俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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※軽くBL要素があります


番外編 アグリの悪夢三夜 最終夜 エルくん

「う、う~ん……」

「先輩! 気が付きましたか!」

 

 意識の覚醒を促したのは、珍しく切羽詰まった様子なエルくんの声だった。

 あの、いつも余裕綽々で邪魔するもの全てを巻き込んで暴れ倒すことに定評のあるエルくんの慌てた声なんて、そうそう聞いたことはない。さすがにびっくりしてすぐさま目を開けて。

 

「フフフ……どうやら役者がそろったようだな」

「時は来た。我らの悲願成就の時が!」

「むー! むー!」

「すみません、先輩……!」

 

「……なにこれ」

 

 自分が椅子に括りつけられていることを自覚するとともに、おそらくその下手人だろう、頭にすっぽりと袋のような何かを被った謎の一団と、縛り上げられた上に猿轡までかまされたアディちゃん、そして体こそ自由であるらしい一方、俺とアディちゃんという人質によってにっちもさっちもいかなくなっているらしいエルくん、という状況を理解した。

 

「フフフ……我らは秘密結社BL団!」

「お前たちの生殺与奪はいまや我らの手にある! おとなしく言うことを聞いてもらおうか!」

「とりあえず、エルネスティ・エチェバルリア! 貴様はそこに縛り上げたアグリ・ボトルとちゅーをするのだ!」

「君たちが相当頭おかしいってことはよくわかった」

 

 そして、どうやら犯人たちが信じられないくらいバカであるらしい、ということも。

 なに……なに? ちゅー? キス? それを、エルくんが、動けない俺に? はっはっは、何言ってるんだこいつらは。顔はもちろん見えないし、声もくぐもった感じだから女性っぽいということくらいしかわからないけど、いくらエルくんとはいえ俺にキスなんてそんなこと……。

 

「――先輩」

「待てー! エルくん待ってー! 冷静になるんだ落ち着け! テロリストと交渉なんてしちゃいけない! 断固とした態度を取るんだっ!!!」

 

 すっと身を寄せて、俺が座らされている椅子の座面に膝を乗せ、あまつさえ頬に手を這わせてくるに至っては冷静でなどいられない。さりげなく、かつ雰囲気を作りつつキスの流れに持っていくこの動き、既婚者だけあって手練れすぎてるよエルくん! 多分そこらの女の子の一人や二人ならこのままちゅーしちゃうやつだよエルくん!

 やめて! 顎クイしないで!

 

「すみません。魔法が使えれば何とかなったんですが、杖も奪われて、アディを人質に取られている今は言われた通りにするしかないんです。本当に……すみません」

「エルくん……」

 

 苦悩と後悔がにじむ声。わが身の不甲斐なさを何より望む、エルくんにとっても決して本意とは言えない行動であること、それだけははっきりと分かった。

 そんなエルくんに、やめろとか考えなおせとか、どうして言えるだろう。わが身を切り刻まれるより辛い思いをしているエルくんに、俺は口をつぐむことしかできず。

 

「でも……」

 

 ごく近く、まっすぐに俺と目を合わせるエルくんの眼差しに宿る決意と覚悟。そして……本気と。

 

 

「――先輩とのキスなら、イヤじゃありませんから」

 

 

 ……なんか、逆に致命傷のような気がする一言が、ぶっ放された。

 

 だが同時に、そのショックが俺に気付かせた。

 

 

 これ、夢だ。

 

 

 わかってしまえば、どうということもない。ここ数日、妙に多い夢見の悪い日が今日も繰り返されたということなのだろう。女の子になったエルくんに襲われたり、エルくんに瓜二つな娘に襲われたりしてきたわけだけど、ついに男の子のままのエルくんに襲われるのかよはっはっは、と笑う余裕すら出てきた。

 なぁに夢なら心配はいらない。どんな悪夢もいずれは覚めるように、エルくんが徐々に顔を近づけて来ているけどいつものように肝心なときには目も覚めて。

 

 

「――んっ」

「……………………んん?」

 

 

 あ、やわらかい。

 

 ところで、唇という器官は人体の中でも特に敏感な部分なわけで、それを重ね合わせるという行為の持つ意味はいまさら語るまでもなし。

 エルくんとはなんだかんだで長い付き合いで、抱き着かれたり頭を撫でたりというスキンシップはこれまでも多々あった。指の細さも髪のさらさら具合も知っているわけなんだけど、「エルくんの唇は柔らかくてぷにぷにで温かくてつやつや」だなんて情報、知りたくなかった……!

 というかちょっと待て! これ夢だよね!? これまでこういう決定的なことになる前に目覚めてたんだけど、どういうこと!? まさか、まさか現実……いやいやまさかそんな! あるわけねえ!

 

「……はぁっ」

 

 唇を離してしばし見つめあう、なんてテクを繰り出されて俺はどうしたらいいの。キス的な技術はよく知らんけど、これ多分雰囲気だけで女の子がメロメロになるヤツだよ。

 ……え、俺はどうかって? そんなこと聞かんでくださいな!

 

「さあ、言われた通りにしましたよ。これでいいでしょう」

「…………ハッ!」

 

 おいこらアホの秘密結社。なに見とれてるんだよ覆面の下に手突っ込んだのよだれ拭くためだろふざけんじゃねえぞお前らただの腐女子じゃねえか!

 

「な、なにを言っているその程度の軽いちゅーで我々が満足すると思っているのか!」

「そうだそうだー! 舌を入れろ!」

「もっとちゅぱちゅぱしろ!」

「体液交換もなしとか舐めてんのか! むしろなめなめしろ!」

 

「てめえらいい加減にせえよ……!」

 

 割と本気でムカつくなこの腐女子共!

 あと、アディちゃん。『どうですかエルくんのちゅーは気持ちいいでしょう? 私はいっつもたくさんしてもらってますから!』みたいな目で見てくるんじゃありません。口塞がれてても考えてること大体わかるぞそのドヤ顔。ここは嫉妬するところじゃないのかオイ。自慢してる場合じゃないぞ。

 

「くっ……!」

「あ、やっぱりまだ続くんだ」

 

 そして、エルくんはエルくんですでに腹を括っているらしい。このままで終わらせるつもりだとは思っていないけど、とりあえずは言われた通りにして隙を伺うんだろう。決意を秘めた眼差しを向けられて、ちょっとトゥンクしたりとかないからね! ……ないからね? でも抵抗もできないし、ちょっと諦めの境地にはあるかもしれない。

 しにたい。

 

「大丈夫です、先輩。全部僕がします。……ちゃんと、リードしますから」

「うん、冷静でいられないのはわかるけどちょっと顔赤くなった状態でそういうこと言うのは勘弁してねエルくん?」

 

 心なしか距離を詰めつつある気がする秘密結社のお歴々の前で、しかしエルくんは俺しか見ていない。うわーい嬉しくなーい。

 だがそんな雑念で注意を逸らしている暇もそうそうない。ずい、と近づいてきたエルくんの顔しか見えなくなって。

 

「――れろ」

「んんーっ!!」

 

 唇を、舐められた。

 

 肩に手を置き、甘える子猫のように舌を伸ばして俺の唇に触れてくる。

 ぺろり、ぺろりと上下を。そのまま顔ごと動かすようにして左右の端から端まで。唇同士が触れ合うのとは違う、濡れた感触がどうにも背筋をゾクゾクさせてやまない。

 咄嗟のことで口をキツく結びはしたものの、ダメだこれ……! だんだん力が抜けてくる……!

 

「ぁ、ふぁ……」

「隙ありです、先輩♡」

 

――にゅるん

 

 唇で感じていた滑らかで柔らかくて温かくて妙に気持ちいいその感触が、ついに舌に触れて味まで分かってしまう。うっとりするほど、甘い。

 そのときなぜか天井が見えて不思議だったのだが、あまりの気持ちよさと甘さに白目剥きかけるほどに視線が上を向いたからなのだと、後になって気が付いた。

 

 エルくんは俺の肩に置いていた手を首に回して、さらに距離を詰めてくる。

 体が触れ合い、もともと接していた唇に至っては口内に舌を入れられた分マイナスにまで重なってしまう。

 

 動転して動けない俺の舌はエルくんの蹂躙を許すばかりで、これまでにエルくんがアディちゃん相手に鍛え上げてきただろうキス技の数々を味わう羽目になった。

 

 

「んっ、ふ……んぁ」

 

 決して焦らず、ゆっくりと俺の歯茎を舌先がなぞってくる。

 上下の唇内側の粘膜もたっぷりと刺激しながら、隅から隅まで味わうぞ、と宣言してくるようだった。

 

 

「れぁ……んちゅ、じゅぷ」

 

 当然、舌も絡めとられる。きっとわざとだろう、大きな水音を立ててこちらの耳まで攻めてくる辺り、エルくんの持つ手数の多さを思い知らされる気分だった。

 

 

「ふー、んっ。ちゅ、ちゅっ、ちゅる」

 

 ただひたすらに攻めるだけではない。時に舌を引っ込め、こちらの唇をついばむように何度も軽いキスを浴びせながら、こぼれ落ちる唾液を吸ってきたりも。

 その間でさえ刺激そのものが途絶えないよう、柔らかい手つきで俺の頭を撫で、指先で髪をかき分け、耳の穴をごそりと探るいたずらをして来る。緩急はあっても休む暇は、ない。

 

 

「はーっ、はーっ。……んっ! ふむうぅぅ、れぁ、んふぅぅ!」

「ん、ぉお……ぁ」

 

 そして、時に激しい。頬を掴むような勢いで俺の顔を固定し、深く深く舌を差し込んでくる。

 顔の向きを変えながら、舌をエルくんの口の中に引き込んで、互いの舌の根元から溶け合わせるようなそれ。

 酸素が足りない。でもそのせいで朦朧とすることさえ心地よく感じられるなんて、これまでの人生で知る機会はなかったんですが。

 

「んむ……んぐんぐ、れえぇ~」

「ぅあ……んっ、――ごくっ」

 

 激しくむさぼった後、唇を重ねたまましばし。

 俺の口の中に、蜜が流し込まれた。

 そう思ってしまうほどにとろりと甘い、エルくんの唾液。半ば反射で飲み込めば、どんなに強い酒よりも喉を焼く。

 

 あぁ、これがエルくんの味なんだ。

 

「はー……はー……せんぱい」

「エル、くん……」

 

 さすがに呼吸が続かなくなって、離れたエルくんの舌と俺の舌を唾液の糸が繋ぐ。なんかとんでもないものを見せられている気しかしないけど、エルくんの名前を呼ぶのが精一杯です。

 

「……れっ」

 

 一息ついて、エルくんが口を開き、舌を出した。

 濡れた瞳、紅の頬。さっきまでとんでもなく深くつながっていたせいだろうか、言葉もないその行動だけで、エルくんが何を望んでいるのか、わかってしまう。

 従いたいわけではないんだけど、目の前に揺れるのは天上の果実よりも美しい紅。あまりにも美味しそうで、てらてらと輝きながら揺れるそれの誘惑に、人は抗えないようにできている。

 

「んぁ……」

「はぷっ♡ ちゅっ、じゅぷ、じゅるるるるる♡♡」

「ぉあ……んぉっ」

 

 伸ばした舌同士が絡み合い、すぐにエルくんの口に飲まれた。

 たっぷりの唾液に濡れたエルくんの唇が俺の舌を甘噛みして、根元から先端へとしごいてくる。それは男の子がしちゃダメな動きじゃないのかエルくん、などというツッコミを入れる余裕があろうはずもなく、ただただ全身から力が抜けていく。

 

 エルくんの蕩けた瞳。

 汗で額に張り付く前髪は輝き、口の端からこぼれる唾液の光さえもが芸術の粋を凝らしたが故に見える。

 視界に映るのはエルくんだけ。俺は今この世で最も美しいものを見ているのだと、何の疑いもなく信じられた。

 

 

「きゃー! きゃー!」

「おぉお……! ま、まさかこれほど濃厚なちゅーを見られるとは……!」

「あっ、もうダメ……耐えられない、死ぬぅ……!」

「ちょっと、尊死してる場合じゃないわよ! これからがいいところなんだから!」

 

 なお、そんなエルくんの向こう側ではこの世で最も醜い光景が繰り広げられているっぽいという事実が俺の精神の均衡を保ってくれているということは全く嬉しくない。けどありがたい。人は矛盾を抱えた生き物なんです。

 

「――ぷはぁっ! はぁ、はぁ……」

 

 しかしさすがのエルくんも、半ば無呼吸に近いほどバラエティに富んだキスをいつまでも続けられるはずもなく、ついに顔を離した。それは俺にとっても僥倖で、酸欠に悩まされた全身が酸素を求めて荒い息をつく。酸素美味しい……!

 

「どうです、望み通りにしましたよ……!」

「うん、すごかったです」

 

 謎のアホ共が思わず素直に答えてしまうあたり、エルくんのガチちゅーのインパクトは相当なものだったらしい。よし、この勢いで終わりに……!

 

「さすがに、もう先輩もくらくらしてきたみたいです。大人しく先輩とアディを解放しなさい」

「なに、くらくらする!?」

 

 あ、ダメだこれなんか変なところに火が付いたっぽい。

 

「それは大変だ! 胸元を開けて楽にした方がいい!」

「いや下も……全部だ! 全部脱がせよう!」

「二人ともね! そしてそのまま追加のちゅーを!」

 

 覆面の小さな穴から覗く血走った目。縛られて動けない俺の体に伸びてくる無数の手。

 いつの間にやら俺の体の上から降りて、こっちをちらと見た後服を脱ぎだしたエルくんの背中の肌色と仕草がやけに色っぽく見えて。

 

 ……すげえ、絶望って人が作り出すものなんだ。

 

 服の胸元を引きちぎるような力任せで開かれ、ズボンに手がかかった辺りで、俺の意識はなんかもう諸々耐え切れず、闇へと落ちた。

 

 

◇◆◇

 

 

 あ、これベッドの中にエルくんいるわ、というのが目覚めかけの脳裏にキラリと閃く直感だった。

 さっきまで見ていた夢があまりにもアレだったため寝起きは最悪で、全身をじっとりと濡らす汗が超気持ち悪いけど、こういう時に限ってエルくんがベッド入ってきているというのはこれまでの経験則から分かっているんだよ!

 この布団の中の温かさ、石鹸のようないい匂いに交じる鉄と油の雰囲気。間違いない。

 ……目を開けなくてもエルくんと一緒に寝てたんだな、と分かってしまうわが身の慣れが怖い。

 

 とはいえ、またしても寝起き直後のガチ恋距離エルくんを見て失神するなどという無様は晒さない。人は進歩する生き物なのだからして、ここはさぱっと起きて何事もなかったかのようにエルくんをスルーしてみせることこそ大人の証……!

 

 いざ、爽やかな目覚めを!

 

「――あっ、先輩。おはよう、ございます……えへへ」

 

 と、瞼を開けたのはまさかのエルくんとほぼ同時。

 きょとんと開いた目がしゅっと細められていく。毛布で口元を隠したその表情に宿る色は「照れ」。

 

 そして、もう一つ。

 夢の中で見たのと同じ色の、ナニカ。

 

「すみません、その……変な夢を見ていたせいで、ちょっと先輩の顔を見るのが照れくさくて……!」

「アッハイ」

 

 うん、気持ちわかるよ。俺もあんな夢見たあとだからめっちゃ恥ずかしいよ。

 

 ……で、なんでエルくんも俺と同じ反応してるのかな?

 

「夢とはいえ、先輩とあんな、あんな……うひゃあ」

 

 やめて。

 なぜかちらちらと俺の唇見て赤くなるのやめて。

 エルくんがどんな夢見たのかめちゃくちゃ気になっちゃうからやめて。指で唇なぞったりしてないで。

 

 

 寝ている間、自分の体に起きたことが夢に影響するというのは割とよくある話。

 なんか苦しい、と思っていたら腹の上で猫が寝ていた、みたいな。

 

 じゃあ、しこたま濃厚なちゅーをする夢を見た俺の身には、一体何が起きたんでしょうねえ……?

 あと、口元が妙に濡れてる気がするのは寝てる間によだれとか垂れちゃったからですよね? そうですよね!?

 

「エルくん、疲れたろう。俺も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……エルくん……」

「先輩!? それ死ぬやつですよね先輩!?」

 

 夢の中では闇に落ちた意識が、今度は柔らかな光の中に溶けていく気がする。

 あぁ、お空の上にも大地がある。そこでなら、きっとまた新しい作物とか育てられるんじゃないかなあ……。

 

 

 なお、その後割と本気で死にかけていて、エルくんによる「蘇生措置」のおかげで助かったらしいです。

 具体的にどんな措置だったかは、アディちゃんが聞いても教えてくれなかったらしいけど。

 

 

◇◆◇

 

 

「……じー」

「ちょっと、なにジロジロ見てるのよアグリ」

「いや、ちゃんとヘルヴィが美人に見えるよなって確かめてた。良かった……俺はまだ大丈夫だ……最近二の腕がちょっとぷにってるところとかかわいいと思うぞ……」

「やーねー褒めても何も出ないわよー。でも、そういうこと言うと出るわよ……あんたの中身がね!!」

「ぐええええええええ見た目的には気持ちよくなれそうなサバ折りが地獄の苦痛を!?」




悪夢三夜、いかがだったでしょうか。
ちなみに本作の順番は「実現度合いの低いもの順」。言い換えれば、「日を追うごとに正夢になる確率が上がっている」ということでございます。
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