ガールズ&パンツァー グロリアーナの流星   作:流水郎

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後編

 いろいろ考えた結果。

 

 私たちは広大な演習場を持つ、サンダース大学付属高校の学園艦へやって来た。ミーティアエンジンを搭載したクルセイダーと、ローズヒップ及び乗員3名、整備 兼 監視役の私。

 今いるのはさしずめ西部劇のような荒野だが、遠くを見ると草原や市街地、砂浜など、様々な地形が用意されていた。砂浜はご自慢の巨大プールと繋がっており、上陸訓練もできるとのことだ。さすが500人以上の戦車道履修生を抱える学校なだけある。

 

「ああっ、砂浜! 砂浜ですわ! 水着を持って来れば良かったですわ! あっ、ブルーマロウ様、あそこのアレは何でございましょうか!?」

「人工降雪機だね」

 

 物珍しい光景にテンションを上げるローズヒップ。ノロノロ運転でも、初めて見る景色の中でなら耐えられるだろう……そう思って他校の学園艦で慣らし運転をすることにしたのだ。サンダースの隊長が話の分かる人で助かった。

 

「では、準備にかかります!」

 

 敬礼をして自車へ駆け戻る彼女を見送り、一緒に持ち込んだユニバーサル・キャリアの点検をする。カーデンロイド豆戦車を拡大したような、装軌式輸送車だ。荷台にはクルセイダーが故障した際の予備部品を積んであり、私はこれに乗って随伴する。重量3.8tの小型車両だが、何かと使い勝手が良いので重宝されてきた。

 ローズヒップは渡したチェックリストを手に、乗員たちと共にクルセイダーの各部を点検する。こういうところは真面目な子だ。

 

「Hi! ブルー。調子はどう?」

 

 不意に声をかけられ、振り向く。話の分かる隊長こと、ケイさんがいつの間にか側へ来ていた。サンダースらしいシンプルなジャケットを来て、下半身はホットパンツにニーソックス。ワイルドさと可愛らしさを兼ね備えた出で立ちだ。白い歯を見せた笑顔に、ウェーブのかかった金髪がよく似合っている。

 

「おかげ様で、何とかなりそうです。急な話を引き受けてくださり、本当にありがとうございます」

「いいのいいの、堅苦しいの抜きで。うちはいつでもオープン! っていうのが流儀だから」

 

 大きく手を広げて笑うケイさん。サンダースの気質、それも良い面のみを抽出したような人で、仲間の信頼も厚いという。ダージリン様はサンダースの戦い方を「下品」と評しているが、なんだかんだで認めている節があるのも、ケイさんの人柄故か。

 

「演習場内は好きに走ってくれて大丈夫よ。でも街中へ行くなら、危ない運転はしないでね」

 

 そう言いながら、ケイさんは愛車の点検に勤しむローズヒップをちらりと見た。この人も大学選抜との試合に参加したので、少し心配もあるのだろう。当人は操縦手を共に、チェックリストを手に各部を見ていた。こういうところは真面目な子だ。

 

「ご安心ください。大丈夫です」

 

 私はわざとらしいくらい真剣な顔をして、胸ポケットに入れたペンを指差した。

 

「万一暴走したときはコレで、あの子の眉間を撃ち抜きます」

「NOOOOO!」

 

 ケイさんは体を仰け反らせ、オーバーリアクションで返してくれた。私はダージリン様と違い、こういうブラックジョークしか言えない。ケイさんは冗談の分かる人だが、他校の生徒相手にやると真に受けられることが多かった。聖グロリアーナの生徒はペン型拳銃を持っていてもおかしくないとか、そんなイメージを持たれているのだろうか。実際にそんな物を持つとなると暴発が怖いけど。

 

 そのとき。エンジン音が聞こえ、遠くを走行する戦車が見えた。目を凝らして見ると、M4シャーマンではない。砲塔は『イージーエイト』ことM4A3E8と似ているが、車体形状はM26パーシングのように平たくできていた。シャーマンは元々星形エンジンを搭載する設計だったため、V型エンジン搭載後も車高が高いのは変わらなかったはずだ。シャーマンからパーシングまでの間に開発された、試作車両の一種か。

 

「ああ、アレはちょっとレア物だよ。T23中戦車」

「なるほど」

 

 名前は知っていたけど、本物を見るのは初めてだ。アメリカで開発された戦車で、特徴はガス・エレクトリック方式で走行すること。つまりガソリンエンジンで発電機を稼働させ、電気モーターで走るのだ。これなら電流の量を調整するだけで操向・変速が可能で、ギアチェンジが必要ない。

 鉄道や船舶ではよく使われていた方式だけど、戦車用として信頼性に難がある……と、アメリカでは判断された。砲塔はM4A3E8へ流用されたが、T23自体は「250両の限定生産」という意味不明な結末を迎え、実戦投入はなかった。

 

 サンダースには多くのレア車両が保存されていると聞く。けれど演習場に引っ張り出してきたということは、試合に出すことを想定しているのか。シャーマン・ファミリーで戦うのがこの学校のポリシーだそうだけど。

 

「分解されてジャンクヤードに置かれてたんだけど、うちの整備科の要望で急遽レストアしたのよ」

 

 こちらから尋ねる前に、ケイさんは答えてくれた。

 

「大洗のポルシェティーガーにライバル心燃やしてね」

 

 合点がいった。そういうことか。

 ガス・エレクトリックを採用した初の戦車は、戦車黎明期である一次大戦で生まれた。フランスのサン・シャモン突撃戦車だ。しかし日本で一番有名なのはやはり、ポルシェティーガーことVK4501(P)だろう。

 ポルシェ博士の趣味と妄想の産物、などという批判もあるが、発想は間違っていないと思う。戦車の武装と装甲がどんどん発達していった当時、その重さに変速機が耐えられるかという問題があった。ならば機械式の変速機自体がいらない方式を採用するのは理に適っている。

 

 問題はそれをじっくりと試験し、問題を解決する余裕がドイツにはなかったということだ。

 だから大洗が全国大会の決勝戦でポルシェティーガーを使ったとき、ショックはそこまで大きくはなかった。現代の工作精度で作った部品を使い、私のように腕の良いメカニックが整備すれば、なんとか使い物になるだろうから。そんな腕利きが無名校にいたことには感嘆したし、ダージリン様が彼女たちに入れ込むのも理解できたけれど、それだけだった。

 

 ショッキングだったのはそれからだ。ネットで見た大洗女子の広報番組で、彼女たちはポルシェティーガーをこともあろうに、ドリフト仕様にセッティングしていたのだ。そればかりか、大学選抜との試合では後付けの緊急加速装置を使い、スリップストリームまでやったのだ。

 

 何故ポルシェティーガーでそこまでやりたがるんだ、もはや一種の病気だ、大洗女子学園は変態の学校だ。そう言ったらダージリン様から「自分のことを棚に上げるのは良くない」と注意された。

 

「大洗の大番狂わせはエキサイティングだったし、あの子たちのことも大好きよ。だけど私たちって、強豪校として高校戦車道をリードしてきたわけだし、整備科はそれを支えてきたプライドがあるもの」

 

 そう語るケイさんの視線の先で、T23は滑らかな旋回を見せていた。さすがサンダースだけに、冴えたメカニックが揃っている。

 続いて彼女は私を振り返り、ニヤリと笑いつつウィンクした。

 

「負けてられないじゃない? やっぱり」

 

 軽薄に見えて、芯の通った笑顔。500人以上いる隊員の、頂点に立つだけのことはある。

 私は無言でユニバーサルキャリアに乗り込んだ。ペダルを踏んで感触を確かめる。この車両の操縦は自動車と同じ、円形のハンドルで行う。垂直に取り付けられているため、船の舵輪のような印象も受ける。

 ケイさんは口を尖らせて、私の顔を覗き込んできた。

 

「何よ、だんまり?」

「喋ることがありません。私の考えていることは全て、貴女が言ってしまいました」

 

 次の瞬間、ケイさんは破顔大笑した。こちらも少し笑みがこぼれる。私と同じことを考えている人は他校にもいたのだ。大洗の自動車部に負けていられない、と。

 

 そのとき、『ミーティア』エンジンの唸り声が聞こえた。ローズヒップのクルセイダーが始動したのだ。すでにそろばん玉型の砲塔へ乗り込んだ彼女が、こちらへ向けて叫んでいる。声はエンジン音でかき消されたが、口の動きで分かった。準備完了なようだ。

 

「では、行ってきます」

 

 右手を上げて答え、続いてケイさんに向けて敬礼をする。彼女は親指を立て、再びウィンクをくれた。

 

「ディナーは一緒に食べましょ。うちの整備科にも紹介したいし」

「いいですね。是非とも」

 

 サンダースの隊長は満足げに、踵を返して立ち去った。こちらもキャリアのエンジンを始動した。荷台の中央に据え付けられたフォードV8エンジンが目を覚まし、リズミカルな音を立てる。次いで通信機器の組み込まれたヘッドセットを被り、咽頭マイクをしっかりと喉に当て、スイッチを入れた。

 

「ローズヒップ、聞こえる?」

《はい! 感度良好でございますッ!》

 

 元気一杯の返事だ。この前落ち込んでいたときとは大違いで、切り替えの早さに驚かされる。

 

 出発、と告げると、彼女はそれを操縦手に伝えた。クルセイダーがゆっくりと動き出す。こちらもハンドブレーキを解除し、クラッチを繋ぐ。履帯がカタカタと動き出した。

 両開き式の砲塔ハッチを開け、ローズヒップは半身を乗り出して走行していた。右手にティーカップを持って。散歩の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の慣らし運転は無事に済んだ。約束通りケイさんたちと一緒に食事をし、我々は聖グロリアーナ女学院の学園艦に戻った。他校の整備科の人たちと話をするのは大変に有意義で、良い刺激をもらえた。

 食事も美味しかった。隅で売られていたMREには手を出さなかったが、料理のバリエーションも多かった。サンダースの皆さんはカリフォルニアロールについて「笑っちゃうわよね」「これはこれで美味しい」などと評していた。やっぱりあの方々も日本人ということか。かく言う私たちグロリアーナの生徒も、たまに猛烈に日本茶が飲みたくなる。

 

 それにしても、ローズヒップは食べるのが速い。尋常でないくらいに速い。ハンバーガーを食べただけで拍手された人なんて初めて見た。彼女の家は18人の大家族だそうで、奪われる前に自分の食事を完食する癖がついているらしい。和食のときは味噌汁をご飯にかけて一気にかきこむのだとか。

 

「あ、もちろんアッサム様の前ではもうやりませんわ」

 

 夜道を歩きながら、満足げに笑うローズヒップ。私を寮までエスコートしてくれるとのことだ。校内の警備体制は行き届いているけど、彼女のなりの感謝の表れだろう。

 

「それにしてもブルーマロウ様の召し上がり方、気品が溢れてらっしゃいましたわ! タコスってあんなにお上品に食べられる物でしたのね!」

 

 よくわからない褒め方をされた。確かに作業中片手で食べられる料理は好きだし、手先は器用な方だから具をこぼさないように食べるのは得意だ。テーブルマナーも英国流のを心得ているし、ローズヒップへの指南をアッサム様から頼まれたこともある。人間のメンテナンスは専門外だと言って断ったけれど。

 

「わたくしも立派な『お嬢様』を目指して、精進いたしますわ! テーブルマナーはちょっと苦手でございますけど、石に齧り付いてでも覚えますわよ!」

 

 我が後輩は拳を振り上げて宣言した。彼女はダージリン隊長やアッサム様、オレンジペコ、そして私のような『お嬢様』に憧れている。だからこの学校に入ったのだと、すでに聞いていた。隠し事をしない子なのだ。

 だがそれを聞いてふと、あることが気にかかった。

 

「……ローズヒップは、自分の家族は好き?」

「もっちろん、大好きですわよ!」

 

 笑顔で即答するのを見て安心した。家族が嫌で別格の生き方を目指しているのだとしたら、悲しすぎる。少なくとも彼女には、そんな理由で頑張ってほしくない。

 

「そういえばブルーマロウ様のご家族は何人いらっしゃいますの?」

「お父様だけだよ。とても優しい人さ」

 

 ふと、思い出した。自分が機械弄りにのめり込んだきっかけを。

 お父様は普段仕事で海外へ行くことが多く、たまに帰ってきても次の日にはまた出かけてしまう。誰よりも私を愛してくれているのに。世話をしてくれる人はいたが、早くに母を亡くし、姉妹もいない私は無性に孤独だった。

 小学生のある日、私は父を外へ連れて行ってしまう憎い機械……お父様の車をバラバラに分解した。家に整備マニュアルなどがあったので、工具を持ち出して全て自分でやった。そんなことをしても父が家に居続ることはないと、子供ながらに分かってはいた。ただ状況に反抗したいだけだった。私が車を弄ったのは、それが初めてだった。

 

「私は十分幸せな人間だけど、貴女みたいに大勢の家族に囲まれて育った人が、少し羨ましい。食事の取り合いも……ちょっとやってみたかった」

 

 私の言葉に、ローズヒップは少し複雑そうな顔をした。彼女にとっては私もダージリン様のような、『憧れのお嬢様』に分類されるのだろう。そんな相手から「羨ましい」と言われたことに違和感を覚えたのかもしれない。結局、人間は自分とかけ離れたものに憧れるのだろう。

 

 そのとき、私たちは足を止めた。整備科の寮に着いたのだ。洋館風の建物にはまだ明かりが灯っている。一応門限はあるが、戦車道関係者は夜遅くなることも多いので、管理人も融通を利かせてくれる。

 ここまででいいよ、とローズヒップに言った。

 

「わざわざ送ってくれて、ありがとう」

「いいえ、お安い御用ですわ!」

 

 いつもの調子で、溌剌とした返事だった。

 

「家族をお守りするのは、当たり前のことでございますもの! おやすみなさいませ!」

 

 ぴしっと敬礼をして、我が後輩は走り去った。いつもの如く、電光石火の俊足で。

 

 家族。さらりと言われた言葉を、心の中で反芻する。

 

 父の車は美しく、壊すのが心苦しいから分解という手段に出た。しかし何も考えずひたすらバラしていくうちに、機械の仕組みに夢中になっていった。

 お父様には当然叱られたけど、それから機械の本や工具をたくさん買ってもらえた。メカニックの才能を見出してくれたのだ。それを読んで勉強して、電子工作に挑戦したり、古い車を修理したり、機械が遊び相手となった。気づけば根っからの技術バカになり、整備士として戦車道の門を叩いた。

 

 そしていつの間にか、1人ではなくなっていた。

 

「……おやすみ、ローズ」

 

 街灯に照らされる『家族』の後ろ姿に、私は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして。

 慣らし運転も改造も順調に進み、問題点の洗い出しと改善を行い、プラン通りの改造車が出来上がった。『ミーティア』エンジン搭載に加え、ラジエーターもロールス・ロイス製に換装した。キャバリエ巡航戦車で試みられたタイプで、ラジエーターを作動させるのに必要なエンジン出力が大きく減っている。つまりパワーロスが少なくなり、より効率的に速度を上げられる。

 サスペンションなども細部に改良を施し、ブレーキの効きも強化した。継続高校のBT-42に触発されてか、装輪走行はできないかとローズヒップに相談されたが、それはさすがにレギュレーション違反だから諦めてもらった。

 

 ひたすらに機動力を強化した改造だ。火力があまり高くなく、装甲も薄いクルセイダーにとって、有効射程まで敵に肉薄する機動力は生命線である。もちろん偵察と撹乱でも活躍できるはずだ。戦車道に使える車両でこれに追いつける物があるとすれば、チューンナップしたI号戦車C型くらいだろう。しかもエンジン出力に余裕があるため、故障も格段に減る。

 

 全てが私の計算通りに機能するか、今日明らかになる。いよいよ全開走行試験だ。

 私は自ら車長席へ乗り込むことになった。というのも、ローズヒップが自分で操縦したいと言い出したためである。

 

 

「不肖ローズヒップ、この時を待ちわびていましたわ!」

 

 喜色満面、といった様子で、クルセイダーMk.IIIの車体に駆け上がる。日本戦車と同様、車体右側が操縦席だ。四角いハッチを開けると、ローズヒップは恥ずかしげもなく中へ滑り込み、座席に腰掛けた。

 恥ずかしげもなく、というのは別に操縦すること自体が恥というわけではない。この戦車はある程度恥を捨てねば操縦できない設計ということ。それが故障率の高さに次ぎ、クルセイダー不人気の理由でもある。ギアの切り替えレバーが操縦席の中央部、つまり操縦手の脚の間にあるのだ。

 

 要するに、ガニ股で操縦しなくてはならない。マチルダIIもそうなのだが、あちらはレバー基部の形状が違うので、そこまで大きく脚を広げる必要はない。

 

 そして我が校の伝統ある戦車道制服はスカートだ。試合中に誰がどうやって操縦手のスカートの中を覗くのか、と言われれば確かにそうだ。シフトレバーに隠しカメラでもつければ別だがーーそれが無いかの確認も整備班の点検項目にあるーー普通は見られる心配はないだろう。しかし『いかなる時も優雅な戦車道』を標榜する聖グロリアーナ女学院において、わざわざガニ股で戦車を操縦したいと思う者はいない。

 

「この操縦席の座り心地、久しぶりですわ!」

 

 ハッチから中を覗くと、ローズヒップはペダルの踏み具合を確認していた。とても楽しそうに、そしてガニ股で。そもそもこの子は戦車の外にいるときでさえ、はしたなく脚を広げて座る。いつも走り回っているせいか、引き締まった綺麗な脚をしているが、そのせいで余計に行儀の悪さが目立つ。

 今のクルセイダー操縦手たちは「最初は操縦席に座るのが恥ずかしかったが、小隊長を見ていると気にならなくなった」と語る。朱に交われば、というやつだ。それが良いか悪いかはダージリン様が決めることだろう。

 

 調子っ外れな鼻歌ーーよく聞けば英国擲弾兵行進曲だと分かるーーを歌いながら、ローズヒップは右手側のスリットを開閉した。その下には視察用バイザーにはめ込むプリズムの予備、消火器などが並んでいる。左手側は元々小砲塔が据えられていたが、Mk.IIIでは6ポンド砲の弾薬庫となっていた。シフトレバーの奥にある大きな円柱には、コンパスが据えられている。砂漠という砂の海で戦ったクルセイダーだけに、このような装備は特に必要だったのだろう。

 

 私も自分の持ち場へ向かう。正面から見ると六角形の、そろばん玉型砲塔へ登った。この砲塔を『プリティ』と評したダージリン様は戦車の魅力をよく分かってらっしゃる。後部には四角い雑具箱が設けられていた。

 クルセイダーMk.I、Mk.IIの砲塔ハッチは後ろへスライドさせる一枚板だったが、開けた状態でしっかり固定しておかないと勝手に閉まる欠陥があった。車長が頭を出した状態でそれが起きるとグロテスクなことになるため、このMk.IIIでは左右に跳ね上げて開く方式に改められている。

 

 砲塔内へ入ると、先に乗っていた装填手と砲手がこちらを見た。強引に3人乗りに改造した砲塔なのでやはり狭苦しい。また今回は普段のクルセイダー乗員ではなく、ダージリン様が抜擢した2名を乗せている。

 

「どうして私が乗っているの……?」

 

 そうぼやくのはルクリリ。三つ編みのよく似合う、私の親友だ。大洗救援作戦の際、数多くいるマチルダ乗りの中から義勇軍に選ばれた精鋭でもある。今回は「勉強のため」という理由で、ダージリン様に搭乗を命じられた。

 

「親友よ、それは貴女が同じ相手に二度も騙されたからだ」

「それは言うな! だいたい関係ないだろう!」

 

 ルクリリの顔が真っ赤になった。あの失態はトラウマになっているらしい。だが関係なくはない。いざというときに油断する癖を矯正するため、油断ならない操縦手と同乗させる……と、ダージリン様は仰った。

 そんな彼女に、装填手のオレンジペコが苦笑を浮かべた。彼女はダージリン様の後釜になることを期待されているから、様々な戦車に乗っておくのは良いことだ。ただし、さすがにローズヒップと同乗するのは不安が拭いきれないようだ。

 

「ルクリリ様、ジェットコースターに乗ると思いましょう」

「だったらアンツィオの隊長でも呼べばいい!」

「あそこにはダージリン様が散々迷惑をかけたから駄目だよ」

 

 文句を言いながらも、ルクリリは砲や照準器のチェックを行っていた。根は真面目だ。6ポンド砲の左にはベサ機関銃があり、右斜め上には小さな黒い筒がついている。2インチ発煙弾の発射器だ。マチルダIIの発煙弾発射器は砲塔側面についているが、クルセイダーとチャーチルは内蔵型で、戦闘中の再装填が可能だ。

 ヘッドセットを装着し、咽頭マイクを首に巻く。これは声帯から声を拾うマイクで、エンジン音に邪魔されず会話ができる。

 

「ブルーマロウ様! 準備完了ですわ!」

 

 ローズヒップが元気良く伝えてきた。いよいよだ。私も胸が高鳴る。

 

「エンジン始動」

 

 目覚めろ、『ミーティア』。

 ローズヒップが点火スイッチを入れ、少しの間を置いてエンジンが動き出した。車体を小刻みに振動させ、唸る芸術的V12エンジン。やはり車内で聞く音も格別だ。このまま恍惚に浸っていたいが、私のにやけ顏に対してルクリリとオレンジペコが冷めた視線を向けてきた。車長としての役割に専念することにしよう。

 信号弾拳銃を手にし、砲塔右側の天井付近にある箱から弾を取り出す。その近くには給脂箇所を示した図面が貼られている。

 

車長準備よし(コマンダー・レディ)

 

 声は咽頭マイクから通信機を経由し、学友たちに伝わる。私は整備員ではあるが、乗員に体調不良などがあった際の交代要員も兼ねているため、乗車経験はあった。

 

砲手準備よし(ガンナー・レディ)

操縦手準備よし(ドライバー・レディ)!」

装填手準備よし(ローダー・レディ)

 

 砲塔から顔を出し、演習場の草原を見渡す。丘の上に設置された貴賓席ーー誰が座っているかは説明不要だろうーーを見上げつつ、信号銃に弾を装填する。重い撃鉄をぐっと引き起こし、空へ向けて引き金を引いた。快音と共に手に反動が加わり、赤い光弾が打ち上げられる。

 貴賓席の人影が手を振るのが見えた。いつもあの方側にいるオレンジペコに代わり、アッサム様があそこでデータ収集を行っている。

 

 砲塔に置いてあった紅茶を手に取り、息を大きく吸い込んで号令をかける。

 

「前進!」

「行きますわよ!」

 

 ギアが切り替えられ、アクセルが踏まれ、クルセイダーは動き出した。最後部の起動輪(スプロケット)が履帯を回し、ゆっくりと前進する。エンジン音に異常はない。

 

「時速40までゆっくり上げよう。油温に異常があったらすぐに報告して」

「了解ですわ!」

 

 脚の間にあるレバーを一段ずつ切り替え、ローズヒップは徐々に増速させていく。徐々に、と言っても『リバティ』エンジンとは出力が違う。ぐんぐんと速度は伸びていった。エンジン音の響く中だが、ローズヒップは微かなギアの回転音にも耳を澄ましながら操縦を続けている。

 

「さすがに加速力が凄いですね」

 

 オレンジペコが感想を漏らした。普段は路上で23km/hしか出ないチャーチル歩兵戦車に乗っているため、ミーティア・クルセイダーの乗り心地は新鮮だろう。私も顔に当たる風が心地よい。

 

 ふいに「おとととと!」という謎の声を発し、ローズヒップがアクセルを緩めた。あっという間に40km/hを超えてしまったのだろう。その後再度加速し、速度は一定に保たれた。

 

「はいッ、今時速40でございます!」

「計器に異常は?」

「ございません! すっごく良い手応えですわ!」

 

 歓喜の声を挙げる後輩。さすがに今までとは馬力が段違いだ。

 ちらりと後ろを向き、エンジンルームを確認する。音も排気も異常はない。乾燥したラジエーターもちゃんと機能しているようだ。

 

 体に当たる風を感じつつ、右へ旋回するよう命令する。右側の履帯が減速し、クルセイダーは弧を描いて走った。滑らかな動きだ。

 続いて左旋回、スラローム走行と命令を出し、ローズヒップはスムーズにそれを実行していった。良い調子だ。この間一定の速度を維持している辺りに、彼女の技量の高さを感じる。そろそろか。

 

「加速だ。一直線に全開走行」

「待ってましたわ! かっ飛ばしますわよ!」

 

 歓声に続き、吠えるエンジン。砲塔の二人が対衝撃姿勢をとった。私も開口部の縁に掴まり、少し姿勢を低くする。右手に持ったカップにはいつものブルーマロウティーが入っているけど、今は味わっていられない。

 風圧を顔と体で感じ、50km/h、60km/hと速度が上がっていくのを察する。速度計が信用ならなかった時代、飛行機乗りはこうして速度を測ったという。エンジン音が轟々と響き、無限軌道が戦車を前へと運び続ける。12本のシリンダー内で動くピストンがクランクシャフトを回す、その過程を想像すると、私の心臓まで大きく脈打った。

 

「な、なんて加速だ……!」

「これが『ミーティア』の力……!」

 

 直接風を感じない二人も、体にかかるGで勢いを察していた。歩兵戦車乗りからすれば恐怖的な加速でもあるだろう。しかし私は怖いとは思わない。エンジンもラジエーターが計算通りに稼働しているし、ローズヒップの腕は信用している。

 

「時速80! 80出ましたわぁ!」

 

 レシーバーに彼女の声が聞こえ、「よし」と呟く。戦時中の試験で出た、ミーティア・クルセイダーの最高速度だ。私はその少し上を狙えるようにセッティングした。

 

「81……82……83……」

 

 ジリジリと上がっていく速度計の目盛を、ローズヒップが読み上げていく。その興奮に震える声を聞き、くすっと笑ってしまう。本当、楽しそうに乗ってくれるんだから。私の計算では最低でも、87km/hまでは大丈夫なはずだ。

 

「85……」

 

 前方にいた小鳥が一斉に逃げるのを見送り、レシーバーから聞こえてくる報告に耳を傾ける。

 

「……86……87……」

「そこまで。時速60まで減速して」

 

 文句を言われるかと思ったが、ローズヒップは素直にアクセルを緩めた。もっとも『リバティ』搭載時のクルセイダーは60km/hが最高だったのだから、物足りないということはないだろう。『ミーティア』ならその速度を維持できる。

 

「最高! 最ッッッ高ですわ、ブルーマロウ様!」

「よし、次は躍進射撃の試験だ。4時方向へ転進、射撃目標に向かって」

 

 この上なくハイテンションな後輩にそう命じると、ルクリリが恨めしそうにこちらを見上げてきた。

 

「……やるの?」

「そうでなくては貴女がそこに座っている意味がないじゃないか、大親友」

 

 簡単に言うな、とぼやきながら、6ポンド砲の肩当に掴まって急回頭に耐えるルクリリ。オレンジペコは訓練用の模擬弾を手に取り、装填の準備をしている。

 

 躍進射撃とは移動中にある程度照準を合わせておき、急停車後に発砲するテクニックだ。サスペンションが柔らかすぎると停車後に車体の揺れが収まらず、素早い射撃が困難である。戦車のサスペンションは衝撃吸収性に優れていれば良いというものではないのだ。エンジン換装に伴って足回りも調整したので、これが射撃に支障をきたさないか試さなくてはならない。

 

 目標を確認。無線操縦に改造されたマチルダII歩兵戦車で、整備科の友人たちに操作してもらっている。実際戦時中に開発された代物で、射撃演習の標的とか、爆薬を満載して敵陣へ特攻させるとか、いろいろ使い道は考えられていたらしい。結局どれも費用対効果の問題で中止になったそうだ。我が校の物はスクラップ状態だった車両を使い、我々整備科が試験的に作ったものである。普段はお茶菓子の配達などに使われているが、時折こうして動的射撃にも使われる。

 

「速度を維持しつつ突撃し、距離500mで射撃」

「言っておくけど、初弾命中は無理だ! 砲身の癖が分からないからな!」

 

 座席から立ち上がり、U字型の肩当に右肩をフィットさせるルクリリ。マチルダもクルセイダーも、砲塔旋回は機械で行うが、俯仰は人力で直接砲を上下させる。そのために大きな肩当がついているのだ。要するに、現代のスタビライザーの役割を人間が行うということになる。慣れれば高い命中率を発揮できる構造だ。ただし高速化したクルセーダーでそれができるか、それも試すべきことだ。

 

「用意」

 

 大まかに距離を測りながら、マチルダの側面へ突進する。実戦ならば敵の反撃を察知し、回避しながらの突撃になるだろう。ティーカップをしっかりと握り締め、タイミングを計る。ルクリリが体を屈伸させて俯仰を調節しつつ、ハンドルを掴んで砲塔を回す。

 視界の中で、サイドスカートを装着したマチルダの可愛らしい姿が、どんどん大きくなっていく。歩兵戦車なら装甲を、巡航戦車なら機動力を生かして肉薄することが、我が校の勝利の鍵だ。

 

「停止!」

「はあああっ!」

 

 大仰な掛け声と共に、ローズヒップはブレーキペダルを踏み込んだ。圧搾空気がブレーキを作動させ、起動輪の回転が止められる。既に対衝撃姿勢を取っていた我々は、急停車の衝撃にもなんとか耐えた。

 車体が前のめりになり、サスペンションの力で元に戻り、揺れ動く。オレンジペコが砲尾へ模擬弾を挿入し、握りこぶしで押し込んだ。閉鎖機が作動し、発射準備が整う。

 

「撃て!」

 

 揺れが収まった瞬間、叫んだ。ルクリリが撃った途端、轟音と振動が体を震わせた。砲口から発砲炎が広がり、空薬莢が砲尾から蹴り出される。

 刹那、無線マチルダの砲塔に赤いインクが飛散した。命中である。

 

「命中確認」

「ルクリリ様、お見事です」

「凄いですわ、ルクリリ様!」

 

 後輩たちから賞賛を受けても、ルクリリは少し唖然としていた。自分で言った通り、初弾で当てる自信はなかったのだろう。砲身にはそれぞれ違った癖があるのだ。

 だがやがて、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふふふ……運に助けられた面もありますわね。しかし私の砲撃の腕も捨てたものでは……」

「よし、それじゃあもう一度」

「まだやるのか!?」

 

 当たり前だ、一回だけでは試験にならないだろう。本当は正規のクルセイダー乗員にやらせるべきだが、ダージリン様の深いお考え(きまぐれ)でルクリリが乗せられた以上、今日のところは彼女に頑張ってもらう。

 

「ああっ、クソッ! あの速度で人力で砲の安定を保つのは結構きついんだぞ!」

「やっぱりそうかな。砲の俯仰を機械式にして、ジャイロスタビライザーを積もうかとも考えているけれど」

 

 アメリカへ送られたクルセイダーがそのような改造を受けたと聞いている。ただそれをやるとなれば、砲塔の容積が心配だ。今でさえ強引に3人乗っているのだから、これ以上機械が増えれば乗員を減らす必要が出そうだ。それに普段ルクリリが乗っているマチルダIIは鈍足で、砲も軽量な2ポンド砲なので感覚の違いは大きい。普段からクルセイダーで6ポンド砲を扱っている子たちなら、また意見も違うかもしれない。

 やはりこれはまだ試験を重ねる必要があるだろう。大洗の自動車部に負けてはいられないが、こちらはあの学校と違い、危ない橋を渡る必要性は薄いのだ。冒険も大事だが、堅実に問題点を潰していくのも大事だ。

 

「あのぅ、ブルーマロウ様。少し気になったのですが……」

 

 オレンジペコがおずおずと、私の紅茶に目を向けた。

 

「そのお茶、今の急ブレーキでも溢れないどころか、跳ねてもいないように見えたのですけど……」

「よく見ると、今も全く揺れてもいないような……」

 

 ルクリリもティーカップを覗き込んでくる。二人の目の前で、私はカップを垂直に傾けてみせた。紫色のブルーマロウティーは微動だにせず、カップに張り付いている。

 

「ゼラチンで固めてあるんだ」

「この卑怯者!」

 

 

 

 

 ……その後、私はルクリリから放送禁止用語で罵られたりもしながら、改造クルセイダーの試験を続けた。躍進射撃と行進間射撃を繰り返した後、足回りを点検する。破損個所はなく、オレンジペコが私のセッティングを賞賛してくれた。

 そして日が傾きかけたころ、我々は車庫へ戻ることになった。ルクリリは安堵し、オレンジペコが労いの言葉をかける。

 

 ローズヒップはというと、静かに操縦レバーを握っていた。

 

「ローズヒップ、どうだった?」

「最高でしたわ。本当に、飛ぶような加速ですもの」

 

 返事は明るかったが、声がいつもより落ち着いていた。燃え尽きたのか。ずっとあのテンションでは無理もない。

 これで今日の試験は全て終わり。もう少し調整の時間を取れば、この改造車を試合で使えるだろう。ローズヒップが勢いに乗れば、必ず活躍してくれる。今日はこれで帰還して良いはずだ。

 

 それなのに。ローズヒップの「飛ぶような加速」という言葉を聞いて、ふとある思いつきが浮かんだ。整備時の手間を増やすことになるし、今やる必要はない。しかし私は何故か、それを実行したくなってきた。

 私がローズヒップを羨ましいと言ったとき、彼女は意外そうだった。お互いに正反対の人間だ。生まれ育った境遇も含めて。でも結局、人間は自分と違う相手にこそ憧れるのかもしれない。

 

 ローズヒップはお淑やかなお嬢様に。私は彼女のような情熱的な女の子に。

 

 左手側を見ると、ダージリン様が陣取っているのとは別の、小高い丘があった。丁度おあつらえ向きだ。

 

「ローズ、もう少しだけ遊ぼう」

 

 今だけ、彼女の様になってみよう。無謀で情熱的で、冒険心に溢れる戦車乗りに。

 ルクリリとオレンジペコが目を見開いて私を見る。ローズヒップも体を逸らして、操縦席から私を見上げてきた。

 

「9時方向へ転進。全速力で丘を越えて」

「あっ、了解ですわ」

 

 ローズヒップが左レバーを手前に引き、戦車は左へ旋回する。またもやアクセルが踏み込まれ、『ミーティア』が吼えた。クルセイダーが再び、土煙を上げながら疾走する。心地よい風が体を叩く。

 斜面に差し掛かり、車体が傾いた。しかし出力に余裕があるため、加速していたクルセイダーはどんどん登っていく。

 

「ブルーマロウ様、この速度で丘を越えると……!」

 

 オレンジペコは察したようだ。だけどごめん、もうやると決めた。

 続いてルクリリも、ハッとして私を睨む。

 

「ブルーマロウ! まさか……!」

「ちょっと空中散歩をするだけさ。心配しないでよ、私たちは刎頚の友じゃないか」

「貴女みたいな変態のために首を刎ねられてたまるかッ! この××××!」

 

 放送禁止用語で私を罵倒するルクリリ。こういう所も面白い人だ。

 そしてローズヒップの方は、順調に戦車を加速させつつ斜面を駆け上がっていた。

 

「よろしいのですね!? ブルーマロウ様!」

 

 声に狂喜と情熱が戻った。やっぱり彼女はこうでなくては。そして今は私も同じだ。

 重力に逆らい、クルセイダーは駆け上がる。無限軌道を激しく回転させ、丘の稜線へ。そして、その先へ。

 

「構わない。壊れたら直してあげるとも」

 

 砲塔の二人は覚悟を決めたか、或いは諦観したか、対衝撃姿勢を取る。ごめんよ、後で何かご馳走するから許しておくれ。

 

「飛べ、ローズ!」

「行ッッきますわよぉぉぉ!」

 

 

 履帯が稜線を踏み越えた瞬間。

 私たちは、クルセイダーは流星(ミーティア)となった。

 

 

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