないような装備と幻晶騎士と畑仕事の時間ががっつり削られるほどの仕事量でその輝く瞳を曇らせてやる……! というか、俺が何もしなくてもエルくんが勝手に曇らせるだろう……!

 

「さて、それでは銀鳳騎士団式の訓練を始めようか。走って、飛んで、落ちて、幻晶騎士を操縦する。そうだな……優秀そうな者は、エルネスティにも相手をしてもらおうか」

『何をしているんです新入団員のみなさん! 早く訓練を終わらせて幻晶騎士で訓練し(あそび)ましょう!』

「エルくん、早い早い」

『そうです! せっかくだから先輩もぜひ一緒に!』

 

 ほらね。

 新人の諸君、立志伝中の人であるエルくんに相手してもらえるのは確かに名誉なことだけど、多分心折れるよ?

 

 

『ふーむ、ディートリヒさんのところの彼。可動式追加装甲(フレキシブルコート)によるドヤ顔ダブルシールド(攻防一体の重装備)ですか。いいアセンですね!』

「そういうゲームじゃねえからこれ」

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 新人の一部はイカルガまで持ち出してきたエルくんにおいしく頂かれて(比喩)しまったり、エドガーとディートリヒはエルくんからの餞別として新しい装備、魔導剣(エンチャンテッドソード)を贈られたりしていた。

 

「これは、先輩が作った農具を参考にしました。刀身の中に紋章術式を刻んだ銀板を通してあるんです」

「魔力を込めて地面に突き立てると……! このように、一振りで数mに渡って地面を耕せるという優れモノだ。これなら収穫月(ハーベストムーン)にも間に合うな」

「君は銀鳳騎士団の資材で何を作っとるんだね」

「まあ、アグリはもともと幻晶騎士自体そういう目的で作ってたわけだし、いまさらじゃない?」

 

 そんな感じで、変わったり変わらなかったりな銀鳳騎士団。

 段々と輪郭が新たな装いとなり、巨人族の人たちも今の生活に慣れてきて、その辺のお披露目がされたのはしばらく経ってからのこと。

 王都を上げての盛大な発表で、国中新騎士団と巨人族の話題で持ち切りになり。

 

 しかしその数日後。

 

 

 銀鳳騎士団団長、エルネスティ・エチェバルリア。

 彼の結婚が発表され、全ての驚きがさらに大きな驚きで塗り替えられた。

 

 

◇◆◇

 

 

「見ましたか! 聞きましたか先輩! 私、やりました……! エルくんにプロポーズされたんですっ!」

「うん、見たし聞いたしその場にいたし。おめでとう、アディちゃん。エルくんと幸せにね。……あと、できれば少し落ち着くように手綱握ってくれると嬉しいな」

「これで私の勝ちですね! エルくんは私のモノです!」

「ダメそうだね。まずアディちゃんがブレーキぶっ壊れてるっぽいし」

 

 銀鳳騎士団の工房にて、新生したシルフィアーネを贈られ、それとともにエルくんからのプロポーズを受けたアディちゃんが感極まって喜びの涙をこぼしながら、俺に報告してくれた。軽くマウント取ってきたけど、痛くもかゆくもないというかその方面では常に俺の上にいて欲しいです。

 

 当然、前々からの積み重ねはあった。

 ボキューズ大森海で、巨人族とのコミュニケーションの都合的なものもあってそういう体裁を整えた、とも聞いた。だからアディちゃんの想いは遠からず成就するだろうと思ってはいたけど、やはりようやくか、という気持ちが強かった。

 

 銀鳳騎士団の工房は広いが物も幻晶騎士も多く、にぎやかだ。

 多数の幻晶騎士が見下ろし、鍛冶師隊のみんなに見上げられ、新たに建造されたシルフィアーネをアディちゃんにプレゼントしながらのプロポーズは二人にぴったりのものだろう。

 親方たちは涙ぐみ、国機研組からはドン引きされるという、実にエルくんらしいプロポーズだった。

 

 

「新しいシーちゃんはイカルガとの合体も前提で作られてますし、これでもう幻晶騎士でも先輩に後れは取りませんよ! ……だけどエルくんの望みはいっぱい叶えてあげたいので、先輩はエルくんの愛人にしてあげます! 3号さんです!」

「ちょっと何言ってるのかわからないですね」

 

 そして、テンションが上がったアディちゃんが、ガチの真顔で言ってきたのがこの言葉。俺、どんなリアクション返せばいいの? 割と真剣にわからない……!

 

「本当は愛人囲うなんてサイッッッッッッッッッッッテーーーー!!! ですけど、エルくんならその辺ちゃんとしてくれると思うので」

 

 アディちゃん、愛人に親を殺されたか親が愛人を囲ってたかのような怨念を感じさせるけど、それでもエルくんならという辺りに信頼の深さが見える。

 

「ちなみに、愛人2号さんは誰?」

「イカルガです」

「知ってた」

 

 本当にアディちゃんの信頼と理解は深い。エルくんの性癖その他を完璧に把握してるから、こいつはきっといい夫婦になるに違いないね。

 

 

 ともあれ、エルくんとアディちゃんの結婚を俺は心から祝福する。

 プロポーズの日からずっと、アディちゃんはいつもニッコニコで、エルくんもそれを見て楽しそうに笑っている。エルくんのあの表情、お気に入りの幻晶騎士を見るときとほとんど一緒だ……。

 

 そんなこんなで結婚はめでたいことなのだが、なにせエルくんは国でも屈指の有名人たる銀鳳騎士団の団長。そのお披露目は盛大に行われるべきと国王陛下直々のお言葉があったらしく、披露宴はなんと王都で行われることになった。

 

「じゃあ、国中の幻晶騎士を集めましょうか! 楽しみですね先輩!」

「……あ、これもしかして俺一人でグランレオンとガルダウィングとカルディヘッド出さなきゃいけないヤツ?」

 

 俺の腕をつかんでぴょんぴょんと飛び跳ねるエルくんのテンションが留まるところを知らない。

 マジで国中の幻晶騎士に召集かけそうな勢いのエルくんを何とかなだめ、国庫から金が出て王都に住む市民の人たちにも酒と料理がふるまわれることになったので商人の人たちとその辺の折衝をして、式場の飾りつけと警備と巨人族の人たちの世話と巨人族の人たちが会場で飲み食いするものの準備というか素材となる魔獣調達のための狩りにと、なんだかんだで忙しい。

 

「……ん? なんで俺が責任者みたいになってるの?」

「そりゃおめえ、中隊長が独立した銀鳳騎士団の中で、銀色坊主とアディが主賓で外れるとなったらお前がやるしかねえだろ」

 

 ……とりあえず、これが終わったら本格的に人材の確保をしなければ俺の立場がヤバいことになる気がするね、うん。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、結婚式当日。

 幸せな、とても幸せな夫婦が誕生した。

 

 

「素敵ですよ、アディ。フルアーマーでフルクロスでフルドレスな感じです。……でもちょっとアサルトバスターじゃないですか? 無理はしないでくださいね」

「エルくんがまたなんだかよくわからないこと言ってる……」

「えーと、『思い切りおめかしして眩しいくらい。その分動きづらくないかが心配』くらいの意味だと思うよアディちゃん」

「ふんっ! ちょっとエルくん語が通じるからっていい気にならないでくださいね、先輩!」

「なってないなってない」

 

 スマートにして豪奢な礼服のエルくんと、きらびやかなドレスのアディちゃん。

 若い二人にとてもよく似合っていて、二人の行く先にはただただ光り輝く幸せだけが待っているのだろうと、そう思わせた。

 

 控室を出てきた二人を出迎え、いつもと変わらない様子に苦笑して、でも二人がつないだ手の自然さと力強さだけはいつも以上で、心配はいらないのだと安心できた。

 

 エルくん、アディちゃん。

 お幸せに。

 

 

 

 

「……とりあえず、エルくんに先越されたんで俺も本格的に嫁探しと実家帰りの算段つけないと。もしくはいっそ、巨人族の国に向かって伸ばすという噂の道の開拓に潜り込むか……? ご先祖様が成したように、新天地を切り開いて第二ユシッダ村を……やっべ、燃えてきた!」

「……アグリが目的を見つけられたのはいいとして、放っておいたら第二のエルネスティが生まれそうな気がするのはなぜかしら」

 

 なんだかいろんな将来を考える契機になりそうな今日この頃。

 さすがのエルくんも結婚直後はおとなしくしてるだろうし、俺もじっくり腰を据えて先を考えようかな!


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