銀鳳騎士団の拠点、オルヴェシウス砦。
最近、俺たち銀鳳騎士団はようやくここに戻って来ることができた。
俺や第三中隊、ナイトスミスの人たちがちょくちょく荷物を取りに来たり様子を見に来たりはしていたものの、本隊が丸ごと戻って来たのは本当につい最近だ。
なにせ銀鳳騎士団の団長にして存在意義たる、エルくんがようやく謎の出向から帰って来たのだからして。
銀鳳騎士団は要塞と幻晶騎士の修理と補強を手伝うという体で要塞に滞在し、エルくんの帰還を待ってようやく本拠地に戻って来たわけだ。
「やれやれ、やっぱり自分の部屋は落ち着くね。……さて、とりあえずこれは処分しておかないと」
そして、オルヴェシウス砦に戻ってきた俺がまず真っ先に手を付けたのは機密の廃棄。
アルチュセール山峡関要塞に滞在している際、色々やることはあったのだが一応の立場はお客さんなこともあって関わるのを遠慮した方がいいところも多かった。結果、手持無沙汰になる時間もそこそこ生じたわけだ。
そのときに村の農業のことを考えつつ、簡単に、そしてたくさん荷物を運べたらいいよなーとか考えていた構想を形にした設計図。こんなものがエルくんに見つかったらまた大変なことになるに違いない。……とりあえず絶対見つからないところに隠して、あとで魔法の練習するときの的にでもして焼却しよう。
と、思うじゃん?
「それを捨てるなんてとんでもないですよ、先輩!」
「うおわああああああ!? どっから顔出してるのエルくん!?」
そんな不穏、見逃すエルくんじゃないんだよなぁ……。
ノックもなく、いつの間にか俺の部屋に忍び込んだ狼藉者の名は言うまでもなくエルくん。この子、なんか人の脇に頭突っ込んで腕と胴の間から顔を突き出しましたよ。
「ふっふっふ、ダーヴィド親方から聞きましたよ。先輩がまた面白いものを作ったって。さあ聞かせてください! 余すことなく何もかも一から十までエブリシング全部! あふぅん♡ こ、この機構今すぐ説明してください!」
そして、そのままもぞもぞと這い進んでくるエルくん。
机の上に設計図を広げ、椅子に腰かける俺。その俺の開いた膝の間に座り込んだぞおい。……君、ライヒアラ騎操士学園の中等部卒業したお年頃だよね?
ちなみに、後に聞いたところによるとダーヴィド親方は別に「面白いもの」と言ったわけではなく「なんかよくわからないもの」と言ったのにエルくんの脳内で勝手に変換されたらしいです。
「ま、まあまあエルくん落ち着いて。今日はもう夜も遅い。エルくんだって出向から帰って来たばかりで疲れてるだろう? ひとまず部屋に帰って寝て、明日また話そうよ、ね?」
「無理です! 話を聞かずに眠れません!!!!!」
「……あ、そう」
振り向くエルくんの髪がふぁさっと広がって俺の頬を擦り、キラキラ、というかなんかもうねっとりギラギラした光を宿す目が俺をぶすりと突き刺す。……うん、人生諦めが肝心だよね。農業だって、茎が折れたり実が落ちたりしたら、それはそれと認めたうえで茎を詰めるなりなんなりと、どうにかする方法を考えなきゃいけないわけだし。
俺はとりあえず、一通り説明するまではおとなしくしてるけど終わった途端山のような質問とアイデアをぶちまけてくるエルくんの相手をする覚悟を、決めた。
その後。
――チュンチュン、チチチ
「で、出来た……! 出来ましたよ先輩、これが先輩が新しく作る機体の設計図なんですね!!」
「うん。……うん?」
気付いたら、一睡もすることなく窓から朝日が差し込んで小鳥の鳴き声が聞こえる時間帯になってました。
あと、また新しい機体を作ることになって、いつの間にか設計図まで出来上がってました。
拝啓、故郷のおっとうとおっかあ。
息子は人生初の朝チュンを村の女の子でも都会の女の人とでもなく騎士団長の男の子と迎えました。
泣けるで。
◇◆◇
「というわけで! 先輩の新型機、そこに採用されている新しい動力機構について説明させていただきます! 先輩、どうぞ!」
エルくん、絶好調。
要塞から帰って以来、俺がエルくんたちと関わるようになる前に倒したという師団級魔獣
なんでもこれによってエルくん念願の超スゴイ機体を作れる目処が立ったとのことで、それはもう上機嫌に設計と基礎開発を始めて、銀鳳騎士団の開発リソースも徐々にそちらに振り分けられるようになりつつある。
が、それだけでは満足しないのがエルくん。並行して俺の方でも新しい機体を開発せよとのお達しが下ったのでした。
しかも、先日俺が構想した動力機構を使った例の設計で。
「ああ、うん。新しいとは言っても、結晶筋肉を使うところは変わらないからさほど目新しいものでもないよ。だから、親方たちはそんなに怯えなくて大丈夫。また新しくわけのわからないものに触ってもらうなんてことはないから。……今回の動力は要するに、結晶筋肉の出力を『回転』として取り出すためのものだ」
「回転……?」
そして、説明。
話を聞くために集まってくれた各中隊長とドワーフたち鍛冶師隊の面々はいまいち想像がつかないのか、何かを伸ばしたり縮めたりするジェスチャーや、腕だの足だのを曲げ伸ばししている。
「すまない、質問させてくれ。結晶筋肉はその名の通り筋肉と同様、伸び縮みしかしないものだ。それをどうやって回転させる?」
「うん、そう言われるだろうと思ってわかりやすいモデルを作ってきたからこれ見てくれるかな」
そんなわけで、あらかじめナイトスミスのみんなにちょこちょこ作ってもらったものを出してみる。
「なにそれは……何? 車輪付きの椅子?」
「大体そんな感じ」
ちなみに、この辺りでエルくんの目がきらっきらし始めました。
「そう難しく考えることはなかったんだよ。要するに、結晶筋肉による動きは人間の動きの延長上。つまり人の体を使って最も効率よく、力強く円運動をさせるにはどうしたらいいか。その一つの答えになると思われるものが、この『クランク』だ」
そう、俺が披露したのは元の世界で言うところの「自転車」。
人を模している都合上、幻晶騎士の中でも特にパワーが出る下半身の構造を半ば流用して股と膝と足首の関節を使い、ペダルを踏んでついでに引っ張って、筋肉による伸縮運動を回転に変換する。
その辺をわかってもらうために作ったモデルはまさに自転車。さすがにアスファルトで舗装された道はないからマウンテンバイク的な構造にして、フレームは銀鳳騎士団の工房のそこら中に転がっている金属、サドルやタイヤ、ブレーキに必要なゴムは魔獣由来のぷにぷに素材で代用して、ギアやチェーンといった精密加工が必要なパーツはドワーフ脅威の技術力がなんとかしてくれました。
これまでも幻晶甲冑で使うバリスタにはまさにクランクが使われてるんだけど、これはそれをさらに大きく高出力にしたものだ。こういうのって使われるとしても目には見えない部分だから、意外と目新しく映ったらしい。
「この部分に座って、ペダルに足をかけて踏み込むと……こう」
「おおー…!」
で、さっそく固定してある自転車にまたがってペダルをこいで、チェーンによって繋がっている後輪を回して見せるとどよめきが。ドワーフのみんな、軸受けからなにからすごい精度で作ってくれたからスムーズに回る回る。
「ちなみにこれ、走れるけど誰か乗ってみる?」
「はい! 私が乗るわ!」
なんか一部が興味津々な様子だったので提案してみたら、真っ先に手を挙げたのは銀鳳騎士団第三中隊の中隊長を務めるヘルヴィ。さすが、新し物好き揃いの第三中隊をまとめるだけはあるね。
「はいどうぞ。あ、バランス取るのにコツがいるから気を付けて……ってもう乗れてるな。ちょっとフラフラしてるけど」
「よっ、はっ、ほっ……! た、確かに難しいわねこれ。馬ともツェンドリンブルともまた違った感じで……。でも、楽しいじゃない!」
で、簡単に操作を説明して渡した自転車を、ヘルヴィは最初から転ばずに御して見せた。
さすがにまっすぐスムーズにとまではいかないが、前輪を多少ふらつかせながらもまっすぐ進み……あっ。
「ヘルヴィ、気を付けた方がいいぞ。自転車は地面の影響をモロに受けるから……」
「へ? ……んっきゃああああああ!?」
「……床がガタガタしてると尻に来るぞ、って言おうとしたんだけど遅かったね」
この世界、地面の舗装はせいぜい石畳なんだよね。
工房や格納庫は結構綺麗に整えられてるけど、それでも自転車で走る分にはお察し。段差が多い場所に差し掛かった自転車は、タイヤによる多少の吸収はあってもデコボコの衝撃をヘルヴィの尻に突き刺し。
「先に言いなさいよ!!」
「言う前にヘルヴィが走ったせいだよね!?」
その100倍くらいの衝撃をヘルヴィの張り手という形で俺の頭に叩き込んでくれました。解せぬ。
「そういうときは、ペダルの上に立つようにすればいいんだよ。そうすると衝撃は足までで収まるから」
「こ、こうかしら? ……なるほど! 確かにこれなら痛くないし、しかも速いじゃない!」
ヘルヴィは、なんだかんだ言って本当に飲み込みがいい。
俺が教えた立ちこぎをほんの少しの間でものにして、軽快にそこらを走って見せた。
全身を使うから、健康的なヘルヴィの肉体が自転車の上で踊る。具体的には自転車を前に進ませる要である脚と太ももと尻が。
「さすがヘルヴィ。見事だな」
「うむ、躍動感がある」
「眼福だね」
「……ハッ! エルくんは見ちゃダメー!」
「ええー」
それを見たエドガーとディートリヒと俺がコメントして、アディちゃんが咄嗟にエルくんの目を手で覆って。
「お、ヘルヴィが止まった」
「こちらへ向かってくるな。すごい速さだ」
「顔真っ赤だぞ」
なにかに気付いたヘルヴィが見事なスプリントでこちらへ突っ走ってきて、全力前ブレーキ。慣性によって浮いた後輪を全身のバネでもって振り回し。
「何見てんのよ!!!!!」
「げっふぁ!?」
まあそうなるよな、とヘルヴィからの制裁を甘んじて受ける覚悟を決めていた俺たち3人をなぎ倒す、見事なジャックナイフターンをキメてくれた。
この子本当に今日が自転車乗るの初めてなんだろうか。
◇◆◇
ちなみに、この自転車。
後にいつものごとくふらっとオルヴェシウス砦へ遊びに来たエムリス殿下の目に留まり。
「この速さ……! 馬でも、幻晶騎士でもない、俺自身の力でこんなに速く!? ……ははは、こいつはいい。たまらねぇぜ! ブハァァァァァ―――――!」
と、服の前ボタンを引きちぎりながら乗り去ってしまいましたとさ。
後日聞いたところによると、そのまま首都カンカネンまで自転車で走って帰り、翌日サドルで擦れた尻の痛さに悶絶したのだとか。
大変気に入られたようなので、安全のために用意したヘルメットと一緒に献上しておきました。その気になればまた作れるしね。
◇◆◇
そんなこんなで、エルネスティが寝食を忘れかねない勢いでやたら巨大なエーテルリアクターを自作し、銀鳳騎士団の総力を結集してなんか明らかにヤバい新型機を作り、その傍らでアグリがちまちまとこれまた新型を作っている、その間。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……! ぷはー! ガッデム!!」
アディが、荒れていた。
「あ、アディ? もうその辺にしておいた方が……」
「聞いてください、ヘルヴィ先輩!」
「アッハイ」
ヘルヴィと、ついでにエドガー、ディートリヒの中隊長3人。そしてキッドが揃った食事会的な場にて、ジョッキの中身を飲み干したアディが早速ヘルヴィに絡む。
ちなみにアディが飲んでいるのはただのジュースです。
「せっかく、せっかくどこかへ行って、戻ってきてまた会えたのに……。だけどエルくんったら私より、自分の新型機体にお熱なんです!」
「ふ、ふーん。まあ、エルくんだしねえ」
誰か酒入れてないだろうな。そんな恐ろしい真似ができるか。中隊長たちの間で交わされる無言のアイコンタクトにて、アディが素面であるという事実が確認された。素面でこれってそれはそれで恐ろしくね? という事実については、意図して目を逸らすこととする。
「それだけならまだいいんです。開発に熱中するエルくんをぎゅーってするのも、それはそれで好きですから。でも、でも……アグリ先輩が!!」
そう、本日の議題はアディによる愚痴独演会。
最近のエルくんとアグリの動向について、であった。
「昨夜のことです。エルくんが部屋に戻ってこないから、きっと工房の方だろうって探しに行ったんです」
「まあ、よくあることよね」
「団長がいないとなったら真っ先にそこを探すな」
「大抵そのあたりにいるしな」
俯くアディ。ぷるぷると震える拳。さて、彼女がそこで見たものとは。
「夜も遅くて、そろそろ寝かしつけてあげないと体壊しちゃう。そう思って、探して、エルくんの新型のコックピットで見つけたんです。……先輩と二人して寝落ちして、資料と工具に塗れて、なんか積み重なって寝てる姿を!!」
「体痛くなりそうねえ」
「今後は二人がおかしなところで寝ないよう気をつけねばならんか」
まるで兄弟のように仲が良さそうな二人の寝顔であったという。
まあ、アグリの腹のあたりでエルネスティが丸くなって寝ていたので、アグリは苦しそうだったようだが。
「それだけじゃありません! その前はお風呂に入ってるときに……!」
「あぁ、あの日ね。……言っておくけど、さすがのアディでもエルくんと一緒に入ったわけでも、女湯に連れ込んだわけでもないわよ。私達は女湯に入ってたから」
さらに、まだネタはある。
オルヴェシウス砦での開発やらなにやらは体が汚れもするし埃にも塗れるし汗もかく。
そういったときに体を洗い流せるよう、風呂場が用意されているのだ。ちなみに、製作者はアグリ。買い付けた資材をガルダウィングで運び、グランレオンやモートリフトも使ってあっという間に作り上げました。曰く「ユシッダ村の人間に幻晶甲冑を与えれば小屋くらい一人でも余裕」とのこと。奴の故郷が一体どういう村なのか、エドガー達はいまだに想像もつかない。
「むむ、先輩ちょっとそこで壁に手を突いてください。そう、そのまま動かないで」
「うひぃ!? ちょっとエルくんなんで背中触るの!?」
「いえ、いい筋肉のつき方だな、と思いまして。幻晶騎士は人型で、結晶筋肉で動きますから。より効率の良い動きをするための結晶筋肉配置を知るには人の体についての研究が不可欠です。ちょっと観察させてください」
「いやいやいや、それだったらエドガーとかディートリヒの方がいいから! あいつら脳筋だし! 俺のはただの農筋だから!」
「お、足の方もいいですねー」
「そ、そっちはらめえええ!?」
「……離してください、ヘルヴィ先輩! エルくんが筋肉のつき方を知りたいっていうなら私の体を見せます!」
「ダメに決まってるでしょ!? 百歩譲って見せるのはいいとしても、ここではダメよ! 壁を乗り越えて男湯に乗り込むなんて女の子としてアウトだから!」
「……なんてことも!」
「……あのときはアディを抑えるのが大変だったわー」
「大変だな、ヘルヴィ。まあ飲め」
「ん。ありがとエドガー」
そんな感じだった。
ディートリヒたち外野としては、エルとアグリの関係は兄弟のようなものにしか見えない。どちらも発想が人並み外れているし、なんだかんだで仲がいいし。
しかし、だからこそアディとしては納得がいかないのだろう。エルネスティを愛し、愛でることにかけては紛れもなく騎士団随一。幼馴染として積み重ねてきた年季が違う。
ポっと出の相手に負けるわけには行かないのだ。
「……よし、決めた!」
そう、なんとしてもエルの寵愛を取り戻すため。
アディは中隊長とキッドの前で、高らかに宣言した。
◇◆◇
「アグリ先輩! あなたに決闘を申し込みます!」
「え、
「? なんで紙束取り出してるんですか?」
「かっ、紙束じゃねーし!」
エルくんご指名の新型がそろそろ動くようになってきたある日、突然アディちゃんから決闘を申し込まれた。
こんなこともあろうかとデッキの準備は万全だったんだけど、どうやらアディちゃんが望んでいるのはこっちではない様子。まあ、当然か。
「それにしてもなんでいきなり。決闘を挑まれる心当たりがないんだけど」
「先輩にはなくても、私にはあります! エルくんを賭けて勝負です!」
「おいちょっと待て後輩」
いや本当に待ってアディちゃん。エルくんを賭けてってなんだおい。
ただでさえ、銀鳳騎士団に所属する一部の女性団員たちからの生暖かく期待に満ちた目が痛いというのに!
「もうすぐ完成する、先輩の新型機のお披露目模擬戦の相手を私が務めます。そこで私が勝ったら、エルくんは私のものです!」
「いや、だからね?」
いかん、アディちゃんが人の話を聞いてくれない。まるでエルくんのようだ。
しかし困った。これじゃあ埒が明かない。なんとかして俺のことを恋敵のような目で見ることをやめてもらわねば……!
「その決闘、合意と見てよろしいですね!」
「よろしくねえよエルくん」
ほら、そうしないとこうやって話を聞きつけたエルくんが飛んできちゃうし!
……この後、俺の説得もむなしく新型機お披露目模擬戦兼アディちゃんとの決闘がマッチメイクされました。いつものパターンだなおい!
◇◆◇
「さあさあ毎度恒例、先輩の面白すぎる新型機のお披露目模擬戦です! ガルダウィングのときはドタバタしていた上に戦闘向きではなかったので飛ばされてしまいましたが、今回はそんな心配もありません! さっそく新型機に入場していただきましょう!」
エルくん、実況好きだなあ。
そんなことを思いながら、俺は新型を前へと進ませる。機体は重いが気も重いぜ……。
ため息はコックピットの中で。俺は機体を砦内に用意された幻晶騎士用の練兵場へと進ませる。
響き渡るのはキュラキュラキュラという、普通の幻晶騎士ではありえない音。主にエルくんの新型機開発に携わっていて、俺が作っていたものについて詳しく知らない団員達のざわめきが会場に満ちる。
まあ、そうだろうね。こんなの、それこそツェンドルグの時並みに見慣れない形だろうし。
新型を開発した、とは言ってもエルくんの新型こそ今の銀鳳騎士団にとって最優先開発対象。俺の方はナイトスミスのみんなの手が空いた時間を使わせてもらって、新しく作ったのはせいぜい半分程度で残りはカルディトーレをベースにしている。
で、その新しく作った部分というのが。
「みなさん驚いたでしょう! 先輩の新型はその名も<カルディタンク>! 先輩発案による動力機構、
エルくんが嬉々として説明してくれた下半身。
前世知識を応用して作った戦車的な部分と、ついでに余裕ができた積載量と転んだときに起き上るためパワーを増した両腕だ。
すごいよね、ドワーフのみんな。速度とトルクを制御するためのトランスミッションも抜群の精度で仕上げてくれるし。魔力による強化もあるから履帯もあんまり千切れない。中々にバランスが良く扱いやすいんじゃないかと思う。俺は。
「結晶筋肉のパワーを回転として出力し、さらにその力で履帯を回転させることで効率よく、しかもどんな悪路だってへっちゃら。それこそ火砕流の中だって進めるんです! しかも安定性と積載量は抜群! 最高速度は幻晶騎士以上ツェンドリンブル未満といったところですが、圧倒的な馬力で荷馬車を引いてもほとんど速度が落ちません! さらにお気付きでしょうが両腕もカルディトーレのものから強化された特別製になっています。万が一倒れてしまったときでも、自力で起き上がれるよう長く、力強くなっているのです!」
いつぞやグランレオンのお披露目をしたときよろしく、エルくんが恍惚とした表情で解説をしてくれる。わかりやすいんだけどみんなは相変わらず引き気味だ。
ちなみにこのカルディタンク、本格的に農業やら大工仕事に使えるよう追加武装も用意してある。木を切り倒すためのチェーンソー、土を掘るためのバケットアーム、重いモノでも吊り上げられるクレーンに、岩盤粉砕用のドリル、整地用のドーザーブレード。戦闘に使える気はあんまりしないけどね!
……あと実はもう一つ厄介なものがあるんだけど、今日は使わないから放っておこう。
今回の装備はほぼ無手に近い。バックウェポンの杖以外は剣も盾も持たない、一番素に近い状態だ。
「ろくに武器も持たずに出てくるなんて、余裕ですね先輩。でも私は容赦しませんよ……!」
「ああうん、お手柔らかにね?」
対するアディちゃんは意気軒高。一応刃は潰してあるはずの槍を持ってるんだけど殺気すら感じられるツェンドリンブルが、既にしてがりがりと前足で地面を蹴っている。怖い。
だが、エルくんのアレっぷりとアディちゃんの性格からしてこういうことになるのはいずれにせよ避けられなかったこと。ならばここでどうにか話を収めなければ、銀鳳騎士団に俺の平穏はない。
やるだけ、やらねば……!
俺は珍しく戦う覚悟を決めて、練兵場の対角で戦いの始まりを今か今かと待ちきれずにいるアディちゃんのツェンドリンブルを前にして。
「それでは、
エルくんの号令一下、アクセル全開で突っ込んだ。
ちなみにこの新しい掛け声は、語呂が悪かったのかいまいち流行らなかった。
◇◆◇
「し、死ぬかと思った……!」
「激闘を制したのは、先輩だぁー! さすがガチタンだ、なんともないです! みなさん、あの頑丈さとパワーを讃えましょう!!」
パチパチパチと拍手が降り注ぐ中、くらくらする頭を押さえる俺。
アディちゃんとの試合も、相変わらずハードだった……。
試合開始と同時、全速力でまっすぐ突っ込むという判断を下したのはアディちゃんも同じ。どちらも二本足の幻晶騎士以上の速度が出せるだけに距離はあっという間に縮まり、ツェンドリンブルの槍がまっすぐこちらを……しかもなんかコックピット狙いだったような気がするけど、とにかく正確な狙いで突き出された。
その一合目は気合で逸らす。カルディタンクの腕は、重量のあるこの機体をいざとなったら自力で起き上がらせるためのものでもある。幻晶騎士2機分の重量を乗せた槍の突きでも、側面を殴れば十分逸らすことが可能だ。
そうして互いに決定打がないまますれ違い、アディちゃんは速度を緩めることなく場内を旋回。俺は逆に足を止め、その場で「回った」。
「なんだあれは……その場で滑って回っているのか?」
「それだけではないぞディートリヒ。よく見ると腰の部分も回転している。……なるほど、あれが回転動力というものか」
カルディタンクのモデルは戦車。下半身の戦車部分と上半身の人型部分は、当然独立しての回転が可能になっている。
それでいてコックピットからちゃんと指示出せるようにするの、結構苦労したんだよなー。
まあとにかくそんなわけで速度に勝るツェンドリンブルを無理に追いかけることはせず、しかし常に正面に見据えて俺は機を待った。
アディちゃんは冷静で幻晶騎士の操縦に関しても高い技量を持っている。エルくんの直弟子だけあってその点に関しては、それこそ中隊長3人にだって負けてはいない。
だからこそ、俺が勝つために、っつーか勢い余って殺されないようにするために必要なのは、カルディタンクだからこそ出来ることをどれだけ生かせるかにかかっていて。
「おーっとアディが攻める! 再びのランスチャージ、先輩も今度はかわせるかー!?」
ツェンドリンブルの性能は機動性特化の騎兵タイプ。足を止めることなど論外で、速度と勢いこそが武器。真正面から受け止めるなど愚策中の愚策で、どうにかして避けなければならない。
「先輩……食らええええええええ!」
「いやだよ! ふんぬっ!」
「うぇ!? う、受け止めたぁ!?」
と、いう常識を逆手に取った。
ツェンドリンブルの進路と交差する向きに調整しておいたカルディタンクの下半身に、交差の直前を見計らって前進を指示。わずかだが位置がズレたことで槍の穂先を避け、しかし激突するだろう機体の勢いを、俺はカルディタンクの両腕で……無理矢理掴んで止めた。
「な、なああ!? 浮いてる!? 走れない!?」
そして、持ち上げる。カルディタンクの腕のパワーは、有り余る積載量に物を言わせて極限まで高めてある。それこそ先王陛下たちの専用機として贈ったゴルドリーオとジルバティーガにも勝るほど。
しかもタンク脚の安定性はグランレオンの四脚すら凌駕して、その結果ツェンドリンブルの胴を掴んで持ち上げるという荒業すら可能にした。
「な、ならこのまま槍で……って、なんなのおおおおお!?」
当然、それだけでは勝てない。だが武器ならある。
そう、この手に、この足に。パワーと足回り、そして何より「ツェンドリンブル自身の重さ」を利用して。
カルディタンク、再び超信地旋回。ついでに上半身も同じ方向に旋回。
ツェンドリンブルを掴んだ腕は離さず、つまり一緒に回って遠心力に捕らわれて。
「きゃあああああ!? 目ーがーまーわーるー!?」
「おおぉぉぉ!? あ、あの技は!?」
エルくんの超興奮した声が聞こえたような気がしたけど、まあわからなくもない。俺がこれからやろうとしていることの予想がつけばそうもなろう。
戦車型のパワーを生かし、相手を掴んでぶん回し、そして投げ飛ばすこの技。この世界を分かつ大山脈の名を借りて、こう呼ぼう。
「オーヴィニエ……おろぉぉぉぉぉぉぉし!!」
「っきゃあああああああああ!?」
ちなみに、全力でぶん投げるとちょっとシャレにならないのでぺいっと放り投げる程度に加減しておきました。
◇◆◇
「うっ、ぐすっ。うぅ……先輩に負けた……これでエルくんは先輩のもの……。そんな、エルくんを失ったら、何もない……私には、びっくりするほど何もないなぁ……」
「アディちゃん!? 帰ってこい!」
その後。
なんかいつまで経ってもツェンドリンブルが動かないんで心配になって見に来たら、コックピットの中ではらはらと涙をこぼしながら放心しているアディちゃんが発掘されました。やべえ。放っておくと「ガンバリマス」しか言えなくなる奴だこれ。
「先輩? あ、ぁ……お、おめでとうございます。エルくんと、どうかし、幸せに……」
「やめろー! それ以上口にすると多分アディちゃんの心が死んじゃうから! あと俺は別にエルくんとどうこうとかないから!!」
この子、本当に人の話を聞かずに突っ走るよね!?
ええい、仕方ないどうにかして説得してやる!
「えーとえーと……そう、俺はむしろアディちゃんとエルくんのことを応援してるんだよ! とりあえず今度エルくんとアディちゃんとのデートのプロデュースとかしてあげようか!?」
「……本当ですか!?」
「アッハイ」
と、思って百万言でも費やす気でいたら一瞬で目に光が戻ったんですがこの子。
「エルくんとデート……デート……。割と普段からしてる気もするけど、デート……えへへ」
「そうそう、それでいいんだよアディちゃん。エルくんがアディちゃんのことを大事に思ってるのは傍から見ていてもわかる。……大切なのは、笑顔です」
「はいっ! これからは先輩のことをプロデューサーさんと呼ばせてください! アデルトルート・オルター、がんばります!」
そんな感じで、俺設計による3機目の幻晶騎士っぽいもののお披露目とアディちゃんの精神の均衡は無事にどうにかなったのでありましたとさ。
◇◆◇
「……のう、エルネスティよ。なぜオルヴェシウス砦に来るたびに周囲の畑が広がっているのだ?」
「それは、アグリ先輩が開拓しているからですね。グランレオンとカルディタンクで耕して土を盛って、モートリフトで細かくあれこれをやってるとあっという間に畑に変わるんだそうです。おかげでうちの砦はほぼ自給自足できそうな勢いになってきました」
「では、向こうの湯気が出ている小屋は」
「あれは温泉です。先輩がカルディタンクでどれだけ深くまで掘れるか試していたら掘り当てたので、浴場を設置しました」
「そうか……」
数日後、オルヴェシウス砦を訪れたアンブロシウスは日々見違える周囲の風景についてエルネスティに問い、割と真剣にグランレオンとカルディタンクの国土開発用としての重要性について考慮し。
『こらー! そっちは耕しちゃダメだって言ったでしょ!』
『うるさい! この辺の
『なら力づくで止める!』
『ふははやってみろ! ツェンドリンブルの相手はこの前のアディちゃんとの模擬戦で……!』
『どうせ直線的な動きしかできないなら! 薙ぎ払う!』
『うわあああちょっと待て待て待ってごめんなさひでぶ!?』
「……ああして耕していたのだな」
「はい。おかげで最近は先輩も楽しそうです」
巨大な鋤を引いて爆走するカルディタンクと、それを追い回して槍で殴り飛ばすツェンドリンブルを見て、やっぱもうちょっと慎重に考えた方がいいよね、と思い直したのでありましたとさ。