右、わずか後方。
目で見た確たる情報ではないが、ことここに至ってはそのことがはっきりと「わかる」。
彼我の機体と反応速度、間合いと次の一手とさらにその先。諸々の要素を合わせればこの期に及んで選べる道など一つしかなく、斜め右前方へとグランレオンの身を投げ出すという必然だけがそこにある。
直後、一瞬前までいた位置を燃やす豪炎。ついでとばかりに振りぬかれた銃装剣の切っ先は、ダメ押しで体をひねっていなければ確実に後ろ脚を切り飛ばしていた。
こちらが苦し紛れに放った法撃など当たるはずもない。相手は砂煙を引き連れながら機首を引き起こすことすらなく、冗談のようにこちらの手が届かない高度まで上がるのは推力方向自由自在なればこそ。
遥かな高みからこちらを見下ろす怒りの鬼面。
イカルガ。
やはり、分が悪いか。マギウスジェットスラスタを実装して以来瞬間的な速度では負けていないが、相手は無尽蔵と言っていいエーテルリアクタ出力を持つ上に、その能力を十全に引き出せるだけの操縦技量を有している。
対してこちらは空も飛べない、法撃は射程、威力ともに平凡。むしろここまで戦い続けられたことこそ奇跡というか、大分甘い判定だろう。
イカルガの滞空はほんの数秒。こちらを中心とした旋回に移行してしばらく。敢えて動かず出方をうかがうこちらのちょうど背後を通り過ぎた、その直後に急速転回。一気に距離を詰めてきた。
前に走れば追い付かれる。横に逃げても間合いのうち。反転するような時間すらなく、すなわちほぼ詰んだ。……なんて、言わせない。
グランレオン、跳躍。ただし、真上に。
いっそ体当たりすら辞さないだろう激突コースを取っていたイカルガはグランレオンの真下を潜り抜ける。……ならば!
ライオンを模した首を反り上げさせ、同時にマギウスジェットスラスタを起動。空中で無理やりのけぞった機体は地面に背を向け、ブレードと法撃用の杖を備えたグランレオンの背面をイカルガへと向ける。
交差は一瞬。それでもせめて一太刀浴びせれば、次につなげることができる……!
出来れば、の話だ。
コックピットの中、こちらも首を反らして見た景色の中、地面スレスレを飛ぶイカルガはまるでこちらとシンクロするように背面飛行をしていて。
両手と背部4本のサブアームがこちらに向けられているということは。
迸る灼光が、答えだった。
◇◆◇
「……ダメ、か。やっぱり勝てねえ!」
という妄想だったのさ!
などというのは半ば冗談で、しかし「もしもエルくんと本気でやりあうことになったら」という検討をしていたのは事実である。
エルくん操るイカルガ対俺の操るグランレオン。脳内のシミュレーションとはいえ、かなり甘めに考えてですらこれなのだから、現実になったとしてもこれ以上に健闘できるということはないだろう。
こんなことを考えているのは、別にエルくんに対する謀反を企てているからとかそういう物騒な理由ではない。
いや、物騒ではあるか。いつの日か、エルくんが本気で俺と戦いたいと願う可能性。それを無視できるほど小さいと考えるには、彼の幻晶騎士愛は大きすぎる。
備えよ常に。その時がいつ訪れるかは、全く予想のしようがない。
だが、その日はいつか必ず来る。そんな予感が、ある。
……エルくんが俺を見る目、時々ねっとりとした欲望に彩られてますからね! あれは絶対「いつか捕食してやる」って目だよ! 結婚してからも結婚前と変わらず、アディちゃんがエルくんを見るときの目と一緒だもん!
閑話休題。
とにかく、エルくんとイカルガの強さの分析とその対策の確立は常に必要とされている。
で、いろいろ考えた結果「どうあっても勝てない」という結論が出ました。まる。
……いやいやいやマジでヤバイってエルくんとイカルガ。
アホみたいな出力のエーテルリアクタを2基も積んでるって時点でヤバイのに、しかも騎操士がエルくん。強い×強い=超強いみたいな頭の悪い方程式を現実のものとしてるってんだから性質の悪さは天井知らず。
俺が主に使ってるグランレオン、ガルダウィング、カルディヘッドで戦ったらどうなるか脳内シミュレーションしてみたけど、結果はすべて同じ「諦めたら?」状態だった。ひどい。
グランレオンは、まあ比較的善戦したと言っていいだろう。なんだかんだでバランスがいいし、最初に建造しただけあって俺も扱いに慣れてきた。改修も重ねて良い機体になっている。
が、どうしたって地上戦用。空を飛ばれては手も足も出ないという点がいかんともしがたく、イカルガの距離からいいようにされるのがオチだった。
なら空を飛べるガルダウィングなら少しはマシかというと、こっちはもはや戦闘にならない。
そもそもから戦闘用として設計していないので、辛うじて自衛用の武装がついている程度。巡航速度と燃費ではイカルガに勝っているけれども、戦闘機動となると翼が生む揚力に頼らないイカルガの自由度が圧倒的で、何もできずに落とされることになるだろう。
結果、少し意外ながらカルディヘッドが最も相手をできる気がするという結論に至った。
グランレオンと違って重装甲であり、火器も豊富。射程も長めなのでたとえイカルガが空に上がったとしても多少は追随しての射撃が可能となる。
とはいえ、弱点もある。どうしようもない足の遅さだ。
攻撃可能な局面は多いものの、被弾数もそれに比例以上の勢いで増えていくのがカルディヘッドの特徴。しかも相手はイカルガとくれば、数発だけでも致命傷は避けられない。
まとめると、「どうやっても勝てない」ということになる。
まじめ腐って考える前から分かっていたと言えばわかっていたことなんだけど、改めてはっきりと確定するとさすがに少しへこむ。
無論、勝負の内容が農業であったりしたらこの命に代えても負ける気はないが、幻晶騎士での勝負となったらそれこそエルくんだって死に物狂いで勝ちに来る。めっちゃ笑いながら。死ぬほど楽しそうにしながら。怖い。
とりあえず大前提として第一に認識しよう。
「現行のいかなる幻晶騎士でも、エルくんには勝てない」。
◇◆◇
『あはははははははは! 楽しいですねえ巨人族のみなさん!!』
「ぐわあああああああああ!?」
墜落するかと肝が冷えるような急降下から、完全武装で居並ぶ巨人族の膝下を滑るほどの低高度水平飛行へと移るというゾっとするようなイカルガの動きに、何人かの巨人族がすっ転ぶ。
それでいて巨人族から伸びる手にも武器にも一つとして絡めとられることはなく、追撃として放たれた魔導兵装は活躍を彩る後方の爆風として受け取り、お返しは銃装剣からの威力控えめ法撃。こっちは巨人族の足元を的確に爆発させ、まとめて数人の巨人族が吹き飛ばされた。
さすがの頑丈さでケガの類はないようだけど、エルくん一人に対して巨人族は十数人の大立ち回り。それでいて有利は揺るがずエルくんの手の中に。本当にどういう頭してるんだあの子は。
「師匠エルの力は知っていたつもりだった。だがこれだけの眼位を持つ勇者たちが、策を練ったうえで挑んでなおしかと目に捉えることさえできぬとは……」
「まあ、エルくんだしねえ」
オルヴェシウス砦から適度に離れた森の中に、カルディヘッドで切り開いた広場がある。
そこらの幻晶騎士練兵場と同程度の広さで、切り倒した木は隅にまとめて積んでおいて、いずれ材木か薪にでも。適度に均した地面は巨人族十数人が走り回っても問題ないほどに固められている。
食料確保とストレス解消のための魔獣狩りをしに森へ入る巨人族の人たちが、最近なんだかんだでエルくんとの「問い」も所望するので用意した空間。
そこで今日もまた、いつもと同じようにおおはしゃぎのエルくんと、それに挑みつつも吹っ飛ばされる巨人族の人たちという絵面が描かれていた。
「……それにしても、わからぬ。師匠エルは確かに強い。目も広い。だがあれだけの勇者が手も足も出ないのはなぜなのだ」
「『早い』からだね」
「早い……?」
イカルガの機体性能という個としてのスペックに優れるとはいえ、圧倒的な数の差があってなお最強として君臨できる理由。俺は、それに心当たりがある。
巨人族よりむしろエルくんのお目付け役として乗ってきたグランレオンのコックピットハッチを開けて、パールちゃんと一緒に暴れまわるエルくんの無駄に楽しそうな笑い声を聴きながら、俺の見解を語る。
「エルくんは紛れもなく最強の騎操士だけど、それを支えているのはエルくんの魔法能力だ。魔力量も潤沢だけど、なによりエルくんは魔法の構築が信じられないくらい速い。紋章術式刻むときなんかもガリガリ直で書いていくし」
あー、と心当たりがありそうな声を上げるパールちゃん。
俺は俺で、新しい魔法術式を描いているときのエルくんが下書きもなしに鼻歌交じりでもりもりやっていく姿を思い出してしまう。ちなみにあれ、たとえるなら「コマ割りだけしたマンガの原稿用紙に直接ペン入れベタ塗り効果線入れをする」ようなものだ。控えめに言って信じられない。
「実戦での魔法行使、幻晶騎士の操縦でも同じだ。エルくんの場合は、おそらく素の演算速度が速いし、使ってる術式の効率が良くて、あと多分並列処理もやってる。……だから、ああやって剣で斬りあいながら後ろに法撃飛ばして横から近づいてきた相手を執月之手で投げ飛ばせるんだよ」
「……師匠エルがたまに3人分くらい動いている気がしたのはそのせいか」
単純に手数が多い、という話ではない。それだけだったら頭数を揃えることで十分に勝ちの目も出てくる。が、エルくんの性質は「早さ」。つまり簡単に言うと。
「イカルガに乗ってる限り魔力はほぼ無尽蔵で、しかもこっちが1つの動作をする間に3つ動くみたいなもんだね。たとえば、エルくんがイカルガに乗ってるところに剣で斬りつけたら『防ぐ』んじゃなくて、『超魔力で強化された剣で何でも斬り裂いて、あらゆる攻撃を魔法強化された装甲で弾いて、なんか不死鳥みたいな形した火の玉叩き込む』くらいのことはやってくる」
「手に負えんではないか」
「手に負えないんだよ」
『あっはははははははははは!!』
ゲーム的なたとえをすると、「MPが無限で3回行動」くらいのヤバさなのだった。
エネルギーチャージは常時してるし、行動後の隙もないとかどうなってんだ大魔王よりヤベーぞ。
実際今も、そのアドバンテージをいかんなく発揮して巨人族の人たちをボコボコにしている真っ最中だし。
なんか無駄に両手を上下に構えて待っていたイカルガに背後から切りかかってくる剣をサブアームで真剣白羽取りしつつ、振り向きながら投げ飛ばしてさらに続けて飛びかかろうとしていた巨人族の人が驚いて止まる間もなく弱目の法撃(威力を抑えざるを得なかったから形にこだわった、という代物)をどてっ腹に叩き込む。この間1秒と経っていない。
「ふとした疑問なのだが、もし仮に師匠エルが倒さねばならぬ脅威となった場合、その……どうにかなるのか?」
「…………………………………………………………」
「答えよ師匠の友!?」
君のように勘のいい女の子は嫌いだよパールちゃん。
その疑問、フレメヴィーラ王国中の幻晶騎士関係者が全力で考えないようにしてるんだから。
少なくとも、幻晶騎士に乗られたらどうしようもないんじゃないかな。
「その点、穢れの獣は一度エルくんを撃墜してるんだからすごいよね。多分、同じ手は二度と通じないけど」
「……もはや我が目には師匠エルに勝利しうる何物も見えぬのだが」
◇◆◇
飛び切り頑丈な床材は、そこを歩く時の足音も固い。
コツコツとよく響くなあと思いながら俺が足を踏み入れたのは、オルヴェシウス砦の資材倉庫。
幻晶騎士の建造に欠かせない構造材の数々から、銀線神経、紋章術式を刻む銀板その他、ついでに仕留めた魔獣から剥いだ素材なんかも隅の方にゴロゴロと。いろいろなものが詰め込まれた魔窟だ。一応どこに何があるかの棚卸は定期的にやっているし、使う機会が多いものほど手前に置くようにしてあるので使うに困ることこそないものの、雑然とした印象を受ける。
通路に物は置かないように徹底しているし、幻晶騎士で重量物を運び込むこともあるので人が歩くには困らない中をゆっくりと奥へ進み。
「……改めて見てもデカいなあ」
その最奥に鎮座する、触媒結晶の前に辿り着いた。
忘れもしない、いろんな意味で死にかけたボキューズ大森海の調査行。その中で最大の脅威となった魔王獣。その内部に突っ込んで、うっかり見つけて拾ってしまった触媒結晶だった。
エルくん喜ぶかなと思って持ってきたはいいものの、喜ぶあまり俺にプレゼントすると言い出した時は肝が冷えた。
フレメヴィーラ王国へ帰ってきてからあれこれと忙しいのでその後手つかずにはなっているが、エルくんのことだからいつか必ずこれにも手を伸ばすだろう。
なんに使うのかわからない……というのはあくまで国家の機密に関わるからこそのスタンス。イカルガに搭載されている皇之心臓、女王ノ冠の名前とそこから想定される出所を考えれば、コレが今後何に化けるかは大体の予想がつく。
そして、そんなものを俺に与えて、何をさせようと、何を作らせようと考えているのかも。
ある意味、渡りに船ではある。
それがあれば、単純な魔力的に考えて通常の幻晶騎士の数十倍でも効かないイカルガに対し、優位とまではいかないまでも互角になりうるだけのポテンシャルは確保できるだろう。少なくともエルくんならそこまでやってのけるに違いない。
ただ、それをもって何をすればいいか。
ぶっちゃけ、そんなアホみたいな出力もらっても農業には余るんですけどねぇ!
そんなことを考えながら、明り取りの小さな窓から差し込んでくる外の日差しが夕暮れの色に染まりだしたのに気付いたころ。
「――先輩?」
「……やあ、エルくん」
最近俺の心の中を占めてやまない問題児が、現れた。
「散歩かい?」
「はい。こういう、素材とか工具とかがたくさん並んでるところに来るとワクワクして、新しい幻晶騎士や装備を作りたくなりますから!」
気持ちはわかる。
女性がアクセサリショップや小物売り場に感じる気持ちや、男がホームセンターに行って感じる衝動と似たようなものだろう。
……まあ、エルくんの場合はそれをさらに激しく強くしたものだろうけどさ。夕陽を受けて一層きらめくエルくんの瞳には、決して消えない炎が宿っている。欲望の炎だけど。なんか最近、俺を見てるときは一層ねっとりしてる気がするけど。
「触媒結晶、大きいねえ」
「ええ、今まで見たことがないサイズです。あの魔王獣の大きさを考えれば納得……というか、むしろこれと同等の物を体内に複数持っていても不思議ではないくらいでしたが」
「怖い推測やめて」
そんなエルくんがとことこと俺の隣にやってきて、二人して触媒結晶を眺める。
エルくん視点からしても史上最大ってことは多分人類が目にした中でも最大、もっと言っちゃうと師団級魔獣のそれをすら超える……すなわち、イカルガ並みのエーテルリアクタ出力を取り出せる可能性がある、ということだ。
「すみません、先輩。本当はすぐにでも先輩用の『すごい』エーテルリアクタを作りたいんですけど、いろいろと他にも仕事があって……」
「うん、大丈夫だよエルくん気にしないで。むしろ一番後でいいから。年単位で先送りにしてくれていいから」
そんなとんでもないものを、最終的に俺のものにすること前提で考えているフシがあるエルくんの思考が最近の悩みの種です。なんとか延期してうやむやにできないかなあ……。
「――それで、先輩。無限に等しいマナ供給が可能だとしたら、先輩ならどんな機体を作りますか?」
「……そうだねえ」
……俺の服の袖を掴んでニコニコと見上げながら聞いてくるエルくんにそれを期待するのは、無理が過ぎると思うけど。
この双肩にかかる期待が重い。だって、エルくん。
そうやって作った最強の機体で、いつか自分を倒して欲しいと、そう思っているのだから。
いや、正確には「未だかつて見たことないほどに強い幻晶騎士」を、自分以外の誰かが作り出すのを見たい、と言ったところか。なんだかんだで負けず嫌いだから、そのころにはエルくん自身イカルガを改造するなり新造するなりして、さらなる最強を追い求めてくるだろう。
だが今、間違いなく、エルくんに比肩しうる幻晶騎士と騎操士は、この地上に存在しない。
かつて戦ったヴィーヴィルという例はあるものの、あれは多数の人間が集って運用する戦艦。幻晶騎士とは兵器としての質が違いすぎる。
それを倒すこともまた喜悦。でも、いつかは幻晶騎士同士で最強の座を決したい。
エルくんの中に渦巻く渇望は、紛れもなくそれ。
そしてどうやら光栄にして絶望的なことに、その幻晶騎士を作る役を俺に任せようとしているらしい。まあ確かに、西方諸国でエルくん式の新型幻晶騎士が続々ロールアウトしているらしいとは言っても、あくまで軍として、兵器として、量産機として戦力としての側面が強い。
最強たることを目指して作られたものではない以上、なんだかんだ一品物に近い幻晶騎士をエルくん以外で作っている人間となるとそれこそ俺くらいしかいないし。
「出来れば、イカルガとは違うタイプがいいです。……その方が楽しそうでしょう?」
「というか、あそこまで操縦系統が複雑だとエルくん以外でまともに動かせる人がほとんどいないから、必然的にそれ以外のアプローチを考えるしかないね」
そんな風に軽く話ながら、頭の中の設計図に手を入れていく。
将来的なものも含めて使いうる手札は、銀鳳騎士団で培われた幻晶騎士建造技術の数々と、おそらくイカルガ級のマナ出力を有するエーテルリアクタ。
そして仮想敵は、通常の幻晶騎士や魔獣とは一線を画す火力と速度、そして反射速度を持っている。
こちらが1手を繰り出す間に相手は2手3手やり返してくることは確実。
回避と攻撃、それも超火力がすっ飛んでくるだろうし、俺はどうやったってそこまでのことはできない。
ならば、どうする。
「……ふふふ」
エルくんの、楽しそうな笑い声が聞こえる。
騎操士としての技量差からして、攻撃を回避することは現実的ではない。3倍撃たれることを覚悟の上で、3倍以上の頑丈さをもってライフで受けるしかないだろう。
幸い、魔力量は潤沢になる予定だ。マギウスジェットスラスタによる常時飛行も採用する気はないし、その分の魔力を強化魔法に回せば何とかなるだろう。
火力面は、範囲攻撃が必要になる。
相手の動きが相当速いことを考えれば、射程と効果範囲の両立は必然。素早く逃げてしまうなら、逃げた先まで届くようにすればいい。
それから、機体そのもの。
触媒結晶が相当の大きさなので、おそらくそれを収める機体自体も通常の幻晶騎士より大柄にせざるを得ないだろう。
その状態で直立した場合の安定性を図るとなると、二本足では足りないかもしれない。
さらに、距離を離されすぎるとよくない。相手を追いかける高速走行もするとなると、前傾姿勢を取って一気に突っ走るしかないだろう。その状態でもバランスを崩さないようにするにはカウンターウェイトも必要か。
幻晶騎士とは、兵器だ。
戦う。そして勝つ。
純粋な目的に沿って磨き上げられた機能を体現するその姿形はある種の美しさすら備えるほど、唯一無二の回答としての必然にたどり着く。
俺が想定している戦いは少々どころではなく特殊なものだが、だからこそそのためだけに研ぎ澄まされた形は一つの姿に収斂していく。
――オオオォォォォン
「素敵ですよ、先輩。先輩がいつか作ってくれる新しい幻晶騎士……いえ、もしかしたら幻晶騎士でも、幻晶獣機ですらない新しいナニカ。楽しみに待っていますね?」
「……それはどうも」
日が暮れようとしていた。
倉庫の中はすでに薄暗く、石壁に囲まれた室内は肌寒さすら覚えるほど。
それでもなお、エルくんの目に宿る温度は熱い。
期待と興奮、はち切れんばかりの高揚がさらさらの髪をふわりと浮き上がらせているようにさえ見える。
今はまだ、形を成していない。
だからたとえエルくんでさえ、見えていないだろう。
闇に溶け込みつつある壁に、俺の目にだけ浮かび上がる巨大な影。
幻晶騎士に倍する巨体、力強い
人ではない。獣でもない。飛竜戦艦が模した竜でもない。
二本の足で立ち、長大な尾が大地を叩く。
唸りを上げる口腔と、背から漏れ出る破滅の光。
今はまだ名もないその姿が、しかし確かに俺の胸の内に、刻まれた。
◇◆◇
「これだけのデカブツとなると畑仕事には向かないよなー……。いや待て、畑そのものを作るのには向かなくても、木をなぎ倒して軒並み土を穿り返して下地を作るのにならむしろ最適……?」
「……アレはまだ実際に手を出してないからセーフね。やらかし始めたら力づくで止めるけど」
「アグリを力づくで止めることを前提に、ヘルヴィがトレーニングを積む。なんだこの回りくどさは」
「止められるとしたら君だけだぞエドガー」
「……そっとしておこう」