9月15日——
中身が入れ替わるなどドタバタした事があったが……学院を囲う外、エレボニア帝国の空気は不穏を増していた。 テロリストや隣国、クロスベルの国家独立……それに伴う大国カルバード共和国の動向……
その影響をVII組もまた受けていた。ガレリア要塞の一件が起き、特別実習を続けても良いのか議論を行われていた。 だが、問題は特別実習だけではなく。 来月に行われる学院祭の出し物について理事達に続いてVII組も議論をしていた。
そんな中……階下で会議に参加していたサラ教官が朗報を待ってきた。 特別実習は中止ではなく、続行の方向性で無事にまとまったそうだ。それを聞いて、レト達がほっと胸を撫で下ろした。
それからサラ教官は会議に参加した方々が帰るから見送りの挨拶を許可され、お言葉に甘えたレト達は教室を出て正門に向かった。
「やっほー、兄さん。 生きてたんだ?」
「おい、レト。 他の人に聞かれたらどうするんだ?」
「……っていうか、会って早々安否確認する?」
「はは、私達兄弟はいつもこんな感じさ」
「そ、そうなんですか……」
「そうそう。 大体こんな感じ、ね」
「——なぁー」
「む? いつの間にルーシェが」
いつの間にかレトの足元には赤毛の猫、ルーシェが座っていた。
「おや、ルーシェも見送りに来てくれたのかい?」
「フ……」
「は、鼻で笑ったよ……」
ソッポを向きながら、妙に人間味のある表情でオリヴァルトを嘲笑うルーシェにエリオットは戦慄を覚える。
「全く……お前達は相変わらずだな」
「あはは、簡単に変われれば……それほど楽な事はないんですけどね……」
「……ああ、その通りだよ」
「??」
(ふむ……?)
「あの、そちらの方は……」
隣にいた機甲師団の隊服を来た男性に目を向けた。 その強面そうな表情にエリオットとエマは少し気圧される。
「もしかして、皇子殿下の護衛を務めているヴァンダール家の……」
「ああ、ナイトハルトから聞いていたか。 第七機甲師団に所属するミュラー・ヴァンダールだ。 先日は皇子共々世話になった。 改めて礼を言わせてもらおう」
「……恐縮です」
「ヴァンダールの方とお目にかかれて光栄です」
「光の剣匠のご息女と八葉一刀流の使い手だったか。 同じ剣の道を志す者として、こうして出会えて嬉しく思う。 それにレミスルトもようやくと言った所、次に手合わせする日、剣を交えるのが楽しみだ」
「はい。 剣帝の名に恥じないよう、頑張ります」
胸に手を当てて真っ直ぐ答えるレト。 それを見たミュラーはフッと笑い、ラウラも自分も負けていられない風に拳を握る。 と、剣帝について知らないリィン達は首を傾げていた。
「それと君は……叔父が推薦した若者だったか」
「はい。 ゼクス閣下には色々とお世話になっています」
「なんの、ノルドの一件では叔父も世話になったと聞いている。 それ以外にも、頼もしい顔ぶれがここまで揃っているとは……フフ、皇子の思いつきも満更では無かったようだな」
「フッ、言った通りだろう? VII組に限らず、士官学院全体が非常に盛り上がりを見せているようだ。 かくなる上は……」
「にゃ」
「はいストップ」
「ああルーシェ、肉球が柔らか——(ザグッ!)痛い痛い! 爪を立てないでくれたまえ〜!」
それ以上言わせないようにレトはルーシェを抱え、ルーシェの前足がオリヴィエの頰を柔らかく殴り……爪を立てた。
「レミィ、わかってると思うが今起きている帝国の今後と結社の思惑は連動している。 私は表向を……レミィは結社として、裏を探ってくれ」
「ちょっと。 僕が受け継いだのは剣帝の名前だけ、結社には属してないよ。 でも、任された。 母上とあろう人が何故、世を貶める事に加担しているのか……そして崇める盟主とは何なのか、知りたいからね」
「なぁー」
最後にそれだけを聞くと、オリヴィエはニコリと笑い。 導力車に乗り込み、学院を後にするのだった。
◆ ◆ ◆
9月19日——
「ピューイ♪」
「なぁ〜♪」
4日後……暑さも薄れ、陽の光が心地よく感じられるようになった駅前の公園。 その中にあるベンチの上で1羽の隼と1匹の猫が向かい合っていた。 その対面にあるベンチには1人の人間……レトがその光景を微笑ましく見ていた。
「いつでも飛んで来てとは言ったけど……まさかこんな早く来るなんてね」
「ピュイ?」
「何でもないよ」
「なぁ」
首を傾げるジークに何でもないと手を振り、レトは手元の手紙に目を落とした。 どうやら急いで書いたらしく、華麗な字が少しブレていた。
(どうやらクローゼさんも兄さんと同じ気持ち、命からがらといった所だね。 そしてクロスベル独立にどう対応するか揉め会っていると……どこもかしこも大変だねえ)
先月の西ゼムリア通商会議は各国に大きな影響を与えている……そう考えてもいいだろう。 レトはそう思いがら手紙をしまって腰を上げた。
「さて、学院を案内するよ。 王立学院とちょっと似ているけどね」
「ピューイ!」
「なぁー」
ジークが肩に止まり、ルーシェが頭の上に乗せてレトは学院に向かった。 その途中、トリスタの子ども達がジークを珍しがって囲まれたが……レトはスルリと子ども達の輪を抜けて坂を登る。
「ここがトールズ士官学院。 ジェニス王立学園と全然違うでしょ?」
「ピューイ」
「なぁ」
「あ、それとここの生徒会長はどこに……」
「——あれ、レト君?」
学生会館に向かおうとすると、本校舎からトワ会長が出てきた。 両手には紙の資料を抱きかかえている事から、学院祭についてだろう。
「トワ会長。 意外と早く見つかったね」
「ピューイ」
「? その白隼、どこかで……」
トワ会長は先月の通商会議に同行していた。 クローゼ……もといクローディア王女と一緒にいるジークを見ていてもおかしくはないだろう。
「きゃ!?」
「お……」
その時……一陣の風が吹いた。 風は思いのほか強く、2人は腕で目を覆い風を防いでいると……トワ会長の手から資料が一枚飛んだ。
「ああ!」
「——ジーク!」
すぐさまレトはジークの名を呼び、ジークは翼を広げ飛翔し……不規則に飛ぶ資料を咥え、レトの元に持ってきた。
「ありがとう。 はい会長」
「あ、ありがとうレト君。 あなたもありがとう。 えっと……」
「この子はジーク。 僕の友達です」
「ピューイ!」
「そうなんだ……ありがとうね、ジーク君」
ペコリと頭を下げてジークに御礼を言い、トワ会長はワタワタと駆け足で学生会館に向かい。 それを見送ったレト達は次に本校舎の屋上に向かった。
「王立学園には屋上がなかったっけ。 どう、少しだけ空が近いでしょ?」
「ピュイ♪ ピュイピュイ」
「……くぁ〜……」
再びベンチに座り、今度はまったりとした。 陽気に当てられてウトウトしていると、また風が吹いた。 風が頰を撫でてレトはふと顔を上げて空を見上げると……空高くにまた紙が飛んでいるのが見えた。 レトは目を細め、尋常ではない動体視力で紙に書かれている文字を読むと……
「ジーク!」
こちらもウトウトしていたジークを起こし、再び空に飛ばさせた。 ジークは空高く飛び上がり、レトの元に紙を届けた。 急に起こしてしまった事を謝罪し、手元に届けられたのは……一枚の手紙だった。 宛名はレト・イルビス。 裏目には……カンパネルラと書かれていた。
「いったいどんな配達方法……?」
「なぁー……」
「それにしても最近はよく手紙が届くことで」
頻発に手紙を読むなとレトは思いながらも封を開け、中に入っている紙を広げてそこに記述されてる文字を読む。
「“東トリスタ道で待っている”か……」
簡潔にそれだけが書かれていた。 この誘いを受けるかどうか迷ったが……レトは行って見る事にした。
◆ ◆ ◆
招待状をもらったレトはジークをリベールに帰し、ルーシェを家に置いていくとトリスタの東側の街道に出て、30分ほどでトリスタとケルディックの間まで進むと、ふと見知った気配を感じた。
街道から逸れ釣りが出来そうな場所に向かうと……そこにら赤いスーツを着ている少年、カンパネルラが立っていた。
「やあ、お久しぶり」
「2、3ヶ月振りかな?」
「そのくらいじゃない?」
大雑把に会っていなかった期間を言い、レトは彼の隣まで近寄った。 お互いに目を合わさず、カンパネルが先に口を開いた。
「いやー、鋼から聞いた時は耳を疑ったよ。 まさか君が彼女の息子だったなんて」
「自分でも驚いているよ。 過去の人間だった事も含めてね」
「まあ、そう思うと君の並外れた戦闘感とセンスは彼女からの遺伝だったわけだ。 また腕を上げたみたいだね?」
要件があるはずなのだが、世間話を始め自分から話の腰を折っていた。
「それと正式な皇族でもあるんだろう? ここで名乗りを上げたら絶対にこの国の皇帝になれるんじゃない?」
「皇帝の椅子には興味ないよ。 それに、事実だったとしても証明する事が出来ない」
「ならレミフィリア公国に頼めば? あそこの最先端の医療技術は最近、遺伝子とかいう研究をしていてね。 君の染色体はかなり古いかもしないけど、3割か4割くらい一致していれば証明は出来ると思うよ?」
「……他国の最新技術をよくご存知な事で」
裏で暗躍する結社身食らう蛇、その規模と技術力を改めてレトは理解した。
「それで、僕を呼んだ目的はなに? まさか母上との関係の確認と世間話をしにきただけ?」
「……あ、そうそう! そうだったそうだった。 はいこれ」
胸元から取り出したのはまた一枚の封筒。 レトは手渡された封筒を開いて中を見ると、そこには10桁くらいの番号が書かれていた。
「見た感じアークスの番号だけど……なんのつもり?」
「いやさ、君が結社に入る入らない関係なく、一々連絡取り合うの面倒じゃない。 その手間を省きたくてさあ」
「そんな理由で呼ばないでよ全く……それに、何度お願いされても僕は結社に入らないよ。 たとえ母上からお願いされたとしても」
「それはもちろん。 その番号は僕の導力通信機器に繋がっているから、いつでも連絡を入れてね」
「気分が乗ったらね」
要件がたったそれだけという事に少し安堵しなが手紙をしまい、用が終わりとばかりに踵を返して歩き始めた。
「ああ、連絡は用がなくてもしていいよ。 僕も嫌な仕事ばかり押し付けられて愚痴くらいは言いたいからね」
「さっさと帰れ!」
怒りながら振り返るが……すでに誰もいなく、やり場のない怒りはため息として出した。
「はあ……」
『————』
「!!」
不意に、レトの頭の中に直接語りかけるような声が聞こえてきた。 その声を聞くとレトはホッと安堵した。
「良かった……成功したんだね!」
『————』
「うん。 いつか会える日を楽しみにしているよ。 最も……君を世に出さない方が、本当はいいんだけどね……」
それから、レトは独り言を言いながらトリスタの帰路に着いた。
(もう、後戻り出来ない地点まで来ている。 僕はまだ何も決めてない、揺れるロウソクのような簡単に揺らいでしまう。 でも……それでも先へ行く。 次へ進むために)