「急げ、取り押さえろ!」
「何人がかりでもいい、王の御前に行かせるな!」
その日、フレメヴィーラ王国首都カンカネンにて騒動が起きていた。
王城の只中、謁見の間のすぐ手前まで響いたそれは当然王の耳にも入る。
リオタムス王は騎士たちの制止も空しく迫りくるそれに対し、ため息をこぼした。来るべき時が来た、その感覚だけは確かなものだ。
「来たか、銀鳳騎士団」
「はっ、銀鳳騎士団第二中隊を預かります、ディートリヒ・クーニッツです」
3人の騎士にタックルされたまま引きずりながら突進を止めないその男。しかもそれを王の前でやってのけるのだ。なんという瞬発力、なんという根性。さすがはエルネスティの下についているだけあって一味違う。
先代のアンブロシウスがほぼ独断で新設した騎士団は上から下まで規格外だな、と改めて認識し、声をかける。
「何用か……と、聞くまでもないが、申してみよ」
「では、遠慮なく。我らの団長エルネスティと、アデルトルート、アグリ捜索の許可をいただきたく!」
本当に、予想を違えない。
ボキューズ大森海の調査に向かった船団を率いていた紫燕騎士団と銀鳳騎士団。
全体を見れば損害は少なく、見事生還を果たした。
だが失われたものもあった。
いくつかの物資に、機体の損傷。若い騎士の命と。
銀鳳騎士団団長とその補佐、そして平団員の計三名。
フレメヴィーラ王国の幻晶騎士開発を支える中枢が、失われた。
「ならぬ」
「なぜですか!」
だが、だからこそ軽挙は慎まなければならない。
確かにエルネスティ達は樹海に消えた。しかしそれを追いかけて残りの銀鳳騎士団までもが失われることになれば、それこそフレメヴィーラ王国の被る痛手は計り知れない。
エルが墜ちたということは、他のいかなる騎士であれ、騎士団であれ、同じ憂き目に遭う可能性が高い。
リオタムスはその理屈をディートリヒに説いた。
王として、無礼を働いた騎士に対するものへの対応としては過剰と言えるほどの温情であるが、それを厭わなかった。
エルネスティが失われたこと、エルネスティでさえ生還しきれなかった脅威があること、それらはフレメヴィーラ王国そのものにとっても尋常ならざる脅威だからだ。
「それでも……それでも行くべきです。団長は、必ず生きています!」
「その保証は、ない」
ディートリヒはなおも言い募る。だがそれは、一国の王を動かしうるものではなかった。
「いいえ、必ず。殺した程度で死ぬような団長ではありません。必ずや生きて、おそらく現地で新たに幻晶騎士を作り上げてこちらへ帰還しようとするはずです」
「……いや、さすがにそれは」
無理がある、と言いかけて口ごもる王。
エルとの付き合いは即位してからでまださほど長い時間ではないとはいえ、ぽこじゃか増えるカテゴリすら既存と異なる幻晶騎士や飛空船、それらで挙げた武勲と功績。ありえない、とは言い切れないプレッシャーがあった。
「団長が生きているならアデルトルートも死にません。そしてアグリも……アグリ、も……?」
「その者が、どうかしたか?」
とか思っていたら、今度はディートリヒが口ごもった。
アグリ、とは今回行方不明になった銀鳳騎士団員の1人、アグリ・ボトルのことだろうとリオタムスは思い出す。
エルほどには目立たないが、銀鳳騎士団にて人型要素すらない機体を作ることを得意とする男だ。
あと、かの男の出身地の領主はリオタムスも知っている。子供のころ、初めて会ったときのことはちょっと思い出したくない程度には。
「いえ、その……。アグリもきっと生きていると思うのですが……大森海の奥を勝手に開拓し、既に村の一つも作っているような気がしてならず……」
「何者なのだそいつは」
あの領主のところの奴らは上から下までとんでもねーな。
内心戦慄を新たにするリオタムスであった。
フレメヴィーラ王国にもたらされた、エルネスティ達3人未帰還の報。
それを、銀鳳騎士団たちはとても心配した。
「やべーよ。急いで回収しに行かないとボキューズ大森海がボキューズ大農園になっちまう」
「で、その農園の向こうから俺たちのより性能のいい幻晶騎士が押し寄せてくるんだろ?」
「……急ごう。取り返しがつかないことになる前に」
何について心配したかは、言うまでもない。
エルネスティ達を捜索するための第二次調査船団の派遣は、近い。
◇◆◇
――時は遡り、エル達が森に墜ちた直後。
「エルくん! エルくん大丈夫!?」
「……アディ、ですか。僕は平気です。心配かけましたね」
エルとアディは、生きていた。
飛行能力を失い、落下しつつあったイカルガであるが、そこへ駆けつけたアディのシルフィアーネがすったもんだの末に抱え込むことに成功し、地面に不時着して大破しながらも、騎操士二人は無事に生きて地を踏むことができた。
「さっそくですみませんが、アディ。……先輩は、どうなりましたか?」
「それ、は……」
その喜びに浸るより先に、エルは自身の手を引いて助けてくれたアディへ縋るように尋ねる。
イカルガと共に離脱しようとしながら、逃げ切れないと悟ってただ一人反転し、魔獣に向かっていったアグリ。相手に食いつかれ、それでもひるまず法撃を叩き込んで魔獣を倒したところまでは、エルも把握している。
その時の爆発の規模からして、アグリもガルダウィングもただでは済まないだろうということを理解したうえで。
アディの顔にはためらいの色がある。
無事に近くへ落着したアグリとすぐに合流できるという可能性は、ほぼないだろうと察せられるほどに。
「……エルくん。落ち着いて、あれを見て」
「……はい」
シルフィアーネから脱出してすぐに駆け付けたアディはディセンドラートを身にまとっている。エルの体をコックピットから引き上げる程度はたやすいことで、すぐに周囲の様子がエルの知るところとなる。
ボキューズ大森海の中で奇跡的に開けた一角。
そこに一直線に刻まれた、無残に草木を削る幻晶騎士の落下跡。
その痕跡を断ち切るように。
あるいはその先から迫る魔獣の盾になるように。
ガルダウィングの片翼が、突き刺さっていた。
「……っ!」
「エルくん……」
痛ましげなアディの声も、エルの耳にはほとんど入らない。
あのとき何があったのか、はっきりと覚えている。
自分を守るためにアグリが散ったその様、忘れられるはずがない。
唇を噛む。拳を強く強く握りしめる。瞳がゆらゆらと涙で揺れる。
だが、泣かない。
そんな暇は、ない。
「……行きましょう、アディ。持てるだけの荷物を持って、拠点になる場所を探します」
「先輩を探さなくて、いいの……?」
「探します。絶対に。何があっても。でも、先輩だって騎操士です。きっと僕たちと同じようにこの森でサバイバルをして、合流するために行動してくれているはずですから」
エルは覚悟を決めた。
必ずアグリと再会する。
そうでなければ、助けてもらった意味がない。
そうでなければ、この恩を返せない。
魔の森何するものぞ。
愛する幻晶騎士をこんな姿にしたことと、アグリを奪ったこと。まとめて応報するのだと、エルネスティは己の心に、誓った。
◇◆◇
エルとアディは、ボキューズ大森海の中で逞しく生き延びた。
騎士として学んだ魔獣狩りの技とサバイバル技術で命を繋ぎ、人跡未踏と思しき魔の森を進んでいく。
その中で、二人は巨人と出会う。
人と同じ姿形をして、しかし目の数が異なる。
一つ目の者や、三つ目、四つ目などの異相を持ち、決闘級魔獣に比肩する巨体と、なんとエルたちと近しい言葉を使う、話している内容が理解できる存在。
エルとアディはなんやかんやで巨人たちと知り合い、殴り合いを経て彼らカエルレウス氏族の一員として迎え入れられたり、巨人族の慣例を無視して王を名乗るルーベル氏族の行いの是非を問う「賢人の問い」が開かれることになったり、それを察知したルーベル氏族が送り込んだ
「……巨人同士のことに口を挟む気も、その資格も僕にはありません。ですが、とりあえず見かけたら滅ぼす理由が三つくらいになりました」
「オイオイオイ、ルーベル氏族死ぬわ」
「
「穢れの獣はマズいって……。エルくんの大好きな幻晶騎士の天敵で、先輩と離れ離れにして、パールちゃんたちと一緒に作ってた新しい幻晶騎士も溶かしちゃったら、ね。巨人族だからまだいいけど、もし私達の故郷で同じことするのがいたら国ごと滅ぼされてるかも」
「すさまじいのだな、小鬼族の勇者は……」
巨人族の子供であり、エルとアディに弟子入りした
その後、エルたちとカエルレウス氏族は方針を転換する。
ルーベル氏族の行いは問いによって正されなければならない。だが現状のままでは、穢れの獣に氏族が襲撃される原因となった諸氏族連合軍を結成したとしても、再び個別に酸の雲によって壊滅させられるだろうことは目に見えている。
ゆえに、まずは知らなければならない。
ルーベル氏族の専横の原因を。いかにして穢れの獣を従えているのかを。
一路、ルーベル氏族の住処へと向かう、エルたち。
「……そうですか、それを回収しますか。しかもゴミ呼ばわりして。僕の大切な大切なイカルガと……先輩の、ガルダウィングを!」
「ね、言ったでしょ?」
「……あの、師匠アディ。我が眼が確かなら、ルーベル氏族の首がぽんぽん飛んでるのだが」
「首置いてけ! 首置いてけえええ!」
「あと、開いた口の中に火炎魔法放り込んだりもしてるね。喉が中から焼けるって、痛そう」
「……我らの勇者が師匠エルとしたのが力比べで良かった。本気で」
途中、エルたちが撃墜した穢れの獣の素材と、その近くに放置せざるを得なかったイカルガとシルフィアーネの残骸、そして隊長格だった魔獣とともにあっただろうガルダウィングの残骸を回収していたルーベル氏族と出会い、ころしてでもうばいとったりも。
ルーベル氏族の回収班、不運である。
そして「戦利品」を利用するというエルの提案を受け入れ、カエルレウス氏族はさらにルーベル氏族の領地の奥深くへと分け入り、おそらくルーベル氏族の装備の充実を担っているだろう
「あ、エルくんとアディちゃんだ。無事だったみたいだね。やっほー」
「先輩いいいいいいいいいいいいい!?」
そこで、普通に畑仕事をしているアグリを見た!
最初、なんかあまりにも普通に農作業してるのでただの村人かと思うくらい、当たり前の様子で!!
「え、ちょ、なんで?」
「いやあ、説明すると長くなるんだけどごっふぁぁぁぁ!?」
首にかけた手ぬぐいで汗をふきふき、最後に見たしおしおの顔とは打って変わったつやつやの爽やかな笑顔であっさり説明しようとするアグリだったが、すぐに吹っ飛んだ。
大気推進の魔法さえ使い、一瞬すら惜しむように最高速で抱き着いたエルネスティという砲弾を、腹に食らったことによって。
「おぐぉぉ、エ、エルくん? さすがに今のは致命的なんだけど……」
「…………………………………………先輩」
仰向けに倒れ、ついでに自身の身長分くらい地面を滑ってようやく止まったアグリの胴体を抱えたエルは、顔を上げずにふごふごとアグリを呼んだ。
「な、なんでしょ……?」
「先輩、ですよね。本当に、本物で……ちゃんと、生きて……!」
「……本当で、本物だ。俺は無事だよ、エルくん」
ようやく顔を離し、アグリの顔を覗き込む。
そのエルの頬を、涙が伝う。
零れるたびに、アグリの顔を濡らす。
アグリは笑って、その涙をぬぐった。
「泣くことはないだろ、エルくん。一応騎士団長なんだしさ」
「! ……泣いてません!」
「顔を押し付けて、人の服で涙拭くのやめてくれんかね」
ぎゅうぎゅうと、苦しくなるほど抱きしめて、エルは、アグリの側を離れようとしなかった。
「ところで先輩、どうしてここに? あれから何があったんですか」
「ああ、それ? そうだね、かいつまんで説明すると……」
ホワンホワンホワンノウギョウ~。
「……今、変な音聞こえませんでした?」
「気のせいじゃない?」
◇◆◇
「……ぶはーっ! 死ぬかと思った!」
ディセンドラートを着込み、必死に水中から陸へと上がる俺。
さすがに幻晶甲冑着込んでの水泳は無理があった。肉体強化が働いてなければ死んでたね、こりゃ。
酸の獣をほとんど自爆のように倒す寸前、俺はガルダウィングから辛うじて脱出することに成功していた。
とはいえ、脱出したのは本当に爆発寸前。見事爆風に巻き込まれ、あらぬ方向へとふっ飛ばされた。
ぐるんぐるん変な回転をする中で自分がどっちに向かって飛んでいるのかさえよくわからなかったけど、落着地点に川があったのは幸か不幸か。地面に激突することこそなかったものの、水中に沈んで割と本気で死にかけた。
「……近くにエルくんたちの気配はない。ボキューズ大森海の最奥で、おそらく船団もこの辺りには近づいて来られない。しばらく、一人で生き抜くしかないか」
その後、慎重に周辺の探索をすることしばし。
どうやら、酸の魔獣と戦っていたのは俺が落ちた川の向こう側だったようだ。この川を越えれば同じく森に降りているだろうエルくんたちに近づける可能性はあるが、俺の魔法の腕ではディセンドラートがあってもこの川を飛び越えることは出来ないし、泳いで渡るとなると今度は川の中に何がいるか知れたものではない。
よって、とにかく俺はこの地で一人生き抜かなければならないことが確定した。
回収できた物資は、元々着込んでいたディセンドラートに、近くに墜落していたほぼ残骸状態のガルダウィングのコックピットから引っ張り出してきたサバイバルキットの一部。
「そして、こんなこともあろうかと常に用意しておいたスコップと鍬! これさえあれば俺は10年戦える!」
ついでに、俺が乗る機体のコックピットには絶対常備している鍬とスコップ。これらをディセンドラートの背中にマウントして、俺のボキューズ大森海生活が、始まった。
「とりあえずまずは畑作らないとな! ちょうどいいところ探すぜいやっほおおおおおおう!」
魔獣ひしめく森の奥、俺の命がけのサバイバルが始まった。
……まあ、地に足ついてる分空の旅よりよっぽど気楽だがな!
で、森の中に入ってしばらく。
サバイバルキットの中に多少は作物の種を仕込んでも来たけど、それらを撒くべき畑を作る場所はどこでもいいというわけではない。水場の確保や土の質、魔獣共に荒らされない場所などなど、長丁場が予想される以上慎重に吟味したい。
というわけでひとまずはそこらの小型魔獣を狩ってそいつらを食料に、いい感じの場所を探すことにした。
なあに、故郷の村にいたころは厄介な魔獣を狩っては食べることがデフォだったし、いまはディセンドラートも十分稼働している。案外何とかなるものさ。
そういう感じでそこそこ安定した日々を過ごしつつさまよう数日。
――その果てにそこへたどり着いたのは、きっと運命だったのだろう。
主に、畑に魂を惹かれる農民の背負う運命。
「こ、これは……村!? 人が住んでるのか!?」
森の奥へと分け入るにつれて、なんだか雰囲気が変わって来た。
人跡未踏の魔境、と思っていたのだが決闘級魔獣ものしのし歩くからか獣道は広く踏み固められて歩きやすく、しかもそれだけではなくそこはかとなく人為的な物を感じることがちらほらあった。
もしかして、ひょっとして。そんな直感に突き動かされてさらに探すこと数日。
俺はついに見つけた。
ボキューズ大森海の中にひっそりとある、見慣れた風景。
どこにでもありそうな、農村の姿を。
しばらく遠巻きに観察すると、予想通りここは今も現役で人が暮らす村だということが分かった。
家々から出てきた人は俺の体に染みついたのと同じようなスケジュールで畑に向かい、耕し、草取りをし、肥料を撒く。
耳を凝らせば農作業の合間にかわす言葉は多少違和感を覚えるが、十分に聞き取れ、理解できるもの。……どうしてそういう人たちがここにいるのかはすさまじい闇を感じなくもないのだが、置いといて。
「うぅ、腰が……でも今日中にこの辺りを耕しておかないことには……うっ!?」
「おっと、危ない。大丈夫ですか?」
「へぇ……? お、お前さんは?」
「まあまあ、お気になさらず。手伝いますよ。ここからそこまで耕せばいいんですよね? ……あぁ、ようやくだ」
「なんじゃろ、こいつの目、ちょっと怖い」
腰でも痛めているのか、フラフラと鍬を振るっていたおじさんを助けつつ紛れ込むことにしよう。新しく一から畑を作るのも楽しいけど、ここには既に環境整ってるんだから利用しない手はないよね!
◇◆◇
「と、いう感じでまずは深刻な農務シックを直してからエルくんたちを探そうと思って、滞在してたんだよ」
「その雑な流れでしれっと村に入り込めたんですか!?」
以上、俺がこの村に落ち着くまでの経緯でした。
「そ、そんな……お貴族様の知り合いだったとは……!」
「おいマジかよ。あいつ、お前んちの倅じゃなかったの?」
「うちには娘しかいねえって知ってるだろ! つーかお前んところの子も兄ちゃん兄ちゃんて懐いてただろうが!」
「言われてみれば、森に入るのは禁じられているのに当たり前のように魔獣を狩ってきていたような……」
「うちも肉のおすそ分けもらったな」
「便利だから、深く詮索せずにいたらこんなことになるなんて……!」
「……どうなってるの、この村の人たち」
「普通こういうところはよそ者に敏感なんだけど、どうもこの辺りって人の出入り自体がないから、そもそも排他的も何もなかったみたいだよ?」
「だからってあっさり潜り込まないでくださいよ……」
なんだかんだでおおらかな人たちで良かったね、うん。
「……ところでエルくん、そろそろ離れてくれない? 起き上がれないんだけど」
「ダメです」
「むー、エルくんに抱きしめられて羨ましいなー。……でも! 聞いてください先輩、私、エルくんの妻なんです!」
「なにぃ!?」
「ああ、確かに勇者がそう言っていたぞ、勇者の友よ」
「マジっスか巨人さん! やったねアディちゃん!」
「はい! ……いやー、割と本気で不安だったんですよ。もし、この森で遭難するのがエルくんと先輩の二人だけだった場合、エルくんが先輩のお嫁さんになっちゃうんじゃないかって……!」
「そういうのないから」
と、いう話を、エルくんに体当たりくらってすっ転がったまましてる俺でしたとさ。エルくん、全然放してくれない。
周りには、ここに来るまでの間にエルくんたちが氏族の一員として認められたという巨人のカエルレウス氏族の人たちと、俺が今日までお世話になってた村の人たち。カオスだなあ。
ともあれ、これにてボキューズ大森海に取り残された銀鳳騎士団の面子は揃った。
しばらくの間エルくんがしがみついて離れてくれないことに難儀したりもしたけど、まあ些細な事。こうなってくれば、やることは一つ。
「では、改めて本格的に幻晶騎士を作りましょうか。幸い、イカルガのエーテルリアクタは2基とも無事ですし」
「やっぱりそうなるのか」
そう、小鬼族の村に協力を仰いでの現地資材による幻晶騎士作りだった。
ここの村、結構切羽詰まってるからなんだかんだで取り入るのは簡単だった。なにせ、俺程度の労働力と村の外に隠しておいたディセンドラートを駆使して狩ってくる程度の魔獣の肉でも大喜びされるくらいだから、エルくんとアディちゃんに加えて巨人族の人たちまでいるとなれば食料面でも魔獣被害に対する安全面でも盤石なものとなる。
話を聞く限り、エルくんたちと一緒にいたカエルレウス氏族の人たちは、小鬼族を庇護下に置いているルーベル氏族とは敵対的な人たちらしいけど、そもそもここは大分末端。恩恵なんてあってないようなものだったからあまり気にならないらしい。
つまり、切り崩し放題。胃袋を抑え、エルくんの口八丁と交渉力をもってすれば協力を取り付ける程度のことはたやすかった。
「とはいえ、物資が圧倒的に足りません。イカルガとシルフィアーネ、それにガルダウィングの結晶筋肉をかき集めたとしてもまともな幻晶騎士一騎分にも満たない量しかありませんね……」
「装甲や骨格は魔獣由来の素材で何とかなるにしても、こればっかりはねえ」
まあ、それにしたって致命的に素材が足りないんだけど。
銀鳳騎士団にいると、幻晶騎士なんて畑から生えてくるんじゃないかという気がしてくるけど、エーテルリアクタの希少さを筆頭に、結晶筋肉、インナースケルトンや装甲に使う金属、銀線神経、その他諸々加工はもとより生成の段階からして高度な冶金学と錬金術のハイブリッドだ。
だからこそすでにあるものは流用可能だが、ないものを作るとなるとそのためには果てしない手間がかかるわけで、事実上補給は不可能だ。
「なので! こんな設計にしてみました!」
「料理の手順解説の「こちらが一晩寝かせたものになります」みたいにしれっと既に準備してるよね、エルくん。ふむふむ。……これは期待されてるだろうから言っておくね? 『足は付いてない』」
「あんなの飾りです! 偉い人にはそれがわからんのですよ!」
「飾りじゃねーよ地に足つけて歩くしかないでしょ幻晶騎士は。まあ、この機構からするとあながち冗談でもなさそうだけど」
「でしょう? 先輩が見せてくれた風の防壁、アレを見て考え付いたんです!」
それでも、何があろうと幻晶騎士を作るというエルくんの情熱は、俺の畑に対する執念に匹敵するものを感じるね。
とまあそんなわけで、エルくんは結局幻晶騎士を作り出した。
魔力を通す木材、ホワイトミストーがこの辺に大量にあることが発覚したり、どうやら小鬼族が使っている
ついでに、その傍らで巨人族に使ってもらう用の魔導兵装なんかも作って、俄かに戦力が充実し始めた。もし仮にこの村を制圧するとなった場合、俺なら銀鳳騎士団の中隊規模の戦力を要求するだろう程度には、ヤバいことになりつつある。
そんなときだった。
村が、襲われたのは。
◇◆◇
「あれは、貴族様がたの幻獣騎士!? なぜここに!」
「みんな、とりあえず逃げてー!」
森が騒がしい、と思ってすぐ。現れたのは慌てた様子で戻って来るアディちゃんと小魔導師ちゃん、そして彼女らを追いかけるように現れた、魔獣とも幻晶騎士ともつかない異形の存在、村の人たちに曰く幻獣騎士だった。
一応は人を守護する側の存在がなんで、と思わなくもないけど、今この村には俺たち異邦人に加えてルーベル氏族に敵対しているカエルレウス氏族も逗留している。よくよく考えてみれば、ルーベル氏族配下の小鬼族としては裏切り者として処断する理由がいくらでもあったわ。
が、だからといっておとなしくやられてやる理由はない。
小魔導師ちゃんが魔法で牽制してくれている間に村の人たちを避難させる。今の俺は使える幻晶騎士がないからね。こうするのが精いっぱいだし。
……どうせ、こういうことを嬉々としてやってくれる子もいるし。
『ヒャッハー! ちょうどいいタイミングで的が来ましたね!』
「あー、エルくんやっぱりやるんだ」
村の中にある、割と大型の建物が中から吹き飛んだ。
幻獣騎士の攻撃によって、ではない。その中にいたエルくん、ひいてはエルくんがこの地で作り上げた幻晶騎士によるものだ。
『さぁてお披露目しましょう、イカルガとシルフィアーネとガルダウィングの素材を使い! 魔獣の素材もレッツ・ラ・まぜまぜして! さらに先輩の技術を組み込んだ新型機<カササギ>! その力をさっそく試せるなんて、ワクワクもんです!!』
カササギ。その姿ははっきり言って「異形」に尽きる。
眼球水晶の保護に使うのは、そのまま魔獣の頭部骨格なので髑髏面。
結晶筋肉の総量が少ないために可動部分は最低限に留め、イカルガに使われていた大型エーテルリアクタが供給する莫大な魔力による強化魔法に装甲を頼った、ほぼ木造。
あまつさえ下半身をごっそり削ったその機体は、失った機動力の解決策として「全身を包み込む虹色の膜」に頼っている。
そう、それこそが。
『先輩が見せてくれた風の防壁。高速還流するその防壁内にマナを再変換して抽出した高濃度エーテルを流し込むことでレビテートフィールドを形成する……これが! 僕の<エーテリックプライマルアーマー>です!!』
その後の結末は、語るまい。
幻獣騎士も、そいつらが呼び寄せたと思しき魔獣もまた、等しくカササギと駆けつけた巨人族の、餌食となった。
◇◆◇
「やあやあやあ、西方の同胞たち! さっきはちょっとばかり失礼したね! とりあえず仲良くしようじゃないか!」
「うっわ、胡散臭いのが来た」
と、いう戦いからしばらくして。
幻晶騎士レベルの巨体の戦場と化したことでズタボロになった村を巨人族の人達の力も借りながらなんとかかんとか立て直していると、妙な客が現れた。
襲撃時とは打って変わって幻獣騎士一機だけで、その掌に乗せられた声と態度の大きい人。名乗って曰く
この地に住まう人間、小鬼族の王だという。
この後、俺たちは小鬼族の都に招かれることになる。
巨人族の戦争、賢人の問い。
生きとし生けるもののみならず幻晶騎士にすら優位を誇る、穢れの獣。
それを操り、主として君臨していたルーベル氏族に反旗を翻さんとする小鬼族。
ボキューズ大森海は、混迷の渦に飲まれようとしていた。
「そのきっかけを作ったのって、間違いなく俺たちだよね」
「穢れの獣、倒しちゃいましたからねえ」
その一連の騒動のきっかけになったのが、絶対の脅威であった穢れの獣を少数とはいえ倒したエルくんと俺の行動というあたり、ちょっと冷や汗もんだけど。
そして、もう一つ。
この地に近づきつつある勢力があることを、俺たちはまだ知らなかった。
◇◆◇
「さて、この辺りだな。警戒を厳に行くぞ、紫燕騎士団」
「了解。……ところで、ヘルヴィ教官から『森が拓けてる場所を重点的に、そこに畑がないか探せ。もし見つけたらすぐに行くから連絡しろ』って言われてるんだけど」
「あ、俺も俺も。さすがに生きてるにしたって畑作るには時間が足りないんじゃって言ったんだけど、『やつならやる』ってすげえマジの目で言われた」
「知ってるか? オルヴェシウス砦って畑の中に建てたんじゃなくて、建てたあとに周り全部あの人が畑にしたらしいぜ」
「……銀鳳騎士団、すげーな」
微妙な誤解を育てつつ、西方の戦力がやってきていた。