思っていたよりも時間がかかったな、というのがパーヴェルツィークとの交渉から帰ってくるエルくんを出迎えての感想だった。
「遅くなってすみません、先輩。……実は、パーヴェルツィークの船を出てすぐグスターボさんが遊びに来まして。お相手していたら時間がかかってしまいました」
「あー、グスターボさんならしょうがないね。楽しかった?」
「はい、とても。どうやらジャロウデクでも飛翔専門の機体を作っていたようで、それを足場に僕とキッドを相手に大立ち回りでした。グスターボさんといいサブフライトシステムの方といい、良い騎操士が揃っているようです」
エルくんの語った、その感想への答えがコレだった。
そういえば、狂剣ことグスターボさんもイカルガ・シロガネにはケンカ売ったと聞いてたけど、この場にもいたんだ……。
まあでもそこはあまり心配しなくてもいいだろう。ディートリヒもいるしパーヴェルツィークの人たちもいるし、グスターボさんが狙いそうな精鋭揃いだから俺に変なちょっかいかけてくる心配はなさそうだ。
「それでは、先輩も出撃をお願いします。接敵地点は当初の予定通りでいきましょう。――必ず、釘付けにしてみせますから」
「了解。それじゃあ行ってくるね。エルくんも気をつけて……いや、楽しんできてね」
「はい! 最高に楽しんできます!!」
だって、この戦場にはエルくんすらもが解き放たれる。
イカルガを進化させた機体に乗って。イカルガを相手に、奥の手まで用意して。
さっきから声がワクワクに弾みきっている。
正直、これから俺がやることはそれなり以上に怖いことなんだけど、それでもこんなんなってるエルくんが飛び込んでいく戦場に行かなくていいのだと思うと、少しはマシだと救われる。
イズモは補給基地を兼ねた移動拠点として戦闘からはそれなり以上に距離を置いているが、それでも遠方に見える閃光と響いてくる轟音から激しい戦闘が行われていることはわかる。
イカルガ・カギリの機動力を全開にすっ飛んでいくエルくんを見送り、俺は
いやまあもちろん参戦はするんだけどね。イカルガ・レオンで扱う今回の戦い向けの装備、めちゃくちゃ取り回しづらいから大回りしなきゃダメなんだよ。
みんなが戦ってる中で時間をかけるのはちょっと心苦しいけど、しっかり準備して、俺は俺の役目を果たそう。
……そのときまでにエルくんがイカルガ・シロガネをさくっとしばき倒してしまっていないかだけが、不安の種だ。
◇◆◇
ガルニカ山地上空、イカルガ・シロガネ討伐戦。
パーヴェルツィーク王国を筆頭に各国の飛空船団が取り囲み追い続けた作戦の末が、この地の決戦へとたどり着いた。
連合船団が戦場として選ぶほどに条件が整っていたのは、誰にとっても同じこと。同じように銀鳳騎士団にも戦場として選ばれ、戦いの火蓋が切って落とされる。
始まりは、イカルガ・シロガネによる銀鳳騎士団への急襲から。
かの存在の中に刻まれたフレメヴィーラ王国、そして銀鳳騎士団への感情は衰えはしてもいまだ消えずに燃えていたことを、その時誰もが予想していなかった。
そのため、戦闘を合法的なものとするため交渉に赴いていたエルネスティの帰還を待つことなく、迎撃を余儀なくされる。
それでも銀鳳騎士団の戦いは対魔獣、対イカルガ・シロガネとして優れたものだった。
白鷺騎士団が守りを固め、紅隼騎士団が攻め手を担当する。
全身を
絶え間なく法撃を浴びせ、視界を遮り注意を逸らす。
その隙に飛翔騎士で遠方から加速をつけて運んできた
当然、誘導装置など何一つついていない質量兵器。威力を確保するための速度を持ったうえで命中させるためには、命知らずの接近が必要不可欠。
それを、騎士団単位で実行可能なイカレ騎操士集団など、紅隼騎士団を置いて他にいない。
勝利には至らない。だがそんな相手ですら行動を阻害し時間を稼ぐ。
これまでイカルガ・シロガネに挑んだ各国の飛空船団が、そして痺れを切らして割って入ったイカルガ・シロガネストーキング船団が為す術なく空に散ったことを思えば多大な戦果と言っていいだろう。
国を越えて船団をまとめ上げ、自国の領土を戦場として提供すると嘯きながら最後に獲物を独占するために誘い込んだ狡猾さを見せたパーヴェルツィーク王国の騎士たちは、そのことを正しく理解していた。
いかなる攻撃も響かない装甲。
飛空船に匹敵する巨体を持ちながら、幻晶騎士並みの器用さ、攻撃力をも備えている。
撃破した飛空船を投げつけ武器にするという知能まで備えたそれは、銀鳳騎士団ですら敵うものでは決してなく。
その時、空を焼く炎が飛来する。
先ほどから何度も飛び交った
しかしそれはイカルガ・シロガネから放たれたものではなく、むしろイカルガ・シロガネが被弾した。
すなわち。
「――お待たせしてしまいましたね。さあ、存分に
あるいは無敵とすら思えた、西方の空を彷徨う龍。
その終わりが、現れた。
◇◆◇
「ふーむ、これダメですね。勝てません」
エルが結論を下すのは早かった。
新造されたイカルガ・カギリはエーテルリアクタ出力こそイカルガに劣るものの、改良された構造と性能はエルの実力に遺憾なく応え、イカルガ・シロガネを相手に互角以上の戦いを見せた。
轟炎の槍はするりと回避し、
「機体構造、攻撃手段はイカルガをベースにしたものですね。全身精霊銀製とはいえ、他に目新しい機能はありません。正当進化と評するかオリジナリティの欠如とするかは人によるところでしょう」
十分に、どころか十分すぎるほどに凶悪な存在だった。
絶対不壊の装甲に覆われ、イカルガの攻撃手段を有する怪物。
人ではないため交渉の余地もなく、倒すこともまたできはしない、世界の頂点に君臨するだろう異形。
そうあるはずだった。
エルネスティさえ、いなければの話だが。
「エルくーん、お待たせー!」
「アディ、ちょうどいい所に。――では、本番といきましょうか!」
エルネスティが戦いに赴くということは、勝利する手段を既に確立しているということだ。
その「勝利の鍵」が、届けられた。
盛大な爆炎を引き連れて戦場に高速で飛び込んできたものを見たパーヴェルツィーク王国の騎士たちは、浮遊大陸で何度か目にした鳥型の幻晶騎士かと考えた。
その形状、竜闘騎以上とさえ見える速度。全てがかつて見たそれに近い。
だがすぐにそうではないと知れる。
記憶にあるかの機体とは、鳥型であるということ以外の何もかもが違う。
細かな形状、カラーリングはもちろんのこと、何より機体そのもののサイズ。
幻晶騎士と比較してすら明らかに巨大なその姿、そして多数のマギウスジェットスラスタを吹かして視界から一瞬消えるほどの推力、明らかに新造されたものだとすぐ知れた。
機体名、「
エルが用意したイカルガ・シロガネ撃破のための奥の手であり。
「任せてエルくん! 行くよー!」
「はい!!! 始めましょう!!!!!」
エルとアディのお待ちかね、というやつだ。
イカルガ・シロガネとて、黙って見ていたわけではない。6本の腕に備えられた指全て、すなわち30本の轟炎の槍を放った。
そういうことをする、と藍鷹騎士団の報告で聞いたエルが「
空が燃え、雲が焦げ、ノロマな飛空船を爆散させてきたそれが、しかし飛鳥之粧には通じない。その推力は巨体を瞬時に加速させてたやすく振り切られてしまう。
進路を自身の巨体で塞ぎもした。速度があればこそ慣性も莫大。逃げられるものではないはずだ。
だがなんと、その鳥は激突の直前に自らの身を四散させる。
「せーの、
マガツイカルガが得意とした、機動法撃端末を放つオールレンジ攻撃と同じ呼び名をつけられたそれは、巨鳥の機体を分割し、全身を広げて待ち構えるイカルガ・カギリの元へと向かう。
分かれたままに取り巻き、集い、それらはやがて、一つになるのが運命。
それを、エルが何と呼ぶかは、決まっていた。
「天空合体! アメノイカルガ・カギリ!! です!!!」
なお。
銀鳳騎士団内における飛鳥之粧開発コンセプト発表時、「分離して空飛んでイカルガ・カギリと合体します」と聞かされて開発の困難を悟ったダーヴィドは、ヘルヴィ共々横にいたアグリの脇腹へ肘をぐりっとごりっとねじ込んだ。
「おぐっ、ぐえ! な、なんだよなんで俺を肘でぐりぐりするんだよ二人とも!?」
「うるせえ。お前のせいだ」
「流星槍作戦のとき、グランレオンとガルダウィングとカルディヘッドをくっつけたんでしょ? 団長が羨ましがって真似するに決まってるじゃない」
「俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!」
というやり取りがあったとかなかったとか。
閑話休題。
エルがこの日この時のためにした、全ての準備は整った。
アメノイカルガ・カギリはイカルガ・シロガネに勝利するための機体であれば、総身全てがそれを滅するための凶器である。
「では早速、始めましょうか。アディ、準備はいいですか」
「もちろん! 親方たちがめっちゃ苦労してたから、報いてあげよう!」
イカルガ・シロガネは、正しく目の前の存在を敵と認識していた。
六腕を薙ぎ払うようにして襲い掛かるも、アメノイカルガ・カギリは常識外れの推力をドヒャアと鳴らし、たやすく回避して見せる。
飛鳥之粧の開発思想は極めて単純だ。
「空を飛び、全身を精霊銀で覆われたイカルガ・シロガネを撃破するために必要な機能を搭載する」。
幻晶騎士を上回る巨体から繰り出される攻撃を回避し、また接近するのに十分な機動力と、「絶対」と言っていい防御を貫く方法をも持たせる。
その為にはあらゆる手段を肯定するし、国王の胃への負担は考慮しない。
イカルガ・カギリが2基。エスクワイアが1基でまず3基。
そこに、分離・合体を実現するためとして飛鳥之粧の分割数に等しく7基。
合わせて10基のエーテルリアクタとその生み出す出力が、アメノイカルガ・カギリにはつぎ込まれている。
かつてのイカルガに及ぶほどではないかもしれないが、それを差し引いても1機の幻晶騎士が搭載するには並外れたマナ出力が、巨体がかき消えるような加速を可能にし、またエル渾身の装備を現実のものとする。
「機能封印、解除」
アメノイカルガ・カギリの両腕。それは飛鳥之粧の両足部分を重ねて装備した巨大なもので、その大仰さは必要な機能を実現するために必要とされる容積がそれだけのものだったことを物語る。
「刀身、形成……!」
そしてそれは、現実のものとなった。
アメノイカルガ・カギリの両腕から延びるのは、刃。
格納されていたものが伸びてきた、わけではない。
まるで粘土のように、流体のように、それそのものが流れて形を成した虹色の白銀。
――ぉぉぉおお、そぉれぇはぁぁ……!
「論より証拠。まずは一手、ご堪能ください!!」
その言葉とともに、アメノイカルガ・カギリが吹き飛ばされるような接近から両腕を振りかぶり、剣を振りぬいた。
イカルガ・シロガネは、反応できなかった。
できたとしても、全身は不壊の金属精霊銀製。その必要はなかっただろう。
相手がエルでなければ、アメノイカルガ・カギリでなかったならば。
動かすことすらできなかった指が5本。
元々生えていた腕の側に何の衝撃も残すことなく、宙へと飛んだ。
――!?!?!?!?
「何を驚いているのです。既にグランレオンがして見せてくれたことでしょう?」
エルの言葉通り、現象自体は既知のものではあった。
フレメヴィーラ王国で今の姿になった直後にイカルガ・シロガネが味わった、グランレオンの一撃により腕を落とされたときのそれ。
既に失われた腕を取り戻してこそいるものの、再び目の当たりにするとは思っていなかったのだろう。
「精霊銀は、強度こそ人知を超えていますがそれを加工する方法は存在します。特定の魔法を伴う干渉により、極めて柔軟に形を変える。そのちょっとした応用です。……実戦で使えるようにするとなると少々技術的難題ではありましたが、ご覧の通りです」
「親方、開発中に3回くらいキレたよね……」
それを、エルもまた見ていたことがイカルガ・シロガネの運の尽きだった。
全身が精霊銀で覆われているためまともな方法では損傷を与えられないとはいえ、精霊銀だからこそ通じる術は確かにあった。
エル単独でも辿り着きうるその方法が現実として目の前に示された以上、この結果は必然だ。
むしろ問題は、イカルガ・シロガネの発見が思いのほか早かったこと。
イカルガ・カギリになかった技術的難題と鍛冶師への無茶ぶりがただでさえ山となって押し寄せていた上に、この
西方への旅路の間、工房機能すら備えた銀鳳騎士団の旗艦であるイズモの中ではドワーフの振るう槌の音と、怨嗟の声と断末魔と魔獣でも湧いたかと思うような発狂の叫びが絶えることはなかった。
「親方たちの思いに報いるためにも、あなたを討ちます。この日この時のための刃、『
天に掲げるは両手から伸びる虹色の銀。
超常の竜すら切り裂く、人の鍛えたる魔剣なり。
なお、「騎士どころか全部殺すよね」とは銘を聞かされた際にアグリがぼそっと呟いた感想である。
◇◆◇
「信じられん。何が起きている。……ここまで理解を超えてくるとは!」
「いやはや全くだ。幻晶騎士も規格外だが、騎操士はそこに輪をかけて並外れているな」
戦場は、イカルガたちだけが舞うステージと化していた。
既に壊滅状態に陥った西方諸国の飛空船団はもちろんのこと、名より実を取ることを当初から目的としていたパーヴェルツィーク王国、そしてエルの配下であるはずの銀鳳騎士団たちすら割り込めない。
巻き込まれることがないよう距離を取った飛空船の中、天空騎士団左右近衛隊長たるイグナーツ・アウエンミュラーとユストゥス・バルリングも今だけは威厳を保とうという意思はなく、窓にへばりついて少しでも情報を得ようとするが、冷や汗が止まらない。
「知っていた、つもりだった。エルネスティが来れば、それはすなわち勝利の時だと」
「ここまでのものになるとまでは、私も思っていなかったけどね……」
詳細がわからない程度の距離はある。
あるが、むしろそれが正解だったと言えよう。
2機のイカルガは空中を激しく飛び交いながら戦っている。
イカルガ・シロガネが放つ轟炎の槍、雷霆防幕の光が通常の幻晶騎士ではありえない勢いで次々と放たれていく。
それが一時たりとも休まないということは、イカルガ・カギリはその全てを回避し続けているということに他ならない。
それどころか、時が経つごとにイカルガ・シロガネが放つ火線が減ってすらいる。
イカルガ・カギリが次々と敵の手を指を切り飛ばしているからであることは疑いがなく、もはやエルの勝利は時間の問題。趨勢は決まったと、そう考えるより他ない。
「……もはや終わりは近い。かくなれば、得られるものを回収するとしよう」
「元からそのつもりだったわけだしねえ。もっとも、彼らとて大人しく獲物を差し出しはしないだろう」
「ここは我らが国土だ。臆することはない。出撃準備だ!」
ことが済んでからでは遅い。
そして、そう時を置かずに決着はつくだろう。
そう判断を下したパーヴェルツィーク王国の騎士たちは機を逃すことなく、剣を交えることすら辞さずに動き始めた。
その予想は正しい。
終わりの時は。
終わりを告げるモノは。
今まさに、彼方から迫って来ていた。
◇◆◇
「
「エーテルリアクタ、たくさん積んでるんだけどね。……陛下がお腹押さえて俯いちゃうくらいに」
対イカルガ・シロガネを想定した、精霊銀により形成された剣と、そこに付与された精霊銀に対して自切を促す術式。
言うは易しの見本のような話で、実装は困難を極めた。時間的制約もある中ではなおのことで、唯一の現実的な解決策は「エーテルリアクタしこたま積んで、効率の悪い術式をパワーで押し通す」だった。
何が何でも他国に先んじられることなく撃破しなければならないイカルガ・シロガネの存在に対し、エルの出した結論。呑む以外の道はない。そう悟った国王リオタムスの表情は悲壮だったという。
「尊い犠牲でした……。ですが、その甲斐はありましたね。勝利は目前です」
「手も指も大体落とせたねー」
リオタムスも、自身の決断が報われたことを喜ぶだろう。
状況だけを積み上げれば勝つ方法がないとすら思えたイカルガ・シロガネが、今や満身創痍となっている。
空に轟炎の花を何度となく咲かせた腕が、指が、すでにほとんど失われている。
アメノイカルガ・カギリの繰り出す騎士殺しの切れ味は、ただでさえ最硬の金属である精霊銀で構築されているうえに、精霊銀に対して自ら裂けることを強いる魔法が付与されている。
それを強力な魔法出力で押し切れば、魔法生物に寄って編み上げられた精霊銀の肉体にすら通用した。
そして、それを駆るエルとアディ。大型飛翔騎士である飛鳥之粧と合わさった加速から生じる慣性を強化魔法で強引に無視して実現した機動力は、イカルガ・シロガネをも翻弄して見せた。
このままでも、勝利には至るだろう。
だが、エルは、そして銀鳳騎士団は勝利に対して真摯にして徹底的だ。
「ご苦労でしたね、イカルガ。――そう、その位置です」
アメノイカルガ・カギリが絶大な機動力を持たされたのは当然の帰結だった。
イカルガ・シロガネの巨体と攻撃手段に対抗し、ナイトスレイヤーでの接近戦を挑むため。
そして、もう一つ。
逃げられたり自在に動かれたりすることなく、事前に決めた戦域に留め置くため、それだけの能力が必要と試算された。
それこそが、エルの信じる勝利への道である。
もはや自身が風前の灯に近いことを理解しているイカルガ・シロガネが、アメノイカルガ・カギリと対峙したまま、注意深くその様子を伺っている。
動かず、動いたとしても抗う手段はほとんどが失われたまま、にらみ合い。
エルネスティがちらりと視線を向けた戦域後方。
そこに、光が見えた気がした。
その時には、もはや終わっていた。
◇◆◇
ダイヤモンドは砕けない。
と、いう言葉はレトリックの類だ。事実として、ダイヤモンドは砕ける。
磨けば美しいが、やたら硬い上に、砕ける。その性質上加工は古くから困難を極め、結晶が持つ特定の方向に割れやすい性質を利用するか、あるいは人力でひたすら擦り続けるのが主な手段だったという。
その、擦り削る際に、どのような道具が使われていたか。
方法は一つしかない。砕いたダイヤモンドの粉末を使い、時間をかけて少しずつ少しずつ加工すること。
そう。ダイヤモンドは、ダイヤモンドでしか削れない。
……まー何が言いたいかと言うと、だ。
「ひぃん。空気抵抗ヤバすぎる……! うっかりいらんこと口走っちゃったばっかりに!」
精霊銀でできた体を持ったイカルガ・シロガネを相手取るには、精霊銀をぶつけてやるしかないということだ。
エルくんもまさにその結論に至り、さらに精霊銀加工の魔法を付与した精霊銀製の剣、ナイトスレイヤーを実装した。
俺が提案したのは、それとはまた違ったアプローチ。
ナイトスレイヤーのそれと違って、新規に開発したものは一つもない。ありものにちょっとした改造を施しただけのものだ。
「前にエルくんが作った、ブースターユニットあったよね。アレ効くんじゃないかな」
「ブースターユニット……
「……やっぱりそんな名前だったんだ」
そんなやり取りの果てに、譲り受けた。
借りたわけじゃない。たぶん、終わった後は形が残らなくなるからだ。
浮遊大陸からフレメヴィーラ王国に帰ってすぐ、エルくんが作った高高度到達用ブースター。アレにイカルガ・レオンがまたがる部分と風防をつけただけの、弾丸同然の代物。
俺は今それに乗り、助走をつけるため戦場から一旦大きく離れて加速し、舞い戻ろうとしている。
幻晶騎士にはGPSもなければ正確な速度を知る術もないけども、その辺はある程度の概算と勘でなんとかする。
誘導装置がないことは、俺が直接乗って人力でカバー。
……ぶっちゃけ特攻兵器じゃないかな感もあるんだけど、仕方ないでしょ時間もない上に敵はアホほど硬いんだから! こんなの、思いついて採用されちゃったが最後、危なすぎて言い出しっぺの俺以外の誰かにやらせらんないよ!
ブースターユニットはもともと高度を上げるため、高濃度エーテル環境下でエーテルを捕集するための装置だった。
でも今はそういう難しい機能は必要ない。搭載されたエーテリックレビテータで高度を安定させ、水平方向にひたすら加速する。
なんかもう音速近いんじゃないかなという気すらしつつ、計器を読み取るのにすら難儀するような振動に晒されながら西方諸国の空を飛ぶ。
風が吹いたのか気圧差に直面したのか、ちょいちょい軌道がズレるのを必死こいて調整しながら、山脈に沿ってイカルガ・シロガネとエルくんのいる戦場を目指す。
当然、現在位置から戦場の位置を目視することはできないが、そこはそれ。事前に決めておいた時間と場所にエルくんがイカルガ・シロガネを誘導する手はずになっている。
誘導に失敗すれば当然空振りになるのだが……相手がイカルガ・シロガネとはいえ、エルくんが失敗するだろうかと、考えれば。
「……見えた」
そんなことはあるはずがなく、おそらくにらみ合っているだろう新旧イカルガが見えた。
それはもうつまり、あと何秒もなく終わりの時がくるということで。
操縦桿を握る手に集中する。ここまで来れば、ほんの少しの操作ミスが致命的なズレになる。
イカルガ・レオンとエスクワイア、さらにはブースターユニット各部のスタビライザの空力で姿勢と向きと高度を補正。
ここまで来ればエーテリックレビテータなどなくても、あとは慣性だけで届けられるはずだ。
ディートリヒたちが誘導したのだろう、銀鳳騎士団はもちろん他国の船団も進路上にはなく、視界の中心にイカルガ・シロガネの装甲が虹色に揺らめいて見える。
その数秒の、なんとも言えず長く、重く、ねばつくような時間の中。
ブースターユニットがこれから進む未来の軌跡が見えるような気さえする。
最後、ギリギリ。
気付けばあと半秒の遅れで間に合わなくなるだろう距離を残して、イカルガ・レオンがブースターユニットを離れ。
極度の緊張と集中は、一瞬の刻を無限の解像度に分解する。
完璧だ、という身の毛もよだつ確信。
イカルガ・レオンがブースターユニットから離れる反動は少しもなく、軌道はわずかたりともブレはしない。
離れていく巨大な柱のようなその姿の向かう先、もはや逃れようもない速度と距離と角度にいるイカルガ・シロガネの巨体が。
その首をこちらにもたげ。
目が、合った。
しかしそれは引き延ばされた瞬間の中でのできごと。
言葉を交わす暇も、意識が上る余裕すらもなく。
イカルガ・シロガネを覆う虹色と、ブースターユニットの先頭に据えられたエーテルリアクタの同色が、激突する。
ダイヤモンドを砕くダイヤモンドは、精霊銀を砕く精霊銀製のエーテルリアクタ。
一番手っ取り早く用意するとなるとこれしかない。
――コォォォォォォォォン!!
その音は、どこか鐘の音のように澄み渡り。
全てが砕け、無数の破片に彩られた虹色の光の中に、包まれた。
なお、そんな空間の中で。
「待ってました!!!! グレートブースター、見せてもらいましたよ!!!!」
そんなことを宣ったエルくんがいたかもしれないが、俺の耳にはさすがに入るわけがなく。
「うおおおおおおおっ! 止まれえええええええ! エアブレ――――キ!」
機体に残った慣性をなんとか打ち消すために全力でイカルガ・レオンの広げた手足が空気抵抗でもぎ取られないように、下手すりゃさっきまで以上の命がけで頑張る俺でありましたとさ。
イカルガ・レオン
エルネスティの開発したヴァーサタイルトイボックスのバリエーション。
標準型のイカルガ・カギリをベースに、手足をグランレオンに準拠したものへ換装した形。獣型と人型への変形機能を有し、人型になるとライオンの顔部分が胸にくる。
ツェンドリンブルに準じるグランレオンの機動性と人型の汎用性を兼ね備えるため、潜在能力は高いが2つのモードを使いこなすことが求められることにもなるので、全機能を十全に生かすことを考えた場合の操縦難易度は少々高い。
イカルガ・カギリに搭載されたオプションワークス対応能力はこちらにも引き継がれており、イカルガ・レオン向けに開発された装備として近接格闘戦仕様「
アグリ・ボトル曰く、「イカルガ・カギリ開発中にエルくんが『C!A!S! C!A!S!』とか楽しそうに叫んでたからいやな予感はしてた」とのこと。
エルネスティ専用機に次ぐイカルガ・カギリ2号機と言っていいもので、グランレオンの代替としてこれを贈られたアグリ・ボトルは一時銀鳳騎士団内でも羨望の目で見られるも、当人が「そのうちオプションワークスどころじゃない合体用の装備とか作ってきそう」と青い顔で頭抱えているのが目撃され、次第に憐憫の目で見られるようになったという。