「うああああっ! どうして……どうして……ッ! 僕は、なんて無力なんだ……! すみません、先輩っ……!」
「…………」
厳然たる事実として。
何をどう言い繕おうとも、「イカルガが王城を襲撃した」という事実は王都の住人たちの多くに目撃された隠しようがないことだった。
これ絶対爆速で噂となって国中を駆け巡るやつだ、という未来は想像に難くない。
そりゃあもう、最悪の場合はイカルガへの抵抗=死と的確に判断した貴族たちが勝手に銀鳳騎士団傘下に馳せ参じて国が二分の内戦状態、という事態もあり得た。
少なくとも王城内に緊急招集されたフレメヴィーラ王国首脳部の会議ではそういう事態が想定され、早急に対策するべき懸念事項として検討されたらしい。
俺たち、自動的に賊軍になるところだったよ……。
ともあれ、そういうのも踏まえて結論は出て、対策は実施された。
ウーゼル王子に関しては他言無用。そのうえで、事情を説明する。
「銀鳳騎士団が
お判りいただけただろうか。何一つ嘘は言っていないのだ。
真実を隠さず、しかし全てを伝えるわけではないという絶妙の匙加減で現実との整合性を取りつつ国民に安心を与える、さすがの対応と言えるだろう。
浮遊大陸でも確認された似たような現象は、取り込まれた人間の意識が極めて希薄だった。
それだけなら魔獣に食われたという悲劇で済むけど、憑依された人間の意思がしっかり残っていることが窺える、「人を魔獣に変える」ようなことが起きるとなると民衆に蔓延する疑心暗鬼の深さと暗さは看過できるものではないから妥当な対応だろう。
そして、もう一つ無視できない話がある。
イカルガを暴走させ、ウーゼル王子を異形化させる原因となった
グランレオンの中にも入ってるっぽいんだよね。
「グランレオンの運用凍結だなんて、ひどすぎる……! これが人のやることですか!」
「人でなしなこと言ってるのはエルくんの方だから大丈夫だよ」
魔法生物に乗っ取られたイカルガとの一戦が片付いたあと、ヘルヴィに言われて気付いたときはさすがにビビった。
グランレオンの首元あたりからあからさまに魔法生物らしき光のにょろにょろが伸びて、光のたてがみのようになっていたあの光景、一番近くで見せられた時の恐怖はちょっと思い出したくない。
幸いにして俺の体に寄生してくることこそなかったものの、どう考えても機体の中に隅から隅まで浸透してるようなその状況、とてもじゃないけど普通に乗り続けることはできなかった。
とはいえ、冷静に考えれば相手はグランレオン。
ウーゼル王子の件で何が悪かったのかと言えばイカルガという極めて強力な幻晶騎士に寄生していたからで、グランレオンであればぶっちゃけそこまで強くない。
どんなに上手いこと使いこなせたとしても、幻晶騎士数機がかりなら十分完封できるだろうものでしかないのだ。
ましてその場には対イカルガのための戦力が十分にそろっていた状況。飛翔騎士もいたわけだから万が一にも逃げられるようなことはなかったし、しかもどういうわけかグランレオンは何の動きも見せなかった。
無人となった、イカルガと同様に魔法生物の制御下にあっただろうグランレオンは暴れようともしないまま大人しく拘束・移送され、厳重な監視のもとに置かれて今に至る。
「イカルガはともかく、グランレオンは何も悪いことをしていないのに! なんで封印されなきゃいけないんですか!」
「エルくんも言ってたことだけど、生きた魔法生物の貴重なサンプルだからねえ。しかもどういうわけか大人しくしてるし、対策を研究するためには必要だよ」
魔獣に対するフレメヴィーラ王国の基本的なスタンスは「魔獣殺すべし。慈悲はない」だ。
西方諸国からの魔獣駆逐後、新天地を求めてオーヴィニエ山脈を越え、ボキューズ大森海の開拓に乗り出したものの頓挫。大森海から無限に魔獣が供給される修羅の地で生きるにあたり、魔獣と戦わなければ生き残れないという状況から必然的にそうなった。
だからこそ魔法生物にがっつり寄生されていることが判明したグランレオンも即時解体すべしという意見は出たのだが、それだけで終わらないのがフレメヴィーラ王国のすごいところ。
魔獣に対する殺意は極めて高いが、高いからこそリスクを負ってでも研究し、対策を万全にすることもまた重要視されている。
要するに「最終的に全員殺せばいいのだ」ということだね。
「でも、でもぉ……!」
「一通り王国側での調査が終わったら、最終的に銀鳳騎士団預かりにはなるんでしょ? それで良しとしようよ」
という決定に不満たらたらなのがエルくんなのだった。
ちょっと自分の意思的なものに目覚めたライオンロボだからって、国の合理的な決定に駄々こねちゃダメでしょ。
現在グランレオンは、対魔獣用のクソデカ鎖でぐるぐる巻きにされたうえで幻晶騎士複数機による24時間体制の監視下に置かれ、魔法生物の生態調査としてあれこれされているにも関わらず特に反抗的な様子は見えないらしい。それが協力的な態度からくるものなのか、魔法生物にとってリアクションするほどのことでもないからなのかは、わからないけれども。
ちなみに、その過程で確立した幻晶騎士に魔法生物が寄生していないか確かめる検査方法においてガルダウィングとカルディヘッドはシロと出ました。
グランレオンにだけ魔法生物が今も寄生しているのは何らかの感染経路の差なのか、機体構成からくるものなのか、今はまだサンプル数が少なすぎて何とも言えないというのが結論らしい。
と、そんなことをオルヴェシウス砦の団長室で説明されつつこちらからも説得するのでありましたとさ。
蹲って咽び泣くエルくんを前にする俺という、下手したら団長に土下座されてるみたいな絵面、他の人に見られなくてよかった……。
「……ふぅ。では、気を取り直して今後のことを考えましょう」
「それがいいよ」
そして、ひとしきり嘆き悲しんだエルくんは現実に向き直る。
こういうときが一番怖いんだよね。的確に適切に無理を通して道理を引っ込めながら目的に向かって突っ走るから。
まず、現在の状況として。王都の襲撃が片付いて国王陛下への報告に上がったエルくんは、その場で沙汰を下された。
今回の一件は魔法生物という魔獣がやったことなので人に対してのお咎めはなし。
そのうえで、人に寄生する魔法生物の存在、それに乗っ取られてヒャッハーしたウーゼル王子、それらと一緒に駆け落ちしたイカルガ。どれ一つとして生かしておいていい理由がないので、銀鳳騎士団にはエルくんの命名がそのまま採用された「イカルガ・シロガネ」の討伐命令が下った。
「イカルガを失った状態でイカルガを相手にするのは、さすがに無理があります。相手がどこにいるのかもわかりませんから、ノーラさんたち藍鷹騎士団に探してもらっている間に僕たちは準備を整えましょう」
「イカルガ・シロガネの装甲、
「ええ、そうです。……ですが、その点はご心配なく。あのときグランレオンが示してくれたものを参考にして、僕にいい考えがあります」
「そのセリフが本当にいい考えだった試しってあるのかな。……特に、味方にとって」
つまり、エルくんお楽しみタイムの始まりだ。
またの名を、鍛冶士隊デスマーチタイムとも言う。
◇◆◇
「ということで、完成しました! 『
そして、新型幻晶騎士が出来上がった。
エルくんと一緒に仕事してるとこうやってぽんぽこ幻晶騎士が作られるから本気でヤバいと思うよ……。
「んー……。見た目はイカルガとトイボックスに似てる、かな? でもカルディトーレっぽくもあるような」
「はい。開発コンセプトはアディの言う通りです。イカルガとトイボックスで培った技術をベースに、カルディトーレの安定性を土台として再構築しました。いわば『量産型』イカルガですね」
そしてお出しされた言葉は、アディちゃんをしてすら頬を引きつらせるものだった。
なんだろうね、その言葉の響きの恐ろしさ。
一度倒したはずがメタル化して復活してきたボス級の敵を主人公とライバルが力を合わせてやっとの思いで倒したら、崖の上にもう一体現れてさらにその後ろからぞろぞろと無数に現れました、みたいな絶望を感じる。
「改めて考えてみりゃあ、イカルガの本質は複数動力に対応した機体ってえことになる。
俺も開発の手伝いはしたのだけども、実際に設計はそりゃーもう大人しいものだった。
もちろん複数動力対応からくる複雑さを備えてはいるが、バカげた出力を支えることを要求されたイカルガのような、偏執的なまでの頑丈さやら冗長化はされていない。
この機体のために新たに開発された技術はないに等しいし、建造に必要となる鍛冶師の力量も一般的なドワーフであれば十分に達成可能なものに収まっている。
量産する、となればそれこそカルディトーレ並の勢いで量産することが可能なんだよ。もちろん、エーテルリアクタという一番希少な部品を2つずつ使うから、実際の生産量はカルディトーレの半分以下でカルディトーレの後継機にはならないだろうけど。
なんにせよそのおかげで、イカルガ・カギリ開発中に発狂して槌を振り回す鍛冶師は出なかったし、家に帰る暇がなくて工房の隅に寝袋の化け物みたいな形をした寝床、通称「鍛冶師の巣」が作られることもなかった。
逆に、開発完了した時点で誰も暴れず正気のままで済んだことに驚愕し、自分は今トチ狂って見ている幻覚の中にいるのでは、という錯覚に苛まれる鍛冶師もいたくらいだ。かわいそうすぎる。
「とまあ、今見てもらっているのが基本の素体ですね。あとは飛行用のエスクワイアと
そして、量産可能ということはエルくん以外の騎操士が操縦することも想定されている、という意味でもある。
六腕なんてまともな人間の頭で制御しきれる訳のない装備は外付けにするという常識、兼ね備えているからこそエルくんは厄介なんだよね。まあ、六腕装備を使うときは操縦席がイカルガの時と変わらず色々追加されてイカれた様相になって、結局エルくん以外まともに操縦できないことになるのだろうけれども。
……ともあれ、ここまではいいんだ。ここまでは。
イカルガ・シロガネが誕生し、その討伐を命じられたからにはイカルガ級の存在を撃破できる幻晶騎士がなければならないという理屈の必然だ。
イカルガ・カギリだけでは足りないかもしれないが、少なくとも欠かすことのできない必須の要素である、というのも納得ができる。
それがこうして銀鳳騎士団の格納庫に堂々と鎮座しているのも全く何も問題ない。これとは別口の用意も進めているし。
なのだが。
俺は、ちらりと視線を横に向ける。
工房は幻晶騎士という巨大な人型を整備・運用するために相応の広さがあり、並べておける幻晶騎士も1機や2機ではない。
だから、イカルガ・カギリの隣にもう1機の幻晶騎士がいるのも自然なことだ。
その機体が、量産型イカルガの名を証明するために建造されたイカルガ・カギリのバリエーション機体であることも問題にはならない。
……でも、なんか四本足の獣型となると、ちょっと話は変わってくるんだよね。
「で、エルくん。あっちの機体、俺はノータッチだったんだけど……何?」
「さすが先輩! 気付きましたか!」
「幻晶騎士のデカい図体隠しもせずに置いとかれて気付かないわけねーでしょうが」
四足で、獣型で、ライオンの顔がついていて、しかし今も拘束されているグランレオンではありえない。
言うまでもなく、エルくんが作った新型だ。
「この機体は、略式名称『イカルガ・レオン』。イカルガ・カギリをベースとした幻晶獣騎ですね」
「一応言っとくと、こいつも量産可能だぜ。イカルガ・カギリの手足を付け替えれば大体同じになる」
「へー。たしか、ツェンちゃんとグランレオンもそういう関係だったっけ」
しかも、何を血迷ったかグランレオン系のヤツだとか。どうしてわざわざ……。
アレか、グランレオン献上する羽目になったからその埋め合わせとかそういう? エルくんなら考えかねない……!
「まあまあ。ひとまず乗ってみてください先輩。性能や操作感はグランレオンと遜色ないはずです」
なんで普段乗らない機体の性能はともかく操作感まで再現できるんだよとは思ったものの、こういう時のエルくんには遠慮しても逆らっても駄々こねても無駄なのはわかりきっているので、諦めて乗ってみた。
操縦席の配置も元とほとんど変わらず、言われるがままにそこらへんを軽く走ったり飛んだりしてみても違和感と言えるほどのものはない。この調子なら、少し訓練すれば本当にグランレオン並かあるいはそれ以上に使いこなすことができるだろう。
……と、思うだけで済むのなら良かったのだが。
「それと、ですね。実はもう一つありまして」
「あ、やっぱり? なんかシステムに怪しい部分があると思ったら……」
そんな普通なことをエルくんがするわけないと、覚悟はしていたよ。ともあれ、この流れならとりあえず使って見せるしかない。
使い方もいたってシンプル。マギウスエンジンに実装されたシステムをアクティベートする、ただそれだけだ。
イカルガ・カギリにも実装されている、追加武装の換装に伴うシステムの設定が簡単迅速にできるようにしたことがここでも生きている。
それを実行したときに起こることもまた、たいして複雑なことではない。
幻晶騎士を幻晶騎士たらしめる、強化魔法と制御系の一部オーバーライド。
全身至る所でそれが起これば、もはや獅子型の幻晶獣騎とは呼べなくなる。
後ろ足は胴体と同じ向きになり、全高が途端に上がる。
前足の爪部分が手の甲側に展開し、通常の幻晶騎士と同じ五本指の手が姿を現す。
しかし、ライオンのそれを模した頭部の高さはさほど変わらない。
機体が立ち上がるのに合わせてスライドして、ちょうど胸の辺りに移動するからだ。
そして、全身に新たな魔法定義が行き渡り。
人型への変形が、完了した。
「……なんで、ライオンの頭がわざわざ胸に移るの?」
「いい質問ですねアディ!!!」
アディちゃん、それは聞いちゃダメなヤツ……! 一番聞いて欲しかっただろうことを聞かれて、エルくんがクソデカい声を出した。
「イカルガ・レオンが人型へ変形するのは、幻晶獣騎としての機動力に通常の幻晶騎士同様の運用も可能にすることを目指してのものです。グランレオンタイプならツェンドリンブルタイプよりも人型に変形させやすいですから。そして、その時ライオン型の頭部が胸に来る、その理由は……!」
「り、理由は……?」
溜め。
あるいは、万感の思いを込めて、曰く。
「――カッコいいからです!!!」
「グランレオンの時も聞かなかったっけ、それ」
「言ってたぞ。処置なしだな、銀色坊主は」
エルくんほんと好きだよね、そういうの。
……このまま追加の合体パーツとか作ってきませんように、という俺の切なる願い。
聞き入れてくれる神はこの世界にいないんだろーなという確信が、ちょっと切なかったです。
ともあれ、実のところこのグランレオンに代わる新型の話は蛇足に過ぎない。
一通りイカルガ・レオンの説明を終えたエルくんは、今度はイカルガ・カギリの性能をアディちゃんに説明するために六腕化する
残された俺たちはしばらくその様子を眺めていたが、何事もなさそうだと見て取れれば、次の仕事へと移ることになる。
「よぅし、じゃあアレだな」
「親方、アレって、やっぱりあの……」
「そりゃあな。イカルガ・カギリもイカルガ・レオンもいい機体だ。……だがな、アイツを倒すにはまだ足りねえ。そこを乗り越えるにはコイツの力が必要になる。そうだろう?」
イカルガ・レオンを四つ足にしつつ格納庫へ戻すと、親方たち鍛冶師隊が次なる地獄の開発へ向けて目を死なせていた。
そりゃあそうもなるだろうねえ。イカルガ・カギリはいい機体だけど普通でもあり、俺たちがこれから戦うのはそれだけでは勝てる見込みがない相手。
だから、もう一手が必要だ。
ベースとなるイカルガ・カギリともう一機。工房の最奥にて着々と組み上げられる、幻晶騎士と比較してすら大型のそれが。
ここに、問いがある。
「イカルガを奪い、さらにはその機体を地上で最も硬い金属で覆ったらしき敵を倒すにはどうすればいいか」。
難問では済まないこの事態に対し、エルくんが出した「答え」。
それが形になるには、ダーヴィド親方たち鍛冶師隊の総力をもってしても、いましばらくの時間が必要だった。
「親方、知ってる? エルくん、国王陛下へ報告したのはイカルガ・カギリだけでコレのことはまだ知らせてないらしいよ」
「……まあ、未完成だからな。それに、イカルガ・カギリと同時に知らされたら、ほら、アレだ。陛下の胃がヤバいだろ」
「遅かれ早かれだと思うけどなあ」
その「時間」とはすなわち国王陛下の胃の寿命と同義なのではないか。
そう思ったとしても、口にするのはさすがに不敬だよねと黙っている理性が、俺と親方にはあった。
◇◆◇
実のところ、フレメヴィーラ王国は平和だ。とても平和だ。
魔獣の襲来による被害が年中無休なのに平和とはこれいかにと思われるかもしれないが、一面の真実と言える。
「セッテルンド大陸西方の、魔獣を駆逐したものの人類の国家同士がひしめき合う場所と比べれば」、という但し書きがつくものではあるが。
西方では魔獣という名が言い伝えレベルに風化しつつあるのはいいものの、その代わり国家間での戦争は普通に起きている。
俺たちも参戦した
そして現在、どこへ消えたかイカルガ・シロガネを探すため、そんな西方も含めて大陸中を飛び回って調べてくれている藍鷹騎士団の人たちからの連絡が届いた。
曰く、「西方の空に龍が飛ぶ」と。
それだけならば、実のところあまり驚くような話でもない。
オラシオさんがまた飛竜戦艦の2、3隻作ったとか、浮遊大陸での一件に時間差でキレた
が、そこは藍鷹騎士団の人たち。
龍の顔があからさまにイカルガであることと、ジャロウデク王国の狂剣ことグスターボさんがケンカを売って一発かまし、浮遊大陸でもお世話になったパーヴェルツィーク王国がかなりガチでつけ回している、という情報まで合わせて持ってきた。
そして、そうなってくるとどう頑張ったところで隠せるものではない。
大西域戦争以降、西方の戦場という戦場に現れては劣勢を覆すというかなにもかもしっちゃかめっちゃかにぶちのめしては去っていくイレギュラーと化しているグスターボさん以外は近づくことすらできない力を持ち、ちょっかいかけて沈められた飛空船は既に数知れず。
北方の大国パーヴェルツィークすらもがかなりの戦力を投入して追いかけ回しているとなれば、イカルガ・シロガネの存在にお宝の匂いを嗅ぎつけるのは自然なことだろう。
……まあ、そうやって寄り付いてきたものも全て沈められてるらしいんだけどね。
「扁平な船体上に幻晶騎士を多数並べ、法撃火力での撃滅を目的としたババーク王国の『ストームマンタ』。小型飛空船を連結させ、蛇のように自在にくねらせる独特の機動力を発揮するチペラ王国の『ファットモーレイ』。――素晴らしい。人類が手にしたばかりの技術である飛空船を前に、各々が正解へたどり着こうと模索する中で生まれるカンブリア爆発的な変た……特徴的な飛空船の数々。報告書で見るだけでもワクワクしますね」
「いま変態って言おうとした? まあ、初手で空母か宇宙戦艦の運用思想をそっくりそのままお出ししてるエルくんからすればそう見えるわな」
そんな報告書をウキウキワクワクしながら読んでいるエルくんでありましたとさ。
待ちに待った情報、と言っていいだろう。
イカルガ・シロガネ、並びにその中にまだ残っているかもしれないウーゼルさんの撃破または確保は、現在銀鳳騎士団の最重要任務だ。
エルくんはイカルガ・カギリを完成させ、さらに追加の策も着々と講じているわけだけどそれら全てはイカルガ・シロガネの位置を補足できなければ力を発揮しようもなかった。
そういう意味で、藍鷹騎士団の皆さんの働きは現時点での殊勲と言えるものだろう。フレメヴィーラ王国にこの人たちがいてくれてほんとよかった。
……だが、それの意味するところは。
イカルガ・シロガネの大体の位置がわかり、エルくんの準備も進んでいるということは。
フレメヴィーラ王国に対して友好的なクシェペルカ王国領内でも、人跡未踏に近いボキューズ大森海でも、はたまた海の向こうの浮遊大陸でもない、多数の人口を抱えるセッテルンド大陸西域の空の上で、イカルガ・シロガネとエルくんが盛大にぶつかり合う、ということだ。
「正直、想定よりも早く事態が推移しています。色々なものが間に合うかどうか、ギリギリと言っていいでしょう。……ですので、先輩の方でもあの策の準備を進めてください」
「…………やっぱりかー。いやまあ、今から準備というほどのものはないけどさ」
そうなるとねえ! 俺の方でも一個任されてることがあるんだよねえ!
それもとびっきりヤバいヤツがさあ!
……言い出しっぺは俺なんだけどね! ヤバすぎて他の人になんて任せられないよチクショウ!
「いやー、楽しみですねえ。待ちに待った
そうだね。
俺たちにとって、イカルガ・シロガネにとって、そしてなにより巻き込まれる西方諸国の人たちにとっての
◇◆◇
さてそれじゃあさっそく西方に殴り込み、などということにはもちろんならない。
今回は、大森海や浮遊大陸のようなどこの国の統治も及んでいない無法地帯で暴れるのとはわけが違う。現在のところ手元にある情報によれば、イカルガ・シロガネは西方諸国を見物するかのようにあちこちをうろうろし、ついでのように出会ったりケンカ売ってくる飛空船を撃墜して回っているという。
つまり、イカルガ・シロガネとの交戦地域はどこかの国の領土上空になる可能性が極めて高い、ということだ。
「お話は伺っております。我が国は幸い龍の巡回路からは外れているようですが、それもいつまで続くか。銀鳳の皆さまが立ち向かってくださるなら、こんなに心強いことはありません」
「恐縮です、エレオノーラ様。我ら、全力を尽くします」
なので、大事なのは筋を通すこと。
まずはクシェペルカ王国でエレオノーラ様に挨拶して状況を報告。
ついでにエルくんが結婚のお祝いとして送った空戦仕様機のシルフィアーネ改「ザラマンディーネ」と一緒にキッドくんが参戦してくれたりして、と準備を整えておく。
さらにその後は浮遊大陸でお世話になったシュメフリーク王国のグラシアノさんとも合流して、情報を共有。先々の見通しを立てることになる。
準備は、着々と進んでいた。
「ということで、大体決まりました。シュメフリーク王国の方でもイカルガ・シロガネの目撃地点を記録してくれていたので、行動範囲は割り出せそうです」
「割り出せるも何も、西方全域だよねこれ……」
そして、割と詳細なイカルガ・シロガネの行動に関する情報をもとに作戦会議となる。
会議室の机に拡げられた西方の地図に書かれた日付と点。そしてそれをつなぐ推測の線は、ふわっと円を描いて西方を回っていることを示すものだった。
特にイレギュラーな動きはなく、うっすらと周期性も見て取れる。
大きく高度を変えられると厄介だが、それなりの規模の飛空船団が包囲網を敷いていれば十分補足できるだろうと考えられるものだった。
「特徴のない動き、だな? 何か意図があるようには見えないが……」
「魔獣だったら、縄張りだとか巣の近くだとか餌場があるって考えられるけど、そういうわけでもなさそうね」
「……おそらく、ウーゼルの意識が希薄になってきているのでしょう。『世界を見て回りたい』という願いの残滓が動かしている。そう見えます」
「わからないでもない話だ。……ある意味、助かったよ。このような状態のまま捨て置くわけにはいかない理由が、また一つできた」
ともあれ、それならそれで次に問題になってくるのは「どこで戦うか」だ。
なにせ相手はイカルガを元にした魔法生物の寄生体。相手の攻撃手段は最低でもイカルガの火力を基準に考える必要があるし、フレメヴィーラ王国での逃亡直前に発揮した防御力を考えればこちら側が投射する攻撃力もそれ相応のものを準備している。
空中戦になるだろうとはいえ、流れ弾で家の一つや二つ軽く丸焼きにできるだろうことは間違いない。
そうなると、必然的に戦場として使える場所は限られてくる。
「イカルガ・シロガネの行動範囲の中で」
「人里から離れていて」
「街道も避けて」
「できれば国境沿いみたいな怪しい所は避けられて」
「事前に話を通しておける国の領土内だとなお便利ですね」
条件を列挙しながら地図上に落とした視線が、自然と一か所に集まっていく。
西方広しと言えども、これだけの条件を満たすところなどおのずと限られる。
だから、今回の戦場は迷う余地なく決定された。
大陸を東西に分断するオーヴィニエ山脈があるように、西方の大部分と北方を隔てる山地が存在する。
その名は「ガルニカ山地」。当然のように人の住む都市の類はほとんど存在せず、行き来のための街道もまばら。
そしてなにより、この地は西方の大国パーヴェルツィーク王国と他国を物理的に分けるものであるだけに、複数国からの干渉を避けられるという利点がある。
「そういう意味でも、浮遊大陸で一緒に戦ったパーヴェルツィーク王国なら話も通しやすいでしょう。とても都合がいいですね!」
「…………」
そのパーヴェルツィーク王国は、威信をかけて建造しただろう飛竜戦艦を魔法生物撃破に献上する羽目になってほうほうの体で浮遊大陸から帰ることになったわけなんだけども。
もちろんそれ相応の利益や名誉も持ち帰ったわけではあるが、絶対スムーズに交渉が進まないだろう。
分かっちゃいたけど、これ絶対イカルガ・シロガネと戦う前にひと悶着あるヤツだ。
そういう確信が、エルくん以外の会議参加者の間を漂うのだった。
◇◆◇
そんなわけで、パーヴェルツィークとの交渉にはエルくん、アディちゃん、キッドくんが出向いて行った。
エルくんが行くならアディちゃんも当然ついていくし、今やクシェペルカ王国の王配となったキッドくんもいた方が話が通りやすいよね、という半ば脅しの理屈で仲良し幼馴染3人組が出向いて行った形になる。
……なのだが、この交渉は難航するんじゃないかな、と思っている。
エルくんの交渉能力は破格だけど、今回ばかりは相手が悪い。
なにせ相手はパーヴェルツィーク王国。つい最近浮遊大陸でエルくんのエルくんらしさを骨の髄まで味わった国なわけで。
パーヴェルツィーク王国の領土内でイカルガ・シロガネ相手の戦闘を許可してもらう、というのがかなり難しいだろーなという予想は、さほど間違ったものではないだろう。
なにせ対銀鳳騎士団、対エルくんなわけだし、浮遊大陸でもお世話になったフリーデグント王女が出張ってくる可能性はそれなりに高い。
なんやかんやあってエルくんと一緒にトイボックスに乗って、
誰だってそーする。俺だってそーする。
……できるかどうかは、別の話だけども。
「つまり、しばらくは平和ってコトさ。なんか知らんけど他国の船もたくさんいるから下手に手を出すわけにはいかないし、のんびり待とう」
しかも、実際の状況はさらに複雑だ。
イカルガ・シロガネが西方をくまなく荒らしまわっていたせいか、この場には俺たち銀鳳騎士団と地元パーヴェルツィークだけでなく、西方各国の飛空船団がそろい踏みしている。
藍鷹騎士団からの報告によると、ここ一か月ばかりあの船団がイカルガ・シロガネを追跡し続けているのだとか。
ケンカ売っては落とされて、というのを繰り返していたのは初期のころ。なんでもパーヴェルツィーク王国が音頭を取って、各国の戦力共同でイカルガ・シロガネを追い続けているらしい。
その方法自体は悪くないと思う。アレが、まともな生物としての生態を持っていたならば、の話だが。
たとえそれが師団級魔獣であろうとも、生物であるならば食べて寝てとしなければならないのは道理。ただアレ、もはやそういう区分のものじゃない気がするんだよね……。
なんなら、空気中のエーテルを取り込んでイカルガのクソデカエーテルリアクタでマナに変換して、で全部賄ってるまであるかもしれないので。
「のんびり、と言ってしまうとよくはないが、エルネスティと言えど難しい交渉になるのは間違いない。その間に状況の把握と備えを万全にしておくことは必要だろう」
「同感だね。……いやはや、西方諸国の軍勢が揃っているというのはさすがに予想外だった。いざ戦うとなったときに動きが読めないと面倒だから、今のうちによく見ておいた方がいいね」
しかも、下手をするとパーヴェルツィークを含む各国と協調を取れないまま三つ巴みたいなことにもなりかねない。
そうならないようエルくんの交渉でいい感じに話をつけてきてほしい所なんだけど、どうかなあ……。全部蹴散らしていいのならまだしも、中途半端に協力したりしなかったりなんてことになったら最悪なんだけど。
というのは、あくまで「想定できる範囲の中」での最悪の事態というヤツで。
「…………ねえ、ちょっと」
「どうしたのヘルヴィ。そんな、エルくんがまた変な幻晶騎士作った時みたいな顔して。妙な形した変態飛空船でもいた?」
「冗談言ってる場合じゃない! イカルガ・シロガネ、こっち向かってきてるわよ!?」
因縁あるフレメヴィーラ王国と銀鳳騎士団に対して、イカルガ・シロガネの側からアプローチしてくるだけの知能あるいは執念が残っている可能性、排除すべきじゃなかったかもわからんね。
イカルガ・シロガネ討伐のために俺たち銀鳳騎士団が用意してきたものは、ざっと4つある。
一つは、白鷺、紅隼の両騎士団を中心とする通常戦力。まず数がなければどうしようもない。
一つは、イカルガ・カギリともう一つの、エルくんが操る決戦兵力。ここまであればイカルガ・シロガネを撃破しうるだろうという目途は、一応立っている。
だから、ここから先は念のための備え。
俺が提案して持ってきた一つは、おそらくエルくんと合流してから使うことになるだろう。
そして、エルくんの提案で持ち込まれた最後のもう一つ。
こればかりは、使わずに済むといいのだが。
他の全てを無視してこちらへ殴りかかりに来るイカルガ・シロガネの見せる敵意の強さを感じると、そうも言っていられない気がしてならなかった。
◇◆◇
「こうなっては、待機どころではないな。白鷺騎士団出撃! 大団長もすぐに帰還してくるはずだ、それまでもたせるぞ!」
「防御だけで抑えられる相手でもないからね、紅隼騎士団も出る! 用意しておいた戦術、西方諸国にも存分に披露してやろうじゃないか」
「じゃあ、アグリはアレの準備しときなさいね」
「ヤダ! 死にたくないからヤダ! 提案しといてなんだけど、あんなんほぼ自爆だぞ!?」
「いつもやってることじゃない。クシェペルカでも、大森海でも、浮遊大陸でも」
「ほんとにね! 毎度俺が一番ヤバいところに突っ込んでいくことになるのはなんでなのかなあ!?」