英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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49話 噛み合わない歯車

その後もサラ教官が来たと思いきや騒ぐだけ騒いでサッサと行ってしまった事もあり……話し合いは続けられたが、やはり目ぼしい案は出ず……しばらく様子を見る事となった。

 

しかしこのままバラバラに解散する訳にもいかず、入れ替わった同士なるべく一緒に行動することになり、リィンとアリサ、レトとエマ、ラウラとフィーがそれぞれを行動を共にした。

 

「さて、どうしよっかなぁ……」

 

両手を頭の後ろで組み、空を見上げながら歩くレトはボヤく。

 

「レ、レトさん! 大股で歩かないでください!」

 

それをエマが慌てて姿勢を正させる。 その際にお尻を触られたが、これは決してセクハラではない。

 

「スカートって大変だね」

 

「……絶対に他人事ではないのですが……」

 

とりあえず2人は部活の用事を済ませることにし、それぞれの身体の部活に向かった。

 

「お、VII組の巨乳眼鏡委員長発見♪」

 

が、写真部のレックスに見つかり。 レトは写真を撮られてしまう。

 

「や、やめてください!」

 

「ん? なんでレトがエマちゃんを庇うんだ?」

 

「え!? そ、それはその……」

 

「それよりもさ。 もう一枚撮らせてくれね、ね?」

 

「え、えぇ……?」

 

「しょうがない……ですねえ」

 

口調を整え、面倒くさそうな顔をしながらレトはレックスを写真部の部室に連れ込んだ。

 

……チリン……

 

——分け身!

 

——なっ!? そ、そんな……

 

——大丈夫だよ〜。 ゆっくり天井のシミでも数えてればいいよ〜。

 

——そんな……まさか!?

 

扉越しに聞こえる男女の声。 次の瞬間……レックスの絶叫が学生会館に響き渡った。

 

「ふう……」

 

ドアを開けて出てきたレトはスッキリした表情をしており、逆に部室に残っていたレックスは煌々とした、満足そうや表情で仰向けに倒れていた。 と、そこに写真部部長のフィデリオが部室に入って行き……倒れていたレックスを見て驚愕した。

 

「レ、レックス君!? 一体何が……どうしたんだい!?」

 

「——め、め……」

 

「め?」

 

「女神を……見た……(ガク)」

 

「レックスくーーん!!」

 

満足した表情で逝くレックス。 それを見ていたエマは……鬼の形相でレトを睨みつける。

 

「レ、レトさ〜〜〜ん!!」

 

「とと!? 何もしてないってば。 ただちょっと幻惑を見せただけだよ」

 

チリン、と音を鳴らしてエマに見せたのは1個の透明な鈴だった。

 

「鈴、ですか?」

 

「そ、これで少し面白い事が出来てね……まあそれはそうと。 これじゃあ入れ替わって部活に出る事は出来なそうだね」

 

「は、はい……」

 

その後もエマは2度目となる文芸部の部長に鼻息荒く迫られつつもレトが断りを入れ、2人は一階のカフェで話し合った。

 

「そういえば……レトさん、錬金術で何か使えそうな物とかありませんか?」

 

「あー、そうだね……探してみようか」

 

そうと決まれば早速技術棟にあるアトリエに向かった。 レトとエマは数冊ある古文書を読み漁って何かないか探す。

 

(古いレシピ……私達とは系統が似通っていますが、やはり違いますね)

 

「うーん、これならじゃないかな? 幽世(かくりよ)の羅針盤。 魂を移し替える事が出来るんだって」

 

そこに載っていたのは一見普通に見えるが、どことなくおどろおどろしい雰囲気を放つ羅針盤だった。

 

「幽世の羅針盤……」

 

「んっと……魂盟の針が4つ、スプルースという木材が2つ、紙に神秘の力を持つ素材……」

 

「神秘の力を持つ……とは?」

 

「簡単に言えば聖水や竜核といった類のものだね。 ま、そもそも魂盟の針がないし……それにこの羅針盤、一方通行だから」

 

「一方通行?」

 

「AとBの魂を交換するんじゃなくて、AからBに魂を送るという事。 元に戻るには最低でも2つ作らないとね」

 

「……あの、そもそも集められるんですか? これ全部……?」

 

「無理」

 

最初から分かっていた事だが、この方法も早速頓挫した。 だが諦める訳にもいかず、仕方なく2人は情報を集めるため、後で合流する約束をかわすと分かれるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「はあ……」

 

とぼとぼとエマは図書館に入っていく。 ダメ元でも元に戻る為に調べておかないと頭などうにかなってしまいそうなようだ。

 

「あ、セリーヌ」

 

「?」

 

と、ベンチに黒猫のセリーヌが座っているのを見つけた。 エマは辺りに誰もいない事を確認すると、静かにセリーヌの隣に座る。 その際、セリーヌには不審な目で見られたが。

 

「聞いてください、セリーヌ。 私、エマです」

 

「——にゃ?」

 

“はっ?”、とでも言ってそうな顔でセリーヌは首を傾げる。 レトの姿でエマと名乗れば当然の反応だが……そもそも猫がそんな反応をしていいのだろうか?

 

続けてエマは今までの事の次第をセリーヌに説明した。

 

「と、いうわけなんです」

 

「——なるほど。 面倒な事になったわね」

 

辺りに誰もいない事を確認すると……セリーヌの口から人の言葉が出てきた。

 

「はあ……どうしてこうなっちゃったんだろう?」

 

「なったものは仕方ないわ。 それにしても……前々から思ってたけどその子、妙に魔力が高いわね」

 

「ええ。 そのおかげであの錬金術を成功させているみたい」

 

「あの系統の違う魔術の事ね。 あの獅子心皇帝と鋼の息子だった事もいい……分からない子ね」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

トリスタ駅前——

 

「うーん! 今日も絶好の放送日和ね」

 

伸びをしながらトリスタ駅から出てきたのは帽子を被っている眼鏡をかけた長い黒髪の女性だった。

 

「さあて、今日も張り切って——」

 

「ん〜……エマの眼鏡って伊達だったんだ。 なんで掛けているんだろう……って、あれ?」

 

そこへ、眼鏡を空にかざしながら第3学生寮からレトが歩いてきて……2人は出会ってしまった。

 

(エマ!!)

 

「……ん?」

 

彼女はレト(見た目はエマ)を見ると、表情に出さないものの驚愕した。 しかし、当のレトは少し考え込んでいただけだった。

 

(私が分からない? それにどういう事……? 呪いはちゃんとかかっているはずなのに……)

 

彼女は飛んで来た珍しい色をした鳥と目配せしながら思考を巡らせると……ポンと、レトが思い出したように手を叩いた。

 

「あ、もしかしてあなた……」

 

(気付かれた……!? 声の調子を変えているとはいえ、流石に——)

 

「アベーントタイムのミスティさん?」

 

「え……」

 

予想とは違う答えに女性……ミスティは思わず呆けた顔をしてしまう。

 

「特徴的な声をでしたから分かりましたよ。アベーントタイム、毎回聞いています」

 

「え、ええ。 ありがとう……(どういう事? 私に気付いてないどころか、まるで別人……それに毎回聞いている……呪いが効いているなら、アベーントタイムの存在すら気付かないはずなのに)」

 

「これから収録ですか?」

 

レトの質問に“え、ええ”、と少し困惑気味に頷いて答えながら、ミスティはレトに質問をしてみた。

 

「ねえ……あなたのお名前は?」

 

「あ、はい。 僕……じゃなかった、私はエマ……なんだったんけっ?」

 

「え……」

 

「——あ! エマ・ミルスティンです!」

 

今思い出したかのようにこの身体の名前を名乗るレト。 そして一人称や名前を忘れていた事に不審に思うミスティ。

 

「ええっと……それじゃあ私はこれで……」

 

「あ、うん。 時間を取らせてごめんね」

 

レトは逃げるように走り、しかし大股で歩く事も出来ないので小走りしてその場を後にした。 そして後に残されたミスティだが……

 

(……久し振りにあの子の素顔を見たわね。 しかし、姉を忘れてしまった妹……今日の収録に使おうかな?)

 

今の出来事をネタにしようとしていた。 応募で採用されたネタには後日、ミスティのステッカーが送られるが……今回、そのステッカーがどこに送られるのかは定かではなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レトとエマが錬金術やトイレ関係で色々している間にも、リィンとアリサがラクロスしたり一緒に着替えたり風呂に入ったりそれをエリゼに見られたり、ラウラとフィーが水泳したりジョルジュと一緒に菓子を食べたりしていた。

 

そしてその後6人は偶然にも寮に戻っており、経過報告をしたが……全員何も変化はなかった。

 

レト達はどうしようと頭を悩ませていると……唐突に帰ってきたサラ教官が学院長から依頼を伝えて来た。 曰く、なんでも旧校舎で異変があったそうで。 旧校舎四層に続いて五層にも例の“扉”が出来ていたそうだ。

 

レト達は扉の出現とこの入れ替わった状況が無関係とは思えず……6人はサラ教官と一緒に旧校舎へと向かった。

 

「なんか久しぶりな気がするなぁ」

 

「レトはあんまり時間が取れない時が多かったからな。 最初の探索以来じゃないか?」

 

一同は旧校舎に入り、その際に地揺れが起きた事に警戒しながら昇降機を使い地下五層に到着した。

 

「ここら辺はとくに変化してないようね」

 

「そうだな。 俺も前に来た時と同じように見える」

 

「様式も上と変わりなし、か……」

 

「サラ教官、例の“扉”とやらが現れたのは、もっと奥の話で?」

 

「ええ。 あたしが見つけたのは、ここの最も奥の広間ね。 まあそこまでは、楽しいピクニックだとでも思いましょう」

 

「……そだね。 でも武器はどうするの?」

 

フィーの質問は今一番重要な事だ。 奥に進めばもちろん魔獣がいる。 まともに戦える状況ではないレト達はどうするか考え込み……結果、身体に合わせた武器を使う事になり、それぞれの得物の使い方をレクチャーをした。

 

「レトさん、魔導杖は問題ありませんか?」

 

「うん。 問題ないよ。 アーツもいつもより早く駆動できそうだし」

 

「あ、あはは……私が教える事なんてないですね」

 

「そんな事ないさ。 それで、どれにするか決めた?」

 

レトは1人で槍、剣、銃といった複数の武器を使う。 中身がエマである以上、どれか1つに絞って戦うしかない。

 

「そうですね……やはり魔導杖と同じポール型の槍でしょうか。 少しですが扱いやすいです」

 

「了解」

 

レト達は自身の得物の使い方を指導していき……扱える程度に形できた。 一通り武器の感触を確かめたレト達はサラ教官の言う扉に向かうべく、転移装置を使わずに地下五層の内部を進んでいく。

 

「はっ!」

 

フィーの振り下ろした大剣が紫色の魔獣を一気に斬り裂き、セピスだけを残して消滅した。

 

「たあっ!」

 

次いでリィンの放った矢が別の魔獣に突き刺さり……

 

「ふっ!」

 

アリサの繰り出した斬撃が追い打ちとなって魔獣を倒す。

 

「やっ!」

 

前方にいたエマの槍の石突きによる突きが魔獣を押し出し……

 

「シルバーソーン!」

 

後ろに控えていたレトによる幻のアーツが発動し、魔獣を消しとばす。

 

「せいっ! やあっ! 砕け散れ!」

 

隣ではラウラが双銃剣での連撃を放った後、魔獣に銃弾を浴びせていた。

 

「……ふう。これでこの辺の魔獣はあらかた片付いたようだな。 皆も無事か?」

 

「ああ、俺は大丈夫だ」

 

「私も問題ないわ」

 

「フィーちゃん、大丈夫ですか?」

 

「……ん、大丈夫」

 

「サラ教官は……無事ですね」

 

「ちょっとどういうことよ? あたしだってか弱い女の子なのよ?」

 

そう怒りつつも、サラ教官は当然無傷。 レト達の状況を考えれば手助けしてやりたかったが……サラ教官は扉が現れた事態を判断してサポートに徹していた。

 

「……サラは女の子って歳じゃないから」

 

「あら、言ってくれるじゃない。 ちょっと詳しく話を聞きたいわね」

 

笑顔で額に青筋を浮かべるサラ教官にご指名を受けたフィーは「……それはまた今度」と逃げるようにレトの後ろに隠れた。

 

「あら?」

 

「ふふ……」

 

が、現在身長はレトよりフィーの方が高いため、見事に頭や肩がはみ出ていた。

 

「……はあ、まあいいわ。 それで君達の方だけど、入れ替わっている割には意外と様になっているじゃない。 これなら特に心配もいらないわ——この程度の魔獣なら、ね」

 

『…………』

 

「まあ、そうだよね……」

 

レト達は分かっていた。 この先には“この程度”のでは済まない魔獣が潜んでいる事を。 レトは「あははー」と笑っているが、一転して緊張した面持ちになったリィン達にサラ教官は柔らかく告げる。

 

「そう固くなることはないわ。 君達の頑張りは、担当教官であるこのあたしが誰よりも知っている。 そのあたしが大丈夫だと言うのだから胸を張って戦いなさい」

 

「サラ教官……」

 

「はい! 必ず全員で乗り越えてみせます!」

 

「うんうん、それでこそ君達VII組よ」

 

サラ教官の叱咤激励をもらい、レト達は迫り来る魔獣を退け……ついに例の扉がある五層最奥の広間へと到着する。

 

「これは……」

 

「へえ……(パシャ!)」

 

そこでレト達が目にしたのは大きな鉄の戸が開かれている扉だった。 どうやら地上での地揺れはこの扉が開いた時に起こっていたようだ。

 

「これは……(イレギュラーによる新たな試練が……?)」

 

「ますますきな臭くなってきたわね。 一体この先に何が待っていというのかしら?」

 

「それは分からぬ。 ただ私達を迎えているというのは確かだろう」

 

「そうだね。 この先はさらに注意しないと」

 

「手持ちの道具もしっかり確認しとかないとね」

 

「ああ、きちんと準備を整えてから出発しよう」

 

この先は何があるかは分からない、どんな事態にも対処出来るよう万全を期す必要がある。 レト達は武器やクオーツ、アイテムなどの確認をし……扉の奥を見据える。 そこは夜よりも暗く、光がほとんど届いていなかった。

 

「どうやら一筋縄ではいかないようだ」

 

「ああ。 とにかく気をつけて進もう。 皆、準備はいいか?」

 

「はい」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「……ん。 私も」

 

「常闇に落ちても影の国に落ちても問題なし、いつでも行けるよ」

 

「——じゃあ皆頑張っていきなさい。 あたしはここで待っているから」

 

「えっ……?」

 

微笑ましそうに見ていたサラ教官はそう言い、その言葉が予想外だったのかリィン達は呆けた顔になる。

 

「……サラは来ないの?」

 

「こらこら、甘えるんじゃないの。 この扉は君達が来たことで開いたのよ? つまり君達じゃないと駄目ってこと。 だからあたしの役目はここまで」

 

「まあ、そうだと思いますけど……」

 

微笑みながらそう言うサラ教官に、リィン達は無言で互いを見やり……頷いた。

 

「分かりました。 では少しだけ待っていてください。 俺達は必ず戻って来ますから」

 

「ええ、分かったわ。 でも無理はしないこと。 いいわね?」

 

『はいっ!』

 

「……ん」

 

大きく頷き、レト達はサラ教官に背を向けて扉の中へと進んでいく。 彼らの背中が暗闇の奥まで消えるまで、サラ教官は1度も目を逸らさずしっかりと前だけを見据えていた。

 


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