ガールズ&パンツァー グロリアーナの流星   作:流水郎

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前編

 我が聖グロリアーナ女学院は歴史ある学校だ。学校自体の歴史のみならず、戦車道においても、である。戦車発祥の地であるイギリスの伝統を受け継いでいるのだから、当然と言えば当然だ。

 

 今日は学校の記念館に展示されている、Mk.IV戦車の点検日だった。私は装甲板の壁に囲われた空間で、その中に鎮座するエンジン、そして大きなギアボックスと格闘していた。この105馬力エンジンに火を灯すには、その間を繋ぐクランクを4人がかりで回さねばならない。

 

 まったく、陸上軍艦とはよく言ったものだとつくづく思う。ある後輩の言葉を借りれば「横にした菱餅のような」形をしたこの戦車は、世界最初の実用戦車たるMk.Iの改良型だ。船舶と同様、常に乗員がエンジンの面倒を見なくてはならないし、サスペンションがないから揺れも船並ときている。それでも送風ファンがついているため居住性は良くなっている。

 一人で操縦できないのはMk.Iと同じだ。車長ーー陸上“軍艦”だから艦長かーーと操縦手、右変速手、左変速手の4人がかりでないと、車体の向きすら変えられない。こんな車両を整備しても、今時戦車道で使うことはない。我が校でも記念館の飾りとなっているけれど、イベントではたまに走行するから定期的なメンテは欠かせない。

 

 エンジンの赤いカバーを外し、内部を点検する。後で学友たちを呼び、始動テストもしなくては。今の私は作業着姿で革手袋をはめ、鏡がないので確かめられないけど、恐らくは顔まで油で汚れている。この出で立ちを見て、気品溢れる聖グロリアーナの生徒だと思う人はいないだろう。だがダージリン様も他の隊員さんたちも、私たち整備員に敬意を払ってくれる。家にいる時よりずっと楽しい。

 何より、好きな機械を思い切り触れる。コンピューターなど無かった時代、試行錯誤しながら作られた乗り物たちだ。先人たちの苦難に思いを馳せながら、エンジンに油を注し、紅茶を味わう。グロリアーナ整備員の醍醐味だ。

 

「……With a tow, row, row, row, row, row, To the British Grenadiers~」

 

 シリンダーを点検しながら、自然に英国擲弾兵行進曲を口ずさむ。こうした空間で一人で機械を弄るというのはなかなか良い時間だ。今ここには私とメカの二人きり。例えば全裸になって整備をしようと、咎める人はいない。

 

 だが、そうした時間はふいに終わることもある。

 

 

「こちらにいらっしゃいましたかー!? ブルーマロウ様ぁぁ!」

 

 

 装甲板で囲われた車内に、彼女の大声が反響した。砲弾が積まれていたら振動で誘爆するのではないかというような、無駄に元気の良い声だ。

 『上品で優雅』を旨とする我が校の戦車道チームにおいて、こんな大声を出すメンバーは一人しかいない。そしてその声はどうやら、右側面に取り付けられた6ポンド砲ーー対戦車用の物とは違う、一次大戦期の骨董品だーーの砲身を通ってきたらしい。

 

 止むを得ず作業を中断し、6ポンド砲の砲尾から外を見る。ライフリングの刻まれた砲腔の向こうに、こちらを覗き込んでくる目が見えた。

 

「ああ! やっぱりいらっしゃいましたわ! 日々の整備、お疲れ様でございますです!」

 

 私と目があうと、向こうは嬉しそうに労いの言葉をかけてくれた。それは良いとして、訓練時間に何故彼女がこんな所にいるのだろう。仮にも小隊長である彼女が。

 

「ブルーマロウ様! 本日はご相談があって参りましたのですわ! わたくしのクルセイダーは一体……」

 

 一方的にまくしたてる彼女を他所に砲から離れた。いくら私が機械好きだからと言って、砲腔を通じて会話をするなんて話があるか。第一彼女の声は広い所で聞いた方が耳に良い。

 ちらりとエンジンを見て、少し待っててね、と声をかける。

 

 車体上部にある四角いハッチを跳ね上げ、車外へ顔を出した。その途端、後輩の顔が間近に迫った。由緒ある赤いタンクジャケットを着た、可愛い後輩が。

 

「わたくしのクルセイダーが大規模修理とは一体、何処が悪くなったのですの!?」

 

 深刻な表情で、そして大きな声で尋ねてくる、愛すべき赤毛の後輩……ローズヒップ。一年生にして我が校のクルセイダー小隊を率いる、優秀な戦車長だ。手に持つティーカップには名前の由来となった、バラの実のお茶が入っている。飲んでしまったのかこぼしたのか、半分程度しか残っていない。荒く息を吐きながら、頬を紅潮させている。

 

 彼女の質問に、私は言葉ではなく行動で答えた。手袋を外し、彼女の左胸をつつく。少しプニッとした。

 

「え? まさか戦車が乳癌に!?」

 

 違う。その脂肪の下だよ。

 

「ああ、心臓! エンジンですのね!」

 

 どうやら理解したようだ。こう見えてそこまで馬鹿な子ではないし、以外と勉強熱心だから、自分の戦車の欠点は分かっている。クルセイダーは故障が多いことで有名なのだ。それでも戦車道一試合くらいなら、十分に耐えられる。というより、私たち整備班が保たせる。

 

 本来戦車は戦闘機と違い、作戦後に基地へ帰還して整備を受けられるわけではない。ましてクルセイダーが実戦で使われたのはアフリカ戦線なので、砂塵によって部品がどんどん磨耗した。しかも船積みする際、冷却水を入れずに走らせるという馬鹿をやったせいで、エンジンの寿命が余計に縮んだ。

 だが戦車道は戦争と違い、試合前後にはちゃんとした整備所でメンテナンスできる。その上私のような超絶技巧のメカニックがいるのだから、少なくとも試合中に故障でリタイアなどという無様な事態は起こさない。

 

 とは言ってもやはり、来るべきときは来てしまうのだ。このスピード狂のローズヒップといい、その部下といい、実に荒々しい乗り方をしてくれる。この前、援大洗義勇軍に参加したときもそうだ。活躍自体は惚れ惚れするものだったけれど、酷使されたリバティエンジンはつい先日、とうとう限界に達した。

 しかし自分の戦車が修理中とはいえ、訓練に顔を出さずに済む立場でもないだろうに。曲がりなりにも小隊長なのだから。

 

「ブルーマロウ様! わたくし、今日は小隊長としてご相談に上がりましたのですわ!」

 

 私の考えていることを察したのかどうなのか。ローズヒップは菱形戦車の上で正座をし、改まって話を始めた。

 

「ダージリン様もアッサム様も、我が校に新しい戦車を加えたいと頑張ってらっしゃいますの! だけどOG会の方々がなかなか許してくれないそうでございますのよ!」

 

 知ってる。整備員とて、私も幹部候補に名を連ねている身なのだから。

 

「あら、ご存知でしたか! 流石はブルーマロウ様ですわ!」

 

 大いに感心した様子で、カップに残ったお茶を口へ一気に放り込むローズヒップ。一気飲みは駄目だとか、そういう指導はアッサム様に任せよう。人間のメンテナンスは私の領分ではない。

 それで、この子は何が言いたいのだろうか。

 

「つまり! わたくし考えましたの! 新しい戦車がダメなら、今ある戦車をドッカーンとパワーアップすればいいのですわ!」

 

 ドッカーン、の所で派手に両手を広げた。カップの底に少しだけ残った雫が宙を飛ぶ。毎度のことだ。

 要するに、クルセイダーを修理するついでに強化してくれと言うのか。

 

「お分りのようでございますわね、ブルーマロウ様! そう、わたくしたちのクルセイダーに更なる力を与えて欲しいのですわ! それができるのはブルーマロウ様しかいないのでございます!」

 

 縋るように私の肩を掴み、懇願するローズヒップ。常にハイテンションだが、表情はコロコロと変わる。見ている分には本当に面白い後輩だ。

 

 ただ、彼女のクルセイダーにはすでに手を加えてある。クルセイダーMk.IIIの砲塔は二人乗りだが、それでは車長が装填手を兼任せねばならず、指揮に専念できない。砲を2ポンド砲に弱体化すれば三人乗れるし、実際にイギリス軍は2ポンド砲搭載のMk.IIを指揮車両に使った。

 しかし火力の低下は嫌だというローズヒップたちの要望に応え、レギュレーションの範囲内で砲塔に改造を施した。砲弾をいくらか減らし、装備品の位置をずらすなどして強引にスペースを作り、細身の女の子なら3人乗れるようにしたのだ。荒々しい機動戦術に耐えられるよう、足回りも強化した。さらにエンジンの調速機(ガバナー)、つまりリミッターの解除を走行中に行えるようにしてある。

 私の入魂のセッティング。すでに『ローズヒップスペシャル』と呼んでもいいレベルだと思う。

 

「あっ、もちろん今までの改造の件は本っっっっっ当に感謝してございますことです! ですがわたくしなりに我が校の未来を考えて、より強い……より速いクルセイダーが必要だと思うのですわ!」

 

 力説するローズヒップの目は真っ直ぐで、淀みがない。言っていることは本当だろう。彼女なりにグロリアーナの未来を考えているのは事実だ。もちろん当人のスピード狂も影響しているだろうが。

 

 それにしても、何故この子は私が考えを口にする前に察してしまうのか。

 

「あら、ごめんなさいですわ。お話しにくかったでしょうか。わたくし、気が早いんですの!」

 

 知ってる。気が早い、朝も早い、寝るのも早い。昇進も早かった。一年生でありながら小隊長を任されるというスピード出世だ。

 

 そんな聖グロリアーナ最速の女。ローズヒップから頼りにされているというのは先輩として、整備員として誇りに思うべきなのか。彼女の指導役たるアッサム様も同じような気分なのか。そう思いながら彼女の顔を見ていると、あることに気づいた。いつも通り、溌剌といた笑顔を浮かべている。しかし息遣いが少し苦しそうなのだ。頰が赤いのは走って来たからかと思ったが……。

 

 素手でローズヒップの前髪を持ち上げ、額に触れる。掌にじわりと熱さを感じた。

 

「……ブルーマロウ様、お手が冷たいのですけれど、冷え性ですの?」

「貴女が熱いんだ、この馬鹿!」

 

 反射的に怒鳴りつけた。一瞬怯んだローズヒップの背中、そしてふとももに腕を回し、ぐっと抱き上げる。装填手の人たちほどではないが、整備にも力は必要だ。

 唖然とする彼女を抱えたまま、菱形戦車の横に設置したタラップをゆっくりと降りる。丁度そのとき、記念館の中にパタパタという足音が響いた。ローズヒップの全力疾走とは違い、抑え気味の、上品さを保った駆け足だ。

 

「あっ、ブルーマロウ様」

 

 私に気づき、小柄な後輩が駆けてきた。ローズヒップ同様、赤いタンクジャケットに黒のスカートを身につけた戦車乗員である。オレンジがかったブロンドの髪を後頭部で結った、おっとりとした印象の子だ。

 オレンジペコ。我が校の隊長車装填手にして、名実共にダージリン隊長の腹心。

 

 タラップを降りローズヒップを床に座らせたとき、彼女はすぐ側まで歩み寄っていた。軽く息を弾ませながら。

 

「ローズヒップ様がいきなりいなくなったので、探していたのですが……」

 

 私の怒鳴り声、それに続いて整備員が乗員を抱きかかえている光景を見て、少々戸惑ったようだ。しかしオレンジペコは勘が良い。私とローズヒップを交互に見やり、常況を察したようである。

 赤らんだ顔できょとんとしていたローズヒップも、ようやく自分がどうなっているのか理解したらしい。

 

「もしかして……わたくし、熱がありますの?」

 

 ……この子は多分、ぶっ倒れるまで気付かず走り回るタイプだ。とりあえず、オレンジペコが来てくれて助かった。明るい場所に出てみると、私の作業着は予想以上に油まみれだった。

 

「この格好で医務室へ行くのは気が引ける。お願いしていいかな?」

「お任せください。ローズヒップさん、立てますか?」

 

 真剣な表情でローズヒップの手を取り、立ち上がらせる。さすが装填手なだけに力は強い。対するスピード狂は戸惑いつつも、私の方を振り返った。

 

「で、でも、わたくしは……」

 

 食い下がる彼女を、私はじっと睨みつけた。大人しく休めというメッセージを込めて。それは上手く伝わったらしく、ローズヒップは抵抗を諦めた。

 

「ブルーマロウ様を困らせては駄目ですよ」

「……ハイ。失礼いたします」

 

 こちらに一礼して、二人は背を向けた。以前までオレンジペコはローズヒップを避けているように見えたけれど、最近は交流も増えたらしい。

 

 私と正反対の、粗野で、品がなくて、情熱的で、とても可愛い後輩。まったく、殺されても死にそうにないくらい丈夫な子なのに、とんだ鬼の霍乱だ。戦車が故障したかと思えば、乗っている人間までこの有り様か。

 

「……ブルーマロウ様」

 

 こちらを振り返ることなく、ローズヒップは呟くように言った。

 

「わたくし、もっと速くなりたいのですわ。ダージリン様のお力になりたいし、もっと強い敵に勝ちたい。大洗の変なティーガーを見てから、尚更そう思うのです……」

 

 オレンジペコが心配そうに、私とローズヒップを交互に見る。私が無言で見送ると、二人はそのまま立ち去った。

 

 記念館のドアが閉まる音を聞き、ふとため息を吐く。やっぱりあの子は私の心が読めるのだろうか。変なティーガーこと、大洗女子学園のポルシェティーガーの名を出すとは。

 

 少し血が熱くなった私はMk.IV戦車の中に戻らず、傍らの小さな椅子とテーブルに腰掛けた。

 グロリアーナの生徒の嗜みとして、ティーセットもちゃんと用意してある。ガラス製のポットには水色のハーブティーを淹れておいた。私のニックネームの由来である、ウスベニアオイのお茶だ。透き通った清涼感のあるブルーが美しい。時間が経つと妖艶な紫色になるのが特徴だけど、今回は水出しだから変化に時間がかかる。お気に入りのカップに注ぎ、そこへ蜂蜜を足す。ブルーマロウ自体は味が薄いのだ。甘酸っぱいバラの実(ローズヒップ)のお茶とは、色も味わいも対照的である。

 

「……ふむ」

 

 色を愛でつつ紅茶を飲み、ふと記念館の中を見回した。歴史ある聖グロリアーナ女学院だけに、戦車道関係以外にも数多くの品が展示されている。絵画、昔の写真、賞状、記念碑、昔使われていた車。由緒あるティーセット。

 Mk.IV戦車の横には、これまた古めかしい戦闘機が展示されていた。布張りの複葉機で、重ねられた翼の間は支柱と線で支えられている。操縦席は一人乗りで吹きさらしだ。機首には木製の2翅プロペラ、そしてエンジンのカウルには2つの機関銃。それを覆うカバーが「瘤」に見えることから、この機体は『キャメル』の名で呼ばれることになった。菱形戦車と同じく一次大戦にて活躍した名機だ。

 

 私は思った。ローズヒップはこの『キャメル』のような子だ、と。

 この機体の心臓は星型ロータリーエンジン。ロータリーと言っても自動車用とは仕組みが違う。クランクシャフトを機体に固定し、エンジン自体が回転するという過激な代物だ。当時の空冷エンジンはそうして風に当て続けないと、すぐオーバーヒートを起こしてしまうのだ。重いエンジンが高速で回転しているわけだから、その反動が機体に加わり、不安定な操縦性を生む。

 『キャメル』はそれに加えて意図的に機体を不安定に設計されており、当然ながら事故が多発した。しかし慣れたパイロットならそれを利用し、凄まじい機動力を発揮できる。一次大戦で最も多くの撃墜記録を残したのは『キャメル』なのだ。

 

 過激な機体を乗りこなすのもパイロットの名誉。第一次大戦とはそういう時代だったのかもしれない。ローズヒップのようなじゃじゃ馬娘を使いこなすのも、指揮官たるダージリン様の名誉か。

 

 では、そのじゃじゃ馬娘を満足させ、それでいて聖グロリアーナのエレガントさを保てる戦車を仕上げれば……それもエンジニアたる私の名誉だろうか。彼女が小隊長になってから、私は何かと相談を受けてきた。前回の改造の件もそうだし、故障の起きやすいクルセイダーだけに、こちらも真摯に対応した。それに彼女の乗り方は荒っぽくても、雑ではないのだ。だから彼女が戦車をどんなに壊して帰ってきても、私は文句を言わず直した。

 

「……やってみようか」

 

 脳裏に閃いたアイディアを書き出すべく、胸ポケットから手帳とペンを取り出す。

 

 大丈夫だ、ローズヒップ。貴女はより強い相手に勝ちたいと言ったけれど、私にも勝ちたい相手がいる。

 だから、貴女の望みに応えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……鬼の霍乱から三日後、私はダージリン隊長に呼び出された。要件は分かっている。提出した計画書の是非についてだ。

 

 廊下を歩きながらふと窓ガラスを見つめ、映った自分の姿を確認する。身だしなみに問題は無し。いつもの私だ。色の薄い短めの髪、平均的なスタイル、たまに「目つきが冷たい」と言われる顔。確かにローズヒップの愛嬌のある目や、オレンジペコの柔和な目とは似つかないと、自分でも思う。以前黒森峰の生徒から「うちの制服が似合いそう」と言われたこともある。

 だが今着ているのは紛れもなく、我が校の赤服。由緒あるタンクジャケットだ。胸に整備班のバッジを付けている以外、乗員と変わらぬ出で立ち。言ってみればこれが正装だ。

 

 指定の部屋でドアをノックし、中からの「どうぞ」という声を聞く。静かにドアを開けるといつもの三人ーーノーブルシスターズと呼ばれているーーが出迎えてくれた。やはりいつもの調子で、テーブルのティースタンドを囲んでいる。

 

「ブルーマロウ、入ります」

「お疲れ様。さ、座って」

 

 カップを置き、我らがダージリン隊長が微笑む。オレンジペコと同じく後頭部で編んだ髪型はいつも整っており、仕草は常に優雅なお方だ。もっとも単に優雅では片付けられない人だが。

 オレンジペコが椅子を引いてくれたので、お礼を言って着席する。ティーカップに紅茶が注がれた。湯気と共に、微かに薔薇の香りがする。ディンブラ、それもクオリティシーズンの茶葉か。オレンジペコが調達したのだろう。良い品だ。

 

 お茶を味わいつつ、隊長の前に置かれたA4用紙の束に目を向ける。クルセイダーの強化改修プランだ。

 

「ローズヒップは明日には登校できるそうよ」

「つくづく鬼の霍乱ですね。でもこの計画を見たら、さぞ喜ぶでしょう」

 

 ダージリン様の言葉に、アッサム様が苦笑いする。私同様につり目がちな目つきなのに、この方の場合は不思議と可愛らしく見える。長いブロンドの髪と黒いリボンのアクセントが、それを引き立てている。

 アッサム様は我が校の隊長車砲手であり、諜報員であり、そして事実上ローズヒップの教育係でもある。一言で片付ければ『苦労人』。だからこそ、内心ではあのじゃじゃ馬を一番心配しているだろう。

 だがそれより、『この計画を見たら』という部分が重要だ。

 

「……私のプランは承認されたと受け取っても?」

 

 問いかけたとき、ダージリン様は丁度紅茶を啜っていた。アッサム様が代わって答える。

 

「ええ。エンジンはすでに手配済みよ。ラジエーターの改修については連盟の審査を受ける必要があるけれど」

「私の見立てでは、認可は降りるでしょうね」

 

 カップを置いたダージリン様が、微笑を浮かべてじっと見つめてくる。相変わらず、底意の見えない笑顔だ。はっきり言うと、このお方はローズヒップとはまた違った意味の変人である。それでも一軍の将たるに相応しい器の持ち主であり、その勇猛かつエレガントな闘いぶりに魅せられ、戦車道の門を叩く生徒も多い。私の整備技術も認めてくれて、いろいろと良くしてもらっている。

 

 そんなダージリン様は私の計画書をめくり、二番目の項目に視線を落とした。『クルセイダーを改修する意義について』である。書いた内容は、新車両の導入が困難なら既存の車両を強化すべきという、ローズヒップの主張の妥当さ。そして新車両導入のためにもクルセイダーを強化すべきという、私自身の見解だ。

 

「今ある車両を強化することによって、OG会を安心させる。貴女みたいな技術屋さんから、こんな発想が出てくるなんてね」

 

 隊長はくすりと微笑み、バターを塗ったスコーンを一口食べた。この方もまた、OG会との折衝を続けながら戦力強化を図っている苦労人なのだ。

 

 我が校の生徒には誇るべき互助精神がある。特に戦車道チームのOGは卒業後も強固に結束し、チームへの資金援助、卒業生の就職先斡旋など、様々な形で支援してくれるのだ。

 OG会は三つの派閥に分かれる。まずマチルダ会。在学中マチルダII歩兵戦車に搭乗していた人たちだ。我が校の主力だけに最も人数が多く、在校生の面倒をよく見てくれる。資金・物資面での援助もこの会からの物が一番多い。しかしその分、在校生への干渉も多いのだ。資金面で余裕があるのに、17ポンド砲搭載車両を導入できないのも、概ねこの派閥から圧力がかかるせいである。

 

 次にチャーチルVII歩兵戦車の乗員が加入する、チャーチル会。我が校のチャーチルVIIは一両しかないため、人数は最も少ない。ただし隊長経験者も多いので、発言力は強い。考え方は保守的だが、在校生が他派閥から不興を買った際は何かと取りなしてくれる。

 

 そしてクルセイダー会。グロリアーナにおいて、クルセイダー巡航戦車はあまり人気がない。故障の多さと整備の手間、そしてもう一つ『ある理由』が原因だ。だからこそ、あの車両に乗ることを選んだ人たちは結束が非常に固い。そしてクルセイダーに並々ならぬ愛着を持っている。より強力な巡航戦車……例えばクロムウェルやコメットの導入によって、クルセイダーの活躍の場が奪われることを危惧しているのだ。

 

「クルセイダーを強化することで、既存の車両を大事にする姿勢を示す。そうすれば先輩方も安心して、新車両の導入を認めてくれる、ということね」

「ニルギリさんのクロムウェルも、ちゃんと部品が調達できますね」

 

 アッサム様とオレンジペコもそう言ってくれた。ダージリン様の努力によって、今年の全国大会では一両のクロムウェル巡航戦車をエントリーできた。しかし修理部品が入手できず、大洗への義勇軍には派遣できなかったのだ。だがクルセイダー会が味方につけば、部品の供給ルートも確保できるだろう。17ポンド砲を搭載したチャレンジャー巡航戦車の配備も可能かもしれない。

 

 私の考えを彼女たちが認めてくれて、一先ず安堵した。ダージリン様の仰る通り、私は技術屋、職人だ。政治的なことは専門外。だが今回はプランの必要性をアピールするため、知恵を絞って考えた。

 

「私はね、ブルーマロウ」

 

 こちらを真っ直ぐに見つめ、ダージリン様が再び口を開く。

 

「OG会の先輩方の気持ちも分かるし、伝統を守るのは大事なことだと思っているの。けれど新しい物を取り入れてこそ、伝統は次へ受け継がれて行く」

「同意見です、隊長」

 

 お世辞ではなく、心から同意の言葉を返した。技術の進歩もまた同じことだ。

 するとダージリン様は澄ました顔で、お約束の台詞に取り掛かった。

 

「こんな格言をご存知? 『評論家の言葉に耳を傾けてはならない。評論家の銅像が立ったことなど無いのだから』」

「ジャン・シベリウス」

 

 フィンランドの作曲家だ。様々なジャンルの名曲を作った偉人で、イギリスの評論家からは「ベートーヴェン以降最高のシンフォニスト」とまで評された。しかしその一方、非常に他人からの評価を気にする人物だったと聞く。ダージリン様の引用した台詞はそんな自分を変えようという、決意の言葉だった。

 

「評論に真摯に耳を傾けるのも大事だけど、他人の意見に振り回されてばかりでは仕方ない。でもやっぱり、周りの目を気にしないというのなかなか難しいわ」

「ローズヒップはそれができる子です」

 

 分かっていたことだ。悪く言えば傍若無人だけど、ローズヒップはただひたすら真っ直ぐに生きている。他人の目を気にせずに。彼女はこの聖グロリアーナに足りない物を持っているから、ダージリン様に重用されている。見ていて面白いからでもあるだろうけど。

 

「ブルーマロウ。貴女が職人(アルティザン)なら、ローズヒップが芸術家(アーティスト)。他人の意見に踊らされない、貴女たちの作品を楽しみに待っているわ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、優雅に紅茶を飲む隊長。恐らく、私の本心はお見通しなのだろう。ローズヒップを思い切り走らせてやりたいことも、勝ちたい相手がいることも。

 

 

 

 

 

 

 

 アッサム様が手配してくれた品は、なんと翌日に届いた。クルセイダー会の先輩方が手助けしてくれたおかげだという。まさかこんなに早く効果が出るとは。はっきり言ってOG会関係の話は改造を実行するための大義名分だったが、結果的に学校の役にも立てそうだ。

 荷解きされたエンジンは学校の車両修理場へ運ばれ、ローズヒップ車の横に置かれた。機関室は空になっており、そこへこの新品エンジンを搭載する。

 

「……はぁ」

 

 ピカピカのエンジンを見つめ、私は思わず嘆息した。やはり美しい。シリンダーのカバーの銀の光沢、上面に突き出たキャブレター。ラジエーターの回転数を制御するファンドライブなど、もはや官能的にさえ見える。

 ロールス・ロイス製V型12気筒エンジン『ミーティア』。航空機用の傑作エンジン『マーリン』から過給機を除去、キャブレターやファンドライブなどのパーツ変更を行い、戦車用に改修した物だ。原型がスピットファイア戦闘機やランカスター爆撃機など、多くの傑作機の心臓となっただけに、信頼性も高い。正式に搭載されたのはクロムウェル巡航戦車以降だが、クルセイダーにも試験的に搭載された実績がある。

 

 本来クルセイダーが搭載している『リバティ』も、原型はアメリカ戦時標準局の航空機用エンジンであり、一次大戦期にイギリスへ引き渡された。このエンジンはシリンダーブロックが一体成型となっておらず、各シリンダーをそれぞれボルトで本体に固定しているという、構造上の問題がある。不整地を高速で走行するとそのボルトに緩みが多発し、故障を起こすのだ。つまりクルセイダーは機動力が売りの戦車なのに、エンジンがそれに耐えられないのである。

 ただしより軽量の戦車では問題を起こさなかったから、欠陥品ではなく単に旧式というべきかもしれない。より新しく洗練された『ミーティア』との差は歴然としている。

 

 このピカピカのエンジンも使い込まれていくうちに煤けて、なんとも渋みのある姿になるだろう。それを眺めながら紅茶を味わうのもまた至福の時間だ。今から楽しみで仕方がない。シリンダー部に頬を寄せると、ひんやりとした感触が心地よかった。早くこれに火を灯し、雄叫びを聞いてみたい。だが今のうちに、この肌触りを存分に堪能しておくのも良いだろう。

 両手を手の届くところまで伸ばし、抱きつく。シリンダーに混合気を送るパイプが、すぐ目の前にある。V型エンジンなので片側に6本づつシリンダーが並び、それぞれにパイプが繋がっている。それを指でなぞっているうちに、恍惚感が湧き上がってきた。自然と息が荒くなり、シリンダーカバーがうっすらと曇る。

 

「ああ、素敵……」

 

 これを私室へ持ち込む許可を、ダージリン様に求めるべきだった。そんなことをしてどうするのかと聞かれれば、私はこう答える。まず服を脱ぎます、と。

 

 

 

「こちらにいらっしゃいますか!? ブルーマロウ様あああああ!」

 

 突拍子もない大声に、心臓が大きく飛び跳ねた。大慌てで愛しいエンジンから離れ、近づいてくる足音に向き合う。

 復活したローズヒップが修理場の中を駆けてきた。赤髪を揺らし、目を煌々と輝かせ、紅茶をバシャバシャこぼしながら。思わず身構えた。彼女が私の2メートル前で急停止しなければ、足払いをかけた後に踵落としでトドメを刺していたかもしれない。

 

 私も彼女も、汗をかき、息を荒げていた。ただ私の場合は冷や汗だ。

 一応病み上がりという自覚はあるのか、ローズヒップはマスクを着用している。それが薄い赤色に染まっているあたり、うっかりマスクを外さずにお茶を飲んでしまったのだろう。やはりこの子は88mm高射砲で撃たれても死にそうにない。

 

 続いて小さな足音も近づいてきた。必死で彼女を追いかけて来たらしい、オレンジペコだ。まったく、当分ローズヒップをこちらへ来させるなと言ったのに。何か尋ねられたら「すっごーい!」とか「たーのしー!」とか適当な言葉を連呼して誤魔化せとも言ったのに。

 

「ダージリン様が喋ってしまったんですよ……」

 

 私の視線から言いたいことを察したのか、オレンジペコは疲れた表情で言った。なるほど、ならば責められないか。

 

「これが新しいエンジンですのね! よく分からないけど最高ですわ、ブルーマロウ様!」

 

 小躍りしながら喜ぶローズヒップ。まあ、改造完了まで隠しておくのはどの道無理だったか。オレンジペコも苦笑しながら、興味深げに『ミーティア』を観察する。彼女たちは良い子だが、こうしたエンジンの持つ官能的な美しさは分からない。残念なことだ。

 

「それでそれで! どのくらいの速度が出せるのでございますか!?」

 

 エンジンの周りをちょこまかと動き回りながら、ローズヒップが尋ねてくる。私は両手を突き出し、指を8本立てた。彼女はカッと目を見開く。

 

「80……!?」

「そこまで速くなるのですか!?」

 

 オレンジペコまで驚きの表情を浮かべた。改修の概要はダージリン様から聞いていたようだが、資料全てに目を通してはいなかったのだろう。彼女も忙しいのだ。

 クルセイダーMk.IIIの最高速度は43km/h、リミッターを外せば60km/h。もちろん戦車は常に最高速度を出せるわけではないが、大幅なパワーアップと言える。さらに私のプランが全て通り、ラジエーターなどの改修ができれば、その上も狙える。

 

「重さ約27tのクロムウェルMk.Iを、時速64kmで走らせるエンジンだからね。それを20t程度のクルセイダーに積むんだ」

 

 解説してあげながら、ローズヒップのクルセイダーをちらりと見る。そろばん玉に例えられる、独特な傾斜装甲を持つ砲塔が特長だ。装備しているのは43口径57mmの、オードナンス QF 6ポンド砲。サスペンションはクリスティー方式だが、履帯無しでの走行はできない。足回りは5つの大径転輪で車重を支えている。この方式は走破性に欠けるが高速走行には向いており、22個もの小径転輪を持つチャーチルとは真逆の設計だ。

 

 常時稼働状態にないクロムウェル巡航戦車を除けば、この車両がグロリアーナ最速である。我が校は歩兵戦車による浸透強襲戦術を得意とし、それだけでは勝てない相手ならばクルセイダーが投入される。

 ただし鈍足のマチルダやチャーチルと隊列を組んでは機動力を活かせないばかりか、装甲が薄いため真っ先に撃破されてしまう。大抵は別働隊として、奇襲・撹乱に活躍するのだ。

 

 そのためクルセイダー小隊の隊長は速断即決ができ、命令への従順さと独立心を併せ持ち、尚且つクルセイダーの欠点を受け入れられる度量のある人でなくてはならない。そのため上級生に適任者がいなければ、一年生にその役が回ってくることもある。

 だからローズヒップを小隊長にしたダージリン様の判断は間違っていない。個人的にはそう思うし、事実として成果も上げている。私の作る特別仕様車も、使いこなしてくれると信じている。

 

「ああああ、待ちきれない! ブルーマロウ様、早く改造してくださいまし! 出来上がり次第すぐにかっ飛ばしますわ!」

 

 ただ。私は彼女を絶望の淵へ落とさねばならない。

 

「あのー、ローズヒップさん。改修作業が終わっても、まずは慣らし運転が必要だと思いますから。しばらく全開走行は無理かと……」

 

 おずおずと忠告するオレンジペコ。私の代わりに言うべきことを言ってくれた。本当に物の分かった子である。そうでなくてはダージリン様の懐刀にはなれない。

 ローズヒップの方は愕然とした表情で、私に縋るような目を向けてくる。彼女としては真剣なのだろうが、ローズヒップティーで赤く染まったマスクのせいで、真剣さのかけらもない顔だ。こうなると分かっていたから、改修の件は内緒にしておくよう言ったのに。

 

 とりあえず、こくりと頷いて見せた。耐えなさい、という意味を込めて。

 

「わ、わたくし……三日間も寝込んでいて……ほ、ほ、本当でしたら、今すぐにでもかっ飛ばしたいくらいで……」

 

 小刻みに震える彼女を見ると、さすがに胸が痛くなる。この子の性格からして、ベッドから動けない生活というのは辛かっただろう。早く走りたいのは分かる。とはいえ他のクルセイダーは今訓練中で、予備車両はちょうど分解状態だ。

 私は静かに、修理場の隅に置かれた車両を指差した。あれなら一応50km/h出せるよ、という意味で。

 

 カヴェナンター巡航戦車。クルセイダーの双子の姉妹と言える車両で、砲塔はクルセイダーMk.Iと同じだ。しかし単に壊れやすいクルセイダーと違い、こちらはまごう事なき失敗作。ラジエーターの放熱板が正面にむき出しな上、その配管が車内を通っているため車内温度は40℃を超える。履帯が細すぎて走破性も劣悪、そのくせステアリングがやたらと利く危険な操縦性を持つ。

 使わないから修理場に置きっ放しになっているだけで、一応ちゃんと動くはずだけど。

 

「ブルーマロウ様、それはあまりに酷です」

 

 オレンジペコから静かに突っ込まれた。ごもっともだ。ここにあっても邪魔で仕方ないから、かっ飛ばすついでにそのまま他所へ移してもらえないかという、淡い期待を込めての提案だった。菱形戦車同様、記念館に展示しておけばと学校に提案したが、「他校から馬鹿にされる」という理由で却下された。名前の由来を考えれば、学園艦の教会に飾っておくのも良いかもしれない。今度具申してみようか。

 

 まあ、カヴェナンターの行く末より先に、ローズヒップを何とかしなくてはならない。床に屈みこんで指で「の」の字を描くという、あまりにもベタな落ち込み方を始めた。とりあえずテコか何かでどかすとして、彼女が元気に慣らし運転をこなせるよう、一計案じる必要が生まれた。

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