12月17日——
作戦決行日……最新に入った情報ではクレイグ中将率いる第四機甲師団が双龍橋に進行しているらしい。 エリオットの予想通り、身内が人質に取られていたとてしても進軍を止めるつもりはないようだ。
作戦内容はアルフィン皇女殿下の宣言後、《灰の騎神》は西側、《緋の騎神》は東側に降下……守備の機甲兵を撃破して砦内部の混乱を誘った上で突入班がフィオナを救出。
作戦を決行し、カレイジャスは双龍橋に向けて進路を進め……正午、双龍橋付近で交戦し睨み合う貴族連合と第四機甲師団。
どうやら人質に屈しないクレイグ中将と貴族連合が言い争っている場面に居合わせたようで……アルフィンは頷くと、手にマイクを持ち、声を張り上げた。
『お待ちなさい——!』
その一声で地上の全員が空を見上げて、飛来してきた紅き翼《カレイジャス》を見上げる。
「あれは……」
「……紅き翼か……!」
『クロイツェンの兵達よ、恥を知りなさい! 罪もない敵将の家族を人質に取り、戦に利用しようとなどという愚行——アルノールの名において断じて許すわけには参りません!』
皇族として、同期を証明するための声明。 大役を任されながらもアルフィンは本心でクロイツェン兵に投げかける。
正論を言われ、クロイツェン兵が怯む中……甲板で待機していたトールズVII組が行動を起こす。
「行くわよ——あんた達!!」
『おおっ!!』
作戦開始……まず第四機甲師団とクロイツェン兵が睨み合う双龍橋の東側にテスタ=ロッサが降下、エマの転移術でガイウス、マキアス、ミリアム、ラウラ、フィーも東側に転移し。 残りのリィン達はカレイジャスと共に西側に向かった。
「あ、あれが緋の騎神……」
「ひ、怯むな! 数ではこちらが有利、第四機甲師団共々打ち倒してくれる!」
双龍橋から増援の機甲兵が数機現れる。 機甲兵、レト達、クロイツェン兵、第四機甲師団と4つ挟みの戦況となった。
「現れたか」
「ちょっと……ややこしいポジションだね」
「だが、一歩も引いてなるものか!」
『やるよ、テスタ=ロッサ!! 先ずは双龍橋への道を開く!』
『よかろう!』
双龍橋方面から現れた機甲兵をレトが、後方の領邦軍はラウラが対処にあたる。
機甲兵はシュピーゲル2機にドラッケン2機……数ではこちらが不利だが、レトとテスタ=ロッサには負ける気がしなかった。 レトは槍を横に構え駆け出し、ドラッケン2機を押し出した。
『ぐうっ……』
『せいっ!』
押し出した後身を引き、振り返り側に槍を薙ぎ払いシュピーゲル2機を牽制。 銃を持つドラッケンが発砲してきたが、棒の真ん中を持って槍を突き出し手の中で回転。 円の壁を作り銃弾を防ぐ。
『守月陣……からの、童子切!』
銃弾が止むと同時に膝を折り……一気に距離を詰め、槍を突き出す。 しかし、シュピーゲルはハンマーを交差させ、槍を防がれてしまった。
『なめるな!』
『っと!』
背後から剣を持つドラッケンがブレードを振り下ろしてきた。 槌シュピーゲルの足をかけて転倒させテスタ=ロッサは振り返り……咄嗟に槍を盾にして防いだ。
『くっ……重い……!』
速さや技では勝るも、単純な力ではほぼ五分……押し返せずに鍔迫り合いとなり、その隙に背後からハンマーを持ったシュピーゲルが接近してくる。 銃ドラッケンも銃口をテスタ=ロッサに向けて狙いを定めている。
「やっぱりパワー負けしているのか!」
「レト、後ろだ!」
『っ……』
「させないよ……それー! アルティウムバリアー!」
次の瞬間、背後からハンマーと銃弾が迫ってきた。 それと同時にミリアムによってテスタ=ロッサを取り囲むように障壁が展開、銃弾とハンマーを弾き返した。
『なっ……!』
『反射、されて……』
『よし、ガイウス、お願い!』
「行くぞ……ワイルドレイジ!!」
反射に驚き怯んだ隙に……ガイウスによってレトの生命力を削り、霊力へと変換する。 そして、溜まった霊力を一気に解放、手の中で槍を回し……
『結べ——蜻蛉切!!』
回転で溜まった力を薙ぎ払い、銃シュピーゲルを切り倒した。 間髪入れず槍を担ぎ、振り返り側に投擲、剣ドラッケンの腹部……操縦席の真下を貫き、破壊して動けなくした。
『くそ!』
『っ……だが、手ぶらになった今なら……!』
『行くよ——ミリアム!』
「了ー解っ!」
武器が無くなったと残りの2機が畳み掛ける。 だが、既にテスタ=ロッサの手に入る剣が握られており、ミリアムから送られる青白い霊力が剣に纏われ、刀身が伸びて剣を薙ぎ払うような構えを取り……
『神技——星光剣!!』
斬り上げるように剣を振り抜き、シュピーゲルとドラッケンに斜め一閃が刻まれた。 この一閃で残り2機をまとめて戦闘不能にした。
『ふう……』
「やったー!」
「
「——行かせんぞ!」
双龍橋に突入しようとした時、背後の領邦軍の制止の声がかかる。 振り返ると、歩兵と1機のドラッケンが剣をこちらに向けていた。 他の機甲兵は第四機甲師団によって破壊されている。 対機甲兵戦術による采配だろう。 半数以上の数が減らされていた。
「くっ……我が領地の兵ながらしつこいぞ」
『殿は任せて! 皆はリィン達と合流、エリオットのお姉さんを救出して!』
「し、しかし……!」
「行くんだ、ラウラ。 ここで俺達が出来ることはない」
次々と双龍橋に突入する中、ラウラは渋々納得し、双龍橋に入って行った。
『さて……』
見えなくなるとを確認すると、テスタ=ロッサは膝をつき……レトが降りてきた。 突然の出来事に兵士達は困惑と共に疑問を感じてしまう。
「な、なんのつもりだ……」
「勝敗が決まっている仕合いなんて、ただの蹂躙だからね」
「な、何……?」
質問に答えるように銃剣を抜き、彼らに刃を突きつける。
「さあ……勇気ある者、己が行く道に希望が満ちる者はかかってくるがいい。 この剣帝が相手になる!」
「う……」
「……くっ……」
例え有利であろうと、例え数では不利になろうと勝利の可能性を消させない……しかし、手を抜く気は無く、一刀でシュピーゲルの右腕を切り落とした。
「あの姿……まさしく皇族……いや、獅子心皇帝なのかもしれん……」
「ちゅ、中将……?」
その光景を見ていたクレイグ中将と第四機甲師団は、レトの戦う姿を見て、本当にその姿を知り得ないながらもある人物を連想してしまう。
そうこうしている内に領邦軍の全軍がレトによって制圧され、丁度そこに第四機甲師団に連絡が届いた。
「ふむ……どうやらナイトハルトの方も終わったようだ。 進軍を再開——砦を制圧せよ!」
『イエス、コマンダー!』
◆ ◆ ◆
それからすぐに双龍橋での戦闘は収束、領邦軍はバリアハート方面に撤退し、防衛線を引いた。 両軍は再び睨み合うように膠着状態になったが、今回の目的は達せられたため追撃は行わなかった。
その後、残りの事を第四機甲師団に任せ、フィオナの救出を果たしたレト達はカレイジャスで双龍橋を後にし、物資を補給するため一度ケルディックに向かうことになった。
「活気が一気に戻ってるね」
「ナァ」
レトはルーシェを頭に乗せ、街を見回っていた。 領邦軍からの圧力から解放されたからか、住民や商人の顔がとても活きいきしている。
そして街を一通り歩き回った後、詳しく街の状態を知るため、元締め宅に向かった。 ノックして邸宅に入ると……丁度、オットー元締めとアルフィンがソフィーに座って対面していた。
服装も目立たない聖アストライア女学院の黒制服を着ている。
「あ、兄様」
「え……」
「アルフィン。 もしかして挨拶をしに?」
「はい。 それと街の様子も聞きたかったので」
アルフィンは身の無事と挨拶、状況報告を兼ねてオットー元締めと会っていたようだ。
「も、もし……その、皇女殿下、今彼を兄と……」
「あ……」
「しまったなー」
普通の兄妹の会話だがアルフィンは皇族。 その兄となると該当人物はオリヴァルトただ1人……しかしアルフィンはレトの事を兄と呼んでしまった。
「出来ればご内密にお願いします。 信じてはもらえないでしょうが……」
「いえいえ、心底驚きましたが……お二人のやり取りを見れば納得出来ました。 とても、仲の良いご兄妹なのですね」
「ふふ……ええ、兄様とわたくしは本当に仲が良いんですよ」
「ふぅ……全くアルフィンは……」
不幸中の幸い。 2人が兄妹だと信じてはもらえた上、秘密にしてもらえた。
「……あの、兄様。 もしよかったらこの後……」
「うん?」
「い、いえっ。 なんでもありませんわ」
何か言いかけていたが、すぐにアルフィンは何でもないと誤魔化そうとした。 しかし、兄であるレトにはお見通しだった。
「アルフィン、どこか行きたい所はないかな?」
「……ぁ……ふふ、やはり兄様にはお見通しですか。 はい、わたくし、大市というものを見てみたくて……できればこの機会に色々と見て回りたいのです」
「なるほど……変な話だけど、この機会を過ぎたら行く機会も早々に無いだろうし……いいよ、連れて行ってあげる」
「本当ですか!? それでお願いします、兄様!」
満面の笑みを浮かべ喜ぶアルフィン。 アルフィンはオットー元締めと話し合い、それが終わった後、一緒に大市に向かった。
アルフィンは興味深そうに大市を見回す。
「噂に名高いケルディックの大市……あんな事があった後なのに、とても賑やかですね」
「縮小されたという話だけど、活気は元に戻ったも同然。 商人達の努力の賜物だね」
「ふふっ、燃える商魂というやつですね。 ああっ、あちらの屋台からいい匂いがします! 行きましょうっ、兄様!」
「こら、外で兄と呼ばない」
「アイタ!」
すごく楽しそうにはしゃぐアルフィンの頭に手刀を入れ、レトは微笑ましそうに見守る。
ケルディックの大市を見回り、2人は色んな商品を見て回った。
「美しい調度品ですね。 バリアハートの職人の腕が伺えます。 あ、地ビールです! 味わってみてもよろしいですか?」
「ダメに決まっているだろう」
「モグッ!?」
呆れながらレトは持っていた串焼きをアルフィンの口に突っ込んで、冗談を言う口を塞いだ。
「モグモグ……はぁ。 もう、兄様!」
「はは、でも美味しいだろう?」
「むぅ……はい、大変美味でした」
不貞腐れながらも無理矢理口に放り込まれたので、汚れた口元をハンカチで拭きながら答える。
「やっぱり、帝国西部の商品はほとんど見かけませんね。 鉄道網の規制で流通に制限がかかってしまっている影響でしょうか?」
「恐らくはね。 内戦が終わらない限り続くと思う。 それにしても……あの2人の政治談義の影響かな?」
「ふふ、はい。 オリヴァルトお兄様とセドリックのそんな話を聞いていれば嫌でも覚えてしまいます」
再び2人は大市を歩き回る。 今度は意識して商品の品揃えや商人の反応や雰囲気を見ていると……
「……ったく、いつになったらこの内戦が終わるのかねえ」
と、そこでふと、2人はそんな声を耳にした。 どうやら1人の商人が内戦の影響による不満を他の商人に洩らしているようだ。
その矛先は皇族にも向けられている。 不満もあるが、この大市の活気を取り戻したのも皇女殿下……アルフィンのおかげでもあるので、信用を得るにしても一進一退である。
「……大丈夫かい?」
最後まで立ち聞きをし、レトは落ち込んだ様子のアルフィンに声をかける。 アルフィンは大丈夫だとフルフルと首を振り、気丈に振る舞う。
「この内戦下、わたくし達皇族への不満は、どうしたってあると思ってました。 先の双龍橋での作戦を良く受け取ってもらえただけでも、十分救われた気がします」
「……ごめん。 本来なら、僕も一緒に背負うはずの物なのに……」
「いいえ、以前にも仰いましたがこれはわたくしの、わたくししか出来ない事です。 わたくし達は出来ることを頑張るしかありません。 お父様やセドリックのためにも……そして、お兄様の期待に応えるためにも。 兄様を支えて行くためにも」
「アルフィン……ありがとう。 僕もVII組の仲間と共に、アルフィンを守っていくよ」
「……はいっ」
頭を撫でてくれる手を受け入れて嬉しそうに顔を綻ばせるアルフィン。 と、そこで先ほど会話していた商人はレトに見覚えがあり声をかけてきた。
「あれ、よく見たらお前さん、士官学院のボウズじゃ…………って、そっちのお嬢さんはアルフィン皇女殿下!?」
(おっと……立ち止まり過ぎたかな)
「………………」
何とか誤魔化すか隠し通すか迷っていると……アルフィンは微笑むとレトの腕に自身の両腕を絡めて抱え込んだ。
「ふふ、よく似てるって言われますけど人違いですわ。 ねえ、兄様?」
「…………ふぅ、ええ、実はそうなんです」
「へぇ〜、ボウズにそんな妹さんがいたとはねえ。 確かに、よく見ればそれとなく似てるな」
「ふふ、兄様とは遠縁の親戚ですので。 だから結婚もできるんです」
「え゛」
語尾にハートが付きそうな声で、楽しそうにそう言うアルフィン。 血縁で見れば、レトはドライケルスの息子、アルフィンはその末裔。 かなり離れているので結婚自体は可能である。
商人はかなり驚愕したが、慣れているレトは本日2度目の手刀をかました。
「アイタ!」
「冗談を言って、人を困らせるんじゃありません」
「兄様のいけず。 何年も顔を合わせてくれなかったのにこの仕打ちは酷いわ」
「その事は半年前に謝っただろう」
「は、はは……えーっと。 まあ、仲が良くて何よりだな……?」
「……全くですね」
誤魔化す事は出来たが、色々と誤解された気がしてならない。 しかし事実なので強く否定も出来ず、とにかくその場から離れることにし。 レトは別れ際に再び手刀を入れ、アルフィンは軽く舌を出してカレイジャスに戻って行った。
レトは一息つこうと、視界に移っていた風見亭に入った。 店内を見回すとサラ教官が木樽ジョッキを掲げて声を上げていた。 それを無視し、目立たないように奥へ進むと……ラウラを見つけた。
「あれ、ラウラ。 ここで休んでいたの?」
「レトか……うん。 久しぶりにここの紅茶を飲みたくなってな。 今思えば、ここから始まったのだな」
「初めての実習……あれからそんなに経っていないのに、遠くまで来た気もするね」
「ここだけではない。 色んな場所に行ったのだ、それだけ密度の濃い日々を過ごし……切磋琢磨して行った。 そのような気持ちになっても不思議ではあるまい」
「かもね」
レトはラウラの対面の席に座り、注文を取るため手を上げて声をかけた。 すると、ウェイトレスではなく女将のマゴットが直々に注文を取りに来た。
不思議に思ったラウラが事情を聞くと、ウェイトレスはお使いに出たようだった。 せっかくなので2人はお世話になったお礼も兼ねて、ウェイトレスが戻ってくるまで手伝いをすることになった。
「ふふ、あんた達も面白いことするわね〜」
「そうですかね? ただ手伝いたかっただけなんですが」
昼間っからビールを飲んでいるサラ教官に呆れながら、レトは思ったことを口にする。
手伝いに当たってレトはカウンターの手伝い、ラウラはウェイトレス代理として宿を手伝っていた。 ついでに、ルーシェは店前で待機して招き猫をしている。
「とりあえず、生ひとつね」
「はいはい、トリアエズナマね」
「……なんか、言葉おかしくない?」
疑問の問いかけを無視し、木樽ジョッキにビールを注ぎサラ教官に渡す。
「そういえば……生ビールってエールでしたっけ、ラガーでしたっけ?」
「んー、エールじゃなかった?」
「——女将どの、注文が入った」
と、そこへラウラが注文を届けにカウンター前にやってきた。 着ていた青い旅装束の上に薄桃色のエプロン……ちぐはぐのように見えて、よく似合っていた。
「あらま、可愛らしいわね〜」
「そ、そうですか? 少々恥ずかしいですが」
サラ教官のノリが完全に親父である。 褒められたラウラは照れ臭そうにエプロンを摘み、自身の身体を見下ろす。
「学院に入ってから料理をするようになってからたまに見る姿だけど……やっぱり新鮮に感じるね。 よく似合っているよ」
「っ……ええい、歯の浮くようなことを並べるでないっ。 いいからきびきび働くのだ、レト!」
「はいはーい」
それから客が次々と来店してきた。 恐らく招き猫が原因かもしれないが……とにかく2人は目まぐるしく同じ場所を行き来した。
そしてしばらくの間、ウェイトレスが戻るまで店の手伝いをやり遂げるのだった。
「ふぅ、忙しかったけど結構楽しかったね。 お礼にケーキと紅茶もくれたし」
「うん、なかなか得難い体験だった」
「ナァー」
トールズはアルバイトなどは禁止してはいないが、金銭で困っていたわけでもない2人はやった事がなく、仕事を終えた後の爽快な気分を感じていた。
やっと一息つきながら2人は雑談をしていると……ふと、ラウラは何かを思い出して質問してきた。
「そういえばレト、そなたは一度レグラムに行ったのだな?」
「カレイジャスと合流する前に、補給目的でね。 それがどうしたの?」
「いや、クロエ達と会っていないか……気になってな」
「あー……」
レグラムでの実習の件を気にしているのだろう。 しかし、レトは気にしてない風に振る舞った。
「彼女達は自分が出来ることを、ラウラの手助けになれる事を始めた。 ならそれ以上、僕から言える事は何もないよ」
「そうか……クロエ達もようやく己が進むべき道を選び、歩き始めた。 私も、剣の道をただひたすらに歩き続ける……いつか、そなたに刃を届かせるためにも」
「はは、あんまり目標になれるほどの剣じゃないんだけど……出来るだけ、穢さないようには努力するよ」
「うん、そうしてもらえると助かる」