俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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アルマダ会戦で使われた火船戦術って、別に敵軍に直撃したわけじゃないらしい

 その日、俺は砂浜で鍬を振るっていた。

 水面を遮るものが何もない大海原。穏やかな波がざざん、ざー、ざざんと寄せては返し、植物に元気をくれる眩しい太陽と青い空、その狭間でどこまでも続いていくきめ細かな白い砂が目に映える。

 

「……ここ耕しても畑にはならねーよなー」

 

 と、思ってはいるんだけどなぜか鍬を振る手が止められない。最近畑仕事してなかったせいかな。あはははは……。

 

「お~い、お~い!」

「……ん?」

 

 塩気を含んだ海風よりもはるかに乾いたため息をかついていると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 なんだろう、聞き覚えがあるようなないような、と思いながら顔を上げると、誰かがこちらへ走ってきていた。

 やたらひょろっひょろのもやしみたいな体型をした、騎操士ではありえないおっさん。砂浜だからか海パン一丁の水着姿。

 ぼさぼさの髪とメガネの何とも言えないマッドの気配。めんどくさそうな人だなあ。

 

「いやっほぉ~う♪ コジャーソ最高ーー!」

「……」

 

 訂正。間違いなくヤバい人だ。

 

「あなた、一人で何してるんですか。今日は、飛空船、祭りですよぉ~!!」

「え、なにそれ……」

 

 しかも謎の祭りの開催を宣言した。なにこれ怖い。

 

「お~い、せんぱ~い♡」

「うっ、エルくん!?」

 

 と、思っていたら今度はコジャーソさんというらしいおっさんの反対方向からエルくんの声が聞こえてきた。

 振り向けば予想通り、蕩けた笑顔でこっちへ走って来るエルくんの姿が。あの声、あの表情。間違いない、相当幻晶騎士をキメている……!

 ……でもエルくん、なんで水着は水着でもワンピースなの? 腰のところでひらひらしてるそれはスカート的な飾りだよね?

 

「今日は幻晶騎士祭りですよ、先輩! 僕と一緒に、幻晶騎士の世界を思う存分堪能しましょう♡」

「いえいえ、これからの時代は空! 私と一緒に、飛空船で旅立つのです!」

「あ、あぁぁ……!」

 

 いかん、あまりの状況に呆然としていたら囲まれた。

 砂浜にへたり込む俺の周りをスキップでぐるぐる回りながら洗脳でもしようとしてるのかお前らって言葉をかけてくるエルくんと謎のおっさん。何この恐怖!

 

「飛空船、サイコー!」

「幻晶騎士、サイコー!」

「サイコー……海、サイッコー」

「今度は何!?」

 

 しかもまた別の声までもが海の方から聞こえてきた。

 何事かと思って三度目を向けると、そこにはなんかソファーの乗ったイカダが浮いていて、そこに堂々と腰かける水兵服を着込んだちょっとヒゲの生えたおっさんが。誰だお前。

 

「飛空船サイコー!」

「幻晶騎士、サイコー!」

「海、サイッコー……」

 

「う、うぅぅぅぅ……!」

 

 いずれ劣らぬこと間違いなしの変態三人にあらゆる逃げ道を塞がれ、もはや飛空船か幻晶騎士か海に染まるしかないのか、俺は!? やめてくれ、俺は農業一筋なんだ! 実家の畑と結婚するんだ!

 

「さあ、空へ!」

「幻晶騎士のコックピットへ!」

「海、来る?」

 

 

 包囲の輪が狭まり、三人の手が伸びてきて……!

 

 

◇◆◇

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああ!? ……あ、夢?」

 

 それら全てが夢オチだと気付き、全身をじっとり濡らすいやな汗の気持ち悪さすら現実の証と思えば愛おしい。

 そんな最悪の朝を迎えましたとさ。

 

「ぅん……? もう朝ですか、先輩……?」

「そうみたいだね。とりあえず苦しいからどいてくれエルくん」

 

 そうやって飛び起きた俺の体の上に乗っていたエルくんと、ついでに資料がばさりと落ちる。

 藍鷹騎士団の人たちが調べてくれたジャロウデク王国の動向に関しての報告で、その中には飛空船の開発者と思しき男、「オラシオ・コジャーソ」の名前が記されていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 旧クシェペルカ王国首都、デルヴァンクールを守る四方楯要塞(シルダ・ネリャク)。味方の時は頼もしかった要塞が、ジャロウデク王国から首都奪還を志して全軍をもって進撃中の新生クシェペルカ王国にとっては大きな壁となって立ちはだかっている。

 

 飛竜戦艦がジャロウデク側に生まれ、それに挑んだクシェペルカ側最強戦力である銀鳳騎士団の戦いは、全体を見れば痛み分け一歩手前くらいに終わった。

 負けはしなかったが、倒すこともできなかったわけだ。

 

 飛竜戦艦はいまだ健在である以上、これからの戦略、ならびに女王として立ったエレオノーラ様の拠点となっているフォンタニエの守りにとんでもない不安が出てきた。

 そこで採用された作戦が「全軍進撃」。攻撃こそ最大の防御というか、最大の攻撃力を発揮しつつそのついでに最重要防衛対象を守るという一か八かの作戦だ。

 もとよりクシェペルカは崖っぷち。ジャロウデクが最優先で狙うだろうエレオノーラ様のもとに全戦力を集中できるという点でも、悪くはない策だと言える。

 

 そして途中に立ちはだかった木端のような砦はことごとくを蹴散らし、たどり着いたのが首都を守る強固な要塞。

 要塞を守る川を挟んで展開する平野部にて、ジャロウデク軍とクシェペルカ軍+銀鳳騎士団の戦力が激突を繰り広げていた。

 

 大地を埋め尽くす勢いの幻晶騎士と、空から襲い掛かる飛空船。

 エルくんが技術革新を巻き起こしてから生み出された機体が主力となって繰り広げられたものとしては紛れもなく最大級の戦いだろう。

 

 

 それを、俺たち銀鳳騎士団の一部は。

 

「地上は大変そうだなあ」

「ええ、本当に。……混ざりたい」

「ダメだよエルくん。飛竜戦艦の相手をするんでしょ」

「うぅぅぅ……! これしか手がないとはいえ、僕も幻晶騎士相手に戦いたいです!」

 

 ジャロウデク軍から鹵獲した飛空船を元に改修した対空衝角艦<ジルバヴェール>に乗って、遠目から眺めていた。

 これこそが、クシェペルカというか銀鳳騎士団が用意した飛竜戦艦対策の一つ。基本的にエルくんのイカルガに任せるにしても、二の矢は必要ということだ。

 

 そして、俺もこの船に乗せてもらっている。なにせ、この戦いにおける航空戦力は少ない。前回カルディタンクで痛い目見せた以上そっちの対策は取られてる可能性があるから、こうして地上の手伝いではなく、ガルダウィングに乗って飛竜待ちをしていた。

 

「とりあえず、先輩。もし本当に飛竜戦艦が来た場合は例の作戦、お願いします」

「……言い出しておいてなんだけど、本当にやるの? うまくすれば効くとは思うけど、そのあとのリスクもそれなりに高いよ」

「それは僕も、クシェペルカのみなさんも承知しています。現状最優先されるべきは飛竜戦艦の速やかな撃墜。多少の危険は覚悟の上です」

 

 地上で繰り広げられる一進一退の攻防。

 要塞を守るジャロウデクと、そこに攻め入るクシェペルカ。藍鷹騎士団の人たちが主導して幻晶甲冑で砦に潜入し、中からはね橋を下ろす計画になってはいるが、その作戦成就までにはまだかかると見えて、戦線は動かない。

 だから、きっとそれは運命だった。

 

「親方! 飛竜戦艦だ!」

「来やがったか……!」

 

 ジルバヴェールに鳴り響く警報。地上にもその音が伝わったか、ざわめく両軍。 山の影からゾロリと首をのぞかせた、巨大すぎる異形。

 

 この戦争の趨勢を決する巨大兵器と、エルくんが操る最強の機動兵器が、揃った。

 

 

 

 

『……はじめから、わかっていました。いつか、こんな日がくると』

 

 ジルバヴェールの上に陣取り、飛竜戦艦を見据えるイカルガからエルくんの声が響く。艦内への連絡用伝声管ではなくただの拡声器を使っているから、多分俺にしか聞こえていない、聞かせる気がないのだろう、エルくんが思い描く世界の在り方。

 

『自分で言うのもなんですが、僕とイカルガは単騎として他のあらゆる戦力と隔絶した強さを持っています。それを上回るためにより強い<個>を生み出せるかは不確定要素が強いのだから、たくさんの人の、たくさんの物資の力を束ねて強く大きな兵器で対抗する、大艦巨砲主義の時代が来ることは歴史の必然です』

 

 きっと遠い目をしているのだろう。

 ロボット好きで、トチ狂って俺まで仲間に引きずり込んで生き生きと日々を楽しんでいるエルくんからすれば、飛竜戦艦の誕生とその後の派生や進化によって訪れる巨大な戦闘艦こそが戦場の主役を飾る時代は決して望ましいものではないはずだ。

 

『戦場を巨大兵器が闊歩して、人型の幻晶騎士は片隅に追いやられることでしょう。「大多数の幻晶騎士にとって、ジャイアントキリングは奇跡の親戚」。そんな風に言われる時代が、いつか来ます。……だけど今日じゃありません」

 

 イカルガが顔を上げる。睨む先には、これからの時代にどちらが残るか、互いの存在を賭けて問うべき相手、飛竜戦艦。

 

『……だから、ここで潰します。「飛竜戦艦はなんかすごそうだったけどやっぱり幻晶騎士だよね」と後世の歴史書に刻んでもらうためにも、今日でその勇名を地に堕とす』

 

 底知れない決意と覚悟が、そこにはあった。

 その源は紛れもなく趣味だけど。

 

『ええ、やってやります必ずや。その果てに、僕の名前がこの世界から見れば異常極まりない<イレギュラー>として知れ渡ることになるとしても!』

「言ってることと反対に声がめっちゃ嬉しそうだよエルくん」

 

 哀れ、飛竜戦艦。

 君はきっと今日で終わる。その理由は、「エルくんの趣味を邪魔した」からだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

「また鬼神ですか。おかしいですね、さっきちらっと鳥が見えたはずなんですが」

「コジャーソ卿! 今はそのようなことを気にしている場合ではない! 各砲座、状況知らせ!」

 

 飛竜戦艦、ヴィーヴィル艦橋。そこはいま、狂乱の只中にあった。

 全軍を投入してきたクシェペルカとの決戦。当然そこには鬼神もあり、いよいよ雌雄を決する時が来たと、ドロテオをはじめとした乗員たちは覚悟を決めてここにある。

 なんか一人そういう雰囲気を全く意に介さないヴィーヴィル開発者も同行していたりするが、それは置いといて。

 鬼神との戦いはこれで二度目。おそらく何らかの対策を取って来るだろうと予想されてはいたが、まさか飛空船まで持ち出してくるとは思っておらず、またしても度肝を抜かれた。

 しかも、鬼神が座乗する飛空船から放たれた無数のジャベリン。すでに見た装備だからと近接防衛火器で薙ぎ払えば、それこそが相手の狙いと知らされた。

 敵の企みは槍ではなく、迎撃されることによって飛び散るように仕込まれた油。

 油まみれになったヴィーヴィルは鬼神が放った法撃によって燃え上がり、甚大な被害を被った。

 それでも平然としているオラシオ・コジャーソが何者なのかという感はあるが、無駄に騒がれるよりもマシだろう。

 

 だが、これほどの攻撃を繰り返せるとは思えない。初手こそ奪われる形になったが、勝負はこれから。ドロテオは必殺の意思を込めて指揮を放つ。どれだけ逃げ回られようと、必ず捕えて引きちぎる。

 亡きクリストバルの無念を晴らすためにも、かならずや鬼神の首級を捧げるのだ。

 

 と、思っていた。

 ドロテオの目は戦場に最低限の注意を払ってこそいたものの鬼神しか映しておらず。

 

 

 クシェペルカに与するフレメヴィーラ王国の一番ヤベー奴らの中に、エルネスティと同じくらい頓狂なことを考えるバカがいるなどさすがに想像もできず。

 

 

「かっ、艦長!」

「どうした、敵の増援か!?」

 

 周辺警戒に当たっていた兵からの悲鳴としか思えない報告を受け。

 

「そ、空から……!」

「なんだ、報告は正確にしろ!」

 

 空に、何が。

 飛空船とヴィーヴィル。そして鬼神たちだけがいるはずのこの空に、その上に、一体何がいるのかと上空の様子を窺い。

 

 

「空から……飛空船が降ってきます!!」

「な……」

 

 

 燃え盛る飛空船がまっすぐヴィーヴィルへ向かって落ちてくるのを目にして。

 

 

「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 

 大西域戦争が始まって以来、というか鬼神と出会って以来何度目になるかわからない絶叫を、上げた。

 

 

 

 

「目には目を、歯には歯を。そして(ドレイク)にはドレイクを。……なーんてね」

 

 そして、この作戦の首謀者のこんな独り言をもし耳にしていれば、必ずやブチ殺すと覚悟を新たにしていたことだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 エルくんがジャロウデク軍の飛空船をほぼ無傷で鹵獲したことで、その構造や機能の解析が進み、さらに藍鷹騎士団の人たちによる乗員たちからの「聞き取り」によって運用面での情報が揃ってきた。

 それによって判明したのが、緊急時の飛空船脱出方法だった。

 

 飛空船はなにせ強力な兵器であり、機密の塊。万が一にっちもさっちもいかなくなって乗員離脱と破棄が必要になった場合、そこらに放り捨てて行って敵の手に落ちれば面倒なことになりかねない。

 そのあたりを解決するためにジャロウデク軍が周知徹底していた方法が、「乗員離脱後のエーテリックレビテータ暴走」という方法だった。

 

 「エーテリックレビテータ」とは、飛空船の中枢あたりに据えられている浮力の元らしき機構。何らかの手段でエーテル濃度を高めると、物体に浮力が働く力場が発生するという性質がエーテルにはあるらしい。

 この装置を使って飛ぶ物体の高度はエーテル濃度によって決まり、濃ければ濃いほど高く、逆に薄ければ低い高度で安定する。言うなれば、ある高度を海面とする船のようなものだろうか。

 

 そして、この性質を利用した脱出マニュアル。

 飛空船の自力航行が不可能となった場合、一旦高度を下げて搭載されている幻晶騎士や乗員を鎖やロープの吊り下げによって地上へ降ろす。まあ、そう簡単ではないので各々魔法によるフォローやなんかが必要になるらしいけどそこはそれ。

 そうして乗員の離脱後、時限装置によってエーテリックレビテータ内にとびっきりの高濃度エーテルを注入。当然飛空船の高度はガンガン上がり、その後エーテルの枯渇、あるいは装置の故障によって力場が消失。十分な高さ、すなわち位置エネルギーを得た飛空船は重力に引かれて地上に落下し、爆発四散。機密は自然と保持されるというわけだ。

 

 戦場で悠長に降下している余裕があるかどうかは微妙だが、そのあたりは艦長判断による臨機応変によってどうにかする最後の手段としてこんな方法が用意されているとのことだった。

 

 

 なので。

 

「はーい、幻晶騎士は無事に下ろすわけにいかないから鎖切っちゃいましょうねー」

「うぎゃああああああ!?」

 

 飛竜戦艦との戦いが始まってしばらく、エルくんが楽しそうに喧嘩売りに行ったのを見計らって、俺はガルダウィングでジルバヴェールから発艦した。

 狙うのは、ちょうど近くを飛んで地上を攻撃していた飛空船。

 飛竜戦艦には近づきたくないけど、飛空船なら大丈夫。こいつらまともな対空火器積んでないし。どうも、その辺のリソースは全部飛竜戦艦に突っ込んだようで、銀鳳騎士団が首を突っ込んで以降の飛空船に施された変更点と言ったらレスヴァント・ヴィードのパクリである法撃戦仕様の幻晶騎士を乗せることくらいだった。

 なので、飛空船の帆と風を起こして移動するためのブローエンジンを全て外部からガルダウィングの法撃で破壊してしまえば、飛空船の移動能力は完全に消滅する。

 そのことが内部にも伝わったのか、ほどなく高度を下げて乗員や搭載されていたティラントーがじゃらじゃらと鎖に吊られて地面に降りていったのを確認し、狙い通りに事が進んで安心する。

 

 さすがに地上のみんなにティラントーの相手までさせるのは忍びないから、幻晶騎士を吊るしている鎖だけは先に法撃で狙い撃って切り落とし、全員退艦したことによって飛空船が急速に高度を上げていくのを確認。

 

 さて、準備はほぼできた。

 

 俺が欲しかったのは、飛空船を一隻。それも、それなり以上に高度があるもの、だ。

 さすがに鹵獲した飛空船を使うのはもったいなさ過ぎたから、この戦法を思いついて提案したときはどうしようかと思ったんだけど、エルくんが飛空船のマニュアル片手に超笑顔で「これならイケますよ!」と推してきたからやる羽目になった。

 確かに飛竜戦艦相手にはこれくらいしなきゃ勝てないだろうけど、いいのかなあ。

 

「えーと、もうちょっと左か。エルくんはいい感じに飛竜戦艦を引き付けてくれてるし、なんとかなりそうだな」

 

 戦場をはるかに俯瞰する高高度。ここから落ちれば飛空船だろうとひとたまりもなく、つまりエーテリックレビテータがそろそろ機能を停止する高さ。

 そんな場所で俺は、ガルダウィングを飛空船の上に着艦させていた。

 脚部でがっしりと飛空船の胴体を掴み、糸の切れた風船と同じ飛空船上でガルダウィングのマギウスジェットスラスタを噴かせて位置を調節する。

 さすがに上手いことピンポイントの狙いは出来ないだろうけど、それでもなんとか大雑把な位置合わせくらいはしないとね。

 

「お? ……浮力が消えた。落ちるな」

 

 そうして格闘することしばし。

 ついにエーテリックレビテータが機能を停止したようだ。一瞬ふわっと浮き上がるような感覚の後、ガルダウィング諸共飛空船の高度が下がり始める。

 最初はゆっくり。次第に速度を上げて。

 おそらくこの世界では飛竜戦艦とイカルガくらいしか到達したことがないだろう高さから、地上へ向かってまっしぐらに。

 

「位置調整はこんなもんでいいか。じゃあね、飛空船。これはお土産だよ」

 

 当然、巻き添えを食らう気はない。適当なところで離れて、ついでに炎の法撃を何発か放り込んでおく。

 飛空船は、建造技術の系譜が船に連なるモノであるため、軽量化の意味もあってか木材の使用率が結構高い。ので、割とあっさり燃え上がり。

 

 「ものすげえ勢いで落下していく燃える船」が出来上がって。

 

「おぉ、狙いぴったり。当たるかな……無理か」

 

 その落下軌道のすぐそばにある飛竜戦艦をかすめるどころか直撃しかねない勢いで、めっちゃ慌てて避けたその片翼を、もぎ取っていったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「おのれえええええええええ! おのれ、おのれぇ、鬼神の使い魔! 貴様までもが我らの邪魔をするかぁぁぁ!」

 

 ドロテオ・マルドネス、咆哮。

 鬼神を滅ぼすべく死力を尽くしていたら、なんか頭上から燃え盛る飛空船が落ちてきて、回避こそ成功したものの翼を片方むしり取られた。

 何事かと周辺状況を探れば、鬼神に合流したのは初めて鬼神と遭遇したときに寄り添っていた鳥がいる。あれがやらかしたと見て、間違いない。

 なんと卑劣なことか。あの鳥は、よりにもよってジャロウデク軍の飛空船をどうやってか弾としてヴィーヴィルにぶつけてきたのだ。

 あの野郎絶対殺す。いま、飛竜戦艦の乗員の意思が一つになった。

 

「……艦長。あの装備を使ってください。鳥には効果が絶大のはずです」

「そうか、その手が……! 各砲座、法撃の術式を切り替えてあの鳥を狙え!」

 

 そう、オラシオ・コジャーソの意思も、鳥憎しで一致していた。

 

「ふふふふふ、また会えましたね、鳥。いえ、アグリ・ボトルというのでしたか? 鬼神の開発者であるエルネスティ・エチェバルリアもむろんですが、特にあなたに会う日を一日千秋の思いで待ち続けました。歓迎の用意もしてありますので、是非楽しんでいってください」

 

 艦首を巡らせて鬼神と鳥へと向かっていくヴィーヴィル。

 諜報活動の結果、鬼神と鳥の開発者にして操縦者として知った名前を囁きながら、オラシオ・コジャーソの目は爛々と輝く。あいつだけは、許さない。

 

 こちらに気付いた鬼神と鳥はそれぞれ別の方向へ離れるが、ヴィーヴィルは迷うことなく鳥を追う。

 鳥型の機体にはおそらくロクな攻撃能力がないということだが、これからの脅威にはならなかったとしてもあいつだけは絶対に応報しなければならない。飛竜のマギウスジェットスラスタの推力をもって後を追い、距離を詰め。

 

「やはり、速いですね。直進するだけなら鬼神以上ではないでしょうか。……そして、『一度も止まっていません』ね?」

 

 オラシオ・コジャーソのメガネが光る。鳥の挙動の一つも見逃すまいと、一度目に焼き付けた記憶とそれに基づいて立てた対策が間違っていないことを証明するために。

 

「鬼神は空中で一つ所に留まることがある。飛空船も帆やブローエンジン、マギウスジェットスラスタがなければむしろ移動することさえままならない。だが、あなたは違う。おそらく空を飛ぶための原理が違うのでしょう。……そして、その飛ぶための方法。もしかして、進み続ける必要が、それによって風を受ける必要があるんじゃあ、ないですか?」

 

 狂相がオラシオの顔に浮かぶ。

 背後からは鬼神が迫って来るが、距離も離した。迎撃用の火器もある。今はこの小さな獲物を引きちぎるときだ。

 各砲座の射程に鳥を捉え。

 

空気砲(エアキャノン)、撃ェ!」

 

 不可視の圧力が、鳥を吹き飛ばした。

 ブローエンジンの原理を応用した、風の塊を打ち出すだけの魔法。幻晶騎士に至近距離で放ったとしてもよろけさせるのがせいぜいだろうその魔法が、しかし先ほどヴィーヴィルに苦渋を飲ませた鳥を、木の葉のごとく蹴散らした。

 

「ははははは、あははははは! 思った通りだ! 所詮は鳥、風を受けて飛ぶしか能がないんですねェ! 飛空船なら揺るぎもしない! 鬼神ならすぐに体勢を立て直すでしょう! ですが、あなたなら!? 機体周辺の風という風を乱されて、まだ飛ぶことができますかねぇ!」

 

 そして、オラシオ・コジャーソの勝利の雄たけびが、響いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ぐおぉ!? そ、操縦が効かない! ……こりゃもうダメかもわからんね」

 

 やたら執拗に俺を追ってきた飛竜戦艦にヤな予感がするなと思っていたら、見事に的中。これまで一度も見せられたことのなかった、おそらく風の魔法がガルダウィングを襲ったのだろう。

 吹き飛ばされて速度も向きもめちゃくちゃになって変な回転を始めたガルダウィングは、もはや自力での復帰は難しいのではなかろうか。この辺が、航空力学で飛んでる機体の弱点だ。

 さてどうしよう、脱出機構はあるしエルくんに教わった着地の衝撃を和らげる魔法もあるけど、この戦場でそんなことやってて平気かなあ。

 

『先輩! 大丈夫ですか!?』

「おっと、エルくんか。助かったよ、ありがとう」

 

 割と真剣に死を覚悟しつつあったのだが、ほどなく不規則な回転が止まる。すっ飛んできてくれたエルくんのイカルガに掴み止められたようだ。

 こうなってくれればあとはどうとでもなる。マギウスジェットスラスタの向きを整えてイカルガの手から離れ、何とか安定した飛行に戻る。

 とはいえ、飛竜戦艦は健在。一時距離が離れたが、こちらが無事と見るや再び機首を巡らせて向かってきている。

 

「さて、どうしたもんかな。これじゃあ俺はもう近づけないし、ジルバヴェールに戻っておこうか?」

『……いいえ、先輩。「アレ」をやります』

「……ここは『アレ』って何か聞くべきところ? それとも『ええ、よくってよ』って答えるところ?」

 

 そして、ある意味飛竜戦艦より怖いものがぐいぐい迫ってきている。エルくん、イカルガをこっちと並べて飛ばすのはいいけど、近い。ぶつかったらガルダウィング墜落しちゃうから。

 

『さあ、行きますよ先輩! 飛竜戦艦など所詮は木偶の坊! 大きければいいというのではありません。大きくなるからこそイイのだと、今こそ教育するときです!』

「あー、はいはい」

 

 とはいえこうなったエルくんを説得する術はない。俺は覚悟を、決めた。

 

 

「軌道調整、距離確認。脚部機構、展開」

『ふふふ、うふふふふふふ♡』

 

 イカルガとガルダウィングがまっすぐ同じ方向へ飛翔する。

 軌道は近く、速度は同じに。距離はそれこそ接触するほどに近く、しかしそれこそが狙い。

 エルくんたっての希望でガルダウィング脚部に搭載された機構がいまこそ力を示すとき。

 通常は機体の前後方向についている脚部をそれぞれ外側に90度傾けて、向かい合わせる。

 そうして爪が囲む空間にあるのは、イカルガの胴体。保持。強化魔法による固定。さらにその他あれこれの部分でも連結を済ませ、銀線神経の接続をすれば、あとはマナプールもイカルガとガルダウィングで共有され……完成。

 

「イカルガとガルダウィングの連結……いや、<合体>完了。ユーハブコントロール」

『アイハブコントロオオオオオオル! 待っていましたよ、この時を! イカルガと、ガルダウィングによる合体! これぞ、(アマツ)イカルガです!!!』

 

 ドギャアアアアン、とSEでも響きそうなカッコいいポーズを空中で決めるエルくん。

 心なしか飛竜戦艦もドン引きしているような気がするロボット好きの夢が、誕生した。

 

 

 

 

 ……そこからのことは、多く語るまい。

 

『イカルガのサブアーム制御は先輩にお任せしますね!』

「ああ、うん。同時多目標狙いは無理だけど、一か所に集中して叩き込むくらいならなんとかしてみるよ」

 

『これがガルダウィングとイカルガの力を合わせた全速力! 飛竜戦艦よりはやーい!』

「それは元からじゃね?」

 

『あーっはっはっはっはっは! 当たらなければどうということはありませんよぉー!』

「うーん、エルくんに操縦任せるとすげえトリッキー。……吐きそう」

 

『最高です! 最高の気分です!! 先輩と合体しての空中戦、イカルガとガルダウィングは僕たちのようによくなじむッ! 最高に『ハイ』ってやつですよおおおおおおおおおアハハハハハハハーッ!』

「……いますぐ合体解除して逃げたくなってきた」

 

 戦闘中エルくんが叫んだこの辺のあれこれを知っていただけば、何があったかは大体察していただけることと思います。

 

 

◇◆◇

 

 

「……ん? 親方、飛竜戦艦の高度が落ちてる! しかも、向かう先は!」

「案の定、本陣狙ってきやがったか」

 

 エルネスティが、なんかもう味方からしても目を覆いたくなるほどの大暴れをして、しばし。飛竜戦艦は莫大な魔力によってなんか巨大化したかのようなバリアっぽいものを形成したりもしたが、それも一時のこと。おそらく内部に突入したイカルガにボッコボコにされたのだろう。いまは元の姿に戻っている。

 

「この距離なら、バリアは張れませんね!」

 

 とは、イカルガと合体していたガルダウィングの操縦者であるアグリが後に語った、この時のエルの言葉である。

 

 だが、そこからが問題だった。飛竜戦艦は多少ふらつきながらも舵を切る。その目指す先は、地上。エレオノーラが乗る新生国王機のあるクシェペルカ軍本陣だった。

 

「アグリ先輩の言う通りになったね」

「まあ、あれだけのものを見せられたんだ。そりゃあ同じことをやり返したくなるだろうさ」

 

 飛竜戦艦が落ちてくることに気付いただろう地上の混乱が見て取れる。しかし、銀鳳騎士団は慌てない。こうなる可能性は、既にアグリによって予見されていた。

 

 

「飛空船を落とすのは多分それなりに有効だろうけど、その戦術の有効性を相手に知らせることにもなる。そして、もし飛竜戦艦そのものを落とすという手を取られたとき、イカルガだけじゃ不安だよ」

 

 というのが、火だるまの飛空船を落とす作戦をエルによって白状させられたアグリが呈した懸念だった。

 確かに言われてみれば脅威だ。イカルガならば飛竜戦艦に勝利を収めることはできるかもしれないが、その大質量そのものを完全に制御するとなるとさすがに難しい。

 万が一にもその手を使われれば、その時点で敗北が決定することすらあり得た。

 

 ……という事態をさけるために用意された切り札こそが、対空衝角艦ジルバヴェールであり。

 

「野郎ども、気合入れてけ! マギウスジェットスラスタ、全速! そしてぇ……艦首『回転』衝角、最大出力だ!」

「了解!」

 

 その艦首に据え付けられた、螺旋を描く金属製の衝角。

 

 アグリがカルディタンクの動力に採用している結晶動軸を使い、とりあえずぎゅおんぎゅおん回転させるようにした、ジルバヴェールの切り札であるッッッ!!!

 

 

「うおらあああああ! 行くぜええええ!」

「……親方も大分染まったなあ」

 

 この、意味があるのかないのかよくわからない機構に大変興奮したのは艦長を務めるダーヴィドと、エルネスティ。今もダーヴィドはもちろんのこと、隣を並んで飛んでいるイカルガがわたわた手を振り回してめっちゃ喜んでいるっぽいところから察するに、団長閣下は今日もご機嫌よろしいようだ。バトソンはとりあえず気を取り直し、舵を握りなおす。

 軌道はまっすぐ飛竜戦艦への直撃コースへ。そのどてっぱらをぶち抜き、クシェペルカに勝利をもたらす最後の一手。決してしくじらないよう、覚悟を決めた。

 

 

◇◆◇

 

 

 この戦いが、事実上クシェペルカ動乱最後の会戦となった。

 飛竜戦艦はドリルが横っ腹に突き刺さってその時点で致命傷。それでも抵抗を続けていた艦長が座していただろう艦首像は、ジルバヴェールから飛び出して飛竜戦艦の上を突っ走ったキッドくんのツェンドリンブルが見事に仕留めた。

 

『キッド、こちらに飛び移ってください! あと、先輩はツェンドリンブルをお願いします。なんとか軟着陸させてください!』

「え、マジで? ツェンドリンブルって幻晶騎士2機分くらい重いのに? まあ、やってみるけど。……うわ無理無理無理なにこれ重いー!? やっぱ無理ー! ……しかも魔力切れた!? お、落ーちーるー!?」

 

 キッドくんを助けるのは当然としてもツェンドリンブルまでどうにか爆発四散から大破くらいに収めようとした結果、引っ掴んで飛んだガルダウィングもろとも半分墜落みたいな勢いで落っこちたけど、まあなんとかなった。

 ちなみに、これによってガルダウィングは中破。俺が乗ってた機体はカルディタンクといいガルダウィングといい、半分くらい自滅してる気しかしない。

 

 

 その後の政治的なアレコレは、俺が関わるようなことでもないのでスルー。

 デルヴァンクールに残っていたジャロウデク王族の人を捕らえたりその人を人質に今後の交渉が持たれる予定だったりしたけど、その辺は噂に聞いた程度。

 俺が事後のあれこれでやったのは、各地のジャロウデク軍残党狩りにほぼ無事だったグランレオンで手伝いに行ったり、それを口実に畑を踏み荒らされた村の復興のお手伝いをすることくらいだった。

 

 そんなこんなでしばらくの時が過ぎて。

 俺たちはフレメヴィーラに帰ることになりました。

 

 しかも、来るときの陸路とは違って空路で。一応都度報告の使者は送っていたとはいえ、国許大混乱不可避だ。

 なんだかんだでクシェペルカでは色々とお世話になった。正直、グランレオンが耕した面積だけで言えばフレメヴィーラ以上かもしれない。コツコツ時間を捻出した甲斐がありました。

 その合間になんか戦争とかあったような気もするけど、俺にとっては割とどうでもいいので置いておく。

 クシェペルカでのアレコレはちょっと非公式な面があるから表立っての功績として大々的に扱われることはないだろうけど、それでも功は功。ここまで大きな事件はそうそうないだろうし、少しは腰を据えて農業できるかな!

 

 

 

 

 ……などと、甘いことを考えていたんだ。あの頃は。

 飛空船が世に出た以上、世界は、歴史は大きく変わる。

 

 開拓と冒険の時代はすぐそこまで迫っていて、銀鳳騎士団という組織はどう転んでもそういうものに巻き込まれるか首を突っ込むか先導していく立場にあり。

 

「さあ、それでは帰りましょうか、みなさん。フレメヴィーラに帰ったら、また新しい幻晶騎士を作りましょうね!」

 

 エルくんある限り、どういうわけか俺もその宿命に引きずられるのだと、まだ心の奥底では、理解できていなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「ほらっ、そこよキッド! お姫様が何を求めてるかくらいわかるでしょ!?」

「幻晶騎士でしょうか」

「騎士としての誓いを新たに、あたりか?」

「まさか剣を教えて欲しいとかではあるまい」

「あーもう、どうしてうちの男どもは朴念仁だらけなのよ!」

「……ユシッダ村の人参は甘くて美味いぞ?」

「人参みたいに地面に埋められたくなかったら黙っときなさい」

「アッハイ」

 

 騎士の誓いを捧げたお姫様との別れ、という甘酸っぱい経験をしているキッドくんの様子を窺いながら、いつも通りな銀鳳騎士団でありましたとさ。




(アマツ)イカルガの名前は感想でもらったアイデアを採用させていただきました。
ありがとうございます。
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