俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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知り合いとの再会(ただしお互い二度と会いたくないと思っていたものとする)

 混成獣(キュマイラ)

 獅子と山羊と鷲の頭を一つの胴体に持つ巨躯の魔獣。

 それぞれの頭がそれぞれに異なる魔法を駆使し、生命力も極めて高い。

 総合的な戦闘能力は決闘級魔獣の枠内に収まらないほど高く、西方諸国の幻晶騎士の中でも高い完成度を誇るパーヴェルツィーク王国のシュニアリーゼであっても苦戦は免れ得ない。

 

――キュオオオオアアアギョオオオオオオオ!

 

 高く頭を掲げ、それぞれ勝手に吼えながら翼を羽ばたかせ強風を起こす。

 シュニアリーゼは十分な安定性を持っているとはいえ吹き荒れる防風にバランスを崩すことは避けられず、まともに近づくことすら困難だ。

 これは、人型である幻晶騎士の抱える難点。背が高く大半の魔獣に対して上から打ち下ろすことが可能な幻晶騎士のサイズであるが、その分重心が高い。

 そのため強風によってバランスを崩すのは仕方のないことで。

 

――ガオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 混成獣同様に四足の獣であれば風の影響を避けて接近することが可能なのは道理となる。

 槍を杖代わりに耐えるシュニアリーゼの間を縫って、グランレオンが地を駆け吼える。

 わざわざ吼えたのは混成獣の注意をこちらに向けさせるため。目を向けてきた三つの首のうち、中央にあった獅子の頭は同種っぽい形なこともあってか真っ先にこちらを向いてきたので。

 

「オラァ!」

――ギャオン!?

 

 最後の一歩はマギウスジェットスラスタで速度も踏み込みの深さも相手の想像を超え、前肢で殴りつけるのに全く反応できず、根本からへし折れることとなった。

 

――キュオオエエエエエエエ!!

「うるさいよ魔獣。どういう手品でハルピュイアに従ってるのかは知らないが、基本的に家畜化できない魔獣に用はないから黙ってろ。……こちとら浮遊大陸じゃ農業できなくてイラついてるんだよぉ!」

 

 中央の首を殴ったことで至近の間合いに飛び込んだ俺を、左右から魔獣の首がそれぞれに魔法を蓄え狙ってくる。まっすぐ突っ込んできた直後だから、慣性も残っていて回避のしようもない。死なば諸共の精神、見事なものだ。

 

 が、生憎グランレオンの手札は一つじゃない。

 背部に備えたサブアームのうち、2本の杖を伸ばす。左右の首にそれぞれ杖先をねじ込み、そのまま火炎魔法を発動。魔獣のそれより、エルくんからのアドバイスもあって練り上げた術式の方が圧倒的に早く起動する。

 結果、グランレオンの放つ魔法と混成獣の魔法が双方まとめて炸裂した首は、きれいな爆炎と雷光の花と化した。

 

 

「……よし、一匹撃破。普通の魔獣の3倍くらい面倒だな」

 

『ええ……』

『ま、魔獣との戦いとはあそこまで慈悲なくする必要があるのか……?』

 

 崩れ落ちる混成獣の胴体を背に、周囲の状況を確認する。

 なんかパーヴェルツィーク側からドン引きされてる気がしなくもないけど、一応幻晶騎士的なものだということは伝わっているらしく、魔獣扱いして襲ってこないだけよしとしよう。

 

 竜の王なる存在を主と仰ぐというハルピュイアたちの乱入からしばらく。

 パーヴェルツィーク王国との会談場は乱戦の只中と化していた。

 空から襲来した何頭もの混成獣は、ただでさえ頑丈で複数の魔法を扱う厄介な奴なのに、ハルピュイアを乗せていることでその動きに賢さと統制までもが追加されている。

 背中にガルダウィングを乗せたグランレオン、というなんだかよくわからないものになっている俺の機体は見た目からして意表を衝けてはいるけど、それもいつまでもつやら。

 

『背中にガルダウィングを乗せたグランレオン、というのは呼び名としてちょっと長いと思うんです。やはりここはふさわしい名前が必要でしょう。――獅子に翼を得たるごとし。獣王合体ガルダレオン! とかどうでしょう』

「出てくるなり何言ってるのエルくん」

『いいじゃねーの、先輩。エルの好きなようにさせてやれば』

 

 甘いよキッドくん。

 これ、合体するたびにそのセリフ言わされるヤツだよ。

 

 次に狙おうか、と向き合った混成獣が、どこからともなく飛んできた蒼い幻晶騎士の延髄斬りに首をへし折られ、直後に突っ込んできたツェンドリンブルの槍が胴体を串刺しにする。かわいそうになるくらいのコンビネーションによって血祭に挙げられている。

 が、ともあれエルくんとキッドくんと合流できた。

 混戦の状況は刻一刻と変化している。いつの間にか周囲にいたはずのシュニアリーゼはどこかへ行ってしまったし、この場にいるのはフレメヴィーラ組の3機。けったいな状況ではあるが、面子が面子なのでとても頼りがいがある。

 

『あれほどの数のハルピュイアが、混成獣と。鷲頭獣を、失ったのか……』

『くっ、シュニアリーゼがいない……完全にはぐれてしまったな』

 

 と、思っていたらキッドくんのツェンドリンブルから聞こえてくるかわいらしい女性の声が2人分。

 

「……とりあえずエレオノーラ様にはしっかり報告しておくね、キッドくん」

『待て先輩待ってくれ、何を報告するつもりだ!?』

「それはもう、真実を」

 

 なんか、キッドくんが相変わらずラブコメ主人公体質を発揮しているらしい。何をどうしたらホーガラさんとフリーデグント王女と3人でツェンドリンブルに乗るの……?

 

『さて、少し困りましたね。黄金の鬣号は危険を避けるために下がっているようですし、現在僕たちは孤立しています』

「さすがに混成獣全滅させるのは難しいだろうし、どうしようか」

 

『……なぜ、混成獣の方が圧倒的に多いこの状況で圧勝することを選択肢の一つとして挙げられるのだ?』

『すんません王女様。あの二人、うちの国でも特にヤバい二人なんです』

『そうか、地の趾は全てがああというわけではないのだな……よかった……』

 

 いずれにせよ、根本的な状況はいまだ悪い。

 会談どころではなくなった以上、何はともあれこの場から逃げのびなければならない。

 あと、エルくんが途中で保護したというフリーデグント王女も早いうちにパーヴェルツィークに返さないと、それこそ国際問題一直線だ。

 それを、空に混成獣飛び交うこの状況で出来るかどうか。

 パーヴェルツィークの幻晶騎士は姿が見えないし、仮に見つけて王女殿下を引き渡したとしてもその幻晶騎士ごと混成獣にやられる、なんて可能性が普通にある。

 となると、やっぱり俺たちが責任もって届けるしかな、い……か…………いや待て。なんだあれ。

 

『先輩? どうしまし……』

『二人とも、そっちに一体何が……』

 

『……部下たちからの報告にあった。ハルピュイアたちが「禁じの地」と呼ぶ場所に、飛竜戦艦にも匹敵する巨大な魔獣、曰く「竜の王」がいたと。おそらく、あのハルピュイアたちを従えているのが、アレなのだろう』

 

 フリーデグント王女の言葉を呆然と聞きながら、空を見上げる。

 混成獣を引き連れた黒雲、と一瞬脳が誤解する巨大。

 それは翼を持ち、牙を生やし、空を覆うような異形の怪物。

 クシェペルカ王国で最初に飛竜戦艦に出くわしたときのことを嫌な懐かしさとともに思い出すそれは間違いなく魔獣であり、先のハルピュイアが言うところの「竜の王」だろうと思われる。

 

 それは魔獣というにはあまりに大きすぎた。

 大きく、異形で、不気味で。そして有名過ぎた。

 

 それはまさに(ドレイク)だった。

 

 

◇◆◇

 

 

――聞け、愚かな人間どもよ。我は竜の王。翼を持つ者と獣たちの王なり。

 

『げえっ!? なんだこれ頭いてえ! ってーかあの魔獣、しゃべるのか!?』

『竜の王の言葉には不快感が伴うと部下から聞いてはいたが、これほどとは……一体なんなんだ、あれは!』

『人の言葉を使うという点ではキッドの言う通りですが、いわゆる声ではありませんね。人の持つマギウスサーキットに遠隔で無理矢理干渉して、言葉や意思のように感じ取れる反応を引き出しているものですね。……ラジオに近い原理でしょうか』

 

 エルくんの最後の言葉は、おそらく俺にだけ聞かせたもの。周りのみんなは頭痛でそれどころじゃないし。いやまあ俺も大分頭痛いんだけど。二重の意味で。

 ……この頭の痛さ、前にも味わったことある気がするんだよねー。

 その時も、こんな風に冗談みたいに巨大な魔獣と、そいつの操る厄介なたくさんの魔獣を相手にして戦ったよーな。

 

『どう思います、先輩? アレか、アレではないか』

「アレだったらヤだけど、アレと同じことできるのが他にもいるって可能性の方がいやかなあ」

 

 二度と出くわしたくない反面、アレと同じことができてなおかつこんなことをするようなのがほかにもいる、というのもそれはそれで恐ろしい話だ。

 ……まあ、かなりしぶとい魔獣ひしめく戦場で孤立してるというのがそもそも絶望的という説もあるが。

 

『助けられた身として助言しよう。もしハルピュイアとの対話と平和的解決を望むのなら、急いだほうがいい』

『と、おっしゃいますと?』

『私が今、ここにいる。である以上、我が騎士団は全力で私を捜索するだろう』

「……ヤバいよエルくん。下手すると飛竜戦艦が出てくる」

『ええ、つまり怪獣大決戦。とても楽しみですね』

 

 しかも、戦況は激化の一途を辿ることが確実ときたもんだ。

 言ってるそばから、俺たちの頭上を小隊編成で飛び過ぎていく小型飛竜。

 すぐにドンパチ聞こえてきたことからして、さっそく混成獣との戦闘に入ったのだろう。

 あと、このまま放置しておくと竜の王を排除するために飛竜戦艦まで突っ込んでくるし、なによりエルくんがウキウキし始めている。こうなったエルくんがなにやらかすかなんて、魔獣よりハルピュイアより竜の王よりわかったもんじゃない。

 早急に状況を改善しないとこの場で一大決戦が繰り広げられることになりそうだ。

 

『……致し方ない、か。命の恩人たるそなたらに重ねてのことになるが、頼みがある』

『な、なんでございましょうか、王女殿下?』

 

 その状況を察しているのだろう。フリーデグント王女の声に確かな決意の気配が宿り、キッドくんがそれに気圧されている。うーん、このあたりさすがの王族。

 

『私がこの場にいる限り、我が騎士たちに撤退の選択肢はない。そしていかに飛竜戦艦と竜闘騎があるとはいえ、竜の王を相手としては損害も少なくあるまい。そんな状況に彼らを追いやることは、私にはできない』

『そのために、王女殿下をパーヴェルツィーク陣営に送り届けよ、と。あの戦闘の只中へ』

『……無論、対価なくとは言わない。今回相いれなかった貴国との関係について見直し、再び話し合いの席を設ける。これはパーヴェルツィーク王国第一王女として誓おう』

 

 エルくんの皮肉じみた言葉にも、詰まるのはわずか一瞬。

 ちなみに、エルくんがちょっと笑いながら言ったのは煽るためではなく、それはそれで楽しそうだなーと思ってたからなんで心配いらないですよ王女殿下。

 ……いや、心配したほうがいいな。最悪、二度と幻晶騎士に乗れないくらいのトラウマ植え付けられることになりかねないし。

 

『エル、このままじゃ状況は悪くなる一方だ。頼み、叶えてやろうぜ』

『ええ、それがいいですね。僕たちにとっても、ここで全面戦争になるのは望ましくないですから』

『でも王女殿下。もう一つだけ約束してくれ。その話し合いの席では、ハルピュイアとも話し合うって』

『ハルピュイアと……?』

『少なくとも言葉が通じるんだ。このまま終わりになんてしたくない』

「あ、ついでにパーヴェルツィークの農業教えてください。噂の寒冷地でどういう農業してるのか、興味があります!」

『う、うむ……? まあ、別に構わんが……』

 

 キッドくんは本当にまっすぐだなあ。

 知り合った人たちのことを大切に思って、そのために行動することをためらわない。

 ……もし問題があるとすれば、その行動してみせる相手が大体女の子であり、しかもなぜか西方諸国の中でも特に大きな国のお姫様というケースが続いていることだろうか。

 

『……わかった。それも含めて約束しよう。だから、頼む。私をパーヴェルツィークの元へ連れ戻してくれ』

『はい、キッドもああ言っていますし、お引き受けしましょう。……それにあたってなのですが、殿下。どの程度の手段まで、(・・・・・・・・・・)許容していただけますか(・・・・・・・・・・・)?』

 

 なお、そのお姫様のうちの一人はたった今、悪魔と契約しました。

 

『…………頼み事ばかりで本当に申し訳なく思っているが、どうか我が騎士たちに危険が及ぶことだけはどうか、どうか……!』

『はい、承知しました。つまり「死ななきゃ安い」ということですね?』

『おい!?』

「すいませんその子の場合最大限穏便でそれなんですよ。多分パーヴェルツィーク側の死人は出さないんで、許してあげてください」

 

 まあとにかく、これでエルくんは混成獣と竜闘騎の暴れまわる乱戦の中に突っ込んでいくことが確定した。

 乗機がイカルガではなくトイボックスなので性能が落ちるとはいえ、それでも騎操士はエルくん。心配しないわけではないけど、「エルくんの身に何かが起こる」ことよりも「エルくんが何かやらかす」ことの方が心配だ。

 

 

『じゃあ、とりあえず飛んでいきましょう。先輩も来てください! 合体しましょう!』

「エルくん、とりあえず合体したいだけじゃない?」

『……なんと?』

『そんなわけないじゃないですか! ただのトイボックスじゃ空中戦は分が悪すぎるでしょう? だからガルダウィングの力を借りて少しでも空の地形適応を上げようという! そういう!!』

 

 

 ……ほらね! さっそく無茶振りだよ!!

 

 

◇◆◇

 

 

 空に、激戦が花開く。

 混成獣と竜闘騎。無数の飛行戦力が入り乱れる空中戦が勃発した。

 陣形を組んで整然と突撃を繰り出す竜闘騎と、その攻撃を受けてなお怯まず反撃する混成獣。

 数と戦術においては竜闘騎が、個の戦力では混成獣に利がある。

 既にして双方撃墜は複数。戦いが終わらない限り被害が収まる気配はない。

 

「くそっ、獣の分際で……!」

「避けろ! 後ろに付かれたぞ!」

「まだ落ちないだと!? 何発法撃を叩き込んだと思っている!」

「振り切れない! 被弾した! 被弾した!!」

 

 マギウスジェットスラスタが引く噴射炎と白い雲は複雑な文様を描き、それを混成獣の翼が起こす暴風が吹き散らす。

 魔法の炎と雷がいくつもの光となって空を照らし、時折地に落ちていくのは燃え盛る竜闘騎と混成獣。

 破壊と死こそが吹き荒れる、死神の狩場。

 どうすればこの戦いに終わりが来るのか、それすら見通せない乱戦のその最中。

 

 ひときわ甲高いマギウスジェットスラスタの音が、響く。

 下から。

 

 

『毎度どうもー! お届け物でーーーす!!』

 

 

 眼下から空へ。

 死神も背を向けてトンズラかます狂人が、エントリーした。

 

 

 この戦場にふさわしく、それは幻晶騎士だった。

 ただ、空の只中だというのに人型で、しかもなぜか背中に羽というか鳥を背負っているのだが。

 

 その幻晶騎士は空中でくるりと身を翻し、なんかこう、ビシリとカッコいいポーズを決めた。特にその必要性はないと思うのだが、とても満足しているらしい空気が伝わってくる。なんだアレ。竜闘騎の騎操士たちの心が一つになる。

 突然の闖入者に竜闘騎も混成獣を操るハルピュイアも虚を突かれて一時意識と行動の空白が生まれ。

 

『お、足場にちょうどいいですねそこの混成獣。ちょっと借りますよー』

「う、うおおおお!?」

 

 迫る幻晶騎士の巨大な足裏には、さすがのハルピュイアも冷静ではいられない。

 乗騎を捨てて空に身を投げ出し、その直後に幻晶騎士が混成獣の上に着地する。

 ぐぎょおえぎやああおおおお。滅茶苦茶痛そうな悲鳴が混成獣から上がり、竜闘騎に乗るパーヴェルツィーク騎操士ですらドン引き不可避。

 そんな状況を作れる者は、セッテルンド大陸広しといえど一人しかいない。

 

『こんにちは! フリーデグント王女殿下をお届けに参りました!』

『すんませんマジなんですパーヴェルツィークの人たち撃たないでー』

 

 「アグリを連れまわすエルネスティ」。

 地上最強の別名である。

 

 

◇◆◇

 

 

「……もう一度報告を頼む。戦場の音が大きくなってきたせいか、よく聞き取れなかったようだ」

 

 フリーデグントと引き離されこそしたものの、飛竜戦艦への帰還に成功した竜騎士長グスタフは部隊の指揮を執っていた。

 王女とはぐれてしまったからには、必ず探し出して合流しなければならない。迫りくる混成獣には竜闘騎を当て、その向こうに姿を見せた竜の王は飛竜戦艦そのもので牽制する。いずれ直接の対決は避けられないだろうが、そのタイミングは戦局を左右するだろう。

 そんな緊張を強いられる最中でも、次々と報告は上げられる。

 それらをしっかりと聞き届け判断を下すことこそ、騎士団長としての責務。最終的に優先順位が低いものと判断することはあれ、聞き流すことなど許されない。

 

 だからこそ、最初その報告を理解できなかったとき、グスタフは鳴り響く轟音によって己の耳がイカれたのだと疑った。

 

「はっ! ……王女殿下の所在が判明しました。混成獣と竜闘騎の戦場最前線にて、蒼いウォーリアスタイルの幻晶騎士に同乗しているとのことです!」

 

 自身の耳の次は、頭がおかしくなったことを疑った。

 部下の報告がトチ狂っている可能性もなくはないのだが、騎士団長としてそれはあまり疑いたくない。

 そしてもし自分もまた正常であるならば、間違いない。

 最も激しい戦場に、殿下が、いる。

 

 何が起きたのかはわからない。

 だが状況が最悪の半歩手前であることだけは、疑いの余地がない。

 グスタフ、深めの呼吸を一つ。

 

「イグナーツ! ユストゥス! 両近衛艦隊、全力出撃!! 殿下をお迎えに上がれ!! 最速で!!!」

「御意っ!」

 

 直後、右近衛と左近衛双方の隊長に命じ、パーヴェルツィークの全軍を投入する。せざるを得ない。

 命を受け、二人の近衛隊長が自身の飛空船へと駆け、右近衛旗艦、<輝ける勝利(グランツェンダージーク)号>、左近衛旗艦<愛おしき戦場(グリーブシュラックフェルド)号>が出撃する。

 飛竜戦艦からそれぞれの飛空船が分離し、前線へ向かってマギウスジェットスラスタの炎も赤々と突き進む。

 それを頼もしく、しかし状況が状況なので一抹の不安を抑えきれずに見送るグスタフ。

 

 それに一杯一杯で、気付けなかった。

 空中戦が繰り広げられている只中に、なぜ「ウォーリアスタイル」の幻晶騎士で飛び込んでいるのか、と。

 そんなことをするほどの変態と共にいると、王女がどんな目に遭うのか。

 有能なれど変態ならざるグスタフに、それを予想しろと言うのは無理な話というものだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 戦闘の質が変わった。

 多数が入り乱れての空中戦から、徐々に正面から近づいていく竜の王と飛竜戦艦。

 激突の時が間近に迫り、竜闘騎にも混成獣にも巻き込まれないようにという引き気味の気配がある。

 

『そうなってくると、足場が少なくなるんですよねえ。いよいよ竜闘騎も使うしかないでしょうか』

『頼む……頼むから部下だけは助けてくれ……』

 

 結果、トイボックスマーク2の足場になりうる混成獣も近場にいなくなり始めている。

 これまで、ウォーリアスタイルながら混成獣を足場に使い、力尽きそうになるとキッチリトドメを刺してからまた別の混成獣の上に飛び乗り、というちょっとヒドいことをしながらここまでやってきたエルくん。さすがにそろそろドン引きされて、足場になりそうな混成獣もいなくなりつつあった。

 

 ちなみに今、俺はガルダウィングに乗ってトイボックスマーク2の背中にしがみついてます。

 クシェペルカ動乱終盤でイカルガと合体した時のアレだ。エルくん、当然のようにトイボックスマーク2もガルダウィングとの合体運用を想定して作っているから困る。

 ガルダレオンモードの状態で戦場から少し離れ、グランレオンをいい感じに隠してガルダウィングで合流。合体して空へ飛びあがって今に至る。

 

 そうでもしないとやってられない、という面もある。

 トイボックスマーク2も十分に機動力はあるが、エーテルリアクタ1機のみの省エネ機。

 そこそこ飛行能力が要求されそうな状況ではさすがにガルダウィングのエーテルリアクタとマギウスジェットスラスタもあった方がいいだろう、というのはエルくん自身が合体の理由として叫んだ通り。

 エルくんは基本的に欲望任せで生きているが、その欲望を通すための理屈付けがこの上なく上手いから困る。

 ともあれそんな状態でメインの操縦はエルくんに任せて、こっちはこっちで周辺の警戒とサブウェポンでの牽制などなどを対応しているわけだ。

 

 

「エルくーん。混成獣が7時方向から接近中。狙いづらいからちょっと左向いてくれる?」

『了解しました!』

「ありがとー」

 

 で、操作を受け持っているトイボックスマーク2の両手を突っ込んでくる混成獣に向け、執月之手を射出。3つの頭の左右両側を掴んで、爆炎魔法を発動。

 目玉が茹で卵を通り越して炭になるような熱量をもって一瞬で焦がし、そんなことがすぐ横で起きたことを理解してないらしき中央のライオン頭には、ガルダウィングが備えた杖から法撃をズドン。

 運悪く咆哮していた口の中に火炎が飛び込み、多分ものすげえ熱さで喉を焼かれながら落ちて行った。

 

 そして巻き上げた執月之手が再びトイボックスマーク2の元へ戻る頃になると、もはや敵も味方もドン引きしているのか、割と遠巻きにされているだけで足場になりそうな混成獣も竜闘騎もいなくなっていた。

 まったくもー、エルくんがまたアレなことするからー。

 

 

『殿下ぁー! 右近衛隊長イグナーツ、お迎えに上がりましうおおおおおお!?』

『ちょうどいいところに大型のが来てくれましたね! 使いましょう先輩! 執月之手の制御もらいます!』

「お手柔らかにしてあげようよエルくん。執月之手まで使って乗り込むって、相手からしたらめっちゃ怖いよ?」

 

 そんなこんなしてるうちにやってきた、パーヴェルツィークの隊長機らしき大型の竜闘騎。

 それに対し、エルくんはちょうどいいとばかりに情け容赦なく取りついた。

 執月之手まで使って逃がさないとばかりに迫ってくるの、模擬戦で何度かやられたことがある。逃げられないしこえーんだアレ。

 

『イグナーツ! 私だイグナーツ! 聞こえるか!?』

『そっ、その声はフリーデグント殿下! ご無事ですか!?』

『ああ、私は無事……うん、まあ、無事だな。今は。今だけは』

『殿下ー!?』

 

 さすがと言うべきだろうか、フリーデグント王女殿下。

 エルくんに関わってまともで済むと思っちゃいけない、ということを既に理解しておられる。

 まあ、ここに至るまで既に重力に逆らう直上方向への気持ち悪いくらいの加速とか、そこからの自由落下で混成獣に乗る衝撃とか、他の混成獣に乗り移るときの跳躍やらなにやら味わっているのでそうもなるだろう。

 

『と、とにかく飛竜戦艦(リンドヴルム)へ向かう! 行けるか、イグナーツ』

『はっ、お任せください!』

『よろしくお願いしますねー』

『なんだ貴様は!? 王女殿下の乗っている幻晶騎士……幻晶騎士? の騎操士か!?』

 

『申し遅れました。フレメヴィーラ王国銀鳳騎士団長、エルネスティ・エチェバルリアと申します。今はクシェペルカ王国の女王陛下よりの命を受けたのもあり、浮遊大陸へ新婚旅行兼おつかいに来ています。そして背中の鳥型幻晶騎士に乗っているのはアグリ・ボトル先輩です』

「嘘ではないけどさあ、エルくん……」

 

 度肝を抜かれたらしき王女殿下たちの沈黙が、重い。

 

 

 

 ともあれ、王女殿下を飛竜戦艦へ連れ帰ることができれば大分楽になる。

 パーヴェルツィーク王国も強硬な戦闘態勢を解除できるし、王女殿下はこちら側陣営ともハルピュイアとも交渉をすると約束してくれている。

 この調子なら一旦引いて態勢を立て直し、もし竜の王との対決が不可避のものだとしても人類とハルピュイアの連合を組んで挑むことすら可能になるかもしれない。

 

 はずだったのだが。

 

「……エルくん、アレ見て」

『ええ、見えています。――確定、と考えて動くべきでしょうね』

 

 状況は既に、飛竜戦艦と竜の王が直接戦いを繰り広げるまでになっていた。

 竜の王が放つ炎のブレスと、それを防ぐ飛竜戦艦の防御雷撃。

 直接の体当たりは周囲に衝撃波をぶちまける威力ながら互角で双方一歩も引かず、全身をひねった飛竜戦艦の脚部が竜の王の顔面を殴りつけた分だけ飛竜戦艦の方が優勢か。

 

 そう思っていられたのは、竜の王が次に吐き出したものを見るまでの間。

 さきほど炎を吐いた巨大な口から魔法によって引き起こされた風に乗って伸びたのは白い煙。

 目くらましの煙幕か、と思った者もパーヴェルツィークには少なからずいただろう。

 だが飛竜戦艦の艦長は全速の退避を選択し、その対応が正しかったと直後に証明される。

 

 白煙の向かう先、避けた飛竜戦艦の向こうにいた飛空船が白煙に直撃し、グズグズとなすすべなく溶け落ちて消滅することで。

 

 

 事ここに至って、否定の余地はない。

 俺とエルくんは、アレを知っている。

 

 かつてイカルガを堕とし、巨人族を壊滅の危機に陥れた、大森海の向こうの悪夢。

 

 <魔王>の系譜に連なるものであろうことは、確実だった。

 

 

 飛竜戦艦の指揮官はさすがに優秀らしい。

 竜の王が放った腐食のブレスを見て、即座に接近戦を選択。味方の被害を抑えるためだろう。巨大な竜型同士の殴り合いは遠目に見ているだけでも恐ろしい迫力なんだが……。

 

『王女殿下、あのブレスは危険です。合流は一旦取りやめた方がよろしいかと』

『仕方ないな。しばし後方に下がって……』

 

『イグナーツさんと言いましたか。今すぐ突入してください』

 

 そう呑気なことも言っていられないのが、厄介なところだ。

 

 

『貴様!? 王女殿下をあの戦場の只中に飛びこませると!?』

『はい、申し訳ありませんが。あなたたちの騎士団と、そして人類の生存圏を守るため、あの竜は今すぐ倒さねばなりません』

「すみませんが、これは事実です。あのブレスの威力はご覧の通り。……それにあの巨体、セッテルンド大陸まで飛翔できると考えられませんか?」

『……っ!』

 

 なにせ、そもそも大陸からこっちへ渡ってきた可能性が高いわけだしねえ。

 言葉に詰まった王女殿下が、考えこむように沈黙を保つ。

 確かにこの場は時を追うごとにどんどん危険地帯と化していっているが、さらに状況が悪化しうることに気付いたのだろう。

 王女殿下は知らないことだが、文明の利器たる幻晶騎士や飛空船を一息で腐食させるあのブレス、竜の王固有の能力ではなく穢れの獣と呼ばれていた種の魔獣が使うものだった。

 竜の王が西方諸国に辿り着いたら。あまつさえ繁殖されたら。

 ボキューズ大森海の奥で俺たちが出くわした絶望の可能性が、再び現実のものになりかけている。

 

 

 この場にいる全員、俺たちも飛竜戦艦の乗組員もひっくるめて、覚悟が必要だ。

 あのやたらしつっこかったあいつを、ここで倒しきるような、覚悟が。

 

『……行くぞ、イグナーツ。いかな竜の王とて、飛竜戦艦の竜炎撃咆(インシニレイトフレイム)ならば倒しうる。我らが隙さえ作れば、十分に勝機はあるだろう』

『……御意。必ずお守りいたします!』

 

 王女殿下の覚悟は決まり、そうなれば必然的に仕える騎士もまた覚悟を決める。

 戦いの参加者は、揃った。

 

『じゃ、進行方向はこちらで指示しますのでその通り進んでください。先輩の方でもマギウスジェットスラスタ使いますので、合わせてくださいねー』

『貴様が! 仕切るな!!』

 

 なお、エルくんは当然のごとく通常運転だった模様。

 イグナーツさんとやら、既にしてツッコミとしてのスタンスが完成されつつある気がしてならない。

 

 そして、人類の文明に壊滅的な打撃を与えうる破滅のブレスを有する竜の王に、竜騎士と鳥を背負った幻晶騎士が、騎操士と、女の子に見えることもある騎操士と、王女を乗せて挑む。

 

 ……要素盛りすぎじゃね? 吟遊詩人でももうちょっと遠慮するぞ!

 

 

◇◆◇

 

 

 一方そのころ、混成獣から的にされることを避けるため戦闘空域から離脱した黄金の鬣号では。

 

『若旦那ぁ……。なんでエルくん置いていったんですかぁ……?』

「……落ち着け、アデルトルート。置いていったというかあいつが飛んで行ったというのが正しい。お前ならわかるだろう?」

『ダメです。……だって、エルくんが飛んで行ったってことはどうせ先輩も一緒なんですよ!? また二人の共同作業しちゃうじゃないですか! 私を差し置いて! 私を差し置いて!』

「いや別にそれは気にせんでも……」

 

『どうしよう……先輩が私より先にエルくんの子を産んじゃったら!』

「お前は何を言っているんだ」

『もしくは、私がエルくんの子を産むより先にエルくんが先輩の子を産んじゃったら!』

「おい、誰か止めてやれ」

 

 アディによるアグリへのヘイトが無駄に高まっていたらしいが、いつものことなのでフレメヴィーラ出身者はあんまり気にすることなく、ただただ黙ってアグリの冥福を祈っていた。

 ついでにエムリスの命令には揃いもそろって「処置なし」と首を振ったという。

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