□□の世界ー1
その日もいつもの日常が続く。
ボブカットの女子高生、青木雪菜は今日もごく普通の日常を過ごしていた。友人と待ち合わせをして登校し、退屈な授業はスマートフォンを弄り、無料通話アプリで気になる男子の話や最近の流行のスイーツの話をしたりといたって普通の内容のやりとりだ。
部活動に所属していない彼女は学校が終わるのと同時にその日はアルバイトが入っていなかったので、友人と放課後に遊びに行く約束を取り付けていた。心配性な雪菜の家族から今日もメールが送られてきている。
内容は、最近の殺人事件についてだ。被害者は何らかの法則性が見られており、例えば、男性の警察官だけであったりとか某有名高校の男子生徒だけを狙う犯行、さらに残酷なのは力の弱い老人を狙った犯行と常軌を逸した殺人事件が頻繁に起こっている。
そうした昨今、学校でも不審者に気をつけるようにと呼びかけており、今日もホームルームで頼りない様子の冴えない担任教師から呼びかけがあった。雪菜もその1人だが、周囲のクラスメイトと同様にいまいち現実感が湧かなかった。
「しっかし、本当、頭オカしいよね?」
「ほえ?なにが?」
毛先が巻き毛気味の派手な女子生徒、いわゆるギャル風の雪菜の友人の牧村絵里と日が落ちかけている中、帰路に着いている。深刻そうな絵里に対し、雪菜はクレープをもぐもぐと口に含んでいる。クリームを口端にべったりとつけ、絵里と対照的に緊張感がまるで見られない。
「あんた、もうちょっと危機感持ちなさいよ。殺人鬼よ、殺人鬼。何件起きてると思ってんのよ?」
緊張感に欠ける雪菜に対し、溜息をつく絵里は腰に人差し指を立てる。中学時代からの付き合いだが、面倒見のいい絵里がどこか抜けている雪菜を引っ張る関係。それが彼女たちの関係だった。
「それは分かってるよ、さっき家族からメール来たし。……だけど、絵里。このクレープ、本当に美味しいんだよ?たっぷりフルーツとクリーム入ってるし。しかも、いちごだよ!?いちご!」
「分かった、分かったから。……その量を食べて太らないんだもんね、あんた、つくづく女子高生の理想だわ。まあ、そうでもしないと意識しなさそうだもん。のんびりしてるし」
「えへへ、照れるなあ」
「もっとしっかりしなさいよ……、あ、連絡来た」
絵里としては、もう少し雪菜にはしっかりして欲しかった。中学入学時から現在高校二年生、4年もの付き合いがある。おっとりとしているものの、派手な自分と仲良くしてくれていることから優しいところがあるのは間違いない。周囲から馬鹿にされることがあるものの、そののんびりした様子に救われている。
間延びした雪菜の「は~い」を聞きながら、無料通話アプリの通知を確認。その相手を確認すると、絵里の頬が緩む。
「誰?今の彼氏?」
「そうよ。雪菜も彼氏作ればいいのに。……ごめんね、雪菜。今から行ってくる。どうする?雪菜は」
「私はまだ良いや。早く帰らないと五月蝿いし」
「じゃあ、行ってくる!ごめんね!また明日!」
絵里に連絡した相手は恋人だったらしい。ご満悦な様子を見ていると、引きとめるのが申し訳なくなってくる。雪菜は物騒な昨今、放課後にクレープを食べに行こうと誘ったことに罪悪感を感じていた。お相手には会ったことはないけれど、心配だから会いたいのかな、なんてのんびりと思っていた。
はにかみながら手を振り、走り去っていく絵里に手を振りながら、『お腹空いた。今晩の晩御飯は何?』とスマートフォンで打つ。料理好きな兄のことを思い浮かべる。それから、帰路に着いていたところ、彼女は血相を変えて走り出した。
「ねえ、大丈夫!?怪我してるよ!?」
妙な格好の外国人?のような少年が住宅街のコンクリート塀に凭れ、怪我をして座り込んでいたのだから。
※※※
噴水のある広場前、黒いキャップに目元をくっきりとさせるアイシャドウ、どことなく民族衣装のような上着やズボン、ギリシャ風のサンダルを履いた男はスマートフォンを器用に使いこなし、指でタップしてメッセージを送る。そのスマートフォンを扱うことは、彼にとって
「……首尾はどうだ?ズ・シアク・ギ」
男――――ズ・シアク・ギと呼ばれた彼は、その声がするほうへと視線だけを動かす。シアクの頬には鮫のエラを思わせるような赤い刺青があり、目もあまり大きくなく、愛くるしいような目をしており、どことなく大人しそうな印象を抱かせる。
彼に話しかけたのは、ニット帽を被り、白い布で口元を覆った男性だった。シアクと同様、異様な雰囲気を纏っている。
「ゴラケパ、ドルド?」
「シアク、ここではリントの言葉で話せ」
シアクは男を睨みつける。その目を更に細くさせ、帽子を目深に被る。自身の
それが彼等が行なっている事だ。
「……バゼ、リントゴドビンボダドゾ!?」
語気を荒げるシアク、その大人しそうな印象を与える顔を不満に歪ませる。歯を覗かせ、食って掛かる様子は鮫のようだ。
「そのほうが目立たないからだ。……血の臭いがするな」
ドルドはシアクに対し、低い声で返す。その服装もあり、表情と感情を窺わせない。鼻をつくわずかな血の香りにシアクを睨む。
「スススギザンパギデギバギ!ガギヅンヂザ!」
「……何度も言わせるな」
シアクが叫ぶと、その目立つ服装のドルドと一緒にいることもあって視線を集めてしまう。周囲を目線だけで状況を確認し、ドルドがシアクを睨むとシアクは観念した。
「チッ。……グラデの奴の血だ。気には入らねンだよ、あの面。弱い奴の癖に。だが、そんなアイツでも役に立つことはある。僕のこの刺青の……、赤をより引き立たせる」
「………」
シアクは赤い線を恍惚とした表情を浮かべ、なぞる。時間はほとんど日が暮れていることもあり、目立たないものの、よくみると赤黒くなっている。ドルドとシアクの一族は
シアクの言う“グラデ”には、ドルドも聞いたことがある。陰湿なシアクに会う度に何かと因縁を吹っかけられており、シアク以外の同族からも煙たがられていると聞く。強さを至上とする彼ら――――グロンギの中では、そのような状況は己の力を示して行くしか評価の変えようはない。時折、物好きな同族が助けに入るときもあるかもしれないが、ドルドはそのようなタイプではなかったので、いつグラデが死ぬにしてもどうでもよかった。
噂では、グロンギの王のベルトの欠片を盗み出したといわれ、それゆえに王のベルトの欠片を狙ってグラデにそのありかを吐かせるか渡させるのを目的としているとも聞くが、確かなことはわからない。そこまでドルドから見てグラデは“らしくない”グロンギに見えるので好ましい存在ではなかったのもある。
「シアクさーん!」
「……あの娘が?」
「そうだ、ドルド。僕のゲゲル――――」
シアクの待ち合わせ相手なのか、派手な見た目の少女がシアクに向かって手を振っている。それに対し、シアクは先ほどの表情と打って変わり、柔和な好青年のように見える笑みを浮かべながら、手を振り返す。
「『落としたリントの娘を殺す』ゲゲルだ」
ズ・シアク・ギは三日月のように口元を歪め、獲物を狙う捕食者のように笑った。
グロンギ語はグロンギ語翻訳を使いました。