俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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変態は惹かれあう。しかも浮遊大陸で

 セッテルンド大陸の人類史を振り返る際、飛空船の誕生は幻晶騎士と並ぶ紙幅を割いて語る必要のある重要事項である。

 オーヴィニエ山脈以西に人類の生存権を確立した幻晶騎士に対し、その幻晶騎士による防衛戦略に改革を余儀なくさせる航空戦力の登場は、海を山を越えていく探索範囲の圧倒的な向上を生み出し、人類に変化と革新を促した。

 同時期に幻晶騎士もまたそれまでとは比較にならない速度での進歩を見せた結果、人類の持つ戦力は圧倒的に増大する。

 

 その時代の狭間にはいくつもの物語が生まれた。

 一夜にして滅びた大国。そして奇跡の復興。

 大森伐遠征、再び。

 

 そして、浮遊大陸の発見もまた、飛空船のもたらしたものの一つである。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………機関出力、通常に戻せ。ただし警戒は怠るなよ」

「アイサー、若旦那」

 

 空を行く、最新にして最速を誇る飛空船、黄金の鬣(ゴールデンメイン)号。

 フレメヴィーラ王国由来のマギウスジェットスラスタ搭載型であるこの船は、速い。

 それはもう、かつて倒したはずの最強飛空船、飛竜戦艦の新型と遭遇してもなお逃げ切ることができるほど、である。

 

 幸運もあった。

 ハルピュイア奪還のため、イレブンフラッグスと交戦状態にあったこと。

 イレブンフラッグスの船の方が数が多く、巨大で、足が遅かったこと。

 飛竜戦艦がかつて戦ったものよりも巨大で、それゆえに速度に劣っていただろうこと。

 母艦として小型飛竜戦艦のような空を飛ぶ機体を大量に吐き出してきたうえにそれらもマギウスジェットスラスタを搭載していたとはいえ、ほとんどの戦力がイレブンフラッグスを狙ったこと。

 

 それらの結果として、エムリスたち一行は襲撃を振り切ることができた。

 見渡す限りの空と浮遊大陸に、あの巨大な人造飛竜の姿は見えない。ひとまずは、安心だ。

 

「やれやれだ、イレブンフラッグスだけでも面倒だというのに、どこのものとも知れない飛竜まで出てくるとはな。思った以上に面白……大事になりそうだぞ」

「若旦那、ひとまずどうします? 行先は……」

「ふむ、それも決めないといかんなぁ」

 

 だが、あくまで一時的な安全に過ぎない。エムリスは宙を見ながら考え込む。

 

 そもそもは、空飛ぶ大陸の噂を聞いて果て無き冒険スピリッツをちょっと抑えられなくなって首を突っ込んだことが始まりだった。

 そんな噂がエムリスの耳に入るということは、当然他国にもその情報が出回っているということ。別勢力との遭遇が起きることは予想していたが、まさかその別勢力が既に拠点を築いてなにがしか商売の算段まで付けていたというのは予想外と言うほかない。

 しかもこの大陸に足を踏み入れた勢力は一つだけではなく、あの飛竜戦艦まで姿を見せた。

 かつての大西域戦争で示した力に勝るとも劣らず、イレブンフラッグスの重装甲船を一撃で沈める様は思い出すだに冷や汗が出る。

 しかも、空中戦を本格的に想定しているとしか思えない、小型飛竜戦艦ともいうべき戦闘飛空船。

 黄金の鬣号も船としてなら負けていないだろうが、なにせ相手は数が多い。まともに当たればまず勝ち目はないだろう。

 しかもこちらはシュメフリークとハルピュイアの寄り合い所帯。黄金の鬣号だけなら最悪出くわしても逃げるという選択肢があるが、シュメフリークの飛空船にはそれも難しい。そもそも遭遇しない、あるいは遭遇しても戦闘にならないように立ち回る必要がある。

 

 未開の大地の空を行く飛空船を乗り回していると海賊の長のようにしか見えないが、これでもエムリスは紛れもなく王族。こういったときに高所大局から物を見る目は備わっている。一応。

 

「行くところが決まってないのなら、とりあえず僕たちの村に行く? 助けたハルピュイアのみんなも休ませたいし」

「なるほど、それはいい! 腹も減ったし、そろそろ客人を休ませたいしな!」

 

 ただ、エムリスはその辺を考えた上で、それでも自身の直感とその場の勢いに身を任せて行動してしまうだけなのだ。

 

 

 こうして、エムリス率いる陣営は半ば以上成り行きからエージロ達の村へと身を寄せることになる。

 キッドと、偶然から同道したシュメフリークをつなぎとしての交渉と情報交換がなされ、ひとまずこの村を拠点とするべく人間の住処を地上に作り、となし崩し的に環境が整っていく。

 キッドたちが持ち込んだ幻晶甲冑という建築にも使えるものがあったのに加え、銀鳳騎士団出身者はフレメヴィーラ王国にいたときにとある農民から小屋くらいなら作れるように色々教わっていたので、速やかに人の村のようなものさえできていく。

 なお、当の農民がこの場を見た場合、小屋の出来には合格点を出す一方、畑がないことに不満を示すだろう。とてもどうでもいいが。

 

 

「我らシュメフリークは、かつて空の大地と関わり、以来交易を行ってきました。飛空船の誕生によって他の者たちも知ることになるだろうと危惧して駆け付けたのですが……遅かったようです」

「やれやれ、俺たちは冒険するつもりで来たわけだが、あいつらはなんなんだ? 一国ではないどころか、あれほどの戦力を投入するのとて安くはできまい。下手したら破産するぞ」

「……若旦那、それは俺から」

 

 そこでようやく腰を据えて改めての状況確認の中で判明する。

 イレブンフラッグスという生粋の商人集団が飛空船の大船団を寄越す理由。

 おそらく現時点でなお世界最強クラスの戦力である飛竜戦艦を投入するに値すると見なす根拠。

 

「この大陸には、信じられないくらいの量のエーテライトが埋まってる。そこらに転がってる石がそうだし、地下にはどれだけあるか、わかったもんじゃないくらい」

「……なるほど、そりゃあ血眼になるはずだ」

 

 空は人の手が届くものになった。

 逆に言えば、手を届かせていなければ戦の際に同じ舞台に立つことすらできない領域と化した、という意味でもある。かつて、飛空船が投入された初の戦役においてクシェペルカ王国が一夜で滅ぼされたことはセッテルンド大陸においてとてもとても記憶に新しい。

 飛空船そのものの建造自体は船の技術の延長でもあるので、作るだけならなんとかなる。

 だが空に浮かべるためにはどうしても、大量のエーテライトが必須となる。

 それが、無尽蔵に近い量を供給できる大地。黄金が空に浮いている、というのと何も変わらない。

 

「こうなると、いっそ国許の戦力も呼び寄せる必要もあるほどだな。……が、それを待つ時間すらない」

「……」

 

 重苦しい沈黙が満ちる。

 状況は絶望的の一言に尽きる。いま足をつけている大地は無数の大食漢についばまれるパイと化し、切り分けるためのナイフには世界最強にして最大のものまで持ち出されている。

 元々この地に住むハルピュイアのことを、ただの魔獣の一種とみなしたまま。

 当人として、友として、そして冒険者として、おそらく最小の勢力にできることは。

 思い悩み、言葉が詰まり。

 

「――というわけで、俺たちは全力でやつらに嫌がらせをするとしようか!!」

「えっ」

 

 それを笑い飛ばす勢いによって、奇しくも最善の行動に着手することとなるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 フリーデグント・アライダ・パーヴェルツィークは、セッテルンド大陸西方の北域に覇を唱える大国、パーヴェルツィーク王国の第一王女である。

 年の頃は少女と言って差し支えない若さであるが、沈着な立ち居振る舞い、明晰な思考、そして容貌の美しさは他国にも知れ渡る賢姫だった。

 だが、それらの評でさえ彼女を語り表すには足りない。

 なぜならフリーデグントは姫として讃えられる数々の他に、自ら外征へ赴く覇気すら備えているからだ。

 

「王女殿下にご報告申し上げます。イレブンフラッグスの築いた鉱床街がまた一つ我らの手に落ちましてございます」

「うむ、ごくろう」

 

 いま、フリーデグントが座すのは豪奢な城の玉座ではなく、飛竜戦艦二番艦<リンドヴルム>の艦橋である。

 戦闘艦として無駄を削ぎ落されたこの船の中でも数少ない広く、贅を凝らした作りになっているのはフリーデグントの存在あればこそであり、こうして前線へとその身を置くことがただの気まぐれではなく、飛竜戦艦設計の段階からの固い意志であることがうかがえる。

 

「騎士たちの様子はどうだ。けがなどないか?」

「はっ、ご心配には及びません。我が方の幻晶騎士、シュニアリーゼは損耗なくイレブンフラッグスの幻晶騎士を蹴散らしております。……むしろ、騎操士たちの慢心に注意が必要なほどかと」

「ふふっ、そうか。まさかそのような危惧が生じるとはな。強大過ぎるというのも考え物だ」

 

 そんなフリーデグントの表情も自然と綻ぶ。

 飛竜戦艦という名は大西域戦争において伝説となった最強兵器。それを手に入れられる、という言葉はあまりにも甘美で、しかしやすやすと信じられることではなく、乗るか否かは半ば以上賭けだった。

 が、フリーデグントはその賭けに勝った。

 だからこそ浮遊大陸の支配が順調に進んでいる。

 埋蔵された潤沢どころか底が見えない量のエーテライトはいくらでも採掘され、祖国に持って帰れば多数の飛空船にも、他国に売却しての富にもなるだろうと夢を膨らませ。

 

「いやあ、そう簡単ではなさそうですねぇ」

「……どういうことだ、コジャーソ卿?」

 

 ぺったらぺったらという気の抜ける足音とともに現れた男の言葉に、思考を現実へと引き戻された。

 ぼさぼさの髪、だらしなく着崩した衣装は飛竜戦艦建造の功により与えられたそれなりの位階を示すものだが、そこに頓着する様子はない。世俗に興味を持たず、空と空を行く船に全能を吸われた奇人というフリーデグントの中の第一印象を裏切らず、こういう話の時しか姿を見せない男。

 名をオラシオ・コジャーソ。

 大西域戦争のしばらくあとにパーヴェルツィークに姿を見せた、飛竜戦艦の生みの親である。

 

「我らの戦いに不安があると? 言っておくが、イレブンフラッグスの<ドニカナック>など、我らがシュニアリーゼの敵ではないぞ」

「えぇえぇ、それはまさしく。……多いんですよねえ、『黒騎士を凌駕する』とかいう触れ込みだけは立派なカカシ以下の幻晶騎士。こちらにお世話になる前にそこらをうろついている時分、あちこちで見ましたとも」

 

 その見識は確かである。

 人格にはとんでもない問題があるが、技術は破格。だからこそ、フリーデグントに率いられる天空騎士団(ルフトリッターオルデン)竜騎士長、グスタフ・バルテルは常に警戒を緩めない。

 利用価値は高く、しかし全く信用できない。裏切るとは思うわけではないが、忠義は全く期待できないという厄介な相手だった。

 

「では、何が問題なのだ?」

「イレブンフラッグスは船も幻晶騎士も程度が知れてますがねぇ。……どうやら、それ以外にも『なにか』いるみたいじゃあないですか、この大陸には」

「……先の戦闘で確認された、イレブンフラッグス以外のものと思しき船か」

「ええ、『火を吐いて飛ぶ速い船』だったとか。まるで、ヴィーヴィルのようですねぇ?」

 

 そんな男がギラリと目を光らせる。それだけの何かが、そこにはあるとでもいうのか。

 

「まさか、コジャーソ卿の作ったものであると?」

「いいえぇ、それはありません。私の技術を買っていただけたのは王女殿下ただ一人ですから。……ですがね。ヴィーヴィルにも竜闘騎にも使っているマギウスジェットスラスタ。アレ、私ではない誰かが最初に作ったものを、見よ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)う見まねで再現した(・・・・・・・・・)んですよ」

「……何?」

 

 その言葉、聞き捨てならない。

 それが事実であるとするならば、オラシオに匹敵する技術を持つ者がほかにもいるということになるのではないか。

 

「昔話になりますがね、『かの国』は大西域戦争の緒戦において連戦連勝、クシェペルカ王国すら滅ぼし、支配は時間の問題でありました。……が、そこで何者かがほとんど滅んでいたクシェペルカ王国に力添えをしたんですよ。飛空船を落とし、後に飛竜戦艦とすら真正面から戦った……鬼神がねぇ」

「…………」

 

 確かに、大西域戦争はジャロウデク王国の敗北という形に終わった。

 だからこそパーヴェルツィーク王国内にすらオラシオの技術に疑問を抱く者もいたが、リンドヴルムと竜闘騎の性能からしてその能力に嘘偽りがないことは証明された。

 

 だが、それはつまり。

 オラシオ・コジャーソの作り出す飛空船が、飛竜戦艦があってなお勝てなかったということ。

 ジャロウデク王国が無能でないことは序盤の勝利が証明している。

 

 なら、それを上回る何かが、あの戦の中で蠢いていたということに他ならず。

 

「……気を付けておこう。グスタフ、敵が何者か、しかと確かめよ」

「御意」

 

 フリーデグントの命に、グスタフも逆らうことはなかった。

 その言葉を鵜呑みにすることはできないが、荒唐無稽と切って捨てるには、飛竜戦艦の強さに対する信頼と、それすら滅ぼした者がいるという事実が邪魔をする。

 

「それでは、私は竜闘騎の面倒を見に行くとしますかねえ。……ああ、それと」

 

 そんな危惧を抱かせた当人はしかし飄々といつも通りに竜闘騎の整備に向かおうとし、しかし何かを思い出したように振り向いて。

 

 

「もしかしたら、火を吐いて飛ぶ『鳥』も出てくるかもしれません。そいつを見つけたら教えてください。――今度こそ、絶対ぶっ殺すので」

「う、うむ……?」

 

 なんか、今だかつて見たことないレベルの怨念を感じさせるオラシオであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 浮遊大陸の空に二隻の飛空船が飛ぶ。

 そのこと自体はいまの浮遊大陸においてさほど珍しくもない。

 片方が典型的な輸送船であることなど、ますますありふれている。

 

 だが、もう片方の船。船体から剣が突き出ているという趣味的なデザインな船はそう多くない。

 <剣角の鞘(ソードホーン)>号と名付けられたその船のデザインにまでねじ込むほどの剣への偏愛。それほど剣に入れ込む者は、セッテルンド大陸広しと言えども二人といない。

 

隊長(おかしら)、輸送船へ積み荷の引き渡し、完了しました」

「おう、そいじゃあ次行くかぁ」

 

 「収穫」の回収と交換で受け取る補給物資の詳細について、この隊を預かる男は興味を示さない。

 飛空船に剣をつけるというその偏執はアクセサリーのようにじゃらじゃらと身に着けた多数の剣からも明らかである。

 この男の名は<グスターボ・マルドネス>。

 ジャロウデク王国、最強の騎操士と呼んで異論はあるまい。

 クシェペルカ王国侵攻にも名を連ね、激戦を生き残り、その後の各国によるジャロウデク王国への侵略を食い止める激戦を渡り歩き、今はこうして浮遊大陸でイレブンフラッグスやパーヴェルツィーク領からふんだくったエーテライトで敗戦にあえぐ祖国に富をもたらす尽忠報国の士。

 ……というのはあくまで傍から見た場合の話。当人は徹頭徹尾戦闘狂であり、浮遊大陸におけるエーテライト入手も、自ら採掘することは一切なく、他国の鉱床街に乗り込んで奪って逃げるという通り魔同然の方法で得た物だった。

 

「しかし、さすがにそろそろ狙いやすいところが減ってきましたな。どこも警備が厳重になりつつあります」

「んとになぁ。パーヴェルツィークのやつら、例の飛竜ですっ飛んでくるようになりやがった。剣の届かない相手はやりづれぇったら」

 

 そんなグスターボの戦い以外にはほとんど割かれることのない思考を悩ませるのが、浮遊大陸最強戦力たる飛竜戦艦だった。

 さすがの狂剣とはいえ、剣が届かなければ力を発揮できない。

 だが、あれが「飛竜戦艦」である以上無視もできない。まず間違いなくあの中には自身の、そして亡き義父の顔見知りがいるはずだ。

 

 とはいえ、まさか真正面から乗り込んでいくわけにもいかない。どうしたものかと戦場以外では回らない頭をひねり。

 

「……ん?」

 

 艦橋に座すグスターボの視界がわずかにかげる。

 おかしなことではない。飛空船より高くに雲が流れることなど日常的にあることだ。

 だが。

 

 上げた視線のその先に見えたのは、雲にしてはやけに鋭い切っ先と速すぎる動き。

 つまり、船。

 そして大西域戦争当時に検討された飛空船の戦訓において上を取られることは避けるべきとされた死角であり。

 

 その船から投下されたと思しき別の影が、落ちて、近づき、さらにマギウスジェットスラスタのものと思しき火を噴いたとなれば。

 

「敵だ! 出るぜ!!」

「は、はい!?」

 

 もはや、一瞬の遅滞も許されない。席を飛び出し、船内を駆け、幻晶騎士を叩き起こしたところで船に振動が走る。やはり、敵だ。

 

 

「どこだ! どこにいやがんだ!?」

 

 甲板上に飛び出し、敵の姿を探す。

 油断できる余地は一つもない。

 なぜならここは空の上。飛空船である。

 飛空船が戦いを挑んでくるのならわからなくもないが、あの時見た影は幻晶騎士のものであった。グスターボがそれを見間違えるはずはない。

 

 飛空船に戦いを挑む幻晶騎士。

 大西域戦争を戦ったジャロウデク王国の騎操士にとって、その響きには嫌な覚えしかなかった。

 

 甲板に出はしたが、敵の姿は見えない。

 そんなバカな。さきほど船に響いた振動は間違いなく敵の幻晶騎士が降りたったことによるもので、幻晶騎士が立てる場所など剣角の鞘号には甲板しかない。

 間抜けにも滑り落ちたなどという可能性はなくもないが、まさかそんなことが横に影。

 

「じゃあぁぁ!!」

 

 剣、一閃。グスターボにとってそれは呼吸と変わらない。幻晶騎士においても同様に、一瞬の遅滞もなく振りぬかれた剣の軌跡に朱が散った。

 まさか血ではなく、それは火。魔法による攻撃だろうと判断。剣で裂けた。被害はない。

 その炎の向こうに影がゆらぐ。

 どう見ても足場のない甲板の向こうをふわりと滑るように横切り、甲板上に着地する。

 

 構えた剣越しに睨む、敵。

 色は蒼。典型的なウォーリアタイプではあるが、グスターボの記憶にあるどの機体にも当てはまらない。巨大な肩の装甲と平たい頭部は、たった一手のやり取りだけで二度と忘れられなくなるだろうという予感がある。

 武器は持たず、無手のままに剣角隊の船に降り立ちながら泰然としたその立ち姿から、グスターボは言いようのない圧を感じる。

 

 そしてついでに。

 そんな蒼い幻晶騎士の向こうを飛ぶ、鳥。

 アレには見覚えがある。

 

 ということは、つまり。

 どうやら懐かしい相手との、したくもない再会になるようだ。

 

「おいおいおい、挨拶もなしに俺っちの船に来るとはずいぶん気合入ってるじゃねぇかおい!?」

『ああ、確かに少々失礼でしたね。……こほん。ドーモ、黒の狂剣=サン』

『求められてるのはそういう挨拶じゃねーから』

 

 とぼけた物言いは、幻晶騎士からも周囲を旋回している鳥からも聞こえてきた。

 つまり、二対一。

 相手の数が多い程度のことで怯むようなグスターボではないが、どういうわけかこの2機を相手にするとなると勝ち筋が見えない。

 勝てる気がしない、負ける未来が思い浮かぶ、というのではない。なんかもう本当に訳が分からな過ぎて、どんな戦いになるのか全く想像がつかないというのが正しい。

 いずれにせよ、とても楽しくなりそうだった。

 

「へっ、まあ名乗れよ。俺っちはグスターボ・マルドネス。この幻晶騎士は<ブロークンソード>。言っておくが、俺っちが『剣』の使い手以外に名を聞くなんてのは珍しいんだぜ?」

『それは光栄ですね。僕の名前はエルネスティ・エチェバルリア。乗機は<トイボックスマーク2>。そしてあちらは僕の先輩のアグリ・ボトル先輩と<ガルダウィング>です。……まあ、さすがの僕でも<剣>は使えませんね、正式名称はリヴァイヴァスライバベル水撃スープジャイアントロコ金剛カイザーブラスター陽子ロケ』

『それはそもそも剣じゃないよ』

 

 あと、既にしてこの2機の幻晶騎士の騎操士の関係性とかなんかがわかった気がする。

 鳥に乗っている方、既に声がげっそりしてるし。

 

『ともあれ。浮遊大陸に遊びに来たはいいのですが迷ってしまいまして。道を教えていただきたいなと』

「……は、ははははは! いいぜ、教えてやるよ。……生きてたらなぁ!」

『それは怖い』

 

 それでもグスターボのすることは変わらない。

 これまでの人生において知りたいことは剣で問い、進むべき道は剣で切り開いてきた。

 だからたとえ相手が何であろうとも、この剣を振るった先にこそ、答えと未来があるはずだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 浮遊大陸に到着してしばし。

 拠点としている船、クシェペルカ王国にて銀鳳騎士団由来の技術も駆使して建造された銀の鯨(ジルバヴェール)二世号は、エルくんの手も加わって最新最速重武装という恐ろしい船となっているため生活と探索に支障はない。

 とはいえ浮遊大陸は思いのほか広く、どこかにいるはずのエムリス殿下たちを探すにしても、情報なしのしらみつぶしというのはさすがに難しそうだ、と分かってきたのがここ数日。

 

 そんなわけでなんとかいい手はないものか、と考えていたところで見つけたのが、俺たちよろしくほぼ単独で飛んでいる見慣れない形の飛空船だった。

 どう考えても他国の船で、なおかつ船体から剣が生えているというデザイン。あの船に乗っているのはエルくん並みに頭のおかしい手合いに違いないと気付いた俺は是非とも避けたかったのだが、変態は惹かれあうという法則にしたがい、エルくんが直接乗り込んでの「お話」をすると言い出した。

 そうなると、一応の護衛というか万が一に備えてついていくのは、ガルダウィングを持ってこさせられた俺の役目となり、こうして殴り込みに来ることに相成るわけだった。

 

『さあ行きますよ……<烈炎之拳(バーンナッコォ)>!』

烈炎之手(バーニングフィスト)って名前じゃなかったっけそれ」

 

 初手を取ったのはエルくん。

 相手の武器が剣と見て、その射程外から手始めに法撃をぶっ放した。

 ただし法撃は拳から出るんだけど。

 トイボックスマーク2、特徴は一切の武装らしき武装を持たず、内蔵された魔法を主として戦うことだ。

 イカルガを持ち込めず、カルディトーレベースの改造機なのでエーテルリアクタも通常仕様のものを1機しか積んでいないため、装備にまで強化魔法を回すのは効率が悪く、ならば幻晶騎士自身が武器になればいいというエルくん理論が炸裂した機体なのでありましたとさ。

 実際、その異常さはとびきりの初見殺しとして機能する。

 相手が黒の狂剣と呼ばれる、エドガーでも苦戦したあの騎操士でなければ多分既に立ってはいられなかっただろう。

 さすがの腕と勘が働いたらしくトイボックスの放った炎を切り払って迫る、黒い剣だらけの幻晶騎士。正直、エルくんにアレだけ近づくことができるというだけでも十分すぎるくらいに驚きだった。

 

 そこからの戦いは脅威的の一言に尽きた。

 まず土俵となっているのが高空の風吹きすさび、時には揺れる飛空船の甲板上。

 エルくんのトイボックスはまだしも、狂剣さんの方は一歩踏み外せば落ちるというのに踏み込みに一切の躊躇いがない。

 通常の機体ならバックウェポンとして法撃用の杖を装備するところにさえ剣を携えている以上、戦闘距離は近接オンリー。

 マギウスジェットスラスタも駆使して空中すら飛び回るエルくんを相手にしているとは思えないほどの立ち回りと互角の戦いを見せている。

 

 しかも何より恐ろしいのは、そうしてエルくんと戦っている中で俺の方へ意識を向ける気配が全くないこと。

 そんな余裕がないというのもあるだろうけど、アレは違う。エルくんとの付き合いの中で育まれた俺の中の変態センサーがそうではないと言っている。

 「エルくんほどの相手なら、数の有利に任せて勝利を拾うなんて無粋なことをするはずがない」という変態シンパシーにより、目の前の戦いを楽しんでいるだけだ。

 

 エルくんが繰り出す執月之手によるオールレンジ攻撃、そうして引き込んだ至近距離から放つ高威力衝撃波<ブラストリバーサ>。その全てをギリギリながら回避しきるなんてこと、卓越した戦闘技能に加えて天性の勝負勘がなければ不可能なことだ。

 

 イカルガを駆使する本気のエルくんなら、通常の幻晶騎士の3倍以上の手数を誇る。

 トイボックスマーク2は機体とエーテルリアクタの制限からそこまでの力は発揮しきれないが、それでも凡百の騎操士なら束になったところで敵う相手ではない。

 そんなエルくんと、互角。

 殺意が鋭く一撃一撃が重いとはいえ、剣のみを使う狂剣さんと、初見殺しの数々を見切られているエルくん。あるいは戦いが長引けば、エルくんの手が尽きるほうが早いかもしれないとさえ思える、恐ろしすぎる戦いだった。

 ……巻き込まれないでよかったー。あんなところに放り込まれたら、俺は間違いなく死んでるね、うん。

 

 

『……おい、エルネスティっつったな? そろそろやめにすんぞ』

『おや、つまり降伏していただけると?』

 

 そんな風に意味が分からず、でも当人たちはどこか通じ合うものがありそうな戦いだったせいか、終わりは唐突だった。

 てーか、まさか普通にひと段落ついたときを見計らって飽きたとばかりに剣を下ろすとか想定外なんですけど!

 

『ンなわけねぇだろ! でもな、場所も悪いし俺っちにも立場ってもんがあるんだよ。めんどくさくてしょうがねえけどな。……オラ、そこの鳥も降りてこい。話をしてやんよ。――お前らが知りたがってる話をな』

 

 だが、思った以上に強かな人らしい。

 笑いを含んだ声からうかがえるのは、決してハッタリではなくこちらの求める情報を握っている、と思わせるもの。

 そのまま操縦席を開いて顔を出すというあの行動、騎操士にとっては戦闘の意志がないことを何より雄弁に示すもの。少なくとも、戦いを終えるという言葉には嘘がない。

 

『……わかりました。とりあえずお話を聞いてから判断しましょうか。先輩も来てくれますか?』

「…………はーい」

 

 うわーこわーい。

 エルくんはさっそく操縦席から出て行ってるけど、そこ敵地同然だからね? 幻晶騎士壊さなかったからセーフとか、それエルくんの中でしか通じないローカルルールだからね!?

 

 とは思っても団長様には逆らえないし、逃げようとしたらそれこそ狂剣さんに殺される気がする。

 仕方なしに飛空船の軌道と速度に合わせて着艦して、俺も船の上へと降り立つ。

 

 エルくんは既に狂剣さんとの対面をしている。

 呆れるほどの身長差。風に吹かれる銀髪を押さえるエルくんと、全身をコーディネートする無数の剣をちゃりちゃり言わせている黒装束の狂剣さん。シュールな絵面だ。

 

「かーっ! なんだよこのちんちくりん! 俺っちはこんなのとあんな戦いしてたってのかよ!?」

「む、失礼な。騎操士と馬の騎手は小柄な方がいいんですよ」

「それ幻晶騎士ちゃう、レイバーや」

 

 そしてエルくんはさっそくボケ倒している。

 だからそういう通じない系のネタはやめなさいと普段から言っとるでしょーが。

 

「おっ、おめーが鳥の方の騎操士か。……ふーん、まあまあやるみたいじゃねえか」

「いや、そんなことはないと思いますよ? 普通です普通。農業以外は」

「お、おう……?」

 

 

◇◆◇

 

 

「ま、茶でも飲みながら話そうや。くれてやる情報は2つ。最初はこの島。エーテライトの塊みたいなもんだぜ。少し掘ればざくざく湧いて出やがる。そりゃあ業突く張り共が集るってもんよ。……あともう一つは、案山子(クシェペルカ)野郎どもの居場所だ」

 

 増援に来たグスターボさんの部下の人たちは、戦いは終わったのだからと叱りつけられてお茶の準備をさせられていた。

 甲板上にテーブルと椅子が用意され、茶器が並べられ、空の上のティータイムである。

 参加者は男3人。俺と、エルくんと、グスターボさん。なんだこの状況。

 

「それは興味深くかつ助かるお話ですね。交渉成立です」

 

 素早いので適当に見えるが、割と丁寧な手つきで入れられたお茶を、グスターボさんがまず呷る。

 そして情報が取引に値するものだと認めたエルくんも続いて口をつけ、こくんと飲む。

 エルくんは団長なんだから、こういうときはせめて俺に先に毒見させて欲しいなあと思いながら俺も続く。うん、割とおいしい。

 

「お前ら……先に俺っちが口付けたとはいえ、躊躇いってものがねえのかよ」

「あなたは他ならぬ狂剣の方ですから。まさか毒の方が得意なんてことはないでしょう?」

「はっ、ありえねー。俺っちの前でそんなことするヤツがいたら斬るな。そっちのお前は。上司の付き合いか?」

「まあそれもありますけど、農民生活で鍛えた胃には生半可な毒なんて効きませんので」

「いや、その理屈はおかしいだろ」

 

 そんなー。

 いやまあ確かに、ユシッダ村で珍味とされていた魔獣の卵巣のヌカ漬けの材料になってた魔獣、ライヒアラにいたときは全身毒だから絶対に食べちゃダメって言われてたけど。

 村でも1年半塩漬けにしてその後さらに1年半ヌカ漬けにし終わるまで食べちゃダメって言われてたけど。

 ちなみに余談だが「ヌカ漬け」とは米ぬかから作るぬか床につけた物ではなく、「ヌカ」と呼ばれるペースト状のナニカだ。俺はまだ製法を教えてもらっていない。夜中に見ると青白く光ってることがあったけど、イッタイナンナンダロウネー。

 

「ったくよー、おめーらのせいでうちの国はド貧乏してんの。ダルボーザだって安っちいのなんの」

「なるほど、だからお宝を求めて浮遊大陸に、と。大変ですねえ」

「んっとになー。まあ、俺らは人手も足りねえから他の奴らが掘ったエーテライトを頂戴してるんだがよ」

「掘り甲斐のありそうな土地ではありますけどね。エーテル濃度が濃いとはいえ、植物が根付いてるてことは、地上の作物は無理でも一から研究すれば農地を作れそうな気はするんですけど……」

「……え、おめーらそういう目的なのかよ? 掘っても掘ってもエーテライトしか出ないらしいぜ?」

「それは残念です。もっと面白いものが埋まっていたらいいんですけど」

「そんな風に思ってるのはおめーくらいだろうよ。じゃあ、何が埋まってたらおもしれーんだ?」

「幻晶騎士ですね。文明成立以前の、失われた機体とかあってくれると嬉しいんですが! それを普及させれば文明が荒廃したりそのあとを傭兵たちが闊歩するようになっても平気ですよ!」

「お、おう……?」

「落ち着けエルくん。大陸のどこ見てもタワー生えてないからそういうのは出てこないよ」

「ちぇー」

 

 ともあれ、エムリス殿下たちがいるだろう方角へ連れて行ってもらいながら、グスターボさんの船の上でお茶を飲みながら雑談に興じる俺たちでありましたとさ。

 

 さて、浮遊大陸まで来た目的の達成まではあとちょっと。

 このまま割と平和に済んでくれるといいんだけど。

 

 

◇◆◇

 

 この時代は大陸全土を巻き込んだ動乱の渦中にある。

 そのため後の世に語られる事件、活躍、出来事が数限りなく起きていた。

 この日、浮遊大陸の上で行われたエルネスティ・エチェバルリア、アグリ・ボトル、グスターボ・マルドネスというある種の天才たちの会談もまたその一つである。

 戦いを経て、しかし終始和やかに繰り広げられたという茶会。

 

 これこそ、後の世に「狂人、狂剣、農狂による三狂会談」として知られるエピソードであることを、当人たちは知る由もないのであったとさ。

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