俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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番外編 銀鳳騎士団の終焉 或いは人類種の天敵

 その時期を、フレメヴィーラ王国の最盛期と讃えても大きな異論はないだろう。

 幻晶騎士の戦力増強はオーヴィニエ山脈以東においても人類生存権の安定的確立に大きく寄与して、人々は繁栄への道を歩み出した。

 

 汎用性に優れたカルディトーレ。

 機動力と輸送力に秀でたツェンドリンブル。

 空中戦力として完成度の高いトゥエディアーネ。

 

 それらのもたらす力は魔獣災害と隣り合わせだったフレメヴィーラ王国をして人口と流通の安定した発展を生み、広大な未開拓の土地たるボキューズ大森海という拡張性も有していることから、さらなる飛躍は確実視されていた。

 

 新たな幻晶騎士を生み出した功績大なる銀鳳騎士団、そしてその中心人物たるエルネスティ・エチェバルリア。

 それらの名は国内外を問わず轟きまわり、大森海奥地での巨人族との邂逅、浮遊大陸における動乱の中で果たした大立ち回りとさらにその後のあれこれにおいて権威と名声、そして実力は不動のものとなり、歴史に次々と名を刻んでいった。

 

 フレメヴィーラ王国は変わる。

 巨人族たちとの将来的な地続きの交流を目指した大森海内の交易路開拓計画は既に開始され、それに適した開発用幻晶騎士、フレメヴィーラ王国本土と開拓前線を繋ぐ「鉄道」の敷設、線路の上を走る列車型幻晶騎士の開発も銀鳳騎士団内で変な幻晶騎士を作ることに定評のあった団員主導で行われ、体制は盤石となった。

 そして、ならばこそさらなる最適化のため、国王は大胆な改革に着手した。

 国内は安定と繁栄の中にある。

 優先事業たる大森海開拓のため、資材や人材、幻晶騎士の集中的運用を決め、増加した人口を注ぎ込み、それらをより推進させるため。

 

 

 銀鳳騎士団の解散を、決断した。

 

 

◇◆◇

 

 

 愚かな選択では、決してなかった。

 「解散」とはいえその実態は発展的解消に近い。

 現状の、エルネスティ・エチェバルリアの身柄と開発成果の保護を主目的として設立された銀鳳騎士団としての形を一度なくし、現状に即した組織形態へと作り変えようとした。

 当然団員達の功績にも報いるところ大であり、団長たるエルネスティに対しても入念な説明と説得を行い、そして莫大な報酬と栄達を約束した。

 

 既に傘下とはいえ半ば独立した騎士団となっていた白鷺、紅隼両騎士団の完全な独立と、強大な魔獣との戦いが日々繰り返される大森海開拓最前線への派遣。

 幻晶騎士開発に多大な貢献を果たした鍛冶師隊は丸ごと国機研の一部署として所属し、より確かで権威ある立場となる。

 エルネスティは貴族としての爵位、報奨金、勲章その他諸々が山と積まれ、個人としてはフレメヴィーラ王国建国以来初にして今後も比肩する者はないだろう程の栄誉を得ることが約束され、それは誠実に履行されるだろうことが誰の目にも明らかだった。

 

 銀鳳騎士団はさらに国と人類の未来に貢献する存在となり、エルネスティの名は改めて歴史に大きく刻まれることとなり、団長エルネスティはもとより騎士団員たちにも余すところなく将来が約束され。

 

 

 規格外の出力を有するエーテルリアクタを備えたイカルガは、解体されることとなった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ボキューズ大森海の開拓は、鉄道の敷設を主としている。

 巨人族の生活圏までの距離は遠く、複数の宿場町を建設して徐々に道を伸ばしていくという壮大な計画で、その町と町を繋ぐのが新たな輸送方法、鉄路だった。

 

 街道も並ぶ形で整備が進められているが、新たに開発された列車型幻晶騎士の速度と輸送力はツェンドリンブル立ての馬車よりさらに優れていた。

 ただし、当然のことながら必要とされるエーテルリアクタ出力は莫大。現状は数基のリアクタを搭載することで間に合わせているが、イカルガの持つ皇之心臓、女王之冠があればさらに高速、高性能な機体を開発することが可能だと予想された。

 当然、それらもエルネスティの所有となる。開発の前線と本土を往復することにはなるが、すなわち活躍の機会も増えることになるわけで、エルネスティにとっても悪い話ではなかった。

 

 なかった、はずだった。

 

 

 

 

 エルネスティは、この提案を了承した。

 

 

 常と変わらぬ笑顔で国王に従い、オルヴェシウス砦に戻って団員達に事の次第を説明。これまでの働きに対する感謝を述べ、特別報酬を振る舞い、団員達の後の所属と体制を整えるために尽力し、最後には宴を盛大に開いて惜しみつつも銀鳳騎士団の歴史に幕を下ろした。

 これからまた、新たな時代が始まるのだと誰もが思った。

 砦をあとにした元団員達は今日までの思い出を一つ一つ噛みしめながら、少しの寂しさと新たな挑戦への期待を胸に去っていく。

 

 そして夜が明け、銀鳳騎士団のない新たな歴史が始まった、その日。

 

 

 エルネスティ・エチェバルリアは、フレメヴィーラ王国への反逆を表明した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 オルヴェシウス砦にたった一人で立てこもり、一切の要求をせず、しかしイカルガの引き渡し断固拒否を通達。あらゆる交渉、説得に対して門戸を閉ざしていた。

 譲歩も恫喝も通じない、沈黙をもって答える砦の門はエルネスティの心情そのものとさえ思えた。

 当然、王国側も手をこまねいていたわけではない。しびれを切らして力にものを言わせようともした。

 

 だが、相手はエルネスティ。相手はイカルガ。

 少数精鋭部隊が蹴散らされた。

 大軍の突撃は全てが瓦礫と化した。

 師団規模の作戦行動はたった1機の幻晶騎士を前に崩壊の憂き目にあった。

 

 さもありなん。エルネスティはかつて師団級魔獣をほぼ一人で倒した猛者。それが当時よりさらに強力な幻晶騎士を手にしているのだから、国中の総戦力を結集したとして勝てるかどうか。

 エルネスティに対する騎操士たちの持つ畏怖もあり、どうあってもまともな戦闘による勝利は見込めなかった。

 

 一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち、このままでは割と深刻に長期化するのでは、という不安が王国上層部に染み入り始めたのがこのころである。

 

 搦め手も幾度となく試みられた。

 藍鷹騎士団による暗殺、あるいは破壊工作の類は砦内各所に仕掛けられていた罠によって失敗に終わった。エルネスティにさえ知らされていなかった秘密通路にまで割とシャレにならないデストラップがあることが発覚し、全てが見透かされているのではという恐怖に駆られた王国側が手を引いたのは賢明と言わざるを得ない。

 

 長きにわたりつつある籠城を支える食料補充手段を断つべく、砦の周囲に広がる畑を焼く案も検討されたが、それは旧銀鳳騎士団員が真っ青になって止めた。

 曰く、エルネスティが籠城策を取っているのはまさに畑からの食糧供給があるからこそ。その手段を断たれれば略奪に走ることになりかねない。砦という固定された居場所を捨てれば、イカルガの能力でフレメヴィーラ王国全土、いやそれどころか航続距離を延ばす装備とか使って大陸内を飛翔することすら考えらえれる。被害がどれほど拡大するか、予想できない。

 最悪、他国にまで略奪の手を伸ばし、それを理由としてフレメヴィーラ王国に宣戦布告する国すら出る可能性も。

 言われてみればの事実に王国首脳部は即座に焦土作戦の破棄を選択。結果、エルネスティはいっそのどかとすら言える籠城生活に入ることとなった。

 

 なお、旧銀鳳騎士団員が畑を焼くのを止めた理由は、「んなことしたらヤツまであっち側につく」からだったが、言っても信じてもらえなさそうだから口にはしなかったのだとか。

 

 

 

 

 事ここに至って、解決の目はほぼ消えた。

 銀鳳騎士団の解散とイカルガ解体命令の破棄すら譲歩案として出したが、もはやエルネスティは聞く耳を持たず。死者こそ出ていないが破壊された幻晶騎士の数は目を覆うばかりで、この事態は間違いなくフレメヴィーラ王国建国史上最大の被害をたたき出している。

 オルヴェシウス砦は多数の部隊、無数の幻晶騎士によって遠巻きに包囲されているがもはや誰一人として近づこうとせず、国土の中にぽっかりと空いた無人地帯に青々とした畑だけが広がっている。

 元より数多の活躍と実力から多数のあだ名が付けられていたエルネスティに、新たな呼び名が加わるのは必然だったろう。

 

 決して勝てないその力を評して曰く「人類種の天敵」。

 さすがに整備の手が回らないのか、防錆加工で黒く染まったイカルガの装甲を指して「黒い鳥」。

 

 もはや、エルネスティを止める手段はないと思われた。

 

 ただ一人、あの男の帰還を除いては。

 

 

◇◆◇

 

 

「……久しぶり、エルくん」

「はい、とっても会いたかったです、先輩。先輩が大森海の開拓に向かってからは時々しか会えなくて、もう半年ぶりくらいですか」

 

 オルヴェシウス砦前。2機の幻晶騎士が対峙する。

 いや、「幻晶騎士」と単純に評するにはどちらも異形に過ぎる。

 鬼面六臂のイカルガ。コックピットから身を乗り出すエルネスティはいまもって往時の面影を色濃く残す幼げですらある顔立ちで、国家に刃向かう大逆人となったことに無自覚とさえ思える笑顔を浮かべている。

 

 対する男が乗っている機体は巨大の一言。

 通常の幻晶騎士に倍する巨体は明らかに人型のものではなく、太くたくましい脚部、短めながらも強靭な腕、長くしなやかな尾と鋭いキバがぞろりと並ぶ口すら備えたその様は、どこか<竜>に近くもあった。

 大森海開拓の最前線に駆り出され、尋常ならざる巨木をなぎ倒し、地を均し、時折現れる師団級魔獣をすら屠る人類の切っ先を担う専用機。かつて巨人族と出会った大森海探索の折りに入手した超巨大触媒結晶から作られたエーテルリアクタを有する、おそらくイカルガと互角に渡り合える唯一の存在だった。

 その開発者にして操縦者、アグリ・ボトルが、帰ってきた。

 

「一応聞いておくよ。この騒動、収める気はない? なんなら俺も一緒に全力で謝り倒すから。もしくは、いっそ大森海の奥の方で新しい国でも作るとか。銀鳳騎士団の人たちならついてきてくれるだろうし、一番穏便だよ?」

 

 エルネスティの説得、あるいは……。アグリに下された指令はそれだった。

 アグリ自身は殴り合いになった場合ヒドいことになる気しかしないので説得に全振りのつもりでいる。ここまで近づく間に攻撃されなかったことからして脈があるのでは。

 

 そう思っていた。

 エルネスティの顔を見るまでは。

 

「――ふふふ」

「…………そうなるんじゃないかと、思ってはいたよ」

 

 返事は、コックピットに戻ることだった。

 笑い声はしかしかつてと同じく、心底嬉しそうなもの。

 錯乱したのでもなければ狂ったのでもない、エルネスティはエルネスティのまま、この選択をしたのだと思い知るには十分だった。

 

『すみません、先輩。好きなように生きて、理不尽に死ぬ。それが僕のやり方なんです』

「知ってた」

 

 飛び上がるイカルガ。アグリもまた機体に戻り、前傾して長い尾をカウンターウェイトとする疾走形態へとモードチェンジ。

 オルヴェシウス砦は開けているが畑に囲まれている。戦闘には適さない。言葉を交わすまでもなく、二人は戦いにふさわしい舞台を求め移動を開始。

 周辺を包囲していた幻晶騎士部隊は陸空問わず道を開けた。その行く手を阻もうなどという考えは、指揮官から一兵卒に至るまでひとかけらも湧かなかった。

 ただ去り行く2機の幻晶騎士を見送り、呆けたのちに状況を思い出し、追いかける。

 それはまるで、人類の中でたった二人の先駆者と、どうあがいてもそれに追いつけない他の全てを示すかのようであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 戦いが、始まった。

 だがその詳細な記録は残っていない。

 エルネスティとアグリが戦いの場に選んだのは周囲を森に囲まれた一角。大して開けた場所もないはずだが、圧倒的な破壊を振りまく2機にとってそんなものは大した問題にはならず、遅ればせながら駆け付けて周囲を封鎖した騎士団の者たちは「森より高く跳ねあがる樹木」「雨が降ってきたのかと思ったら、粉々に砕かれた大岩の破片だった」「疲れのせいかふらふらする、と思ったら地面が揺れてた。多分二人の戦いのせいで」などなど、森の木々越しに遠巻きにすることしかできなかったため、実際なにが起きていたかは不明ながら、数々の影響と余波の証言が残っている。

 

 戦いが一昼夜以上続いたことは間違いない。

 時折飛んでくる根本からへし折れた大木、空に伸びる異常なほど強力な法撃、幻晶騎士たった2機が引き起こしているとは思えない地面と空気の振動。そして無数の爆発音、激突音。それらが間断なく響いてくるその場に突入しようなどという判断は誰一人下せず、結果ただ遠巻きに「何かが起きている」ことを見守るしかなかった。

 

 日が沈み、夜が明け、厚い雲が空を覆い始めた。

 大規模戦闘でもなければそうは見られないほどの強力な法撃が多数使われたせいだろうか。大気の状態すら乱れたらしく大粒の雨が降り出したのは、厚い雲のせいで正確な時間はわからないものの、夕刻前だろうと言われている。

 

 夏の嵐のようだった。

 大きく、重く、生ぬるい雨粒。ばつばつとまばらに降り注ぎ、土を耕すような勢いで、すぐに少し先さえ見通せないほどになったという。

 直近の部隊員との意思疎通にすら難儀するような、天の底が割れたのではと思わせる大雨。

 しかしだからこそ、エルネスティとアグリの戦闘による空気の震えは空中の雨粒を跳ね飛ばして可視化される。変わらず、いやむしろ増大した勢いで激しい戦闘音が轟く。

 

 世界が、終わる。

 どちらかこの戦いに勝利した側が生きて帰ってきたとして、それは人が御しうるものなのだろうかという絶望が脳裏をよぎってしまう。

 この嵐は、フレメヴィーラ王国を襲ったたった一人の天敵は、まさに世界が何もかも変わり果てる前触れなのではないかという予感がして。

 

 

 ある時を境に、沈黙が落ちた。

 雨は降り続いている。雨音はいまだ激しい。

 だが、戦闘音が、やんだ。

 

 騎操士たちは顔を見合せた。

 何かが起きたのか。何かが終わったのか。

 確認に行くべきか。だが何が起きたのかわからない。戦闘に巻き込まれたら何が起きるか。

 決死の覚悟で戦うことすら辞さないはずだった勇猛果敢な騎操士たちであるが、事ここに至っては「向こう側」の戦いを自分たちのそれと同じ次元にあるモノとは認識できていない。

 

 まさしく神話の戦いがそこにある。

 紛れもなく、彼らの胸中には確かな認識としてそうあった。

 

 調査の強行も撤退もできない迷いの中。

 

 

――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 

 

 光が、天へと突き刺さった。

 誰もが振り向き、その瞳に一筋の極光を焼き付ける。

 地から空へ、まっすぐに駆け上がる青白い光。

 あれは法撃だ。それも、尋常ならざる威力を秘めた。

 事実、地上から放たれながら豪雨を貫き雲へと突き刺さり、吹き荒れる爆風が厚い雨雲を蹴散らし、なんとその場に青空を顕現せしめたのだから。

 

 長く続いた光の奔流が終わる。

 雲に空いた穴からは太陽の光が降り注ぎ、空中に満ちる水滴が煌めいて神の降りくる道のようで。

 

 神話が終わったのだと、思い知らされた。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 長く長く様子を伺い、しかし何の変化もなかった。

 意を決したフレメヴィーラ王国の騎操士たちは戦場中心部の調査を決行。

 

 踏み入った決戦地には「何もなかった」。

 

 少なくとも、エルネスティとアグリの機体の破片らしきものは確認できたが、どう考えても両機の総量には足りていない。戦闘中に発生した損傷、それもごく軽微なものに由来するだろうと思われる程度。

 当然、逃走を察知できないほど雑な包囲など敷いていないのだから、どちらか、あるいは両方が朽ちてこの地に残っているのだと推測されたが、どれほどくまなく捜索しても機体そのもの、あるいは操縦者たる二人の姿は発見できなかった。

 

 他にも不思議なことはあった。

 破壊の爪痕が生々しく残り、木々がへし折られ大穴が開いた決戦跡地に残されたいくつかのもの。

 くまなく法撃にさらされただろう地上に似つかわしくないほど青々と草木の芽吹く土くれ。

 恐ろしく分厚い地下の岩盤にぞっとするほど鋭く穿たれた穴から湧き上がる地下水。

 そして、どれだけ温めようと季節が廻ろうと決して解けない謎の氷。

 

 この地で繰り広げられた戦いがどれだけ激しく、また人知を超えていたかが察せられる異常だけが姿をさらす。

 

 

 その後も、二人の行方は不明のままだった。

 

 

 フレメヴィーラ王国は事件の情報を厳重に管理し、詳細の公表は差し控えられた。

 おそるおそるながら大森海開拓事業も再開され、エルネスティたちの活躍を見込んでいたころよりは進行速度を下方修正して継続。相応の成果を上げ、苦難と繁栄を繰り返しながら歴史は流れていった。

 

 エルネスティとアグリの決戦の地はもともと開発の予定もない僻地であったため保護の名の元に隔離され、人が立ち入ることはない。

 徐々に草木が戻り、破壊の爪痕をうっすらと残すだけの野原へと、姿を変えていく。

 その地に足を踏み入れる者はもはやいない。

 近くの村に住む者たちは、そこを「神々の地」と呼んで静かに敬っている。

 

 だから、誰にも邪魔されることはなく。

 ただ二つ、寄り添うように並ぶ無銘の石碑だけが、静かに最期の地を見守っている。

 いまも、これからも。

 

 

 銀鳳騎士団。

 その名は伝説の中のものとなり、世界中を駆け巡った英雄たるエルネスティ・エチェバルリアの名もまたしかり。

 だが不思議と人々は彼のことをこう呼ぶようになった。

 

 「黒い鳥」。

 全てを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥、と。

 

 

◇◆◇

 

 

「みたいな最期って、憧れますよね!!!!!」

「憧れねえよエルくん」

 

 日もとっぷり暮れて、ランプの炎がゆらゆらと照らすエルくんの顔は、自分の性癖を語っててりってりに輝いていました。

 瞳の中が怪しい光でどろりと揺れているのは、炎のゆらめきのせいだと信じたい。

 

「えー。……でも、実際のところ僕ってそろそろ有名になってきたじゃないですか」

「その認識、5年くらい前に持っておこう?」

「だから、こうやって自由な終わり方はできそうもないかなって。……はぁ、このままじゃイカルガのコックピットじゃなくてベッドの上で死ぬことになりそうです」

「普通はそれが理想だから。というか、現時点でイカルガに乗ってるエルくん倒せるのなんてそうそういないから」

 

 エルくんの妄想独演会。

 本日のお題は「理想の死に方」。

 ベッドの上で大往生、などという常識的な発想をエルくんに求めていたわけじゃなかったけど、なんで俺が小惑星改造の宇宙基地落としを単騎で止めようとする因縁のパイロットみたいな枠になってるんですかねえ……。

 

「まあ確かに、それも残念なところの一つです。このままだと割と真剣に希望の花の繋いだ絆だけが胸の中に残りそうですから」

「止まれエルくん。いろんな意味で」

 

 いかん。最近色々と忙しかったせいかエルくんのご機嫌が斜めらしく、妙に際どいところを抉ってる。仕方ない、近いうちにエルくんの興味を引きそうなおもちゃ(新装備)とか開発してあげよう。それで少しは収まればいいんだけど。

 というか。さっきの話で気になることが一つ。

 

「それより、今の話にアディちゃんが出てこなかったのはなんで?」

「いやですねー先輩。さすがにアディがいるうちはあんなことできませんよ。……もし、僕がアディと出会っていなかったらそういうこともあったかも、っていう空想のお話です」

「……………………そう」

 

 疑問は解決した。

 そして、この世界の真理が一つ明らかになった。

 

 この世界の平和は、ただ一人。

 アディちゃんの存在にかかっているのだと。

 

 

◇◆◇

 

 

「よし、できた……! エルくんの妄想に出てきた、山だろうが城だろうが畑に変える収束荷電エーテル砲、名付けて滅殺開墾ビー……」

「そこまでよ、アグリ。いますぐその設計図を捨てるか、この場で命を捨てるか選びなさい」

「……うん、ありがとうヘルヴィ落ち着いた。さすがにこれはヤバいよね。エルくんにあてられてちょっとトチ狂ってたわ」

「賢明な判断で助かるわ。……あと、あなたは最初から団長並みにトチ狂ってるから関係ないわ」

「ひどくない!?」


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