俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

40 / 43
銀鳳、転じて銀龍

 先日、相談を受けた。

 俺に相談を持ち掛けるとか正気かという驚きがまずあったが、それにも増してエドガーやヘルヴィが紹介してくるならまだしも、ディートリヒが仲介役だったときの衝撃は筆舌に尽くしがたい。

 まさか、紅隼騎士団の人間に誰かと相談するなんて知恵があるとはという驚愕に晒されていたのも束の間、実際は最近入団したばかりの割と新参な中隊長さんからの相談だと聞いて、少し納得した。

 

 なにせ、紅瞬騎士団は銀鳳騎士団第二中隊を前身とし、ディートリヒ率いる戦闘集団。

 古参の隊員たちはいずれ劣らぬ猛者であり、ぶった斬ると心の中で思ったならその時すでに行動は終わっているような、ヒャッハーの半歩先な団員ばかり。

 相手が俺とはいえ、人に悩みを相談できるようなインテリ騎操士がこれから先隼に交われば紅くなる、ならぬ朱に交われば赤くなるのかと思うと悩ましいが、まあなんにせよ話を聞くことは構わないよと返事をして。

 

 

「エルくん……団長が、怖くないか、と」

「はい」

 

 こういう相談をするときは、あんまりきっちり場を整えても緊張しちゃうし何かしながらの方が気も紛れていいよね! ということでカブの種まきにお誘いした。

 カブはいいぞ。農業の基本だ。牧場における物語はカブに始まると言っても過言ではないから。

 そんな感じで、話を聞いた。

 

「先日、大団長がマガツイカルガで魔獣の間引きをする任務に同行しました。……そして、思ったのです。もし万が一、大団長と戦うことになった場合。フレメヴィーラ王国の全戦力を合わせても勝てるかわからない、と」

 

 決闘級、とカテゴライズされる魔獣は幻晶騎士1機分くらいの強さのものを指す。

 それを何体いようがボンガボンガ倒してのけるのがイカルガでありエルくんであり、騎操士の常としてもし戦うことになったらと想定したときに「どうやっても無理」な力の差が一個人に依存するのは、許容して良い状況なのか。そういう悩みに苛まれたのだと。

 

「ディートリヒ団長は、もしそうなったら大団長の側につくので問題はないと言っていましたが……」

前科(じっせき)あるからね、ディートリヒは」

 

 聞いた話だが、エルくんとアディちゃんとついでに俺がボキューズ大森海の奥地に取り残されたとき、王城へ乗り込んで国王陛下にエルくん捜索を直談判したらしい。

 いざとなったら「やる」。そう思わせるだけのスゴみは確かにあった。

 

 とはいえこうなると、まじめに答えてあげるしかないだろう。

 エルくんという存在に対する恐れのありかと、その対応。

 

「結論から言うと、大団長の存在は恐ろしいよ。かなり。そしてそのことは、フレメヴィーラ王国が一番よくわかってる。……具体的にどのくらい怖がっているかというと、あのくらい」

「あのくらい、とは……オルヴェシウス砦?」

 

 それを極めて端的に示すのが、視界の先に見える立派な要塞、オルヴェシウス砦。

 防衛としての意味以上に幻晶騎士の拠点としての側面が強いが、そういう施設の建造ノウハウが砦くらいしかないのでああなった銀鳳騎士団のアジト。

 その中身は、エルくんの夢と希望と欲望とアイデアと無茶ぶりがぱんぱんに詰まったドキドキおもちゃ箱だ。

 

「オルヴェシウス砦は、色々と建前や機能もあるけど本質的にエルくんのためにあると言っていい。銀鳳騎士団団長として、だけじゃなく幻晶騎士の開発や指揮、運用に関しての権限も一個人に対してとは思えないくらい与えられている。……フレメヴィーラ王国についた方が得だ、と思ってもらうために」

「……っ」

 

 別にそれだけが理由というわけでもなく、エルくんの開発力を当てにしている部分も少なからずあるのだろうけど、エルくんを体制側に組み込むためという側面も多いにある。

 エルくん自身、やってることこそエキセントリックだがお行儀よく振舞える人物でもあるから、そこまでの心配はいらないはずなんだけどね。

 それでも、破格の待遇はすなわちそうまでしてもエルくんに離れてほしくない、敵に回ってほしくないという正しい理解によるものだ。

 

「なる、ほど。ありがとうございます。認識と、できる限りの対策はされていることがわかり、安心しました。……ですがアグリさん。最後にもう一つだけ、聞かせていただいてもいいでしょうか」

「もちろん。なにかな?」

 

 彼も見慣れているだろうオルヴェシウス砦に対する新たな視点を一つ。それだけで理解してくれるなんて、本当に紅隼騎士団の中隊長なんだろーかという驚愕に震える俺。

 このまま染まったりせず賢いままディートリヒの補佐をしてあげて欲しいなあと思っていたら、ついでの疑問が飛んできた。別にいいよー。なんでも答えよう。

 

 

「アグリさん自身は。エルネスティ団長が『そうなる』ことはないと、そう考えているのですね?」

「もちろん。団長はああ見えて物事をよく理解して、考えて動く人だから。イカルガが王都を襲う、なんてことはよっぽどよほどのことがない限りありえないから、心配しなくていいよ」

 

 

 そう答えたんだよ。この時は。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………魔法生物(マギカクレアトゥラ)、かー」

「はい。まだはっきりとしたことは言えませんが、イカルガの操縦席に乗ったウーゼル殿下の体から魔法生物らしき光が伸びているのを見ました」

 

 オルヴェシウス砦までの距離はそんなにないながら、事態の詳細を聞く時間くらいはあった。

 エルくんが語るところによると、エムリス殿下、ウーゼル殿下を中心に遠乗りに行った先で、ウーゼル殿下がイカルガの操縦席に乗りたがったのだという。

 うっかりで動かせてしまうようなものでもないし、そうでなくともエルくん自慢のイカルガに憧れてくれるのは嬉しかったのだろう。快く受け入れた結果、それが起こった。

 

「僕はこれから、オルヴェシウス砦で装備と戦力を整え次第出撃します。先輩は先んじて王都へ向かい、ディートリヒさんと現地守備戦力の援護をお願いします」

「そういうことなら、ガルダウィングくらいは背負っていった方がよさそうだね。なんにせよ、時間との勝負か……」

 

 イカルガの異常な動き。シルフィアーネ側に乗っていたアディちゃんすら制御権を奪われ、常人ではもはや歩かせることすらロクにできないアホほどの操縦難易度を誇るイカルガを操り、ディートリヒのグゥエラリンデをあしらい、遠乗り先の湖の畔にあったウーゼル殿下の療養院を破壊し、飛び去ったのだと。

 

 その原因と思われるものが、イカルガとウーゼル殿下をつないでいた魔法生物らしき光にあるという推測は、そう的外れのものとは思えない。

 

「……なるほどねえ」

「先輩?」

 

 浮遊大陸で目にした魔法生物。光そのもの、エーテルそのもののように見え、生物や幻晶騎士に寄生・融合して周囲を襲う小型のものと、大陸内の高濃度エーテル内に潜んでいたと思しき大型のもの。今回見つかったのは小型のものだろうが、それが「イカルガの中に潜んでいた」のなら。

 

「一応、責任として。――エルネスティ団長」

「――はい」

 

 立場的に言っておかなきゃならないことってのは、あると思うわけさ。

 オルヴェシウス砦にはもうすぐ着く。それまでには結論の出る話だ。

 

 

「浮遊大陸において、イカルガと並んで巨大魔法生物と直接の接触をした3機。グランレオン、ガルダウィング、カルディヘッドの即時解体を進言します」

 

 

 これだけは、話として出しておかなければならない。

 その進言を、エルくんは数秒黙って吟味して。

 

 

「……進言、確かに聞きました。そのうえで結論は――否です」

 

 そう、決断した。

 

「まず、今は緊急事態です。銀鳳騎士団の全戦力を投入すべき状況なので、不確定なリスクのために戦力を減らす余裕はありません。加えて魔法生物は今日まで活動を確認できなかった以上、通常は極めて影響力と脅威の小さい存在だと判断します。……そして最後に、もしグランレオンたちの中に魔法生物が潜んでいた場合、それは今後の対応を検討するうえで貴重なサンプルになるでしょうから」

「了解。まあ言ってみただけだから」

 

 多分そうなるだろうなとは思っていたけれども、「話を出しておいた」という事実が大事だしね。

 グランレオン操縦中なので前を見たまま、膝の上に横座りして俺の首に腕を回して体を固定したエルくんの視線を横顔に感じながらその話を済ませた。

 

 ……いや、なんでこんな乗り方になってるんだろうね?

 そりゃあ、道中で状況説明をするにはこのくらい近い方がいいんだろうけど、こんなところアディちゃんに見られたらまた大変なことになるんですけど!!

 

 

「それはそれとして、エルくん。本音は?」

「事実上、自らの意思を持つ金属生命体、即ち生きた機械ですよ! それをなくすなんてとんでもない!」

「その意思とやらと共存できないんじゃねえかって話なんだよ」

 

 そんな状態でも、話を済ませておいてよかったなと心底思う。

 こんなの人に聞かせらんないよ!

 

 

「鍛冶師隊のみなさん! 銀鳳騎士団全戦力出撃準備! イカルガは使えないので、トイボックスに最重装備の用意を! ……敵は、王都(カンカネン)にありです!!」

「その言い方だと俺らが謀反人になるからやめて! ……あー、悪いんだけど、誰かガルダウィング背負うの手伝ってくれる? 接続次第、俺は先に出るから」

 

 オルヴェシウス砦の門へと突っ込み、盛大に土煙を上げながらフルブレーキ。

 止まりきる前に飛び出して指示を出すエルくんと、にわかに動き出す砦内に収められた銀鳳騎士団の戦力。

 向かう先は王都。

 遠くはないけど、だからこそ重要な、負けられない戦いが、すぐそこまで迫っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 フレメヴィーラ王国、王都カンカネン。シュレベール城。

 一国の王都、王城としての華美はもちろん備えているが、その出自と本質は対魔獣の前線基地としての側面が少なからずある。

 当然のこととして王城に詰める騎操士は精鋭で、幻晶騎士は一線級。突如の魔獣襲来があったとしてもすぐに対応できるだけの備えがある。

 

 それが魔獣程度のモノであったのならば、なんとかなったのだ。

 

「くっ……、エドガー! 無事かい!」

「ああ、いまはまだ、な。だがあとどれだけ持ちこたえられるかは、聞いてくれるなよ」

「ほんっと、厄介ったらないわ!」

 

 それは、宙に浮いている。

 魔法の爆炎を細く、鋭く、精密に噴き出すことによって何に支えられることもなく重力に逆らって高みから見下ろす鬼面。

 六腕を拡げた姿も禍々しく、各手に持った長大な剣は時に幻晶騎士すら一撃で屠る炎を放つ。

 

 イカルガ。

 魔獣を凌駕する最強の化身が、フレメヴィーラ王国に牙剥く敵の正体である。

 

「エルネスティが操縦しているのではないとはいえ……なんの慰めにもならん!」

「まともに動かせる、ってだけでもここまでだなんて。大団長の強さを知ってたぶん、イカルガ自身の戦力を舐めてたってことかしら」

「そんなつもりはなかった……と言いたいところだが否定できないね。どうやら私の目も多少は曇っていたらしい」

 

 唯一の救いは、その操縦者がエルネスティではないことか。

 おそらく魔法生物に寄生された状態だろうフレメヴィーラ王国第一王子ウーゼルが、病に蝕まれ続けた人生で溜め込んだ全てを吐き出すように暴れている。それが真相だった。

 

 だが、もたらされる破壊は侮れるものでは決してない。

 王都カンカネンに飛来したマガツイカルガは、騎士団が襲来を補足する間もなく王城の門を破壊。

 その姿から予想される「銀鳳騎士団の反逆」という最悪の事態に戸惑う騎操士たちを尻目に放った王城本体への直接攻撃こそ駆けつけたディートリヒが防いだものの、その後駆けつけた白鷺騎士団のエドガー、ヘルヴィを含む戦力と元から王城に詰めていた精鋭たちの奮闘をもってしても、被害を完全には防げていない。

 ウーゼルの意思のせいか攻撃の狙いが王城に集中しており城下町への被害こそ出ていないが、それもこの状況ではいつまで続くか。そういう事態になりつつある。

 

 ディートリヒたちが果敢にイカルガへ挑みかかり、白鷺騎士団が守りに徹することで王城へ魔法が直撃することは防げているが、余波や多数の幻晶騎士の大立ち回りによる損傷は少なからず蓄積されて行っている。

 幸いにして騎操士の被害は出ていないが、イカルガが放つ轟炎の槍(ファルコネット)を防ぐ可動式追加装甲は一撃受ければ交換しなければならなくなる使い捨てのような有様で、戦線離脱を余儀なくされた幻晶騎士も出てきていた。

 

「くっ……! あの一撃でも倒せんとは、どうすればいいというのだ……!」

 

 そして、最たる被害がエムリス駆るジルバティーガ・イーグルだ。

 急ぎ王都へ駆けつけるため、ウーゼルが魔法生物に寄生された遠乗り先に置いてきたゴルドリーオに代わって祖父である先王アンブロシウスから借り受けた兄弟機に乗って参戦し、エドガー達の援護もあって最大級の火力を誇る法撃、真・獣王轟咆(マッシブ・ブラストハウリング)を叩き込んだ。

 

 にも拘らず、イカルガは健在。

 ジルバティーガは最大威力と引き換えに、もはやまともに動ける状態ではない。

 これまで数多の戦いで頼もしく肩を並べた幻晶騎士を見上げながら感じる恐怖と絶望。イカルガと相対してきた敵たちの気分など、決して味わいたくなかったというのに。

 

「……ああ、そうか。これが『勝利』というものなのだね。とてもいい気分だ。ありがとうエムリス。『私』にコレを与えてくれて」

 

 ジルバティーガに突き付けられる銃装剣。

 見せつけるように力を溜める轟炎の槍の赤い炎。

 意思は折れておらずとも、機体は限界だ。もはやエムリスはただ見上げるより他にない。

 

 自分に向けて放たれようとしている灼熱と、そのさらに向こうの城壁の上、勝ち誇った背中に向かって飛びかかる、魔獣によく似たその姿を。

 

「……なにっ!?」

――ガオオオオオオオオオッ!!

「……やれやれだ。あとは頼んだぞ、アグリ」

 

 イカルガの膂力は強い。ここに至るまでの戦いで、紅隼騎士団のカルディトーレ複数機を同時に相手してなお互角以上に押し合ってみせただけの出力を持っている。

 だが、空中にあれば。

 イカルガといえども自身の重量を支えているのはマギウスジェットスラスタによる推力とそのバランスによってのみ。人型の幻晶騎士のみを相手にしていたところに、四脚から繰り出される予想外の瞬発力で組みつかれれば、その場にとどまることはできないのが道理である。

 

 この戦いにおいてはじめて、イカルガが地に引きずり下ろされた。

 慌てて起き上がろうとするイカルガの首が、ぞっとするほど長く鋭い牙を突き立てられのたうち回る。

 まさしく獣に襲い掛かられるがごときその様は、さきほどまで頂点にあったイカルガを一瞬で被捕食者へと堕したかのようで。

 

「くっ……! 調子に、乗るなっ!!」

「おっと、危ない危ない」

 

 胴体を蹴り飛ばされるのを予期していたか自ら飛び退り、空中で身を捻って着地。四足でがりがりと地面を削って止まり、ようやく誰もがはっきりと捕らえられたその姿は、まさしく鋼の獅子のそれ。

 グランレオンが、参戦した。

 

「来たか、アグリ!」

「エルネスティに言われて駆けつけたのだろうが、思ったより早かったね」

「背中にガルダウィング背負ってるってことは、飛んできたの? それなら納得だわ」

「大体そんな感じ。とにかく急いで来たわけなんだけど……」

 

 イカルガ相手に奇襲でひと当てかまして余裕が出たのか、グランレオンが頭部を巡らせる。

 王城の一部が崩れて黒煙を上げる。防衛拠点として幻晶騎士の運用も想定しているとはいえ、紅隼、白鷺両騎士団のほぼ全戦力がひしめく場内は手狭な印象を受ける。

 城門はイカルガによって真っ先に吹き飛ばされたため瓦礫の山に近い有様。

 隅の方ではイカルガの攻撃から王城を守ってきたカルディトーレが追加武装の交換に勤しみ、今だ戦場の緊張感が冷めやらぬ様子をアグリはひとしきり見て取って、理解して。

 

 

「どうやら、始まったばかりらしい。間に合ってよかった」

 

 

 宣った。

 

「いやこの状況見なさいよどこが始まったばかりよめちゃ出遅れよ!」

「えー」

「何がえーだ。私たちの苦労、見てわからんとは言わせんぞ」

「でも、エルくんが乗ってないとはいえ相手はイカルガだし? 王城が更地になってないなら十分セーフでしょ」

「…………それは、まあ、そうかもしれないけれども」

 

 そして雲散霧消する緊張感。

 団長格の同期4人のやり取りに、あるいはここが死地になるかと覚悟していた団員たちの気が抜けて。

 

「ふ、ふふふ……そうか、そういうのもいる、のだったね。『私』も話には聞いたことがあるよ。獣そのものともいうべき幻晶獣騎(シルエットビースト)とやらがいると」

「知っててくれるとはそりゃどうも。恐れをなして大人しくしてくれると嬉しいんですが」

「そうは……いかないね!」

 

 勝利の美酒を味わい損ねたウーゼルの怒りに火を注ぐ。

 既に立ち上がり、新たな敵を前にいったんは様子を見ていたイカルガが再び攻撃を開始した。

 手始め、とばかりに突き付けられる銃装剣と、そこから即座に放たれる轟炎の槍。

 何もせず、直撃すれば敗北どころか死すらもありえる法撃が無造作に放たれる。

 

 だが、満身創痍に近いとはいえ単純な法撃を食らうようでは銀鳳騎士団でやっていけない。左右と上空それぞれにアルディラッドカンバー、グゥエラリンデ、シルフィアーネの3機が分かれ。

 

「いないっ!? ……いや、下か!? うおおっ!!?」

 

 一方、グランレオンは影となる。

 

 ただでさえ低い全高よりさらに低く前へと身を投げ出し、轟炎の槍をなんとくぐった。

 そうすれば、目の前にあるのはイカルガの足。

 腕は6本あろうとも、足は他の幻晶騎士と変わらず2本のみ。正面からならグランレオンの突進すら押し返せる膂力があるとはいえ、まともに向き合えなければ文字通りに足元を掬われるのは避けられない。

 

「くそっ! この程度で!!」

 

 転びかけた状態で、イカルガはマギウスジェットスラスタを噴射。背面飛行でその場を逃れ、距離を取って体勢を立て直す。

 加えて、追撃に来るグランレオンに向かって機動法撃端末(カササギ)を一斉投射。

 ただまっすぐに迫りくるなら法撃の網で絡め取ればいい。炎の壁が愚直に突き進むグランレオンを狙うまでもなく包み込み。

 

「どっせい!」

「なっ!? 速い!?」

 

 原理としては、ディートリヒが駆使するマギウスジェットスラスタによる瞬間的な加速と同じこと。

 グランレオンはそれに加えて四脚分のパワーも加え、四方八方から伸びる炎が閉じる前に抜け出した。

 幻晶騎士であればあくまで人型で、数も多く普及している。動きに予想もつけば、見る機会も多い。

 しかしグランレオンは四脚、獣型。何をするか何ができるのか、その理解に一瞬の隙があった。

 

「それでも、この機体は最強なんだよぉ!」

「ええ、たしかに。機体『は』最強ですね」

 

 再び迎え撃つべく、イカルガの膂力で振るわれる銃装剣。

 それが動き出すのを見るまでもなくわかっていたとばかりに、せっかく得た速度と詰めた距離をグランレオンはあっさり捨てて進路を変えた。

 イカルガの周囲で土くれが弾けること三度。宙に浮いたそれらが地面に落ちるより前に、イカルガ側方に回り込んで爪の一撃を叩き込んだ。

 

「ぐうううううっ! このお!」

 

 その程度、イカルガには大したダメージになりはしない。

 しかしこの攻防、間違いなく「上回られた」という事実がウーゼルの中に刻まれた。

 

 形状からして既存の幻晶騎士とは全く異なるが、それを差し引いてもイカルガの方が圧倒的に強力だ。

 それでありながら一蹴できないということは、間違いなく相手が騎操士としてウーゼルを上回っているからに他ならない。

 そのこと自体に不満はない。王族とは名ばかりで、所詮貧弱育ちの死にぞこないだったのだ。ウーゼル自身が及ばないことには納得ができた。

 

 だが、今の己はウーゼルではなく、人ではない。

 魔法生物と、そしてイカルガと一体となった『私』とは、すなわち最強でなければならないのだ。

 

 

 いら立ち紛れに銃装剣から轟炎の槍を乱射して近づかせないようにする。

 先ほどの一撃とてイカルガにとっては大したダメージではない。100度繰り返されても致命傷には至らないだろう。

 

 その100度を、今のままでは本当に食らうことになるかもしれない。そんな予想が脳裏を過った。

 

 もちろん、イカルガの一撃はまさしく必殺。実際には100度に届く前に決着に至るだろう。グランレオンの参戦は、彼らの敗北を少し遅らせるだけの結果にしかならない。

 しかしそれが、勝利と言えるのか。黒い染みのような怒りがじわりと沸き上がり。

 

 

 同時、その感覚に気が付いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「まさか、いや、そうか……! なぜだ! なぜ『きみ』が『私たち』と争う!?」

「え、そりゃ王城狙われたからですけど……」

「うるさい! きみには聞いていない!」

「理不尽!?」

 

 第一王子殿下、という敬称を今もつけて呼ぶべきか、だいぶ悩ましいことになったウーゼル王子からの問いかけに答えてみたら、めっちゃ罵倒されました。なんでじゃい。

 

 というか、マジで勘弁してほしい。病弱で幻晶騎士なんて乗ったこともない、と聞いていたのに魔法生物に寄生されたせいかイカルガを使いこなして襲ってくるとか、悪夢以外の何物でもない。

 戦い方そのものには隙があるけど、その隙を常に突き続けなければ即死というのは笑えない冗談だ。

 

「『私たち』はもはや人など超越した! 恐れるものなど何もないだろう!?」

「いや、色々ありますよ怖い物。うちの団長とか団長とか団長とか」

「そんなもの! こうしてイカルガがある以上頂点は『私』だ! ……わからず屋め!」

 

 しかも、なんか話が通じてるような通じてないような感じがある。意味は通じないでもないんだけど、ちょっとこちらの発言に被せるようなタイミングで喋ってくるし。

 なんなんだろう。魔法生物に寄生されたことによる錯乱状態、と言われればそれはそれで納得できるんだけど……変な感じだ。

 なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 反応速度が速いというよりも、俺がどう動かすかがわかっていて事前に、そして勝手にグランレオンが動いているかのような。

 ……それだけだったら俺とグランレオンの調子がいいで済ませられなくもない話なんだけど、魔法生物に憑り付かれた人と戦ってる最中だと考えると、嫌な想像をしそうになるなあ。

 

 

 ともあれ、それも全ては終わってから考えよう。

 俺を近づかせないためもあるだろう、轟炎の槍をとにかく連射する方向に切り替えたイカルガに近づけないまま周囲を走り回って避けながら、しかしある方向にだけはイカルガが向かないよう適宜進路を変えていく。

 

 

 そうすれば、俺の役目はもう終わる。

 

 

 ウーゼル殿下は気付いていない。

 そもそも、この戦いがどういうものなのか。

 

 王城を舞台としたウーゼル殿下操るイカルガとその他多数の幻晶騎士の戦い。そう思っていたのは向こうだけだ。

 

 銀鳳騎士団は、そして俺は、この戦いにおいて前座でしかない。

 この戦いが始まったのは、イカルガの王都到達よりもずっと前。

 

 

「イッッッッッッッッ……!」

 

「――ッ!?」

 

 

 「エルくんから、イカルガを奪った」その瞬間に始まっていたのだから。

 

 

「……ッカルガーーーーーー!!!」

「うおわー!?」

 

 

「はーいお疲れっしたー」

 

 最高にノリノリのエルくんが飛んでくるまでで、俺たちの出番は終わりなんだよ。

 

 

「よし、エルネスティが来たな。我々が水分補給と腹ごしらえをする時間くらいはあるだろう。誰か、準備を頼めるか」

「幻晶騎士の装備の交換と補給も、今のうちに済ませておきなさいね」

「部隊の再編制もしておこう。みんな、それぞれの騎士団ごとに集まってくれ」

 

 王城上空、なんか幻晶騎士ではありえないゴツゴツゴテゴテのシルエットが、とんでもなく楽しそうな叫びをあげながらイカルガにブチあたって飛び去って行くのを確認して、俺たちはもう戦闘が終わったかのごとく次へと動き始めるのだった。

 銀鳳騎士団新参の人たちや、王城勤めの人たちからドン引きの目で見られている気がする。

 仕方ないじゃないか! 今はこれが正解なんですぅー!

 

 

「しかし、悔しいものだね。アグリはああもイカルガと張り合えるとは」

「張り合えてない張り合えてない。死なないようにするのが精いっぱいだったから。それに、騎操士もエルくんじゃなかったし。エルくんが乗ってたら、カルディトーレ相手でもグランレオンなんて10秒で三枚おろしだよ」

「そうかい? だとしても、私としては歯がゆいものだよ……」

「その辺は気の持ちようの違いだと思うよ。ディートリヒは何かあったらエルくんについていくつもりだろうけど、俺は何かあったらエルくんに決闘申し込まれるかもと思って生きてるから……」

「…………心中察するよ」

「そんなことありえないって言ってくれよぉ!」

 

 

◇◆◇

 

 

 王都カンカネンは、フレメヴィーラ王国の建国にまつわる歴史の必然により、オーヴィニエ山脈に背を預けるがごとく国土最西端にある。

 なので、王都からほんの目と鼻の先、すぐそこにオーヴィニエ山脈の山肌と、その頂上を飾る雪化粧が見て取れる。

 

 雄大な天険は人類の主たる生存圏である大陸西方と魔獣ひしめく東方を隔てる絶対の壁であり、不動にして堅牢なその峰は常に変わらずそこにあり。

 

 

――ずどおおおおおおおん

「今いるのはあの辺か」

「いや待て。さっきの推定トイボックス、対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)を叩き込んでいなかったか?」

 

 なんか、めっちゃ土煙が上がっていた。

 さすがに地響きが伝わってくるみたいなことはないんだけども、土煙が上がって数秒してからうっすらと音が聞こえてくる辺り、どんだけの衝撃だったのかは想像したくない。

 

 

 エルくんが、来た。

 イカルガは取られたからと、代わりにトイボックスにある限りの装備をいっぱいに詰め込んで。

 俺は一足先にオルヴェシウス砦を出てきたから具体的にどういう有様になり果てたのかは知らないけど、エルくんは最重装備を指示していた。

 ……これまでエルくんが嬉々として開発し、使う機会もなければエルくん以外に使いこなせる人もいないから死蔵されていたビックリドッキリ魔導兵装の数々がここぞとばかりに火を吹くことになるのだろう。

 いつぞやその辺の装備一式引っ張り出してトイボックスの前にずらりと並べて「ウェポンロードディスプレイ……ッ」とか悦に入っていただけに、まとめて使える機会が来てウッキウキなのだろう。

 あんなエルくん、絶対に相手したくない……。

 

「王都にこんだけの被害出されたうえで言うのもなんだけどさ。……ウーゼル殿下もかわいそうだよね。特に今この瞬間」

「…………私としては色々な感情があったのだが、今胸中にあるのはまさしくそれだな、うん」

 

 王城の厨房からだろう、幻晶騎士に乗ってる騎操士の補給としてパンやら干し肉やらを持ってきてくれている人たちが用意を進めてくれている傍ら、さっきから法撃の光がドンパチしているオーヴィニエ山脈を遠く眺める俺たちの心は一つ。

 

 

「もう全部エルくん一人でいいんじゃないかな」

「あんまり否定しきれないこと言うのやめなさいよ」

 

 

◇◆◇

 

 

「祭りの場所は……ここですか!!」

 

飛翔燃刃(トマホゥゥークブゥーメラン)!!」

「どこがトマホークなんだい!? どう見てもただのブーメランだが!?」

 

「轟炎の槍なんて効きません! このEフィールド・ジェネレーターがあればね!」

 

「爆導索って、ロマンですよね……」

 

「やられっぱなしだと……思うなぁ!」

「ああっ! なんてこと! ミサイルとかビームとか剣とかゴーガンとかヨーヨーとかが! 超硬芯回転鉄拳(ドリルナックル)まで!? こんなに撃ち落とされてしまうなんて……みんな使いたかったのに!!」

 

 

◇◆◇

 

 

「やっぱり全部エルくん一人でいいんじゃない?」

「……………………………………………………」

 

 あ、今度は黙っちゃった。

 うっすら聞こえてくんのよ、拡声器で拡大された声が。ついでに遠目にも見えるバラエティ豊かな武装の数々と立ち回りを合わせれば、エルくんが大体こんな感じで暴れ散らかしていることは疑いの余地がない。

 そんなのを相手に撃墜されずに持っているあたり、イカルガの性能を差し引いてもウーゼル王子with魔法生物の根性は大したものだ。普通の騎操士だったら既に5回くらい心折れるか目の前にすっ飛んでくる異常な武器にビビり散らかして戦意喪失しているだろうに。

 

「前に、さ。エルくんが言ってたんだよ。俺たちのことが羨ましいって」

「ほう、その心は?」

 

「『僕が一番イカルガを好きなのに、僕だけがイカルガと戦えない』だって」

「……夢が叶ってよかったわね」

「付き合わされている側は地獄だろうがな」

 

 決して良いこととは言えないこの事件。せめてもの救いがあるとすれば、エルくんが楽しんでることくらいじゃないっスかね。

 

 

「あ、イカルガ墜ちた」

「よし、各員補給は済んだな。いかに大団長とはいえ、イカルガ相手では相当に消耗していることが予想される。援護に向かうぞ!」

 

 とはいえその時間が終わるのも、早いか遅いかの違いでしかなかったようだ。

 イカルガはトイボックスから追加武装の数々を引き剥すことには成功したものの、それはある種の枷を解き放ってしまったのと同じ。身軽になったトイボックスが斬りかかり蹴り飛ばし投げ飛ばし、でついにイカルガは地上に落下した。

 それでもなおドゴンバゴンと聞こえてくるのでまだ戦闘は継続中なのだろうが……まあ、それでも趨勢は変わらないだろう。そう遠くないうちに、決着はつく。

 そうなったらなったで、さすがにダメージも溜まっているだろうエルくんの救援と、撃破したイカルガの残骸回収その他もあるし、なんなら機体の方がもたなくて倒しきれていない、なんてこともあり得る。

 それらを想定するエドガー達の指揮の元、俺たちは装備その他を整えなおしてイカルガの落下地点へと向かった。

 

 

 そして、そこは。

 

「空から……オーロラ!? また高空のエーテルを引きずり込みますか! 騎士団、総攻撃です!!」

 

 再誕の場。

 そう呼ぶべきものなのだろうと、なぜか俺は直感した。

 

 機体としては、イカルガもトイボックスも大破状態に近い。

 イカルガの方なんて折れて砕けた銃装剣を手に、首とシルフィアーネを失って文字通り矢尽き剣折れた状態。

 そんなイカルガを立って見下ろす勝者だろうトイボックスも、ただ立っているだけで全身から異音をきしきしさせている。もしあと一手、攻守が入れ替わっていれば立場も逆になっていたかもしれない。

 

 だが、それでもイカルガに潜んだ魔法生物は足掻いている。

 浮遊大陸で見たのと同じ、空から降るオーロラという悪夢のような光景。あれは高空にたゆたう高濃度エーテルをそのまま引き込んできたもので、魔法生物のような実はエーテルそのものかもしれないような存在が接触すればどれだけの現象を引き起こすか、想像もつかない。

 

「間に合え……ッ!」

 

 それは、浮遊大陸の戦いに参加した者たちならみんなが身に染みている。駆けつけた銀鳳騎士団たちが放った魔導兵装が着弾し、爆炎が消え去るのを待つことなくディートリヒが突撃。いまだ動く素振りのないイカルガにトドメの剣を振り下ろし。

 

「なん……だとぉ!?」

「折れたァ!?」

 

 イカルガは、本当に動かない。

 身じろぎ一つせず、まともに叩き込まれたディートリヒの剣の方が、冗談のように折れ飛んだ。

 

 それを為したイカルガの、色が変わる。

 トレードマークたる蒼が全身から引いていき、光沢のある銀色がじわりとにじむ。

 だが、単純に銀とは言い難い。表面の色が、絶えず万色に変化し虹を鋳込んだようにすら見えるその色。幻晶騎士に多少なりと関わっているものなら、一度ならず見たことがあるはずだ。

 幻晶騎士にとって最も重要な、この世で最も硬い金属として。

 

「ディートリヒ! 合わせろ!」

 

 莫大な魔力に物を言わせた尋常ならざる強化魔法が施されているとはいえ、イカルガも幻晶騎士。避けることすらせずに対魔獣対幻晶騎士を想定した剣の一撃を受けて無傷不動で剣の方がへし折れるということはありえない。

 

 すなわち、「コレ」はもはやイカルガではない。

 

 それを察したのだろうエドガーが回り込み、ディートリヒともども魔導剣(エンチャンテッドソード)を抜いた。

 現状、グゥエラリンデとアルディラッドカンバーが持つ最大の切り札。大量のマナ消費と引き換えに、イカルガならぬ通常の幻晶騎士の領域を逸脱した破壊力を発揮するそれを、万に一つも避けられぬよう左右同時に叩き込み。

 

――!!

 

 イカルガが、首もないまま手を伸ばす。

 どうやって周囲を認識しているのか、小型のマギウスジェットスラスタを搭載して増した剣速を完璧に見切り、刀身を掴んだ。

 

 

 力を加えた、と見えたのはほんの一瞬。

 それしか耐えることはできず、魔導剣すらもが、砕かれた。

 

 

 そして姿が変わり始める。

 腕が太く、人のそれではない造形となる。

 爪が伸び、脚はまさしく獣のそれ。

 トイボックスとの戦いで外れかけていたシルフィアーネ三世(サード)を取り込み、尾となり伸びて、スタビライザが巨大化して翼になる。

 失われたはずの頭が生えた。

 イカルガの顔を備えた長い首。その先で角が伸び口が裂け牙が輝くそれを、一目見た者は「龍」を連想するだろう。

 

 

「どういう、ことだ……?」

「一体、なんなんだ、これは……!」

 

 打つ手なし。

 トイボックスは全武装の喪失と機体への甚大なダメージ。

 グゥエラリンデとアルディラッドカンバーは最強の兵装が破壊された。仮に直撃させられていたとしても、それが有効打になったかも今になっては怪しいが。

 そのうえ目の前で進行する異形への変化。

 どうすればいいのか、わからない。

 

 次の行動を決めあぐね、3機の動きが止まり、イカルガを邪魔する物はもはやなく。

 

 

「っ!」

 

 俺は、グランレオンを走らせた。

 その一瞬前に、グランレオンが走り出していた気もする。

 

 切れなくていい。倒せなくていい。それでも今、アイツの自由にさせるのは良くない気がする。

 咆哮。少しでもこっちを見ろ。あえて大げさに飛んだ。光学的に周囲を認識しているかすら確証がないが、目立つように体を広げ、振りかぶった爪を叩き込む。

 

 

 グランレオンの爪は、決して鋭いものではない。

 そもそも用途としては攻撃用より飛んで走ってとするためのグリップとしての側面が強い。

 剣というよりは鉈のようなもので、力と重さに任せて振りぬいて引き千切るのがせいぜいだが、剣すら通じない相手にはむしろ都合がいい。

 殻は破れなくても中に衝撃が通ってくれれば少しは効くかという、かすかな望みにかけての一撃を放ち。

 

 

 最初は、外れたのだと思った。

 

 避けられる可能性を考えていなかったわけではないから、なんの手ごたえもなかったときも無理して体勢を整えずそのまま前転して距離を取りつつ振り向いて。

 

 

 狙った腕の一本が、そこにはなかった。

 

 生え代わったイカルガの顔に、表情が浮かんでいるように見える。

 人に例えるならば、目を丸くして時が止まったかのごとき無表情。

 グランレオンの爪により、すっぱりと切れた腕ががらんがらんと音を立てて転がるところに目を向けすらせず。

 元からそういう造形だった、と言われた方が納得のいくほど滑らかな切断面を晒す肘から先をぼうと見つめ。

 

――!?!?!?!?

「暴れ出した! 危険だ、距離を取れ!」

 

 その直後、長大な身をよじりだす。

 マガツイカルガニシキ状態のうえ、装甲形状が変化して異形となり果てたその体、どう動くか予想がつかな過ぎて近づけたものではない。

 駄々をこねる子供のごとくにじたばたと暴れるだけながら、魔導剣すら効かないその体にぶつかれば幻晶騎士がどうなるか。まさかこんなのが戦闘における最適解になろうとはと言う驚愕とともに距離を取り。

 

「エーテル円環……! 飛んだ!?」

「逃げ、た……?」

 

 空に落ちたか、と思うほど唐突に、すさまじい速度で、そして一目で源素浮揚器の原理的な限界高度を越えたと思しき高度まで飛び上がり、姿を消した。

 

 誰もが動けずに空を見上げる中、静寂だけが積み重なる。

 戻ってこない。逃げられた。そう確信できるまでは、しばらくの時間が必要だった。

 

 

「主が『おまえの名は何か』とお尋ねになると、それは答えた。『我が名はレギオン。我々は大勢であるが故に』」

「大勢じゃないから」

 

 イカルガの成れの果てが既に見えなくなった空をトイボックスで見上げながら、エルくんが言う。

 その内容こそ冗談みたいなものだが、言わんとすることは理解できるものだ。

 

 あれはもはやイカルガではなく、人でもない。

 この世に生まれ落ちた新たな魔獣。それに、ふさわしい名をつける必要があるのだと。

 

「では改めて。『イカルガ・シロガネ』。生みの親として、貴方に手向ける二つ目の名前です」

 

 贈る言葉にどこか晴れ晴れとした響きがあるあたり、エルくんはさすがと言うほかない。

 

 あの魔獣。間違いなく最新にして最強、人類の脅威になるだろう。

 ……そして、その対処はまず間違いなく銀鳳騎士団がすることになって、俺も駆り出されるんだろうなあ!!!

 

 

 

 

「……………………やっぱり『ゲーミングイカルガ』の方がいいでしょうか」

「みんなー! あの魔獣のことは『イカルガ・シロガネ』と呼称するようにって団長が言ってるよー!!」

 

 既成事実でさっさと名前確定させないとあかんやつだこれ!

 

 

◇◆◇

 

 

 なお、その後。

 

「ちょっ、ちょっと……! アグリ、何よそれ!?」

「グランレオンに、光のたてがみ……!?」

 

「へ? 光の、たてがみって……まさか」

 

 いつの間にか機体に起きていたヤバめな謎の現象に気付き、転げ落ちるようにしてコックピットから逃げ出すのは数秒後のことだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。