俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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番外編 特別訓練「絶対に笑ってはいけない銀鳳騎士団」

 フレメヴィーラ王国に、世のしがらみとは無縁の騎士団がただ一つ存在する。

 

 設立の経緯は貴族に拠らず王命のみを根拠とし、ただ一人の身柄の安全と、その者が作り出すものにのみ責を負う。

 ゆえに重責もあり、苦労も多い。

 しかしその騎士団に所属する者たちは(一人を除いて)誇りを胸に日々の鍛錬探求に邁進する。

 人類の革新。幻晶騎士の先鋭。セッテルンド大陸史上最大級のド変態のワクワクおもちゃ箱。

 

 その名は、「銀鳳騎士団」という。

 

 

◇◆◇

 

 

 銀鳳騎士団の団員達に求められる水準は、高い。

 鍛冶師隊はエルくんの荒唐無稽にして人跡未踏の新技術を実現するために試行錯誤の日々となるし、いまや完全に分離独立した白鷺騎士団、紅隼騎士団の実働部隊な人たちも、エルくんが率先して厄介ごとに首を突っ込んでいくのでそれについていくための必然として高い騎操士技量が求められる。

 

 となれば、日々の訓練も当然多岐にわたり、その密度も濃いものとなる。

 鍛冶師隊では幻晶騎士の構造や機構に対する研究と勉強会は毎日のように繰り返されているし、騎操士は日々体力と操縦技術の鍛錬に余念がない。

 

 特に騎操士の訓練の場合、たまに我慢できなくなった騎士団長たるエルくんがイカルガで乱入かますから手に負えない。

 

『アグリー! また大団長殿が暴れ出した! 止めるから手伝えー!』

「……やだー」

 

 ……そして、そうなると高確率で俺にもヘルプが入るから勘弁して欲しい。

 仕事のストレスをイカルガで発散するエルくんの前に立つとか、そんなことするくらいなら旅団級魔獣と一人で戦うほうがまだマシだっての。

 その評価は、たとえ味方側にエドガー、ディートリヒ、ヘルヴィがいても変わらない真理なのだからして。

 

『あはははははははは! あっははははははははは!!』

 

 でも、あの高笑いは放置しておくと際限なくテンション上がってオルヴェシウス砦が更地に還るヤツかもしれないから、止めなきゃなんだろうなー。

 畑の草むしりの手を止めて、首にかけた手拭いで汗をひと拭き。横で伏せるグランレオンを見上げて目を細める。

 ああもう、今日もいい天気だなあ。

 

 

 ……とりあえず、お茶飲んでから行こうか。喉渇いたし。

 少しでもエルくんと戦うのを引き延ばそうとしてるわけじゃないよ。断じてないよ。

 

 

◇◆◇

 

 

 さて、そんな銀鳳騎士団の日常の中には、エルくんの非凡にして先進的なアイディアの発露がそこかしこに差し挿まれることとなる。

 銀鳳騎士団の本領たる幻晶騎士関連技術や新設計、ソフト面での改良などなどは息をするように出てくるし、先に述べたような訓練への乱入も、稀によくあるテンションぶっ壊れ状態を含めて騎士団として高い戦力を求められることもある銀鳳騎士団関連組織としては割とよくある必須の話。

 そのいずれもがほかの騎士団では決してお目にかかれないようなものばかりで、それらを支えるのはひとえにエルくんの自由にして奔放な発想によるところ大なわけで。

 

 

「というわけで、『絶対に笑ってはいけない銀鳳騎士団』の企画を用意しました」

「……帰る! 俺ユシッダ村に帰るー!」

 

 時々、なんかもう一言目の時点でヒドいことになること請け合いなネタがぶっ飛んでくることもあるんです。急激に成長した里心に、休職申請を出したくて仕方がない。

 まあ、以前本当に出したら銀鳳騎士団よりさらに上の方で有耶無耶になったらしくて握りつぶされたけど! 銀鳳騎士団の上とか国王陛下しかいねえよバカ野郎!

 

「まずは、やはりその辺り『わかっている』僕と先輩とで協議とブレーンストーミングの後に企画を本格始動させて検討と準備に入ろうと思います。なのでひとまず今日は僕の出した案を説明させてもらいますね?」

「エルくん純粋培養の企画とか既に頭痛いんだけど」

 

 そして、エルくんはこういう時に限って俺の話を聞いてくれない。

 これは俺に限った話ではなく、楽しいことを思いついたエルくんのよくある暴走だからいつものことっちゃことではあるんだけれども。

 

 こういう、『前提知識を共有した』打ち合わせのためにエルくんが俺一人を会議室に呼び出すことは普通にあるからと油断していたが、これはよくない。

 ……いやだって、あの企画ってことは一から十までロクでもないことするに違いないから。

 

「待とう、エルくん。一応仮にも銀鳳騎士団の訓練ってことは、騎操士としての技量になにがしかの貢献をする必要があるってことだ。その企画で、一体何が鍛えられるのさ」

「それは無論、精神です。儀仗兵に限らず騎士たるもの儀礼や式典への参加は必須。そのときうっかり笑ってしまったりしない、鉄の精神を鍛えるんです!」

「騎操士は幻晶騎士に乗って参加するから笑ってもバレないよね?」

「……そういう訓練の場合、某軍隊では愉快な人形を使って兵士の忍耐を鍛えたと言います。僕たちもそれに倣おう、というのが企画の趣旨ですね」

 

 あ、都合の悪い指摘を無視し始めた。いかん、これなにがなんでもこの企画通すつもりだ。

 こうなってくると、正直俺の手には負えない。エルくんの持つ権力と立場、そしてプレゼン能力を以ってすれば100%趣味の思いつきに実利のガワを被せて通す、なんてことは普通にやってのけるだろうから。

 

「というわけで、ひとまず特別ゲストとして先王陛下をお呼びしようと思います」

「ねえエルくん、不敬罪って概念知ってる?」

「こちらが、先王陛下からのお返事です。超ノリノリでOKしてくれました」

「何考えてるんスか先王陛下。てーかもう根回しまで済んでるし」

 

 そして、俺がちょいちょい配達を頼まれる親書でよく見る紋が押された書類をぺらりと出すエルくん。確かに、その中には先王陛下が直々に訓練を視察にくる、とあった。

 お分かりいただけるだろうか。これ絶対にその時まで訓練参加者に知らされず、しかも小芝居やらかして銀鳳騎士団員の表情筋と腹筋に極刑を言い渡すヤツである。

 企画説明最初の段階からして絶対に笑ってはいけない(斬首級)銀鳳騎士団になりそうな状況に、戦慄を禁じ得ない。

 

「どうですか、先輩! とっても楽しいことになりそうでしょう?」

「……………………………………………………ソウダネ」

 

 大体この辺りで、俺は悟った。

 この企画はもう止まらない。そして、この時点で企画を説明されているということは、俺は訓練の側には加わらない。

 ならせめて、一人でも多くの団員が生還できるよう、この企画をまともなものに軌道修正する。

 ただそれだけが、みんなのためにできることなのだと。

 

 頑張ろう。多分、銀鳳騎士団の存続は今、俺の手にかかっているかもしれない。

 

 

◇◆◇

 

 

「では、先輩はひとまず泥のプールを作っておいてください。3つくらい」

「ハイ」

 

 ……これはもうダメかもわからんね。

 

 

 その後、本気で団員が腹筋崩壊太郎しそうな案だけは畑に賭けて阻止し、多くの団員には子細を漏らさず極秘裏に準備が進められた。進められてしまった。

 すまん、団員諸君。一回やればエルくんも満足するかもしれないから、とりあえず生贄になってくれ。

 

 

◇◆◇

 

 

 その日は、抜けるような晴天だった。

 空は青く、雲は白い。風は涼しく、草木はさよさよと揺れている。

 思わず鍬の一つも持ってまた新しい畑を開くか井戸でも掘るか、と当てもなく土の音を聞きたくなるようなそんな日。

 

「――それでは、ただいまから騎操士として必要となる精神鍛錬を行います。ルールはただ一つ。『決して笑わない』こと。みなさんの奮闘を期待します」

 

 それが、銀鳳騎士団員の命日確実みたいな訓練の行われる日となった。

 

 

 若手を中心とした並み居る団員たちを前に、堂々と訓示を述べるエルくんの姿は小柄で美少女じみていながらもこれまで積み上げてきた歴戦の風格を確かに感じさせ、エルくん主催の極秘訓練への参加に名乗りを上げ、団員たちの間で繰り広げられた選抜を生き残った精鋭たちをして興奮させるもの。

 あと、ついでに会場の隅っこで様子をうかがってたアディちゃんの目がとろとろと潤んでいく。発情してるんじゃありません。

 

 だが俺は、俺だけは知っている。

 これから彼らに待ち受ける過酷という程度の言葉では言い表せない地獄のほどを。

 どうか生き残ってくれ。俺はただそれだけを、祈った。

 

 

 

 そして、訓練が、始まった。

 

 

「まずは国境警備、あるいは検問時の訓練です。これからある人物がここを通ろうとしますので、皆さんはそれぞれの考える『適切な対処』をしてみてください」

 

 エルくんてば、こっちじゃ誰も知らないからって大喜利みたいなこと言い出した。

 鍛冶師隊が仕事の合間にぱぱっと作った張りぼて検問所セットに配置される団員一同。

 当たり前のように顔をそろえているエドガー、ディートリヒ、ヘルヴィの筆頭騎操士3人に加え、各騎士団から選りすぐられた新人や古参の団員達。エルくんが考えた訓練だから一筋縄でいくはずもない、という警戒もあらわに緊張感を漂わせ、さっそく物陰から姿を現した検問を通ろうとする旅商人役の人物を呼び止めた。

 

「止まれ。現在検問を実施中だ。ここを通るのならば荷物を検めさせてもらうことになる」

 

 少し声が固くて居丈高かな、と思わなくもないけど、いつぞやクシェペルカ王国に行ったとき、ジャロウデク王国の兵士が国境警備してたときはこんなもんじゃ済まなかったしまあ許容範囲かなと思う。

 その辺りで採点されることになるからしっかり勤め上げないと。

 

 ……そんな風に思っているんだろう。そこは罠でしかないのだけど、ね。

 

 

 検問を訪れた旅商人はフードで顔を隠し、馬車に大きな木箱を1つ乗せている。

 あの木箱の中身、与えられた役割的に考えて検めないという選択肢はないだろう。

 

「いえ、ですがこの荷物は、そのぅ……」

「むっ、悪いが我らも役儀がある。その中身、確認させてもらうぞ!」

 

 なお、この訓練のエキストラ役は藍鷹騎士団の皆様でお送りしておりますが、顔は印象に残らないのに演技に違和感は全くないあたり、正しく潜入と浸透を任務とするニンジャです。

 ともあれ、そんな自然にして迫真の演技で躊躇う姿を見て何かあると察したエドガーは躊躇いなく荷台に乗り、木箱の蓋に手をかけた。

 気心の知れた同期のディートリヒとヘルヴィが木箱を固定していた縄をほどき。

 

 

「………………………………………………えっ」

 

 傍から見ていると固まるエドガー。

 

「む、眩しいではないか」

 

 箱の中から聞こえてきた、なんとなく聞き覚えのある威厳に満ちた声。

 

「ふぅ、昼寝には向かんのう、この中は」

「えっ」

 

 箱の中からのそりと現れたのは、虎か、獅子か。

 

 

「元気そうだな、皆の者。アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラである」

 

 

 いや、先王陛下である。

 銀鳳騎士団員、絶句。

 

 

 なお、当然のことながらこの状況で笑いだせる団員はおらず、エルくんは大層不満げにしてました。無茶振りが過ぎるぞエルくん。

 

 

◇◆◇

 

 

 ……エルくんの発想は本当に恐ろしい。

 そのことを改めて知らしめる訓練となった。

 

 訓練を終えたあとはまさに死屍累々の有様だった。

 あちこちで倒れ伏し、絶望に膝を屈した団員達のうめき声が地獄の交響曲となって地を汚し、風を腐らせる。

 

 サプライズゲストである先王陛下の華麗な登場に始まり、その後もエルくんプレゼンツによる企画の波が繰り返し押し寄せ、団員たちはそのたびに打ちのめされた。

 

 

『エドガー、ディートリヒ、アウトー』

 

「おい待て、今の声はアグリだな!?」

「やはり君も一枚噛んでいたのか! こっちへ来て君も参加を……あ痛ぁ!?」

「え、もしかしてアウトって言われたらお尻引っ叩かれるの……?」

 

 最初の犠牲者はエドガーとディートリヒ。

 覆面姿でどやどやと入ってきた藍鷹騎士団のみなさんに柔らかいんだけど叩かれると痛い棒で尻を張り飛ばされて、これから己が身に降りかかるだろう災厄を知って震えるヘルヴィたちその他団員の皆様。

 ごめん、それはまだ序の口も序の口なんだ……。

 

 

「それでは、ここで銀鳳騎士団の皆様へ宛てられた手紙を読み上げさせていただきます。前日魔獣の襲撃から守った村の女の子から預かってきたものです」

 

 ノーラさんによる、手紙の朗読。

 これまでも何度となく笑いを引きずり出され、その度に尻を張り飛ばされて心が折れかけているみんなにとっては癒しの時間となる事だろう。

 

 

「――みなさんのおかげで、お父さんもお母さんも、私も元気です。本当に本当に、ありがとうございます」

 

 落ち着いた声で読み上げられる、少女のものだという素直でまっすぐな感謝の気持ち。騎士として、銀鳳騎士団として数々の活躍を経験してもなおその喜びは変わらない。フレメヴィーラ王国において、騎士として人の営みを守る。その尊さを改めて噛みしめる事もまた、騎操士の有り様には不可欠なもののハズで。

 

 

「そして最後に。――全員、タイキック」

「えっ」

 

 そして、そんな心の動きを完璧に読み切ったうえで、幸せの絶頂から藍鷹騎士団の人たちが無駄に鍛え上げた体術による蹴りで地獄に叩き落すエルくんは悪魔だと思います。

 

 

◇◆◇

 

 

『ヘルヴィ、アウトー』

「ちょっ、待ちなさい! 今のは違う、違うから……っキャー!?」\スパーン!/

 

『ダーヴィド親方、バトソンくん、アウトー』

「おい待ていつの間に俺らも組み込まれてぎゃああああ!?」\スパーン!/

「やめてやめておいら関係な、あああああ!!」\スパーン!/

 

『ゴンゾースくん、アウトー』

「うおおおおおお!? これが銀鳳騎士団たるための試練というのならば、耐えて見せ……ぬわーっ!」\スパーン!/

 

 

「エドガー、ディートリヒ、ヘルヴィ、アウトー』

 

 

『全員、アウトー』

 

 

◇◆◇

 

 

「いやー、みなさん実にいい経験になったようですね、先輩!」

「……この地獄を作り上げてなお笑顔でいられるエルくんはどうにか止めたほうがいいんじゃないかって、最近真剣に思うんだ」

 

 これまで銀鳳騎士団として、俺はいくつかの戦場を渡り歩いてきた。

 倒れた兵士、破壊された幻晶騎士、焼け落ちる砦。この世にあらわれた地獄のような光景も何度か目にしたが、今の状況はそれにも迫るのではなかろうか。

 

 エドガーたち元中隊長3人は息も絶え絶え。

 その他団員たちは、尻を叩かれすぎて座れもあお向けになれもしないらしく、うつぶせになって尻を突き出し微動だにしない。

 

 すまない、許してくれみんな。こうなることが分かっていたけど、止められなかった……!

 たとえ相手がエルくんとはいえ、ここまで企画を通してしまったことは慙愧に堪えない。

 だが、しこたま尻バットとタイキックをかましたことでエルくんも満足しただろう。これならしばらくは悲劇が繰り返されることはないはず。きみたちの尊い犠牲が、平和を生み出したのだ。そう思ってくれ頼むから。

 

 エルくんの思いつきと行動力に巻き込まれるのは大災に遭ったのと同じだと思って欲しい。

 何も難しく考えることはない。雨が風が大地の揺れがどれだけ畑を潰そうとも復讐できるものでもないし、そんな感じなのだと納得を……。

 

「……待ちなさい、まだ一人、訓練受けるべき団員がいるわよねえ……!」

「ヘルヴィ!? まだ生きていたのか! っていうかなんで俺の足をがっしり掴むの? エドガーとディートリヒも無言でしがみついてくるの!? ……ハッ! やめてくださいノーラさん! なんで俺の後ろに回り込むんです!? ……まさか、謀ったなエルくん!? 最初から俺も巻き込むつもりで……! ――アッーーー!?」\スパーン!/

 

 

 できるわけないよね、うん。

 

 

◇◆◇

 

 

 なお、この訓練はあまりにも危険という団員達満場一致の訴えにより、団長権限ですら覆せない永久封印措置をくらいましたとさ。残念ながら当然である。

 

 

◇◆◇

 

 

「封印されてしまったのなら仕方ありませんね。次は騎操士としてのランク付けをする、銀鳳騎士団格付けチェックを……」

「次こそ本気で止めるよエルくん」

「では、騎操士の実力やその他教養などの才能査定ランキングで」

「アディちゃん、エルくんと一緒に一週間くらい二人っきりでどこか遠くに旅行とか行ってくれない? そうしたら邪念も消えるだろうから」

「バッチこいです!!!!!!」

 

 平和とはあまりにも得難いものであることを、俺はこの世界に来て改めて知りました。泣きてえ。

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