俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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若旦那! 空からエルくんが降ってきた! だから敵さん逃げて!!!

 空の上のお茶会は、男三人というむさくるしさと礼儀無用の気楽さで、おそらくエムリス殿下たちがいるだろう方角へ向かいながら呑気にお茶の香りを楽しむ時間となった。

 

「――新参の傭兵が、あのマザーウィルを?」

「そういうお茶会じゃねぇよエルくん」

「わりぃ、おめーらの言ってることが何一つわかんねーぜ」

 

 エルくんが唐突にこんなことを言い出したりするくらいには、ちょっと楽しいひと時。

 なんだかんだで和やかにしていられたのだが……長くは続かなかった。

 

「おや、見覚えのある船が。お仲間ですか?」

「それはこの前のやつでな、アレはちげーんだわ。……おめーらも逃げろ。容赦ねーぜ、あいつら」

「あらら、それは大変。エルくん、もうお暇しないと」

 

 空の彼方、姿を見せた異様な飛空船。

 もはや懐かしい気さえするけど、アレとひと悶着あったのはほんの2年くらい前なんだよな、と思いつつ自機へと走る俺とエルくん。

 飛空船にしては巨大で、近づくにつれ明らかになる無駄に長い首と竜を模した頭。

 ヴィーヴィルじゃないですかやだー。

 

「エルネスティ! クシェペルカのやつらは向こうにいやがる。あとはてめーらで探しな!」

「はい、ご丁寧にどうも。そちらもお気をつけて。できれば二度と会いたくないですが」

「そいつぁどうだかなあ。おめーらがこの島で暴れてたら、また出くわすかもしんねーぜ?」

 

 最後に交わした言葉もこんな感じ。至極あっさりとしたものなのは、俺たち全員がそういう人の世の事情に対してさっぱりしすぎているからか。

 いかにも狂剣の人らしいなあと思いつつ、俺とエルくんは船から離陸する。上空のジルバヴェールまではさして距離もない。すぐに着艦し、情報を伝えて、この空域を離脱しないと。

 

 巨体の割に普通の飛空船以上の速度で近づいてくる新型ヴィーヴィルと、なんかその横腹から続々出てくる小型機の様子からして、一筋縄じゃいかないんだろうなあとは思うけども。

 

 

「へぇ。マザーウィルではなくカブラカンの方でしたか。うーん、ああいうのが相手だとさすがに逃げづらそうですね。……なので先輩、ちょっと蹴散らしてきてください!」

「えっ」

 

 なお、特に一筋縄じゃいかない厄介ごとを持ち込んでくるのがエルくんなのは言うまでもありません。

 

 

◇◆◇

 

 

「なんだ、あの飛空船は……!? イレブンフラッグスのものではないぞ!」

「狂剣とともにいたから只者ではなかろうと思っていたが……なんなのだ一体!?」

 

 パーヴェルツィークは、浮遊大陸を騒がす黒の狂剣を明確な敵とみなしている。

 故に、狙うならば最優先が剣が生えた奇妙な船。足の速さは知れ渡っているので、竜闘騎にて追いたてる。

 そして、なぜか近くにいた船もまた狂剣の一味としてとりあえず討つべき相手である。

 これまた普通の飛空船とは異なるシルエットをしてはいるが、傍らにいたのは剣が生えた変態。それと比べれば十分過ぎるほどに標準的。

 

 そう思ってしまったことが、パーヴェルツィークの騎操士たちの不幸である。

 変態の世界においても、上には上がいるのだ。

 

 

 狂剣の傍らにいた船は、まず何よりも速かった。

 推進力を帆と風に頼らずマギウスジェットスラスタによって進むという、飛竜戦艦や竜闘騎と同じ方式を採用し、艦の防衛を担うウィザードスタイルの幻晶騎士の火力、各砲座をカバーする配置も絶妙で、全方位に隙が無いことに驚愕を禁じ得ない。

 とはいえ、その程度で怯むようなパーヴェルツィーク騎操士ではない。

 速い、とはいえあくまで飛空船としてのもの。最高速でいえば竜闘騎の方が間違いなく勝る。決して逃がさず、足止めをしておけばあとは飛竜戦艦の餌食となる。むしろ有利は我らにあり。

 そう信じて疑っていなかった。

 

「なんだ、影……?」

 

 一機の竜闘騎が、不自然な視界の陰りに気付くまでは。

 

 雲でもかかったのだろう、と注意をしなかった。

 敵前で意識を逸らすなどという愚行はあり得ない。

 それが対飛空船戦闘における基本中の基本であり。

 

『うーん、上ががら空き』

「なっ……、うおおお!?」

 

 突如上空から飛来した法撃によって機体をズタズタにされるなどという、本来想定する必要のない脅威に襲われることとなる。

 

 竜闘騎隊に広がるざわめき。

 突如味方の一機が上から撃たれ、その直後に法撃を追うようにして落ちてくる何かがあった。

 そう見えたのは一瞬。思わず目で追ったその「何か」が翼を翻しすぐにまた高度を上げたのを見るに至り、それが敵なのだという事実を驚愕とともに受け止めた。

 

「バカな……エーテリックレビテータであれほどの高度変化を!?」

「鳥……いや、あれも幻晶騎士だ! 魔獣ではないぞ!」

 

 竜闘騎たちは飛空船への攻撃を中止し、即座に散開。敵の数は一機と見て、包囲しての攻撃へと即座に切り替えた。

 その迅速さたるや正しく精鋭と呼ぶにふさわしく、相手がただの飛空船であればひとたまりもなく撃破されていただろう。

 

 だが悲しいかな、相手は世界最強の騎操士に空中戦でも追い回されることのある農民であり。

 

「なっ、また高度を変え……!? うわあああ!」

「いつのまに後ろに!? ……振り切れない! 被弾した! 被弾した!」

「なんだこいつ、こちらの動きを全て把握しているとでもいうのか!?」

 

 それに比べれば、上下方向の移動が制限される竜闘騎を相手に攪乱して時間を稼ぐ程度であればなんとかなるのだから性質が悪かった。

 

「やっべー、この人ら精鋭すぎる。銀鳳騎士団の飛翔騎士たちと訓練してなかったら即死だった……」

 

 なお、当人は割と死にそうだった模様。

 

 

「あ、ああー! 鳥っ、鳥ィ! ここで会ったが百年目! ぶっ殺しますよ今度こそ!!」

 

 ついでに、こんなことを叫ぶ天才が飛竜戦艦の中にもいたのだが、その無駄に暑苦しい思いは届かないのであったとさ。

 

 

 結論から言って、パーヴェルツィークはこの奇妙な船を落とすことができなかった。

 飛竜戦艦による大威力法撃、竜炎撃咆(インシニレイトフレイム)による必殺を期したが、<クシェペルカの魔槍>と恐れられる飛ぶ槍を目くらましに、マギウスジェットスラスタを用いた予想外の速度にて逃げ切りを許すこととなる。

 

 

「……申し訳ありません、王女殿下。狂剣と、もう一隻。いずれも航続距離の問題で追い続けることができず、逃がす結果となりましてございます」

 

 この一戦が終わった後、グスタフは屈辱に苛まれながらフリーデグントへと報告した。

 浮遊大陸に来てより最強を自負していたリンドヴルムと竜騎士隊を投入してなお目的を果たせない。「完敗」の二字が重く重くのしかかる。

 王女の座す飛竜戦艦には、許されざる失態であった。

 

「よい、グスタフ。……むしろ奇貨と見るべきだろう。我らとて、飛竜とて決して無敵ではない。このまま勝利を重ね、慢心を肥大させていればいずれ首すら落とされていたやもしれぬ」

「殿下……」

 

 その敗北を誰より深く理解していたのが、他ならぬフリーデグントであった。

 飛竜戦艦にて勝利しか見てこなかったからこそ、それを当たり前だと思い込みかけていたことを自覚する。

 だが決してそうではない。それを知ったからには、考え、変わらなければならない。

 戦い方を、進み方を。

 何を敵とし、また味方とするか。

 最大の力とは最強の戦力ではなく、いかにして勝負の舞台を整えるかということを、武人ではなく王族ならばこそ、フリーデグントは知っている。

 

「ハルピュイア、と言ったか。浮遊大陸に住む話の分かる者たちと会談の場を設けよ。……まずは、知らねばな」

 

 

 この時をもって、浮遊大陸最大戦力を誇るパーヴェルツィーク王国は戦略を転換する。

 エルネスティを受け入れ、情報を与え、浮遊大陸の騒乱をこそ望んだグスターボの願ったままに。

 

 

◇◆◇

 

 

 住めば都、という言葉がある。

 人という生き物は繊細なようでいてなかなかにしぶとく、どのようなところでもなんだかんだと生きていけるものだ。

 それが、たとえ魔獣ひしめく浮遊大陸の中、森を切り開き自ら住居を建てなければならないような場所であったとしても。

 

 シュメフリーク王国、ハルピュイア、そしてクシェペルカ王国と見せかけたフレメヴィーラの各陣営の者たちによる寄り合い所帯。

 木の上には元からのハルピュイアの住居が、そして地上には新たに建てられた人間用の家々。

 成り行きによるものとはいえ作り上げられたこの集落は徐々に形を成し、機能をし始めている。

 空にはグリフォンとハルピュイアと飛空船が飛び交い、地上には人が生活を営み、ハルピュイアともじわじわと交流が生まれつつある。

 

「あーっ、キッドみつけたー!」

 

 なお、その交流の最先端を行くのはアーキッド・オルターである。

 今日も突如空から飛来したエージロに抱き着かれ、肩車の体勢になっている。

 これはここ最近よくある事なので、誰もが生暖かく見守り助けようとしない。

 ついでにクシェペルカ系の人々はその視線に少々複雑な感情が混じってもいるのだが、どうせ困ることになるのはキッドだし、かわいい子たちを侍らせやがってという感情も根強くあるのでやっぱり助けは入らなかった。

 

「……エージロ、そういうのは控えるように言ったでしょう」

「えー、なんでー? あ、ホーガラも乗る? キッドなら二人くらい平気だよ?」

「平気じゃねーよそしてそういう話じゃねーよ」

 

 エージロがかわいい系だとするならきれい系なホーガラも交えたこのようなやり取りは、既にして名物扱いをされつつある。

 ハルピュイアの村は平和である。

 

 

 今日この日、空からの脅威が来るまでは。

 

「船影確認! 数は……1!」

「航行予定にない船だな……警戒を続けろ。発光信号! 地上に伝えろ!」

 

 最初に気付いたのは周辺警戒に当たっていたシュメフリークの哨戒船。その行動にはよどみなく、速やかに地上と周辺の船へと情報が伝えられる。

 この時この場には黄金の鬣号も、そこに搭載されている幻晶騎士もいる。彼らのその行動は発見された船が敵のものであったとしても十分迎撃しうるものだった。

 

「なっ、速い!? もう接近してきたぞ! 所属不明! 繰り返す! 所属不明船が高速で接近!」

 

 だが何事も例外は存在する。

 帆を広げていないのに速い船など黄金の鬣号のような例外程度しかないと思っていたシュメフリーク軍に、まさしくその例外がさらにあると予想するのは難しいことであり。

 

「いかん、陣形が間に合わん……突破されるぞ!」

 

 全ては遅きに失した。

 空に響く爆炎の音が村に響き、誰もが弾かれたように空を見上げる。

 長く炎を従えながら空を裂く一隻の飛空船。それはこれまで構築した防衛のための試みの全てが動く暇すら与えられなかったということで、誰もが呆気にとられることしかできない。

 件の船は村の上空を横切りこそしたもののそれだけで、攻撃の類すらなく姿を消し。

 

 しかしその通り過ぎた後に、なぜか残る黒点が2つ。

 だんだんと大きくなる。

 

「……何か残ってる! 降りてくるぞ!」

「え、ええ!?」

 

 反応が一番速かったのはキッドだった。

 エージロを肩に乗せたまま黄金の鬣号へ向かって走る。

 何がどう転ぶにせよ、幻晶騎士は必要だと。

 もしあれが敵だとしたらすぐにも動かなければならないと。

 

 キッドの中でとても懐かしい勘が叫ぶ。

 ああいう無茶苦茶なものは、大概とんでもなくヤバい。

 

 2つの影は近づくにつれ形が判別できるようになってくる。

 一つは大きく、「四肢」を広げ。

 もう片方は十字に似た影の形で、円を描くように軌道を変えた。

 そしてどちらもマギウスジェットスラスタの炎を吐いて片方は減速し、片方は弧を描いて滑らかに着陸をし。

 

「若旦那! 空から幻晶騎士が落ちてきた!」

「……いかん、ものすごくイヤな予感がしてきたぞ」

 

 そういうことをするのに心当たりあるなあ、と思いながら見慣れない幻晶騎士と、見慣れた幻晶騎士ではありえない鳥を背負った獅子を見て、エムリスを筆頭にフレメヴィーラ王国出身者は冷や汗を垂らした。

 

『突然ですがお邪魔します! そちらの船はクシェペルカ王室所有の<黄金の鬣>号ということでよろしいでしょうか!』

『すみませんいきなりすみません敵意はないんです本当なんです信じてください!』

 

 

「エルネスティ!? あと先輩も!?」

 

 

◇◆◇

 

 

「いやあ、若旦那がお元気そうで何よりです」

「そういうお前は相変わらず無茶苦茶だな、銀の長。……なんだあの巨人は?」

「ボキューズ大森海の奥へ3ヶ月ほど飛んで行った先で会った巨人族です。あと、現地には他に人間もいましたよ。大森伐遠征軍の生き残りの末裔ですね」

「……アレだな、全部終わってから聞くことにしよう。すさまじい頭痛に襲われる気がする」

 

 マジで違うんですよ。村のど真ん中に強行着陸する気なんかなくて、<黄金の鬣>号がいるってことはエムリス殿下たちがいるよねということで近づいてみたらなんかそれ以外の船やらキッドくんたち曰くハルピュイアの人たちもいて、いまさら止まるのも危ないからと防衛線を突っ切ってとにかく最速で俺たちだということを伝えようとしただけなんです。

 ……エルくんは、迎撃されたらそれはそれで楽しそうとか思ってた気がしないでもないけど。

 

「キッドくんも元気そうだね。……元気そうだねぇ」

「待ってくれ先輩、なんでエージロとホーガラを見てそんな生暖かい目になるんだ。……違うからな!?」

「ふっふっふ、大丈夫よキッド。ヘレナちゃんにはキッドが『元気だった』ってちゃーんと伝えておいてあげるからうふふふふふふ」

「アディ!? 何を伝えるつもりだアディ!? お、俺はなにもやましいことなんてないからな!」

「キッドくん……それエレオノーラ様の前でも同じこと言えんの?」

 

 ともあれ、多少強引ながら会話が成立するようになったのは僥倖だった。

 エムリス殿下もキッドくんも元気で、この浮遊大陸に拠点を築くまでになって、浮遊大陸の人というより巨人族みたいな意思疎通可能な魔獣であるハルピュイアの人たち、そしてなんか西方にある国の一つ、シュメフリーク王国の人たちと連合を組んでいるっぽい。

 ……どういう寄り合い所帯なんだろう。いやまあ、銀鳳騎士団がそもそも似たようなもんだけど。

 

 さて、そんなこんなで情報交換。

 俺たちはそもそもエムリス殿下たちをクシェペルカ王国へ連れ帰るために来たわけであるが、ここへの道中で見かけた狂剣ことグスターボさんと飛竜戦艦、そしてそれ以外にも勢力がいるらしいという話。

 今すぐエムリス殿下をクシェペルカ王国並びにその先のフレメヴィーラ王国へ連れて帰れば万事解決、とは行かない状態っぽい。

 

 

「……地の趾というのは、なんだ。みな『ああ』なのか?」

「すみません、アレってあなたたちが地の趾って呼ぶ俺たち人間の中でも多分トップクラスにアレな子なんです」

 

 キリッとしていて、その実地味にキッドくんのそばを離れないホーガラさんというハルピュイアの人が、ニコニコしたままエムリス殿下を逃がさないよう小さい手でしかしがっつり掴んで離さないエルくんを見て困惑している。

 その気持ち、わかります。多分エルくんを見た全人類がそう思ってるでしょうから。

 

 

 

「……まあ、こんなところか。まさか空飛ぶ大地のほとんど全てがエーテライトとはな。時代が時代だ。どんな財宝にも勝る、空飛ぶ火種となりかねん」

「それを求めて複数の国が進出してきて、既に鉱床街を作って取り合っている、と。しかも新型の飛竜戦艦まで。……面白いことになってきましたね!」

「エルくん、少しは本音を隠す努力をして」

 

 シュメフリーク軍のまとめ役だというグラシアノ・エリスゴさんと、ハルピュイアの中でも指導者的立場らしい<風切>のスオージロさん同席のもと、浮遊大陸についての話を聞かせてもらう。

 グスターボさんから聞いた話やここまでに俺たちが見てきたものも合わせて考えると、この浮遊大陸はとんでもなく熱いことになっているらしい。

 領土争いどころじゃない。仮に浮遊大陸を独占する国が出た場合、今後のエーテライト市場にとんでもないシェアを確保することになるだろうし、飛空船の研究開発運用、あらゆる面で他国に対して絶対的な優位に立てる。

 下手すると、この浮遊大陸を狙って今度こそ西方諸国全てがぶつかり合う世界大戦が勃発なんてことすらあり得る。それだけの価値を、秘めている。

 

 控えめに言って、ヤバい。

 ……何がヤバいって、そんな戦場にエルくんが迷い込んでるんですよ。とんでもないことになるわー。

 

 ともあれ、これにて状況は大体わかった。

 あとはどういう判断をし、行動するかだ。

 

「さて、どうしたものでしょう。僕たちがここへ来た理由は、エムリス殿下をクシェペルカ王国まで連れ帰るためなのですが」

「ギクッ!? ま、まあ待て銀鳳の。お前の言うこともわからんではないが、今ここを放っておくわけにもいかんだろう? ……事情が事情だ、国許へ窺いを立ててみるのがいいだろう。その間は、こちらで適宜動くとかそういう、な?」

「……なるほど、確かにそれも良いですね。エムリス殿下もしっかりと確保しておけばいいでしょうし」

「だろう? はっはっはっはっは」

「そうですねえ。ふふふふふふ」

 

 ……まあ、エルくんがエルくんである以上、程度や相手を誰にするかという問題はあれ「暴れる」という点は変わらないんですけどね!

 

「ねー、キッド。なにあれ」

「……悪だくみ、かな」

 

 

 さて、ここらで話を整理しよう。

 前提として、浮遊大陸はエーテライトの塊であり、飛空船の建造ラッシュにあるセッテルンド大陸の諸国においてその重要性は計り知れない。

 既にして複数国家が鉱床を押さえて採掘を始めていて、武力による鉱床の取り合いも始まった。

 それだけならまだしも、この地にはボキューズ大森海の巨人族のように意思疎通可能な人型っぽい魔獣、ハルピュイアの人たちが暮らしている。

 知能が高く、コミュニケーションが可能で、グリフォンと合わさったときの戦闘能力は十分に高い。

 そして、キッドくんたちと既に交流を持ってもいるわけで無碍にしたくはない。

 

 さあどうしよう。

 

「どうしようもないですね。人間側の各勢力と交渉しようにも、チャンネルもなければ手札もありません。ひとまず、できることをできるだけやっていくしかないのでは」

「そうなるな。当座はイレブンフラッグスとパーヴェルツィークへの嫌がらせとハルピュイアの里への顔つなぎか」

 

 まあ、結局のところ行き当たりばったりですよね!

 相手は話の通じる人間ではあるものの、先立つものがなければそもそも相手にされないことは疑いの余地がない。

 そんなわけで、まずは先立つものを手に入れる。地道にやっていくしかないですね。

 

「では、ノーラさん。ジルバヴェール2世を預けますので情報収集をお願いできますか?」

「お任せください。この地の勢力図を描いてごらんに入れます」

「あ、じゃあ俺の機体も持っていきます? グランレオンもガルダウィングもカルディヘッドも全部使ってくれていいですよ!」

「いえ、自前のものがありますので。アグリさんはエルネスティ閣下のお力になってさしあげてくださいね」

 

 ちくしょう、ここらで幻晶騎士沙汰は人任せにしようと思ったのに!

 ノーラさん、その辺大体わかってますよとばかりににっこりと笑ってますよもー!

 

 

「それでは、よろしく頼むぞ地の趾、そして巨大なる者よ」

「うむ、ハルピュイアのこともしかと百眼のお目にかけるため、互いのことを知りあいたく思う」

 

 パールちゃんとハルピュイアの風切さんもなんか普通に仲良くなってるし!

 味方がいねえなおい!

 

 

◇◆◇

 

 

 浮遊大陸は、広い。

 飛空船からなる船団をもってしてもいまだその全容を把握しきれないだけの広さと起伏を有する。イレブンフラッグスとパーヴェルツィークが擁する鉱床街も、第一に目指すのはエーテライトの採掘であるため各地に点在する拠点でしかなく、面としての制圧はできていない。

 

 結果、まだ見ぬ景色が多数存在する。

 延々と広がる森、エーテライトの輝く樹木、雲に覆われた峻嶮な山。

 

 しかしいざ覚悟を決めればそれらを飛び越えていけるのもまた飛空船の力。

 竜騎士長より命を受けた右近衛(リヒティゲライエンフォルゲ)は右近衛長<イグナーツ・アウエンミュラー>を筆頭に、旗艦たる<輝ける勝利(グランツェンダージーク)号>にて空を行き、森を越え、山をも眼下に飛び。

 

「……バカな、ありえるのか、あんなものが!?」

 

 そこで、見た。

 山に囲まれた盆地。大まかに把握している浮遊大陸の形からして、まさにその中央たるこの場。

 そこに、不自然なほど高く、地面から生える巨大な柱のようなもの。

 人工物のわけがない。ならば巨大な岩かといえば、それもまた異なる。

 

 風が吹いた。

 山をうっすらと隠していた雲が最後の一欠片まで散らされる。

 全貌が明らかになったそれは天へと尖る巨大さで、うっすらと「虹色の光を纏う」もの。

 

 その全てが、巨大なエーテライトの結晶であること、疑いの余地がない。

 

 

「閣下……こ、これは……」

「ああ、わかっている。遥か海の果ての空に浮かぶ島まで来た意味があったというものだな。アレだけの量のエーテライト、飛竜戦艦を100隻、1000隻飛ばしてなお余るだろうよ」

 

 騎士たちの声も震える。

 それもそうだろう。エーテライトはいま、セッテルンド大陸において最重要戦略資源。

 その保有量はそのまま運用可能な飛空船の数に直結し、飛空船の数の差はそのまま戦力の差になること、大西域戦争以来の常識だ。

 そこに来て、この巨大なエーテライト塊。

 ならばこの地を制する者は世界を制すると言っても過言ではないだろう。

 

 そう、正しくここは世界の中心、覇王の玉座。

 ハルピュイアとの融和政策に方針転換したパーヴェルツィークが、庇護下に置いたハルピュイアから聞いた「禁じの地」。

 その情報を元に辿り着いたこの地が、ただ来る者を待つだけの場であるなどということはありえず。

 

 

「――敵襲! 地上から魔獣接近!」

「ふっ、やはり一筋縄ではいかんか。竜騎士たちよ、勝ち取るぞ!」

「御意!」

 

 パーヴェルツィーク軍は、この地で異形と相対することとなる。

 複数の生物の特徴を掛け合わせた混成獣(キュマイラ)

 異常な姿と尋常ならざる頑健さをもって精鋭たる右近衛をすら苦戦させる強力な魔獣であり、生命を冒涜してすらいるようなそれらを従える者がいる。

 

『――去れ、人よ。我は<竜の王>。この大地の支配者なり』

 

 浮遊大陸をめぐる戦いには、参戦する者が多くいる。

 元より住まうハルピュイア。

 新たに進出してきたイレブンフラッグス、パーヴェルツィーク。

 それらの狭間で利を狙う狂剣。

 ハルピュイアたちと共存の道を目指すシュメフリークと、ほぼほぼエムリスの独断で動いているクシェペルカ・フレメヴィーラ陣営。

 

 そして、もう一つ。

 魔獣を従え、覇を唱える者。

 

 異形にして巨大、強力にして無慈悲。

 竜の王もまた、盤の上に姿を現した。

 

 雲の流れに覆われて隔絶された浮遊大陸は、いままさに嵐のごとき騒乱に見舞われようとしている。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、近隣のハルピュイアの集落にご挨拶に行くことになったわけですから、お土産が必要ですよね。幻晶騎士でいいでしょうか。こう、リボンで飾って」

「ハルピュイアの人たちだと操縦できないから別のにしようね、エルくん。……浮遊大陸でも普通に野菜が育つなら、苗とかおみやげにできたのになあ」

「それが嬉しいお土産になるのはエルくらいだろ。先輩も、その辺ちゃんとわかってるよな……? てーか先輩も相変わらずだなオイ」

 

 なお、その嵐のド真ん中にいるのがエルネスティ・エチェバルリアなのは大体いつものことであり、エルにいつも引き回される農民もまた自動的に中心にいることになるのもまた規定路線であったとさ。


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