8月28日ーー
「ふああ〜……」
日が昇り、小鳥が囀る中……昨日はまともに寝たため朝早くに起きられる事が出来たレト。 しかし時間を見るとまだ余裕があった。
「まだ時間がある。 けど二度寝するのもーー」
『朝だよ、朝!起きろー!』
『ぐえっ!!』
「……起きよう」
階上からリィンの悲鳴を聞いてレトは潔くベットから出た。 恐らくこのままではリィンの二の舞いになるかもしれない。
「ルーシェ、おはよう」
「くぁ〜〜……」
レトと同じベットの上で丸くなって寝ていたルーシェは大きな欠伸をし、また丸まって眠ってしまった。
着替えと身支度、荷物を持つと部屋を出ると……既にラウラ、エマ、ガイウスが準備を済ませ、いつでも出発できる状態だった。
「来たか」
「おはようございます」
「おはよう、皆。 2人もそろそろ来そうだね?」
「ふふ、そうみたいですね」
「ああいう姿を見ていると、歳相応にしか見えないな」
歳相応にしか見えないというか、そうなのだろうが。 と、そこで少し気落ちしているリィンと、今日も元気過剰なミリアムが降りて来た。
「おはよう……皆……」
「おはようリィン。 ミリアムもおはよう」
「あ、もう起きてる。 起こそうと思ったのに……ブー、つまんないの」
「あはは、ご期待に添えずにごめんなさいね」
少し小馬鹿にするようにレトは誤り、ミリアムは不貞腐れながらブーブー言った。
「さて、今回はラウラの故郷か」
「レグラム。 霧と伝説の街だったか」
「ふふ、そこまで大層な街というわけではないが……風光明媚なのは確かだから、皆を誘いたいとは思っていた。 アリサやフィー達が来られないのは少し残念ではあるな」
「ふふっ、そうですね」
「機会はいつでもあるよ」
「まあ、とにかく先ずは駅に行こうよ! それじゃあ、A班、レッツゴー!」
先頭を走るミリアムを追いかけて第3学生寮を出発し、駅に入るとまずはトリスタからレグラム間の線路図を確認した。
「レグラムはバリアハートから乗り換えで行けるよ」
「そうなると……大陸横断鉄道じゃなくてクロイツェン本線の列車の方がいいな」
「うむ、そしてバリアハートではエベル支線というローカル線に乗り換える必要がある。 2時間に1本しか出ないから上手く乗り換えたいものだな」
「現在、ちょうど7時……10時半にバリアハートに着いてお昼頃にレグラムに到着でしょうか」
「1日目から実習があるから早めに到着した方がいいだろう」
「へぇ、結構時間がかかるんだね。 ボクならガーちゃんに乗ってひとっ飛びなんだけど」
ミリアムの冗談に聞こえない言葉にレトは苦笑し、リィン達は本当にやるのではないか心配してしまう。
「あら、あなた達」
と、そこへアリサ達B班が駅内に入ってきた。
「そっちも行くんだ?」
「いや、バリアハート直通を待つから20分後くらいかな」
「そっちはジュライ特区だっけ? 行ったことないけどそっちも面白そうだよねー」
「ふう、ここからだとかなりあるという話だが」
「フン、途中で根を上げるなよ」
「だ、誰が根を上げるものか……!」
「西のラマール州を超えた先、北西部の海沿いだね」
「ま、せっかくの長旅だ。 せいぜい俺様のモテトークで場を持たせてやるから安心しな」
「いりません」
「くだらん」
「あはは……」
他愛ない雑談を交わしていると……もう少しでアナウンスでB班が乗る帝都行きの列車が到着するそうだ。
両班は激烈と無事を祈りながらひと時の別れを告げ……B班は帝都行きの列車に乗って行ってしまった。 少し時間はあるが、レト達はホームで待とうと改札口を通ろうとすると……先程の列車で降りて来たのだろう、赤毛の青年が反対の改札口を通って来た。
普通なら何の不思議ない事だが……リィンとガイウス、エマとミリアム、そしてレトは青年の事を知っていた。 するとミリアムは青年に駆け寄った。
「あれれ、レクター? ひょっとしてボクに会いに来たとかー?」
「おお、明後日からオレもクロスベル入りすっからなァ。 これで今生の別れになるかもしれないし、こうして挨拶に来てやったのだ」
「あはは、そーなんだ」
「ーー宰相閣下も含め、あなたが簡単に死ぬような人ではないでしょう」
そこへレトが青年……レクターの前まで歩きながら嘆息気味にそう言う。
「お久しぶりですね、レクターさん。 相変わらずのようでなによりです。 それと……次のクロスベル入りは
「クク……さて、何度目だろうな? ま、おめえさんこそかなり好き勝手してるな。 特に帝都での乗馬はメンドかった。 後始末が大変なんだぜ?」
「それ以上の損害になるよりはマシだと思いますけど?」
「そりゃそうか。 オレも夏至賞でたんまり儲けさせてもらったしな」
2人は面識があるようだが……気が合いそうだがとてもじゃないが仲は良さそうには見えない。
「あれれ? レクターとレトって知り合いだったの?」
「ああ、顔見知り程度だがな」
「宰相閣下と同伴してグランセル城でね。 その時にレクターさんがジェニスのサボり生徒会長だって聞いたんだ」
「な、なんか聞いちゃいけない事を聞いたような……」
「あ、あはは……」
「はあ……」
リィン達は彼知らないラウラに小声で説明をしていた。 その時……レトは背後から妙な気配を感じ取った。
「…………?」
振り返るとそこにはリィン達しかいなかった。
(気のせい?)
「レト? どうかしたのか?」
「……いや、何でもない」
レトは何でもないと首を横に振った。 と、そこで今度はバリアハート行きの列車が到着とアナウンスが流れてきた。
「大尉殿、すみません」
「俺達はこれで失礼する」
「おお、頑張れよ〜。 それとオレのことは一応、“書記官”って呼んでくれや。 帝国政府に所属する二等書記官でもあるんでな」
「そ、そうでしたか……」
「それでは書記官殿、失礼する」
「クロスベル土産、よろしくねー」
「限定レアなみっしぃをお願いするよ」
「お前さんもちゃっかりしてんなあ」
レクターがヒラヒラと手を振りながらレト達は列車に乗り込み、先ずレト達はバリアハートに向かった。
しばらくして、ラウラがレグラムについて説明する中……列車に揺られながらレトはボンヤリと窓の外を眺め、考え事をしていた。
(このタイミングでレクターさんがトリスタに来たって事は……僕達が行った後サラ教官と接触したはず。 西ゼムリア通商会議、帝国解放戦線、そしてガレリア要塞に設置された二門の列車砲……導き出される結論はーー)
そこまで考え込むと……レトは大きな溜息をついた。
「…………はあ」
「ーート、おいレト!」
「え?」
いつの間にか列車はケルディックを抜けてクロイツェン本線に入っていた。
「どうした、ボーっとして?」
「い、いや……ちょっと考え事をね。 それでどうかしたの?」
「今しがたレグラムについて私が話せる範囲は話し終えた所だ。 そのようでは聞いてなかったようだが……レトは既に知っているからいいだろう。 レトにはエベル湖に浮かぶ神殿について説明をして欲しい」
「まあ、そういう事なら」
「ねえねえ、神殿ってなになに!?」
話を聞き、興味津々なミリアムはワクワクしながらレトを見る。 彼女程ではないにせよ、リィン達も気になっていた。
「エベル湖の湖底には暗黒時代の神殿があってね。 2年前に僕が見つけて神殿の氷山の一角を湖面に出してしまった事があったんだ」
「またレトがやったのか……」
「あはは……でも不思議ですね。街の近くに神殿が現れたのなら、もっと騒ぎになってもおかしくないのですが……」
「最初は帝都から来た学者や取材に来た記者で賑わっていた。 しかしそれもほんの刹那の一時……すぐにレグラムは静かになった」
「どうして? 世紀の大発見なのに?」
ミリアムは当然の疑問を口にする。 学者なら放って置くはずない、しかし何故すぐに撤収し噂にならなかったのか……
「湖底の神殿は決められたルートで通らないと中に入れなんだ。 湖上見える部分はドーム上の結界で囲まれていて、中から外に出るだけの一方通行……何人もとおせんぼを喰らって、最終的には諦めて帰って行ったんだよ」
「それはまた不思議だな」
「あの……レトさん、聞く限りもしその湖底神殿がブリオニア島と同種なら……もしかして?」
「あ、うん。 あの神殿の最後に戦ったよ。 荊とタコを合わせたような一つ目の魔獣と」
「へぇー、なんだか凄いなー。 それでそれで、他に何かないの?」
「うーん、これ以上は見た方が早いかな」
そこでレトは両手を合わせ、これでこの話を終わりにした。
それからすぐにバリアハートに到着、乗り換えを行い、列車はエベル支線を走りレグラムへと向かっていた。 出発からしばらくして、列車は薄暗い森の中を走行していた。
「……深い森だな」
「……おとぎ話に出てくる妖精の森みたいですね」
「実際、その手の言い伝えは事欠かない土地柄ではあるな。 槍の聖女リアンヌもこの地の出身ではあったが……人間離れした美貌と強さから“妖精の取り替え子”と囁かれたこともあるらしい」
「ほう……面白いな」
「実際、獅子戦役の終結後、彼女が謎の死を遂げたせいでサンドロット伯爵家は断絶した。 そんな逸話があったとしてと不思議ではないのかもしれん」
「妖精の……取り替え子……」
レトはその言葉を呟き、静かに自身の胸に手を当てる。
「………………」
(……レト?)
「レト………………」
「あ……」
不意にリィン外を見ながら思わず声を漏らした。 窓の外の景色に白い靄がかかってきた。
「……霧……」
「これは……」
「……確かレグラムは霧が出ることも有名だったな」
「ああ、晩夏では珍しくはない。 おかげで少々、涼しくなりそうだ」
「はは、それは助かるな」
トリスタで猛暑が続いた事もありリィン達は少し気楽になった。 それからしばらくして列車はレグラム駅に到着した。
出発するときは色々と心配されていたミリアムもギリギリまで大人しており、レト達は無事にレグラムに到着することが出来た。
「うわぁ〜〜っ……!」
駅から出てすぐにミリアムは歓喜の声を上げる。 対してリィン達は言葉も出ないようだ。
「………………」
「これは……見事だな」
「俺も初めてだが……噂に違わぬ光景だな」
「霧と伝説の町、ですか……」
霧で視界が遮られ遠くははっきりとは見えないが……レグラムの街と湖を包み込む霧、遠くでおぼろげに浮かび上がる山の輪郭が幻想的な光景を作り出していた。
「フフ、気に入ってくれたようで何よりだ。 生憎、霧が出ているので見晴らしはよくないが……晴れていると湖面が鏡のように輝いて見えることもある」
「いや……恐れ入るな」
「ーーお嬢様、お帰りなさいませ」
「あ、クラウスさん」
「えーー」
その時、背後から老人の声が聞こえてきた。 レトとラウラは対して驚かず、それに対してリィン達は少し驚きながら振り返った。
「い、何時の間に……」
「気配を感じなかった……」
「爺、出迎え御苦労。 隠形の技……衰えておらぬようだな」
「ハハ、寄る年波には流石に逆らえませぬ。 もはやお嬢様の成長だけがわたくしめの唯一の楽しみでして」
いつの間にか、そこには青を基調とした服に白い長ズボンを履いた白髪の老人が立っていた。
「ふふ、戯言を……しかし、この場に父上がいないという事はやはり留守にされているか」
「はい、残念ながら……いつお戻りになるかも分からないとのお言葉です」
「ふう、仕方あるまい」
列車内で聞いた通り、ラウラの父であるアルゼイド卿は不在らしい。 納得はしていたが溜息をつき、ラウラはクラウスの隣まで来た。
「ーー紹介しよう。 アルゼイド家の家令を務める執事のクラウスだ。 父の留守役として、アルゼイド流の師範代として世話になっている」
「し、師範代……」
「お久しぶりです、クラウスさん。 お元気そうでなによりです」
「ありがとうございます。 まだご心配されるほど老いてはおりませぬ」
「へー、何だか凄いおじいちゃんみたいだね?」
「フフ……」
ミリアムはただ凄いと感じ、レトは気軽に挨拶をするが……リィン達は今もなおアルゼイド流の師範代をしている事に驚いた。 それを見たクラウスは軽く一笑いしてから一礼をした。
「ーーお待ちしておりました。 トールズ士官学院、VII組の皆様。 ようこそレグラムへ。それではお屋敷の方へと案内させていただきます」
レト達は今回の実習の宿泊先であるアルゼイド邸までクラウスの案内で街の中を歩いていく。 その途中で、街を見回していたリィン達は特徴的なオブジェを見つけ足を止める。
「しかし、伝統的な雰囲気を残している街並みだな……」
「こちらの石碑も、精霊信仰の影響が強く残ってますね……」
「アルゼイド家が封ぜられるはるか以前からの物らしい。 数百年以上の物になるな」
「ふむ……不思議な形状をしている」
「あー、なにあれっ!?」
丸い円の中に十字という稀に見ない形状をと、そこでミリアムは湖の波止場の方で何かを見つけた。 釣られてリィン達もその方角を見ると……石の台座の上に3人の石像が建てられていた。
「なるほど……槍の聖女の像か」
「それに鉄騎隊の面々だね。 あれも200年前のものだよ。 獅子戦役での功績を讃えて作られたものだね」
「ちなみに、右下に控えているのが子爵家の祖先にあたりますな」
「へー。 ラウラのご先祖かー」
「フフ、十代くらい前のな」
「ラ、ラウラお姉様!?」
説明をしている途中、レグラムの市民がラウラがいる事に気付き……一目見ようと集まりだした。
「おお、ラウラお嬢さん! お帰りでしたか! お館様からそんな話は聞いていましたが……」
「お久しぶりです、ラウラお姉様〜っ!」
「皆、ご無沙汰している。 士官学院の実習で2、3日ほど戻ってきた。 後で挨拶に伺わせてもらおう」
とても慕われているようで、ラウラも一人一人声をかけていく。 すると……ラウラを姉と呼んでいた少女がレトを見つけた。
「あー! レトさんも一緒だったのですか!?」
「や、クロエ。 元気そうだね」
「ふ、ふん! 別にあなたまで来なくても良かったんですよ!」
「はいはい、ツンデレツンデレ」
「だ、誰がツンデレですってー!!」
憤慨するクロエからそそくさと逃げるようにレトは階段を上った。 その後をラウラ達も追いかけて階段を上って行く。
「彼女達と何かあったのか?」
「まあね。 最初の頃は町を乱す余所者とか、ラウラを連れ去ろうとする泥棒猫とか言われ嫌われていたけど……とある理由であの子を含めた女の子3人を魔獣から救ったり、アルゼイド卿とのガチ勝負で善戦してたりしたらいつの間か丸くなってたんだよねー」
「……どこからツッコんでいいのか……」
「まあ、とにかく彼女達が丸くなってくれたのはいい事だ。 時々、クロエ達は当たりが激しい事もあるからな」
階段を上って行くと、段々と大きな掛け声が聞こえてきた。 それと同時に剣同士がぶつかり合う剣戟の音も。
「剣戟と掛け声……」
「ここがアルゼイド流の練武場というわけか」
「うむ、私にとっても馴染み深すぎる場所だな。 父上とクラウスに何度叩きのめされたことか」
「ハハ、恐れ入ります」
レトは目を閉じ、耳を澄まして剣戟の音を聞いた。
「良い音……また腕を上げたみたいですね」
「はい。 レト様から送られた敗北を糧により一層精進しておられます」
「な、なにしたんですか……レトさん?」
「2年前に門下生全員と模擬戦をして圧勝しちゃったんだ。 ハンデで槍じゃなくて剣を利き手じゃない右手で持って、分け身を使って一人で二役で」
「……それはハンデと言うのだろうか?」
この中でもかなり突出した実力を持つレトがハンデを背負っても、1人増えるだけでその意味は無くなってしまうのは当然だろう。 せめてもの救いはその時、門下生がレトの実力を知らなかった分、絶望しなかった事だろう。
そんなこともあったな、と思い出しながらラウラとクラウスはもう1つの階段を背に、小高い丘の上に建てられた邸宅を背にした。
「ーーそしてこちらがアルゼイド子爵邸となります」
「へー、ここがラウラのおうちなんだ」
「さすが立派な佇まいだな」
「それと随分高い場所に建てられているんですね」
「ふふ、いざという時に砦として機能するためにな」
そして苦笑しながらラウラはレト達の前に出ると……
「ーーようこそ。 アルゼイド子爵邸へ。 父に代わり、娘の私が当家を案内させてもらおう」