俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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番外編 エルくんに似合う服を想像してみてください

「私、女の子の服を着たエルくんが見たいんです!」

「君は何を言っているんだ、アディちゃん」

 

 

 思わず真顔で聞き返した俺を、一体誰が責められよう。

 ある日の昼間、銀鳳騎士団のアジトたるオルヴェシウス砦にて。

 唐突に俺の部屋を訪ね、相談があると言い、真剣な表情のアディちゃんが開口一番に放ったのが、この言葉だった。

 

「聞いてくださいよ先輩! エルくんはかわいいですよね!?」

「まあ、整った顔立ちだしいまだに女の子かと思うことさえあるのは、客観的な事実だね」

「つまり! エルくんがかわいい女の子の服を着たら、かわいい×かわいい=破壊力! でもっとかわいい! でしょう!?」

「いや、その理屈はおかしい」

「というわけで、すでに用意してきました! このドレスをエルくんに着せてください! 先輩の頼みならイけます!」

「ダメだ、この子もうこっちの話を聞いてねえ」

 

 ハスハスと鼻息荒く、どこからともなく青い生地のドレスを引っ張り出して迫りくるアディちゃんの目には、きっと俺の姿ではなくこのドレスを着たエルくんしか映っていない。

 ウソみたいだろ。アディちゃんが部屋に来てからまだ1分と経ってないんだぜ。

 ……アディちゃんてば、まともに相手するのがめちゃくちゃ怖い類の存在になり果てつつあるんですが。

 

「というか、アディちゃんが直接エルくんに頼めばいいんじゃない? アディちゃんからのお願いなら普通に聞いてくれると思うんだけど」

「……ダメでした。さすがに恥ずかしい、って断られたんです」

「おいちょっと待てアディちゃん、君が頼んで断られるようなことがなぜ俺だと通ると思ったんだ。ねえ、ねえ!?」

 

 そしてアディちゃんの中における俺はどういう評価を受けているんだろう。

 エルくんは俺のお願いだったら恥ずかしい女装もしてくれるってのかオイ。

 ……してくれる気がするなあ。代わりに幻晶騎士の模擬戦とか、新規幻晶獣機の設計建造運用とか要求されそうだけど。最近、エルくんが俺を見る目に「そろそろ恐竜型作らないんですか?」的なオーラを感じます。

 いやだなあ……ドレス着て俺に顎クイしながら模擬戦しましょ、とか耳元で囁くエルくん、やだなあ……。だって、そんなことされたらうっかり頷いちゃいそうだし。

 

「ということで、お願いします! 実はもうエルくんをこの部屋に呼び出してあるんで!」

「ナチュラルに退路断ちやがったなこの子」

「私はここからこっそり見てるんで、頼みますね!」

「そそくさと人の部屋のクローゼットに潜り込むのはやめた方がいいよアディちゃん」

 

 その後、躊躇いなく部屋に備え付けのクローゼットに入り、扉を締め切らず少しだけ隙間を開けてスタンバイするアディちゃん。いいのか、それで。いや、よくないだろ。

 いかん、いい加減なんとかしないと……このままではアディちゃんが貴腐人にまで急速な進化を遂げてしまう……!

 

――コンコン

 

「お呼びですか先輩何の御用ですか先輩先輩から僕を呼び出すなんて珍しいですねもしかしてまた新しい幻晶騎士ですか一枚噛ませてくださいよもうすぐ例の魔王獣から取ってきた触媒結晶を使ったエーテルリアクタ作りますからイカルガ並みの出力の機体を一緒に設計しましょういつぞやのエクスプロージョンを応用した収束荷電エーテル砲とか実装しましょうかこんにちは!」

「早口すげえ」

 

 俺がこの世で最も恐れる物。

 強大な魔獣でも、ヘルヴィの雷でも、畑を荒らす天災害獣でも、スナック感覚で先王陛下から頼まれるおつかいでもない、「テンション上がりきったエルくん」が襲来した。

 きらっきらと輝く瞳。一応ノックはしたものの、当たり前のように返事を待たず部屋の中へ入ってきて怒涛の勢いでまくしたてながらずんずんと迫ってきてこっちの手を両手で握り締めながらのけぞる俺を追い詰めるように、椅子の上に膝を載せてなお迫ってくるエルくん。顔が近い。

 この時点でクローゼットの隙間から妖気が溢れてきたような気がしたけど、エルくんからは見えない位置だから気付かない模様。

 

 これはいかん。まずエルくんを落ち着かせないと、このまま昼から朝まで幻晶騎士談義と設計に関する打ち合わせで潰れかねない。過去何度か、この状態のエルくんとそんなことになったしね!

 

「まあまあ、落ち着いてくれエルくん。まだ出来てないエーテルリアクタの扱いについては、誰の管轄になるかも含めてまた今度話し合おう。俺以外にも有望なナイトランナーとか色々いるんだしそっちに任せる方向で、ね? あと新機体の開発も今はなしだ。いまはグランレオン改修プランを進めてるだろう。まずはそっちを終わらせようじゃないか」

「あぁ、あの各関節の可動範囲を広げるプランですね。……関節をあんな風にいろんな方向へ動くようにして、ナニをするつもりなんですか? うふふ♡」

 

 よし、話題の転換成功。エルくんも少しだけど落ち着いてくれたようだ。

 ……ちょくちょくエルくんにも相談して話を進めているグランレオン改修プランに興味津々なようで、それはそれで心配だけど。

 うっとりと微笑みながら、俺の唇をつんつんと指でつついてくる。そんなエルくんの肩越しに見えるクローゼットが闇のオーラを漏らしつつカタカタと小刻みに揺れている気がするけど、気にしない。気にしないったら気にしない。

 

「……あ、そうだ! 実はエルくんにお願いがあってね」

「はい。先輩のお願いならなんでも聞きますよ」

 

 だけど、話は進めた方がいいよね! 多少唐突で強引な気がするけど、そんなことにこだわっていられるか! なんかもう挟み撃ちで命が危ないしね!

 

 ……銀鳳騎士団の、拠点の、自分の部屋で、なんでこんな不安に苛まれなきゃいけないのかは考えないようにしよう。悲しくなる。あと、これが終わったら畑に癒してもらおう。最近畑の片隅に作ったハーブ園直送のハーブティでも飲もうか。

 

「実は、エルくんに着て欲しい服があるんだよ。はい、これ」

「はい! これを着ればいい……ん……です、ね?」

 

 無だ。心を無にするのだ。

 部屋を訪ねてきた男の子に女物のドレスを差し出すだけの機械になるのだ。そう思い込まなければ心が死ぬ。

 「自分を慕ってくるかわいい後輩(男)に女物のドレスを着てもらおうとする」人間なんて、ここにはいない……!

 服を受け取るまでの笑顔が一転、きょとんとしたあとにだんだん赤くなっていくエルくんを見ても、何も感じるな……! それら全てが相変わらず俺の膝の上でされているという事実を無視するのだ……!

 

「……これを、着る……んですか?」

「ウン、オネガイ」

 

 俺は機械……口から出るのはただの駆動音……!

 とか思っていると、しばらく考え込んでいたエルくんがぴょこんと俺の膝から降りた。すすす、とそのままなんかベッドの方へ行き、顔だけ振り向く。

 首の動きに続いてさらりと揺れる銀の髪。その隙間から覗く青い瞳が恥ずかしそうに揺らめいて。

 

「……あっち、向いててください。着替えますから」

「えっ」

 

 

 

 

 ……なぜ俺は、自室で、エルくんが、服を脱いで女物のドレスを着る衣擦れの音とかを背中で聞かなきゃいけないんだろう。ちょっとドキドキしてるのが我ながら辛い。なんだこの状況と感情。

 あまりに難解な哲学的命題に直面し、俺の心は宇宙と直結しそうになっていた。あぁ、時が見える……。

 

 あと、クローゼットの方から血の匂いが漂ってくるよーな。

 服には血をつけないようにしてくれると嬉しいなあ……。

 

 

「――もういいですよ、先輩」

「アッハイ」

 

 啓蒙を高めて宇宙からの電波の受信に努めていると、準備が整ったようです。

 どう転ぶにしてもヤだなあ振り向きたくないなあと思いながら、それでも覚悟を決めて振り返り。

 

 

 ――女神が、いる。

 

 

 その光景を一目見て、脳はそう判断を下した。なお、「Gの泉の」という枕詞はつかない。

 そこにいるのがエルくんだと理解している。エルくんは男だということも知っている。それでありながら目の前にいるのは紛れもなく美女である、という脳の判断と食い違い、なんか処理しきれなくなったような空白に、息が詰まった。

 

 アディちゃんが持ってきたのはドレス一着。化粧も特にしていないし、体型を隠すようなものでもない。

 ……なのに、ちょっと照れて落ち着かない様子でくるくると回って自分の様子を見ようとしているエルくんがこんなにかわいく見えるのはなぜなんですかねえ……。

 

「……ふふっ、変な感じです。ちょっとすーすーします。……先輩、似合ってますか?」

「ノーコメントで」

 

 俺の脳内に住まうナニカが「こんなにかわいい子が女の子なわけがない!」と叫んだような気もするけど、ノーコメントで。今不用意に口を開くと、大変なことを口走ってしまいそうな気がしてならねえ。

 掃きだめに鶴というか、このままお貴族様方の社交界に出ても通じそうなエルくんの姿、どうしろってんだよオイ……。

 

「……あまり、じっと見ないでください。これでも恥ずかしいんですよ?」

「え、そうなの?」

「そうですっ。先輩の頼みだから、特別なんです」

「アディちゃんに女装を頼まれたときは断ったって聞いたけど」

「それは……アディの前では、かわいいよりもカッコいいと思ってもらいたいので。幻晶騎士みたいに」

 

 その言葉、アディちゃんが聞けば喜ぶだろう。なんかさっきからクローゼットの中が静かだけど。

 あと、解釈によっては「アディちゃんにはカッコいいと思われたいけど、俺にはかわいいと思われたい」みたいな言い方は誤解を招くぞエルくん。

 

 この一件はアディちゃんの野望と欲望によって始まったもので、エルくんがこうしてドレスを着た以上既に目標は達成できたといえる。

 で、このあとはどうするつもりなんだろう。なんかさっきからおとなしい気がするけど、クローゼットの中のアディちゃんが飛び出してきてエルくんをベッドに押し倒したりするんだろうか。そうなったら俺は黙って部屋を出て明日の昼くらいまで近づかない気でいるけど、この部屋でってのは勘弁して欲しいなあ……。

 でも、エルくんを抱えてくんくんはすはすしながら部屋に拉致っていくアディちゃんの姿が目撃されたら真面目に事案だよなあ……。

 

 くるんくるん、ひらんひらんとドレスの裾をつまんでスカートの動きを珍しそうに堪能しているエルくんのぱっくり空いた背中とか見て、これからの展開がどうなるのかわからず途方に暮れていた、そんなとき。

 

 

 

――カンカンカンカンカンカンカン!!

 

「!」

「半鐘の連打……魔獣の襲撃!?」

 

 突如、オルヴェシウス砦に鳴り響いた鐘の音。

 火急を知らせる連打音が意味するものは、「近隣に魔獣の襲撃発生」。騎操士として、緊急出撃を要するサインだった。

 フレメヴィーラ王国の騎操士ならば聞き慣れたもので、反射的に体が臨戦態勢へと移行する。速やかに格納庫へと走り、幻晶騎士で出撃しなければ。

 

「先輩!」

「ああ、エルくん……ってちょっと待って! エルくん待って! その服で行くつもり!? ちょっとー! 魔法使って飛んでいかないでー!?」

 

 ……なんだけど、ドレス姿のまま行くのはどうかと思うよエルくん!?

 

 

「親方! 状況は!?」

「魔獣の襲撃場所は近くの村だ! 他の駐留地にも話は行ってるだろうが、おそらくここから俺たちが飛んでいくのが一番早ぇ。イカルガはいつでも出られるから、行ってこい銀色……坊……主…………?」

「ありがとうございます!」

 

「えっ」

「いま、ドレス着た女の子が飛んでいかなかった?」

「なんかめちゃくちゃかわいかったような」

「スカート、ひらって……」

 

「あぁ、もう……!」

 

 慌てて駆け込んだ格納庫に満ちるざわめきは、普段の喧騒とも出撃前のあわただしさともなんか違ってました。さもありなん。最後にちらっと背中が見えたエルくんは、ドレス姿のままスカートをつまんで魔法まで使ってふわりと飛び上がり、イカルガのコックピットに飛び込んでいた。なにあの絵になる姿。

 一瞬のことだったので整備士のみんなもはっきりとは見ていなかったらしく、「なんかエルくんがまた変なことした」くらいにしか思われていないようだ。あるいは、ドレスがあまりに似合っていて違和感なかったとか。……ありえるなあ。

 

『先輩! 魔獣が襲撃している村の場所は聞きました! 時間がないのでまずは僕が急行します! ついてきてください!』

「アッハイ。親方、グランレオン出せる?」

「おう。最近つけたマギウスジェットスラスタの調整も問題ねえ。あれを使えば空を飛んでいく銀色坊主にもそう遅れはしないだろうよ」

 

 普通、幻晶騎士に乗るときは軽装鎧を身に着ける。

 操縦の振動と衝撃と、幻晶騎士を降りた後の活動時に身を守るためだ。

 今のエルくんは急いでいたためそれらを身に着けていないわけでもあるし、誰かしらついて行かなければならない。

 トゥエディアーネも続々飛び立つだろうけど、まだ騎操士が到着していないからとりあえず俺が最速でついていくしかない。こういうとき、ガルダウィングは速くていいんだけど武装が少ないからね。

 エルくんにさんざんねだられていて、最近マギウスジェットスラスタを実装したグランレオンで突っ走ることにしました。

 

 日はまだ高い。今日はよく晴れているから空は青く、速いわ高いわで飛行機雲まで引いてるイカルガの軌跡を走って追いかけながら、俺はまたきっとロクでもないことになるんだろうな、という予知にすら近い予想を噛みしめていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふう。なかなかイキのいい魔獣たちでした」

「ほとんどエルくんが一人でひき肉にしたけどね」

 

 戦闘自体は、割とあっさり終わった。

 村を襲撃していた魔獣は獣型の群れ。決闘級魔獣が数匹とその他多数の小型魔獣。真っ先に駆け付けたエルくんが上空から魔導兵装で決闘級魔獣をさっそく丸焼きに変え、地上に降りては近づいてくる小型魔獣を斬り飛ばし蹴り飛ばし、執月之手で引きずり倒し、と俺が村にたどり着く前からすでに決着はつきかけていた。一応、俺も残ってた決闘級魔獣にトドメ刺したり、畑を荒らそうとしてたやつらを念入りに食いちぎったりしておきました。今も魔獣の血がだらだら垂れてる口回りの掃除が大変そうだ。

 うーん、いまごろ後続の銀鳳騎士団がこっちに向かってるだろうに、もう片付いちゃった。

 まあ、被害の確認やら増援の魔獣の警戒、復旧作業なんかが残っていてどう転んでも人手が必要だから、いいんだけど。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます騎操士様……!」

「あ、あの紋章……まさか、噂の銀鳳騎士団!?」

「近所にいるとは聞いてたけど、まさか来てくれるなんて……!」

 

 決着がついたことを察してか、家の中に隠れていた村の人たちがわらわらと出てきて、イカルガの周りに集まりだした。

 イカルガはどこから見ても異形で、なおかつ顔が怖いから噂に聞いている程度でも即わかるだろう。しかも今回は紛れもなく村の救世主なわけで、そういう立場としてみるといかつさもまたこの上なく頼もしく見えるもの。人々の称賛の声はどんどんと大きくなっていく。

 

 そして、こうなると騎操士はコックピットから出て笑顔を見せたり手を振ったりしてより一層安心できるよう慰撫すると相場が決まっている。吟遊詩人なら話のクライマックスに持ってくるハッピーエンドのシーンで、エルくんもこれまでこんな感じで出撃したときにはそうして応えてきた。

 

 んだけど。

 

「……あれ? エルくんって確かいま……」

「やーやー、どうもどうもー」

 

 ガコン、と開くイカルガのコックピット。

 そこからひょこりと現れる銀の髪と整った顔立ち。それを見て一層盛り上がる村人たちの声と。

 

「よいしょ、っと」

 

 するんと出てきた全身は。

 

 当然のように出撃した時と変わらずドレス姿で。

 

 

 

 

「えっ」

 

 村に、沈黙が、満ちた……!

 

 移動と戦闘で時間がたち、今は夕暮れ、空が茜に染まるころ。

 村人たちに対して紅い太陽を背負う位置関係にあるエルくんはまるで後光がさしているかのようで、風になびく髪の一筋一筋がきらめいている。

 

「みなさーん、ご無事ですかー? これから銀鳳騎士団の幻晶騎士が続々到着するので、復旧作業に幻晶騎士の力が必要な場合は言ってくださいねー」

 

 村の無事を確認して、ほっと安心した笑顔。かけられる優しい言葉。

 もともと整ったエルくんの容姿がアディちゃんセレクトのドレスで一層際立ち、さながら天使か女神といった有様で。

 

「銀鳳騎士団の、団長さん……だよな? 確か、男だって……」

「いや待て。俺は銀鳳騎士団物語の劇を見たことがある。劇の中で団長は……女だった!」

「ぁ、う……?」

 

 あかーん!?

 なんかエルくん女の子説が急速に認知されつつある……! 確かにその説は、いまでもたまに銀鳳騎士団内で持ち上がる学説だけど!

 あと、ついでに今のエルくんの笑顔で村の男の子数人がときめいてしまった気が! このままだと彼らの初恋がエルくんになってしまう。目を覚ませフレメヴィーラ王国の性癖がエルくんに侵略されてるぞ。

 ちなみに、幻晶騎士はとっくに征服されている。

 

 それこそ、決闘級魔獣複数に囲まれたとき以上の戦慄が俺の体を走り抜ける。エルくん、幻晶騎士のみならず性癖の面においてもこの国に革命を巻き起こすつもりなのか。それも、幻晶騎士の時と同じく特に何の自覚もなしに。

 

 いまさらながら、エルくんってなにもかもすげーなと呆然としていた俺。

 当のエルくんは周囲のそんな反応に気付いた様子もなく、イカルガの肩に上ってから村人たちのもとへ降りようとして。

 

 

 おそらく、自分が今ドレス姿だということを全く自覚しておらず。

 

 

「――あれ?」

 

 裾を踏み、バランスを崩した。

 

 幻晶騎士の全高は10m級。膝立ちになった待機状態でも数mは優にある。そんなところでバランスを崩せば、どうなるか。幻晶騎士の開発現場でもある銀鳳騎士団においても常に厳重な注意の対象となっている危険であり、普段ならば目隠ししてでも足を滑らせたりしないだろうエルくんが、常ならぬ衣装によって予想外の事態に陥り、表情はきょとんとしたまま何が起こったかわからない様子で、俺の目には妙にゆっくりと落ちていくように見えて。

 

 

「エルくん!!!!」

 

 

 俺もエルくん同様、グランレオンのコックピットから顔を出していたことが幸いした。

 アディちゃんたちほどではないものの、エルくんに教わって練習した身体強化魔法を瞬時に最大出力で発動。グランレオンの鼻先を蹴って、ほとんど一直線にイカルガとの間数メートルの距離を飛び。

 伸ばした手は、幸いエルくんの腕に届く。地面まではもうわずか。それでも残った勢いで体を丸めて抱え込み、気付けばくるりと一回転。ずん、と地に着いた足から返ってくる反動は強く、重い。

 が、代償はそれだけ。エルくんの体は地に落ちることなく、俺の腕の中で目を丸くしてこっちを見て……なに? 「俺の腕の中で」?

 

「おぉ……! 騎操士様が団長様を助けたぞ!」

「すごい……おひめさまみたい!」

 

「えっ」

 

 ……現在の状況を説明しよう。

 時は夕刻、ロマンチックな茜色の世界。

 場所は村人の集まる中心、イカルガの前。

 中央には俺とエルくん。イカルガの上から転げ落ちかけたところを助け、なんやかんやの末にどういう物理法則のもつれがあったのか、エルくんをお姫様抱っこした形になり。

 ふわり、と一拍遅れて降りるスカートの裾が長い。

 

「あ、あはは……なんだか、恥ずかしいですね」

 

 当のエルくんは、よく似合うドレス姿の美少女フォームなわけでして。

 夕暮れ空の中、落ちてくる美少女とそれを救う騎操士の図、完成である。

 

 

 なお、登場人物はどっちも男の模様。

 

 

「……エルくん、さっきからやんややんや盛り上がりまくってる村の人たちを収める方法、ある?」

「時間に任せるしかないかと」

「ですよねー……」

 

 人の勢いというのは、幻晶騎士でも止められない。

 エルくんを助けたことに後悔はないけど、何とかしてほしい状況だけが残ったことに頭痛を覚えつつ、置き場に困ったのだろう手を首へ回そうとしてくるエルくんを誰か何とかしてください。

 俺たちをはやし立てながら、礼だ宴だと安心して騒ぐ村人たちに水を差すことは、できそうもなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 なお、これだけの騒ぎの最中に事の発端であるアディちゃんがなにをしていたのかというと。

 

「ふ、ふひひ……エルくん、かわいすぎぃ……♡」

 

 どうやら女装エルくんを一目見ただけで脳が限界を迎え、クローゼットの中で昇天してたらしいです。砦に帰って着替えるんでクローゼット開けたら鼻の下から顎のあたりまでかぴかぴになった鼻血で赤黒く染めたアディちゃんが転がり出てきた時の俺の恐怖を、誰か癒してくれ。

 

 

「先輩! 聞きましたよ先輩! 最近、例の銀鳳騎士団物語の劇で『実は銀鳳騎士団団長は女の子で、兄のように慕っている団員にそのことがバレてなんやかんやの末に団長がドレスを着て舞踏会に参加して兄枠の団員と一緒に踊る』シーンが追加されたって! やっぱり先輩のことは放っておけません、決闘です!!」

「今度ばかりはアディちゃんのせいだよね!? さすがに受けて立つぞチクショウ!」

「もしくは、エルくんにこの服を着せてくれたら許してあげます!」

「なにそのミニスカ和服(狐のお面つき)!? どこの戦艦!?」

「この、なんか十字の盾つきのぴっちりスーツとか、襟の辺りを持ち上げると音がよく聞こえそうな服でもいいですよ?」

「エルくんの声と髪型に似合いそうなチョイスしてんじゃありません」

 

 

◇◆◇

 

 

「……というわけで、昨今の銀鳳騎士団物語ブームのせいもあって噂が広まりつつあるんで、発生源である村に行って噂の火消しをしてきます! しばらく泊まり込みで!」

「とかなんとか言って、村に入り浸って畑広げるつもりだってのはお見通しだから、ダメよ」

「くそうヘルヴィにはノータイムでバレてやがる!?」


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