俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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番外編 アグリの悪夢三夜 二夜目 エルくん(の娘)

「ライヒアラ……雰囲気変わったなあ」

 

 グランレオンで乗り付けた校門前から、ライヒアラ騎操士学園の城みたいな建物を見上げ、もはや遥か遠い学生時代に思いを馳せる。

 考えてみれば、あれはまさしく時代の転換点、前時代最後の時期だった。

 エルくんの入学とその後の大暴れ、新型幻晶騎士や幻晶甲冑の開発、飛空船と飛翔型幻晶騎士の登場。

 激動の時代を乗り越えたライヒアラ騎操士学園は、既に俺が在籍していたころとはその趣を異にしている。

 建物なんかは変わっていないが、青空をバックに映える尖塔の向こうを飛空船とそこから飛び立った飛翔型幻晶騎士が編隊飛行の訓練でよたよた飛んでいたり、アスレチックじみたコースを幻晶甲冑がぴょいこら飛び回っていたりなどなど、おそらく今教えられているカリキュラムは俺の在籍していたころとは全く違うものになっているだろう。

 

 だがそれでも、卒業を迎えた新たな騎操士たちのワクワク顔は、変わっていない。

 

 そう、今日は毎年繰り返される卒業の日。

 祝え! 新たな騎操士の誕生である! って感じ。

 

 俺は式典には参加しないが、ある理由からこうして久々に学園の前までやってきた。

 門から続くまっすぐな道には綺麗に飾られた幻晶騎士が掲げた剣で作るトンネルの下、胸を張って進む彼ら彼女らの誇らしげな顔と初々しさに思わず目を細める。

 ……そうだよなあ。俺が卒業してから、もう「20年以上」経ってるわけだし。

 あと、卒業間近はほぼ銀鳳騎士団入り浸りになってたし。……懐かしいなー。

 

 そんな風に思い出やら何やらを噛みしめながら待つことしばし。別に物見遊山に来たわけではない俺は、列成し歩く卒業生たちの顔を順々に眺め……るまでもなく、先頭に。

 

 いた。

 

「……!」

 

 見つけたのと同時に、向こうもこちらに気付いた。ぱちりと目が合い、ぱっと笑顔が弾ける。

 お行儀よく先頭を歩いていたのもそこまで。一応行事としては終わっていたからか、一目散にこちらへ走ってくるのは、とても見慣れた顔。

 

 よく晴れた日には輝くようにさえ見える紫銀の髪が踊る。

 飛ぶように走ってくるのは自然と魔法で身体強化をしているからで、明らかに他の卒業生より2、3歳年下なのではと思うほど小柄で、それでありながら実力トップの首席卒業を果たしたことが伊達ではないと思い知らせる。

 

 同期の仲間が苦笑で見送る、その新米騎操士。

 最後の3歩は驚くほどに大きく跳ねて、最後にたわめた体を爆発させるようにグランレオンのコックピットから身を乗り出した俺の腕の中へと飛び込んで。

 

 

 

 

「会いたかったです……おじ様!」

 

 

 エルくんとアディちゃんの「娘」。

 アリス・エチェバルリアのおむかえ第一段階は完了となった。

 

 

◇◆◇

 

 

「それでですね、同期の人たちはいろんな騎士団にそれぞれ入団が決まったらしいです」

「よかったなあ。……あの子ら、アリスと一緒になって暴れまわってたクチだから、手に負えないって放り出されるんじゃないかってちょっと心配だったんだ」

「あー、なんてこと言うんですかおじ様!」

 

 ライヒアラからオルヴェシウス砦まで、幻晶獣機の足ならさして遠くもない道を、アリスと話しながら帰る。

 ……ちなみに、グランレオンは単座タイプなので、なぜかアリスは俺の膝の上にいる。今日でライヒアラ騎操士学園を卒業した、れっきとしたお嬢さんなのに、だ。

 昔からそうだったよなー……。アリスがよく乗ってくるから、と複座型にするか補助席つけようとしたら真顔で止められたし。

 

 

 アリス・エチェバルリア。

 その名が示す通り、エルくんとアディちゃんの娘である。

 エルくん譲りの小柄と銀髪に、アディちゃんから受け継いだまっすぐでブレーキぶっ壊れた暴走特急な性格。素直で明るく元気よく、こうと決めたらガス欠になるまでフルスロットル。まさしくあの二人の子だと誰もが納得する少女だった。

 銀鳳騎士団団長として、それはもうしこたま忙しく、どころか下手するとセッテルンド大陸すら飛び出して冒険の数々を繰り広げていたものの、そこはさすがのアディちゃん。きっちりと子供を授かり、元気に産んでのける辺り、根性の据わり方が尋常ではない。

 

「でも、やっぱり学園生活は楽しかったです。毎日のように手合わせに来てくれる人がたくさんいて、たくさん幻晶騎士に乗れましたし!」

「……さよか」

 

 アリスが生まれたときはフレメヴィーラ王国中が祝賀ムードに湧くほどで、各地のお貴族様や騎士団関係者から祝福の言葉と面会、プレゼントの類が山と届いた。

 その量たるやすさまじく、それらを収めるための倉を急遽建てるべくカルディヘッドをフル稼働させ、訪問客との応対で幻晶騎士に乗る時間を作れずストレスのたまったエルくんが来客ことごとくをイカルガで蹴散らそうとするのを宥めすかし、としこたま忙しくなるくらいだった。なぜ俺が。

 あと、アリスに模擬戦を挑む生徒が多かったのは、「幻晶騎士で勝てたらアリスに告白していい」という不文律ができていたからとかなんとか噂で聞いた。結果、在学中無敗の王冠を被って卒業するんだから本当に罪作りな子だ。

 

「うふふ、心配しなくても平気ですよおじ様。私が戦っていて一番楽しいのは、もちろんおじ様ですから」

「エルくんがそれ聞いたらちょっとショック受けると思うぞ?」

「仕方ありません。お父様は娘の私から見ても強すぎます。あと、当人が楽しみすぎて全く手加減とかしてくれませんし」

「わかる」

 

 当のアリスは、もちろん銀鳳騎士団総出の勢いで大事に育てられた。

 なにせ、エルくんとアディちゃんの娘。その愛くるしさたるや、鋼か岩かという厳つさを誇るダーヴィド親方の表情を初見でトロットロにさせ、赤ちゃんっていいよね、という気分になったヘルヴィが一日中エドガーの腕を組んでおっぱいとか押し付けていたくらいだ。なお、二人の間には翌年元気な男の子が生まれました。

 

 そんなこんなでオルヴェシウス砦のアイドルと化したアリス。

 エルくんの膝に乗ってイカルガで空を飛び、アディちゃんに背負われてツェンドリンブルで突っ走り、その他団員達にもかわるがわる幻晶騎士に乗せてもらってとエルくん印の英才教育に余念なく育った結果、当然のように年齢一桁代から幻晶騎士の操縦に精通した。

 成長に合わせて服を新調するような勢いで娘専用の幻晶騎士を作ろうとするエルくんを止めるのは大変だった……。

 

「ライヒアラでは幻晶騎士の整備と設計についてもたくさん勉強してきましたから、今度は私も自分の機体を作ってみたいです。幻晶獣機を作るときは手伝ってくださいね、おじ様♡」

「……うん、まずは魔導兵装辺りから始めようね? さ、もうすぐオルヴェシウス砦に着くぞ」

 

 そして、アリスはすくすくと育っていく。

 生まれた直後から市井で呼ばれた「銀鳳の姫」という呼び名が、子供らしからぬ幻晶騎士操縦技術によって畏怖の響きを帯びるようになったのは10歳になるかどうかのころ。当然のようにライヒアラ騎操士学園に入学するころにはすでにそこらの騎士団だったら余裕で入れるんじゃね? という実力になっていた辺り末恐ろしい。

 もちろん、騎操士として必要なのは幻晶騎士操縦の腕のみならず、騎士としての肉体的精神的成熟と、魔獣の知識、部隊運用のノウハウ、仲間との連携などなどしこたま学ぶことがあるので入学は必須。エルくんの娘だけあってその辺全くいとわず邁進した結果が、晴れて今日の首席卒業と相成った。

 

 そんなアリスを乗せたグランレオンがオルヴェシウス砦の門をくぐり。

 

「……あら? 皆さん、姿が見えませんけどどうしたんでしょう」

 

 ゆっくりと速度を落として、立ち止まり、伏せて。誰もいない砦内の様子に不思議そうな顔できょろきょろするアリスを促し、コックピットハッチを開くと。

 

 

「アリス、卒業おめでとう!!!!!」

「っきゃーーーーーーー!?」

 

 この日この時を待ちわびていた銀鳳騎士団一同による、卒業おめでとうサプライズパーティーの始まりだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 パーティーは盛り上がりに盛り上がっている。

 開幕ドッキリでアリスをしこたま驚かせた後、銀鳳騎士団の結束力を発揮して即座にオルヴェシウス砦中庭に設営されるテーブルと料理と飾り付けとお立ち台。

 最初は目をぱちくりさせていたアリスだったが、すぐに馴染んで見せる辺りはさすがの慣れ。

 俺もいくつかアリスの好物を作っておいたよ、と伝えたら料理を食べにすっ飛んでいき、一品食べるたびにまた俺のところへ取って返して腹のあたりにタックルがてら抱き着いて美味しい美味しい言ってくれる。可愛いんだけど、ライヒアラを優秀な成績で卒業する子にされるとダメージキツいからほどほどにね?

 

「みなさーん! 今日はありがとうございまーす!!」

 

 イエーイ、と轟く叫び声。

 お立ち台でジュース片手に愛嬌を振りまくアリスはまさしくアイドルで、最前列のコールはもはやライブのそれ。さすがにそういうのに乗っかるのは厳しい年になった俺は一歩引いたところで眺めてるけど、アリスが楽しそうで何よりだ。

 

 アリスと俺との関わりは、まあなんだかんだ言って結構深いと思う。

 なにせ、エルくんとアディちゃんの娘だ。それだけでも可愛がる理由としてはこの上ないし、何かと忙しいエルくんたちに代わって銀鳳騎士団の団員たちが面倒を見ることは多々あった。

 そんな中、俺が故郷の村で培った赤ん坊のお世話テクを発揮するのは当然の成り行きで、アリスが泣くたびに呼ばれてはあやし、せがまれるたびにグランレオンやらガルダウィングやらカルディヘッドやらに乗せてやるという生活を続けてきた。

 おしめも替えたし離乳食も作って食べさせてやったことがある。手を繋いで散歩や買い物に出かけたことは数えきれないほどで、絵本の読み聞かせはいいとして幻晶騎士に関する書籍も聞かせて欲しいと言われたときはエルくんの濃過ぎる遺伝子に戦慄した。

 なんだかんだと懐かれて、俺が抱っこしたときの方が寝付きがいいとアディちゃんに嫉妬の目で見られたこともあったっけか。今ではどれも大切な思い出だ。

 

 ……そうやって断れない、甘いところを見せ続けた結果として今があることを、この時の俺は学習していなかった。

 

 

 ところで。

 アリスがアディちゃんを呼ぶとき。

 

「お母様♡」

 

 大体こんな感じだ。母娘揃って仲が良く、アディちゃんはアリスのことをエルくんと同じくらい可愛がっている。大変よろしい事だと思う。

 

 なお、アリスがエルくんを呼ぶとき。

 

「お父様♡♡」

 

 遺伝子にまでガッチリ絡みつく、アディちゃんのエルくん好き好きの宿命を感じる。女の子ながら幻晶騎士大好きなアリスは、幼いころからエルくんが暴走気味に話す幻晶騎士のイイところやら専門用語満載の技術的理論的な解説も目を輝かせて聞き入り、今や一端の騎操士を凌駕する知識と設計技能を有している。

 設計上のミスやら強度計算の間違いを指摘してもらったことは、俺のみならず銀鳳騎士団で設計にかかわる人間はだれしも一度ならず経験があるだろう。

 

 

 ……そして、なぜかアリスが俺のことを呼ぶときは。

 

 

 

「おじ様♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

 

 ……こんな感じなんです。

 

 なんだろう、アリスと一緒にいると、時々エルくんから感じるのと同じ種類の身の危険を感じる気が。

 おかしい。俺は普通にアリスのことをかわいがっていただけなのに。まるで自分の娘のように、と言ってしまうとなんだが、本当にそんな感じで育ててきた。いや割とマジで。エルくんちのマルティナさんと一緒にアディちゃんを手伝ってきたし、成長してからはエルくんと一緒になって幻晶騎士の作り方と動かし方を教えたし。

 ……うん、教育方法間違えたかな、とは俺もちょっと思う。でもエルくんちに生まれたんだから仕方ないよね。

 

「こうやって祝ってもらえて、本当に嬉しいです。ライヒアラ騎操士学園を無事に卒業できたのは、みなさんのおかげです!」

「いいってことよー!」

 

 今日もまた、アリス限界オタクの巣窟と化しつつある銀鳳騎士団内での人気がゴリゴリ上がっていくのを感じる。

 エルくんにも当然のことながら老若男女問わずファンは多いが、アリスがこのまま成長していったらどうなるか、末恐ろしいものがある。あの子、容姿も性格も騎操士としての腕もいいし。

 

「お父様たちと同じように騎操士になるという夢の第一歩が叶いました。これからも精一杯頑張ります。……そして! 今日、ここで! もう一つの夢も叶えます!」

 

 なんか本格的にアイドルのライブMCみたくなってきた。

 でも可愛いから許す。アリスの笑顔を見ながら飲む酒は美味いなあ、などとほろ酔い気分でグラスを傾け。

 

 

 

「お父様とお母様の許しも、すでにもらっています! ――おじ様! 私と結婚してください!!」

「ブフウウゥゥゥゥゥーーーーーーーー!?」

 

 直後、口に含んだすべての酒が霧と化す。

 ……あ、虹がきれい。

 

 

◇◆◇

 

 

「……」

「…………」

「……………………」

「うふふふふ」

 

 地獄の四者面談へようこそ。

 アリスが爆弾をぶっ放したあのあと。酒が喉の変なところに入ったらしく、めっちゃせき込む俺の元へ真っ先にかけつけたアリスに背中さすってもらったりしていたら、なんか周りのみんなが微笑ましいものを見る目で拍手してきた。

 えっ、嘘ちょっと待って今のアリなの? と絶望的な表情で顔を上げた俺の目の前には、照れくさそうにはにかむアリスの顔。可愛いなあ……今俺はこの笑顔に殺されかけたんだけどさ。

 

 そして、片付けその他が終わり、一段落ついてエルくんの部屋こと団長室の応接セットにて、エルくん、アディちゃん、俺、アリスの4人が揃っていた。

 正面にエルくんとアディちゃんがいるのはわかる。

 だがなんでアリスは隣に座って俺の腕に抱き着いてくるんだ……。

 

 でも今はそんなことを考えてる場合じゃない! まずは説明……! この状況に俺の意志は一片も介在していないことを伝えないと……!

 

「いやあ、アリスも大きくなったものですねえ。先輩と結ばれてくれるなら僕も安心です」

「うん、幸せになるのよ、アリス。私とエルくんみたいに」

「はい、もちろんです!」

「……うん?」

 

 と思っていたのに、なんか親子間ですげえ和やかに話が進んでません?

 

「ちょっと待ってエルくんアディちゃん。……あの、状況わかってる?」

「状況、ですか? 先輩とアリスが結婚するってことですよね?」

「違うから! 俺この件に関してまだ何も言えてないから!」

 

 やべえストップかけてよかった!

 あのまま黙ってたら確実にアリスとの結婚が確定事項として扱われてたよ!?

 

「えっ、おじ様……アリスと結婚するの、いやなんですか?」

「そういう段階の話じゃなくてね?」

「でも先輩。私がエルくん取っちゃいましたし、アリスが先輩と結婚したいっていうなら許してあげないと……」

「取り合ってないから。俺は別にエルくんを取り合ってないから」

「それに、先輩は僕たちにずっと力を貸してくれていて今も独身ですし……」

「やめろエルくんその事実は俺に効く」

 

 あっ、ごめんちょっと心折れそう。

 銀鳳騎士団に引きずり込まれてから幾星霜、クシェペルカに行ったり大森海に行ったり浮遊大陸に行ったりその他諸々あった結果、すっかり婚期を逃したという現実が重く重くのしかかってきて膝が砕けそうです。

 

「心配ありません、おじ様。そのために私がいるんです。おじ様の大好きな農業は小さいころからたくさん手伝ってますし、ユシッダ村の人たちともきっと仲良くなれます。子供だってたくさん産みますよ?」

 

 そしてアリスのこの覚悟の決まりっぷり。

 「子供は何人がいいですか? 軽く10人?」と言いたげな目をしている辺りシャレにならん。エルくんの欲望と執念、アディちゃんの覚悟を併せ持つハイブリッドな子であるだけに、言い出したら聞かないのは小さいころからのこと。

 

「いやいやいやちょっと待とうよエルくん。俺、エルくんより年上だよ? そんなおっさんがアリスと結婚していいの!?」

「つまり、先輩が僕の義理の息子になるということですよね。……いい」

「アディちゃん! どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」

 

 謎の妄想に囚われたのか、恍惚とした表情になるエルくん。ダメだこの親子、揃って言うこと聞きゃしねえ!

 

「そんなこと気にしないでください、おじ様。だって私たち、ずっと前から結婚の約束してたじゃないですか」

「…………まさかと思うけど、小さいころに『大きくなったらおじさまのおよめさんになるー』て言ってたアレ?」

「はい」

 

 ……いかん、アリスの覚悟は10年物だ。確かにそういうこと、俺にしか言ってないなーエルくんにすら言わないなーと思ってはいたけども!

 どうしよう……なんだかんだでアリスのことは可愛がってたわけだし、彼氏を連れてきたらエルくんと一緒に幻晶騎士持ち出して立ちはだかってやるかふはは、とか思ってたのに立ちはだかるべき相手が自分自身とかこれもうわけわからんね。

 ロジックに仕組まれたバグに頭が痛い……!

 

 

 

 その後。

 あまりにも味方がいない状況を打開するべく口八丁と勢いと謎理論をまくしたて、なんとか結論保留でその場を解散として、しばし。

 

「……どうすっかなあ」

 

 俺は一人、グランレオンのコックピットで物思いにふけっていた。

 いやだって、アリスだよ? 嬉しいか嬉しくないかで言ったら……うんまあコメントは控えるとして、俺とてさすがにそろそろ割と真剣に婚活を考えてすら手遅れかもしれないと絶望的な気分になるお年頃。とはいえその相手が自分より年下なエルくんたちの娘ってのもさ。

 いやいやでもさすがに崖っぷちだし手段を選んでる暇は……!

 

 思考は巡り、しかし結論はまとまらず。

 難解すぎる問題に直面して、唸る脳細胞と燃える知恵熱。グランレオンは何も答えてくれない。どうすりゃいいんだこれ……と、考えに考えて、しばし。

 

 おそらく、眠ったのではなく気絶したのだと思う。

 寝床として快適とは言えないグランレオンのコックピットで、安らかならざる闇の中。

 

 

 気配を感じた。

 だが、全てが遅きに失していた。

 

「あ、起こしてしまいましたか、おじ様?」

「………………………………アリス」

 

 虎口。

 グランレオンのコックピットハッチを開いて顔をのぞかせたアリスを目にして、なぜかそんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

「すみません。突然で、驚かせてしまいましたね」

「あぁ、うん……そうだね」

 

 慣れたものだ。するりとコックピットに入ってきて、俺の膝の上に収まって背中を預けてくるこの一連の動き、何度繰り返したことだろう。

 娘がいたらこんな風なのだろうかと思ったことは数知れず。しかし実のところかなり昔からガチ中のガチで嫁入り希望だったと知らされた今、「動きを封じられた」としか思えないのはなぜだろう。エルくんとアディちゃんの娘だからか。仕方ないね。

 

「……でも、本気です。私の、本当の気持ちなんです、おじ様」

「…………」

 

 首を反らしてこちらを見あげてくるアリス。

 さら、とエルくんより少し長い銀髪が頬を撫でる。昔はこうして座ると頭が首まで届かなかったというのに、本当に大きくなった。

 こうしていても、脳裏に去来するのは生まれたばかりのころから見守ってきたアリスのことばかり。はじめて立った日、はじめてしゃべった言葉「いかるが」、畑仕事に興味を持ってくれた時の嬉しさ、ライヒアラ騎操士学園への入学を決意した日の眼差し。

 本当にその全てが綺麗な思い出で。

 

 ……あれ、これってもしかして走馬燈なんじゃね? と思いはじめたころ。

 

「んしょんしょ」

「………………ねえアリス。なんで体の向きを変えてるのかな? 常にどっかしら俺の体を押さえつけるような体勢で」

 

 ものっそい勢いで頭の中に警報が鳴り響いてるんですが!! いまさら遅いよ!!!

 

「さっき、お母さまとヘルヴィさんが教えてくれたんです。『こういうときにどうすればいいか』って。……なんて言われたか、わかります、おじ様?」

「わかりたくないなー……」

 

 ごく普通の口調でしゃべりながら、唐突に力いっぱい体を捻ることを試みるも、腰のあたりをがっつりとカニばさみされているので動けない。アリス、エルくんの娘だけあって強化魔法も一級なんだよ……。

 結果、傍から見ればぷちぷちと服のボタンを外され、細い指が胸元をなぞるのに抵抗もせず身を任せているような状況になりました。マジか。

 よりにもよってアディちゃんとヘルヴィから聞いた、「結婚の意志を表明した後にすること」。イヤな予感しかしねえ!

 

 夜の格納庫。月と星の薄明りと同じ色をした髪を持つアリスは、まるで空から降りてきた妖精のように美しく、幻晶騎士をキメたエルくんのように熱く、笑みの形に細められた目で俺の目をまっすぐに射抜き。

 ペロリ、と舐めた唇を耳元に寄せ。

 

 

「女の子には、『既成事実』っていう幻晶騎士よりも強い武器があるんですって」

 

 

 ……死。あるいは墓場。

 俺の脳裏を埋め尽くした概念は、それだった。

 

「あと、お父さまからは『操縦席でヤれば一発。火星でもそうです』とも教わりました」

「実体験伴ってそうなアドバイスがすげえイヤ」

 

 

◇◆◇

 

 

 翌朝。

 

「今日も夫婦そろって来るとは仲がいいわね、アディ。子供が出来る日も近いかしら」

「やだもーヘルヴィさんったらまだ早いですよー! あ、でも子供の名前はエルくんと一緒に考えてるんです。とりあえず女の子だったら『アリス』なんていいかなーって」

 

 

「……アグリ? どうした妙な姿勢で固まって……ん?」

「息を……していない!?」

 

 アディちゃんとヘルヴィの世間話が耳に入ってきて、その内容のあまりの恐ろしさにうっかり心停止状態になってましたが、何とか生還しました。

 ……割と本気で婚活したほうがいいかもわからんね。デッドラインは、エルくんとアディちゃんの子供が生まれる日のような気がする。


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