俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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我慢できずに駆けつけた国王陛下

「ほえー、本職相手に互角なんてすごいなあ、団長たち」

「そういうお前さんは参戦しなくてよかったのか? 銀色坊主に頼めば幻晶騎士の一機くらい都合してもらえただろうよ」

 

 鋼の咆哮が、エーテルの轟風が王都の空にこだまする。

 ここはフレメヴィーラ王国首都、カンカネン。近衛騎士団用演習場の入場ゲート。

 演習場の中央では今まさに多数の幻晶騎士が走って飛んで跳ねて回っての激しい模擬戦が繰り広げられている。

 

 今日は、なんかいつの間にか俺が所属していることになっている銀鳳騎士団にとって記念すべき日。

 エルくんが開発した新型機テレスターレをベースにこの国の幻晶騎士開発機関、国立機操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)が開発した新型量産機カルダトア・ダーシュのお披露目と、エルくんがさらに新規開発した幻晶騎士の模擬戦が行われている。

 場所が場所、内容が内容だけあってこの場に集ったお歴々はすさまじい肩書のオンパレードだった。

 主催者である国王、アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ陛下はもちろんのこと、なんか偉いお貴族方。銀鳳騎士団と対する相手もなんかどう見ても精鋭で、しかも新型機を見事使いこなしている。

 見た目からしてデカいし異形な人馬騎士、ツェンドルグの他、やたらデカい盾をサブアームでぶんぶか振り回したり、なんかかっとんで来る赤い二刀流だったり、それよりさらに早く飛びまわるエルくんの幻晶騎士に対し、初見でありながらしっかり対応しているのだからして。あの人たち、実はとんでもない精鋭なんじゃなかろうか。学生相手にめちゃ必死だな国機研。

 

「いやいや、俺なんかじゃ無理だよ親方。ディートリヒたちと比べたら幻晶騎士の操縦技能はまだまだだし、それに銀鳳騎士団に入ってからも日が浅い。ここはこうやって見学するのが一番さ」

「そんなもんかね。新型開発への貢献で言えば銀色坊主に次ぐくらいだと思うんだが」

 

 と、いう試合を傍から眺めつつ必死で影に徹する俺。

 ダーヴィド親方の言葉には笑って返したけど、その実必死だ。

 ただでさえなんかエルくんに気に入られたっぽい昨今、このままじゃずぶずぶと取り込まれかねない。なんとか存在感を失くし、フェードアウトしなければ……!

 

「いやいやそんな。それに、そもそも俺はド辺境出身の小心者な農民だよ? 国王陛下の御前に出るようなことになったら心臓止まっちゃうね」

「はっはっは、小心者ってのは完全に冗談だが、お前さんならそういうこともあるかもなあ」

「あっはっはっはっは」

 

 だから、こうして試合にも出ず、隅っこにいるのがお似合いなのさ。

 

 

 ……そう思っていた時期が、俺にもありました。

 

 

◇◆◇

 

 

「本日は模擬戦のご観覧、ありがとうございました。国王陛下にご紹介いたします。先日より我ら銀鳳騎士団に加わり、ツェンドルグの開発に貢献してくださいましたライヒアラ騎操士学園の騎操士学科所属、アグリ・ボトル先輩です」

「うむ、大義である」

 

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピ―――――――。

 

 そんな感じで、心電図が止まる映像を幻視した。

 

 な、何を言っているのかわからないと思うが、ありのまま今起こったことを話すぜ?

 「ダーヴィド親方と『国王陛下と会ったら死ぬわ』と笑ってから数十分後、王城たるシュレベール城謁見の間で、後ろに控える銀鳳騎士団の面々から一歩前、エルくんの隣で国王陛下に紹介された」。

 何これ怖い。

 

「本日お見せしたツェンドルグの四脚制御系、並びに出力確保のため2基搭載したエーテルリアクターの同調と出力向上に大変寄与してくれました。きっと、これからも銀鳳騎士団での新型機開発において先輩の発想と技術はとても役に立ってくれることでしょう」

 

 はい、終わりー!

 俺の人生終わったよいまー!

 エルくんにお買い上げされましたよチクショウ! 国王陛下の前でこんなこと言われていまさら実家戻りますとか言えねえー!?

 

「アグリ、と言ったな」

「は、ははーっ!」

 

 ひいぃ、ついに陛下から直々に名前を呼ばれた!

 

「そう恐縮せずともよい。確か、おぬしの出身は我が国の東端、ユシッダ村であったか」

「は、はいその通りでございます。な、なにか……?」

 

 うわスゴイ。しかも陛下の口からフレメヴィーラ王国端の端、村に住んでるころは特に気にする必要なかったからと誰も口にせず、ライヒアラに入学してから初めて知った俺の村の名前が出た。

 

「ということは、領主はモルゲン家であろう。かの家の先々代、<鉄腕>のマクシミリアンには昔、世話になってな」

 

 マジかよ領主さま。

 陛下が語ったところによると、まだ即位する前の若かりし頃、魔獣討伐のための遠征の折にうちの村の近くまで来たときの案内と先陣を務めたのが、先々代の領主さまだったらしい。

 ちなみにそんな領主さま一族、家督と共に代々<鉄腕>の異名を継いでいるそうです。……その割に当代領主さまは蹴りを多用してた気がするけど。

 

「思い出すのお、魔獣共に囲まれ、その包囲を力尽くで突破するとなり、どちらが多くの魔獣を仕留めるかあやつと競争したものよ。ふふふ、一晩かけてなお勝負がつかなかったのが昨日のことのようだわい」

 

 そのとき、「小型魔獣は1点、決闘級魔獣は10点な!」的な会話が為されたらしい。

 年寄りの昔話は大抵盛られているものだが、陛下の側近で若い頃から付き従っていたというディクスゴード公爵が胃の辺りを押さえて頭痛そうな顔してるところからして、混じりけのない事実だったんだと思います。苦労してますね。俺の50年後の姿みたいで涙が出ます。

 

「というわけで、おぬしのことは当代の領主に話をつけておいた。手土産に献上されたテレスターレを添えてな。その時手紙を預かっておる。読むがよい」

「……失礼いたします」

 

 うわーい根回しばっちりで嫌な予感しかしなーい。

 お付きの人が豪華なお盆的なものに乗せて持ってきてくれた、封蝋止めの手紙を開いて中身をささっと読む。

 

「村の麒麟児を取られるのは痛いかなーと思ってたんだけど、何この新型すごくイイ。お前これからこういうの作る騎士団に入るんだよな? でかした! たくさん作ってたくさん貢献して、新型機こっちに回して! がんばれ♡がんばれ♡」

 

 的な内容が、一応貴族の公式な手紙としての体裁と修飾を整えて書かれていました。

 

 ……これは、エルくんの気が済むまで銀鳳騎士団から出られないコースですわ。

 

 

「よかったですね、先輩! これでまたたくさん幻晶騎士を開発できますよ!」

 

 そして何より辛いのが、エルくんが俺に向けるまっすぐな笑顔。

 こ、断れない……! 眩し過ぎて断れない! 世間一般的には紛れもなくシンデレラストーリーレベルの栄達だしね!

 

 くそう、こうなったら本格的に農業用幻晶騎士作ってやる。

 村に帰るのが1年遅れるのか3年遅れるのかわからないけど、遅れた分を取り戻せるくらいのヤツを……!

 

「おお、先輩が燃えてる! 僕も負けませんよー!」

 

 

「……先輩とエル、似た者同士だよなー」

「燃えてるエルくんもかわいい……でも先輩と一緒だからこそっていうのがぐぬぬ……!」

 

 

◇◆◇

 

 

 そんなこんなで、銀鳳騎士団の場所と人と資材を一部借りて俺が構想していた新型機を現実のものとすることになりました。

 

「そのことなんだけど、エルくん。確かツェンドルグはもう使わないんだっけ?」

「はい、貴重なデータが取れましたので、今後は単座型の量産仕様を開発して、それを配備する予定です」

「じゃあこの胴体部分もらっていいかな。埃被らせておくのももったいないし」

「マジですか! 先輩の新型がエーテルリアクター双発タイプ……これは面白くなってきました!」

 

 という感じで、気前のいい団長さんがさぱっと提供してくれたのでそれをベースに作っていくことになりました。

 

「さて、手伝いに来てくれたみんな、まずはありがとう。とりあえず俺が作る機体は農業用です」

 

 何言ってんだこいつ、みたいな目にもめげず、新型を作ることにしました。

 

「モノの仕様はまとめておいたんで、まずはそっちの加工と組み立てをよろしく。システム面はこっちで用意しておくんで、定期的な進捗報告だけよろしくね。人手が足りなかったりしたら都合するから。あ、それから資材はあっちの倉庫にまとめておいたんで、必要になったら適宜持っていって。許可はいらないけど、資材管理はしっかりするんで持ち出し管理簿への記載を忘れたら怒ります」

 

 

 さて、俺が作るのは四脚の獣型。

 ツェンドルグは人の上半身を持っていたけど、農業の細やかな作業は直接人がする必要があるので、幻晶騎士が入るとしたら伐採や開拓なんかの大規模かつ馬力のいる仕事になる。

 そのため、要求される仕様は荒れ地や緩い地面でも踏ん張れるパワーのある四脚。

 エーテルリアクター双発仕様のツェンドルグ胴体をもらったから出力は十分。あとはその辺をうまいこと動かすシステムが必要だ。

 あと、一応この機体は銀鳳騎士団印のものになるわけだから、アリバイ作りのためにサブアームも付けておこう。

 なんだかんだで農業の中で必要とされる作業は多岐に及ぶからその辺も開発させてもらうとして、下手に専用設計をするより共通規格を採用した方が後々便利かなー。

 

 

 で、しばらく。

 

「先輩、とりあえず新型の足、仕上がったぜ」

「報告ありがとう、バトソンくん。えーと……うん、スケジュール遅延は許容範囲内、と。あー、でもそろそろ資材の在庫確認した方がいいか。よし、こっちのシステム終わったらスケジュール組み直すから、みんなには組み立ての準備進めるように伝えてもらえるかな」

「おう。……先輩は幻晶騎士の制御術式の構築かい?」

 

 いやー、銀鳳騎士団のナイトスミスのみんなすげえ優秀。あと素直。

 いきなり入って来た俺の下につけられたってのにさぱさぱ仕事してくれる。

 ……なんか、たまにエルくんを見るときと同じ呆れたような諦めたような目で俺を見るのだけはやめて欲しいけど、まあ気にしたら死ぬから気にしない!

 

 そんな俺がいまやっているのは、ツェンドルグの機体制御術式を元に獣型のものに修正する作業。今日までに続々出揃ってきた各部のデータをもとに見直している最中だ。

 ……それにしても楽だなこの作業。

 

「うん、ツェンドルグのころと比べて重心位置や出力が変わるからね。……まさか、その辺の作業がほぼステータスの設定変更だけで何とかなるとは思わなかったけど」

「……俺は制御術式の方は詳しくないんだけど、それってすごいことなのか?」

「すごい、というか天才の仕事だね。アディちゃんとキッドくんがメインだったっていうツェンドルグ開発に関わったころから思ってたことだけど、エルくんが作った基礎部分はすごいよ。こんなに綺麗な制御術式は見たことがない。適切に機能が分割されて、整理されていて、機能の追加と削除が簡単なように何もかも計算尽くで構築されてる。エルくんが作った制御術式は今後1000年使われるかもね」

「そ、そんなにかよ……」

 

 バトソンくんの頬がひきつる。

 だがその気持ちはむしろ俺こそ強い。短期間でいろいろな幻晶騎士や装備を開発したということは、当然その制御のための術式も新規に開発する必要があるということ。それを主導的な立場で作ったエルくんとそのシステムだが、これがまたすさまじい。

 世に天才プログラマーと言われる人は存在するが、エルくんの場合は特に人と一緒に何かを作るときに力を発揮する。

 例えるなら、容量に空きがあったからと15パズルを仕込んだりする代わりに複雑過ぎて他の誰も手を入れられない代物ではなく、いまあるものを活かしながら作ったら4年かかるシステムを、一から作って半年で完成させるタイプだ。

 コードが美し過ぎて惚れそうです。

 

 

 とまあそんな感じであれこれと。

 

「先輩! 今日もいろいろ新しい装備を設計したんで意見聞かせてください!」

「……はいはい。とりあえずお布団敷こうね。また寝ちゃうといけないから」

 

 毎晩のように、山ほどの設計図を抱えたエルくんがぐふぐふ笑いながらこれはこう使いたいここにこんな機能を付けたいと語りに来るんで、最近すっかり寝不足です。

 それでいてエルくんはまだ子供だからか、ある程度話すと突然電池が切れたように寝ちゃうし。仕方ないから自分の部屋にエルくん用の布団用意しましたとも。

 

「布団の上でうつぶせになって足をぱたぱたさせながら資料読むのやめなさい、マシュリリィくん」

「先輩、僕の名前はエルネスティ・エチェバルリアですよ?」

「失礼、噛んだ」

 

 なんだろう、この一切遠慮なく人の部屋に馴染んでる子。

 ……もしかして、今度エルくんちのご両親に挨拶しに行った方がいいのかなあ。

 でも、最近アディちゃんが俺を見る目が怖いしなあ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そしてみんなの頑張りが実を結び、予定の通りにその日が訪れる。

 

「さあみなさんご覧ください! これが先輩の設計による新型機、<グランレオン>です!」

 

 抜けるような青空の元、ライヒアラ騎操士学園のアリーナに銀鳳騎士団の団員が集っていた。

 エルくんが参集をかけた目的はその言葉の通り、俺が中心となって開発させてもらった新型機を団員達にお披露目するため。

 だからこうして、俺は新型のコックピットで客席のみんなの視線を一身に集め、なんかおなか痛くなってきました。

 

「特徴は何と言っても見ての通りの獣型! さすがに幻晶『騎士』とは呼びづらい形状なので、先輩と協議の末幻晶獣機(シルエットビースト)と呼称することになりました。……はあぁ、カッコいいな。こういうのもいいなあ。特にこの太くて逞しい脚……素敵♡」

 

 説明役はエルくん。幻晶獣機の足元やら背中やらを魔法まで使ってちょこまか飛び回りながら、そりゃもう嬉々として説明している。

 だけど途中で時々べったり張り付いて頬擦りしてる。団員達の目が生暖かいぞエルくん。「また始まったよ」みたいな顔で見られてるぞエルくん。

 

「詳しいスペックについては、みなさんお手元の資料をご覧ください。機体のベースは先日国王陛下にもお披露目した複座型ツェンドルグ! その胴体を使用しているためエーテルリアクター2基分のエネルギーを詰め込み、それでいて騎士要素である上半身をオミット。その結果全高は通常の幻晶騎士の腹部分ほどまで。重量は幻晶騎士約1.5機分と、ツェンドルグが2機分だったことを考えると大幅な軽量化に成功してます。さらに見てくださいこの脚部! 太いでしょう逞しいでしょうカッコいいでしょう! 安定性と瞬発力を重視するためにツェンドルグ時とは配置も構造も大きく変更してあるため、どんな動きを見せてくれるのか僕も楽しみです! 装備に関しましては背部に幻晶騎士と共通規格のサブアームを採用。通常はブレード2本と射撃用の杖を2本装備しているので、遠近どちらにも対応できる一品となっております!!」

 

 すごいな、エルくん。ここまで一気にしゃべり切った。しかも早口で。良く舌噛まないな。まるで、大好きなショタキャラについて語る女性声優さんのようだ。

 

「そしてそしてぇ! さらにこの機体のイイ所! 見せてあげてください、先輩!」

「ああ、うん」

 

 なんか客席のみんながドン引きしてる気がするなー。

 つーか勘弁してよ。エルくんがコックピットに張り付いてイっちゃった目でバンバン叩きながら指示してくるの、控えめに言ってホラーなんだけど。

 

 まあとにかく、団長のご要望に応えなければなるまい。

 エルくんたっての希望で付けた、この機能。

 

 エルくんがひらりと飛び降りたことを確認して。

 操縦桿から指令を伝達。特に難しい操作は必要ない。

 エーテルリアクターの出力を上げ、グランレオンが首を俯け、四肢を踏ん張り。

 観客席で、何事かと身を乗り出してしまった団員に心の中で謝りながら。

 

 

――ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 天に向かって、吼えた。

 

「うおわー!?」

「ほ、吼えた!? 幻晶獣機が!?」

 

「わっはー! すごい、すごい迫力ですたまりません!!」

 

 そうだねすごいね。喜んでるのエルくんだけで他はみんな驚いてひっくり返ってるよ。

 ……まあ、腹に響くこの咆哮がちょっと気持ちいいことは、認めるけど。

 

「……あー、すまない団長。吼えたのはわかった。とてもよく分かった。度肝を抜かれた。が、その機能にどんな意味が?」

 

 いち早く立ち直り、エルくんに疑問を呈したのはエドガー。さすが委員長体質。冷静で的確な質問だ。

 どのくらい的確かってーと、エルくんの目が待ってましたとばかりにギラつくくらい。

 

「意味ですか。いいところに気が付きますね。先輩の機体に咆哮機能をつけてもらった理由。それは……」

「そ、それは……?」

 

 なんとか椅子に這いあがったディートリヒも固唾を飲み、なんだか真面目な意味がありそうなキメ顔のエルくんを見つめ。

 

 

「カッコいいからです!!!!!」

 

 

「……そうか」

「ツェンドルグの時も同じこと言っていたな」

「そうよね、私達の団長さんだもんね」

 

 諦めたように、遠い目をした。

 すまないな、エドガー、ディートリヒ、ヘルヴィ。

 この子エルくんなんだよ。知ってると思うけど。

 

 

 まあ、そんなこんなで俺の新型のお披露目も行われた。

 この後アリーナの中を歩き回ったり走り回ったりジグザグに走って見せたり跳んだり穴を掘ったり。

 

『うひょー! ナニコレめっちゃ土掘れる! これならバリバリ畑が広がるぜぇー!』

「ちょ、こらー! アリーナ掘り返したらあとで戻しておきなさいよ!?」

 

 つい地面を掘り返すのに夢中になってヘルヴィに怒られたりもしたけど、これにて全工程終了。

 この機体は銀鳳騎士団の所有物という扱いになるからさすがに村へ持って帰ることはできないだろうけど、実際に四脚の幻晶獣機を作った、という実績は何物にも代えがたい経験になった。

 あとは村に戻り、今回得られたノウハウをもとにどうにかして古くて廃棄寸前の幻晶騎士でも払い下げてもらって、四脚の農業用に改造できたらいいなー。

 

 

 そう、思っていたんだ。

 今ならわかるよ、この時の俺がとんでもない甘ちゃんだったって。

 

 気に入ったおもちゃを手に入れた子供はどうするか?

 まずは楽しむだろう。愛でるだろう。

 そして、そのあとは?

 

 ……誰かに自慢するだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

「それでは、次は幻晶獣機の模擬戦です! お相手を務めていただくのは、我らが銀鳳騎士団の第一中隊長、エドガー先輩と同じく第二中隊長、ディートリヒ先輩です!」

 

 アリーナに幻晶騎士と幻晶獣機が揃った。

 突如我らが団長様から言い渡されたのは、この場での模擬戦の実施。

 それはまあいい。銀鳳騎士団の目的はあくまで新型幻晶騎士の開発で、幻晶騎士の存在意義は魔獣との戦いにおける兵器なのだからして。

 

 会場内にいるのは俺のグランレオンとエドガーの機体。追々アルディラッドカンバーの名を拝する予定の、可動式追加装甲を備えた堅牢な機体。

 さらに出入り口の辺りには同じくディートリヒのグゥエラリンデがスラスターと二刀流という物騒な出で立ちで控えているのだが、客席からの歓声はない。

 

 ……まあ、そうだろうね。たぶんみんな、俺みたいに頭痛くなってるんだと思うよ。

 

「この試合の実況をさせていただきますのはわたくし、エルネスティ・エチェバルリア。そして解説は、ツェンドルグ以上に珍しい姿をした幻晶獣機が完成したと聞いて我慢できずに駆けつけてくださったアンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ国王陛下です。本日はよろしくお願いします」

「皆の者、よろしく頼む」

 

 ……よろしく頼む、じゃねえええええええええええですよ国王陛下あああああ!?

 なにふらっと現れてるんですかせっかく銀鳳騎士団お披露目の時に避けた御前試合じゃないですかこれえええええ!?

 

「さて陛下、今回の試合の見所はどのあたりだとお考えですか?」

「やはり、なにより興味を引かれるのは幻晶獣機がいかなる戦いを見せるか、そしてあからさまに幻晶騎士とも魔獣とも異なる幻晶獣機に対し、幻晶騎士がいかに対するか。それに尽きる。……獅子を象っているのだ、期待が高まるな」

 

 ひいいぃぃ、期待しておられるううううぅ!?

 

 

「エ、エドガー。ディートリヒ……」

「……みなまで言うな、アグリ。お前の気持ちはわかっている」

「お、おぉ……! エドガー!」

 

 さすが、さすがだぜ第一中隊長! 俺の心を読んでくれるとは最近リーダーシップが出てきたね! そう、ここは一つお手柔らかに……! 立ち合いは強く当たってあとは流れでお願いします!

 

「国王の御前だからとて、手を抜くなど騎士の恥。お互いに全力で戦うということだな!!」

「……ディートリヒぃ……!」

「あー、すまんなアグリ。現状それしか手はない。諦めろ」

「うおああああああ……!」

 

 ダメだったよ。

 ちきしょうエドガーの脳筋め! 騎士として正しいと思うけど少しは友達として手心加えて欲しいなあ!

 

 

「さあ、先輩方も闘志十分のご様子! 会場もいい感じに盛り上がってきました! それでは、始めていただきましょう!」

 

 エルくんにはこれのどこが盛り上がって見えるのか割と真剣に疑問だけど、まあ気にするだけ無駄だろうか。

 前の客席に片足乗せてノリノリで試合を始めようとしてるし、こりゃもう腹くくるしかないな。国王陛下も見てることだし、そこで無様を晒したらそれこそ俺の首が危ない気さえする。

 仕方ない。

 

 覚悟、決めるぜ。

 

 

「それでは! 幻晶格闘(シルエットファイト)! レディィィィ、ゴオォォォォォ!!!」

 

 

「ところでエルネスティよ、その掛け声はなんだ」

「我が銀鳳騎士団内で採用されている試合開始の合図です、陛下」

 

 ちなみにこの後、ライヒアラ騎操士学園を中心にこの掛け声がフレメヴィーラ王国中に流行って後にスタンダードとなるが、それはまた別の話である。

 

 

◇◆◇

 

 

「ぜーっ、ぜーっ! 勝った! 第三部完!!」

 

「いやはや、まさか2度の試合どちらも勝つとはな」

「素晴らしい試合でした! みなさん、先輩方に盛大な拍手を!!」

 

 わーっ、と歓声と鳴りやまぬ拍手が花吹雪のように俺たちに降り注ぐ。

 いやあ、エドガーとディートリヒは強敵でしたね! いやマジで! 幻晶獣機なんてあいつらにとって初見の機体じゃなかったら絶対ボコボコにされてたよ!

 

 

 まず、エドガーとの試合。

 相手は堅忍不抜の騎士だけに、幻晶騎士の防御も厚い。グランレオンは一応武装こそしてあるものの幻晶騎士相手の戦闘でどれだけのことができるかは未知数もいい所だったので、まずはとりあえず機動力でかく乱。

 この機体、飛んだり跳ねたりが実はすごく得意だったりする。ツェンドルグの出力に軽量化が合わさって、そりゃもう猫のように飛んで跳ねて捻って回る。

 それで翻弄した後、正面から突撃して剣の振り下しを誘発。それを背部ブレードをクロスさせて受け止めて……目の前に並ぶ幻晶騎士の足に、前足で足払いしました。

 

「派手さはないが、四脚の安定性があればこその技と言えるだろう。普通の幻晶騎士であれば、つばぜり合いをしながら相手の足を狙えば己が突き崩されることになろう」

 

 とは国王陛下のコメント。笑ってくれてたので卑怯とは映らなかったみたい。やったぜ。

 

 

「では、エドガー先輩にもご感想を窺いたいと思います。グランレオンとの戦いはいかがでしたか?」

「完敗、だな。背が低いからまず剣を振るっても有効になる太刀筋が少ない。ならば魔獣相手のときのようにと意識したのだが、人の知恵と戦いを知っているだけにそれともまた違った感触だった。パワーとスピード、いずれも高いレベルだ。少なくとも敵に回したくはない。……加えて、獅子の姿というのも無視できない。幻晶騎士に匹敵する大きさで牙を剥き、吼えられるとそれだけで身が竦む。咆哮には確かな意味があったぞ」

 

 

 続くディートリヒ戦はもっとキツかった。

 エドガーが足払いを食らうのを見ていたディートリヒはそれを警戒して、最初からスラスターを駆使した高速戦術を展開。

 アリーナ狭しと飛び回って何度となく斬りつけてきた。

 ので、ぴょんこぴょんこ避けまくる。そしてその最中に気付いたのだが、どうやらグランレオン、全力で突っ走るとグゥエラリンデがスラスターで飛んでくるのとほぼ同じ速さで走れるっぽい。

 そこで、あえてグゥエラリンデの突撃を誘って背中を見せ、壁に向かって全力疾走。このままでは俺が壁に激突するのでは、とディートリヒが戸惑っただろうタイミングで後方へ杖から射撃を放つ。

 牽制だと思い込んだようだが、さにあらず。当てる必要はない。グゥエラリンデの足元に狙い通り着弾した結果舞い上がった砂煙による視界の遮断こそが俺の狙い。

 ディートリヒから見えなくなっているうちに壁に向かって飛んで、ぶつかるはずの壁に足を突いて三角飛び。砂煙を突っ切ってすぐ、目の前に迫るこちらへ驚き避ける間も与えず爪で殴りつけ、大破判定勝ち取りました。

 

「というわけで、ディートリヒ先輩も一言お願いします」

「アグリのやつ、普通の幻晶騎士を使うときより強いではないか! エーテルリアクター双発の出力と、それを四脚で駆使するというのがどういうことか思い知らされた。……それと、エドガーも言っていたが獣型というのは独特の迫力があるな。最後に爪を振りかぶって飛んできたときはさすがに恐ろしかったぞ」

 

 

 いずれも紙一重。たぶん二度目は通じない。

 だけどその勝利、国王陛下の前で勝ち取れてよかった……! これで首も繋がるはず!!

 

 

「アグリ・ボトル。エドガー・C・ブランシュ。ディートリヒ・クーニッツ。いずれも見事な戦いであった。我が国の次代を担う騎士たちにこれほどの力が育っていること、余は心より嬉しく思う」

 

 試合後。

 ライヒアラ騎操士学園の学園長室にて国王陛下から直々のお言葉を賜ることに。

 部屋に入って来たときの学園長先生の顔、忘れられないよね。めっちゃ驚いて椅子から転げ落ちてたし。

 つーかもしかして学園長先生にすら言わずに来てたんですかフットワーク軽すぎですよ国王陛下。

 

「さて、アグリよ」

「ははっ」

 

 一通りの感想が終わったのち、やはりというべきか俺の名が呼ばれた。

 怒られないかな。一応勝ったしそんな卑怯でもなかったし、大丈夫だよね……?

 

「幻晶獣機、だったな。見事である。性能もさることながら幻晶騎士にまだこれほどの可能性があると示したこと、紛れもなく歴史に残る偉業である。これからもエルネスティを支え、精進するがよい」

「……仰せのままに」

 

 セーフ……!

 なんか俺の人生銀鳳騎士団に固定されたような気もするけど、むしろ明日の朝日が拝めることを喜ばないとだよね!

 

「そこで、だ」

 

 ……ん?

 これで終わりじゃないの? まだなんかあるんですか国王陛下!?

 

「エルネスティのそれともまた異なるおぬしの才気と発想、余も大いに興味を引かれるところである。次の新型機、楽しみにしておるぞ」

「あっ、それなら先日言ってたマギウスジェットスラスタを使った機体なんてどうでしょう! 多分、他の幻晶騎士では不可能なことができるようになりますし!」

「ほほう、それは期待できそうだ。では、頼んだぞ」

 

 ……ああ、やっちまったぜ、と俺は己の愚かさを恨む。

 せめて、普通の幻晶騎士っぽい機体を作っておけば、まだしも言い訳のしようがあったかもしれないのに……! これ、エルくんに加えて国王陛下からも完全にロックオンされてない!?

 

 これでまた、村へ帰れる日が遠ざかった。

 そんな俺の心境を一言で表すならば、もうこれしかない。

 

 

 Oh、農……!

 

 

◇◆◇

 

 

「アグリ、正直に答えて。……朝起きたら倉庫の裏に一反くらいの畑が出来てたんだけど、あなたの仕業ね?」

「………………………………」

「沈黙は肯定と受け取るわよオラァ!」

「ああっ、やめてくれヘルヴィ! 俺も知らない! 多分俺だけど記憶がない! やったとしても無意識だ! もしくは寝ぼけて、つい!」

「余計悪いわよ!」

 

 なお、幻晶獣機が農作業にも使えることはきっちりと確認していた模様である。




ユシッダ村

 フレメヴィーラ王国東端のド辺境。魔獣に襲われがちなため、この地を修める歴代当主はいずれも優秀な騎操士として領地を回り、領民を魔獣の牙から守る騎士としての力が強く求められる。
 元々この地を切り開いたのは<鉄腕>の異名を持つ騎操士。彼に付き従った5家と、さらにこの5家に開拓と農業、その他全ての術を教え導いた6つ目の家がいまも続いている。
 ちなみにアグリの家はこの6つ目の子孫である。

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